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二度目の魔王討伐と、思惑が外れてしまった召喚した側の事後対応

~艦長の影収納の内部(影の中の空間)~


 サンゴウは、真の闇に支配されている影の中の空間内で、外に出られる時を今か今かと待ち続けていた。


 通常であれば、サンゴウはそう長い時を置かずに通常の空間に戻っている。


 しかしながら、今回は何故かそうなってはいなかったからだ。


 影の中の空間は、外部からの光などのエネルギーが自然に降り注ぐ状況とは違う。


 そのため、待機中にエネルギーを消費するだけとなるサンゴウにとっては、決して快適ではない。


 艦長のシンは、サンゴウがそれについての情報を渡したので、その事実を知っている。


 それ故に、だ。


 影から出るまでの時間がそれなりに長くなることが予想される場合は、ちゃんとそのことが事前に知らされるのである。


 だが、今回そのような事前の知らせはなかった。


 これまでであれば、艦長がギアルファ銀河帝国の首都星にある自宅に戻った場合、まず、正妻であるロウジュに戻った旨を速やかに告げことになる。


 続いて、サンゴウを影から取り出す宙域へと転移をするはず。


 サンゴウは、首都星における衛星軌道上に、サンゴウ専用として割り当てられている宙域を皇帝陛下の権力が使用されたことで確保している。


 よって、転移でそこへ移動した艦長によって、影から出されることになるのだ。


 その状態から、そのまま待機となるか、それとも大気圏内へと突入して海上に浮かぶかはケースバイケースであるのだが、ここでそれは『関係がない話』であろう。


 ともかく、サンゴウが影から出るまでの一連の流れに必要とされる時間は、最短だと一分に満たない。


 最長でも、これまでの実績からすると、せいぜい十分くらいであった。


 けれども、現状のサンゴウの体感時間では、影の中に入ってから既に三十分以上が経過しようとしている。


 つまり、明らかに異常事態の発生が予見される状況でしかない。


 さりとて、影の中にいて自主的な脱出手段を持っていないサンゴウにできることは、艦長の手によって外に出られる瞬間を待つ以外にはないのだった。


 そのようなサンゴウ側の状況はさておき、だ。


 では、異常事態に巻き込まれているはずのシンの側の状況はどうなっているのであろうか?


 そこのところを順に追ってみよう。




 超長距離転移で移動した先の自宅にて、急激な体内魔力の減少によって恒例の一瞬の苦痛を味わうシン。


 シンはその一瞬のはずの僅かな隙を突かれて、どこかの誰かの手によって発動してしまっている召喚魔法から逃れられず、その効果をまともに受けてしまう。


 そんな理不尽な事態を経て、シンはギアルファ銀河帝国のある世界から、強制的に別の世界へと移動することになったのだった。


 ただし、直で別の世界に行ったわけではなく、その前に狭間の空間で高位の存在の干渉を受けることになるのだけれど。


 シンからすれば、『神』と呼んでもそれほど違和感のない高位の存在。


 その存在は、シンにとって理解できない内容の独り言をこぼしながらも、やるべきことはさっさと済ませていた。


 この時のシンは神と思しきものから、基本的な勇者の能力付与を問答無用で施され、能力の強化が成されてしまっていた。


 また、勇者としての活動に支障が出ないレベルで、シンは肉体の再構成にも手を出されてしまう。


 それにより、シンは高位の存在のルール上の下限となる十歳相当の少年の身体へと変化したのであった。


 このあたりは、召喚特典的なモノを含むお決まりの作業であるだけに、高位の存在の側で勝手に進められてしまう部分となる。


 もっとも、シンがそんな事情を知っているはずはないのだけれど。


 ちなみに、今回シンを召喚魔法で拉致しようとしたのは、ルーブル帝国が存在する世界の、『オルゼー王国』という国。


 ただし、今回の召喚に関与している高位の存在は、シンが以前に召喚された時や、ルーブル帝国によって異世界への追放をされた時に関与していた存在とは異なっていて、いわゆる『後任』となる。


 実は、お詫びで当時のジンに『龍脈の元』を融合したことが更に上の存在から問題視され、端的に言うと『左遷同然で、前任が交代させられた』という事実があったりするのだが、それをシンは知らないし、何の責任もない。


 それはともかくとして、その後任となる現在の高位の存在は、当時のジンについての引継ぎを左遷された前任からちゃんと受けてはいたのだ。


 けれども、現在の神と思しきものは、自身が能力の追加付与を行った相手が、その引継ぎ事項の中にあった『ジン』であることには気づいていなかった。


 その理由は、高位の存在からすれば『人』という存在はどれも大差なく、さして注意を払って扱わねばならない存在として認識していないから。


 まぁ、それは仕方がないことではあるのだろう。


 たとえて言うなら、『並んでいる二匹の黒猫を見て別々の存在だと認識するのと、翌日一匹の黒猫を見て、それが昨日の二匹のどちらの猫なのか、はたまた、第三の黒猫なのかを普通の人間は見分けができないのと同じ』であるのだから。


 まして、今回の案件のシンは、今の高位の存在自身が直接関与したことがある相手ではなかった。


 現状を前述の猫の話になぞらえるならば、最初の二匹は写真の資料を見せられただけの状態に等しいのだから、ジンとシンが同一人物であることに気づかなくとも不可抗力ではあったのかもしれない。


 とにもかくにも、再度召喚されてしまったシンには、元々の勇者の力に追加で上乗せする形で勇者の力が付与されてしまった。


 勇者の能力の強化が重ね掛けされた、初の存在となってしまったシン。


 その能力がどこまで発展しているのか?


 前例がない事柄だけに、それは誰にもわからない。


 そして、子供の姿に戻されてもしまったシン。


 無事にロウジュたちの元へ帰還できるのか?


 未来は不明だが、もし戻れたなら嫁たちと子供たちに、今の少年状態の姿はどう思われるのか?


 おそらく、いろいろな波乱が待ち受けていることであろう。


 何気に、シンには前述の波乱のくだりについての自覚があったりしたのは、自身の過去の経験から来る諦めだったのかもしれない。


 そんな流れで神と思しきものからの干渉を受けてから、オルゼー王国の召喚の間にシンは出現した。

 

 その『オルゼー王国』とはルーブル帝国のお隣の国であり、崩壊しつつある帝国からの逃亡者たちがなだれ込んでくるような被害を、現在進行形で受けている国でもある。


 また、ルーブル帝国の魔力の供給源が消失してしまったことで、水が高きから低きに流れるが如く、一方的に本来自国を満たすはずの魔力が流出していた。


 それは、数字で表現すれば『王国内の平均で三パーセント程度』ではあるものの、その影響を確実に受けている。


 完全にとばっちりであった。


 まぁだからと言って、『人を他所から本人の同意なしに召喚して、拉致することが許されるワケではない』のは、当然の話のはずなのだけれど。




「ヒヒヒッ! 成功したぞ。これで私を仮採用ではなく本採用で雇っていただけますね? 筆頭魔導士殿」


「ああ、約束は守る。待遇の話を詰めるので、控えの間に行って待機していてくれ」


 そんな言葉のやり取りを聞き流しながら、黙ったままキョロキョロと周囲を見渡したシン。


 シンは視覚で得られた情報から、自身が最初に召喚された時とは違う点を発見する。


 その結果として、強烈な嫌悪感を抱いていた。


 召喚のために犠牲になったと思われる人々の亡骸が、そこにあったからである。


 これは、魔力や魔石消費の節約と、流入してくる難民の犯罪者処理の一環として行われたことだったりするのだが、当然、シンはそんな事情など知らない。


 知らないのだから、単に『酷いことをしやがるな』と思うだけなのだった。


 続いて、無詠唱でマップ魔法を発動しようとしたシンだったのだが、それを発動させられなかったことで、現在いる場所が魔法陣による魔法以外の行使を阻害されている部屋であるのに気づく。


「(マップ魔法での位置情報の把握と、転移魔法で逃げることは無理だな)」


 一瞬でそう理解したシンは、次善の選択をする。


「(仕方ない。まずは状況把握に努めよう)」


 シンは現実的な方向の方針を固めるのだった。


 だからと言って、『穏便に物事を運ぶつもりは欠片もないところ』が、シンのシンらしさなのかもしれないけれど。


「ここはどこですか? 誘拐犯さん」


 シンはなんと、初手から相手を煽りに行ったのであった。


「おやおや。騎士に囲まれたこの状況で、大した度胸を持つ子供だな。いや? 精神は大人なのか? まぁ良い。けれど、『誘拐犯』とはまた人聞きが悪いな。だが、君の同意なしに無理やり召喚で連れて来たのだから、そう言われても仕方がないことは認める」


「まだ俺の質問には答えてもらってないんだが? 誘拐犯さん」


 初手から煽りに行き、追加で更に煽るシンである。


 もっとも、相手に対して『さん』付けなだけ、これでもまだ丁寧な対応なのかもしれないけれど。


 そして状況把握が目的であるのに相手を煽ってしまうのは、シン的に冷静ではいられない部分が無意識に出てしまっていることに原因があるのだが、そんなことは些細なことであろう。


「ああ、すまんな。ここはオルゼー王国の王宮の一室だ。君には勇者としての働きを期待したい。具体的には、魔王を倒してもらいたいのだよ」


「拉致しておいて、いきなり『魔王を倒せ』って。お前は正気か? これが逆の立場ならさ、お前は『はい! 喜んで!』とでも言うのか? ないわー。これはないわー。てか、名前くらい名乗れよ。誘拐犯さん」


「本当に度胸が据わっているな。私は筆頭魔導士のマーカリンだ。すまんが、この国はもうあとがない状況でね。君に頼って縋らせてもらう以外の選択肢がない。こちらとしても、無茶な要求だと承知もしている。だから報酬は弾ませてもらう。それと、これは卑怯な話だとは思うが先に伝えておこう。君が元の場所に帰る手段は、魔王を倒さないと得られない」


「ふーん。試みとして一応問うけれどさぁ。その『元の場所に帰る手段は、魔王を倒さないと得られない』って話の根拠は何だ?」


 以前に魔王を倒して、その結果を知っているシンだからこその発言であった。


 シンは相手の口から『オルゼー王国』という単語と『魔王討伐の話』が出た時点で、自身の今いる世界がルーブル帝国のある世界だと悟ってしまっていたのだから。


「根拠と言えるかどうかはわからんが、過去にも勇者は召喚され、魔王退治を終えてから全員元の世界に帰っている記録があるんだ。そして現状のこの世界には一人も勇者が残っていない」


「(それ、『殺した』とかさ。『そういうのばかりだよ』って白状してるようなもんなんだけどなー)」


 内心で『マーカリン』と名乗った男の発言内容に呆れつつも、まだ知りたいことがあるシンは続けて問うのだけれど。


「ふーん。では更に追加で問う。過去の勇者がもらってる報酬って何? 『何もなし』ではないよね?」


「ああ、『何もなし』じゃないのはもちろんだ。与えられた報酬は様々だな。『金、宝石、宝物アイテム、領地を受け取ったり、姫を娶った』という記録もある」


「(はい。ギルティ。帰る人間に領地? 姫? ナイナイ。自分で言ってておかしいと思わんのかね? それとも、そんなので騙されるほど『勇者ってチョロイ』とでも思われているんだろうか?)」


 反射的にそう考えたシンは、矛盾点を問うことになる。


「全員帰ってるのに領地をもらったり、姫を娶ったりしてるんだ? ふ~~~ん。その記録とやらを、お前は本当に信じていてさっきの発言しているのか?」


「この国での記録ではないので、ね。正直に言えばおかしいと思う部分はある。ただ、オルゼー王国には今回以外に、勇者召喚をした経験がないのだよ。お隣の国、ルーブル帝国の独占技術だったのでな。そして、説明できる資料は他にない。むしろ、おかしな内容の資料でもそのまま隠さずに説明していることが誠意だと思って欲しい」


「(そう来るか。ま、ルーブル帝国は狂ってたしな。さっさと帰る手段を探さないとダメだし、安心してそれを行うのには魔王の排除が必須事項にはなるだろう。となれば、だ。報酬を確約してもらってから、ちょちょいと片付けるか)」


 そんな感じに考えを纏めたシンは、更に言葉を紡ぐことになる。


「報酬を確約。そして最低でも一部の前渡し。これができるなら魔王退治をしてやろうじゃないか。こちらとしては、いろいろと思うところがあるんだがねぇ。まぁ今は俺の『帰りたい』っていう目的が優先だから殺るよ。んで、その魔王の居場所はわかってるのか?」


「報酬は、この王宮の宝物庫へ今から案内するのでまずはそれを見て欲しい。それらの全部を報酬として譲る用意がある。もちろん、全量の前渡しはできないけれどね。それでも、一部なら許可されるだろう。それと、国王陛下からの報酬を確約するための書状を出してもらう。『魔王の居場所は瘴気で覆われていて見えない空のどこか、上空の浮島にある城だ』と言われているが、オルゼー王国にはそこに到達する手段がなく、それを見た者はいない。『ダンジョンコアを手に入れると、そこへ転移で飛べるようになるらしい』としかわからない」


 そんな会話のやり取りを済ませてから、宝物庫内の確認をシンは終えた。


 一部の財貨を前渡しとして受け取り、転移魔法の阻害が掛かっている王都からは歩いて外に出る。


 続いて、どこの陸地からも遠い、海の真ん中へと転移で移動して、サンゴウを影から出す。


 かくして、冒頭の待機状態だったサンゴウの状況は、ようやく改善するのであった。


「艦長。検疫時に調べた遺伝子情報で『同一人物だ』とはわかりましたが、その姿は何ですか? デタラメすぎませんか?」


 シンが着ていた服までもが、子供用のサイズにきちんと仕立て直されている点については、あえて細かくツッコミはしないサンゴウであった。


 ちなみに、服に着いた状態だった子機は、服のサイズが変化していても変わらず着いたままだけれど。


「言うな! 姿を子供にされたのは俺も気にしてるんだ! 聞かれる前に言うが、ここは俺らがさっきまでいた宇宙じゃない。いわゆる異世界ってやつだ。俺が前にいたルーブル帝国がある惑星になる。元の世界へと帰る方法はあとで考えるとして、『まずは魔王退治が最優先』ってことになった」


「そうなのですか。それでは、艦長から指示をいただければそのように動きます」


「マスター。魔王退治にー、一緒に行って良い?」


「そうだな、上空にあるらしいからキチョウの背に乗せてもらって出るか。サンゴウは衛星軌道に上がって探査を頼む。上空に浮島があってそこに城があるみたいなんだが場所が不明なんだ」


「はい。では『それらしいモノを発見次第、情報をお伝えする』ということで」


 こうした経緯があって、シンにとっての二度目の魔王との戦いが開始されることとなる。


 その戦いは凄絶で凄惨なものであり、勇者シンは死力を振り絞っての攻撃を。


 残念だが、今のシンだとそんな感じの事態にはなりえない。


 徹頭徹尾、断固としてそんな展開はあり得ないのである!


 サンゴウに目的地の位置情報をもらったシンは、いつもアレで攻撃をする。


 しかも今回は、タイミングを合わせてキチョウがブレスまでする細やかなおまけ付きとなった。


「行くぞ! 全消滅スラーッシュ! キチョウのブレスを添えて!」


 浮島ごとの、魔王は完全消滅となる。


 ついでに、その延長線上にあった月のような衛星も、シンの全消滅スラッシュは完全消滅させてしまったけれど。


 酷い環境破壊であった。


 やってしまってからふと我に返って、魔王城からの財宝漁りが不可能な状況になって悔しい思いをしたことは秘密であり、些細なことなのだ。


 月が一つ消えてしまったことで、以降の海の干満と漁師の漁業にわりと深刻な影響が出たことは、魔王に世界を滅ぼされることに比べれば、些細なこととして片付けても良いのだろう。


 たぶん、おそらくきっとそうなはずなのだった。


 むろん、月の消滅の影響はそれだけではないのだが、他の影響については別の機会に詳細を述べることとする。


 かくして、二度目の対魔王戦は、勇者シンが魔王の姿を一度も見ることすらなく終わってしまう。


 シンがオルゼー王国に召喚されてから魔王が倒されるまでには、三時間にも満たない僅かな時間しか経過していないけれど。


 この世界は、またしてもシンに救われたのだった。


 それはそれとして、当然のようにシンの帰還方法は出てこないのだけれども。


「サンゴウ。そのまま衛星軌道上に待機していてくれ。一度キチョウをそっちへ送り届けてから、俺は王宮で報酬を受け取って来る。それが済んだら、改めてそっちへ行くからよろしく」


 この時点のシンの視点だと、残る大きな問題は帰還方法だけとなった瞬間である。




 場面はオルゼー王国の王宮、謁見の間へと移る。


 キチョウをサンゴウに合流させたシンは、単身で王都へと戻ってそのまま王宮を訪ねた。


 そこから、控えの間で待たされること三時間程、遂にシンは謁見の間へと通されたのであった。


 そんな状態の、子供にしか見えない外見のシンへは、まず宰相から声が掛かった。


「魔王討伐完了報告は受けた。誠にご苦労であった。だが、『討伐証明になるモノは持っていない』とのことで、今ダンジョンの活性化の状況の調査に人を出しておる。まぁ、空の瘴気が晴れて行きつつあるから、魔王の討伐完了は嘘ではないと思う。調査は、あくまで念のために、だ。なので、シン殿には、今晩この城の国賓用の客室に泊まっていただいて、明日以降の調査完了の報告を受けてからの、褒賞の授与としたい。この予定で受け入れてくれぬだろうか?」


「ふむ。出発前に出してもらった報酬を確約する書状には、討伐証明ができる部位の持ち帰り及び提出なんて条件がなかった。それと、だ、そもそも誰も見たことがない魔王なんだろ? その討伐証明が可能な部位ってのは何なんだ? 更に、だ。俺が帰還する手段は未だに不明なんだが、それについてはどう考える?」


 謁見の間は静まり返ってしまう。


 シンからの質問に答えられる者は、誰一人としていなかった。


 そして、この状況下で事態の推移に無関心でいることが許されない、オルゼー王国の王は焦っていた。


「魔王討伐にはダンジョンコアが必要なはずで、そのコアがあれば転移魔法の使い手が魔王城へ転移できる」


 王は筆頭魔導士からの事前の説明で、そう聞かされていたからだ。


 魔王討伐が成れば、シンにコアを討伐証明の一部として提出させ、魔王城へと調査隊を出し、討伐状況を確認する。


 そうすることで、オルゼー王国としては利用価値の高い、ダンジョンコアを入手するつもりもあったのである。


 しかし、シンは王の、そして王国の臣下の、想定していた状況の流れを結果的にではあるが完全に裏切ってしまう。


 勇者シンは、誰もが想像しないような速さで、魔王だけを討伐して王宮へと戻って来てしまったのだから。


 王の眼前にいる少年勇者は『魔王討伐を成した』と主張しており、国としての事前の予想や目論見とは完全に状況が異なっているのであった。


 そうした事情から、時間を稼ぎたい一心の王は懸命に考えを巡らせた上で、次のような発言をしてしまう。


「勇者シンよ。お主の不満がわからぬではない。だが、こちらの予想していた『ダンジョン攻略』が成されず、『魔王だけが討伐された』という今の状況では、調査に時間が掛かるのも事実なのだ。そして『魔王、倒しました』と、報告だけをされてもだな。『確認なしに報酬が出せぬ』という点は理解してもらえると思う。それとだな。勇者召喚はルーブル帝国の魔法士によってもたらされた技術であり、それを初めて行ったオルゼー王国では未だ把握していないことも多い。帰還方法についても、改めてその魔法士に過去の事例の詳細についてを確認をする。だから時間をもらいたい。急なことであり、大々的にパーティとは行かぬ。それでも、食事と部屋はすぐに用意させるので、一旦明日一日の時間をもらえないだろうか?」


 王による、提案を含んだお願いのような問い掛けの発言に、シンの心証は最悪のモノとなった。


 シンの側は、請け負った仕事をちゃんと完璧な形で終了させているのだから、それも当然であろう。


 まして、帰還方法がなさ気なことも最初から察知しているだけに、良い印象など持ちようもなかった。


「(ここで、今すぐに暴れてやろうか? いや、今の段階でそこまでする必要性はないか。とりあえず、待つのは一日だけみたいだし)」


 このような内心での呟きでなんとか心を落ち着かせ、結局シンは王の提案を受け入れたのだった。




「おい! どういうことだ? 次席魔導士代理補佐。今日召喚した勇者が『もう魔王討伐した』と戻って来たぞ。勇者は『帰還方法がない』と主張してる。一体どういうことだ?」


 筆頭魔導士はルーブル帝国から来た魔法士を捕まえ、問い詰め始める。


 今更であっても、マーカリンにはそれ以外にできることはないのだから。


「そんな都合の良いことが『ある』と、本気で信じておられたのですか?」


「なんだと? お前はどのような意味で、何を言っている?」


 この時のマーカリンの問う姿勢は、称賛に値するであろう。


 片や、次席魔導士代理補佐の吐き出した『言葉だけ』には、最低限の丁寧さこそはある。


 けれども、表情から伝わって来るモノ、態度は非常に悪い。


 そしてそれは、結果だけを先に言うと『以降の発言にも滲み出る』のであった。


「察しが悪いのですねぇ。勇者の帰還方法などあるワケがないじゃないですか」


「待て。では対外的にルーブル帝国が発表している資料はなんだ? 今までの、過去の勇者たちはどうなったのだ?」


「魔王を倒せる存在とは、魔王以上に危険な存在なのですよ。ですが、勇者は人である以上、魔王と違い弱点が無数にあるのです。聡明な筆頭魔導士殿ならご理解いただけるのではありませんか?」


「つまり、お前は我々を騙したのだな? そして、私に『勇者を欺く説明をさせた』ということだな? 私も軽く見られたものだ。一度見た召喚方法を再現できぬとお前は思っているワケだ」


 オルゼー王国は、ルーブル帝国からやって来た魔法士との契約をこれまでちゃんと守っていた。


 マーカリンは、伊達にオルゼー王国の筆頭魔導士を務めているわけではない。


 地位に相応な高い能力を、ちゃんとその身に備えている。


 そんなマーカリンからすれば、だ。


 眼前の魔法士が行った、特殊な魔法陣を必要とする勇者召喚。


 それは、現場に立ち会ってその全てを一度見ただけで、独力で再現可能なレベルの理解と吸収とを、することが十分に可能だったし、今ならば実際に再現できる自信だってある。


 それでも、『もう不要』と言って過言ではない魔法士との契約を、信義を理由にしてちゃんと守るように動いてきただけに、騙されていたことは許せない。


 許せるはずがなかった。


 怒り心頭。


 まさにそんな状態に変化した筆頭魔導士は、ルーブル帝国からやって来た魔法士に近づき、素早く魔法封じ効果のある手枷を付けた。


 そして、自身の魔法を封じられた状況を理解せずに煩く喚いている魔法士を、衛兵に牢へと連れて行くよう指示を出したのだった。


 それはそれとして、だ。


 王と宰相に報告に戻った筆頭魔導士のマーカリンは、判明したありのままの事実を説明してゆく。


 他人を排した王宮の密談用の一室で、三者はそれぞれに頭を抱えることになったのだけれど。


「報酬の財貨を穴埋めするはずだったコアは諦めるにしても、だ。そのまま、約定通りの報酬を出しては国が傾くぞ。魔王が倒されたのが事実だったとしたら、これから始める復興に必要な財源はそこから出すしかないのであるからな」


 極限の疲弊状態にあるオルゼー王国には、本当に余力がない。


 王がそれを理解しているだけに、シンへの報酬の出し惜しみについてを言及してしまう。


 もし、それをしたらどうなるのか?


 そこに想像力が及ばないので、能力的には少々問題がある人物なのかもしれない。


 まぁ、国として王の独断で暴走しない体制を敷いているところは、評価すべきであろうけれど。


「ですが、陛下。出した書状の内容を守らなければ、臣下にも他国にも示しがつきません。『約束を守らない』という信用の失墜に加えて、『功に報いることがない王』という認識。どちらも国の運営には致命的なダメージだと考えますぞ」


「ルーブル帝国がしてきたことは許されるモノではないと思います。ですが、いざその立場に立ってみると。勇者を排除したくなって、それを実行した理由だけは理解できますね。今困っている私たちは、『あの魔法士に騙された間抜けである』ということが確定なワケですが、勇者シンから見たら単なる加害者です」


 重苦しい表情を保ったまま、一旦言葉を切った筆頭魔導士は更に言葉を続ける。


「過去の記録を信じるのであれば、最短で魔王を倒したのは先々代の勇者ジン。それでも『五年』という年月が掛かっています。そして、僅か数時間で魔王討伐を成したシン殿は、『計り知れない実力の持ち主』ということになります。彼の怒りを買うことは承知の上で、全てを正直に打ち明け、差し出せるもの全てを差し出すか。それともルーブル帝国を真似るか。どちらかしか道はないと思うのです。私としては、オルゼー王国に後者を選択して欲しくはありませんが」


 マーカリンの言を聞いた王は、がっくりと肩を落とし全てを諦めた表情へと変化して行った。


 シンを怒らせたらどうなるのか?


 それにようやく気がついたからだ。


 そうなってしまえば、王にできることは限られる。


「そうだな。最悪、王族全員の命を差し出してでも勇者殿を宥めるしかないな。魔王が倒されなければ国が滅んで民も含め皆殺しであったのだ。それに比べれば、現状は『まだマシ』ということであろうよ。明日、勇者殿にそれを伝えるとしよう。もう二人とも下がって良いぞ」


 王の言葉で、密談は終わり解散となる。


 ただしそこから、宰相は独断で動き出したのだけれど。


 今回の王の決断は、立派ではあるのかもしれない。


 だが、それ以外の方法で宰相は事態を何とかしたかった。


 王族と国民、その両方が助かる道こそが、オルゼー王国を救うこと。


 そして、勇者召喚を行ったのは、それを成すためであったはずなのだ。


 宰相には王の命令がなければ使えない、王国の暗部を動かすことはできない。


 けれども、子飼いのメイドを使うことはできるのである。


 結論から言えば『宰相の行動は、方法も選択も全てが間違っている』のだが、彼は彼なりに国を思って独断での行動に出るのであった。


「くっ、殺せ!」


 シンは、自身を殺しに来たと思われるメイドを、与えられた客室のベッドの上で押さえつけていた。


「(即、自害しないところから察するに、本職の暗殺者ではないなー、というかその台詞は女騎士じゃないとダメだろう! 何故にメイドがそれを言う? 許せん!)」


 オルゼー王国の対応に呆れつつも、襲撃された側の男の脳裏に浮かんだ最初の内容が、前述の特に後半部分が非常にどうでも良いモノだったのは些細なことであり、シンだけの秘密である。


 こうして、勇者シンは以前勇者をしていた世界の、ルーブル帝国とは別の国から召喚され、思うところはあったものの魔王討伐自体は成し遂げた。

 サンゴウには、この世界の人間が絶対に手を出せない宇宙空間での待機をお願いして、シン自身は報酬の受け取りへと向かい、別途ロウジュたちがいる元の世界へ戻る方法を探すことになった。

 魔王討伐を依頼した側からすると想定外過ぎる短時間での討伐完了に、シンへの国賓待遇を伴う一日待機をお願いする事態が発生。

 また、それと同時に、魔王を倒した勇者には元の世界に戻る、帰還の方法などないことがルーブル帝国出身の魔法士から告げられたことで、オルゼー王国が騙されていたことも発覚した。

 王は王族全員の首をシンに差し出すことで事態を決着させる覚悟を決めたが、それを許容できない宰相が動く。

 シンが捕えた暗殺者もどきのメイドはどうなるのか?

 そもそも、今時『くっころ』に需要などあるのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 たいして期待はしていなくとも、万一の元の世界への帰還方法の実在を信じて魔王をさっさと討伐し、意気揚々とオルゼー王国の王宮へと戻った勇者さま。

 シンの服に張り付いている子機経由で、衛星軌道上に待機したままのサンゴウが状況を把握し続けていて、『状況次第では、艦長にシールド魔法を展開してもらった上で、地上の全てを消滅させましょうか?』などと物騒な案を検討しだしたことには、全く気づかないシンなのであった。

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