新たな出会いと、お隣の銀河での勇者召喚
~ギアルファ星系第四惑星(首都星)海上~
サンゴウは首都星の海上に船体を浮かべたまま、シンの身体にくっつけてある子機経由でローラとの話し合いを聴きながら待機していた。
もちろん、シンは自宅の一室にてローラとの間で密談をしており、サンゴウのしていることは普通に盗聴である。
そんなサンゴウ内では、概ね寝てばかりいるキチョウが時折目覚めては状況を確認し、その都度、相変わらずサンゴウが海上に待機したままであるのを知ってしまう。
キチョウはキチョウで、船橋に垂れ流されているシンとローラの会話をまどろみつつも聞いてはいた。
「(デリーの住んでいた惑星まだー?)」
このような、声には出さない心の中での呟きが幾度となく流れているのは、キチョウだけの秘密であった。
サンゴウがマスターとともに未だそこへと向かう気配すらなく、首都星の海上で油を売っていても、だ。
神龍となったキチョウは、己の存在の格が進化したことで手に入れた、より鋭くなった勘によってあるべき未来を予測していたのだから。
サンゴウには、マスターとキチョウを伴って、近々にデリーの住んでいた惑星へと行く未来がある。
それは、最早キチョウの中では確定事項に限りなく近いのであった。
では、このような状況になる以前に、だ。
シンとサンゴウが、鉱物生命体に荒されまくったギアルファ銀河の外縁部に近い場所で、『未知の小型で高速移動中の物体、しかも通信波のようなものを垂れ流したまま』といういかにも何かがありそうな存在を感知してから、どのような経緯で現状へと至ったのか?
キチョウが内心で呟いた『デリー』とは誰なのか?
そのあたりが事情が明らかになるよう、過去を振り返って時系列順に物事の流れを追ってみよう。
「ほう。通信波ねぇ。サンゴウが言うのは、このモニターに映し出されているモノなんだろうけど。俺の方の探査魔法にも、コレが引っ掛かってはいたんだがなぁ。でもコレを『人工物だ』とは思ってなかったわ。光学映像の外観から察するに、宇宙船かな? 見たことない型だけど。うん? 破損もしてないか? これ」
サンゴウの知らせに対して、シンの率直な感想と疑問が飛び出した。
「明らかに破損していますね。ただ、『何かに攻撃された』というよりは、『障害物に接触した』という感じですけれど。一応付け加えておきますが、外観からするとサンゴウの持つ艦船データには該当するモノがありません」
現在のサンゴウが持っているのは艦船データとは、ギアルファ銀河帝国、旧自由民主同盟、デルタニア軍のそれの全てである。
データに該当するモノがない時点で、未知の文明によって造られた宇宙船であることが予想されてしまう。
それは、シンですらも例外ではなかった。
「となると、少なくともギアルファ銀河帝国としては、この宇宙船が『未知の文明の産物』ってことになるんだろうなぁ」
「そうなりますね。艦長、追加情報です。極めて微弱ですが、一つだけ生命反応を感知しました」
「そうか。発信されている通信波は、音声変換できるか?」
「はい。音声変換して出力します」
シンは変換された音声を聞き、己が持つどんな言語でも理解できてしまう技能によって、それが『救助求む』の繰り返しであることを知る。
内容を知ってしまうと、ややウンザリして『またかー』と思いつつも、サンゴウに必要な指示を出すのだった。
「サンゴウ。救助対象だ。鹵獲してくれ」
「はい。では相対速度合わせを行い、牽引で鹵獲します」
「うん。そこからはベータワンの時と同じだ。子機で内部の調査を。あとで船体は収納空間へ放り込むから、その前にデータも抜けるなら抜いておいてくれ」
「はい。そのように」
そんな事態の流れから、シンとサンゴウは協力して休眠状態の男の子が入ったカプセルをサンゴウ内に運び込み、その人物の意識が戻るよう手を施すのであった。
「五歳くらいか? たぶんそのあたりの年頃の男の子だよな? 本人の意識が戻っても、幼いからまともに話が成立するかわからんぞ。これは」
そのような軽口を叩きつつも、内心で呟くことは別にあったりする。
「(見た目は人族の子供。とりあえず、人型ではない異形の宇宙人じゃなくて良かった)」
シンの本音はそれであり、密やかに胸をなでおろしていたのであるが。
「そうですね。現状のサンゴウではおそらく会話ができません。なので、意識が戻ったら艦長に対応はお任せします。生体反応レベルは上昇中。一時間以内には目を覚ますでしょう。それはそれとして、宇宙船のデータは抜き取りが終了しました。子機の撤収も完了しています。以後は取得したデータの精査に入ります」
言語の翻訳が終わっていなくとも、星図や航路にその他の先行して解析できる、なにがしかのデータはあるのだ。
サンゴウは、できるところからちゃっちゃと片付けるつもりであった。
「了解だ。では収納っと。あ、キチョウ。子供を驚かせるといけないから、モニター越しの会話をする時には映像内に入らないようにな」
「はい。マスター。あとで遊んであげれば良いですねー」
「そ、そうだな。そのあたりは臨機応変に頼む(神龍って、知能は高くても精神年齢はそれほど高くないのか?)」
キチョウの返答を疑問に思ったが、口には出さない部分もあるシンなのだった。
そんなこんなで時間が経過し、男の子の目覚めの時がやってくる。
「ここは? 誰か! 誰かいないか!」
「艦長。子供が起きましたよ。よろしくお願いします。音声と映像は記録しておりますので、毎度のことですが、あとで翻訳可能なように会話内容の解説をお願いしますね」
「ああ。モニターで繋げてくれ」
こうして、子供との会話が始まるのだった。
「艦長のシンだ。ここは安全で、君に危害を加える者は存在しない。だから落ち着いて話をしてくれないか?」
「ここはどこですか? 皆は? 妹や弟はどこ?」
「まぁ、パニックになるのはわからんでもない。けれどな、騒いでも何も解決はしないぞ? こちらは名乗ったので、まずは君も名乗るとこから始めようか。君の名はなんというのだろう?」
「わかった。私は、デリー。ロンダヌール王国の第一王子だ」
「そうか。改めてもう一度。俺はシン。ギアルファ銀河帝国の上級貴族でもある。この宇宙船、サンゴウの艦長だ。君が乗っていた船の救助信号を受信して救助を行った結果、今に至る。生存者は君一人だ」
相手が王子と知って、シンは自身が貴族であることを明かす。
これは、たとえ相手が『王子』の肩書を持つ人物であろうとも、シンには子供を相手にしてへりくだった態度で接する気などないが故の、明確な宣言でもあった。
「皆、死んだのか。そうか、生き残ったのは私だけか。ハハハ。古代の超文明の遺産なんかに頼るからこんなことになるんだ! チクショウ!」
デリーは座り込み、呆然とした顔でそう呟いたのだった。
そんな幼子の様子に、シンは『どうするか?』を考えるのだけれど。
「(これではな。今は会話で情報を引き出すのは無理だろ。なら、飯でも食わせるか。『腹が減っては戦ができぬ』って言葉もあるしな)」
それが正解かどうか?
もちろん答えは不明だが、他に良い案がない以上はそれで行くしかないのだ。
「とりあえず、飯と飲み物は運ぶから飲み食いをしてくれ。落ち着いて話ができるようになったら、呼び掛けてくれよ。ではまたあとでな」
シンは問題の先送り一択で、一旦時間を置くことにしたのである。
「ってことで、サンゴウ。飯と飲み物を子供向けな感じで頼む。で、今の会話内容の解説をするから、言語解析を頼むよ」
「はい。では艦長。子機で消化に良さそうな食事を出しておきますね」
「うん。そんな感じで頼むよ。(とりあえずは、これでサンゴウにお任せだな。でも、『古代の超文明』とか、そんなパワーワードは要らんのだけどなぁ。てか、ここで王子さま? この感じの状況で出会うのならば、定番は王女さまとかじゃないの?)」
サンゴウの対応返答に満足しつつ、非常にどうでも良い思考に突入してしまうシンであった。
残念ポンコツ勇者は、こんなところでも未だ健在なのだった。
「なぁ。サンゴウ。あの子はおそらくだけどさ、ギアルファ銀河の人間じゃないよな?」
デリーとの会話内容の解説が終わって、手持無沙汰になったシン。
先の対応方針が固まらない中で、何となくの流れからシンはサンゴウに己の推測の話を振ってしまう。
サンゴウと話すことによって、今後の動きへの手掛かりが見つかることだってあり得るのだから。
「はい。鹵獲船から抜いたデータで判別すると、ギアルファ銀河では『ラムダニュー銀河』と呼んでいるところから来ていますね。ギアルファ銀河からは一番近いお隣の銀河です。ただし、現在位置とは真逆側の外縁部から最も近い銀河なので、ここからだとかなり離れていますけれど」
「やっぱり別のところか」
「ですね。鹵獲船の超空間航行の技術レベルは、デルタニア星系の技術に近いレベルまで来ています。エネルギーと生活物資の搭載量がかなり多いので、移民船的な印象を受けますね。ただ、妙なことに長期間モスボール化されていた記録があるのですよ。約五万年ってところでしょうか。再稼働してからの時間の経過は三か月弱ですので、再稼働してすぐにこの銀河へ向けて発進しているようです」
「『モスボール』かぁ。それって確か『保管』というか『保全』のために『使わないでお蔵入り』みたいなやつだよな?」
「ざっくりとした話ならば、その認識で概ね正しいですね」
いきなり飛び出した『モスボール』についてサンゴウに確認しながらも、シンの思考は別の部分へと向かっていた。
「(おいおい、今度は『さまよう王子さま』かよ。しかもこれ、なんとなくだけどさぁ、『亡国の王子』っぽいんだよな。宇宙獣との一大決戦が終わって、まだ半年くらいしか経ってないんだがなぁ)」
予期することなくぶち当たった事象に、少々、遠い目になってしまうシン。
ただし、そんな勇者の内心とは無関係に、デリーが食事を済ませて落ち着いてしまえば、改めて事情聴取が始まるのだけれど。
そして、いざそれが始まってしまえば、だ。
意外にも、デリーは歳相応以上の利発さを見せる。
「(第一王子であるだけに、厳しい教育を受けて来たのかもな)」
シン視点での率直な感想はこんな感じであった。
それはそれとして、デリーが語った話から結果的にわかったことを要約すると、以下の①~⑥の六つとなる。
①デリーが乗ってきた船は同じものが三隻あり、妹と弟がそれぞれ別々に乗り込んで脱出したこと。
②船自体は古来から王家に伝わっていたもので秘匿されていたものであり、新しく建造する技術はないこと。
③妹が生まれた年に怪物が現れ、国土を蹂躙された。そのため、古の伝承に従って英雄への祈りを捧げたこと。
④祈りを捧げた古代遺跡の設備から一人の若い男が出現し、遺跡内にあった人型兵器を使って怪物を退治したこと。
⑤その男が怪物を退治したあとデリーの姉を攫い、『俺が王になる』と宣言して人型兵器の力をデリーのいた国と民へ向けたこと。
⑥デリーの父である王は、デリーを含む幼い王子二人と赤子の王女一人を脱出させたが、現時点で側にいないデリーの弟と妹はおそらく死んでいること。
そこまでの内容が確認ができた。
五歳児程度の幼児が語ったことから得られた情報としては、量も質も破格であるかもしれない。
だが、それらの情報を得たシンとしては、なんとも言い難い気分になったのも事実である。
何故なら、ラノベあるあるの勇者召喚が、自身の実体験を思い起こす形で頭を過ったからだ。
故に、それを念頭に置いて、シンはデリーに尋ねることになる。
「デリー、その現れた男に、どうやって怪物退治をさせたんだ? 強制するような何らかの方法を使ったのか?」
報酬を提示して、それを餌に協力を求めて説得した程度ならまだ良い。
そうした形ならば良いのだが、シンが想起してしまう『あるあるの事象』はそれだけではないのだ。
従属。
懐柔。
篭絡。
洗脳。
騙す。
前述で列挙した、穏やかではないモノも含めて方法はいろいろあろうが、他者を良いように使う手段は実のところそれなりにあるのだから。
シンからデリーへと発せられた問いは、そのあたりの状況を知りたくて出たものであった。
「いいえ。伝承によれば、生命の危機レベルの窮地に陥っている人限定で、『力ある者』が出現することになっているのです。そして、出現してから一日以内なら祈りを捧げた場所に本人が戻れば、元のところへと帰れるようになっています。なので、それをちゃんと説明しました」
「そうなのか。それでそこからどうなった?」
「出現するのは『力ある者』のはず。ですので、こちらが無茶を言ってしまうことで暴れられても困ります。ですから、強制ではなく協力のお願いをしました。ただし、お願いが聞いてもらえない場合は帰っていただくか、いくばくかのお金をお渡しして出て行ってもらう話になっていました」
デリーの話を聴く限り、拉致からの隷属や強制ではない。
けれども、状況がなかなかにエグイのも事実であろう。
本人が望めば、確かに元の場所へは戻れるのかもしれない。
だが、それは生命の危機レベルの窮地の状況の現場に、自ら望んで戻される話なのだから。
それ以外に残る選択肢は、二つ。
一つは、見知らぬ土地でお金を渡されて、追い出される形から一人で生きて行くこと。
もう一つは、『協力のお願い』を承諾して戦うこと。
これでは、『実質、選択の余地がないから強制』と、聞かされる人によっては受け取るだろう。
そのようなことをつらつらと想像していたシンだったのだが、そこでふと思考が止まる。
「(いやいや、まんま『勇者召喚』じゃねえか!)」
いやーな予感がヒシヒシとしてきていたシンは、更に興味本位が九割を占めるような疑問を投げ掛けてしまうのだった。
「その現れた男の容姿って、俺と同じような黒い髪と黒い瞳じゃなかったか? あとはそうだな。『魔法!』とか、『チート!』とか、『ステータス!』とかの言葉に聞き覚えはないか?」
「髪は金髪でした。瞳は黒かったです。『チート寄越せ!』って叫んでいたのは覚えています」
「(髪を染めてる日本人か。ルーブル帝国の過去の記録にもあったけど。何故か召喚前に髪を染めてた場合は、その色が固定化するんだよな。そこのところが本当に謎だけどさ)」
シンが詳細を知ることはないが、実のところルーブル帝国の召喚の仕組みはその過程で肉体が新たに再構成されるが故に、謎と感じるようなことも起こってしまうのだけれど、そんなことはどうでも良い些細なことであろう。
益体もないことに思いを馳せながら、『さて、ではどーするべ?』と、考え込んでしまうシンであった。
ちなみに、サンゴウはデリーに対して特に何も質問をすることなく、客観的に見れば静観に徹していた。
けれども、実際は艦長とデリーの言葉のやり取りを記録し、のちのちの方針を決定するための『下準備をしていただけ』なのだけれど。
ついでに付け加えると、キチョウに至っては、興味がないこともあって大人しく聞き流していただけで、この時点ではいてもいなくても同じなのはもっと些細なことであろう。
そんな流れの一幕のあと、シンは、デリーを自身で保護することを決める。
「当面はギアルファ銀河帝国の首都星にある俺の自宅に一旦戻るので、今後のことはゆっくり考えよう」
デリーに対してはそう宣言して、シンは話を切り上げたのだった。
現実問題として、シンがデリーのために何をどうするにせよ、いろいろとしがらみがある関係上、このまま首都星へと帰らずに活動をするワケにはいかないのだから。
かくして、サンゴウは帝都へと針路を向けた。
ただし、最高速を出してしまえば、避けられない負荷に身体が耐えられそうもない子供が、今のサンゴウには乗っている。
よって、生体宇宙船の速度はそれなりのモノへと調整されていた。
そうして、帝都とのリアルタイム通信が可能な宙域へと到達してしまえば、だ。
以前の、獣人族の皆さまを連れて来た時と同じように、シンとサンゴウは協力してギアルファ銀河帝国に異邦人となるデリーを受け入れさせる各種手続きを行うのだった。
これは、過去に似たような経験をしているので、手続きの絶対的な物量はそれなりにあっても、前例に沿って行うだけの楽な作業であった。
だがしかし、だ。
一般人の獣人たちとは違い、たとえ幼くともデリーには『外国の王族』という立場がある。
そうである以上、帝国への住民登録は行えない。
それ故に、デリーの立場は『アサダ侯爵家の客人扱い』に落ち着くのだけれど。
また、この帝都へ向かう航行中に、デリーは初期の段階でサンゴウ内において生きて動き、しかも言葉を喋るキチョウを見る機会が発生してしまう。
最初は船橋内で静かに寝ているだけだったため、デリーはキチョウのことをぬいぐるみ的な置物としか思っていなかった。
それだけに、生物だと知った時に受けた衝撃は大きい。
まして、デリーにはそれ以外にも『衝撃を受けて当然』な、特段の事情があったのだから。
「怪物の子供が何故ここに!」
デリーの口から前述のような発言が飛び出し、一時的な恐慌状態へと陥ったのは無理もない話であった。
けれども、シンとサンゴウが上手く取りなし、時間が経った今では、結局一緒に遊べるようになっている。
片や、自身を怪物呼ばわりされたキチョウ視点だと、当然ながら『最初は面白くなどなかった』という事実があったのだけれど。
それでも、キチョウに大人な対応ができたのは、『自身と見間違えるような生き物がこの世界にもいるのか?』と興味を示し、『仲良くしてデリーから情報を引き出そう』という打算もあって、子竜の姿の神龍はデリーのお友達になったのであった。
ちなみに、その流れで情報収集をした結果からだと、デリーの語った『怪物』は『老竜クラスの地竜でブレスが使えないタイプだ』と推測された。
「(空も飛べずにブレスも吐けない地竜と、一緒にして欲しくない!)」
そのような考えに至ったのは、キチョウのプライドの部分であり、彼女だけの秘密である。
こんな感じの状況の推移がありながら、サンゴウは首都星に到着した。
大気圏内に突入して、最早サンゴウ専用の着水待機海域と化している海面へと、サンゴウは静かに着水し、二十メートル級子機で艦長とデリーの二人をアサダ侯爵邸へと送り出す。
かくして、冒頭のサンゴウの状況が成立するのであった。
二十メートル級子機で自宅へと到着したシンは、ミウにデリーの世話を任せた。
二人には『異文明から来た』という共通点があるので、馴染みやすいと思ったからである。
シンの心情としては、デリーの話を聞く限りでは同郷のアホウがやらかした可能性を確信に近いレベルで感じてしまっているので、なんとか状況を改善してやりたい。
そして、古代の超文明の遺跡とやらには、ギアルファ銀河に到達する手段がある可能性が否定できもしない。
「(調子に乗ったバカが、戦艦でやって来るような事態が発生する可能性。そんなモノは事前に叩き潰したい)」
シンの内心には、そんな感じの考えもあったのである。
むろん、デリーの事情への介入を考えている理由はそれだけではない。
魔法がないはずのこの世界で、勇者召喚ができたのは何故なのか?
単純に、その点へは興味津々であるし、詳細を調べたい気持ちがある。
そのような興味もあって、『デリーの住んでいた惑星へと行ってみたい』という欲求がシンに生まれていたのは、さほど不自然なことではないのであろう。
けれども、シンにはギアルファ銀河帝国に所属する高位の貴族の立場がある。
過去の経緯と比類ない実力によって、『かなりの範囲の自由が認められている』とはいえ、だ。
勝手に長期間音信不通の状態になるのが、立場上不味いことは明白なのだから。
行先はお隣の銀河なだけに、サンゴウの快足を以ってしても往復するだけでかなりの時間が必要になることは想像に難くない。
まして、行った先でなにがしかの事態に巻き込まれることは、今の段階でも確実となる。
ならば、何らかの対応が必須となるのも、事前にちゃんと考慮しておかなければならないであろう。
そうしたアレコレに、思いを馳せれば、だ。
シンとしては、まず内々で話がし易い『皇妃のローラさまにご相談』となるのが自然な流れなのだった。
「突然ですが、よんどころないワケアリの事態が発生しました。というワケで、たぶん数年くらい。留守にして良いですか?」
シンとしては、異邦人で他国の王族の幼子を客人として受け入れる手続きするに当たって、ローラにも骨を折ってもらっている。
それだけに、『以降に何かがあることは、当然想定内ですよね』と、いう体でいきなり本題を切り出す。
まぁ、ローラ側がそれをすんなり受け入れるはずなどないのもまた、もうお約束であるのかもしれないけれど。
「いきなり何ですか! 何が『というワケで』なのかを、ちゃんと説明なさいな。でも、それについての詳細を聞いても許可は出せませんよ! 少なくとも貴方が息子のノブナガ君に当主の肩書を譲るまでは無理。そしてそれは、早くてもまだ二年以上先の話です。あと、当主変更を急げば、ノブナガ君は経験が少ないまま当主を継ぐことになり、苦労することになるのは確実なわけですが」
ローラとしては、皇女をノブナガの嫁として出すことも決定事項なだけに、嫁に出す娘が本来必要のない大変な思いをすることは看過し難い話でもあった。
「えーと。それでは、家族旅行ということで、全員で」
残される者が大変な思いをするのならば、だ。
全員で出かけてしまえば、問題など起こらないだろう。
そのような単純で幼稚な発想から、家族旅行案が飛び出したわけなのだが。
「いやいや。『たぶん数年くらい』の家族旅行とか、そんなモノはダメに決まっているでしょう!」
「いやでも、休暇は正当な権利じゃ?」
まぁ、家族との時間を持つための休暇取得自体は、シンが持つ権利であるのは事実だ。
けれども、それには物事の優先順位や暗黙の制約があるのも現実ではある。
「近衛に所属しているのに、『数年レベルの長期間、緊急出動ができない』とかあり得ませんからね? 察するところ、容易に連絡が取れないような遠方へと足を延ばすのでしょう?」
「さすがですね」
「そんなの、許可できるわけがないでしょうに。その程度、わたくしに言われるまでもなく承知しているはずよね」
まぁ、こんな流れの話が繰り広げられている最中に、事態は動くのだけれど。
「マスターの影魔法に入れば転移できるのにー。皆で入っちゃえば良いのにー」
盗聴状態の艦長とローラの会話を船橋に垂れ流しているサンゴウは、唐突なキチョウの言葉に衝撃を受ける。
キチョウから飛び出した斬新な発想。
これは、あるべき未来からキチョウが逆算して思考したが故に、辿り着いた結論であった。
ギアルファ銀河とは別の銀河にある、デリーの故郷。
そこへ行く未来が確実に訪れるのならば、問題なくそこへ行ける方法が必ず存在するはずなのである。
「(では、問題なくそこへ行く方法とは何だろうか?)」
キチョウは、マスターとローラの会話を聴きながら考え、遂にそれへの答えに辿り着くことができた。
それが、サンゴウを驚かせることとなった前述の発言なのだった。
これは、『神龍の知能の高さが、伊達ではなかったこと』が証明された瞬間でもある。
普段は子竜のように振舞っていても、実際に頭脳が幼いわけではないのだ。
まぁ、魔法の知識があってこその考えなだけに、サンゴウがそうした手段に気づかないのは仕方がない。
また、頭脳の面ではポンコツ勇者であるシンに至っては、『言わずもがな』の話であろう。
シンの影魔法。
それは、シンだけが持つ膨大な魔力によって、キチョウが知る一般的な魔力量の術者が行使するそれとは、比べるのもおこがましいレベルの違った運用が可能となる。
具体的には、育ちに育った魔力の最大保有量から、シンは影の中に入れられる物体の大きさの限界が相当に大きくなっている。
その収納許容量は、なんと既にサンゴウが丸ごと入ることが可能な領域に、余裕で到達しているのだった。
「キチョウ?」
「なにー?」
「今の発言はどのような意味なのですか? サンゴウにも理解できるように、詳しい説明を願います」
そんなこんなのなんやかんやで、揉めに揉めているシンとローラの側の状況とは無関係に、事態を打開する話が進んで行く。
勇者が扱える長距離転移の魔法は、本人が行ったことのある場所にしか行くことができない。
しかも、『転移できる対象は本人のみ』という制約がある魔法だ。
けれども、収納空間の中にあるモノや、影魔法の行使で影収納の中に所持しているモノについては、その制約の対象にはならないのである。
そうした魔法の特性が、説明を求めたサンゴウに対してキチョウの口から語られる。
つまりは、サンゴウが艦長の行使する影魔法で影収納の中に入りさえすれば、長距離転移の魔法で一緒に移動が可能となるのだった。
ただし、影魔法によるモノの収納には重大な欠点もある。
それは、内部の時間の経過がちゃんとあるにもかかわらず、光の全くない完全な闇の世界であり、そこを照らす光源を生み出すことが不可能な空間となっていること。
そのため、長時間生物がそこに留まり続けると精神的に異常をきたし、メンタルがやられてしまう点。
けれども、この部分に関してはサンゴウ限定だと問題とはなりにくい。
何故なら、サンゴウは似たような環境の超空間で、大破状態のまま約三万年という永い時を孤独に耐えることができた実績があるのだから。
まぁ、そもそも今回の案件における影魔法の使用状況を考えると、長時間影の中にサンゴウが留まり続ける事態は想定し辛いのだけれど。
「進めるだけ進んで、影に入ってお家に戻る。次はお家に戻る前に進んだところへ同じく影に入って転移で飛んで、そこから続きをー」
「なるほど。そのような方法があったのですね。サンゴウにとっては未知の空間となる、影の中に入って問題があるのかないのか。それをいきなりは試す気になりませんが、二十メートル級の子機で試して平気ならばその方法は有効でしょう。ただし、それであればキチョウも試験時に子機へと乗り込んでもらいますよ」
「はーい」
話が纏まったところで、サンゴウは艦長へと現状の問題の解決手段を子機経由で感応波により流し込んで伝える。
そうして、シンはローラとの話し合いを中座して、実験を開始することになったのだった。
アサダ侯爵邸の広い庭には、デリーを連れて来るのに使用した二十メートル級が鎮座しており、その場ですぐに実験開始が可能であったのは僥倖だったのかもしれない。
シンはキチョウの代わりとなる、手ごろなモルモットとして庭にいた小鳥を数羽捕獲し、二十メートル級の船橋へと放り込む。
続いて、光球の魔法で巨大な影を造り出し、二十メートル級子機を影魔法で収納してみる。
そこから更に、サンゴウがいる海上付近に転移して、出し入れや転移による影響がないかを確認して行く。
短時間であっさり行われた実験は、なんなく成功していた。
「戻りました。お待たせしてすみませんでした。さて、改めての確認ですが、私が頻繁に帰宅し、連絡が取れる状態であり、緊急時にはサンゴウとともに出撃可能であれば、問題はないですね?」
「まあそうです。ただし、『そんなことが本当に可能なら』ですけれどね。『最長でも三日。これ以上の連絡が取れない期間の連続は認められない』という条件が守れるかしら? そうであれば長期休暇を許可するように陛下へと掛け合いますよ」
シンとローラの話し合いの落としどころは、このようにして決まる。
ローラは皇帝へと話を通すためにモニター越しの通話を終え、シンはシンで出立の準備に入るのだった。
とにもかくにも、そんな流れがあったことで、少し先の未来に勇者は新たな地において新たな出会いを得ることになるのだけれど。
見知らぬ土地でなるべく早く簡単に情報を得るには、その地のことを知る人間からそれを引き出すのが手っ取り早い。
けれど、それに快く応じてもらうには、相手と状況を選ぶ必要がある。
「なぁ。それはやめとけ。あの露店の親父は気づいているぞ」
この時のシンの選択は、オーソドックスに恩の押し売りなのだった。
こうして、シンたちは脱出からの遭難状態であったデリーの救助に成功し、幼子が持つ事情に介入するべく、ラムダニュー銀河へと赴くことが決定となった。
ローラとの話し合いは少々手間取ったものの、なんとか許可が得られる形で決着させることができた。
ロウジュを筆頭とする家庭内での調整も、『何事もなく平穏に』とまでは行かなくとも完了させている。
未知の銀河の、デリーの故郷ではどんな事態が待ち受けているのか?
日本人と思われる、問題児でしかなさそうな召喚勇者とは、はたしてどんな人物なのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
救助に成功したデリーには、別で同様に脱出した弟と妹が存在しており、その所在と生死がなんとなく気にはなるものの、さりとてそれについてはできることが思いつかないので、一旦棚上げしておくしかなかった勇者さま。
アサダ侯爵邸に連れ込んだデリーと、居候状態の獣人女性であるミウとの相性が想定外に良過ぎて、デリーの事情の解決に、ミウが自主的に協力を申し出ることになったのには、驚くしかないシンなのであった。




