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デリーの星の内乱の決着と、ギアルファ銀河帝国の混乱

~ギアルファ銀河ギアルファ星系第四惑星(ギアルファ銀河帝国、首都星)の海上~ 


 サンゴウは首都星の海上で待機をしたまま、普段はシャトルとして使用することが多い二十メートル級の子機を惑星上で周回させ、情報収集に励んでいた。


 光学的なモノはもちろんのこと、垂れ流されている膨大な量の通信波も拾えるだけ拾う。


 一部の通信波については暗号化されているのをものともせずに、だ。


 そうやって集めた様々な情報の分析も、並行して行う。


 それは、暗号の解読も含め、超科学が生み出した優秀過ぎる生体宇宙船ならではのことであろう。


 尚、サンゴウがそんなことに注力しているのは、現状の首都星が『混乱の極致』と表現して差し支えのない状態であったからである。




 ギアルファ銀河帝国、皇帝陛下崩御。

 

 そんなデカ過ぎる事案が、何の予兆もなく唐突に発生してしまった。


 首都星が『混乱の極地』の状態に陥ったのは、それが原因であることは間違いない。


 では、何故そんなことが起こったのか?


 それは、とうの昔に消滅して、なくなったはずの『自由民主同盟の残滓』とも言える地下組織が、『恨み骨髄に徹す』のギアルファ銀河帝国の皇帝に、その凶刃を届かせることを成功させた瞬間が発生したからだったりする。


 事態の経緯は以下のようになる。


 まず、『自作自演の大規模テロの鎮圧』という功績を以って、地下組織の二人組がまんまと皇帝陛下への謁見に成功した。


 その二人は、謁見の際に『混ぜると大爆発するが単体では無害』という特殊な液体爆薬をお互いの体内、血液中に仕込んでいたのだ。


 そして、謁見時に皇帝の眼前で、己の爪によりこっそり自傷して出血する。


 その血液をお互いの口に含むという行為を敢行した結果、その場で大爆発を引き起こし、皇帝殺害に至ったのであった。


 これは、いわゆる自爆テロの一種であろう。


 ちなみに、その謁見に参加していた重臣は、もれなく全員が皇帝と同じく死亡。


 ただし、そのような危険極まりない謁見会場にいたにもかかわらず、ローラのみは生き残ったのだけれども。


 謁見に来た二人の、意味不明に見える出血行為からの一連の所作の流れに、異変を感じた護衛騎士は三人存在していた。


 その三人がくだんの二人に飛び掛かろうとしたことで、その延長線上に偶々いたローラは爆発の影響が若干軽減されたのである。


 そんな彼女のみ、瀕死の重傷を負いながらも、奇跡的に命だけは助かっていたのであった。


 むろん、即死ではなかっただけで、もしそのままの状態であれば数分で死に至ったであろう。


 テロの発生で大混乱の宮廷ではあるが、以前にサンゴウの船内でシンに手の治療を受けた女性は比較的冷静であったのは、ローラにとって僥倖でしかない。


 爆発音を聞いて即座に謁見の間に駆け付けた彼女は、瀕死のローラを目にし、すぐさまシルクへと通信を繋いだのだから。


「(この状態から、ローラさまが命を繋ぐ手段。それはサンゴウでの治療以外に存在しない)」


 ぱっと見だけでわかってしまう、部位欠損に大量出血。


 それでも、顔面と頭部に目立った大きな外傷がないのは、ローラが持つ運、もしくは運命力の成せる業であったのだろうか?


 とにもかくにも、皇妃の惨状からサンゴウを思い浮かべての、シルクへの通信であった。


 同時に、少しでも出血を抑えるべく、できる範囲の止血にも着手していたのは言うまでもない。


 この女性の独断での一連の行動が、結果としてローラの命が助かる事態へと繋がって行くのだった。


 まぁそれはそれとして、デリーたちの星の内乱状態の話はどこへ行ったのか?


 そのあたりを過去を振り返って、物事を時系列順に追ってみよう。




 初期の乗組員の訓練が終了し、三隻の飛行船が無事に引き渡され、実際の運用が始まった。


 飛行船を所持する主目的は、軍事運用のはずなのだ。


 だが、蓋を開けてみれば、ロンダヌール王国的には、新戦力の飛行船を即座に戦闘へと投入する状況下にはなかった。 


 それを踏まえて、デリーは王国内の物資の運搬の手段としての運用を開始していたのだった。


 そして、いざそうやって運用してみると、運搬できる量と所要時間の短さが、従来の物資の輸送手段と比較すると良い意味で全く違う。


 こうなってくると、デリーとしては保有隻数の増加をシンにお願いしたくなってしまうところなのが、実情となってくる。


 ただし、だ。


「(飛行船が自国のみの力で造れるモノでない以上は、物資の輸送関連で全てを頼るのは危険だ)」


 幼いながらも聡いデリーは、その点をきちんと理解もしていた。


 ただ、それを言い出すと、『軍事面で、同じく自力では製造できない飛行船に頼るのも』ともなるワケだが、そこは緊急避難的な考えから都合良く目を背けるのだけれど。


「(この飛行船たちは、あくまでも北への抑止力が主目的でシンさんから供与されたモノ。よって、いざ戦端が開かれたとなれば相手側へ速やかに甚大な被害を与えて、終戦を早めるための存在。そう割り切らねばならない)」


 デリーの考えはこんな感じであった。


 貨物の運搬で便利に使えることは完全に余禄であり、本来の使用目的ではないのである。


 片や、運用と訓練に協力するメカミーユが、ついに軍の幼年学校の長期休暇に突入した。


 そんな彼女がアルバイト指揮官として、働き始めて数日。


 ついにその時は来てしまった。


 事案発生、襲撃である。


 ロンダヌール王国内部の裏切り者の手引きにより、ローテーションで待機していた二番船が初手で強奪される。


 そんな形での、戦争の開始であった。


 尚、この時の裏切り者の中には、飛行船運用の予備人員として訓練に参加していた者が複数混じっており、強奪後の飛行船が速やかに逃げることを成功させてしまう。


 デリーが信用して任命したはずの者たちからの、恩を仇で返される裏切り行為。


 一部の者がしでかしたことではあるものの、デリーにとっては屈辱的な事態だったりもしたのだった。


「『家臣からの信頼を、完全に得られている』とは、思っていませんでした。それでも、『信用して重用していた者から裏切られる』というのは、なかなか心にクルモノがありますね」


 デリーはシンにさっくりした状況を伝えて、そこから更に前述のような内心を吐露していた。


 これは、『それをできる相手が、シンくらいしかいない』ということでもあるのが、年少の統治者として辛いところなのだけれど。


「もし、どうにもならなくなれば、その時は遠慮なく言ってくれ。俺がちゃんと手を貸すからな。ただ、わかっているとは思うが、できれば現有戦力で自力解決して欲しい。それで血が流れることがあったとしても、だ」


 人には、経験しなければ理解できないこともある。


 シンは自身の体験から、そう信じていた。


 そして、今回の事案は『強奪』という形で攻め入った側についてはもちろんだけれど、デリーにも『経験でしか得られない理解』というモノがあろう。


 シン的にはそんな感じに考えての、とりあえずの静観でもあるのだった。


 まぁ、敵側が調略してデリーを裏切らせ、飛行船を強奪した形での宣戦布告なしの開戦は、裏切った者たちも、戦争を引き起こした北の勢力にも、不幸な未来しか待っていない。


 既にメカミーユを投入しているだけに、それが容易に想像できてしまう。


 この時のシンはそうした予測ができていたからこその、余裕の対応でもあったのだけれど。


 もっとも、所詮は小学生になるかどうかくらいでしかない、幼い年齢の子供への『要求』というか、『期待』としては高過ぎるモノではあったかもしれない。


 また、それはそれとして、全く関係ないことを元日本人のアニメオタクでもある勇者は、心の中で呟いてもいた。


「(強奪されたのは二号機じゃなく二番船。でもなぁ。『二』の繋がりはあるんだよな。その数字にはその手の運命的なモノがあったりするんかねぇ?)」


 大勢には何の影響もないシンの心の中だけの呟きは、誰にも知られない方が平和であるのは間違いがなかった。


 そんなシンの発言を受けたデリーは、すぐさま配下の将と主だった武人たちに軍議の召集を掛ける。


 もちろん、シンはその軍議に不参加で、メカミーユが客将の指揮官として参加となったのは言うまでもないであろう。


 飛行船の一隻、二番船が奪われた。


 その事実が、軍議の進行に暗い影を落とす。


「(ロンダヌール王国の、圧倒的な優位性が崩れてしまった)」


 軍議に参加したデリーの家臣たちは、皆同様にそう思い込んでいたからだ。


 ただし、暗く沈んだ雰囲気に耐えきれなくなったメカミーユが、あっさり暴走してしまうのだけれど。


「大の男どもが雁首並べてさ。しょぼくれてるんじゃないわよ! こっちにはまだ二隻残ってるのよ? まともな作戦案の一つも出せないのかしら?」


 奪われたのは、所詮三隻のうちの一隻でしかない。


 メカミーユの言い分に、正しい面があるのは確かであった。


 まぁ、軍議に集まった人々の中には、メカミーユのそれに対して意見を言える者がちゃんと混じっていたけれども。


「しかし、そう言われましても」


「何よ? 何か文句があるの?」


 メカミーユは発言者へ、そう言いながら挑発的な視線を向けていた。


「いえ。文句ではなく現実の話です。襲う側は、ロンダヌール王国の何処にでも兵を向けられますよね? 対して我々は全てを守らねばならんのです。自由度が全く違うのですよ」


「へぇー。じゃ、聞くけどさ。全部守り切ることは可能なのかしら? 戦に犠牲は付きものよ! やられたらやり返す。もしも、こちらの無辜の民に被害が出るようならば、こちらが相手側に遠慮する必要はなくなるの。その時は、相手側を根絶やしにしてあげましょう」


 メカミーユの返答は、客観的に見ると『酷い女神もあったもん』としか言いようがない。


 ただ、言い分自体に間違いはないけれど。


 このような過激な発言が飛び出すのには、『メカミーユ自身が管轄している世界ではない』という部分が大きい。


 自身が管理している世界だと、『どの陣営にいて正義はどちらにあるか?』は失われる命に対して関係がなく、問答無用で査定にマイナスが加算されてしまう。


 けれども、今回のケースの場合だとそうはならない。


 敵対者への反撃や不可抗力による味方の犠牲は、それで失われる命があったとしても、メカミーユが集めなければならない『徳』に対してマイナスが加算されないからだ。


 そして、仮にロンダヌール王国の、一部の住人から恨みを買うことがあったとしても、だ。


 勝利への貢献によって、女神はそれ以上の感謝を勝ち取る自信があるのだった。


 メカミーユ視点だと、自分(神)に歯向かう者へは神罰覿面で良いのである。


「あらま。女神なのにそんなんで良いのかよ」


 メカミーユの発言に、勇者は思わず独り言をこぼしてしまうのだった。


 デリーに持たせたサンゴウ特製の通信機で、サンゴウ経由にて軍議の音声を聴いていたシンの状況はそんな感じだったりする。


 結局、軍議の場での作戦はメカミーユが提案し、主導して決めてしまう。


 先陣も彼女が出ることとなった。


 そこに参加していただけのデリーは、それを了承するのみであったのは些細なことでしかない。


 そんなこんなのなんやかんやで、事態は本気の戦争準備へと移行する。


 一番船と三番船に充填されている気体を、水素からヘリウムに入れ替え指示を出したメカミーユ。


 先陣を任された女神は、作業が終わるまでの間に本気モードの衣装に着替えてメイクも整えていた。


「(なんだそりゃ?)」


 人によっては、変化した女神の奇妙な姿を見ただけでそう思うかもしれない。


 だが、メカミーユにとっては必要な装備変更だったりするのだ。


 女神である彼女は、神力により歌で味方と認識している者にバフを掛けることができる固有の能力を持っている。


 ただし、この『認識』というのが曲者で、双方が味方と認識していないとダメ。


 更には、この世界では魔力による増幅効果がないため、生声が届く範囲に効果が限られるのが難点となっている。


 また、通信機越しでは効果が得られないのが寂しい。


 そして歌っている最中は指示が声で出せないため、動作により指示出しをするしかないのはご愛敬であろうか?


 歌姫が指揮官兼ねるのは、少々無理があるのかもしれない。


 かくして、メカミーユが指揮官として乗る一番船には、バフの効果で操縦士の技量に補正が掛かる。


 一番船の動きが格段に良くなり、攻撃精度も上がっていた。


 そんな一番船は、戦場にて八面六臂の活躍を見せる。


 北の地の、デリーの支配下となっている城下町を攻撃していた二番船をあっさりと追い詰め、ついには撃沈する事にも成功するのだった。


 ちなみに、メカミーユが最後に自身の手で二番船の急所を火矢で射って、爆発による撃沈を成している。


 それは正に、超人的技量であった。


 人じゃなくて、女神だけのことはあるのであろう。


 特殊なメイクに加えて、煽情的な衣装でないと、百パーセントの実力が発揮できない。


 たとえそのような制約が掛かっていたとしても、女神は伊達ではないのだった。


 抜けてるところもある、駄女神でもあるのは、この際目を瞑っておくのが正解なのかもしれないけれど。


 尚、この撃沈でバラバラになった飛行船の破片が城下町に落下し、早期避難で人的被害は出なかったことだけは幸いだったが、町の建築物には多大な被害を出している。


 戦後に復興作業に従事したシンからは、帝都に戻って以降の反省会の場においてで「場所を考えて撃沈しなさい!」とメカミーユがしっかり怒られる状況になるのだけれど、それは些細なことでしかないのだ。


 そして、ちょこっとではあるもののアルバイト料を減額され、メカミーユが涙目になったのはもっと些細なことなのであり、少しばかり未来のお話になる。


 もっとも、その減額分を飯の奢りで還元し、戦での活躍を労ったシンは甘いところもあるのだけれど。


 そんな未来の話はさておき、戦闘はまだ続く。


「残るは残党狩りね。もっとも、まだこちらの状況は掴めていないはずだから行軍を続けているはずよ。精鋭二百人を乗せて、敵の後方に回り込むわよ!」


 こう宣言し、陸戦にも参加したいメカミーユは船の指揮権を副長に預けた。


 続いて、自身で二百の精鋭を地上にて率い、敵方の最後方にいた荷駄隊へと襲い掛かる。


 メカミーユは、戦闘能力が貧弱な荷駄隊を僅かな時間で壊滅させた。


 そこからさらに勢いに乗って、二十倍以上もいた敵の兵力の本隊をも食い破って蹂躙を果たしたその姿は、『正に戦女神であった』と言えるだろう。


 単純な地表での平面的な指揮能力も、メカミーユは十分に高いのであった。




「ふっ! 勝ったな」


 サンゴウのモニターで戦況を見ていたシンは、お約束のポーズで台詞を呟く。


「(頼むサンゴウ。キチョウでも良い。続いて『ああ』って言って欲しい)」


 そのようなどうでも良いことを真剣に考えちゃったりしていたのは、シンだけの秘密である。


 もちろん、シンが密かに望んだセリフを、サンゴウやキチョウが言ってくれることはなかったのだけれど。


 それはそれとして、だ。


 戦時中は、デリーの護衛を務めていたミウにも活躍の場があった。


 デリーへの暗殺者が幾度も送り込まれたからである。


 しかしながら、いくら鍛えに鍛えた凄腕の暗殺者であろうとも、素の肉体の能力が、感覚の鋭敏さが、ただの人間とは違い過ぎる獣人のミウに、敵う筈がない。


 まして、ミウは固有能力の獣化をして人の姿を取っていないことで、襲撃者を油断させて討ち取るのであるから、Gならぬ完璧な暗殺者ホイホイと化していた。


 大型の山猫のような姿で眠っている振りをしているミウは、客観的に見ていると『はく製の置物』にしか見えないのだから、それは当然であるのだけれども。


 そんな流れで、ミウが討ち取った八人目の暗殺者が晒し首にされた以降については、もうデリーの暗殺を請け負う者は誰一人としていなくなっていたのだった。


 もっとも、依頼を出す側も、そんな頃にはもう完全に力尽きていたのかもしれないけれど。




 メカミーユが先陣として出立してから、七日の時が過ぎる。


 その時点で、北の反乱めいた戦争は完全に終了していた。


 その段階だと、デリーには論功行賞と戦争被害地域への復興作業への指示が残されている状態なのは、最早言うまでもないであろう。


 ただし、功績一位のメカミーユは、ロンダヌール王国の土地をもらっても仕方がない。


 そのため、自身を戦神として祭る社を建立してもらうこととなった。


 しかも、年に一度の祭りも開催確約のおまけ付き。


 女神視点だと『もう最高』の一言に尽きる。


 これは女神である、しかも罰的な意味で力を制限されての、再修行中扱いのメカミーユにとっては、ナニモノにも代えがたい報酬となったのであった。


 かくして、ロンダヌール王国の内乱は終わる。


 デリーに戦争を吹っかけた側の完敗と、そちら側の主要人物を含む一族は、『全て族滅の根切り』とされた形で、だ。


 また、ロンダヌール王国の関係者である、アサダ侯爵邸に滞在していた六人については、戦後も五年間はそのまま逗留することが別途決定された。


 ロウジュらがデリーの弟や妹を可愛がっていて、別れを反対した面もあるし、当人たちも母親の温もりが欲しい年頃だったのでちょうど良かったのであろう。


 加えて、護衛兼お世話係の四人も、何気に残留を希望していたりした。


 機械文明が進んでいるギアルファ銀河帝国のアサダ侯爵邸は、ロンダヌール王国に戻って生活するよりも快適で魅力的だったため、『五年間はそのまま逗留』に反対する理由がなかったのだから。


 ただし、強いて言えば、その四人については『個人的な婚期の問題』があるのだけれど。


 また、シンとサンゴウとキチョウは、失われた二番船の代わりとなる四番船を造る作業に着手する。


 完成後の四番船は、デリーに貸与された。


 続いて、復興作業に協力、従事してから、メカミーユを連れて帝都へと帰ったのだった。


 女神はちょっとしたアルバイトのつもりが、想定外の巨利に繋がったので、いろんな意味でホクホクである。


 もっとも、帝都に着いてから、戦場の選択についてでシンからのお説教と、損害補填的な意味を兼ねる罰で、アルバイト料の減額が待ってるのを彼女は知らない。


 つかの間の幸せであろう。




「艦長の出番、ありませんでしたね」


「だな。ま、俺は戦争が好きってワケじゃない。だから、出番なんてない方が良いんだよ」


「ブレスしたかったですー」


「はいはい。帝都に戻れば宇宙獣の駆除とか賊狩りとか何かはあるだろ。その時には頼むな。キチョウ」


 こうして、何となくいろいろ片付けたシンは十年ほど大きな事件に遭遇せずに過ごすことになる。


 ただし、その間に細々としたことをメカミーユがやらかし、某猫型のロボットさんのように頼られることは当然のごとくあったけれど。


 まぁそれもこれも合わせて、『学生生活の満喫』というモノなのだろう。


 尚、軍の幼年学校を含む以降の学業の知識の吸収に関しては、普通にサンゴウに頼ったのもまた、最早言うまでもない話となる。


 けれども、そんな平穏な日々がしばらく続くことと、その先にびっくり仰天の事案が発生するのをこの時のシンはまだ知らない。

 

 その事案発生が、冒頭のサンゴウの状況へと繋がっていくのであった。


 では、瀕死状態のローラの案件の場面に、話を戻すとしよう。




「良かった。治療が間に合って。貴方。ありがとう」


「いや。俺もローラさまに死なれたら良い気分にはならない。だから、助けられるタイミングで本当に良かった。もう一分、いや三十秒でも遅れていたら、俺でもおそらく助けられなかった。だが、これさぁ。『皇妃を拉致した』とか言われそうで怖いんだよな。ローラさまの意識が戻ったら、そこのところをちゃんと取りなしてくれよ? シルク」


 これらは、シンとシルクの間で交わされた言葉なのだが、もちろんいきなりこうなったわけではない。


 シルクへ緊急連絡が入り、それを聞いたシンは即、宮廷の謁見の間に転移を敢行した。


 そうして、限りなく致命傷に近い状態の傷を負っているローラを目の当たりにすると、シンはまず持続回復魔法を掛けて、最低限の延命処置を施す。


 続いて、誰の許可も得ることなく即座に影の中にローラを放り込み、自宅への転移を行う。


「(ここで完全に魔法で治療して、『ローラの衣服はボロボロなのに、肉体だけは完全健康体』という状況を他者に見られるのは不味い)」


 駆けつけたシンが、瞬時にそう判断したが故の対応でもあった。


 シルク経由でシンに繋ぎを取った女性の側からしても、サンゴウの船内での治療を想定しているのだからそれで正解なのである。


 もっとも、彼女が期待していたのはシンがやってくることではなく、ローラを運んだ実績のある子機の集団の登場だったのだけれども。


「(シルクさんが言った、『すぐに迎えを出すけれど、何が起きても驚かないで』ってこれのことだったのね)」


 シルクに連絡を入れた女性は、内心でそう呟きつつも、姿の消えた皇妃がサンゴウへ運び込まれて治療を受けられそうな状況に安堵していた。


 もちろん、それは彼女の誤認でしかないのだけれど。


 ただ、ローラが特殊な治療を受けられることは確かなのだから、その点では何も問題はない。


 現状では、皇妃の命を繋ぐことが何よりも優先されるべきであり、彼女の行動と判断はたとえ手続き上の問題があろうとも、決して間違ってなどいなかったのである。

 

 かくして、アサダ侯爵邸に運び込まれたローラは、シンからまず麻酔代わりの睡眠魔法をかけられ、続いてパーフェクトヒールを施されたのであった。


 ローラへの治療が完了し、寸前まで瀕死状態だったのがまるで嘘のように健康体へと変化する。


 もちろん、衣服の惨状はそのままであるし、出血による汚れもある。


 なので、仮に他者が現状を見たとしても、ローラが重傷を負った事実を疑うことはないのだけれど。


 ローラの完治を確認したシルクは、先刻自身に緊急連絡をして来た女性に連絡を入れる。


「ローラさまの治療は完了。命を助け、部位欠損の修復も完璧です」


 シルクはローラが無事であることを伝えた。


 シンがローラを拉致して来てから、たったの十分も経っていない時系列の出来事であった。


「ここは?」


 そんな状態のところへ、ローラは目を覚ました。


「ねぇシルク。ここはアサダ侯爵邸よね? 一体、何がどうなったのかしら? 閃光と爆音と遅れて来た激痛までは覚えているのだけれど」


「ローラさまは宮廷の謁見の間で、テロに巻き込まれてつい先ほどまで瀕死の重傷でした。『普通であれば、これだと助からない』と判断した女性が、わたくしに緊急連絡をしてくれました。そのおかげでシンが転移でローラさまを拉致できた。それで治療が間に合ったのです」


「(俺がしたのは、『きゅ・う・じょ』なの! 『拉致』とか言っちゃダメ!)」


 シルクの説明に対して、シンはそんなことを思ったが、空気を読んで口を挟むようなことはだけはしなかった。


 片や、シルクの説明を受けたローラは、『謁見には皇太子や他の継承権のある皇子が参加していたため、彼らは全員亡くなっている』という惨状をすぐに想定できてしまう。


 故に、ローラは宮廷に戻って指揮を執ることを決断。


 そのまま護衛として、シンに自身の側にいてもらうことを望んだのだった。


「当面の護衛はお受けします。しかし、やはり女性の護衛が必要だと思うのです。ミウも連れて行って良いでしょうか?」


「もちろんよ。こちらからぜひお願いしたいわ」




 ここからは余談的なモノになるが、デリーとミウの今に至るまでの話にも触れておこう。


 ロンダヌール王国の内乱から十年の時が過ぎている現在、デリーは既に立派な成人となっている。


 そして、王国の状況が安定してきて、護衛としてはお役御免となったミウ。


 そんな獣人の女性は、最近になってシンの元へと戻って来ていたのである。


 実のところ、その少し前の段階で、デリーには『ミウさん、貴女を王妃に』と望まれていたりしたミウだった。


 けれども、そのデリーの告白めいた要請が嬉しい気持ちはあっても、自身がロンダヌール王国の王妃になるのは受け入れられない理由が、ミウの側に存在していたりする。


 王妃になった場合、王のサポートができる自信が全くないこと。


 そもそも、けっこうな年齢差があること。


 また、それらに加えて、だ。


 子供が生まれた場合、デリーと同じ人族ではなく、必ず猫族で生まれてきてしまうのも問題があり過ぎる。


 ミウはそう判断した。


 そのため、デリーの申し出をきっぱりと断ってしまったのだ。


 もちろん、ミウのシンへの愛情が冷めたワケではないのは、ここで改めて言うまでもない話であろう。


 ちなみに、シンとの関係を全く壊す気がないデリーは、ミウに気持ちを伝える前に苦しい胸の内を率直にシンへと伝えていた。


 シンはミウとは、正式な婚姻関係ではない。


 故に、言えることは少ないのだけれど、それでも相談を受けたシンは、必要な事実をちゃんと伝えるだけのことはする。


 シンとしては、既に構築されているしがらみからも、この問題には真摯に向き合わざるを得ないのだ。


「本人の気持ち次第だから賛成も反対もしない。また、結果についても、だな。どう転んでもそれが原因で怒ることはない」


 シンはデリーに明快な返答をしていた。


 ロウジュに上手く転がされたシンは、結局デリーの姉であるコルネットと関係を持ってしまっている。


 そのため、『どうこう言える立場ではなかった』という面もあったし、真摯に向き合わざるを得ないしがらみがしっかりあったのである。 


 とにもかくにも、このような経緯でデリーの初恋の人への告白は失敗し、失恋に終わった。


 シンの内々の妾であるミウへの、『アプローチ自体が無謀だっただけ』とも言えるけれど。


 さて、戻って来ているミウと振られたデリーの話はここまでにして、皇帝崩御の事態への対処へと話を戻そう。


 ローラはボロボロになった衣服を脱ぎ棄て、シンからの気を利かせての全身洗浄の魔法を受ける。


 シルクは、その間にローラが身に纏ってもおかしくない質の着替えをさっさと用意していた。


 そんな流れで、身支度を最短時間で整えたローラはシンに頼んで宮廷へと戻る。


 続いて、ローラは現状確認に奔走した。


 文官の多くが死傷しており、宰相以下の宮廷文官の中枢部が完全に消滅してしまっているのが地味に痛い。


 その状態だと、中間での判断と管理を任せられないのだから。


 そのため、膨大な量の情報をローラ一人で処理することになってしまう。


 また、頼りにしたい次期皇妃も死亡していた。


 故に、ローラが信頼して物事を任せられる人材は、宮廷にはいないのだった。


「これは無理ね。前アサダ侯爵。シルクをわたくしの補佐に付けてください。お願いします」


 現時点で前アサダ侯爵の妾の夫人でしかない、しかも何の役職も実績もないシルクに、皇妃補佐の仕事をさせる。


 それは、本来であれば絶対にあり得ないくらいの禁じ手であり、やってはいけない暴挙である。


 だが、処理しなければならない、膨大な情報量に押しつぶされそうな今のローラにとって、背に腹はかえられないのだった。


 ちなみに、シンの肩書を『前アサダ侯爵』とローラが発言したのは、シンが少し前に息子のノブナガへとアサダ侯爵家の当主を変更しているから。


 つまりシルクは、現当主の妾ではないのだ。


 月日が流れているだけに、世代交代はちゃんと行われているのであった。


 こうして、勇者シンは二番船の飛行船の強奪を切っ掛けに戦争へと発展したロンダヌール王国の状況を見守り、自身で派遣したメカミーユの期待以上の活躍で戦時中に戦闘面での出番をなくすことに成功した。

 ただし、戦後の復興作業には、メカミーユの戦地でのやらかしを考慮して従事せざるを得なかったけれど。

 ロンダヌール王国の戦争が終結してから、大事件のない平穏な時が十年ほど続いたけれども、ずっとそうは行かないのが勇者の宿命であるのかもしれない。

 シンが住居を構えるギアルファ銀河帝国は、テロによって皇帝を失う事態に直面してしまうのだから。

 ただ、魔法により皇妃のローラだけでも命を救うことができたのもまた、勇者が持つ運命力の影響なのかもしれないけれども。

 ローラが本来だと禁じ手となる、シルクを自身の補佐に付ける要請にシンが応じることに、何も問題はないのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 世話をした、自身に懐いている子供二人との関係を途絶えさせたくないロウジュの意向もあって、デリーの姉を結局娶ってしまい、ミウに会う目的があったことも影響して、頻繁にロンダヌール王国へと顔を出していたが故に、デリーからミウへのプロポーズ前の相談を受けるハメになってしまった勇者さま。

 ロウジュたちの考え次第の話にはなるのだけれど、「そろそろ、ミウとの関係もちゃんとしなくちゃならないのかな?」と呟いてしまうシンなのであった。

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