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役者な皇帝と、傭兵ギルドのランク上げ

~鉱物生命体の侵略で国としての機能を完全喪失した、旧自由民主同盟支配宙域~


 サンゴウは『シン』と名乗るようになった艦長とキチョウとともに、賊を探してウロウロと彷徨うような航行を続けていた。


 サンゴウ発案の、艦長が『ジン』としての立場での希望を叶え、今後もギアルファ銀河帝国でロウジュを筆頭とする妻子と穏便に生きて行くための策。


 皇帝とローラ、ベータシア伯オレガの全面的な協力の末に成立したそれの結果、シンは名前ロンダリングには成功するものの、傭兵ギルドでの肩書を失ってしまった。


 よって、サンゴウの現状はそれを回復するべく、ただただ賊狩りに勤しんでいるだけの話だったりする。


 それはそれとして、鉱物生命体の侵略によって『自由民主同盟の残滓』とでも言うべき存在は、完全に息の根止められてしまった。


 故に、ぽっかりと支配者層と住民の両者が消えた星系がいくつも発生し、それらは全てギアルファ銀河帝国の版図に組み入れられる結末を迎える。


 帝国が抱えている法衣の貴族には、『領地持ちになりたい』と考える者が多数存在しており、サンゴウが現在進行形で見敵必殺の索敵航行をしている宙域は、住民の入植と復興が皇帝の命で開始されていて、統治領主の選定がされている真っ最中の星系と惑星とがある。


 ただし、当該宙域はいくつかの星系を抱えるそれなりに広い範囲であるために、『新しく設置する統治領主の貴族家を、公爵家、辺境伯家、はたまた複数の伯爵家とするのか?』の部分を含めてで、選定作業は難航しているのだけれど。


 何の話かと言えば、つまりは、『賊が仕事をし易い場所であり、傭兵ギルドのランクを上げたいシンの活動に最も適している宙域』ということなのである。


 まぁ、それはそれで良いとして、だ。


 では、そんなことをしていられる状況に、亡くなった(ことにされた)ジンに対する論功行賞の場での皇帝の発言以降、どんな流れで至ったのか?


 時系列を少々戻して、アサダ侯爵邸へのお忍びから戻ったローラと皇帝の話し合いが終わり、関係各所との調整を終えて、ジンへの報酬が決まった経緯の部分から順に事態の推移を追ってみよう。




 皇帝はジンからの提案を携えて戻ったローラとの密談を終え、まずは宰相を呼び出した。


 話を詰めねばならない相手が複数存在する状況においてで、それが最も効率の良い方法であったからだ。


 皇帝としては、宰相にある程度、事前の段取りや調整を丸投げをしたい。


 そうするために、それが必要な措置であるのは言うまでもない話であろう。


 そんな経緯で、夜も更けた時刻に緊急呼び出しを受けた宰相にとって、個人的には甚だ迷惑な話であったのは確かだ。


 だが、それが仕事である以上、宰相自身が文句を言う筋合いのモノでもないのが辛いところなのかもしれない。


 かくして、ギアルファ銀河帝国の文官のトップは、皇帝と二人だけでの話し合いの場を持つのであった。


「妃のローラがアサダ侯爵との事前交渉を終えた。こちらからの提案は全て蹴られたわ! それを踏まえて、だ。どうするのが良い? 貴族の代表としての立場も込みで、宰相としての返答を許す」


 皇帝から宰相に向けた、いきなりの本題。


 不機嫌な表情でそれを語った皇帝は、なかなかの役者だった。


 少なくとも、百戦錬磨の宰相を相手に、皇帝はそれが演技であることを悟らせはしなかったのだから。


「(アサダ侯爵は『ギアルファ銀河帝国の皇帝になれる』という話を、受けずに蹴ったのか? そんなバカな)」


 皇帝からの簡潔な状況説明と、問いを受けた宰相の頭に最初に過ったのは、前述のそれなのだった。 


 ジンの返答は上昇志向が強い一般的な貴族の考えをベースにすると、まさに驚きの状況以外のナニモノでもない。


 そんな驚きで一瞬思考が停止した宰相だったが、それでも復帰は早い。


 沈黙の数秒で『では、どうするべきか?』を考える。


 その程度のことができなければ、強大な銀河帝国の宰相の地位に留まることなど不可能であるのだから。


「(まずは状況を整理し、何らかの手立てを考える材料となる情報が欲しい。それらを得てからでないと、安易な献策はこのケースだと害悪にしかならん)」


 この時の宰相の思考は、至極真っ当なモノでしかなかった。


「陛下。お言葉ですが、先に状況認識を改めて共有させていただきたく存じます」


「良かろう。宰相の現在の認識を知るのも、必要であろうな」


 皇帝は鷹揚に許可を出した。


 宰相が何をどう言おうとも、実のところ、皇帝としての結論は最初からほぼ決まっている。


 この場面での鷹揚さは、そうした心理的な余裕から来るモノであった。


「ありがとう存じます。では、アサダ侯爵からの戦果報告は『七つの侵攻軍、総勢七千万隻相当の集団と考えられる宇宙獣と、それらと行動をともにしている生体宇宙船を相手に戦い、六千六百万隻相当の撃破と生体宇宙船一隻の撃破。二百万隻相当は取り逃がした』となっていますな」


 宰相が最初に行ったのは、『ジンが撃破した』と報告してきた内容と、『殲滅しきれずに逃げられてしまった部分』の確認であった。


「アサダ侯爵が所有するサンゴウ以外の帝国軍は、動員できる最大数の戦力を投入しました。その帝国軍の推定戦果は二百万隻相当ですな。『生体宇宙船を、どう評価するのが妥当か?』は、意見が分かれるところでしょう。ですが、所詮数は一隻ですので一旦除外して考えます。それをベースにしたとしても、アサダ侯爵は単独艦での戦闘で、帝国軍の三十三倍の戦果を最低でも叩き出したことになります」


 宰相は自身が受けた報告内容を再確認しながらも、疑問に思う。


「(あれ? 帝国軍近衛艦隊所属、自由遊撃艦サンゴウとはそもそもどのような存在だった? 『帝国軍の宇宙軍における、一個軍相当以上の戦力扱いだから』と、特権が与えられていたのではなかったか? 今回の実績を見れば、全然一個軍相当どころではないではないか!)」


 今更ながらに、そう考えた宰相だった。


 けれども、今はそれをどうこう言う場ではない。


 そもそも、それを言うのであれば、宇宙バッタの案件や自由民主同盟が持ち出して来た超巨大要塞に対しての唯一無二な働きがあった時点で、気づいていてもおかしくはない部分でもある。


 結局のところ、人は自分の見たいモノを見てしまう生き物なのであろう。


 宰相の思考の根底にあるのは、『たった一隻の宇宙艦に、そこまでの戦闘能力があるはずはない』なのだから。


 それはそれとして、だ。


 過去の報告内容の再確認でしかない宰相の発言に、皇帝は無言で頷く。


 トップからの異論が出ないことで、宰相は更に先へと話を進めるのであった。


「しかし、帝国軍からの報告は異なります。『サンゴウから提出された戦闘記録をどう精査してもアサダ侯爵の報告の数より、遥かに少ない戦果だ』となっていますな。生体宇宙船の撃破についても、決定的な確認が取れない。そもそも七つの侵攻軍を相手に戦ったはずなのに、五つ分の交戦記録しかないのも問題でしょう」


 サンゴウが提出できた戦闘記録は、当然ながらサンゴウがいた宙域で観測できたモノに限られている。


 つまり、ジンとキチョウとサンゴウの三者で共闘した、二番から六番までの残敵の掃討殲滅戦と、一番への僅かな砲撃でしかない。


 サンゴウの作戦により、実際の戦闘は最強の戦力である勇者ジンが先行して、単独行動で敵の八割程度を殲滅していたりするのだから。


 だが、その部分の記録が、同行していないサンゴウにあるはずもなかった。


 敵側の最後方にいた集団は、ジンが攻撃しただけで残り全部が撤退しており、サンゴウと対峙する機会すらなく逃げおおせてしまった。


 故に、ジンだけが戦った一軍の戦闘記録はなく、六つの集団を相手に戦った記録しか提出できない。


 しかも、そのうち一つは、ちょろっと砲撃しただけで戦果の確認はできないのである。


 そのような事実はともかくとして、ジンが行った実際の戦闘行動を含む戦果報告とサンゴウから提出された『物証』と言える記録には、かなりの乖離があるのだ。


 勇者ジンには自身の戦闘を、戦果を、証明する能力などない。


 それが現実であった。


 尚、戦果判定から一旦除外扱いとなった、恒星に落下することで消滅した生体宇宙船のモドキは、サンゴウの持つ映像記録からでは自滅にしか見えなかった。


 故に、結局のところ『サンゴウが攻撃して撃破した』と見なされることはなくなってしまう。


 映像記録に魔法による麻痺の付与が、他者の目に見えて理解できる形で映っているはずもない。


 このあたりは、帝国軍や宰相の視点だとやむを得ない話ではあろう。


 ただし、皇帝やローラの見解は異なるわけだが。


「以前の論功行賞で出す予定とした褒賞案の前提は、アサダ侯爵からの戦果報告が元になって作られました。ですが、帝国軍の精査結果を元に判断すれば違った結論になります」


 もちろん、『判断材料を変えれば、大幅に戦果が減る』とはいえ、それでも尚、サンゴウの叩き出した撃破数が多大な戦果であることに変わりはないのだけれど。


 単純な話として、サンゴウを除いた帝国軍は動員可能な全兵力で敵の一軍、二百万を殲滅しただけ。


 それも、しっかりと一個軍に相当するレベルの艦艇戦力を、その殲滅戦の時に失っている。


 けれども、サンゴウで戦ったジンは少なくともその五倍の一千万を殲滅している上に、無傷で生還しているのだから、むろん損失もない。


 それに加えて、サンゴウは帝国軍の武器弾薬、燃料、水や食料に至るまでの、いわゆる兵站に一切頼っておらず、全てが自前であった。


 戦って死んだ将兵の存在に思いを馳せたならば、安全な後方にいた宰相が安易に『費用対効果』を語ってはいけないのかもしれない。


 だがしかし、だ。


 軍人の戦場での働きを評価するのであれば、その点は避けて通れないのも現実なのである。


 それがわかっていても、宰相が皇帝に対して『差異についての言及』をしたのは何故なのか?


 それは、少しでもジンの功績を少なく評価し、ギアルファ銀河帝国が褒美として出すモノを圧縮しつつ、ジンが褒美を受け取るのを見る者たちが納得するレベルに落とし込むためなのだった。 


「陛下、質問をお許しください。先程の『こちらからの提案は全て蹴られた』というのは、『初期の陛下がされていた約束部分も』ですか? もしそうならば、その理由は何でしょうか?」


「理由か。端的に言えば、『自身に御しきれない、多大なものは要らん』という話だ。流れとしては、まず『事前の約束を守る気があるのか?』との確認をアサダ侯爵から受けている。交渉に当たった妃はそれに対し、全面肯定をした。アサダ侯爵は確認できた結果に不満を言うことはなかった。ここまでは良いな?」


「大丈夫です」


「だが、アサダ侯爵自身がその事前の約束が履行されることで、帝国が乱れる可能性が高いのを承知しておった。むろん、妃が水を向けた部分もあるのだがな。アサダ侯爵は帝国の秩序が乱れるのを、支配体制が崩れるのを望んでなどいない。ただし、自身が国や領地の経営をしたり、皇帝になって帝国に対して全責任を負うのは拒否をしたい。アサダ侯爵からすれば『罰ゲーム』であり、『そんなモノは褒美でもなんでもない』のだそうだ。要は『褒美と称して、義務と責任を押し付けるな』という話だな」


 宰相は唖然とするしかなかった。


 権力を握れば、義務と責任がある程度ついて回るのは当然のこと。


 それを承知で帝国貴族が己の握る権力の増大を求めるのは、その方が満足度が高くなるからなのである。


 事実、大きな権力を持つことによって、満たされるモノは多い。


 だがしかし、だ。


 前提となる価値観が、アサダ侯爵は違い過ぎる。


 もちろん、帝国貴族の中にも上昇志向を持たない者がいなくはない。


 だが、そのような者は奇人変人の類でしかなく、いわゆる少数派であるし、辺境の領地持ちで引き籠りな貴族は別にして、対象を帝都に居を構える法衣貴族に限定すれば、あり得ない話でしかない。


「(なるほど。アサダ侯爵はそういった価値観の持ち主なのか。だが、妥当な理由なしに、自主的に褒賞を辞退する前例ができるのは不味い。他者の目に『帝国がそれを強要した』と映っても不味いし、もし『そうするのが美徳だ!』のような価値観が蔓延すれば、洒落にならない)」


 宰相は皇帝の説明に納得しつつも、思考の海へと深く沈む。


 理由はともかくとして、客観的に戦場での働きに見合わない報酬しか与えられない前例が公然の事象となるのは、軍の信賞必罰の原則からしても許されないのだ。


 そんなことがまかり通ると、『見返りもないのに命を懸けて戦えるか? やってられんわ!』となる未来しかないのは必定。


 ひいては、民を守る貴族の立場を崩壊へと導く、国としての破滅への道である。


 それが理解できている宰相は瞬時に思考を走らせ、言葉を紡いだ。


「となると、領地を与える。建国王になってもらう。帝国皇帝になってもらう。それらは全て論外ですな。ですが、功績に報いることがない国の頂点に従う貴族はいません。その点は、古来からの歴史の証明がございます」


 宰相は一度言葉を切り、考えを纏める。


「今回のケースだと、金銭のみではどれほど額を大きくしても『功績に報いることがない国』の印象へと傾きかねません。帝国軍での階級における栄達や勲章の追加があっても苦しいでしょう」


「その通りだ。ならばどうする?」


「臣である身からから申し上げるのは、誠に恐縮ではございます。ですが、元々国そのものを譲る気があった話ですので、『陛下の権益を一部割譲する』というのはどうでしょうか?」


「失うはずだったモノに執着する気はない。だが、受け取る相手が『罰』だと感じるモノを押し付けるのは『違う』であろうよ」


「そうです。ですから、割譲するのは叙爵権と税の部分ですな。そして、本人に欲がないのであれば、事前に内諾をもらう調整をした上で、『戦果圧縮』の茶番を行いましょう。幸いなことに、それが可能な材料はあります」


 この宰相の言は、皇帝がローラ経由でジンから提案を受けた内容のうちの一つと意味合いが重なる。


 ただし、この会話には重要な意味があった。


 宰相自身が『戦果が大きすぎるのが問題? であれば、なかったことにしてしまえ!』を考えたように皇帝が誘導し、それを引き出すことに成功した瞬間だったのだから。


 もちろん、帝国軍が戦果の差異に気づき、宰相にその旨の報告が上がるように、サンゴウからの帝国軍への報告データには最初から細工がなされていた。


 それが、『サンゴウの仕業である』のは、最早言うまでもないであろう。


 とにもかくにも、皇帝と宰相との初期の話し合いで方向性が決定されたことで、事態は次の段階へと移行する。


 翌朝を迎えてから、皇帝、宰相、帝国軍上層部での事前打ち合わせが行われた。


 尚、帝国軍は腹芸ができるとは限らないため、宰相が誘導することで踊らされるピエロ役なのは秘密であった。




 論功行賞に向けての、新たな事前調整の場。


 そこで披露された帝国軍としての最終結論は、『アサダ侯爵の戦果は、多く見積もっても一千万隻相当』とされた。


 そして、各個の侵攻軍は当初の予想の五分の一、二百万隻相当であり、『それぞれの侵攻軍の規模が全て一千万隻相当だったのは誤報』と断定。


 帝国軍の言い分としては、『アサダ侯爵が各戦場へ急行し、戦果を上げたのは確かである』と、誰にも覆しようがない事実の部分だけを、きちんと認めていた。


 けれども、それはそれとして、だ。


 時間さえ掛ければ、帝国軍だけでも対処可能な案件であったこと。


 また、避難自体は終わっていたので、時間を掛けて対処しても被害が激増する案件ではなかったこと。


 その二点が主張されたのだった。


「そうであったか(こいつらは、何を言っているんだ?)」


 皇帝による帝国軍上層部の主張を追認したような発言に裏には、声には出さない考えがしっかりと含まれていたりする。


 皇帝が信じるのは、初手の段階から星系の防衛に当たった艦艇を全滅レベルで失い続け、勝てる見込みのある作戦案すら提出することができなかった帝国軍上層部ではない。


 以前の対同盟戦の実績も鑑みれば、サンゴウとそれ以外の帝国軍の戦闘能力のどちらを信頼すべきか?


 そんなモノは、最早問うまでもない話なのである。


 それでも、信じていないソレを追認のような形で肯定したのは、軍の見解が今の状況だと有用であるからに過ぎない。


 そんな皇帝の発言とは別に、宰相は宰相で『上手く軍部を誘導できた』とほくそ笑むのだけれど。


「なるほど。では、どの程度が帝国軍における褒賞として妥当か?」


 宰相はシンプルに問う。


「そうですな。功績からすると最低でも大将に昇進させるレベルではあります。ですが、二階級特進は許されません。よって、中将への昇進。ただし、『近い将来、小功でも大将へ昇進させることを内示する』としましょう。いわゆる密約ですな。今回の昇進不足は、勲章を複数与えることでギリギリですが納得できるでしょう」


「(笑わせてくれる。『納得』だと? お前らがアサダ侯爵の立場であっても、それが言えるのか?)」


 宰相ですら、そんな言葉が頭を過った。


 けれど、それを言う必要はない。


 このあたりは、皇帝が肯定した理由と同じで、黙っているだけなのだった。


 続いて、帝国軍として以外の、ギアルファ銀河帝国からの報酬の部分に宰相と皇帝が言及する。


 それは、事前に決めていたモノを披露するだけの話であり、帝国軍上層部の人間には消極的な反対の姿勢を示すことが精一杯の部分となる。


 そうした打ち合わせの終盤に、全てをぶち壊す、皇帝が内心で待ち構えていた緊急報告が届くのであるが。


 急報で、事態は一変する。


 事前調整の場に届いた緊急報告は、『アサダ侯爵が病で危篤』であった。




 皇帝は、事前にこの報告が届くことを承知しているが故にそれを心待ちにしていたのであるし、茶番でしかない打ち合わせにも耐えることができていた。


 皇帝に対して『ジンとの交渉の全て』を報告したローラの存在。


 皇帝の妃は、交渉時にジンの体調に異変があることを知らされており、それはちゃんと皇帝にも伝わっている。


 万一のことを考えて、シルクがサンゴウでベータシア星系へ向かうのをローラ経由で許可したことになっている皇帝。


 なので、皇帝はジンが病に侵された事実を知ってはいたが、既にサンゴウで治療を受けたため、快方へ向かうことを願い、宰相にすら黙っていた。


 それらが、創作の欺瞞ストーリーなのである。


「アサダ侯爵の病状。悪化してしまったか」


 急報を受けた形の演技をしなくてはならない皇帝は、ポツリと呟くような発言をしたのだった。


「(陛下の言いよう。まさか、アサダ侯爵が健康を害していて、いつ倒れるやもしれないことを知っていたのか? 知っていて、黙っていたのか? いや、今はそれを確認するより先に、しなくてはならないことがある)」


 宰相は即座に、アサダ侯爵邸への民間を含めた複数の医師の派遣と、毒物の関与も含めた徹底的な検査を、皇帝陛下へと具申する。


 そして、皇帝の許可がその場で出され、医師団の派遣が命じられたのだった。


 手柄を上げた家臣への毒殺、謀殺、を疑われる事態。


 それは、事実がどうあれ大問題になる。


 宰相の政治感覚としては、一連のそれは当然の対処であろう。


 事態は、サンゴウの計画通りに動いていた。




 緊急事態の発生によって、うやむやに終わった話し合い。


 そこから数日の時を経て、結局アサダ侯爵は病死してしまう。


 ただし、この数日の間に、皇帝と宰相は綿密な話し合いを行い、侯爵が死亡した場合のパターンも含め論功行賞の最終的な内容を纏め上げている。


 もちろん、『アサダ侯爵家の今後のお話』も、そこに含まれていたのは言うまでもない。


 それらの全てが、前話の論功行賞での皇帝の発言に繋がって行くのである。




「(さて、最後の仕上げと行くか)」


 ジンの身代わりとして、皇帝陛下が発表する論功行賞の内容を黙って聞いていた勇者シン。


 新たなアサダ侯爵は、自身が発言をせねばならないタイミングを、間違えることはなかった。


「皇帝陛下、臣下としての発言をお許しください」


 シンの言いように、皇帝は『噴き出しそうで苦しい』がバレることがないように耐える。


 そして、シンに発言の許可を与えるのであった。


「私は兄の爵位を受け継ぐことになり、論功行賞のこの場で、兄の成した功の褒賞を代理で受ける身となりました。ですが、私個人は未だ、『ギアルファ銀河帝国への貢献があった』とは言えません。そこで、今回の『災害』とも言える宇宙獣に荒らされた地域への『援助』を以って帝国への貢献をしたい。具体的には、金銭の部分を無利子の五百年分割での受け取りを提案したいのです」


 褒賞を受け取るのを辞退することは、許されない。


 しかし、受け取るにしても、ギアルファ銀河帝国の負担を和らげる方法は存在していた。


 加えて、それを選択する大義名分も用意したのが、シンの発言の主旨となる。


 シンが皆まで言わずとも、受け取るまでの猶予期間に、その金銭を復興資金に充てるのは式典に参加していた誰もが理解したのであった。


 皇帝は宰相に声を掛け、『シンからの提案内容に問題がないか?』を確認する。


 皇帝個人としては、全てがサンゴウの作り上げたシナリオ通りに進んで行くのが可笑しくて堪らない。


 それでも、ここで笑い出すワケにも行かない。


 ギアルファ銀河帝国の頂点に君臨する男が、ただひたすらに笑いを堪えていたのは些細なことなのである。


 そんな事態の流れの中、宰相から『問題なし』の回答を得て、皇帝はアサダ侯爵の帝国への貢献を褒め称え、提案を受け入れる。


 かくして、論功行賞は全て終了した。


 まさに、死人に口なし。


 故人となっているジンが異議申し立てをできない状況を作り上げ、その上で功績を圧縮。


 更には功績に見合う褒美をも圧縮して、見事に妥当な線へと落とし込む。


 サンゴウの計画は、完璧に成功したのだった。


 全ての真実を知る者は、提案したサンゴウを除けば、シンの家族とオレガ、レンジュ、皇帝、ローラだけとなる。


 サンゴウの提案はシンの勝利条件を叶えただけのものであり、手段を選ばない酷く乱暴な方法であった。


 それでも、不満を持つ者が誰もいないので、これはこれで良いのである。


 今後の展望としては、数年待って成人後のノブナガにアサダ侯爵家の当主の座を譲ってしまえば、シンとしてのジンは完全に『お役御免』となれる。


 そして、いざその時が来れば、シンの軍からの退役までも予定しているサンゴウの計画。


 それは、この時点において何の問題もない。


 だが、優秀なサンゴウによって考え尽くされた計画を以ってしても、見落としの部分は存在している。


 サンゴウには、『勇者ジンの体質』というか、『運命』というか、とにかくそういったモノへの視点が欠けているのだから。


 勇者の肩書を持つ人間に対して、そう簡単に平穏な時が訪れるのか?


 否!


 断じて否である!


 しかし、一時的な平穏を手に入れることくらいは、勇者にだって許されても良いのであろう。


 そんなこんなのなんやかんやで、鉱物生命体による大規模襲撃の事案は全て終了となり、冒頭の宙域をサンゴウが航行している状況へと繋がって行くのだった。




 シンは傭兵ギルドで受付嬢とのやり取りから、傭兵としてのランクを失った事実を知り、意気消沈して自宅へと戻った。


 しかし、自宅でのイチャコラする充電期間を過ごしていると、傭兵ギルドのギルドマスター、マスギルからの通信が入る。


「サンゴウほどの高性能艦を、低いランクでしか受けられない案件で無駄遣いするのはもったいない。よって、ギルドマスターの権限で『中級下の仮免許扱い』にするから、相応に働いて欲しい」


 マスギルの通信の主旨は、鉱物生命体によって滅んだ自由民主同盟の最終的な支配宙域全般に蔓延る、賊の掃討なのだった。


 このお願いベースの依頼は、ギアルファ銀河帝国の版図の復興開発の一助にもなり得るし、賊が次々と流入してきて駆除する相手に困らず、傭兵ギルドのランクを上げやすい。


 マスギルの特別措置は、サンゴウの戦闘能力を勘案しての、『依頼の対象を賊狩り関連に限って中級下までの依頼を受けられるけれど、シンの立場自体は見習いからのスタート』というモノ。


 しかし、駆除する賊の数が多ければ、功績を積み上げるのは早くなる。


 戦闘の実績がない現状のシンでは、どのみち信用の問題から護衛や輸送だと優遇は受けられない。


 マスギルの提案は、シンにとっても非常に都合が良かった。


「さっさと賊をどんどん狩って実績積んでくださいね」


 モニター越しのマスギルの顔には、言葉には出さない前述のような発言が書いてあるかのようだったのは些細なこと。


 つまるところ、傭兵ギルドの打算丸出しの優遇措置なのであった。




「お、またそれっぽいのが探査魔法に引っ掛かったぞ。サンゴウはどうだ?」


「はい。おそらく同じ対象を探知できています。既にそちらへ向かっていますよ」


「マスター。退屈ですー」


「キチョウがやるとサンゴウの撃墜スコアに記録上ならんからなぁ。ランク上げが終わっていれば『鹵獲品さえあれば良い』で任せても構わないんだが。まぁしばらくは我慢してくれ」


 キチョウの種族的な進化は神龍で止まるハズであった。


 故に、どん欲に戦闘での経験値を稼ぐ必要はない。


 そのハズなのだが、何故かキチョウは自身の更なる進化の可能性を、より鋭くなった勘によって感じていたりする。


 そうした前提での発言だったのだが、あっさりと却下されてしまえば、無理に急ぐ必要がある事柄でもない。


 サンゴウが見敵必殺をしている傍らで、キチョウはシンから魔力をもらって、大人しく寝ていることにするのだった。




 そんな感じの賊狩りを三か月ほども続けたシンとサンゴウ。


 順調に撃墜スコアを稼ぎ続け、仮免許ではなくなる程度の実績を上げる。


 やって来る端から片付けていたので、賊が持っていた財貨は少なく、あまりお金にはならなかったけれども。


 まぁ、そんなことをしていても、シンの持つ勇者の運命力が、事案を引き寄せてしまうのだけれど、そのあたりは勇者的な予定調和なのかもしれない。


「艦長。小型の高速移動中の物体から微弱な通信波のようなものが出ています。ただし、通信内容はわかりません」


 こうして、勇者ジン改め『勇者シン』となった男とサンゴウは、『サンゴウが捻り出した艦長の望みを叶える案』を実現させ、事態を収めることに成功した。

 傭兵ギルドのランクについては、ギルドマスターのマスギルによる特別措置で、早急にランク上げに勤しむ動機ができてしまう。

 その流れから、銀河の外縁部に近い宙域に居座り続けたことで、新たな事態に遭遇する。

 通信波を垂れ流しながら高速で移動する物体は、はたしてシンたちの一行に何をもたらすのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 ローラのお忍び電撃訪問を受ける原因となった一部軍人の暴走案件の結末が、皇帝決裁による割と広範囲の『連座処刑』とされていたことを知って、今更ながらに皇帝へ権力が集中しているお国柄への恐怖を感じた勇者さま。

 ロウジュやシルク、サンゴウにそのあたりの感じ方、いわゆる感覚の違いを打ち明けて見ても全く賛同が得られない事実に、驚くしかないシンなのであった。

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