サンゴウとの合流と、デリー側の事情
~ギアルファ銀河の外縁部宙域(ラムダミュー銀河側寄り)~
サンゴウは、艦長との合流が叶ってからわりとすぐに影の中へと入り、魔法による超長距離転移で移動した。
それにより、ギアルファ銀河の外縁部の宙域へとやって来ていたのだ。
尚、当該宙域に到着してからサンゴウが行ったのは、シンの付き添いの元での先だって救助した生存者六人の覚醒作業となる。
これについては、『生存者の状況確認ができていないままで、帝国の領内へ連れて行くのは良くない』と判断したためであった。
ちなみに、単純な『言語の問題もある』のは、最早言うまでもないであろう。
覚醒作業と同時に、優秀でデキル子のサンゴウは赤子を除く五人へ、感応波による必要な知識の流し込みも行っていたのだった。
では、慣性航行によってギアルファ銀河帝国の首都星を目指していたはずのサンゴウが、どのようにして艦長との合流を果たし、このような状況へと至ったのか?
そこまでの流れを、時系列を過去に戻して順に追ってみよう。
メカミーユとの話し合いを経て、シンは人ならざる存在の幼女から、必要と思われる情報を全て吐き出させることに成功した。
よって、シンが次に行うのはローラへの報告となる。
それを済ませればこの案件が終わり、サンゴウの捜索へと専念できるのだから。
それ故に、だ。
シンは軍の幼年学校の寮に与えられた自室へと戻ると、即座に転移魔法を発動してアサダ侯爵邸へと赴く。
続いて、シルクに頼んでローラとの直通回線を使用するのであった。
「あの子供、メカミーユはこの銀河の人間ではありません。ちなみに、種族もこの銀河の人間とは違いますね。外見だけは私たちに近いですけれども。そして、彼女の目的ですが、『種族特性で信仰とか愛情を多く向けられることが、自分自身の力になる』という話でして、『軍で活躍してそれらを集めて力とし、最終的には蓄えた力で元いた場所に帰ること』だそうです。残るは、『それを信用するかどうか?』という部分になりますね」
ちなみに、この時のシンはあえて目的の内で『島宇宙の発展、幸福度の増加』の部分を報告していない。
それは何故か?
その部分は、『メカミーユ個人が何をどうしようが、達成できるとは思えなかった』のと、『仮に達成できた場合でも、ギアルファ銀河帝国に不利益な部分は存在しないから』であった。
要するに、報告しても無意味な部分なので、割愛しただけの話なのだった。
「まず、種族の違いによって生じる問題はありそうなのかしら?」
「いえ。ただ、結婚には不向きですし、仮に婚姻を無理強いしたとしても子は望めないかもしれません」
メカミーユの目的からして、ギアルファ銀河帝国に永住するつもりがない以上、婚姻系の先々において不幸な未来しか生み出さない選択をするはずはない。
それがわかるだけに、シンは婚姻によるメカミーユの絡めとりは『無理だし無駄でもあること』を暗に伝えるにとどめる。
「そうなのね。目的の方は本人を『宗教のトップ』と考えれば問題がないわけではないけれど、人材としての使い方次第で許容範囲内にはなるでしょう。最後の信用するしないは、もしもアサダ侯爵を謀れたのであればそれはそれで大したモノですから、『信用してみましょう』になりますわね」
「なるほど。ああそれと、電子記録の不審な点については、彼女の能力による改竄が、電子データの存在を知らなかったことによる抜け落ちでした。つまり、『改竄による経歴詐称』ということにはなるのでしょう。ですが、この点を大事にするのは考えものかと。『帝国のセキュリティに穴があった』と宣伝するようなモノですし、彼女が今後乱用する可能性はないでしょうから、不問にしていただけると私としては嬉しいですね。目的に未達は、彼女の生命にかかわるらしいので。彼女に『悪いようにはしない』と言っていろいろと詳しく聞き出した手前、罪に問うような方向は罪悪感が出てしまうので」
「それが犯罪なのは事実ですが。つまり、本人からすれば緊急避難的な話なのね?」
生きるか死ぬか。
究極の事態となれば、違法行為が違法とされずに許されるケースもある。
ローラはメカミーユが生命の危機にある状態の、いわゆる『背水の陣』の状態であることをシンの話から悟って、確認をしたのであった。
「そうなりますね」
「わかりました。『藪をつついて蛇を出す』ようなつもりはありませんよ。そもそもですが、行われた改竄にそれを防ぐ手段はあったのかしら?」
ローラとしては、他人の記憶を改竄できる能力の持ち主に、自暴自棄になられては困る。
故に、『今後それが乱用されないのであれば、過去の所業については目を瞑るのは吝かではない』のが本音となるのだから。
「そこも悟っておられるのですね。ハッキリ言って、防げません。別の世界の理と種族特性の両方が絡む技術なので。ただ、悪用はできません。何故なら、それは彼女の目的に反するからです」
シンはローラの察する能力の高さに舌を巻きつつも、報告自体はそんな感じで全てを終えた。
結果として、ローラの決裁によりメカミーユは『特にお咎めなし』とされ、そのまま幼年学校で学ぶことになったのである。
まぁ、緩やかな監視対象にはなっているけれど、そんなことは些細なことなのだ。
「(もし何か問題が発生したら、その時はアサダ侯爵に丸投げで解決してもらいましょう。人外の存在なら、それ以外の方法はありませんからね)」
この時のローラが内心で考えていたことを、シンが悟れなかったのはおそらく幸せなことであったのだろう。
ただ、ローラの判断は正しいだけに、誰にも文句は言えない。
それはそれとして、メカミーユの案件はこれで一区切りとなるのだった。
かくして、一仕事終えたシンは、邸内にいる子竜の姿のキチョウにサンゴウについての話を振る。
事態は次の段階へと移行するのであった。
「キチョウ。サンゴウの動向はどう感じてる?」
「はいー。段々とこちらに近づいてる感じはしてるですねー。方向くらいしかわかりませんけど転移で探しに行ってみますー?」
サンゴウは確実にギアルファ銀河に近づいている。
このように、キチョウの超感覚から導き出される答えは、シンにとって良い判断材料になるのだった。
「うーん。それをやっても良いけどさ。かなり運任せだよなぁ。それに、発見したとして、『航行中のサンゴウが俺に気づいてくれるかどうか?』も問題だよな」
「マスター? 通信用の装備は持ったままだよー? ある程度近ければそれで呼べば良いですー」
シンの衣服には、しっかりと通信用の子機がくっついたままであった。
やはり、発想と運用の問題であったのだろう。
一つは、技能や道具を持っていること。
もう一つは、それを使いこなす方法を考えつくこと。
その二つは『全く別のことだ』と改めてシンは痛感させられる。
また、それと同時に、キチョウの知能の高さに感謝するのだった。
「なるほど。ありがとうキチョウ。しかし、そんな方法があるならもっと早く言ってくれても良かったんじゃないか?」
「連続の超長距離転移になるので、魔力枯渇の連続はマスターの身体への負担が大きいですー。待ってても合流できるので『無理をする必要はない』と思ってましたー。それと考えついたのは最近ですー」
キチョウなりの気遣いが原因だったと知って、なんとも言い難い気分になるシンであった。
「そうか。俺に気を使ってくれてたんだな。ありがとう。影への出入りで負担はあると思うけど頼むな。キチョウ」
「はいー」
そんな言葉のやり取りを済ませてから、キチョウを影に入れたシンはキチョウが指した方向で、適当に目的地となる宙域を定めて転移を開始した。
転移先で魔力の枯渇による苦痛が治まってから、キチョウを影の中から出してサンゴウのいる方向を確認してもらう。
続いて、もう一度キチョウを影に入れて、また感覚任せの勘に頼った転移をする。
そんなことを幾度繰り返したのか?
シンはそれがわからなくなるほどの回数の転移を行った。
だが、『時間』という観点で見ると、それに費やしたのはたった三時間かそこらの話である。
そうして、サンゴウの一回の跳躍航行の範囲までは絞りこむことができた。
シンの長距離転移は自身が行ったことのある場所にしか飛べず、その範囲にサンゴウが跳躍航行で使用する超空間は含まれていない。
ちなみに、以前に銀河間をサンゴウが移動した時は、跳躍航行と通常の全速航行を繰り返す形での航行であった。
生体宇宙船には、一度の跳躍航行で移動できる距離に制限が設けられている。
それは、いろいろな意味での安全を確保するための制限なのであった。
また、それはそれとして、『ここからどうするか?』がシン的には問題となる。
まだサンゴウへの通信ができる距離ではないからである。
「なぁ、キチョウ」
「何ですかー?」
「俺に思いつく選択肢は三つだ。ここでこのまま待つ。キチョウに乗せてもらってこちらからも近づく。短距離転移を繰り返して進む。どれが良いと思う?」
「確実なのは待つことですー。短距離転移の連続は手間の割に距離が稼げないので無駄が多いですー。発光信号で呼び掛けつつ、ここでマスターと交代で待機が一番だと思うですよー」
「なるほど。光魔法で明滅させて発光信号にする手があるか。だが、『交互で待機』っていうのは?」
「サンゴウさんの位置がずっと感じられるということは、跳躍航行はしていないということになるですー。仮に数時間かそこらで合流可能な位置にいるのならば、通信も届くし、マスターのマップ魔法や探査魔法を駆使すればそれっぽい反応が得られると思うですー。ある程度長期戦の待機になるので、交互に見張り番という感じですー」
「理解した。キチョウは賢いなぁ」
そして、シンとキチョウは、自宅での休息と宇宙空間での待機を交互に繰り返す生活を始める。
そんな日々を過ごしているとついにその時がやって来た。
サンゴウとの通信が可能になったのだった。
「艦長。ご無事で何よりです」
「ああ。サンゴウも無事で何よりだ。キチョウも無事だぞ」
かくして、サンゴウは艦長のシンの元へ帰還した。
ただし、休眠中の生存者六人の入ったカプセルを乗せたままで。
艦長のシンが合流したことで、万一の事態の発生時に『艦長による魔法治療』という選択肢がサンゴウには選べるようになる。
よって、覚醒状態への移行作業はすぐにも行われることになるであろうけれど。
まぁ、サンゴウの考えとは別で、『艦長が船内にいる六人の存在を知った時に何を考えるのか?』という問題があるのだが。
「(この世界ってばよ、遭難者が多過ぎじゃね?)」
サンゴウに乗り込んでカプセルを見たシンが、そんなことを考えてしまっていたのは些細なことであり、それは本人だけの秘密である。
「(赤子も含むこの六人。どんな事情を抱えてるんだか?)」
そんな部分に思いを馳せながらも、シンはサンゴウにギアルファ銀河の外縁部へと先に移動することを提案する。
冒頭のサンゴウの状況は、このような流れで成立したのだった。
サンゴウが救助した六名の内訳は、まず大人の女性が四名であり、残る二名が、四歳から五歳くらいと思われる男の子と、一歳に満たない赤子の女の子。
六名全員の覚醒作業を何の問題もなく完了することができたのは、サンゴウによる高度な科学技術の力とシンの魔法による補助が原因となる。
ちなみに、この時のシンは変化の指輪で召喚で若返る前のシンの姿になっていた。
そうした理由は単純で、『子供の姿のままでは艦長としての信用が得られない』と思ったからである。
「ふむ。デリーの弟と妹か。それと家臣ね。サンゴウ。このままちょっとここで待機しててくれるか? デリーのところで『どうするのが良いか?』を確認する。出自がロンダヌール王国とわかっているなら、わざわざ帝国に連れて行く意味はないだろ。ま、それより先にキチョウをここへと連れて来るけど」
「はい。サンゴウもそう考えます。では、ここで待機していますね」
そんな事情から、シンは一旦自宅へ転移してキチョウを連れてサンゴウへと戻る。
続いて、デリーの城に用意されたシン専用の部屋へと転移するのだった。
「(デリーに会うついでに、久しぶりにミウの顔も見て来よう)」
最後にミウに会ったのはそこそこ前の話になるのだが、何故か気楽な感じのシンなのだった。
もちろん、放置されていた相手が、同じく気楽な感じで応対してくれるとは限らないけれど。
「シン。定期的に顔を出してくれるはずだったじゃないか。いくらなんでも、ご無沙汰過ぎやしないか? 確かに頻度を明確に定めてはいなかったけど、もう少し会いに来てくれても良いんじゃないだろうか?」
シン側の事情だと、オルゼー王国がある世界に滞在していた期間は短い。
けれども、そこからこの世界に戻って、今に至るまでには結構な日数が経過してしまっている。
キチョウやサンゴウとの合流に意識を割いていたことや、メカミーユ関連の話で忙しかったのは客観的な事実であろう。
故に、ミウのことにまで気が回っていなかったのは確かだった。
なので、ミウの問い掛けの言葉は、そのまま受け止めるしかないシンとなる。
片や、シンを責めるような発言をしたミウは、ちょっとお怒りモードであった。
付け加えると、今は姿を変えているシンしか見ていないから平気だが、子供になっている本当の姿を見たならきっと絶句することだろう。
「すまん。ちょっといろいろあってな。気持ち的に余裕がなかったんだ」
シンから素直にそう言われると、これ以上強くも言えないのが現在のミウの立ち位置となる。
仕方なく、ミウは話題を切り替えることにした。
「デリーが待ってるから行こう。あまり長時間、私がデリーの側を離れているのは良くないしな」
「うん? そんなに危険な状態なのか? 人の受け入れの話を持って来たんだが、不味かったかな」
「現状はそこそこ危険な感じだね。シンが排除したあの機械騎士が襲った国は、元々の国民のほとんどが健在で上がいなくなっただけだから。押さえつける力がなくなった今、デリーの派遣した領主の統治が上手く行ってないんだ。反乱とかもあるかもしれなくてね」
シン視点での四国と九州に相当する地域は、全土が壊滅だった。
故に、ロンダヌール王国の統治に反発は起こらない。
だが、北海道に当たる地域は事情が違っていたのだ。
その事実をミウに詳しく説明されて、納得したシンである。
つまるところ、『キチョウやサンゴウ』という見た目だけでわかりやすい巨体、武力の象徴が不在であれば、そのような状態になっていても『不思議』とは言えない。
悲しいことに、それが今のロンダヌール王国が抱える現実なのだった。
まぁそれはそれとして、シンはミウとともにデリーのところへ出向くのだけれど。
「お久しぶりです。シンさん。様子を見に来てくださったのですね。ありがとうございます」
「おう。久しぶり。けれど、今日は様子を見に来ただけじゃないぞ。デリーにとって重要な、いわゆる『朗報』ってやつを持って来たんだ」
「それは嬉しいですね。で、その朗報の中身は何なのです?」
「うん。デリーの弟と妹の情報を持って来た」
「えっ! もしかして発見できたのですか? 二人は無事なのでしょうか? 生きているのですよね?」
ほぼ諦めていた案件なだけに、デリーとしては『情報が得られるだけ』でも感動モノとなる。
そして、デリーは自身が救われたことを鑑みると、弟や妹の生存にも期待したくなってしまう。
それ故の発言であった。
「ああ。サンゴウが偶然にも発信されていた救助信号を受信してな。その二人と家臣四人の、全員で六人を救助済みだ。ただし、残念なお知らせもある。船体は諦めてくれ。救助時にサンゴウが処分してしまった」
本当はサンゴウが二隻の宇宙船の船体を食べて、航行用のエネルギーに変換してしまったワケなのだが、詳しい内容をわざわざデリーに知らせる必要はない。
失われたことが伝われば、それだけで十分なのだ。
故に、シンは『処分した』とだけ伝えたのである。
「本当ですか。弟と妹が助かっているのなら船体なんてどうでも良いですよ。ありがとうございます」
「(受け答えはしっかりしていても、歳相応の子供の部分だってちゃんとあるなぁ)」
お礼の言葉とともに、嬉しい感情がありありと顔に出ているデリー。
そのようなデリーの様子に、安心してしまうシンであった。
まぁそれはそれとして、話はそれだけで終わらない。
シンの本来の目的は、『その六人をどうするか?』の相談なのだから。
ただし、悪い状況のところへ無理に受け入れさせる気はないので、その前に確認すべきは確認するのだけれど。
「ところで、さっきミウから聞いたんだが。『北の統治に問題が出そう』だとか」
「はい。力不足です。北の情勢は正直に言って悪いですね。『彼らを認めて、派遣した領主を引き上げさせた上で、一国として独立させてしまおうか?』なんてことも考えました」
「まぁ、そういうのもありっちゃありだよな」
主義主張が異なる集団のみがいる地域ならば、それをまるっと切り離すのも選択肢の一つにはなろう。
過去の併合が尾を引く問題になっていた日本の歴史を思い出してしまうシンとしては、さっさと切り離す方が正解にすら思えたのは秘密である。
「ただ、そう単純に決められる話でもないのが厄介なところでして。あの地域は元々が独立国でしたから。現状で、ロンダヌール王国を恨んでいる点を考慮に入れると、先々には戦争に発展するかもしれないのですよね。それなら、現状を維持して反乱を起こされてから、武力制圧を行うほうが対処しやすい。そんな状況ですね。民心を得る目的もあって、税などは軽くしているのですが」
「要は抑止力があれば当面の反乱は起こらない。反乱の芽は時間を掛けて統治実績で懐柔する。そんな感じの解決策で良いのか?」
「そうですね。それが理想です。けれど、実現が困難です」
ロンダヌール王国としては、北の地の人々に反乱を諦めさせるくらいの、圧倒的な武力を見せつけなければならない。
だが、それがない。
シン目線でも、デリーとしては苦しいところに思えた。
現状のロンダヌール王国があるこの惑星の文明的には、剣と槍と弓、初期の銃、有効射程が短い前装式の大砲あたりがメジャーな武器であり、それらを扱う人員も込みで『兵力』というか『武力』となる。
なので、ぶっちゃけてしまえば、『ギアルファ銀河帝国のレーザー銃や、歩兵携帯用のロケットランチャー』といった兵器をデリーの陣営に供与するだけでも、抑止力としては十分かもしれない。
だが、兵器維持や運用の問題がある以上、そう簡単な話にはならないのだ。
定期的なメンテナンスはもちろんのこと、『レーザー用のエネルギーパックやロケット弾』といったいわゆる弾薬の保管と管理が最低でも必須となる。
仮にその部分を短期的には無視するとしても、『先進技術の塊』な武器の持ち込みのような安易な手段に頼ると、『戦場での鹵獲からの模倣生産や現物の略奪』という問題も付いて回るのである。
まぁ、模倣については技術的な問題から、すぐには不可能であろうけれど。
「生存者六名全員を、すぐにここへ連れて来ることも可能なんだ。けれども、デリーが以前そうしたように俺の自宅で過ごさせることも可能だ。どうするのが良い?」
「今すぐにこの城で弟たちを生活させるのは、正直なところ危険だと思います。特に、『弟を担ぎ出して、政変を起こそうとする馬鹿者が出て来ない』とは、残念ながら現状だと言えないのです」
一旦言葉を切ったデリーは、何かを決断した顔に切り替わった。
そして、シンに向けて言葉を紡ぐのであった。
「一度こちらに全員連れて来てしまうと、付きそう家臣たちにも迷いが出てしまうでしょう。なので、『私と姉を連れて行ってもらって会って話した上で、全員をシンさんの自宅にしばらく匿っていただくのが最善だ』と考えます。そんな感じでお願いできますか?」
「ああ。構わないぞ。それと、だ。こちらの状況の改善についても、サンゴウとキチョウに知恵を出してもらうとしようか」
シンの言葉に、デリーは「(俺の知恵には期待するなよ!)」と聞こえた気がした。
けれど、それをわざわざ指摘することはなかった。
ただ、暗に伝えたかったことがしっかり伝わっているので、シン的にはそれで良いのだけれど。
そうして、デリーらを影に入れての、一旦サンゴウの船内へと転移が敢行された。
感動の兄弟姉妹の再会のシーンを経て、弟と赤子の妹の身の振り方についての話し合いを始めさせる。
尚、ミウはシンがデリーらを連れて帰って来るまで、彼らの不在を誤魔化すために城でのお留守番であったことは当然の差配となっている。
ちなみに、シンはその話し合いに加わったりはしなかった。
その間にキチョウとサンゴウから知恵を出してもらうべく、別の話し合いを開始していたのだから。
「なぁ。サンゴウ。それとキチョウ。ざっくりとロンダヌール王国のアレコレを説明したけど、状況は理解できたよな?」
「はい。大丈夫です、艦長」
「マスター、同じくですー」
「それならよし。で、俺はデリーへの援助が必要だと思うんだ。でもさ、俺は肝心な『援助方法』ってやつを、具体的にはなーんにも思いつかない。そこで、だ。何か良い手はないだろうか?」
「マスター。北の人間、全部排除はダメなのー?」
キチョウからはいわゆる殲滅作戦、即答で強烈過ぎる案が飛び出す。
それだけは事前に自分で考えついていても却下しただけに、シンは苦笑いせざるを得なかったけれど。
「最終手段としては、それも検討対象にはなるかもしれん。だが、相手がまだ反乱的な行動を起こしていない状態でそれを行うのはさすがに不味い。大義名分のない戦いはダメだ。まして、俺やサンゴウ、キチョウの誰か一人でもそれをやったら、もう『戦い』と言うよりは『虐殺』になってしまうだろうしな」
「そうですかー。人間はムズカシイですねー」
知能自体は高くとも、知識と経験がキチョウにはまだ足りていないのだろう。
むろん、種族の違いからくる根本的な価値観、考え方の差異だって存在する。
この場合は、『シンが無茶振りをした』ということになってしまうけれど。
「艦長。サンゴウとしては水素使用の飛行船の現物提供と運用方法のレクチャー。そして、可能であれば製造技術の供与も、合わせて行うことがベストと判断します」
「お? なんか良さげだな。そう判断した理由も教えてくれると嬉しい」
「はい。飛行船はデリーたちだけでも扱いが簡単であって、相手には模倣が難しいこと。万一略奪されても相手側では一定期間しか運用できないこと。これは内部骨格をチタンで作るので水素による腐食があるからです。また、元々の耐用年数を『三年が限度』とする予定です。運用に必要な水素の入手や充填の問題もあります。そして、相手に反撃手段のない高空からの攻撃は圧倒的な武力に該当すると考えます」
「なるほどな。だが、飛行船って確かヘリウムじゃないと危険だった記憶があるんだが」
そう言いつつも、シンは曖昧な記憶を思い出そうとしていた。
「(地球の西欧ですごい悲惨な爆発事故が、なんか昔あったような? 飛行船って言えばドイツか? あれ? でも爆発事故はアメリカでだっけ?)」
まぁ、このようなシンの内心の呟きめいたモノとは関係なく、サンゴウの話は進むのだけれど。
「ええ。その通りです。敵に飛行船を奪われた場合、自陣側の運用をヘリウムに切り替えて飛行船同士でやり合うことを想定しています」
「それはえげつないな。相手は一発もらったらドカンと大爆発か」
「そうなりますね。フフフ」
そこから更にシンがサンゴウとの話し合いを続けた結果、『製造技術的なことの提供は、今の段階だと難しいだろう』という結論になり、『現物を製造して渡すのが良いだろう』という話になった。
提供する予定のモノは、浮力を水素で得る硬式飛行船。
その数、三隻。
船体外皮にフィルム型太陽電池を貼りつけ、動力には電気式モーターとバッテリーとプロペラの組み合わせとなる。
推進力を得るためのプロペラには可変ピッチプロペラを採用し、舵と合わせて速度と進行方向を調節する仕様。
また、それに加えて、バウスラスターとスターンスラスターも装備させる構造である。
尚、最大ペイロードの目安を百トンとし、攻撃手段は高空からの小石のばら撒きを基本とする。
それはそれとして、ここからは余談となるが、船の構造に詳しくない方だと、前述の『バウスラスターやスターンスラスターってなんぞ?』となるかもしれない。
それらは簡単に言えば船首と船尾に付ける横方向への推進力を生み出すプロペラである。
その二つはメカニカルな宇宙船になら、当たり前に複数付いている姿勢制御用のスラスターだと思ってもらえば、おそらく実態に近いであろう。
そんな余談はここまでにして、だ。
デリーらの話し合いが終わり、シンはサンゴウごと全員を影に入れて、帝都周辺宙域のやや外側へと転移魔法で飛ぶ。
それは、六人の客人の、ギアルファ銀河帝国への受け入れ手続きをするためであった。
尚、この時にシンには少々個人的な問題が発生していたりするのだが、それは本筋のは影響がないのでここでは割愛しておく。
さくっとローラへと連絡してから、手続きはサンゴウに任せてその間にシンはデリーと姉をロンダヌール王国の城へと送る。
そして、シンはサンゴウと話し合った結果をデリーに提案するのだった。
ただし、巨大な飛行船はデリーたちにとって前代未聞の兵器であり、従来からロンダヌール王国にいる人材を指揮官に据えるのは少々不安が残ったりもする。
サンゴウの見解では『大丈夫』となっていても、デリーやその姉が不安を感じるのであれば、シンとしてもなにがしかの手を打ちたいところ。
高額の報酬を餌にすれば簡単に動きそうな人材が一人、この時のシンの脳裏に浮かんだのは勇者の運命力のなせる業であったのかもしれない。
こうして、勇者シンはローラからの依頼を良い感じの報告会的なモノを済ませることで完了扱いへと切り替えることに成功した。
ローラが万一メカミーユ関連でトラブルが発生した時には、後始末をシンに丸投げする気満々だったのをシンは知らないけれど。
また、キチョウの助言によりシン単独では出て来なかった発想を利用して、サンゴウとの合流にも成功する。
こちらは合流までにそれなりの日数を必要としたものの、シンが動かずに放置していれば数年単位で合流が遅れていた。
このあたりも勇者的な運命や運が作用している証なのかもしれない。
また、それとは別で、サンゴウが救出した人員に、デリーの弟と妹が含まれていることが判明する。
それら人員をデリーの元へ運ぼうとした段階で、シンはロンダヌール王国の現状と、デリーの苦境を知るのであった。
ロンダヌール王国の、デリーの危機を勇者は救うことができるのか?
シンが思う浮かべてしまった、お金で釣れそうな指揮官とは誰なのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
サンゴウが救助した六人、デリー弟と妹が含まれる一行をアサダ侯爵邸の客人として受け入れてもらうことが、ロンダヌール王国の方針として決まってしまった際に、実はまだロウジュの許可を得ていない事実に気がついて顔が青くなった勇者さま。
即刻先行でロウジュに許可をもらうために単独での転移をするはめになり、無駄に魔力枯渇で苦しむ回数が増えてしまった際に、「俺が当主のはずなんだけど、何故かこの手の部分の決定権は、ロウジュにあるんだよなぁ」とこっそり呟くことになるシンなのであった。




