憂いが残る勝利と、巨大な武勲へのそれぞれの不安
~ギアルファ銀河ギアルファ星系第四惑星へ向けて航行中(首都星海上への着水まで残り十時間)~
サンゴウは全ての戦場から離れ、首都星へと針路を向けて全速航行中であった。
ウミュー銀河から攻め寄せて来ていた宇宙獣の大群。
その、ほぼ全てを粉砕し終えた最強コンビと神龍一匹の組み合わせの一行は、残敵掃討を含む後事をまるっと帝国軍に任せて今回の案件における戦闘行動を既に終了としている。
そのように移行した理由は、時間効率の問題と帝国軍への気遣いの二本立てが主なモノであったのは、ジンとサンゴウだけが知る秘密であった。
では、前話段階だと戦闘状況は終了しておらず、ジンはローラから怒りの感情をぶつけられている状態であったはずなのに、どのようにしてこの状況へと至ったのか?
時系列を戻して、物事の流れを順に追ってみよう。
ジンはサンゴウへ自身が休息に入ることを告げたのちに、あっさりとサンゴウの船内から長距離転移魔法を行使することで姿を消していた。
勇者が休息する場所に選んだのは、サンゴウ内にある艦長用の私室ではなく、ギアルファ銀河帝国の首都星にある自宅だったのだ。
「ロウジュ。まだ途中だけど、一旦戻ってきた。あとでまた出る。シルク。ローラさまへと、すぐ連絡が取れるか?」
熱い抱擁を交わしてから、戦場へ向かった出発の時。
そこからは、実のところまだ一日も経っていない。
なのに、もう戻って来ているジンに嫁たちは驚いて絶句状態となっていた。
ちなみに、現在の首都星のジンの自宅がある地域は夜遅い時間帯であり、子供たちは既に就寝中だったりする。
もちろん、皇帝や皇妃の住まいもそれは同じとなる。
故に、ジンがしたシルクへの確認は、通信を行うに当たって若干非常識な時間帯であったからだ。
この時のジンは、皇帝へ直接話す手続きをする手間と時間を惜しんで、最短で状況を伝えられそうな方法を選び、シルクに声を掛けたのだった。
とにもかくにも、そんな流れで夫から頼られたシルクは、いそいそとローラへの直通ラインを使って連絡を取る。
そうして、国の存亡が懸かった超重要な戦闘に赴いたはずの、首都星にいるはずのないジンの姿をモニター越しで確認したローラが怒るのは、当然の成り行きではあったのだろう。
まぁ、そんなモノは『どこ吹く風』とばかりに、スルーするのが勇者ジンだったりするのだけれど。
「多少戦況に余裕ができたので、一旦報告に戻りました」
「えっ?」
「ですから、状況の中間報告に」
「いやいや、待って。貴方はサンゴウに乗って戦場にいるはずで、戦闘中のはずでしょう? まさか、『サンゴウを無人操縦状態で戦場に向かわせた』とは言わないわよね?」
ローラはジンの発言を遮り、自身の常識から現状が起こり得る推論を頭の中で構築した上で、ジンに問うた。
「私自身が、ちゃんと戦場に赴きました。今、私がここにいるのはとある手段を使用したからですが、それについての説明は拒否させていただきます」
「そう。陛下から聞いています。瞬間移動。貴方にはそれができるのね?」
「それについての説明はしません。今、大切なことはそれなのですか?」
「いえ。違うわね」
自身の問いにジンが答えないことに、ローラは追加で苛立っていた。
それでも、彼女は皇妃であるだけのことはあり、こうした状況下で物事の優先順位を間違うことはない。
故に、自身の問いの重要性を否定したのだった。
「認識が違っていなくて良かったです。で、戦況の最新情報をお知らせしたいのですが、皇帝陛下への謁見手続きや、直通の通信回線の手続きをする時間が惜しかったのです。故に、シルク経由でローラさまにお伝えする方法を選択したワケなのですが、それについてはお許しください」
「ああ、そんなことは良いのよ。そもそも、貴方たちが戦場に向かってまだ一日足らずです。経過時間からして、現段階で情報が来ることを想定していません。それなのに最前線の最新情報が入るのであれば、利の方が遥かに勝ります」
ジンに許しを与えつつも、ローラの頭はフル回転している。
ジンは既に、『多少戦況に余裕ができた』と発言しているのだ。
これは、聞き捨てならない情報となる。
「(ジンは先ほど、『戦況に余裕ができた』って言ってたわね? 一体どうなっているの? いくら何でも早過ぎない?)」
ローラの頭の中は、疑問で埋め尽くされていた。
けれども、情報が入ることへの利を伝えて、遅まきながらもジンの報告を促す姿勢へと移行したのだった。
「敵となる宇宙獣は七つの集団に分かれて侵攻して来ていました。便宜上、帝都に近い順の侵攻路順に『一番から七番まである』という前提でお聞きください」
「わかりました。続けてください」
「まず、一番に帝国軍が接敵するのは、現時刻からだとおよそ四十八時間後となります。私の先制攻撃により、帝国軍が接敵する予定の集団は、既に戦力の八割を失っています。が、その戦場において、生体宇宙船の存在を確認できませんでした。このあと、もう一度その集団がいる宙域へ赴き、時間を掛けて生体宇宙船を捜索します。発見できれば撃沈を目標とする戦闘を仕掛けますし、発見できなければ残りの宇宙獣は帝国軍の皆さまにお任せします」
「なるほど。そうなのね。では二番が来るまでの時間には余裕ができたから、帝都へ戻って来たのね?」
「いえ。二番の殲滅は既に完了しています。二番の宙域の、生体宇宙船一隻と約一千万の宇宙獣、全ての排除が終わっていますよ」
予想もしないジンの言葉。
一瞬思考が止まって、ポカンっとなったローラ。
それでも、皇妃として優秀な部類である彼女は数秒で己を立て直す。
「(今、何を言った? この男は)」
そう自問できる程度に、ローラは少なくとも自身の思考能力を回復させたのであった。
「えっと。もう殲滅を完了したの? 一千万の宇宙獣を? まだ帝国軍は戦ってもいないのに?」
「あ、いいえ違います」
「そうよね。いくらサンゴウでも、そんなはずはないわよね」
ジンの異常な話を再確認して、確認内容を本人から否定されたことで、ほっとするローラだった。
ただし、その状態はすぐに打ち破られるのだけれど。
「いえ、違うのは、『戦果の物量がそれだけではない』ってだけです」
「えっ? わたくしにわかるように説明して」
「三番から七番までも、全部を八割減。既に敵の残数は概ね各二百万までに減らしています。私とサンゴウが最優先目標としている生体宇宙船が、最低でもあと一隻はいるはずなので、今は殲滅よりそちらに重点を」
「待って! ちょっと待って」
あまりの報告内容に、ローラは思わずジンの言葉にストップを掛けてしまう。
「ジン。確認します。『二番は殲滅完了。他は総数で六千万相当はいたはずの宇宙獣が、今は、千二百万。それも、内訳として、各個の集団は二百万程度』という理解で合っていますか?」
確認する内容を発言しながらも、ローラは『頭の中で別の言葉を呟く』という、非常に器用なことをしていた。
「(あれ? 『帝国存亡の危機だ』って悲壮な覚悟していた、一日前までのわたくしたちは一体なんだったのよ!)」
ローラの心の中はそんな感じだったのだが、それは彼女だけの秘密である。
「はい。それで合っています。ただし、敵側の戦力として飛び抜けている生体宇宙船が『どのくらい残っているのか?』がまだ不明です。サンゴウが作成した、最新の時系列ごとの敵の予想位置データは別途送信します」
「(もう帝国軍に撤収命令を出して、ジンとサンゴウだけで良いのでは?)」
このようにローラが思ったのは、決して『間違い』とは言い切れないであろう。
ただし、だ。
皇妃の思考は、それだけにとどまらなかったのも事実である。
「(まだ戦後の心配をするのは早過ぎて、鬼が笑うかもしれない。けれど、それでも、よ。サンゴウで戦ったジンだけの戦果が巨大過ぎない? これ、どう報いるのよ?)」
こんな考えが、ローラの頭を過った。
皇妃の立場のローラとしては、重大な危機を回避できそうな状況から来る嬉しさより、戦後の論功行賞の調整の困難さがこの時点で予想できるが故に、不安のほうが勝ってしまう。
優秀であることが、ローラを苦しめる原因となっている。
戦況の好転でギアルファ銀河帝国の状態は良くなったはずなのに、これは皮肉な話なのかもしれない。
「報告はわかりました。皇帝陛下にはできる限り早くお伝えします。でも、貴方は『法衣』とはいえ侯爵なのだから、宮廷へ直接来て、陛下に緊急謁見の要請だってできるのよ? それを忘れないで欲しいわ」
「はい。それを理解はしているのです。ですが、安易な手段についつい頼ってしまうのです。申し訳ありません」
「(厳しいことを言う。『お前らも安易に俺らに頼りまくってるよな?』って意味を込めて来るのね。ジンとサンゴウからだと、そう言われても仕方がないのは事実なのだけれど)」
ジンにとっては、全く他意のない発言だったのだ。
だが、ローラには含みのある発言と受け取られてしまう。
時に、人の言葉での意思疎通は、こうしたすれ違いを引き起こすのであった。
「では、このあとまた戦場に戻りますので。失礼します」
通信後に少しばかりのんびりするつもりのジンは、「『このあと=すぐに戻る』とは言っていない」と心の中で付け足していたりする。
嘘ではないが、事実の全てを語っているワケでもない。
まぁ、大勢に影響のない些細なことであるから問題とはされないのであろう。
尚、子供たちが既に寝ている、もう完全に深夜に足が掛かっているこの時間帯において、戦闘をしてきたことでアレコレが高ぶっていたジンは『ローラとの会話以降にナニをしたか?』と言えば、だ。
ジンはしっかりとご休息の時間過ごした。
「国が滅ぶかもしれない超大規模戦争中なのに、ナニをしているんだ!」
このような怒りの発言を、ジンやロウジュたちへとぶつけて来る者は存在しないので、まぁ良いのだろうけれど。
勝てば良かろう。
これは、いつの時代も変わらない不変の真理なのかもしれない。
こんな感じの首都星でのアレコレを済ませたジンは、転移魔法で戦場に戻る。
かくして、休息を終えて気力を充実させた勇者は、サンゴウとキチョウとの合流を果たしたのだった。
「艦長。お帰りなさい。この宙域には生体宇宙船の反応はありませんね。当たればラッキーの砲撃だけして、次の目標に向かいますね」
「そうか。なら、それで頼む。しかし、なんとなくだけどなぁ。『全部の侵攻路に生体宇宙船がいるもんだ』と、最初は思い込んでいたけど、意外とそうではなかったみたいだな」
「艦長の先制攻撃で、気づかぬうちに撃沈した可能性もありますよ。なんにせよ、いないのが確定すれば良いのではありませんか?」
「まぁ、そうだな。なら、とっとと次へ行くか! キチョウもまだまだ暴れたいだろうしな」
「マスター。大好きですー」
実のところ、ジンたちが一番と称した集団には、フタゴウのコピーが随伴していたのである。
ただし、そのコピーは最も良い戦術と考えられていた、恒星に隠れる手段をジンが接敵する前の段階から実行していたのだ。
よって、最初の戦闘時には間違いなく近くの宙域にいたのだけれど。
その時には、ジンが発見できなかっただけだったりする。
片やコピー側は、『正体不明の何者か』からの攻撃を仲間が受けていることは理解できていても、それが『ジン』という存在を確認することには繋がらないまま、様子見をしていたら戦闘状況が終了してしまった。
そこから、残存していた仲間との進軍に移行したのだが、しばらくしてから『ジンが麻痺を付与した、生体宇宙船の最後』を、鉱物生命体の種族特性能力によって共有する事態へと至る。
ジンが一番にいたコピーと同じく、恒星に隠れていた二番のモドキをあっさり潰したことで、『一対一はどんな戦術を用いても勝ち目がない』との結論に至り、生体宇宙船のみは七番に集結するよう移動を開始していた。
ちなみに、三番から七番の生体宇宙船がジンの攻撃時に無事だったのは、一番と同じ理由なのだった。
結果としては、何気に生体宇宙船にとっての相性が最悪な天敵となる『勇者』から、船体を隠すことだけは成功していたのである。
それはそれとして、だ。
ウミュー銀河の鉱物生命体たちにとって、現状の戦況が戦前の予想とは明らかに異なっていた。
被害が大き過ぎるため、撤退の検討がされてもいたのである。
「フハハ! 勝ったな!」
「艦長。キャラがおかしくなっていませんか?」
「良いんだよ。『勝ったな』はポーズ付きで言ってみたいセリフの上位に来るんだよ。だから問題ない」
何が『だから問題ない』のか?
その点について、サンゴウには理解が不能であった。
けれど、サンゴウはこの件を理解しようとすることを放棄する。
敵の探知や、未来位置の予測に思考能力を可能な限り全振りしたい状況であったからだ。
一番に続き三番の宙域でも生体宇宙船は見つけられず、しかも、予想位置からはかなりずれ込んだ後方に宇宙獣の集団がいた。
そのことで、敵の撤退の予兆を感じながらの殲滅戦をようやく終えたものの、サンゴウ的には戦略的な意味合いでの計画の修正が必要なのだった。
「四番に向かいますね。もしも、四番も当初の予想位置より後方であったなら、敵は撤退中と判断するのが妥当となります。しかし、艦長。敵が撤退して行く場合はどうするのでしょう? 『見逃してお帰りいただく』のでしょうか? それとも、『追いかけて殲滅する』のでしょうか?」
「うーん。判断が難しいところではあるけど、害獣でしかないからできる限り殲滅する方向で、逃げられそうなら『どの程度まで追うのか?』は、臨機応変で行こうか」
ジンの発言の意味するところは、柔軟な対応ではあろう。
まぁ実のところは、『行き当たりばったり』と何も変わらないけれども。
「はい。ではそのように。サンゴウが四番に到着する頃には、本来は帝国軍も戦闘開始しているはずですが、敵が撤退し始めているとなるとどうなりますかね。現時点では、ちょっと予測ができないです」
四番の宙域で敵の撤退姿勢を確信したサンゴウは、位置の予測データを全面的に作り直す。
そうして、四番と五番に加えて、六番までは追いかけて殲滅することに成功してしまう。
しかし、六番の殲滅が終わった頃には、七番の侵攻軍は完全にギアルファ銀河を離れていた。
敵の行軍経路が不明であるため、探すとなると宙域の候補が広くなり過ぎる。
そのため、ジンとサンゴウは追撃を断念する局面を迎えたのだった。
尚、ちょうどその頃、帝国軍は一番の宙域で撤退中の敵を追いかけていた。
つまるところ、帝国軍による殲滅掃討戦が終盤に差し掛かっていたのであった。
ちなみに、少々未来の事象を先に語っておくと、帝国軍は一個軍程度の被害は出してしまったものの、敵の殲滅自体には成功する。
前述の通り、六番までの集団は、まんまと逃げおおせた生体宇宙船以外の全てが殲滅される結果となっている。
そうした状況から、『帝国軍の残敵掃討と現地での事後処理が終わり次第、第一次銀河間戦争は終結した』と言って過言ではない状況になるであろう。
ウミュー銀河側は鉱物生命体八千万と生体宇宙船九隻をこの戦争に投入し、敗残の軍勢として帰還が叶ったのは、鉱物生命体二百万足らずと生体宇宙船七隻のみ。
生体宇宙船の戦力減は二割強で済んだが、鉱物生命体は九十七パーセントを超える損失を出してしまうという、悲惨な結果となったのであった。
もっとも、ギアルファ銀河帝国には、『他所の銀河から攻められた』という認識はないのだけれど。
とにもかくにも、このような流れで戦場の状況は推移し、場面は冒頭のサンゴウの航行状況へと繋がって行くのである。
さて、帝国軍に後事を任せて、首都星へと針路を向けたサンゴウの船内で、ジンは何をしていたのか?
皇帝やローラが勝利の報告を待っていることを、ジンは理解している。
その上で、ジンは長距離転移を使用して、単身で先行する形で帝都の自宅に戻る選択をしなかった。
それは何故か?
いざ自分たちの戦闘行動を終了とし、戦場での働きの対価をギアルファ銀河帝国から受け取ることに思いを馳せた段階で、ジンは自身の状況が良くないことに気づいてしまったのがその理由だったりする。
故に、だ。
ジンとしては帰路の時間を利用して、サンゴウとの相談が必須となってしまったのだった。
今回の案件でのジンへの報酬。
それは、ある意味、ジンとサンゴウが戦場に赴く前の段階で、皇帝から事前に約束されている。
ただし、実のところ『事前に提示されたそれには、大きな問題がいくつかある』と言えてしまう。
そもそも、ジンには『建国をして国主になりたい』という欲求自体が存在していないのだ。
しかも、いくら援助付きであろうとも、ゼロから、いや、鉱物生命体に荒されたマイナス状態からの建国は、『どう考えても、過酷な話』となる。
通常の感覚の持ち主であれば『罰ゲーム』とか、『追放と変わらないのでは?』と受け止められかねず、『それを『報酬』と表現して良いか?』がジンにとっては疑問でしかない。
それでも、皇帝から条件提示があった段階でジンが仕事を受けたのは、その報酬に納得してのことではなく、皇帝の覚悟に感じるモノがあったからだ。
また、それはそれとして、これまたそもそもの話だが、『すんなりとその約束が履行されるのか?』を疑っているのが正直なところ。
ギアルファ銀河帝国にとっての外敵の事案を、実際に片付けてしまえば、だ。
次に来るのは、帝国内部の争い。
そうだとするなら、頭が痛い話になるのであった。
「なぁ、サンゴウ。俺の知識だと、『英雄の末路』って良いのがないんだ」
「いきなりなお話ですね。艦長、どうされたのですか?」
唐突な話題を艦長から振られ、サンゴウは理由を確認しようとした。
単なる雑談では済まない気配。
それを、ちゃんと察知できる生体宇宙船の有機人工知能。
戦闘能力以外では抜けているところが多いポンコツ勇者にとって、サンゴウは最高の相棒なのが客観的に良くわかる状況が発生した瞬間であった。
「うん。まぁ『悩み』と言うか、『相談』と言うか、とにかくまずは聞いてくれ」
「了解しました」
「物語の話でな。『救国の英雄の末路がどうなったか?』ってところに焦点を当ててみるとなぁ。その答えは、『最高でも王女やら皇女やらと結婚して国を譲り受ける』みたいな感じなんだよ。で、その先の物語は綴られていない。『めでたしめでたし』で終わりなわけだ」
「まぁ、物語だとそうなるのでしょうね」
サンゴウからすれば、その先のリアルを描写するのは蛇足だと考えるし、物語の読者にとって楽しめるモノではないことに想像だってついてしまう。
また、サンゴウは実体験として、魔王討伐を成したにもかかわらず、『めでたしめでたし』で終わらなかった艦長の事例を知っている。
それだけに、前述のような返答にならざるを得なかった。
「ただ、そうした物語ってのは往々にして『何かの史実』が元ネタだったりするんだよ。少なくとも影響を受けたリアルな事例がある」
「でしょうね」
「物語ではなくリアルな話だと、国を救って王とか貴族、領主になって、それで終わりじゃない」
「英雄の人生がそこで終わるわけじゃないですから、当然ですね」
サンゴウは艦長の話の先を促すべく、肯定的な相槌を繰り返す。
むろん、特に否定する要素がなかったのも事実であるけれど。
「うん。で、『戦場の英雄が国を運営できる有能さを所持しているだろうか?』って話になるわけだ」
「戦って勝つことができる能力と、統治の能力は別物です。ただし、両方の才能と実力、『いわゆる武力に加えて、統治に必要な知識と判断力を兼ね備えた英雄』がいることも否定はできません。ですが、そのような人物が存在するのは、奇跡のレベルで稀でしょうね」
「だな。つまりは、『そんな訳ねーだろ!』が常識になる。そうなると、だ。『その元英雄を支える立場の宰相みたいなのに、統治の部分を良いように操られるか、乗っ取られるのがオチ』なんだよ」
ジンはいつの間にか嫌悪感を丸出しの表情で、サンゴウに語っていた。
まぁ、楽しい話ではなく、身につまされる部分もあるので、これはやむを得ない反応であるのかもしれない。
「それが絶対とは限りません。ですが、極めて稀な成功例は参考になりませんし、参考にしてはならないでしょうね」
「そうなるよなぁ。で、別のケースは英雄が統治者にはならず、金銭や爵位の褒美で済まされた場合。これだと、功績に見合わないレベルのモノしか与えられない。で、そうなると、『今後、続く者たちの失望を考えろ』ってなる」
「国を救ったレベルの功績に『見合う褒美』ですか。考え方次第のところはありますが、最大だと『その英雄の働きがなければ失われたはずの国そのものと、戦いによって得られたモノの全て』でしょうか?」
国の危機の原因が災害系だった時の話は別だが、相手がある場合には状況によるけれど、入手できるモノが存在するケースがある。
サンゴウの考える働きに見合う報酬の最大値とは、その働きによって得られたモノの全てであり、そこには本来ならば失ったはずのモノも含まれるのだ。
むろん、通常だと『英雄』と呼ばれるレベルの功績がある人物であっても、所詮は個人でできることなど限られているはず。
たとえば戦争であると軍を率いて戦うので、英雄以外の他の人間たちの働きがあってこそ、初めて救国が成立するであろう。
全てが個人に帰属するような評価は、通常だとあり得ないのである。
「そう。そして、それが与えられるか? ま、無理だわな。統治能力がない馬鹿に与えると高確率で国が滅ぶしな。要するに、『何のために救ったの?』ってなって笑えない」
「確かに。そうなると本末転倒ですね」
「実際問題、手柄が巨大過ぎると、見合う褒美がなくなるんだよな。少なくとも俺がいた日本って国では過去の事案、つまりは歴史がそれを証明している。だからこそ知りたい。サンゴウの『知恵』というか『知識』だと、そのあたりはどんな感じになるんだ?」
艦長からの真摯な問い掛け。
サンゴウはそれを受けて、デルタニア軍の記録、デルタニア星系での歴史のデータから関連の情報を拾い集め、思考する。
もっとも、そこに必要な時間そのものは非常に短い。
一秒どころか一ミリ秒にすら全く届かない思考時間で、返事ができるサンゴウは紛れもなく優秀であった。
「艦長。これからお話するのは、サンゴウの持つデータからの回答になります」
「うん」
「まず、デルタニア軍での英雄的戦果を挙げ続けた将軍のケース。地位は永世名誉元帥から上がなく、そこからは現状維持のまま。最終的に国と軍は金銭報酬と勲章を乱発。『彼を投入すればどんな困難な戦況であろうともひっくり返せる』と、無謀で無茶な任務が次々と与えられ続けました。最後は戦死していますね。つまりは『死ぬまでこき使っただけ』と言えます」
「(うわぁ、最低な話じゃん)」
ジンの声には出さない心の中での発言は、至極真っ当な感想であろう。
「歴史的に言えば、英雄的戦果を挙げたのちに、『民主的な政治形態において、政治家への転身』というケースもいくつかありました。ですが、記録上は政治謀略に巻き込まれての獄死か、それに近い結末しかありません」
「(うん。あるあるなんだろうけど、これも最悪だろ)」
サンゴウが知るデルタニア星系の歴史でも、政治形態はコロコロ変わった事実が何気に発覚したワケなのだが、そこは全く気にもしなかったジンである。
「他には、報酬が足りないことに不満を持ち、『反乱』ですね。勝ったケースも負けたケースもありますが、記録上だとどちらにおいても良い余生ではありません」
「(それ、負けたら殺されるだけだし、勝っても統治で失敗する末路だよなぁ)」
ジンとサンゴウの場合、ムカついて暴れたら全てを滅ぼしてなかったことすることが不可能ではない。
よって、統治なんてしない選択もあったりするワケだが、そこに思考が向かわない時点でそれなりの善性はあるのだろう。
もっとも、ジンが本当に追い込まれれば、逃げる以外の選択肢としてそれが候補に出て来る可能性自体は否定できないのだけれど、そんなことは些細なことでしかない。
「最後に本人が強引に褒美を辞退したケース。本人自体は隠棲して幸せに暮らした記録がありますが、国としては『それが切っ掛け』というか『悪しき前例』と受け止められて、後世において内乱の原因になっています。その結果、国が衰退して滅んでいますね。つまり本人は大丈夫でしたが、子孫の代では洒落になりません。それと別枠で、過去に実現例はありませんが、『禅譲』という案が出た記録はあります。それが実現しなかったのは問題が大き過ぎるからでしょう。回答としては以上になります」
「(どこの世界でもそんなもんだよなぁ。今回の俺らの戦果の扱いって、どう考えてもヤバイ案件だよなぁ)」
途中で思うところはいろいろあったが、それでもジンは黙って最後までサンゴウが語る回答を聴いていた。
続いて、今後の話に切り替えて行く。
「良くわかった。ありがとうな。で、サンゴウ。俺たちが帝都に戻ったあと、どうなると思う?」
「皇帝の事前の報酬の約束は、先程の歴史の例から行くと『悪しき前例』のパターンに該当する可能性が高いです。臣下が強引に止めて揉めるか、皇帝の強行で臣下の信を失うか。どちらかでしょう」
サンゴウの推測は、功労者であるはずのジンにとって、ロクでもない結末に繋がりそうなモノであった。
「俺と皇帝陛下の双方が納得してても、『周りがそれを許さねえ』ってか」
「はい。そうなるでしょうね」
「『狡兎死して走狗巧烹らる』か。そんな悲しい結末しかないんかねぇ。ただ、今回の場合、『狡兎は全滅したワケじゃないが、目先の脅威は去って次の脅威がある確証はない』ってか。宇宙獣が相手だしな。そんでもって、一応、帝国軍が第一目標の残敵掃討には成功しているだろうしな。『帝国軍だけで勝てる』とかの勘違いもあるかもしれん」
「その勘違いは、あり得ますね」
ウミュー銀河の鉱物生命体の側は、『生存競争』という認識でいる。
それ故に、最終的に衝突を避ける結末はない。
共存は不可能なのだから。
そして、ジンとサンゴウを含め、ギアルファ銀河に生きる人々においてそれを知る者がいないことは、今後の状況次第で巨大な不幸に繋がってしまうのかもしれない。
だが、将来の衝突が避けられないとしても、だ。
すぐに次の戦闘が、あるいは戦争が、発生するであろうか?
鉱物生命体側の戦力は無尽蔵ではない。
故に、『それはない』と言えてしまう。
鉱物生命体の側としても『戦力の回復や、新たな戦略の構築』という時間が必要不可欠となる。
それに要する時間は、決して短いものではないであろう。
「サンゴウ。俺らはどうするべきだと思う?」
「艦長。情報が足りていません。艦長の望みは何でしょうか? 艦長が脳裏に思い描く勝利、いわゆる『勝利条件』を確定してください」
「ああ、すまん。そうだな。まず、前提として、俺らが今回戦ったのは報酬目当てじゃない。自宅がある首都星を、ロウジュたちの安全を守るためだ」
一旦言葉を切り、ジンは考えを纏めに入った。
続く言葉があることを察しているサンゴウは、沈黙を保って待つのみとなる。
「ただし、だ。それを踏まえても、タダ働きは良くない。だが、莫大な報酬が欲しいワケでもない。勝利条件は『今後、俺自身と俺の身内が安全に楽しく暮らせる』だ。それだけで良いんだ」
「なるほど。艦長が望む勝利条件を理解しました。では、サンゴウはそれを叶える案を提示します」
このような話の流れで、航行中のジンとサンゴウは意識のすり合わせを終えるのだった。
尚、そうした話に全く興味がないキチョウ。
「(マスターの世界ってメンドクサイ。全部滅ぼしても良いのにー)」
子竜の姿の神龍は、サンゴウの船橋で興味がなくとも耳に入る話から、わりと物騒なことを考えていたりした。
ただし、知能自体は高いので、それをそのまま発言するようなことのない、分別はあるけれど。
「(マスターのペット枠さえ守られれば、それで良い)」
ジン以外から魔力を回復させる術を持たないキチョウにとって、マスターの存在はナニモノにも代え難い。
また、通常であれば達することがまずできない『神龍』へと進化することができた環境を与えてもらった恩もある。
キチョウは、『マスターに求められるまで出番はない』と眠りに就く。
冒頭のサンゴウの状況は以上の経緯で成立しており、帝都に到着すればジンの状況が穏やかならざるモノとなるのは確定していた。
こうして、勇者ジンとサンゴウは、岩石的な宇宙獣の軍勢を相手に勝利をもぎ取り、無事に首都星へ帰還することに成功した。
帝国軍の活躍の場も、上手く提供することができた。
しかし、だからこそ完全殲滅には失敗し、二百万の鉱物生命体を取り逃がしたことが憂いとなって残る。
また、七隻の生体宇宙船にまんまと逃げられた事実には、ジンたちですらも気づいてさえいない。
このあたりの部分が、ジンたちの未来にどう影響してくるのか?
ジンへ与えられるであろう報酬の問題は、一体どうなってしまうのか?
また、サンゴウが艦長に提示した、『勝利条件を満たす案』とはどんな内容のモノなのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
帝都へ向かう帰路にて、思わずサンゴウに対して『それってマジ? そんなのアリ?』と言ってしまいたくなるような、奇抜な案を提示されてしまった勇者さま。
まともな代替案がないだけに、サンゴウの案をそのまま採用するしかないのだけれど、それを知った時のロウジュたちの反応に思いを馳せると、若干気が重くなるジンなのであった。




