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飛行船の引き渡しと、アルバイト指揮官

~ラムダニュー銀河タウロー星系第三惑星(デリーたちの惑星)衛星軌道上~


 サンゴウは、ロンダヌール王国の遥か上空、直上の宇宙空間にて作業をしていた。


 子機を駆使し、シンとキチョウの協力の元、三隻の飛行船の建造をしていたのだ。


 では、何故そのような場所での建造となったのか?


 これにはいくつか理由がある。


 まず、飛行船を造るに当たっての総指揮官的存在になるサンゴウは、艦長のシンの影収納や収納空間の魔法、転移魔法の特性に着目していた。


「(どこで造ったとしても、できあがった飛行船を簡単に運べる。ならば、最も建造し易く、最高の作業効率が叩き出せる場所を選ぶのが必然になりますね)」


 サンゴウの考えは前述のようなモノになっていた。


 とは言っても、デリーたちになにがしかの事態が発生した場合に、すぐに駆けつけることができるだけの状態は保たねばならない。


 その駆けつける場合の移動については、自力での移動はもちろんとして、それ以外にも艦長の転移魔法に頼る選択もある。


 よって、その点だけに着目すれば後者の選択肢がある以上、サンゴウがどこにいても同じとなってしまう。


 けれども、『異変あり』の情報がリアルタイムで瞬時に得られなければ、すぐにデリーたちのところへは行けない。


 必然的に、その部分による場所の制約が発生する。


 そのため、サンゴウはデリーやミウの元に子機を残した。


 ついでに、光学的に直接監視が可能な、デリーたちの居城の遥か上空の宇宙空間へとサンゴウは居座ったのであった。


 ちなみに、宇宙空間で飛行船を造る方が、地上で建造するよりも遥かに短時間で容易にできる。


 付け加えると、材料の調達も過去の文明の残滓であろうデブリ掃除を兼ねて行えるので、惑星自体の環境改善にもなる。


 宇宙空間における飛行船の骨格の組み上げは、サンゴウ、シン、キチョウがそれぞれに能力を遺憾なく発揮すると、実に早いのであった。


 これらが、サンゴウによって冒頭の場所における飛行船建造が提案された理由であり、シンはそれに反対することなく了承している。


 かくして、巨大飛行船建造計画が実行の段階へと移行したのだった。


 作業を進めるに当たって、サンゴウの視点だと特に、艦長のシンの収納空間はとても使い勝手が良い。


 サンゴウが船内格納庫にて造り出した部材を一旦収納してもらい、組み上げたい場所に出して微調整するだけのお手軽さとなるからだ。


 サンゴウが部品を製造している端から組み上げ可能であるのと、感応波による設計図の流し込みや組み上げ手順などが完全に共有されていることも、地味だが影響は大きい。


 一々確認をする手間が皆無となるのだから、それも当然であろう。


 このような状況から、『僅か二日』という驚異の速度で、四百メートル級飛行船が三隻、完成することとなる。


 むろん、それらは完成後にシンの収納空間へ放り込まれて、デリーに引き渡しがされることになるのだった。


 ただし、この流れだと飛行船の運用指揮官の問題は解決していないことになってしまう。


 実はその点について、シンは先行して適任者への交渉を終えていたりするのだけれど。


 では、場面を変えて、その部分へと繋がって行く前の、過去のデリーたちとの飛行船提供についての話し合いしている部分から順に流れを追ってみよう。




「飛行船についてはそんな感じ。で、その提供する三隻はこれから造るんだが、宇宙空間で造るから俺とサンゴウとキチョウでその作業を行えば、建造に時間はそんなに必要ない。材料は宇宙空間にあるデブリや岩塊を利用するから問題ないしな。そして、『北の領主の居城上空に飛行船を待機させてるだけでも抑止力になりそうだ』と俺は考えているよ」


 飛行船のざっくりとしたスペックを先にデリーへと伝えたシンは、更にやや具体的な部分へと踏み込んだ。


 ただし、それを受けたデリーの側は、嬉しさと困惑が混じった表情が浮かんでしまうのだけれど。


「何から何までありがとうございます。ただ、ですね、シンさんへのお礼となることが何もないので、私たちはどうしたら良いでしょうか?」


 デリーの質問に対して、シン的にも『タダはダメだ』と思っていた。


 けれども、対価として何かを要求しようとすると、それはそれで憚られる事情がある。


 シンたちは、ロンダヌール王国の苦し過ぎる内情を知り尽くし過ぎているのだから。


 なので、こうした場面で、ついつい余計なことを言ってしまうのは、ポンコツ勇者の面目躍如となる出来事なのかもしれない。


「デリーの弟と妹のこともモロモロ含めて、対価を金銭でもらおう。けれど、『長期分割で、しかも支払い開始までに五年の猶予を設ける』ってことでどうだ? その五年の利子分は、そうだなぁ、『デリーの姉さんが俺とデートしてくれる』ってことで――」


 もちろん、最後の部分はシン的に冗談の類なのだが、それを聴いて喜色満面となった人物もその場にいたりする。


 瞬時にそれに気づいたシンは一旦発言を止めて、即別の内容の言葉を紡ぐのだった。


「あ、最後のデートの話は冗談だから本気にするなよ? 利子とか要らんからな」


 まぁ、当然ながら手遅れなのだけれど。


「あはは、シンさん。一度言ってしまったらもう遅いですよ。姉はシンさんに惚れてますからね。きっちりとデートする時間を取ってもらいましょうか。それはそれとして、報酬のお話はシンさんの善意に甘えさせていただきます」


 そうして、シンはジト目へと変化したデリーの姉の視線に耐えながら、話を終えて退散するのだった。


 残念勇者は逃げ出した!


 しかし、精神的には追い込まれてしまった!


 ゲームじゃないので、この場だけ逃げても終わらないし、その手のメッセージが実際に流れることはないのである。


 場を和まそうとした、シンの考え自体は間違いとも言えない。


 だが、残念勇者なだけに、この手の部分の対人スキルは低い。


 慣れないジョークは危険なことを、遅まきながらも学習したシンであった。


 むろん、この事案が次に生かされるかどうかの保証なんて、どこにもないけれども。




 シンは部屋の外で番をしていたミウに声を掛け、ちょっとした雑談を済ませてから転移でサンゴウに戻る。


 そうして、モロモロの許可申請を全て完了していたサンゴウは、久々に帝都の海上に着水して無事に戻って来ることができたのだった。


 この流れで、サンゴウがギアルファ銀河帝国の首都星へと戻ったのは、至極当然のことながら救助した六人を、アサダ侯爵邸で受け入れさせるためとなる。


「あらあら。まぁまぁ」


 ロウジュら四人のシンの嫁たちは、夫が連れて来た赤ん坊の存在に喜び、デリーの弟も歓迎した。


 シンはそれを良いことに、彼らへの対応を全て丸投げしたのは最早言うまでもないことであろう。


 アサダ侯爵邸内の権限は、名目上の話はともかくとして、実権をロウジュが完全に最上位者として握っている。


 よって、シンの対応は間違ってはいないのだ。


 また、それはそれとして、勇者は別の目的のために軍の幼年学校へと向かう。


 そこへ向かったのは、デリーの星での指揮官を調達するためであった。




「なぁ。メカミーユ。もうじき長期の休暇の時期になる。その休暇中に何か予定はあるのか?」


 もう通う必要はない幼年学校に、気分で顔を出して何となく通い続ける状態を何気に継続中。


 そのような学生生活を楽しんでいる面も持つシンは、同じ生徒の立場の女神にそう話しかけた。


 まぁ、真面目に毎日通ってはいないので、周囲からは留年か放校が確実視されていたりするけれど、そんなことはシンにとって些細なことでしかない。


 もっとも、メカミーユはそんな不良生徒に対しても、弱みをガッチリ握られているのでちゃんと対応するのだけれど。


「寮への滞在は認められているから、勉強と自主訓練とアルバイトかしら。私はお金に余裕がないのよ」


 出自が出自なだけに、この世界に親はもちろん、経済的に支援をしてくれる親戚や縁者が全くいないメカミーユの懐具合は、ハッキリ言って厳しい。


 神力を使えば改善可能な部分ではあるけれど、それをしてしまうと彼女の本来あるべき姿の『女神の役割への復帰』は遠のいてしまう。


 だから、安易にそうした手段を使用するワケにも行かないのだ。


 それを知っているシンが、ちょっと悪い顔になってしまうのは、流れからすると当然なのかもしれない。


「そうか。ちょっと内密な話ができる時間はあるか?」


「今日の授業が全部終わってからなら、良いわよ。前に使った談話室の使用許可を取っておくから、そこで話をする形で良いかしら?」


「ああ。それで頼む」


 このような段取りを経て、シンはメカミーユと話をする時間を持った。


 前提として、シン的にはメカミーユを飛行船運用での指揮官として起用することが決定事項となっている。


 だが、それはそれとして、『メカミーユのメリットがどの範囲まで及ぶのか?』を確認しておきたい気持ちだってある。


 シンはメカミーユを都合良く使うつもりはあっても、一方的に搾取するような関係性の構築は望んでいなかったのだから。


 よって、確認したい内容は、以前に女神本人から聴いた島宇宙の範囲のことになる。


 それは、ギアルファ銀河帝国のある銀河だけのことを指すのか?


 この宇宙の全部の銀河を指すのか?


 それによって、メカミーユのメリットに影響が出るのは確実なのだった。


 故に、シンはその点を率直に問うたのである。


「ああ、それね。私への評価の査定対象はギアルファ銀河内における活動だけよ。けれども、査定対象ではない銀河で信仰を集めても女神としての力が増す。だから、プラス面が大きいわね。でも、それがどうかしたの?」


 得られた返答からわかるのは、査定対象外の活動をする場合、その活動期間の長さに対して、得られるモノの量次第で損得が決まること。


 しかし、シンが提案するのは、幼年学校の長期休暇期間に限定した話となる。


 そのため、そもそもその期間中にメカミーユは、他の生徒が寮や校内にいない状況下におかれることが決定していたりするのだ。


 つまり、お金以外のモノをロクに稼ぐことはできないのであった。


「(ふむ。そういうことなら、何も問題はないな)」


 ならばと、シンは本題を切り出す。


「実はな、内乱が発生しそうな星があってな。信頼できる指揮官が欲しいんだ。俺が報酬を出すのと、流れ弾や流れ矢が防げる守りの指輪と変化の指輪を貸し出す。だから休暇の間だけ、それをやってみる気はないか? ああ、期間中に内乱が発生しない場合は、兵の鍛錬と自己鍛錬がお仕事ってことでそのケースでも報酬を出す。下手にこの周辺で短期のアルバイトをするよりも、かなり高額を出す用意があるけどどうだろうか?」


「えっとね、受けたいんだけど、さ。そのお話だと先に確認された点から察するところ、この銀河内の惑星じゃないんだよね? お金がもらえるとしても、宇宙船での移動で長期拘束されるのはちょっと嫌なんですけど」


「あーそこは問題ない。俺がその点は保証する。送迎はきっちりと面倒をみるよ。何なら、『毎晩寮に戻って寝たい』とかでも前向きに検討して善処したい」


 発言の最後の部分が、いかにも怪しげで胡散臭いシンであった。


 本人はワリと真面目に言っているのだけれども、それがちゃんと相手に伝わるかどうか?


 その点は、全く別の話であろう。


 それでも、弱みを握られているメカミーユは最終的にシンの言葉で丸め込まれ、提示された具体的な高額のアルバイト料にもガッツリ釣られて、デリーの星で指揮官として采配を振るうことを承諾してしまった。


 まぁ、女神には女神なりの打算もしっかりあったのだけれど。


「(ヨシヨシ。飛行船の運用は女神に任せれば確実にイケルだろ!)」


 交渉を終えたシンがニンマリしてしまっていたのは、些細なことでしかない。


 シンはサンゴウから飛行船供与の案を提示されてから、デリーたちが感じた不安への対処を、くだんのそれが建造される前の段階で終わらせていたのである。


 では、過去の振り返りはここまでにして、飛行船を引き渡す段階の場面へと話を戻そう。




「デリー。飛行船を完成させたから、引渡し前の試験飛行に付き合ってくれ」


「あ、もう完成しているのですか。付き合うのは良いですよ。でも、姉さんも一緒で良いですか?」


 本当は姉を帯同する必要はないのだが、デリーはシンと姉の接点を増やすためにあえて許可を得ようとした。


 むろん、姉が同行することに、全く意味がないわけではない。


 デリーの姉はデリーの補佐役を基本とするが、状況によっては代行を務めることもあり得るのだから。


 要するに、飛行船を体験して知っておくのも、悪い選択ではないのである。


「ああ。大丈夫だ。先に説明だけしておくと、操縦士は一名。極論を言えば、飛ばすだけなら一人でも運用はできる。だが、実際は予備の操縦士が最低二人要る。これらは通常時は見張りも兼ねる。外殻の破損時の補修要員が四名程度。それらに加えて、攻撃を行う人員が別途必要だから、船長込みで十人程度での運用を想定している。三隻だから三十人だな。兼任で削っても一隻八人は必要だと考えて欲しい」


 シンがした説明の必要人員数は、実のところ半日程度の運行のケースでしかなかった。


 実際に数日から月単位の作戦行動に従事させる場合は、最低でも二交代制で、可能であれば三交代制にできる数の人員を用意するのが望ましい。


 つまり、本当は一隻につき三十人が必要とされるのだが、どのみちいきなりそれだけの数を用意することなど不可能。


 よって、シンが提示した情報も初期段階に限定すれば『間違い』とも言えないのであった。


 加えて、ド素人の武士的な人員を、使える人材に育てるのはメカミーユの役目となる。


 まぁ、運用マニュアル的なモノはサンゴウが作成するし、初期メンバーに話を限定するなら感応波で知識を流し込むことだって吝かではない。


 シンとサンゴウが提供するロンダヌール王国の新たな戦力とは、そのようなモノであった。


 それはそれとして、だ。


 デリーは条件付きではあるものの、飛行船の試験飛行に参加することを了承したことで移動が必須となる。


 その移動先は、ミウたち獣人族の故郷の惑星になっていたりするのだが、そのような遠方の地へ向かうことをデリーたちが承知していなかったのは、些細なことであろう。




 シンはデリーと姉の二人を同意のもとに影収納で影に入れた。


 続いて、昔ミウたちが住んでいた、今は無人の惑星へと超長距離転移を敢行する。


 キチョウが乗っているサンゴウも事前に影の中に入れているし、飛行船はこれまた事前に収納空間に放り込んであるのは言うまでもない。


 シンが転移魔法を行使する準備は、最初からされていたのだった。


 では、何故ロンダヌール王国で飛行船の飛行試験を行わずに、超遠方となるギアルファ銀河のミウたち獣人族の故郷の惑星で、それを行うことを決めたのか?


 むろん、そこにはそれなりの理由が存在する。


 まず、船体に不備があって、最悪だと墜落するようなトラブル発生があり得る。


 初飛行なだけに、たとえサンゴウ謹製でそのような可能性は低くとも、絶無ではないのだ。 


 つまり、墜落した場合を想定して、飛行試験を行うのは『万一の事故発生時』に人的被害や土地への被害がない場所が望ましい。


 また、目撃者を極力減らす必要もある。


 無人で自由に使っても、そう問題のない惑星の候補。


 それを考えた時、ミウたちの故郷の星は最有力候補になるのだった。


 ちなみに、次点案は現在食料生産惑星として稼働している、ベータシア星系で新造した惑星だったりした。


 けれど、もしそちらを選ぶと、ロウジュパパから許可をもらう手間が必要になってしまう。


 その点、ギアルファ銀河の未開拓宙域にある元有人惑星は、面倒がなくてとても使い勝手が良いのであった。


 かくして、飛行船の試験飛行が敢行された。


 操縦はサンゴウの子機がわらわらと乗り込んで行っており、シンとデリー、デリーの姉の三人は思い思いにそれを眺めてなんとなくの操作方法を学んでいたりしたのは些細なことであろうか。


 ちなみに、キチョウは子竜の姿から本来の超神龍の姿へ戻った上で、飛行船の横を飛んで万一の事態への対処要員と化していた。


 もちろん、それについての出番はなかったけれど。


 最高速度は時速百五十キロメートル。


 エネルギー効率が良い巡行速度は時速百キロメートル。


 フル充電時のバッテリーのみでの最大飛行時間は、巡航速度だと約四十八時間で、最高速度をずっと維持すると飛行時間が半減してしまう。


 また、実際に運用してみてわかったこともある。


 それは、上下方向への急激な姿勢制御機構もあった方が良かった点だった。


 その結果、なくても大きな問題はないがあった方がより良い装備として、艦首と艦尾に上下方向用のスラスターが追加される。


 これは、飛行中の急な姿勢制御、いわゆる艦首の上げ下げに有効で、いざそれ用のスラスターを取りつけてみれば、着陸時に必要な地上側の人員を減らす効果があることも判明した。


 さすがのサンゴウも、飛行船の存在自体は知っていても細かな運用ノウハウまでは元々所持していなかっただけに、有意義な試験飛行となったのだった。


「(これ、プロトタイプを一隻、先行して造って、あとから量産した方が良かったんじゃね?)」


 問題点とまでは言えない、利便性を向上させるための要改修部分が発生したことで、シンがそんなことを思ったのは本人だけの秘密だ。


 まぁ、サンゴウ視点だとそのあたりは織り込み済みで、『要改修部分はあっても知れている』と踏んでいたからこそ、トータルでの所要時間の短縮を優先しただけの話になる。


 このような経緯で、試験飛行は順調に終了を迎えた。


 残るはロンダヌール王国での運用時の指揮官へのデリーたち側の不安であるが、それについても教官となれる最適な人員をシンが既に雇う話ができており、あとは実際に派遣するだけの状態であることが伝えられ、その件にも了承を得る。


 ただ、メカミーユの派遣については、本来の物事の流れと若干順序がおかしい感じに普通なら思えてしまうであろう段取りになっていた。


 けれども、結果的にシンとデリーの間では全ての話が上手く纏まっているし、そもそもその点を指摘して問題視する人間は誰もいない。


 つまるところ、結果が良いために過程の細かな部分に少々おかしな点があっても、問題とはされなかったのである。




 試験飛行が無事に終了すれば、次の段階は完成品の引き渡しと、乗組員の訓練の開始が必然となる。


 もちろん、地上における飛行船運用に必要な人員の手当ても必須だ。


 デリーはロンダヌール王国の城に戻ってから、それらの手配を迅速に進めた。


 その間に、シンとサンゴウとキチョウは、運用に必要な飛行場と係留場所、整備用の施設を造って行く。


 重機の類の機械がないロンダヌール王国において、運用に必要な関連設備の整備は『有り難い』の一言に尽きた。


 事後にそれを見せられたデリーとしては、仕方がないことではあっても、シンへの借りが膨らんで行くばかりで複雑な気分になったけれど。


 まぁ、飛行場とは名ばかりで、シンが土魔法を用いて土地を平らに整地し、表面を石畳化しただけであるので、飛行機が使用するのは不可能なのだが。


 もっとも、飛行機自体が存在しないだけに、その点は問題とはならない。


 細かな点を挙げるとすれば、そのままでは夜間運用が不可能だったために、サンゴウが太陽電池付きの照明設備を供与した部分を特筆すべきであろうか。


 ロンダヌール王国で『夜間の明かり』と言えば、それは火を利用するレベルの文明となる。


 そのため、水素を利用する飛行船の夜間運用にそれを使われると危険極まりない。


 その点に気づいたサンゴウが、さっさと安全な照明設備を準備しただけの話であった。


 まぁ、コレを機に、以降は電気的な技術の研究と開発がデリーの指示で進められて行くのだが、それは本筋とは関係のない別のお話となる。


 もう今更の話だが、サンゴウとシンがロンダヌール王国に与えた影響は、あらゆる面で巨大なモノであったのかもしれない。


 そんなこんなのなんやかんやで、飛行船三隻の引き渡しが行われ、デリーによって選抜された人員の訓練が開始される運びとなる。


 ただし、その訓練自体は、試験飛行に使用された惑星にて行われた。


 メカミーユもそこに参加しての訓練となったのは、ロンダヌール王国に迫りくる戦乱の足音への事前対処というものであろう。


 まぁ、メカミーユの部分に関しては、『懐具合が寒い少女を臨時収入で釣った』とも言えるが、そんなことは些末な話でしかないのだ。


 尚、そんな訓練に参加するに当たって、メカミーユはシンが影魔法や転移魔法を行使したことに気づく。


 その際に、女神は周囲に漂う、利用できる魔力の存在しない世界で魔法が行使できていることを、まず訝しむ。


 しかも、魔法で転移した距離に思いを馳せれば、必要な魔力量的に現状が異常なことにも気づいてしまった。


 故に、いろいろな意味を込めての、『何故、転移ができるの?』とシンを問い詰めたい衝動に駆られてしまう。


 しかしながら、それを行う寸前に、以前シンから言われた『俺の鑑定とか魔法とかの秘密を知ると、だな。あんまりよろしくないことに巻き込まれるかも知れないが、それでもそこの部分の説明を受けたいか?』を思い出せたのは、メカミーユにとっての僥倖であったのかもしれない。


 付け加えると、もう既に『あんまりよろしくない事態』へと女神は思いっきり足を突っ込んでいたりするのだが、本人が未だにそれを自覚していないので特に問題はないのであろう。


 そんな感じのメカミーユに加えて、ロンダヌール王国における飛行船乗組員候補の第一期生は、サンゴウによる感応波での知識の流し込みを受ける。


 それにより、訓練は効率良く進んだことで、本来であればどれだけ短くとも三か月程度、できれば半年から一年の訓練期間が必要なはずの技量を、僅か三日で全員が習得できた。


 このあたりは、サンゴウの超科学のみによってなせる業となり、シンの魔法では代替可能にならない部分となる。


 勇者と生体宇宙船の最強コンビは、互いに足りないモノを補い合う理想的な関係であるのかもしれない。




 さて、訓練が終了すれば、即実戦に飛行船が投入されたのであろうか?


 結論を先に言えば、『そんなことはなかった』という話になる。


 北の地の情勢は不穏なままであるものの、先制攻撃をするほどの状況下にはないのだから。


 ところで、だ。


 軍用の艦は、戦時ではない状況下においてだと、どのような存在であろうか?


 それは、戦うのが本来の仕事である以上、平時だと基本的に訓練しかやることがないのが実情となる。


 もちろん、戦時以外にも災害時の救援に投入されたりはするけれど。


 それはそれとして、軍艦には『所持している』という事実を以ってして『外部の者への威圧』という名のいわゆる『抑止力』の側面が存在している。


 しかしながら、その点だけで満足し、基本的には維持するだけだと『超』が付く金食い虫でしかない三隻の飛行船を、ロンダヌール王国は訓練のみで遊ばせておく余裕などなかった。


 物流面での文明的には、物資の輸送手段を陸上では馬車と人力車に依存し、海上(川や湖沼も含むが)ではガレー船と帆船に頼っている状況である。


 デリーの視点だと、時速百キロの巡航速度で、貨物を百トン積んで運べる乗り物を平時の物流に利用しない手が存在するであろうか?


 当然の如く、そんなモノは存在しない。


 都合良く、『飛行訓練と運用の訓練も兼ねる』と、そこに携わる人員へは言い訳だって可能なのだ。


 つまるところ、平時の貨物輸送の手段として常用しない手はないのだった。


 また、ロンダヌール王国の船舶事情的に、『燃料費』という考え方自体はない。


 ないのであるが、『供与された飛行船の太陽光発電による電気動力だと、燃料に該当する電力自体はタダであり、航続距離がそれで制限されることはない』というのも利点として大きな部分だったりもする。


 もちろん、『日中の運用で、晴れていれば』という条件は付いてしまうけれど。


 ちなみに、サンゴウはもちろん、事前に戦時ではない状況下だとデリーが貨物運搬船的に飛行船を利用することを想定していた。


 故に、飛行船の構造を、そうした運用にも適しているモノとして最初から設計している。


 具体的には、貨物兼攻撃用の石を積むことができる部分をユニット化して、簡単に短時間で交換できるようにしていたのである。


 これは、地球におけるコンテナ船やコンテナトレーラーがコンテナのみ交換して運ぶことで、貨物の積み下ろし時間を大幅に短縮して稼働率を上げる手法と同じ考え方となっている。


 とにもかくにも、飛行船は『緊急時用の待機と、乗組員の休暇』という側面も考慮されて、二隻運用で一隻待機のローテーション制が確立された。


 それに加えて、訓練による予備人員の増加も積極的に行われるようになったのだった。


 デリーの足元では、北のことをさておけば全てが上手く回っている。


 まぁ、『好事魔多し』という言葉もあるだけに、想定外の事態も発生してしまうのだけれど。




「大の男どもが雁首並べてさ。しょぼくれてるんじゃないわよ! こっちにはまだ二隻残ってるのよ? まともな作戦案の一つも出せないのかしら?」


 メカミーユが前述のように、ロンダヌール王国の面々を怒鳴りつける事案は、そう遠くない未来に起こってしまうのである。




 こうして、勇者シンは三隻の飛行船を完成させ、以降にロンダヌール王国の武威の象徴として扱われることになるそれを、引き渡すことに成功した。

 また、メカミーユを臨時の教官兼指揮官として、ロンダヌール王国に派遣することにも成功した。

 けれども、何事も順風満帆とは行かないのが、勇者の宿命であるのかもしれない。

 近々の未来において、メカミーユがロンダヌール王国の面々を怒鳴りつけるような事案が発生するのだから。

 その女神の発言内容からすると、一隻の飛行船が失われたことが示唆されているワケなのだが。

 デリーの不安要素の北の情勢はどうなって行くのか?

 減ったと思われる分の一隻の飛行船は、一体どうなってしまったのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 飛行船の試験飛行の際に、デリーの姉から何気にデートの日程についての話を振られ、『どうしましょう』の状態で固まってしまった勇者さま。

 ロウジュたちやミウにこの点をまだお話していないだけに、飛行船の引き渡しや地上設備の整備を完璧に終えても、まだまだ仕事が残っている気分になるシンなのであった。

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