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学園編もどきと、調査の行方

~ギアルファ銀河とラムダミュー銀河の中間宙域(ギアルファ銀河寄り)~ 


 サンゴウは、慣性航行を続けながら周囲の状況に気を配っていた。


 その理由は単純であり、エネルギー補給が可能な物資を求めてのこととなる。


 むろん、仮に何らかの物資を発見できたとしても、それをエネルギーに変換するには減速と再加速、一時的な転進が必須となってしまう。


 トータルで必要なエネルギーを計算して、差し引きでプラスになるモノが『外宇宙』と呼ばれる宙域ではそう都合良く見つかるはずもない。


 そのような状況下にあっても、サンゴウは諦めることなく現状の改善を模索し続けていたのであった。


 サンゴウは勇者を艦長に迎えたことで、勇者の運命力的なモノの影響を受けているのか?


 そのあたりは検証しようもない話になってしまう。


 けれども、サンゴウが跳躍航行ではなく慣性航行を続けていたことで、以前通過した時には発見できなかったモノに、遭遇する事態が発生したのは現実だったりするのであった。


 救助信号を出している宇宙船の反応が、なんと二隻。


 しかも、出されている信号はデリーが乗っていた船のモノと完全に一致する信号であった。


 そのため、サンゴウはそれが『救助信号だ』とすぐに気づくことができた。


 遭遇も含めて、それはまさに『奇跡』とも言える確率の結果であろう。


 ただし、だ。


 現状はサンゴウ自身が遭難しているような状況でもある。


 よって、『救助に向かうべきかどうか?』は微妙な判断となってしまう。


 助けたことで、共倒れになる可能性もあり得るからだ。


 しかし、何を選択するにせよ判断に時間を掛けることはできない。


 そこに時間を掛ければ掛けるほど、助ける場合はエネルギーの無駄が大きくなってしまうのだから。


「(救助信号の発信位置や状況から判断すると、デリーの弟や妹が乗っている宇宙船の可能性が高い。そして、アレと同じであるなら、エネルギー残量に期待ができる。最悪でも船体二つを完全に捕食してしまえば、エネルギー収支が絶対にマイナスにはならない。ただし、その場合は時間のロスが発生する。けれどそこは、許容すべき範囲ですね)」


 この時のサンゴウは、冷静に判断を下した。


 以前に解析を行った、デリーが乗っていた宇宙船とは、銀河間を移動することが前提となる、脱出用の移民船だったのだ。


 それを知っていたのがこの時の判断には大きく影響していたのだから、物事の繋がりを決して些細なこととして片付けてはならないのかもしれない。


 ただ、若干のギャンブル要素があるのは間違いないのも事実だった。


 それでも、結論は『救助に向かう』だったのである。


 救助の結果、サンゴウは賭けに勝つことができていた。


 エネルギー収支面だけを見ても、大幅なプラスを得たからだ。


 艦長の行動原理に倣って、人助けはしておくものであるのかもしれない。


 しかしながら、優秀な有機人工知能にも見落としはあった。


 この事案で、サンゴウが回収できた生存者は六名。


 問題は、船内に運び込んだカプセル内の、休眠状態の生存者に赤子が含まれていた点。


 それ故に、サンゴウは最大加速をすることが事実上不可能となってしまった。


 そんなことをすれば、せっかく救助した人間を死なせてしまうのだから。


 サンゴウは、取りあえず可能な範囲の加速に切り替え、改めてギアルファ星系へと舵を向けるのだった。


 艦長のシンがローラとわちゃわちゃしている間にも、サンゴウ側の事態はこのように推移していたのである。




 では、場面を『貴方は今『暇』よね?』とローラから問われた、シンたちのところへと戻そう。


 そう問われてしまったシンとしての、率直な感想は後述のようになる。


「(いきなりの『暇だよな?』ってのはなぁ。その時点で既にロクな話じゃなさそうなんだけど。ただ、こちらも勝手なお願いをしている手前、断れないんだよなぁ)」


 次に続いてローラの口から出て来るであろう難題に、シンは身構える。


 ただ、逃げるワケにもいかないので、問われたことには肯定の返事を返すしかなかった。


 サンゴウを探したいけれど、具体的にシンがすることはこの段階では何もないだけに『暇と言えば暇』なのは事実だからだ。


 するとまぁ、シンの予測通りのロクでもない展開になるのは、最早お約束的な流れなのかもしれないけれど。


「実はちょっと軍の幼年学校で不思議な事態が発生していてね。困っているのよ。だから、年恰好がちょうど良い貴方に『入学して調べてもらえないか?』というお願いです」


 シンはローラのお願いに目を丸くする。


 容姿が子供化した時点で、勇者が持つ運命力的な作用から、ラノベの学園編的な物事に巻き込まれる可能性を薄っすらと感じてはいたのだ。


 けれども、その『学園編』にだって、シンの中ではテンプレ的なモノが存在するのだけれど、そこを微妙に外してくるところには単純に驚くし、引っ掛かりを覚えてしまう。


「(え、学園編は覚悟してたけど、貴族院的な学校じゃないのかよ? 軍の学校とかは予想もしてないわ! てか、軍に幼年学校とかあるのね)」


 そんな思考がシンの脳裏を過ってしまう。


 ただし、それを口に出さない分別はあるが故に、別の質問が飛び出すのだけれど。


「すみません。その『軍の幼年学校』というのは?」


「ああ、そこから? 今の貴方の立場だと、そういった部分の知識がないのはちょっと不味いわね」


「あまり興味があることではないので。もし必要なら、それについての知識を後日にはなりますが、身に着けますけれどね」


 ローラの言葉に、シンは先々において学ぶことを安請け合いしていた。


 サンゴウがいてくれさえすれば、知識を感応波で流し込んでもらって覚えることは可能となるし、その手段を使えば容易い。


 もちろん、サンゴウが持っていない知識についてはその限りではない。


 しかし、その点はサンゴウがそれについての知識を事前に学習して、先に得てしまえば済む。


 そして、有機人工知能は適切なデータや資料さえちゃんと揃っていれば、そこに費やす時間が人とは比較にならないほどに短いし、内容が欠落することもない。


 故に、この時のシンが『早くサンゴウと合流しないとな』と改めて強く思っていたりしたのだが、それは本人だけの秘密である。


 それはそれとして、ローラの話はまだ続くのだけれど。


「軍の幼年学校はね、一般兵になることを前提している、衣食住に加えて在学中に毎月のお小遣い支給が保証されているコースと、待遇がそれよりやや良い下士官以上の役割を担う人材を育てるコースの二種類がある学校です。前者は主に貧しい平民家庭の子供が多く、後者は飛び抜けて優秀な平民と貴族の子弟、子女が主体となっていますのよ」


「そうなのですか。で、何故私をそこへ調査に赴かせようとするのです?」


「実技、筆記とも満点で入学した平民がいましてね。志望は一般兵だったのですが、『優秀なだけに、士官用のコースへと編入させたい』となりまして、本人の調査をしたのですよ。そうしたら、おかしなことに電子的なデータの記録が一切ない子供だったのです。『親がいないのは、孤児院出身だったから』ということで良いのですけれども。聞き込み調査だと、その子供が実在している証言におかしな点はないのです。でも、アナログ記録と証言以外の、いわゆる電子的な記録は皆無なのですよ。それで、結局編入自体はさせたのですが、改めての調査が必要なのです。ですが、子供に子供を調べさせるのはなかなかに難しいので、大人の見識を持っている貴方が適任と考えたワケですね」


 ローラが語った理由に、シンは隠すことのない渋面を浮かべた。


「(俺は名探偵じゃないんだけどなぁ。確かに身体は子供で中身は大人だけどさ)」


 このような非常にしょうもない感想が瞬時に頭に浮かんでしまえば、シンに渋面の一つも出るのは当たり前であろう。


 また、積極的に協力したい内容では全くないだけに、やんわりとその意思が伝わることを期待した発言がローラに向けて出るのは避けられないのだった。


「そういうことですか。しかし、私は入学試験とか受けていませんよ?」


「そこは皇家の特権でごり押しします。が、それがバレると活動しにくくなるので。実際は『推薦合格者に漏れがあった』として押し通しますよ。推薦者には、以前貴方が手を治してくれたあの女性を立てます」


「(おいおい、捏造で押し通すのか。権力って怖い!)」


 シンが心の内で呟いた、最初の忌憚のない意見はコレであった。


 自身に都合の良い時はソレに頼っているくせに、酷い考え方ではあろう。


「(ま、誰かを不合格にして席を分捕るってワケじゃなければ良いのか? あと、推薦者の選定もまぁ妥当なとこか? 皇帝陛下の推薦とかだとヤバイよなぁ)」


 いろんなことを考えてしまうシンなのだった。


 形はお願いであるものの、実質的にお断りができる雰囲気が微塵もない話の進行となっている。


 同席しているシルクがいると『ちょっと嵌められたかな?』と思っていても、ローラからのお願いを受けなくてはいけない気分になって来るのが現実なのだから。


 このあたりのシンの精神的な話は、以前にも似たような状況下(32話参照 )でシルクの願いを叶えてしまっているだけに、その時と違う行動はし辛いのである。


「わかりました。ただし、サンゴウの件で何か進展があればそちらを優先します。それがお願いを引き受ける条件です」


「ええ。もちろんそれで構いませんよ」


 シンは条件を付けて話を終わらせたのだった。


 かくして、シンは軍の幼年学校に入るための身分を捏造されることとなる。


 与えられたそれは、『親は貴族子弟だけれど爵位は持っていない、つまりその子供は平民』というなんとも微妙な肩書。


 そのような身分を捏造されて、軍の幼年学校の士官コースへと入学する運びと相成ったのは、なんと翌日の話だったりした。


 まぁ、入学式は数日前に終わっているので『さもありなん』の話ではあるのかもしれない。


 ただ、ローラの仕事の早さに、シンはさすがに驚いたけれど。


「(サンゴウがいれば知識を流し込んでもらうこともできたのに、この歳でまた真面目に学校のお勉強をするのかよ)」


 シンの内心はハッキリ言うと『愚痴だらけ』となっているが、受けてしまった以上仕方がない。


「(さっさと終わらせに行くか)」


 気持ちを切り替えるシンなのだった。




 調査対象は『メカミーユ・カミノ』という名を持つ女児。


 かなり容姿が整った、シンが調査する対象となるその女の子は、授業の間の休息時間や昼食の時間もクラスの男子生徒に囲まれていた。


 元々、軍の幼年学校は女生徒の割合が少ない。


 士官コースだと、更にその割合はより顕著に減って来る。


 貴族の女子は政略結婚の駒にもなるので、わざわざ軍に入れたがる親はそうそういないのが実情。


 だから、そうなっているのも当然ではある。


 通常だとその人数の少なさもあって、クラス内の女子同士で固まったりする。


 それが自然なはずなのだが、メカミーユはそうではなかった。


 この一点だけで既に異常事態であるし、シンから見ると逆ハー以外のナニモノでもない。


 シンはそんな状況のメカミーユを視界に収めると、簡易鑑定の技能をさくっと発動させた。


 そして、その効果が弾かれる。


 弾いた側のメカミーユは刹那の時間でシンをジロリと睨みつけてから、すぐに視線を外して談笑に戻るのだった。


「(えっ? なんで?)」


 シンの側が、軽くパニック状態に陥ったのは決して些細なことではない。

 

 この世界の人間は魔力を持っていないのが当然で、故に普通であれば簡易鑑定が弾かれることは考えられない。


 しかも、鑑定を阻害するような魔道具だって持っているはずはないのだ。


「(何が起こっている?)」


 驚いたシンは、沈黙を保ったままメカミーユに向けた視線を外さずに考え込む。


 そんなところへ都合良く周囲の人間の会話が、それも関連する内容のモノが聞こえて来てしまうあたりは、シンの勇者としての運命力のなせる業なのかもしれない。


 近くに三人で集まっていた女生徒の、メカミーユに関する会話がシンの耳に飛び込んできたのだから。


「あの人、婚約者が決まっているはずなのに、メカミーユの取り巻きなんてしてて良いのかしら? 自分の親や、相手本人、相手の親に知られたらヤバイと思うし、士官コースは貴族の子弟子女がいるんだからいずれ伝わるわよね」


「そうねぇ。私はその人のことは知らないけどあっち側のあの人。あの人も婚約者持ちのはずよ。前に夜会で会ったことがあるもの」


「あら、では少なくとも三人は似たような人がいるのね。私が知っているのはあの人だけどさ」


「(えっ? 何それ? ヤバクない? 逆ハーに婚約者有りが絡むとか、ラノベの乙女ゲーかよ!)」


 シンの頭の中は更に混乱して行くのだった。




 初日を観察のみで終えたシンは、軍の幼年学校が全寮制のシステムのため、宛がわれた自室へと戻る。


 一般兵は四人部屋待遇だが、士官は二人部屋か個室が与えられる待遇となる。


 ちなみに、個室は親の身分が高い子供に宛がわれるのが通常となっていた。


 そんな暗黙のルールが存在するのだが、平民扱いのはずのシンに与えられたのは個室であった。


 シンは学校側の都合で遅れて入学したために『二人部屋は全て埋まっていた』という事情もあったが、建前上は、『入学手続きの不備に対するお詫びを兼ねて』ということになっている。


 ただし、用意された個室は、本来その用途に使用される部屋ではなかったりした。


 実のところ、二人部屋だけではなく、個室も全て埋まっていたのだから。


 故に、シンに与えられたのは、物置部屋を急遽整えたモノだったりする。


 よって、他からは不平が出にくいように、上手くバランスが取れているのだけれど。


 とにもかくにも、そんな感じの個室に戻ったシンは転移で自宅に戻り、シルク経由でローラとの通信回線を開く。


 初日の報告のためである。


「初日の印象の報告をさせていただきます。判断理由の詳細は明かせませんが、あの子供はこの世界の人間ではない可能性が高いですね。しかし、それが即、『排除しなければならない邪悪な存在である』ということにはなりません。能力自体は非常に高く、優秀な人材となる可能性はもちろんあります」


 一旦言葉を切ったシンには、『さて、どう伝えたものか?』と一瞬悩んでしまうような、知ってしまった事柄がある。


 僅かな逡巡のあと、『貴族の調整はローラに丸投げで良いか』と、結局は開き直るのだけれど。


「今日見た限りの話ですけれど、彼女は男子生徒から異常に人気があり、既に『取り巻き』と言える男子集団を形成しています。それ自体は決して褒められるようなことではありませんが、それでも『問題』とも言いにくいです。しかし、その集団に入り込んでいる人材については問題がある。婚約者持ちの貴族子弟が少なくとも三名。私は知りませんが調べたらもっといるかもしれません」


「それはさすがに不味いわね。婚約関係の拗れはあとを引くから」


 ローラの顔は、如実に不機嫌なモノへと変化していた。


 まぁ、まだ自身の耳に届くレベルでの騒ぎになっていない時点、つまりこの段階で対処可能な事案になっただけでも、シンを派遣した成果が出たことにはなる。


 ただ、届けられた報告の内容は嬉しくないし、想定した方向とはかけ離れたモノだったことが残念ではあるけれど。


「でしょうね。(だから、今日報告したんだけどね)で、どうされますか?」


「婚約者の有無の情報。在学生徒の全てを対象にしたリストを、こちらで調べて明日の朝までに用意します。取り巻きに入っている者がそのリストにあるかを確認してください。まぁ、平民階級のモノは登録が義務ではない部分もあるので、不完全になりますけれどね」


 ローラの対応策は至極真っ当なモノであった。


 もっとも、シンに余分な負担を押し付ける話でもあるけれど。


 尚、平民同士の婚約の届け出はそもそもする義務がないので、余程の事情がない限りそれが行われることはない。


 ただし、貴族の妾になるなどの身分階級を飛び越えた事例の場合は話が別になって来る。


 シルクを妾の扱いで娶った経験があるシンとしては、ローラの語った平民階級のくだりの部分は即納得してしまう部分であったのだが、それは本人だけの秘密であった。


 そんなこんなのなんやかんやで、翌日以降もシンは軍の幼年学校でメカミーユの観察を継続して行く。


 それでわかったのは、まず二点だ。


 一点は、この年代の女子とはとても思えない、成人男性顔負けの身体能力。


 もう一点は、いわゆる座学の学科に関しても、文句のつけようのない完璧さ。


「(こんな神童がいたら、噂にならないはずがないだろ)」


 そうとしか思えないレベルなのだが、ローラから見せられた事前の調査報告にはそのような記載は一切なかった。


 調査報告書にある周囲からの証言は、『品行方正な子供だった』という内容のモノばかりでしかないのだ。


 また、集まっている取り巻きへの対応もおかしい。


 メカミーユ自身には、『誘惑する』という感じが一切ないのだから。


 むしろ、婚約者持ちだと判明した生徒に対しては、『自分には関わらないで、ちゃんと婚約者と向き合いなさい』と説教をする始末である。


 だがしかし、だ。


 その説教に効果があったワケではなく、逆効果でしかなかった。


 説教をされた側がますますメカミーユに惚れ込む感じでのめり込み、事態は悪化の一途をたどっていたのだから。


 まだまだ、異常に見えてしまう点はある。


 平民なら、ましてや、後ろ盾のない孤児院の出身であるのならば、だ。


 メカミーユに、玉の輿狙いがあってもおかしくない。


 にもかかわらず、だ。


 それを感じさせる部分は『全く』と言ってよいほどに存在しない。


 シンからすると、端的に言って『違和感だらけにしか見えない』となるのである。


 ただ、そのような状況は長く続かない。


 さっさと仕事を片付けたいシンは、試せることを試していく。


 また、シンからガッツリ監視されている側が、それに気づかないことや、それを不快に思わないはずはないのだから。




 以前に簡易鑑定を弾かれたシンは、まだ誰もいない早朝の時間に校舎へとやって来ていた。


 その目的は、引っ掛かっても軽微な被害しか受けない魔法トラップを、各所に仕掛けるため。


 シンはそれによって、メカミーユの反応を見ることにしたのだ。


 結論から言えば、『シンの監視対象の女児は、まるで全ての魔法トラップを目視で判別できているかの如くに、それらを軽やかに躱した』という結果を残す。


 魔法トラップに引っ掛かったのは、取り巻きの男子生徒のみとなってしまう。


「(予想はしていたが、これでメカミーユが魔力持ちなのは確定だろう)」


 シンはこの事実を以って、そう判断を下す。


 まぁ、その判断自体は実のところ思いっきり間違いなのだが、大勢に影響はないので問題はないのであろう。


 それはさておき、そこからそう時を置かずに、この件が切っ掛けとなってメカミーユの方からシンは声を掛けられることになるのだけれど。


「ねぇ。今日の講義が終了してからなんだけど、二人だけでお話をしたいことがあるのよね。ちょっと時間を取ってもらえないかしら?」


 シンとしては、メカミーユの方から自分に対して直接動く事態を想定してはいなかった。


 それだけに、呼び出しを掛ける言葉に驚く。


 だが、ちょうど良い機会であるので了承の意を伝えその場は終わる。


 取り巻きから向けられる視線が厳しいだけに、そうせざるを得なかったのは些細なことであろう。




「談話室を使用申請してあるので、そこへ行きます」


「ああ、わかった」


 講義が終わって声を掛けられたシンは、メカミーユの後ろを談話室へ向かって歩くのだった。


「さて、単刀直入に言うわね。監視とかテストとか止めてもらえないかしら?」


「はっ?」


 監視はともかく、テストをしたようなつもりはないシンとしては間抜けな感じの言葉が出てしまう。


 認識の違いは恐ろしい。


 シン的には、メカミーユが異質な存在であることを確定させるために設置した魔法トラップ。


 これを、された側は『テストを受けている』という認識なのだから、相互理解が進まないのは当然であった。


「惚けないでちょうだい。ちゃんと徳を積んで信仰を集めてるでしょう? そもそもだけど、『結果で判断する』としか聞いてないわ。『監視が付く』って話じゃなかったでしょう?」


「なんか勘違いされてるようだけど。俺は確かに君のことを監視してたよ。それは認める。でも君が今言った『徳』とか『信仰』とかの話は関係がない」


「へっ? どういうこと?」


 今度は、メカミーユ側が驚く番であった。


「こちらもはっきり伝えようか。メカミーユ。君はね、国から『怪しい存在だ』と思われてるんだよ。だから俺が調査に来たんだ」


「え? なんで? 周囲のことはちゃんとやったはずよ。怪しまれる要素なんてないはずよ!」


 この発言を受けて、シンがメカミーユに向ける視線はダメな子を見るモノへと変化していた。


「(あー、自分で『何かをやった』って暴露しちゃってるじゃん。これはもう、ぶっちゃけることはぶっちゃけて、さっさと話を付けるべきだろうな)」


 そんなことを思いながら、シンは現実路線に思考を切り替えた。


「あのな。君、別の世界から来たんだろ? この世界は、紙とかのアナログ記録と人の記憶だけ改竄したってダメなの。機械文明なんだから『電子データ』って記録が別にある。だからそれが『全くない人間』ってことで、目を付けられたんだよ」


「ウソォ。そんなこと、教えてもらってないわよぉ。今度失敗すると資格取り上げになっちゃうのに。うわーん」


 シンが告げた事実によって、メカミーユはショックのあまり泣き出してしまった。


「(こういうところは見た目通りの歳相応なのか? それとも単なるダメな子か?)」


 頭を過ることはそんな感じであっても、泣く子を放置などできない。


 故に、新たな情報を出して、話を先に進めることで事態の打開を目指したシンであった。


「まぁまぁ。落ち着け。泣いても何も良いことはないぞ。とりあえず君の目的を教えてくれ。それがギアルファ銀河帝国に害のあるような話でなければ、有能な人材として受け入れられる可能性はまだ十分にある。てか、今回の調査の発端はそこなんだよ。『良い人材見つけたっぽいけど、素性が怪しいから調べましょう』ってな」


「そうなの? でも、貴方は何者なの? 鑑定も魔法トラップの設置もできるとかおかしいでしょ! この世界には利用できる魔力なんてないんだからぁ」


 利用できる魔力が存在しない世界なだけに、魔力が必要な魔法もスキルも存在できない。


 よって、あるはずがないモノを『ない』と指摘したメカミーユは正しい。


 この場合、無限に魔力を生み出す『龍脈の元』を融合されている勇者シンの存在が、イレギュラーで異常なだけなのである。


 まぁ、そんな指摘を余裕で相手にスルーさせる方向へと誘導するのが、シンのシンらしさだったりするのだけれど。


「うーん。まだ答えてもらってないんだが、まぁ良いか。先に言っておくけど、『今は』君を脅威と判断してないから俺は攻撃的手段を取るつもりはない。だが、敵対するなら容赦はしない。これが前提だ。それを踏まえて、俺の鑑定とか魔法とかの秘密を知ると、だな。あんまりよろしくないことに巻き込まれるかも知れないが、それでもそこの部分の説明を受けたいか?」


「そう言われると、わかりました! そんな説明は要らないです。で、私の目的を言えば良いのね? この島宇宙の発展。幸福度の増加。私への感謝の気持ちを増やす。これは愛情でも感謝と同じ扱いになる。ざっくり言うと、そういうのが目的です」


「(それも狭い意味では目的なんだろうけどなぁ。これってアレだよな。もっとデカイ目的を達成するための手段でもある感じだよなー)」


 シンは言葉の雰囲気だけで、そう察してしまう。


 普段は鈍感なくせに、こういう時だけは無駄に察しが良い。


 こうした部分もまた、シンが勇者の運命に導かれていることから生じる事象なのであろうか?


 それについての真実は、おそらく定かになることはないけれども。 


「あー。それも目的なんだろうけどさ。でも、君の最終目的は別にあるんだろ?」


「ええ。まぁそれはそう」


 メカミーユの視点からすると、ズケズケと遠慮なく、自身の個人的な事情に踏み込んで来る少年による的確な問いは単純にキツイ。


 それでも、それに対して肯定以外の選択を『悪手』と感じたことで、素直に答えたメカミーユには『まだ幸運が残っていた』と言える。


 シンは本質的に、女性と子供には『明確な敵でない限り』という条件付きではあるものの、甘い対応をしがちなのだから。


「今、ここで全部言ってしまえよ。なんとなくだけど、悪いようにはしない方向で行けそうだからさ」


「うう。私ちょっと初仕事で失敗しちゃって、罰と修行的な感じでここに送られたんです。ここで上手くやると、初級女神としてまたお仕事をさせてもらえるようになるんですよ。逆に、失敗したら資格取り上げになるの。そうなると、たぶん消滅処理かなぁ」


 メカミーユは暗い面持ちに変化して、悲惨な未来があり得る自身の事情を語った。


 ただし、語った本人の認識が全て正しいとは限らない。


 実際、もしメカミーユがギアルファ銀河帝国でもう一度失敗したとしても、そこまで酷いことにはならないのだ。


 けれども、より高位の存在から『やる気にさせるために、あえて大げさに伝えられている』という事実だけはしっかりあるのである。


 このあたりは、メカミーユがそれを知ることはないだけの話なのだった。


「そ、そうか。それは大変だな。まぁ帝国に害がある話じゃないし、こっちとしては大丈夫そうだな。とりあえず未来の軍人として頑張ってくれ? あ、だけど婚約者持ちの男性から、恋愛的な意味での愛情を向けられるようになるのだけはやめてくれ。大事になるから」


 ローラへは『軍人として使って問題ない』と報告すれば良さそうなのでホッとしたシンである。


「(てか、こんなんでも女神なのかよ? 『メ』がなかったら新しいタイプの主人公と名前は同じだなぁとは思ってたけど、濁点のほうだったんかい! 苗字も名前もベッタベタじゃん!)」


 発言とは全く関係のない、ほんとにどうでも良いことにこっそり思考を割くシンなのだった。


 しかも、ホッとして気が緩んでしまえば、更に妙な方向へと思考が捗る。


「(この案件、乙女ゲーの恋愛シミュレーションゲーム化展開じゃなくて良かった)」


 事前に想定された展開のうちから最悪を引かなかったことで、シンは胸を撫で下ろしていた。


 付け加えると、『ダメな子のオーラをガッツリ漂わせ始めたメカミーユからは、なるべく距離を置こう』とも、この時にきっぱりと決心している。


 しかし、運命に回り込まれてしまうのもまた、勇者シンの定めなのかもしれない。


 残念勇者のシンは、厄介ごとからは逃げられない運命を背負っているのである。


 こんな感じの流れで、『メカミーユへの監視の必要性がなくなった』と判断したシンは、『ローラへのその旨の報告を済ませれば、この案件は終了だ』と考える。


 片や、結果として特にお咎めなしの未来を掴み取ることになるメカミーユは、以降に軍での戦女神役を目指して頑張ることになる。


 そして、メカミーユが数多の戦場を駆け抜け、常勝の象徴として祭り上げられるのはかなり先のお話。


 そうなるまでの間に駄女神ぶりを発揮しまくって、泣きつかれたシンが何度も助けることになるのもまた、別のお話なのだけれど。


 ただ、シンによるこの案件についての報告や、未来の駄女神の話はさておき、サンゴウとの合流は未だ成し得ていない。


 メカミーユとの話し合いだけは一区切りとなっても、一連の流れは、まだ終わったわけではないのだ。


 こうして、勇者シンはローラからの依頼を良い感じに進めて、報告を残すのみのところまで持って行った。

 けれども、メカミーユの目的自体にギアルファ銀河帝国への害をなすつもりは全然なくとも、その存在感が原因で狂った妄執を向けられる可能性は依然として残されたままとなる。

 この点については、シンの報告の仕方と、ローラの受け止め方や事後処理の問題へと移行してしまう。

 また、それとは別で、サンゴウはギアルファ銀河へ向かうためのエネルギーに少しばかりの余裕ができはしたものの、移動にはお荷物となる遭難状態から救助した人員も抱えてしまう。

 メカミーユの件のローラへの報告はどうなるのか?

 サンゴウとの合流を果たせるのはどんなタイミングとなるのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 おっかなびっくり状態で監視対象の女児と直接話をしてみたら、意外にも懲罰的な左遷を喰らって立場の復活を目指しているだけで、ギアルファ銀河帝国への害意は全くないことがあっさり判明してしまい、拍子抜けした勇者さま。

 それでも、初手で失敗して左遷状態にあったとしても、メカミーユは腐っても女神だけのことはあるので、『その容姿だけで、自然に男性を引き付ける魅力に溢れていることについての、注意喚起だけはせざるを得ない』と、心の中で呟くシンなのであった。

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― 新着の感想 ―
メカミーユの女神としての初仕事での失敗って…… 召喚勇者が月を吹き飛ばしたり、自転や地軸に問題出そうになって対処してたら、龍脈全部掻っ攫われて魔法ファンタジー世界の根幹が崩壊してしまったりしちゃったの…
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