帰還と、バラバラの場所への分断
~ギアルファ銀河とラムダミュー銀河の中間宙域~
サンゴウは、『どこへ向かうか?』の行先を決めかねていた。
まず、艦長からの指示を受けることが、本人の不在により不可能であり、それに加えて意見を求める相手としてのキチョウも不在の状況が問題となる。
そもそも、艦長もキチョウも現在どこにいて何をしているのか?
それが把握できないのだから、サンゴウは困っていたのだ。
艦長との合流。
それが最優先事項となるのは、今のサンゴウにとっては確かなことであろう。
だが、その方法を具体的に考えた時、現状の選択肢は実質二択から一つを選ぶだけになる。
そうであるにもかかわらず、どちらかに優位性が片寄る条件がない。
まさに、正解がない問題ばかりの状況は、いかにサンゴウが優秀でもきついモノはきついのであった。
デリーやミウがいるラムダミュー銀河のタウロー星系へ向かうべきか?
ロウジュたちがいるギアルファ銀河の首都星に向かうべきか?
前提条件として設定可能なモノの全てを、あり得る振れ幅の範囲内で変更していくつもの行動予定パターンを造り上げる。
そこから、どれだけ確率計算を繰り返してみても、明確に優位な方がない。
しかし、どちらかに決断しなければならないのだからきついのである。
サンゴウは送還の魔法陣の構築に関与したおかげで、その特性を把握していた。
何らかの外的要因の影響で、あるいは考えられないほどの低い可能性として、魔法陣の構築そのものに問題があったか?
そのどちらかで、現状の『艦長やキチョウと別の場所にサンゴウが飛ばされた』という事故が起こった事実はある。
だがしかし、だ。
魔法陣の特性上からは、事故が起こった今の状況下においてでも、艦長とキチョウはこの宇宙でキチョウが行動した範囲内のどこかにいる可能性は極めて高い。
それに加えて、少なくとも艦長の生存はサンゴウにとっては確信できる確定事項となる。
サンゴウから見た艦長、『勇者シン』の能力はデタラメ過ぎるモノであり、その点への信頼だけは厚いのだった。
たとえどれだけ、艦長に女性関係で不器用さやヘタレな部分があるのを確認できていたとしても、それとこれは話が別なのだから。
その一方で、キチョウについては生存面で若干の不安はあるのは事実だ。
けれども、キチョウは更なる進化を遂げている。
超神龍となったキチョウは生物として、サンゴウでは推し量れない領域にもう到達しているはずなのだった。
「(キチョウも、おそらくは大丈夫だろう)」
サンゴウはそう考えて、キチョウに対するそれ以上の思考は止めた。
判断をするための情報が不足している現状では、それを確定することなど不可能だからである。
問題はそれだけではない。
どこへ向かうにしろ、移動に必要なエネルギーの確保は付いて回る問題となる。
現時点で、百パーセントに近いエネルギー残量はあるのだけれど。
だかしかし、だ。
残念ながら、それは跳躍航行でどちらかの銀河に『無補給で』辿り着けるほどの量ではない。
それが現実だった。
また、銀河と銀河の間の宙域、いわゆる『外宇宙』の部分には、サンゴウのエネルギー補給が可能となるモノは基本的に『ほぼない』のが問題となるのであった。
結局のところ、何の根拠もなく『ギアルファ星系へ向かう』と決めたサンゴウ。
生体宇宙船は、エネルギー節約のために跳躍航行を諦め、当面は最大加速を行ってからそれ以降は慣性航行で距離を稼ぐことにしたのであった。
それはそれとして、だ。
では何故、サンゴウは艦長やキチョウが側にいない孤独な状態で、ギアルファ銀河帝国が存在する世界への帰還を果たしたのだろうか?
そのあたりの流れを、過去を振り返って順に詳らかにして行こう。
サンゴウはキチョウと協力して、オルゼー王国で使用された勇者召喚の魔法陣を改造することにより、ギアルファ銀河帝国が存在する世界への帰還を目指した。
もし仮に、人の能力を以ってしてそれを行おうとしたならば、極悪極まる難易度でしかないソレ。
そんなモノの、解析と改造を可能とした。
それを成し得たのは、二つの特別とプラスαがあったからだ。
一つは、超科学の申し子となる有機人工知能。
もう一つは、過去に前例がない『超神龍』という特別な存在への進化を遂げたキチョウが、種族特性として新たに手に入れた高い知能。
その二つに、『勇者シンによる魔法陣用の魔法言語の翻訳を受けられたこと』という条件が加わって、初めて魔法陣の解析と改造が可能になったのだった。
目的を遂げるための、新たな魔法陣の構築。
それに着手しつつも、サンゴウは艦長への感想込みの疑問を伝える。
召喚されてしまった勇者の帰還方法が、召喚の魔法陣の改造以外に手段がないとするならば、だ。
その異様な難易度の高さからすれば、実質的に手段が存在しないも同じではないのか?
サンゴウの疑問とは、その一点に尽きた。
もちろん、そのような質問された状態のシンは、それに答えを返すのだけれど。
「ふむ。『実質、帰還方法はないのと同じ』か。まぁそうだろう。そもそもなぁ。この召喚技術自体、人が作り出したものじゃない。少なくとも俺はそう思っているし、おそらくそれが事実だろうよ。そうじゃなきゃ、『召喚時に毎回都合よく神っぽい何かが干渉できる』ってのがおかしいんだから。でも、帰還方法はちゃんと用意していない。この技術を提供した存在の悪意を感じるね。俺は」
シンの見解は、今ある状況だけを材料に推測したモノとしては正しいのだろう。
けれども、シンたちがそれを知ることはないのだが、事実は違うのだった。
実際のところは、帰還に使う送還の魔法陣はちゃんとセットで提供されていたのであった。
しかし、その魔法陣の発動には莫大な魔力が必要なことと、初代の勇者が魔王討伐後に帰りたがらず、この世界に居座ろうとしたことが原因で『勇者暗殺』という最悪の事態へと繋がって行ってしまう。
ただし、日本への帰還ではなく居残りを希望した勇者は、召喚した側に決して無茶な要求を出したワケではなかった。
単に、『それなりの金銭と利便性の良い住む場所の要求をしただけ』だったのだから。
片や、召喚した側としては、それを受けて考えさせられる。
本音としては『帰って欲しい』のだが、そこに『大量の魔力』という経費の使用が認められるのか?
また、召喚した側が『帰って欲しい』とお願いをしてみても、それを聞く気がない『魔王以上の力を持った存在』とは、この世界へ留まり続けた場合に『ずっと』大人しく生活していてくれるのか?
至極当然でもある、二つの疑問が出てきてしまう。
それらを国の上層部が持つに至るのには、そう長い時間は必要とされなかった。
結局、『勇者暗殺』という蛮行に手を染めた国は、それ以降に発生した政変で分裂と合併を繰り返し、勇者召喚の技術を継承した『ルーブル帝国』が誕生するに至る。
その過程で、勇者召喚は何度も行われているが、結局一度も使うことがなかった送還の魔法陣の技術はいつの間にか失われたのだった。
そういった事情により、勇者召喚の技術のみがルーブル帝国に残された。
同時に、『用済みの勇者は暗殺する』という悪しき前例だけがしっかりと受け継がれてしまい、残ってしまったのである。
最初のそれが実行された当時は、『総人口が現在よりも少なく、魔王の発生周期も長かった』というのも、送還の魔法陣の技術が失われた原因の一つではあろう。
けれども、人は安易な方向に流されやすいのだ。
それこそが、そもそもの問題なのかもしれない。
また、二つの魔法陣を提供した存在は、それらのうちの片方がいつの間にか失われたことを知っていながら、それを知った以降に再提供はしなかった。
その部分に悪意があるのかないのか?
もし率直にそう問うたならば、まともな日本人的感覚を持つ人間が判断した場合だと、『ある』としか言えない気がするけれども。
とにもかくにも、疑問や感想、知られざる事実を『それはそれ』として、送還用のオリジナル魔法陣の構築は進められる。
本来ルーブル帝国やオルゼー王国が存在する世界にはあり得ない力が、三つ合わさることで、事態はようやく動くのであった。
むろんそれは、どこぞの静けさを保った海の底で眠っている『愛』、『勇気』、『力』の三つとは、数だけが同じ三つであるだけなので何の関係もないのは言うまでもない。
「マスター。できたー。変な干渉の部分はごっそり削ったけど、たぶんこれでちゃんと動くはずー」
「おお! キチョウ、よくやった。サンゴウもさすがだな」
「いえ。それほどでもありませんけれども。ただ、コレに関して言うと『術者が陣の内部にいる』という部分が難し過ぎましたね。魔法陣を起動した術者が魔法陣の中にいてもちゃんと最終段階まで作動するようにする。これを成立させようとした時に安全装置の部分と絡んでいたせいで、切り分けて無効化するのに苦労させられました。そもそも、送還を行う者と、送還される者が同じであることを想定して魔法陣を組み上げることができないのです。また、魔力供給をするモノが必要で、それだけは絶対に送還から取り残される仕組みなのが魔法陣の根幹部分だったので、そこも変更できませんでした。けれど、キチョウの話では『狩った大型種の魔石一個で、十分それに代えられる』とか。供給の部分はそれが解決策の決め手になりました」
「そうか。沢山狩ったし、一つくらいは必要経費扱いで失っても全く問題ない。俺かキチョウが魔石の代わりで残るとかは、あり得ん選択だしなぁ」
サンゴウの発言に答えを返しつつも、何気にシンは内心でホッと胸を撫で下ろしていた。
「(ランダム転移ガチャをしなくて済むから、良かった良かった)」
シンの偽らざる本音はここにあり、優秀な頭脳担当のサンゴウとキチョウに対して、感謝感謝なのであった。
実行用の魔法陣は、キチョウがサンゴウの船体を有効範囲に収められるように巨大なものを作り出し、シンが最終段階での切り替え用の魔石をセットしつつ、魔法陣に必要量となる膨大な魔力を注ぐ。
ただし、サンゴウの船内にシンがいたのではそれができなかった。
そのため、シンが宇宙空間に出て、シールド魔法を展開しての作業となる。
その状況下で、キチョウは巨大な魔法陣の展開と維持で魔力をほぼ使い切っていたため、シンに引っ付いて魔力の補充を受けていた。
つまり、キチョウもまたサンゴウの船内にはいなかったのだ。
最後の仕上げの段階で、シンは魔力の供給元を自身から魔法陣の外にある魔石へと切り替えると同時に、魔法陣の中へキチョウとともに飛び込む。
そして、必要な最後の魔力が魔石から全量注ぎ込まれた瞬間、魔法陣は発動したのだった。
「待ちなさい! 勝手に龍脈の元を異世界に全て持ち出すのは許しま―――」
シンたちは刹那の時間で何らかの力の干渉を受けてしまう。
けれども、結果的に送還の魔法陣が発動したあとに残されていたのは、内包していた魔力が失われた魔石のみだったのであった。
かくして、この世界を管理していた、シンからすると神っぽい存在は己の管理対象の『魔力のある世界』という前提が崩れ去り、更に上位の存在から管理責任を問われることとなる。
そうなってしまうワケなのだが、それはシンたちには関係のないお話であり、全然全く微塵も一欠けらの責任もないのである。
ちなみに、シンが『龍脈の元』を持ち逃げする最後の瞬間まで神っぽい存在がそれに気づかなかったのは、魔王討伐の際に月のような巨大な衛星をまるっと吹き飛ばした事案が大きく影響している。
このあたりの運の強さ、運命力的な何かの作用は、シンが勇者✖勇者の力を持つに至ったことも何気に深く影響していたりするのだろう。
よって、神っぽい存在からしても、ある意味では自業自得でしかない失敗なのかもしれない。
片や、送還の最終段階の瞬間に刹那の干渉を受けたシンたちはどうなったのか?
結論から先に述べると、『送還結果に影響が出てしまった』と言える状況になってしまう。
シンたちは、送還先となる世界と時間軸こそは同じであっても、バラバラの場所に送還されたのであった。
シンは、帝都のある惑星の周辺宙域、宇宙空間の真っ只中へ。
キチョウは、ベータシア星系の主星の海上へ。
そしてサンゴウはなんと、ギアルファ銀河とラムダミュー銀河のほぼ中間点へ。
三者は、それぞれの場所へと放り出されてしまう。
ここまでが、冒頭のサンゴウのおかれた状況が成立してしまった事態までの、流れの全貌なのだった。
送還の魔法陣が作動したあと、シンは人が単体では生存できるはずもない宇宙空間へと放り出されていた。
しかしながら、元々シールド魔法を展開していた勇者にとってだと、その程度のことはすぐに『問題発生』とはならない。
もっとも、たとえすぐに自身の生命が脅かされる状況ではなくとも、周囲にサンゴウとキチョウの姿が見当たらない状況下において、のんびりしていることはできないのだけれど。
まず、シンが行ったのは、『本当に、この周辺にはサンゴウとキチョウがいないのか?』の確認だった。
それに続いて、現在位置の把握が急がれた。
もちろん、それを行うに当たって使用されるのは魔法となる。
マップ魔法と探査魔法でそれらを確認する。
その結果は、残酷であった。
すぐに確定情報として、サンゴウの存在もキチョウの存在も確認できなかった事実が得られてしまう。
それについてで激しい失望と怒りを感じながらも、この場に留まっても仕方がないため、自宅へと転移する。
ちなみに、失望と怒りの理由は、現在の結果が神っぽい存在の干渉が原因で発生したことをシンが察してしまったせいなのだった。
そんな流れで突如シンが現れることになったアサダ侯爵邸。
シンの自宅の住人からすれば、いきなり見知らぬ子供が出現したのだから『何事だ?』の状態になるのは必然であろう。
ただし、ロウジュとシルクはその子供の容姿からシンの面影を感じ取る。
まぁ、本人が容姿だけ若返っている存在なので、『さもありなん』という話ではあるのだけれど。
それだけなら良かったのだが、普通はそれだけで済むはずがないのだ。
「(隠し子がいたのね!)」
ロウジュとシルクが、別々に心の中だけで完全に同じタイミングで叫んだ言葉。
それは、奇しくも全く同じであった。
まるで瞬間湯沸かし器のように、僅かな時間でロウジュとシルクは怒りを沸騰させたし、それが上限を振り切る全開状態へと突入する。
しかしながら、リンジュとランジュは比較的冷静だった。
そちらの二人は、子供の姿になっているシンにとって、少しは話ができる状態であったことが、不幸中の幸いであったのだろうか?
異世界から嫁たちがいる世界への帰還を果たした勇者は、なんとか嫁の全員に『現在の姿は、シン自身が変化した姿だ』と納得させることに成功したのである。
「サンゴウとキチョウとは、はぐれてしまったんだ。魔法陣の性質上、ランダム転移ではないからキチョウはこの宇宙のどこか、サンゴウはこの宇宙か、サンゴウが元々いた宇宙のどちらかにはいるはずなんだ」
いろいろな感情が入り混じった表情を隠すことなく、シンはロウジュたちに状況を説明して行く。
送還の魔法陣は、対象者の記憶から送還すべき場所を特定して送還を行う。
ただし、その記憶の時間の範囲の指定は術者が行う。
そして、送還の対象場所を送還前の世界のどこかにすることはできない。
これらが、シンの知る送還の魔法陣の動作についてのルール的なモノであった。
ちなみに、この時のシンは一つ誤解をしており、ルールを把握しているにもかかわらず、サンゴウがデルタニア星系のある世界に行った可能性が『ある』と思っている。
けれど、事実は異なる。
サンゴウの生まれ故郷、デルタニア星系がある宇宙へ、今回のケースだとサンゴウが飛ばされている可能性は存在しない。
何故なら、魔法陣の術者はサンゴウではなくキチョウだったからだ。
キチョウはギアルファ銀河で生まれている。
そのため、生きている時間は転移前のオルゼー王国がある宇宙を除くと、ロウジュたちがいる宇宙で全ての時間を過ごしているのだから。
つまり、魔法陣への干渉により影響が出る時間範囲の限界は、キチョウが生きていた時間の範囲内が最大となる。
故に、サンゴウの行先は、必然的にシンが戻って来たのと同じ宇宙に限定されるのだった。
まぁどのみち、シンはサンゴウとキチョウを探すつもりであるから、細かいことはどうでも良いのだけれど。
そんなこんなのなんやかんやで、ローラに約束よりも遅れて定期連絡をすることになったシンは、まずしっかりと怒られる。
けれど、その連絡時にシンはサンゴウとキチョウの捜索をお願いしていた。
ギアルファ銀河の各地にいる帝国軍が、サンゴウやキチョウを発見してくれる可能性は十分にあるのだから。
特にキチョウについては、『自力でシンたちに合流する』という意味での帰還ができる可能性は低い。
そのため、帝国軍に懸ける期待は必然的に大きくなるシンなのだった。
また、サンゴウに関しては、シンが知るその能力から時間的なことはともかくとして、『自力で帰還してくる可能性は高い』という信頼感がある。
優秀過ぎる相棒への期待は、どうしても高くなってしまう。
それもまた仕方のないことであろう。
ローラはシンからの捜索依頼を受け、即座に関係各所に連絡を入れてそれ関係の手配を済ませた。
ローラが即動いたのは、多少なりともシンに借りを返せることにホッとしていたからだったりする。
ギアルファ銀河帝国の皇妃の立場を持つローラの側には、なんだかんだと『頼りに頼ってシンに無理をさせている』という自覚はあったのだった。
ただ、そんなローラにとっては残念なことに、少し先の未来にはまたしてもシンに頼りたくなる事案が別件で発生することになる。
この時のローラは、当然ながらまだそれを知らないので、短い間だけであったにせよ、それは幸せなことだったのかもしれない。
では、自力での帰還を困難なモノとシンに思われているキチョウは一体どこで何をしているのか?
キチョウは前述でチラリと触れた通り、ベータシア星系の主星の海上に出現したのだ。
マスターのシンもサンゴウも、周囲にいないことはすぐに気がついてしまう。
超神龍に進化したのは伊達ではなく、キチョウは高い知能によって、現状が『送還の魔法陣に他者の関与があったことで引き起こされた事態』であるのを悟ることができた。
そして、体内に蓄えている魔力は、使ってしまえば補充の当てがない。
それだけに、安易な魔法の使用は躊躇われる状況が、現状を打破するための選択肢を狭めて来る。
結局、この時のキチョウは、超神龍になれたが故に手に入れた、強靭な肉体に当面は頼るしかなかった。
勘を頼りに海を泳ぎ、陸地を探す。
数時間が過ぎた時、キチョウは現在位置がベータシア星系の主星であることを知ったのであった。
「(オレガの元へ行けば、たとえ時間は掛かっても、必ずマスターやサンゴウの所在がわかる)」
そう考えたキチョウが、ベータシア伯爵家の海上警備隊と航空警備隊の両方に包囲されたのは、結果的に後日些細なこととして笑い飛ばすような話に変化することになるのである。
尚、キチョウの勘を以ってしても今回の事態を事前に感知して避けることができなかったのは、上位の存在である神っぽいモノの能力での干渉が問題だったのだろう。
たとえ超神龍であっても、全てにおいて完璧や完全ではないのだから、これはやむを得ない部分であるのかもしれない。
とにもかくにも、紆余曲折の末に伯爵邸へと辿り着いたキチョウ。
そんな状態のキチョウをオレガは『保護』という名目で自宅に迎え入れた。
続いて、オレガはロウジュへとその旨の連絡を入れる。
キチョウ的には、ギアルファ銀河帝国内の情報が得られて、発信できる状況にもなった。
よって、この段階で残るのは『状況の変化を待つだけ』となってしまう。
実際、しばらくすると入れ違いでローラが発布したサンゴウとキチョウに関する捜索の情報が、ベータシア伯オレガの元へ届いたりもしたのである。
もっとも、それはあまり意味のないタイミングだったけれど。
ローラに捜索の依頼をし終えたシンは、自宅にて『どうやってサンゴウとキチョウを探すのか?』を思案していた。
シンがよく使うマップ魔法と探査魔法は『何かがある、あるいはいる』ということは簡単にわかっても、残念ながらそれが『どんな存在であるのか?』を詳しく知ることができる魔法ではない。
故に、今回のケースでは役に立たないからである。
そして、『自らの存在をアピールして相手に見つけてもらう』という方法も、適当な手段が思い浮かばず困ってしまっていたのだった。
勇者シンはこの世界で唯一、『魔法』という便利な力を魔力面での制限なしに使用できるチートな存在であるのは確かだ。
それでも、その状況に適していて使える魔法がなかったり、応用して使って役立てる方法を思いつかなければ、できないこともそれなりにある。
勇者であり、無尽蔵の魔力を持っていても、シンは決して万能ではない。
できることに関しては異常にできる子。
勇者シンとは、そのような存在なのだ。
そうして、『あーでもない、こーでもない』と思案に明け暮れる日々が淡々と過ぎて行く。
結局は何もできないまま、オレガからの連絡がロウジュへと入る事態を迎えてしまう。
ロウジュの元へ『キチョウを保護中』の報が届いたのだった。
シンはロウジュからそれを聞かされると、即座に転移でベータシア星系主星へと飛んだ。
キチョウとの合流はそのような経緯で果たされたのであった。
「マスター。無事に会えて良かったですー」
「そうだな。お互い無事で何よりだ。ところでな、サンゴウの居場所はわからないよな?」
特に期待するでもなく、何となくの思い付きでシンはキチョウに問う。
ところがこれが、先の行動のヒントに繋がってしまうのだから、運命力的なモノがおそらく仕事をしたのであろう。
「はいー。なんとなくあっちの方にいるかなーくらいしかわかりませんー」
「キチョウはすごいな。それでも方向だけはわかるのか。つまり、サンゴウも無事にこの宇宙へは戻って来ているワケだ」
キチョウの能力に感心しつつ、サンゴウも一応の無事が知れて安心したシンなのだった。
ただ、そのように安心すれば、続いて出て来るのはサンゴウとの合流の目処についてとなる。
「無事にこの宇宙には辿り着いているなら、いずれ合流は叶うだろう。逆に、現時点でサンゴウ側からのアクションが何もこちらに届いていない点から考えると、かなりの遠方にいるのがわかってしまうけどな」
「そうなりますねー」
「残念だけど、すぐにどうこうする手段は思いつかない。だから、とりあえずは待つしかないな」
「そうですねー。本当の危機になれば勘が働くと思うですー」
「(キチョウが考える、『サンゴウが陥る危機』ってのは一体どんなのなんだろうな?)」
キチョウの発言に対して状況が想像もつかないだけに、そんな言葉が頭を過ったシンであった。
けれども、敢えて口に出すことでもないので疑問点はスルーしてしまう。
サンゴウ関連については、サンゴウ自体を完全に失う事態が想定し辛い。
ただし、有効な合流を早める方法があるなら、合流を急ぐ方向へと話は変わって来る。
だが、『生きて同じ宇宙にいさえすれば、いずれ必ず合流は可能』と思えるだけの信頼が、サンゴウに対してはある。
それだけに、待つ姿勢でも精神面では耐えられるのだ。
故に、シンの口からは次のような発言が出てしまうのである。
「帝国軍にも捜索は頼んでいるから、方面だけでも伝えて重点捜索に切り替えてもらおう。ま、ギアルファ銀河の外側にいる可能性が高いけどな。さて、まず俺らは帝都に戻ろうか」
シンの予想は正しい。
もしサンゴウがギアルファ銀河のどこかにいるのならば、たとえそれが未開拓宙域のどこかだったとしても、少なくとも通信連絡だけはとっくに帝都へ入っていたはずなのだから。
まぁそれはそれとして、シンは娘婿の姿を見て驚いているオレガに礼を言い、キチョウを影に入れて帝都へと飛ぶ。
ポンポンと転移で飛べるのは勇者シンだけの特権であり、超長距離転移をすると到着時に僅かな時間限定で本人は苦しむことになるものの、それを承知で引き換えにしても惜しくない程度には本当に便利な能力となっている。
ちなみに、キチョウも転移魔法自体は使用できるのだが、保有魔力量の部分で制限が掛かってしまう。
そのため、マスターのシンと同じことは不可能なだけに、『差が大きい』と言える。
かくして、そんな流れで帝都の自宅に戻ったシンは、偶々シルクに会いに来ていたローラと話をする機会を得てしまう。
ちょうど良いのでキチョウの発見を報告し、サンゴウがいると思われる方面をしっかりと伝え、重点捜索に切り替えてもらうようお願いをしたのだけれど。
「それは良いけれど。でも、どうしてそちらの方面に『サンゴウがいる』とわかったのかしら?」
極めてシンプルな問いに、シンはキチョウの勘でしかないことを白状するわけにも行かず、上手く答えることができなくて困ったのは些細なことなのである。
「まぁ、良いでしょう。さて、キチョウだけでもまずは見つかって良かったわね。キチョウの捜索の打ち切りとサンゴウの捜索の方面の変更については、宮廷に戻ってからちゃんと手配しておきます。ところで、アサダ侯爵。つかぬことを尋ねさせてもらうのだけれど、貴方は今『暇』よね? サンゴウを探すこと以外には、近々に片付けなければいけない問題を別途抱えてはいないわよね?」
皇妃の立場のローラからの、不穏な問いが飛び出した瞬間であった。
お願い事している立場のシンは、難題が振られる予感しかしなくとも、心理的に逃げられない状況を整えられてしまったのだった。
こうして、勇者シンはロウジュたちが待つ家に召喚された先の世界から帰還することに成功した。
けれども、帰るために使用したサンゴウとキチョウの合作の送還用魔法陣は、神っぽい高位の存在の干渉を最後の瞬間に少しだけ受けてしまったせいで、完全な状態での効力を発揮できなかった。
三者は世界を渡ることにだけは成功したものの、帰還した位置がバラバラに分断された状況となり、移動に制約があるサンゴウとキチョウは遠く離れたギアルファ銀河帝国の首都星に行くのが合流するにはベストとわかっていても、それ自体が困難な状況となる。
それでも、オレガ経由で連絡が取れたキチョウだけは先行してシンと合流でき、そのキチョウの勘によって、サンゴウへの心配を晴らすことができた。
キチョウと合流を済ませたシンが、サンゴウを探すこと以外にやることがない状態で、しかも現状は積極的に自力での有効な捜索方法はないことをローラに知られてしまったのは、勇者の運命力が働いた結果なのか?
ローラからは、はたしてどんな無茶振りが飛び出すのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
キチョウを連れて自宅に戻った際に、自身の子供化している姿をローラから生身の状態で確認されてしまい、不穏な目の輝きにそこはかとない恐怖を覚えた勇者さま。
サンゴウへの不安要素がキチョウと合流できたことで減ったはずなのに、別件で嫌な予感が湧き上がって来るシンなのであった。




