後始末と、不意打ち
~ギアルファ銀河外縁部(ラムダニュー銀河に近い側)~
サンゴウは、シンとキチョウとともにいわゆる『外宇宙』と呼ばれる、ギアルファ銀河から少しだけ離れている、星雲の外側の宙域へとやって来ていた。
それは、シンとキチョウが戦った末に捕えたアホウな勇者の後始末をするためであり、デリーがその身柄引き渡しを『必要なし』という内容で返答したことが、現状発生の根本にある。
ちなみに、その艦長とは別の勇者との戦いが発生したのは、サンゴウが当該宙域へやって来る三日前の話となっている。
デリーの故郷の惑星で、やらかしまくった愚かな勇者。
そのような人物を、シンが拘束して影魔法を用いて影の中に放り込んでから、既にそれだけの時間が経過しているのであった。
では、その捕らえられた勇者が、シンのことを『広域指名手配の重犯罪者』と決めつけてから、ことがここへ至るまでに何が起こったのか?
そのあたりを振り返って、時系列順に物事の流れを追ってみよう。
「えっ? 俺って『重犯罪者』なの? その『広域指名手配』って何? そんなのは初耳なんだが。で、どこで誰から俺は指名手配されてんの? 一体どんな罪状なんだ? てか、俺のせいでお前が死にかけたの? どうしてそうなった? 俺はお前の声に聴き覚えなんてないから、たぶん面識はないと思うんだが」
予想もしなかった、敵対の姿勢を崩さない人物の言葉を受けて、シンは矢継ぎ早に聞き返してしまう。
まるで怒涛の如くの、質問の嵐だ。
シンとしては全く身に覚えがない話なだけに、これは当然の反応ではあった。
「何を惚けてんだ? お前はルーブル帝国から『魔力の源』を盗んで逃亡したんだろう? このチート野郎が! お前のせいであとから召喚された俺は、碌に魔法も使えないで戦う羽目になったんだぞ。そして死にかけて、気づいたらこの世界に移動してた。俺にもチートを寄越せ! 魔法を寄越せよ!」
なかなかに、シンにとっては刺激的な内容が含まれまくった発言であった。
その発言からだけでも、わかることや推測できることが複数存在するのだから。
「(おいおい、ここへ来てまさかのルーブル帝国関連かよ。こいつが言葉に困ってないのは、俺と同じで言語理解を授けた存在がいるな? おそらくここへ来る時に能力を付与されたんだろ)」
相手の状態に、まずはそう当たりをつける。
デリーの話を聴いたことで生じていた初期の疑問を、一部解決したつもりのシンであった。
もっとも、言語の部分についてはその考えだと間違っており、実際はシンの時とは違う。
けれども、そんなことは些細なことであろう。
それはそれとして、だ。
シンの立場的には言われっぱなしで話を終わらせてはならず、言い返すべきは言い返さねばならない。
故に、シンは思うところを遺憾なく発揮して、伝えるのだけれど。
「はぁ? 逃亡なんてしてないぞ? 俺はルーブル帝国の上層部の人間の罠に嵌められて、異空間に飛ばされて死にかけただけだ。そこから脱出できて、今この世界にいる。けどな、それはさまざまな『偶然』と言うか、『奇跡』と言うかが重なった結果でしかない。重ねて言うが、俺は逃亡して来たワケじゃない。客観的に言うと『ルーブル帝国側の勝手な都合とか意思によって、追放された』って表現するのが正しいと思うぞ。それと、魔力の源についても盗んだりなんてしてない。そもそもな、俺も含めてルーブル帝国の人間の誰もが、『どこにどんな形でそれがあるのか?』を知らなかったんだぞ。そんなモノを盗めるはずがないだろ」
追放の件の部分が、シン視点での事実であるのはもちろんだ。
それに加えて、シンとサンゴウとの邂逅自体が奇跡であったことは間違いない。
また、サンゴウと邂逅したのがシンでなければ、サンゴウもシンも現在の宇宙に存在することがなかったのは紛れもない事実であろう。
魔力の源の件に関しても、それをルーブル帝国から奪ったのは神的な上位の存在であってシンではない。
結果として『シンの魂にそれが融合している』という現実はあるけれども、それを行ったのも神的な上位の存在なのだから。
よって、シンの言い分は全面的に正しい。
だがしかし、だ。
それを『相手が正しいと認めるか?』は全く別の話なのである。
「戯言を言うな! 重犯罪者の言い分が信じられると思うのか? だいたいだな。お前はここへ何をしに来やがった? この国は俺のモノだぞ。『怪物』と呼ばれていた竜退治した俺への正当な報酬だ。どこに隠れてたのかは知らんが、今更出て来ても遅いわ!」
少し前のロンダヌール王国の王家が、怪物退治の最後の手段として頼ろうとした勇者。
己が成すべきこと自体だけはちゃんと成し遂げた人物は、そう捲し立てながら未だにシンたちを撃つのは止めない。
ただし、シンからすると『後輩勇者』に当たるであろう人物の主張は、『かなりの部分で、重大な認識の齟齬がある』のは事実であった。
ここまでの会話内容から、シンはそれを察知はできた。
眼前の機械騎士の操縦者には、『本人なりの言い分』と言うか『事情』と言うかがあったらしいこと。
それが、シンにはなんとなく理解できたのだ。
しかし、だからと言って、だ。
もしもシンの後輩に当たるであろう勇者のやったことが、デリーから聴いた話でシンが想像した内容と同等かそれ以上であるなら、なんの免罪符にもならない。
なるはずもなかった。
付け加えると、シンがした事前調査からすれば、相手に免罪符などないことは明白となる。
また、そんな感じでシンが言い合いのような会話によって情報収集をしている間に、キチョウは機械騎士から撃たれ続け、回避をし続けていた。
神龍はこの戦闘によって経験をどんどんと積み上げ、回避行動がより洗練されて行くのだった。
「(ダメだこいつは。早く何とかしないと)」
相手から直接情報を聞き出すことに成功したシンは、この手の状況下で定番の台詞を心の中だけで呟く。
続いて、最後通牒モドキの言葉を機械騎士へと向けた。
「ギルティ。日本からルーブル帝国へ召喚された部分には同情できる。そこでの扱いも俺は想像がつくので、気の毒には思う。でもな、こっちへ来てからの行動がダメダメ過ぎるわ。同郷の誼で一応質問しとくけどさ、お前、反省とか改心とかしてやり直す気とかある? 最後のチャンスだからよっく考えて答えろよ? 外道の後輩勇者君」
客観的には、チャンスを与えるような発言に聞こえるかもしれない。
だが、実態は煽りに行っているだけであったりする。
シンの側に、苛立ちや怒りがないわけではなかったからだ。
ちなみに、ここでもしも、『すいませんでした! 反省してます。許してください』とか言い出され、全力の土下座でもかまされた日には、シンはどうする気であったのだろうか?
もちろん、アホウな勇者の選択はそうはならないので、何も問題ないのだけれども。
ただ、会話によって時間が経過したことで、キチョウと機械騎士の戦闘は中距離から近接での戦いへと移行する。
シンが手を出せば、一瞬で終わるハズの戦闘。
しかし、『キチョウの成長の機会だ』とシンは余裕の見物モードにあった。
激しく動くキチョウの背から、必死にしがみついているわけでもないのに振り落とされるようなことがないのは、シンが持つ遥か高みの実力の一端を感じさせる部分なのかもしれない。
「(外から見た絵面は、きっとリアル系よりスーパー系だなー)」
この時のシンがこのような非常にどうでも良いことを考えていたりしたのは、本人だけの秘密である。
まぁ、何事にも終わらせ時が存在するので、頃合いを見計らってシンはキチョウに声を掛けるのだけれど。
「キチョウ。もうそろそろ良いか? これ以上、オンリーワンの機体を壊す前に終わらせたい。あれはあれで機体性能だけは大したモノだから、完全破壊をするにはもったいないんだ」
小一時間稼働し続け、未だにエネルギー切れも弾切れも起こさず戦闘できている金色の機体。
それに興味が出たシンは、キチョウにそう話しかけて戦闘への介入の了承を得るのだった。
「さて。ちょっと相手に気の毒な方法ではあるんだがなぁ。でも俺ってもう理不尽に恨まれてるようだし、良いよな? 影縛り! からの~、影収納だ!」
シンはあっさりと巨大な機械騎士の行動を封じる。
続いて、機体を丸ごと影魔法で影の中に放り込んだのであった。
もちろん、機体の操縦者は操縦席にいるままの状態で、だ。
この方法は、シン以外の勇者であれば、影の中に入れること自体が機体サイズの問題で厳しく、入れたままの維持は魔力消費が継続されるため現実的な手段ではない。
そのはずなのだが、『今のシンにとっての負担』という意味では限りなくゼロに近い、『誤差の範囲』とも言えるレベルの『極小の負担』となるのだった。
哀れ、アホウな後輩勇者君は、このままだと真の闇の中で精神に異常を来たすか、餓死のどちらかの未来しか存在しない。
つまり、完全に詰みの状態へ移行したことになる。
「(一週間も入れたままにしとけば、それで良いだろ)」
シンはシンで、発想と行動が極悪非道な主人公であるのかもしれない。
まぁ、機体を破損させずに入手する手段としてならば、今回の選択は間違ってはいないのかもしれないけれど。
主が消えたことで、遺跡の入口の警備だか守備だかをしていたロボットと思われるモノたちは、一斉に遺跡の内部へと引き上げて行く。
キチョウは子竜の姿へと変化し、シンとともに遺跡の内部へと入るのだった。
そして、入口すぐのところでシンが偶然見つけた石碑。
そこにはこう記されていたのである。
「我々の種族は肉体的に種族限界を迎え、精神生命体へと昇華する。我々が宇宙に蒔いた生命の種から進化せし者たちよ。ここに残す機材は自由に使って役立てて欲しい。いずれは、我らに続く進化を遂げることを願って」
「(俺は技能のお陰でこれを読める。だけど、読めるのが来るとは限らんよな。実際ここの王家の人たちだって読めてないワケだし。アレ、後輩君はどうだったんだろ?)」
一読したシンは、まずそんなことを思った。
ちなみに、シンの後輩君は石碑に刻まれたソレ自体に興味がなく、見てすらいない。
まぁ、どちらにせよ、大勢に影響がある部分ではないから、問題にはならないのだけれど。
「(おそらく進化の極限に達したであろう存在なんてモノの考えることを、俺が理解しようとするのに無理がある! ま、それはそれとして、長期間劣化しない情報伝達の手段は、やはり石碑最強なのだなぁ)」
続いて出て来たシンの考えはこれであり、見たこともない種族についてを突き詰めて考えるのは放棄する。
そのような状態のシンによる、遺跡の内部の調査で発見されたのは、頭がちょっとアレな後輩君の召喚に使われたと思われる機械。
それには、大量の魔石の残骸がエネルギー供給源と考えられる感じで接続されてはいた。
けれども、シンにもキチョウにも原理を理解することはできなかった。
魔法的技術の召喚ではない。
その点だけを、理解できただけである。
エネルギーとなる魔石は完全に使い尽くされており、機械自体がもう稼働することはないと考えられた。
だが、それでもシンは、さくっとその機械を丸ごと収納空間へと放り込む。
アブナイモノは、放置しておけないのだから。
尚、この機械も含め、機器の全てに小型の石板が近くに設置されており、使い方はそれを読めさえすればサルでもわかるような親切設備になっていた。
後輩のアホウな勇者がいろいろとすぐに使いこなせた理由は、これで判明したのであった。
そして、囚われていたデリーの姉は、遺跡の内部で無事に発見される。
片や、シンに張り付いている子機経由で、状況を把握し続けていたサンゴウ。
優秀な生体宇宙船はデリーの姉が生きて発見された時点で、大気圏内への降下を決断する。
その程度の裁量は、艦長としてのシンが最初からサンゴウに与えていたので、迅速な行動が可能となった。
地表にある遺跡入り口付近に到着したサンゴウは、デリーとミウを下船させる。
かくして、姉弟は感動の再会を果たすのだった。
「デリー。姉さんが無事で良かったな。ところで、ここの遺跡なんだが。もうめぼしいモノは残っていない。宇宙船があったドックは使えなくもないけど宇宙船自体がないのだから無用の長物だろう。俺としては封印魔法で封鎖しておきたいところなんだがどう思う? あ、アレが出て来た機械と巨大機械騎士だけは俺が報酬として自分用に確保するので、そこは納得してくれ」
「はい。封印していただいて構いません。私たちには使いこなせませんから。それとですね。機械とかに関しては、決定権を持っていた父はもういませんので私の判断で許可とします。王家の財産なのですが、シンさんにお渡しできる報酬は他に有りませんので。むしろ、それだけで良いのですか?」
「ああ、もちろんだ。あ、それとアレの身柄。必要ならデリーたちに引き渡しても良いが、どうする?」
公開処刑の類とか。
もし行われるのならば、シンとしては気分の良い話ではない。
けれど、王家としてデリーが必要と判断するのならば、それは仕方がないことだと割り切ることもできる。
シンが捕えたアホウの後輩勇者君は、デリーたちの親の仇であるのは動かしようもない現実なのだから。
「身柄は要りません。ただし、生かしたままこの星に放り出すのだけはナシでお願いします。それとは別で、シンさんたちのお手を煩わせるのは恐縮ですが、キチョウさんの背に私も姉も乗せてもらって、城へ凱旋することは可能ですか? もちろん、サンゴウさんも一緒に、です。それが実現できれば、『機械騎士は倒した』と宣伝しても信憑性が得られ、臣下も民も落ち着くと思うのです」
「ああ良いぞ。キチョウ、できるよな?」
「はい、マスター。大丈夫ですー」
話は纏まり、デリーたち姉弟は全員一緒に移動する形で、シンが江戸城だと思っていたロンダヌール城へと帰還する。
デリーがまだ幼少であるので、即位式を行い王位継承は行われるが、姉が後見人として摂政も兼ねることとなる。
そこまでは、とんとん拍子で決定となった。
そして、ロンダヌール王国がこの星における歴史上初の全国統一王朝として、スタートを切ることとなったのであった。
シンとキチョウとサンゴウは、後輩勇者の倒した怪物が死ぬ前に荒らしてしまった場所の、地球の日本ならば岡山周辺、四国、九州に相当する地域の復興作業にできる限り協力した。
そうして、六十日ほどが経過した頃には、魔法無双とサンゴウの性能のゴリ押しにより、何の問題もなく初期の復興は終わる。
デリーの配下の管理部門の人間を、キチョウの背に乗せて連れまわし、復興した土地の姿をいろいろと見せつけられた彼らは、『なんじゃこりゃぁぁぁ~』とまず驚くことになる。
続いて、新規の人の入植と統治を任せる人員の手配に思いを馳せて、彼らは頭を抱えたのだが、それは些細なことなのである。
どれだけデリーの配下の人間が驚こうとも、頭を悩ませようとも、シンたちからすれば何も問題はなかった。
「シンさん。本当に、領地とか身分とかは要らないのですか? シンさんなら姉との婚姻だって認めることができるのですけど」
そこまでデリーが言った瞬間、彼の後ろで控えていたミウの気配が膨れ上がる。
獣人の殺気丸出しは危険であり、本来それは抑えるべきモノのはずなのだが。
しかし、その殺気の原因に思い当たることがあったデリー。
結果的には前言を翻すことに繋がったので、これはこれで必要な事象であったのかもしれない。
「あ、シンさんは奥さんがもう何人もいますから必要ないですよね。すみません。失言でした」
ミウの殺気の放出が止まる。
続いて、話題はミウの今後についてへと移った。
「ミウはシンたちとともに、ギアルファ銀河帝国の首都星にあるアサダ侯爵邸に戻るのか? それともいましばらくの間はデリーのところに残留するのか?」
端的に言えば、そんな話であった。
ミウの判断的には、残留の方向に傾いている。
デリーは王位を継いだばかりであり、信頼できる護衛の類がいないのだから。
そうした判断の元、獣人の女性はシンへのお願いとして、『叶うのならば、数年程度はここに護衛として残りたい』と申し出たのであった。
ミウは自身の申し出が、いわゆる我が儘であることは承知している。
だが、いずれは愛するシンの元へと帰りたいのと同時に、デリーの今を見捨てることもできない。
どちらも叶えたい願いである以上は、仕方がないのだった。
そしてそれは、ミウからすると『シンが確実に叶えてくれる』と確信できるモノだったのである。
ミウはアサダ侯爵邸内において、ロウジュたちが認める『シンの内々の愛人』の立場を既に確立しており、それを手放す気はなかったが故の結論なのだった。
まぁ、シンとしてもデリーの事情にガッツリと介入した以上は、中途半端な状態で放り出すつもりはなくなっている。
少なくとも、年単位で放置してその間にシンたちが様子見にすら来なくても、大丈夫な程度にはデリーの国を安定させておきたい。
その過程の段階で、ミウの申し出はシンにとって都合が良かった部分もあるのであった。
それはそれとして、だ。
事態がここへ至る前の段階で、当然ながらシンはローラとの約束をキッチリ果たすために、何度もギアルファ銀河帝国に長距離転移の魔法で一時帰還をすることをちゃんと実行している。
何の話かと言えば?
デリーが城に戻ってから六十日以上も、捕えた後輩勇者君を影の中に入れたままで放置していたわけではなく、それはそれで途中の段階において、しっかりと対処していたのである。
その部分が、何気に冒頭のサンゴウの状況に繋がっているお話なのだった。
帝都にある自宅へと戻り、ローラへの定期報告を済ませたシンは、後輩勇者君への対処をするのに最適な場所として、誰にも迷惑が掛かることがなさそうなギアルファ銀河のやや外側、いわゆる『外宇宙』の宙域を選択した。
そこで、大きめの範囲にシールド魔法を展開してから、シンはおもむろにドアホウが搭乗したままの機械騎士の機体を影収納の中から取り出したのであった。
捕らえた時に機体へと施した影縛りは、影収納に放り込んだ段階で効果が消失してしまっている。
飲まず食わずの時間がどれだけあったのかは定かではないものの、搭乗者はまだ機体の内部でちゃんと生存していた。
それは、影から出した途端におかしな挙動ではあるものの、機体が操縦されているのだから明白となる。
まぁ同時に、まともな精神状態ではないことも確定しているのだけれど。
外部からのシンの呼びかけに、後輩勇者君が答えることはなかった。
面倒になったシンは、機体丸ごとが有効範囲となる睡眠魔法を発動し、搭乗者を眠らせる手段に出る。
続いて、サンゴウにも影の中からご登場願い、その機体をサンゴウの格納庫内に収容してもらう。
これは、シンにはできない機械騎士の調査を、サンゴウならばできてしまうであろうからこその対処方法の選択であった。
サンゴウによる、精密な機械騎士への調査が開始された。
生体宇宙船は、二時間あまりの時を必要とはしたものの、完璧に機体の全てを調べ上げる。
操縦席から搭乗者を引きずり出し、機体からシンの後輩となる勇者を降ろすことにサンゴウは成功している。
超科学の産物であるサンゴウの持つ、調査や分析の能力が伊達ではないのが、改めて証明された瞬間であろう。
尚、格納庫に鎮座していた操縦者を失った機体は、一旦シンの収納空間に仕舞われたが、いずれはサンゴウの『分解調査』という名のおもちゃになることが、確定した未来であるのは些細なことなのである。
整備と修理も必要なので、それはやむを得ない流れなのだった。
まぁ、そんな機械騎士の話はさておき、問題は眠ったままのシンの後輩勇者の扱いとなる。
むろん、滅菌処理から始まっての、検疫関連の各種検査が問答無用でサンゴウによって行われたのは、最早言うまでもない。
「艦長。その人をどうするのですか?」
「ああ、デリーはこいつを殺す選択をしなかった。そうである以上、どうしても殺さなきゃいけない理由もなくなった。それで、だな。餓死するまで影の中に入れておくのも俺としては良い気分にはならない。それになぁ。異世界への召喚で人生を狂わせられる前は、たぶんだけど案外普通の人間だったと思うんだよな。だから、もう一度だけチャンスをやろうと思う。今からのこいつと俺の映像と音声を記録してくれ。あとからこいつがそれを見られるようモニターの用意も頼む」
「はい。記録を開始しました」
「んで、こうする。影縛り。そして、忘却魔法発動」
精神崩壊する原因を忘れ、後輩勇者君の中での時が巻き戻って行く。
だが、肉体的には時間の経過による衰弱をしたまま。
また、念のためにと掛けられた影縛りのお陰で、身動きはできなくなっている。
忘却魔法の時間的には、シンたちと出会ってから戦闘を開始する一時間前に戻しているため、本人にとっては『いきなりシンが目の前にいて動けない』というワケのわからない状態となるのだけれど。
「なぁ。お前、急にワケのわからん状態におかれていて気の毒だとは思うが、これから話すことを落ち着いて聞いて欲しい」
「いきなり何なんだよ。アンタは誰だ? ここは何処だよ? 俺、また拉致られたのか?」
「あー。同じ日本人として、ある意味で君を助けるために話をしたい。黙って聞いて考えてくれると面倒がなくて助かる」
「わかった。聞く」
いきなり敵対することはなく、なんとか話し合いに持ち込むことに成功したシンであった。
もちろん、前回の出会いの反省からシンの容姿は変化の指輪を使用して変更されているし、彼が知る『ジン』を想起させるような名前だって伝えない。
その程度の配慮が成されていたのは、言うまでもないであろう。
「では本題。君は日本に帰りたいか? それともこのまま死にたいか? 好きな方選んでくれ。ただし、日本に帰るには代償がある。召喚前の時点まで記憶を消すことになるんだ。それと、時間の経過は戻せない。だから『その分の期間は記憶がないまま時間だけが過ぎた』という認識で、帰った先の日本へと放り出されることになる」
非情なようだが、シンの眼前の少年はこの世界において、やらかし過ぎている。
それだけに、突き付ける選択肢は厳しいモノにならざるを得ないのだった。
「死にたいワケないだろうが! 帰れるのなら帰りてぇよ。勇者召喚されても良いことなんて何もなかった。そんな記憶は消えても良い。時間的なことも俺が来てからの時間の経過は知れている。そのくらいの期間の『限定的な記憶喪失みたいな状態にされる』ってことなんだろ? その程度なら、やり直せるはずだ」
「そうか。では君の記憶の時間を忘却魔法で戻す。が、お互いに正確な時間の経過の認識はしていない。そこでだ。何度かに分けて巻き戻すから、記憶がない自分が見たら今の状況を信じられるように、その旨を紙に書いてくれ。一応この経緯も記録してるから、それだけじゃダメならそこのモニターで音声付き映像を見せるけどな」
シンの考えが殺処分から若干変わったのは、遺跡の調査であの機械の使用説明の石板を見たせいであった。
発動原理は謎なものの、魔法的技術ではないのに、魔石の魔力をエネルギーとして本人が直前までいた記憶のある『ここではない場所』に戻る機械。
デリーが語った時間制限で二十四時間があったのは、シンの考えだとおそらくだがそれ以上経つと記憶が曖昧になるからであろう。
普通の人間は、『いつ、どこで』といった記憶を、正確にそう長くは保持していられないモノなのだから。
機械の稼働に必要な魔力をシンが直接供給すれば、おそらく何の問題もなく正常に稼働するはずであり、後輩勇者君を日本に送り帰せる手段ができた以上、シンが持っていた考えに影響が出てしまうのも当然の話であった。
そして、シンは送り帰される本人に告げることはないけれど、やろうとしていることの実態は、人体実験でもある。
元々、『シンを殺そうと攻撃をして来た相手である』という事実は消えない。
よって、黙って実験対象にすることに躊躇いはなかった。
そのあたりは、五年に及んだルーブル帝国での異世界生活が、シンの人格や思考への少なくない影響をもたらしている結果であろう。
かくして、ちょっと頭の足りないシンの後輩勇者君は記憶を失い、無事に日本に帰還した。
一定期間の記憶を失ったことと、シンが説明し忘れた記憶がない期間中の日本での行方不明扱いで、後輩勇者君は帰還してから若干の苦労をすることにはなるのだが、それは別のお話となる。
尚、勇者として鍛えた肉体はそのままであるので、少年にはスポーツ選手として活躍する未来が待っている。
知らずしてシンの実験に付き合った少年にとっては、悪いことばかりでもないのであった。
さて、デリー君の王国再建とミウが護衛として残ることが決まった場面以降へと話を戻そう。
シンはロンダヌール王国での初期のなんやかんやな協力を終え、決めるべきことを決める話し合いが終わってから、サンゴウに影に入ってもらいギアルファ銀河帝国のにあるアサダ侯爵邸へと転移した。
超長距離転移で膨大な魔力を急激に消費することが原因で起きる、僅かな時間の苦痛と隙。
シンが自宅に着いたその瞬間、シンの足元で召喚の魔法陣が発動していた。
これは、完全な不意打ちとなり、シンは為す術もなく異世界へと召喚されてしまうのだった。
そして、シンは召喚完了の前に、高位の存在からの干渉を受ける。
起こっているのは、一番最初の、日本からルーブル帝国へと召喚された時と全く同じ現象。
それだけに『またか』とウンザリしつつ、それでもシンは流れ込む意識と力を受け取る。
「(元々の力が強過ぎますが、ルールなのでそのまま何の力も与えないワケにもいきませんね。前任からの引継ぎ事項の中にも、力を与えずとも良いケースはありませんし。えっ? 素で技能まで持っている存在ですか。これは珍しい。では、頑張ってくださいね)」
こうして、勇者シンはデリー君が王になる手助けをを行い、ロンダヌール王国の復興に力を貸した。
また、デリーの故郷を救ってから、めちゃめちゃにした後輩勇者君への死罪が望まれず、事後処理を一任されたことを受けて、日本に帰還させる人体実験のサンプルとして有効に活用もした。
そんな実験をシンが行ったせいなのか?
はたまた、単に勇者が持つ運命力の影響なのか?
そのあたりは定かではないものの、シンは二度目となる召喚を経験する。
召喚先はどのようなところであるのか?
シンは何をさせられ、ロウジュたちのところへ帰還することは叶うのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
後輩君を実験がてらで日本へと飛ばしたら、少々の時間差はあるものの、自分も別の世界に飛ばされることになった勇者さま。
サンゴウと、サンゴウに乗ったままのキチョウが影の中に入ったままで異世界に召喚されただけに、召喚されて降り立つ先で何を求められ、何を成さねばならないとしても、楽勝の未来しかあり得ないのを予感してしまうしかないシンなのであった。




