救国の英雄の死と、論功行賞の開始
~ギアルファ銀河ギアルファ星系第四惑星の大気圏内(首都星の海上)~
サンゴウは、ギアルファ銀河帝国の首都星の海上にて、艦長を二十メートル級子機で自宅へと送り出した状態から、そのまま待機へと移行していた。
次にサンゴウが首都星を出るのは、本来であると早くても『自宅にて病床に就いている艦長』への論功行賞が終了してからになるのだから。
ただしそれは、だ。
全てが何事もなく、すんなりと行った場合に限られる。
サンゴウから見た今の艦長の状況は、いろいろな意味で危うい。
よって、少々先の、未来も含むアレコレについては『全てが何事もなく』を期待できるはずもなかった。
そしてそれは、現実の事象として降りかかることになる。
そうした理不尽を避けるためにサンゴウが提示した案は、残念なことにこの段階だとまだ途中。
つまるところ、完全に有効な状態になってはいなかったのだ。
鉱物生命体の大規模襲撃による、ギアルファ銀河帝国の絶体絶命レベルの危機。
それを、『『ほぼ』単独艦の、火力と移動能力を以ってで救った』とみなされている生体宇宙船サンゴウ。
ただし、事実は異なる。
艦長である勇者ジンがサンゴウやキチョウとは関係なしに、その身に宿す個人の力のみで戦った結果が多大に含まれているのだから。
そのような戦果の内訳の真実の部分を、帝国軍はもちろん、皇帝やローラですらも正確に理解しているはずがなかった。
よって、そのような実績を積み上げたことになっているサンゴウの、現在の状況はどのようなものであろうか?
その答えは、なんと『帝国軍の海洋における軍艦と、大気圏内用の航空戦力に、遠巻きで包囲されている』だったりするのである。
また、サンゴウは艦長の自宅が帝国軍の軍人たちと思われる集団から、襲撃を受けている真っ最中であることも、艦長にくっついている子機経由で把握していた。
それ故に、だ。
襲撃者の外見や使用兵器の情報から『帝国軍の軍人』と推定されるため、早急に状況を確認するべく、サンゴウは当然のように通信回線を開こうとする。
しかし、通信は妨害されており、不通であった。
まぁ、サンゴウは自前の防御フィールドを既に展開しているため、エネルギー切れにでもならない限り、相手が帝国軍程度であれば何の問題もない。
もし、現在位置に留まること自体が危機的な状況となるのであれば、サンゴウは大気圏外の宇宙空間へ出る選択をしても良いのだから。
それはそれとして、旧アレフトリア公爵邸であった今のアサダ侯爵邸は、元々外部からの襲撃に対する備えがそれなりに高いレベルで維持されている。
ギアルファ銀河帝国では軍用規格の装備が厳格に管理されているため、アサダ侯爵邸に押し寄せた襲撃者たちが手にしている装備の攻撃力が限定的であるのも幸いしていた。
潤沢な装備を準備することが可能な貴族階級の人間は、誰一人としてこの事案に『関与せず』を貫いたのもその一因であろう。
つまり、この事案に関与していたのは、平民階級出身の軍人のほんの一部でしかなかった。
まぁ、分母がすごくデカいだけに『ほんの一部』でも、それなりの規模になってしまうけれど。
こうした行為が皇帝陛下の逆鱗に触れることを理解できる、いわゆる貴族階級の判断をした人間は、自家の一族郎党の全てが連座となり得る行動に、出るはずもなかったのだ。
そのような事情もあってか、襲撃者たちの火力はそもそも『それなり』でしかなかった。
加えて、彼らの最優先目標であろうサンゴウの所有者本人がべらぼうに強いだけに、殺害が成立する可能性は絶無だし、その所有者本人が万一亡くなった場合に、所有権の移動先となり得る人たちは、最強の守護者の勇者と子竜の姿に化けている神龍のキチョウに守られている状況。
襲撃者側の奇襲となった、初手のアサダ侯爵邸の敷地内への侵入。
元々邸宅に備わっている自動防衛機構の迎撃により、その半数ほどが短時間であっさりと無力化されてしまった時点で、襲撃者側の敗北は決まっていたのかもしれない。
事実、サンゴウは艦長の魔法により襲撃者の全てが生命を奪われることなく完全に無力化されて捕らえられて行くのを、子機経由で観察し続けることになったのだから。
とにもかくにも、一部の軍人たちの暴走による事案発生が鎮静化すれば、事態は次の段階へと移行するのであった。
「ジン。ごめんなさい。言い訳にしかならないけれど、『サンゴウを手に入れさえすれば、成り上がることができる』と考えた馬鹿が勝手に動いたのよ。帝国軍内の派閥争いで、かなり不利な状況になったとある中将の一派がそれ。そんな彼らが、起死回生の一手として暴走したの。実際に彼らが動いてしまう前に、察知と処理ができなかったのはわたくしたちの落ち度以外のナニモノでもありません。本当に申し訳ない」
シルクがプライベートの直通回線を使って連絡を入れた結果、ローラが単身のお忍びでジンの元へとすっ飛んで来た。
ちなみに、この段階でもローラを含む皇帝側は、サンゴウが包囲されている事実には気づいていない。
それらの部隊は複数の演習への参加が届け出をされていて、あくまで軍事行動中の扱いであり、サンゴウからの通信が妨害されていることで事態は未だ発覚していなかったからだ。
むろん、サンゴウが本気になれば、知らせる手段などいくらでもあった。
けれども、それをしなかったのは、サンゴウが動くことで『誰かが、ジンとサンゴウの新たな罪状を生み出す行為』を想定していたから。
どこからどこまでが、相手側の計画の範囲なのか?
それがわからない以上、積極的に動くデメリットについてを、生体宇宙船の有機人工知能は冷徹に思考していたのだった。
もちろん、それらは結局のところ『相手側の実力行使が取るに足らないモノでしかなかったこと』も大きく影響しているのだけれど。
要するに、『完全な舐めプ』でもあったワケだ。
サンゴウ的に、『大前提として『現状の騒動がどう転んでも、艦長に有利な交渉材料になる』と判断していた』のは、あまり公言したくない秘密となる。
まぁ、サンゴウ側の事情はさておき、ローラがアサダ侯爵邸を訪れたことで事態は動く。
ジンは話し合う姿勢を、この段階で放棄する気はなかった。
「言葉では何とでも言えますが、ま、謝罪は受け取りましょう。『シルクや娘のハツも襲撃対象であるのを、ローラさまが許容するとは思えない』ってのも信じる材料になっていますけれどね」
「それはもちろんですけれど。でもそれを抜きにしてもアサダ侯爵、いえ、ジン個人とサンゴウの両者を敵に回す気は、わたくしにはありませんよ」
「そうですか。それはそれで、一旦脇へ置きましょう。今の状況は密談をするのに適していますので」
「ここで『密談』ですか。ところでジン。貴方は何故、ベッドに横たわったままなのかしら?」
ジンはベッドの上で上体を少し起こしている形であり、ローラの目には病院に入院している患者を連想する光景が映っていた。
それ故のローラの発言だったのだが、そのタイミングでジンは咳き込み、少量の吐血さえもしてしまう。
「えっ? ジン。貴方、どこか悪いの? 医者は? すぐに医者を呼びましょう」
「あー。平気ですよ。これ、演技ですから」
ジンは『してやったり』という表情で、あっさりと演技であることを告げた。
無言で状況の推移を見ているしかないこの時のシルクが、それについてで渋面を浮かべていたのは些細なことであろう。
皇妃ローラの電撃訪問によって成立してしまっている、ジンとローラの密かな話し合いの場。
シルクは同じ部屋にはいるものの、その会話自体に参加する気は全くなかった。
肩書がアサダ侯爵の妾でしかない女性は『場の提供者』というだけの立場に、最初から最後まで徹するつもりだったのである。
まぁ、少々未来の結果だけを先に言えば、『そうはならない』のだけれど。
「何ですって?」
「あとでちゃんと、事情を説明しますよ」
「そう願いたいわね」
「で、密談なのですけれどね。単刀直入に問わせていただきますが、『私の処遇』はどうなりますか?」
何についての処遇か?
それが明確にされていない問いであるにもかかわらず、ローラはジンの問いの意図を正確に察することができていた。
むろん、ここでそれを察することができないようでは、『ギアルファ銀河帝国の皇妃』などという立場が務まるはずもないだけに、それは必然であるけれども。
「その件ですか。帝国軍が帰還してからの論功行賞。正直なところものすごく頭が痛いわ。わたくしたちの、現時点の基本方針として、『ジンと皇帝陛下との事前の約束』を履行するつもりでいます。万難を排して、それを押し通すつもりがあります。ですが、それでは帝国は乱れるでしょう。付け加えると『ジンならば、その理由は理解できる』と、そのように考えていますが、どうなのでしょうね?」
「はい。『十分に報いたことにはならない』とか、言い出す愚か者が出て来るのでしょう? 代案がないくせに『悪しき前例を作るつもりですか?』と主張する無能が、おそらく騒ぎ立てるのでしょうね」
「ええ。その通りです。皇帝陛下の力で押し通しても、国内のあちらこちらに不満の種が燻ることでしょう」
「(まぁ、予想通りだな)」
そんな呟きを、ジンは心の中でこぼした。
声に出さない言葉は、それだけではない。
「(こちらとしては、『で、それがわかっている帝国としての、この案件への対処はどうするんだ?』が知りたいだけなんだが)」
黙り込んでいるジンに対して、ローラは更に言葉を足す。
どのような発言をしても、騒ぎ立てるバカがいない場は貴重であり、密かに話を纏められる現状のような機会が、他にもあるとは限らないのだから。
「ジン。貴方は何を望みますか? 『約束さえ守られれば、それで良い』でしょうか? それとも、『約束と別の案を、わたくしがこの場で帝国として提示して、すり合わせを行うこと』が望みですか? 一応、陛下はこのような事態も想定していて、事前に別の案もわたくしに託してはいます。ですが、陛下は『自ら約束を破ることを良し』とはしません。ですから、ジンの望みが。本音が知りたいですね」
「なるほど。今のは『帝国として困っているから、自主的になんとかしろ』という圧力なのですか?」
「そのようなつもりではありません。ですが、ジンにそう受け取られても仕方がないことも理解していますよ。別に逆ギレとかではありませんが、『では、どうすれば良いの? どうなれば納得するの?』と言いたくはなります」
シルクにとって、『実母』と言っても過言ではない相手であるローラが、今まさに苦悩している。
苦悶の表情。
そんな表現が相応しい表情を、見せられてしまうと同室で控えているだけのシルクは、いたたまれない気持ちになってしまう。
静かにローラを見つめたまま、まだ何も語ろうとしないジン。
シルクは、夫のやり方とローラの状況を、さすがに見かねる。
本来、シルクが口を出して良い話ではなく、首を突っ込んではならない事案。
それを、未来の皇妃となるべく教育を施された過去を持つ女性はきちんと理解していた。
また、自身の感情を抑える術だって学んではいる。
だがしかし、だ。
それでも、ここは『私的な場』なのである。
この場にいる全員が不満を持つことさえなければ、シルクが口を挟んでも許されるのだった。
「貴方。ちゃんと腹案があるのに、試すような真似はもうやめにしませんか? わたくしの心が苦しいのです。もう収めてくれませんか? お願いします」
シルクの率直な発言。
このように言われてしまうと、ジンとしては折れたくもなる。
そもそもがへたれであることもあり、嫁の意向には弱い勇者なのであった。
「わかったよ、シルク。だがね、『帝国の覚悟』というのを知るのも大事なことなんだ。ローラさま。『完全に丸く』とは行かないかもしれません。それでも、私に腹案があるのは事実です。ですがまず先に、『皇帝陛下の別の案』というのを教えていただきたいですね」
「良いですよ。それは『禅譲案』です。具体的な方法としては二つ。一つは現皇帝陛下が上皇となり、ジンに皇帝になってもらう方法。これは、ジンの意向次第で、現皇帝陛下が上皇として政治をするも良し、相談役のみに徹するも良し、完全隠居でジンが自由に皇帝として振舞うも良し。そのような方法ですね」
「なるほど」
ジンは相槌を打ちつつ、『禅譲案』なるモノが、サンゴウの知識によるとデルタニア星系では実現しなかったことを思い出していた。
その間にも、ローラは語り続けるけれど。
「もう一つの方法は、『現皇太子を新規の公爵家として臣籍に入れ、他の皇子も全員臣籍とすることで、第八皇女が嫁ぐことになっているジンの長男のノブナガを次期皇帝にする』という方法です。もっとも、これの実現には時間が必要。ですが確定事項として、大々的に公布する形にします。ああ、もちろん、最初のジンが皇帝になる方法でも現皇太子、皇子の扱いは二つ目の方法と同じで構いません。先に言っておきますが、この方法については関係者全員からの内諾を既に得ています」
「よくもまぁ『関係者全員からの内諾』なんてモノが得られましたね。大して時間の余裕もなかったはずですのに」
皇位継承権を持つ人間は、結構な数がいたりする。
故に、ジンは内諾をもぎ取ったであろうローラの手腕を、純粋に評価するし、称賛していた。
「苦労はしましたよ。ただ、貴方とサンゴウが成した働きに比べると、難易度が違い過ぎて恥ずかしい限りですけれどね。さて、陛下は『ジンが国を興すことも、皇帝の地位を帝国丸ごとの形で譲り受けることも望むとは思えない』とも仰っていました。それに加えて、『ジンにとってのそれらは、『褒美』というよりは『罰』に感じるのではないか?』ともね」
「ハハッ! さすがですね、皇帝陛下。私には『自分の国』は必要ありませんし、『皇帝になりたい』なんて思いもしませんよ。確かに、『何その罰ゲーム。そんな褒美は要りません!』が本音です」
このような会話の流れで、ジンは帝国の、いや皇帝と皇妃の覚悟の大きさを、改めて思い知った。
それは、ジン自身にとって嬉しいモノではなくとも、差し出せるモノは全て差し出す姿勢であろう。
ジンとしては、その心意気を買うし、一定の満足感だって得られてしまう。
つまりは、それに応えたくもなるワケであり。
かくして、デタラメな戦闘能力を持つ勇者は、サンゴウが考えて提示した案を、ローラに披露していくことになる。
まさかのジンからの提案に、ローラは驚愕するのだった。
「(でも、その案ならば。これは、イケル!)」
ローラによる、政治判断が下された瞬間であった。
それは、入念な根回しが必要とはなろう。
けれども、それさえすれば、確かに実現可能な提案だったのだから。
そうして、ローラはジンの演技の意味をわざわざ説明されなくとも、悟らされてしまう事態が発生したのだけれど。
密談が終わって、ローラは急ぎ夫である皇帝の元へと向かう。
その状況下において、シルクは一人で二十メートル級の子機に乗り込み、サンゴウへと向かった。
シルクに与えられた役目は、最短最速でベータシア星系へと向かい、そこから帝都へ戻って来ることなのだから。
ちなみに、シルクの乗っていたそれは、帝国軍にローラからの許可があることを通信波で垂れ流しつつ包囲網を突破して、サンゴウへの緊急着陸を果たした。
また、ジンはジンで『自宅での療養待機』と見せかけて、転移でこっそりとサンゴウに直接乗り込む。
ただし、アサダ侯爵邸のジンのベッドの上には、サンゴウが造り上げたダミーのジンが、収納空間から取り出されて横たわっていたけれど。
尚、ローラの働きかけによる許可が出たことで、サンゴウが帝国軍の包囲を無視して海上から緊急発進してしまったのは、些細なことなのである。
ローラは宮廷に戻り、忙しい夫と密談をする時間を捻出する。
そんなローラに、ジンとの交渉についてで全権を預け、任せていた皇帝。
ギアルファ銀河帝国のトップに君臨している男は、ジンから提示されてローラが許諾した案の内容を知ってまずは驚く。
もちろんそれだけで済むはずもなく、最初の驚きに続いて、腹を抱えて笑い転げた。
「ジンはそこまでして、責任ある立場から逃れたいのか! 良かろう。ならば全力で協力してやるぞ!」
やる気を出した皇帝は、ローラの目から見ても、先ほどまでは重く圧し掛かっていたはずの苦悩から、確かに解放されているように映ったのである。
そんなこんなのなんやかんやで、数日後には『ジンの病による危篤状態のニュース』が公表され、首都星は、いや、ギアルファ銀河帝国は騒然となった。
救国の英雄がそのような状態にあると知り、帝国の国民はジンの回復を祈る。
しかし、更に数日の時を経て、皆の祈りも虚しく、ジンの病死が公式に発表されたのだった。
そして奇しくも、その日は帝国軍が鉱物生命体との戦いの場からの、凱旋を果たした日でもあった。
もちろん、実際にジンが死んだワケではない。
ジンの葬儀の準備が進められており、アサダ侯爵邸の一室には、安置してある遺体がきちんとあるのだが、それはサンゴウが造り出した『精巧な偽物』となっている。
ジン本人は収納空間から取り出した、ファンタジー世界産のアイテムである『変化の指輪』を装備しており、髪の色と瞳の色を少し変化させた容姿を得て、何気に普通に生きているのだ。
ジンの弟、『シン』としての立場で!
帝都から遠く離れた、辺境の宙域にあるベータシア星系主星。
ベータシア伯爵領の主星の、広い海のとある位置にある小さな孤島。
そこには、オレガが個人的に所有する無人の、隠れ家的な別邸がある。
シンは以前からそこに住んでいたことに、記録上はなっているのだった。
ギアルファ銀河の片隅でひっそりと行われたのは、いわゆる情報の捏造と口裏合わせである。
サンゴウに乗ったシルクと同行する形で、ギアルファ銀河帝国における手続き上は密航状態でこそっとベータシア星系に向かったジン。
忍んだ状態の男は、航行途中に転移でオレガの元へと飛び、ローラが詳細を語る映像通信記録による指示が入ったデータキューブを渡す。
加えて、自身の口からも説明を行い、口裏合わせを完璧に仕上げるのだった。
そうこうしているうちに、シルクとサンゴウがオレガの元に到着する。
シルクの訪問の名目は、『危篤状態にあるジンのところへ、弟のシンを連れて行くこと』なのだった。
そんな流れで、オレガ、レンジュ、ノブカネ、シンの四人をサンゴウに乗せ、シルクは帝都へと急ぐことになる。
ちなみに、名前が初出となる『ノブカネ』とは、ジンとリンジュの間に生まれた第一子であり、次期ベータシア伯爵だったりするのだけれど。
ただし、だ。
ジンを含む四人の大人たちの視点だと少しばかり心苦しい話になるのだが、まだ子供であるノブカネには『秘密が守れる』とは思えない。
そのため、ジンは姉夫の弟の『シン』としてノブカネに接することになってしまったのだが、そのような事柄は大勢に何も影響しない、些細なことであろう。
往復で十日を超える航程を消化し、最速最短でサンゴウは帝都に戻った。
いつも通りに首都星の海上に着水したサンゴウは、これまたお馴染みの二十メートル級によってシルクを筆頭とする五人の一行をアサダ侯爵邸へと送り出す。
今回の案件でのサンゴウのお仕事は、当面ここまで。
よって、生体宇宙船は、海上でしばらく待機となる。
それはそれとして、この時点だとアサダ侯爵であるジン(の偽物)は、自宅にてもう亡くなっている状況。
ロウジュたちは、葬儀の準備の真っ最中なのだった。
その状況下で、ジンの実弟のシンは、ジンの遺言に従う。
シンは中継ぎの侯爵として、『アサダ侯爵家の当主』となり爵位を受け継ぐことになっているのだ。
そして、いわゆる『遺言』を履行するその手続きは、即座に行われたのである。
尚、本来ならば『アサダ侯爵』の継承権第一位のはずだったノブナガは、まだ未成年であることもあり、『成長を待って、然るべき時期にシンからノブナガへと当主を交代する予定』とされた。
加えて、ジンの弟のシンは独身であるため、皇帝の命により、ジンの第一夫人から第四夫人までの全てと、政略結婚をすることが決定される。
ここらあたりは、『アサダ侯爵家の財産や権利の散逸を防ぐ』という、いかにもな理由付けでの、専制国家万歳の皇帝陛下によるゴリ押しの形での処理となってしまう。
もちろん、『国としての大恩がある故人の夫人たちからの要望を、皇帝が温情と誠実さを以って叶えた』と、帝国の記録上は記載されるのだけれど。
まぁ、実態がそれに反していないので、これについては何も問題などない。
とにもかくにも、シンたちが首都星へと到着し、ベータシア伯爵夫妻も帝都に揃ったことで、ジンの葬儀は滞りなく終わる。
かくして、ジンからシンへの相続の手続きも全て終わったあと、先延ばしにされていた論功行賞がようやく行われる運びとなるのだった。
架空の弟の『シン』に成りすましているジンは宮廷に呼び出されて、亡くなったジンの代理として褒美を受け取る場に臨むのであった。
当然、今回の事案での論功行賞の功績第一位は、故人のジンとされる。
だが、今回のケースは事前の調整で皇帝と宮廷の文官たち、そこに軍部が加わる形で、それはもう盛大に揉めた経緯があり、先に細かい説明が不要な帝国軍へ論功行賞が行われる『極めて変則的な進行』とされたのだけれど。
そのような流れで、功績の順位付けと、いわゆる褒美の部分が次々と発表されて行く。
そうして、ついに『特別案件』とされた故人であるジンへの、論功行賞の説明が皇帝から開始される事態へと至るのだった。
「(陛下。頼むから上手いことやってくれよー)」
この時のジンの心の中での呟きは、やむを得ないモノであったのは間違いないであろう。
皇帝陛下直々の説明文の読み上げから始まる、論功行賞における特別案件。
それは、まず、概要の部分となる状況の説明から始まった。
故人となった前アサダ侯爵の死因は『病死』であること。
毒殺、謀殺が疑われることがないよう、複数の医師により検死が徹底的に行われていること。
その検死結果によると、『不自然な点は一切なく、病死なのは確定である』と証明されていること。
以上の三点が、最優先で明確にされる。
これは、『報酬を与えるのを渋っての、暗殺の類である』という疑念を払拭するために、どうしても避けられない絶対に必要な部分であった。
次に、明言されたのは、故人の爵位の継承先について。
まず、前アサダ侯爵の自筆遺言書及び、記録映像が存在しており、これらへの入念な検査が行われたこと。
その検査により、『偽造、捏造はあり得ない』と断定されていること。
よって、前アサダ侯爵が受けるべき論功行賞を、代理として現アサダ侯爵に対して行うこと。
そのような部分が説明された。
そして最後に、だ。
最も重要な『戦果の認定』の部分へと、皇帝の言が及ぶ。
事前の密室で行われた話の一部をここでぶっちゃけてしまうと、実はこれが一番揉めたところだったりする。
何故なら、ギアルファ銀河帝国の認識によれば、ジンとサンゴウは帝国軍とともに戦った作戦行動以前に、ベータシア星系を襲った鉱物生命体の一集団を撃滅しているのだから。
結局のところ、その点についての結論だけを先に述べると『今回の論功行賞には含まない』という扱いにされてしまったのだけれど。
むろん、あとあとになってから揉めないように、そう扱うことについてもきちんと言及される。
その事案については、ジンに対する皇帝自身からの命令が出されることなく、アサダ侯爵が休暇中にベータシア星系へと向かい、偶発的に遭遇した義父が統治する星系の危機的状況を『自主的に救援した』と判断が下されたのだった。
その事案が解決したのちに、別途皇帝からの命令が出た『七つの敵の軍勢に対しての、殲滅作戦』への従事。
その作戦行動時の戦果に関して、アサダ侯爵から口頭で出されたモノ、すなわち記録映像などの客観的な物証が存在しない部分については、確認方法がない。
故に、それを無効とすること。
帝国軍近衛艦隊所属の自由遊撃艦サンゴウから、提出された戦闘記録のみを以ってジンの功績にカウントする戦果とすること。
以上の内容が皇帝に朗々と読み上げられ、説明された。
続いて、いよいよ褒賞の部分が示される運びとなる。
皇帝からすると、まさに正念場であろう。
「ギアルファ銀河帝国が臣。アサダ侯爵は今回の事案における功により、少将から大将へ昇進、進金勲章、突金勲章、破金勲章を授与とする。これら全てを現アサダ侯爵が代理として受け取る」
皇帝は褒賞について言及したわけだが、むろんこれが全てであろうはずはない。
まだまだ、続きがちゃんとあるのだ。
参加者も、それを場の空気でちゃんと感じている。
そのため、真摯に聴く姿勢を崩すことはなかった。
「本来、陞爵があって当然の功績ではあった。だが、我が帝国では皇族以外には公爵位を認めていない。そのため、現アサダ侯爵へは、陞爵の代わりとして『法衣伯爵の叙爵権』と、『法衣子爵の叙爵権』に加えて、『法衣男爵の叙爵権』を各一家分、永代権として認める」
実はこの部分だけで、ギアルファ銀河帝国の貴族からすると『びっくり仰天の褒賞』なのだが、これでもまだ終わりではないのが今回の案件の恐ろしいところであろう。
「そして、金銭にて十兆エンを与える。更に、納税義務を五百年間免除する。ただし、免除対象は現在保有している権益のみを対象とする」
金銭報酬に話が及んだため、『これで終わりかな?』という空気感が一瞬ながら場に生じてしまった。
けれども、皇帝は仕種とその身に纏う威厳によって、それを覆すのだけれど。
「最後に、これは褒賞とは少し違うが、ギアルファ銀河帝国として明言しておかなければならない部分を、この場で告げておく。帝国軍近衛艦隊所属、独立遊撃隊、単独遊撃艦サンゴウの所有権はそのまま現アサダ侯爵に引き継がれている。そのため、前アサダ侯爵が艦長をしていた時と同様に義務と特権をそのまま引き継ぐものとする。尚、サンゴウには超技術による独自の人工知能が搭載されており、正統な後継者が存在しなくなった場合には、無人状態のままこの銀河から去ってしまう。赤の他人がサンゴウを手に入れることは不可能であることを理解しておくように。また、ギアルファ銀河帝国がサンゴウを失う原因を生み出す者が出てしまった場合は、『一族郎党の族滅程度では生温い』と感じるレベルの苛烈な罰を処すこととする。さて、以上の全てを以って、故人となった前アサダ侯爵の今回の事案に対する功績に、ギアルファ銀河帝国は報いるモノとする」
以上の内容の褒賞が皇帝の口から語られ、示された。
論功行賞の場にいた参加者全員が驚きを隠せず、誰もが絶句状態に陥っている。
広大で豪奢な式典用の会場は、まるで時が止まったような静寂に包まれていた。
まぁ、皇帝陛下が語った内容に、参加者の全員が驚くのも無理はない。
まず、『生者への二階級特進は許されない』という帝国軍における不文律があるのだが、『戦死ではないジンにそれが適用された』という初の事態となったこと。
ただし、だ。
これは『既にジンが亡くなっている』という点と、通常の人間で耐えられるはずもない高速航行で戦場間を移動し、身体への負担が著しく重かったことが、容易に類推されたため、『そうした状況が過労へそして、病の進行へと繋がった可能性が極めて高い』と指摘された点の存在がモノを言った。
その二点が考慮され、『今回の特進を今後の『前例』として使うことは絶対に許されない』との条件付きで適用とされる。
日本で言えば『過労による労災に近い扱い』と言えばわかりやすいだろうか。
そして、皇帝のみの特権であった叙爵権を、『数に制限がある』とはいえ永代権として認められたことは『皇帝の権益の割譲』を意味してしまう。
また、納税義務の免除も、それは同じであろう。
つまるところ、帝国として出せる褒賞としては破格のモノであり、『過去に前例など全くない、異例尽くしの内容』となっていたのだった。
けれども、このような内容のモノが、簡単に何の問題もなく決まるはずはない。
現実として、過去の事象の推移がそれを証明する。
「陛下、質問をお許しください。先ほどの『提案が蹴られた』というのは、初期の段階でアサダ侯爵に対して陛下がされた約束部分もですか? もしそうだとして、その理由は何でしょうか?」
宰相から前述のような至極当然であろう疑問が飛び出す、論功行賞の式典の遥か以前の段階での、大揉めに揉めた密談は確かに存在しているのである。
こうして、勇者ジンとサンゴウは、『サンゴウが捻り出した艦長の望みを叶える案』をローラ経由で皇帝の元へ届けることに成功した。
また、ジンとその家族を抹殺することで、『サンゴウを奪取しさえすれば、戦場の功績で成り上がることができる』と安易に考えてしまった頭の足りない一部の軍人たちによる暴発騒動は、サンゴウの性能と勇者の魔法、元々の屋敷に備わっていた防衛能力によってあっさりと打ち砕かれる。
それが、皇帝の口頭によって、サンゴウの所有に関係する部分の、明確化と喪失時の厳罰が周知される事態へと繋がってしまった。
ジンは死亡したことにされ、与えられる報酬には文句が言えない死人に口なしの状態とされた上で、その張本人は『シン』として、のうのうと生きて行く形に落ち着く。
では、どのような経緯で、ジンへの報酬は最終決定されたのか?
今後ジンがシンとして生きて行くことには、本当に何も問題はないのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
シンと名乗るようになってから、初めて傭兵ギルドに顔を出してみて、その時になってようやく気づいたギルドのランクの問題で、茫然とならざるを得なかった勇者さま。
ギルドの受付嬢から、『サンゴウが高性能艦で、それをシンさまが今後ジンさまに代わって運用することは理解しました。そのように登録しておきます。けれど、傭兵のランクはあくまで個人に紐づけされていて、そのランクに艦は無関係なのをご理解ください』と言われてしまい、ランクの上げ直しの大変さに思いを馳せて、ゲンナリしてしまうシンなのであった。




