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勇者単独の無双と、間抜けな生体宇宙船の末路

~ギアルファ銀河、自由民主同盟敗戦後にギアルファ銀河帝国の版図に加わった宙域(鉱物生命体第二群との交戦宙域)~


 サンゴウは、ジンと合流を果たした宙域において、残存している全ての敵の探知を入念に行っていた。


 特に、最も危険な敵となる、生体宇宙船の独特の生命反応をサンゴウは最優先で探していたのだ。


「艦長。残存の宇宙獣が百八十万程度になっています。ただ、わりと広範囲に散らばっているので、ここから完全殲滅を目指すのであれば、それなりに手間がかかることでしょう。それと、この星系の恒星内にモドキの反応があります。状況から察するに、おそらくこれはモドキが恒星のエネルギーを食い潰して、砲撃と防御フィールドに潤沢なエネルギーを振り向けるつもりなのでしょう」


「ほう。俺の探査魔法だと生体宇宙船が恒星に潜っている状態になると、判別できないっぽいな。まぁ魔法なだけに、例によってそうなる理屈はさっぱりわからんけど。で、それはそれとして、だ。モドキの位置をモニターに出せるか? だいたいの位置で良いから把握したいんだ」


「マスター。その『モドキ』って馬鹿なの?」


 ジンとサンゴウの言葉のやり取りに、キチョウが率直な疑問を投げ掛けた。


 このあたりは、『魔法を絡めた戦闘が常識か否か?』で判断基準が変わる。


 そのため、キチョウ視点での疑問は正しくとも、『ジン以外に理解されるか?』は全く別の話となる。


 事実として、この時点でのサンゴウには、キチョウのそれは理解不能の話でしかなかったのだから。


「ああ。『魔法のことを理解してない』って意味だと、『モドキ』は馬鹿だな。位置がバレたら即終了だ」


「あの。艦長? 今のやり取りはどのような意味なのですか? 攻守ともにハイレベルで、サンゴウからすればモドキの戦術は悪くないモノと考えられるのですが。それと、モニターに映像を出します。モドキの位置は画面上にポインタで示しています」


 魔法絡みの話と察することはできるけれど、理解が追い付かないサンゴウ。


 生体宇宙船は、素直に疑問の声を上げつつ、それでも艦長の要望にはきっちり応えていた。


「ほうほう。このあたりにモドキはいるのか。さすがに近くに行けば、正確な位置がわかるだろ。では、キチョウが語ったように『相手が馬鹿だ』という理由を見せようか。口で説明するよりも、現実を見せた方が早いだろうから。じゃ、サクッと倒して来るわ」


 ジンはサンゴウの船橋から、そう言い置いて姿を消す。


 転移魔法を発動したのだ。


 そうして、モドキの周辺に短距離転移を繰り返して接近して行く。


 もちろん、シールド魔法の展開と子機アーマーを身に纏うことで、防御は万全であった。


 灼熱の恒星に単身で人間が突っ込んで行く。


 そんな感じのシュールな光景を、サンゴウは確かに記録していた。


「状態異常付与。麻痺」


 接近してモドキの位置を肉眼で確認したジンは、魔法を行使する。


 ファンタジー世界からやって来た勇者は、敵側の生体宇宙船からあっさりと思考以外の全ての自由を魔法で奪ったのだった。


 続いて、転移魔法を発動し、サンゴウのすぐ近くへと移動した。


 一仕事終えた勇者は、サンゴウの船内へと速やかに戻るのだった。


「艦長。お帰りなさい。理解しました。艦長にアレができるのなら、対処方法を持たないモドキは確かに馬鹿でしかないですね。あの環境での位置取りでは、艦長が転移で近くに現れても探知はできないでしょう。そういうことでしたか」


 魔法を操る勇者が転移で近くに現れても、探知すらできないが故に危機を察知できない。


 しかも、魔法に対しては無防備でしかない存在。


 そのような生体宇宙船が、状態異常付与による麻痺で生体部分の自由を奪われるとはたしてどうなるのか?


 その答えは、『防御フィールドが解け、周囲からエネルギー吸収もできない状態で、恒星の超高温と超重力に晒されることになる』でしかない。


 つまり、モドキは恒星の中心部に向かって、燃え尽きながら落下する最期を迎えるしかないのだった。


「サンゴウとしては、敵の攻撃による被弾で沈むのは覚悟のうちです。ですが、あのような最後は迎えたくないですね」


「だな。俺がやっといてなんだが。あれをやられる側にはなりたくないなぁ」


「マスター? お馬鹿なのが悪いだけだと思うですー」


「まぁあれだ。そう言ってやるなよ。向こうにはさ、魔法への知識も技術もないんだからな。さて、それはそれとして、だ。残りは、百八十万か。これを帝国軍の第二戦目の対象として任せるか? それとも俺らで完全に殲滅して次へ行くか? サンゴウはどう思う?」


 とりあえず、話題を変えるジンだった。


 割とのん気に話をしているが、実のところ現在は『作戦行動中』であり、しかもいわゆる『戦闘中』のはずなのだけれど。


 まぁ、むろんそうなっているのには、それ相応の事情が存在する。


 ジンたちがこの事案についてで、皇帝陛下とのリアルタイム通信での会話を開始して以降、事態がここに至るまでの経緯はどのようなモノであったのだろうか?


 では、時系列を戻して、ここまでの流れを順に辿ってみよう。




 鉱物生命体による『人類の絶滅を目的とする侵略』という、未曽有の危機に直面したギアルファ銀河帝国。


 ただし、鉱物生命体側の目的を、襲撃を受けている側のギアルファ銀河帝国の皇帝は、察知できていたワケではない。


 それでも、『帝国そのものが滅ぶ可能性が非常に高いレベルの、宇宙獣による大規模襲撃に晒されつつある』という認識には至っていた。


 敵は数と総合的な戦力の、どちらの面においても、サンゴウを除いた帝国軍の迎撃能力を上回っている。


 皇帝側の視点だと、ジンとのリアルタイム通信が可能になる一日前の時点で、そうした悲しくもあり情けない事実が、接敵した前線から届いた情報により既に判明していたのだ。


 ジンとサンゴウの、ベータシア星系からの帰還。


 それを心待ちにしていた皇帝は、いざ通信が可能となれば、即座にサンゴウの戦闘能力によって敗色が濃い戦況をひっくり返すこと期待する旨の発言をした。


 しかしながら、それは『皇帝の本心の全て』とは言い難いのが現実だった。


 いかに『生体宇宙船サンゴウ』の性能が、飛び抜けたモノであろうとも、だ。


 所詮は『一隻の戦闘艦』でしかないのである。


 そうである以上、距離の離れた複数の戦場において、全ての敵を単独で相手取るのは不可能となる。


 瞬時に戦場と戦場の間を移動することができ、その辿り着いた戦場において短時間で敵を殲滅する。


 もし、そんなことが可能であるならもちろん話は変わって来るだろう。


 けれど、サンゴウにそこまでの性能があるはずもなかった。


 サンゴウがベータシア星系へ行ってから、最速で帝都へ向けて帰って来るのに消費したであろう時間を考えれば、それは明らかなのだから、


 現在の状況は、ギアルファ銀河帝国の広範囲の領土に対して同時に物量で攻められている、いわゆる『飽和攻撃を受けている状態』と言って過言ではない。


 しかも、敵の戦力規模は、おそらくそこにいるであろう『サンゴウと同種または亜種の、生体宇宙船』の火力を除いた最低で見積もっても、推定で帝国軍の迎撃能力の四倍を優に超えている。


 加えて、『帝国軍の迎撃戦力を、一か所に集めて運用すること』とは、それ即ち『集中運用を行った宙域以外の全てを、無防備とすること』に他ならない。


 つまるところ、ギアルファ銀河帝国の負けがほぼ見えている。


 それだけに、皇帝はサンゴウに勝ち筋がない前提の『皇族をサンゴウに乗せて逃がすプラン』を胸の内に秘めていたりしたのであった。


 この時の皇帝は知らない。


 これまでサンゴウの性能の陰に隠れて、個人としての実力を一切見せることがなかった『勇者の戦闘能力』というモノについてを。


 皇帝は、ジンとサンゴウに向けて吐き出した言葉とは裏腹に、内心では『勝つのは無理だろう』と思っていたが、それでも念のために確認だけはしたのだ。


 既に己の身の処し方については、皇妃のローラと話し合って決定済み。


 頼みの綱であるジンたちから白旗が上がれば、皇太子以下十数名の皇族を脱出させる命令を出す。


 もちろん、自身とローラは逃げるつもりなどなく、最後まで帝都に残って抵抗する覚悟であった。


 そんな状態の皇帝から出た問いに対して、だ。


 ジンの返答は、問うた側の想定外のモノとなるのだけれど。


「その、『何とかできるか?』にお答えする前に、少しばかり質問をさせていただいてもよろしいですか? 先に確認したいことがあるのです」


「もちろん構わないぞ。質問を許す」


「はい。ありがとうございます。私は以前、力を発揮して恐れられ、実質的に『殺処分』という形で、尽くしたはずの国から追放されています。此度の件、仮に私とサンゴウの力を以ってして危機を排除できたとして、です。私は『また同じようなことが起こるのではないか?』と疑念を持っているのです。ですから、火中の栗を拾う気にはなれません。皇帝陛下。事後の私の扱いはどうなりますか?」


 ジンの発言は、皇帝からすると異様なモノに感じた。


 さも、『対処は可能だ』や『危機の排除なんて簡単』と言わんばかりであったのだから。


 少なくとも皇帝は、ジンの質問をそう理解するしかなかった。


 そうした前提での質問を、皇帝は想定しているはずもない。


 故に、紡ぐべき言葉に詰まる。


 皇帝の視点でも、サンゴウのことは『現時点でも十分に危険な存在である』と認識はしていたのだ。


 しかし、ジンの発言で実態は『その認識を遥かに上回っていること』がわからされてしまい、その現実に皇帝は恐怖を覚えた。


 けれども、巨大な銀河帝国を統べる身としては、だ。


 責任がある身としては、それを理由に立ち止まれはしない。


 背に腹はかえられないのである。


「わかった。ジンを追放した側の理由も理屈も理解できぬではない。だが、『それをされる側がどう思うのか?』がわからぬほど、暗愚ではないつもりだ」


「そうですか」


「うむ。そうだな。此度の件が全て片付いたあと、一からのスタートになってはしまうが、『対等の同盟国として、ジンに国を興してもらう』という案ではどうだろう? もちろん、『新たに興した国の運営が軌道に乗るまでの全面的な援助付き』という条件でだ。元々の帝国貴族の領地を割譲するのであれば問題になるが、此度の事案では『滅ぼされた自由民主同盟の星系』がある。その外側には未開拓の宙域も広がっておる。ジンが『ギアルファ銀河帝国に所属する、予の部下のままでは身の危険を感じる』というのであれば、その方法くらいしか思いつかぬ」


「(皇帝の言葉に嘘はなさそうだな。ここまでの案が出せるのであれば、力を見せてしまってから反故にされることはないだろう)」


 ジンは皇帝の言葉への、感想めいたモノを心の中で呟く。


 そして、皇帝からこの状況下でそこまで言ってもらえるならば、ジンとしても相応に覚悟だって決まるのだ。


「わかりました。では、その言葉を信じます。私がどんな力を見せたとしても、必ずその言葉を守ってください。さて、敵の排除についてですが、帝国領内に被害皆無とは行きませんし、帝国軍にも、ひょっとしたら、避難中の人たちにもそこそこの被害は出るかもしれません。ですが、敵を倒す方法は既に考えてあります」


「本当か? 何とかできるのか?」


 改めて確認をする皇帝は、ジンの言う『私がどんな力を見せたとしても』という部分に小さな違和感を覚えた。


 けれども、結局のところ『そんなモノは、言葉の綾であろう』と切り捨ててスルーしてしまう。


 まぁ、サンゴウはジンの所有物扱いなので、この部分の誤解は仕方がない面があるのも事実であった。


 むしろ、違和感を覚えただけでも、『さすが』と褒めるべきなのかもしれない。


 まぁそんな細かな部分はさておき、二人の話はまだ続くのだけれど。


「ええ。できます。ただし、念を押すようですが『被害皆無』とはなりませんよ」


「被害ゼロと行かぬのは、やむを得まい。ギアルファ銀河帝国が亡びるよりはマシだ。『それを理由にしてジンを責めることはない』と現時点で確約する。して、方法は? 一体どうやるのだ?」


 不可能が可能になると知り、俄然その方法が知りたくなった皇帝。


 ギアルファ銀河帝国の最高権力者は、前のめりになってジンに問うたのであった。


「私とサンゴウで、一番近くにいる敵軍から順に、敵の数を五割から二割の間にまで減らします。帝国軍には残敵の掃討、後詰の担当でいわゆる殲滅戦を行ってもらいます。そうして『一番近くの敵の殲滅が終われば、帝国軍はその次に向かう』という感じになりますね。順序や時系列ごとの敵の予想位置と規模を、随時サンゴウから送信します。ですので、帝国軍での対処をお願いします。ただし、一点だけ、皇帝陛下より厳命していただきたいのは、『帝国軍を分割して運用することはないように』という点です。もし軍を分けてしまうと、被害が結果的に増えるのは確実ですので」


「わかった。全軍を一部隊として扱い、集中運用させよう。その旨を厳命して必ず守らせる。ではジン。頼んだぞ」


「はい。では行って参ります」


 勇者ジンはこの段階で、皇帝陛下に対して己が持つ力の一端を、パフォーマンス的に見せつける。


 具体的には、何をしたのか?


 ジンはシールド魔法を展開し、サンゴウの船橋から短距離転移を発動して船外へと移動したのだ。


 つまり、モニター越しの皇帝の目には、ジンが一瞬で姿を消したように映ったことになる。


「艦長はお一人で、請け負った仕事を完遂するべく出発されました。それでは、通信を終了します」


 サンゴウは唖然とした顔に変化して絶句している皇帝に現状を伝えてから、相手の言葉を待たずに通信を終了させる。


 もし問われて詳細を語ることになってしまえば、艦長の意するところに反してしまうかもしれないのだから、これはサンゴウ的に当然の対応であった。


 このケースでは、皇帝が驚愕の表情を浮かべていたとしても、何ら考慮するに値はしないのである。


 ちなみに、ジンはずっと変わらず全速航行を続けているサンゴウの船内に、三十秒ほどの時間が過ぎてから何食わぬ顔で戻っている。


 実のところ、このような部分でも、勇者の魔法は物理法則を完全に無視した行動を可能にしていたりするのだが、サンゴウは今更そこにツッコミを入れたりはしない。


 優秀な有機人工知能を搭載している生体宇宙船は、ただ起こった事象をそのまま記録し、受け入れるのみなのだった。


「艦長用の時系列ごとの敵の予想位置データはもう作ってあります。すぐに流し込みますね」


 転移の帰還時に使用する専用の部屋から船橋へ戻った艦長へ、サンゴウは作戦を可能にするために必要な情報を渡す。


 人には絶対に不可能なレベルのマルチタスクを、平然と行える生体宇宙船の有機人工知能。


 サンゴウはサンゴウで、やはり規格外の存在であった。


「ああ。頼むよ。それを受け取ったら、俺はそのまますぐに出る。サンゴウとキチョウは予定通りに動いてくれ。あ、それと、帝国軍へのデータ送信も適時頼むな」


 そのような流れで、サンゴウからデータを受け取ったジンは即座に長距離転移の魔法を発動させる。


 しかしながら、その目的地は戦場ではなく、何とジンが帝都に構えている自宅となっていたのは些細なことであろう。


 ジンはちゃんと行先とお仕事内容について、ロウジュを筆頭とする嫁たちと子供たち全員に告げ、正妻との間で熱い抱擁をするのを子供たちに見せつけた。


 これは、『タイムロス』と言えばその通りであるかもしれない。


 けれども、それを指摘し、ジンを糾弾する者は存在しないのが現実であった。


 そんな一幕のあと、勇者はついに戦場へと単身で赴く。


 ジンは再度、長距離転移の魔法を発動するのだった。




 同じ頃、集結中であった帝国軍に対し、ようやく驚きによるフリーズ状態から復帰した皇帝からの命令が、帝国軍の総司令官経由で届く。


 また、サンゴウから発信された、時系列ごとの敵の予想位置のデータも、帝国軍司令部作戦室経由で各艦及び機動要塞宛てに送信された。


 そして、準備が整った艦から順次、戦場となるであろう宙域に設定された集結地点へと、進軍が開始されたのである。


 皇帝や帝国軍は、サンゴウが立案した作戦に従って、ちゃんと動いていたのだ。


 むろん、それを吟味して実行の可否を検討したりするような、無駄な時間の浪費を一切することなしの動きだったのは、改めて言うまでもない話であろう。




 文字通り単身で、ジンは最初の戦場となる予想宙域の外側にやや外れた位置へと転移していた。


 もちろん、一瞬ではあるものの、その時点で魔力の枯渇が原因となる激しい苦痛を、ジンは味わう。


「(めっちゃ苦しい。これを、今日はあと何回やるんだろうか)」


 そのような自虐的な言葉が心の中で呟かれつつも、勇者は戦闘行動が可能になるまでの短い時間を大人しく待つ。


 そこからはまさに、魔法のバーゲンセールであった。


 魔法による敵の探査から始まって、必要な移動も全て魔法で済ませる。


 敵の軍勢の予想針路に対し、ぐるりとその周囲を取り囲むように大量の魔法トラップを仕掛けて行く。


「(別に、俺が全部倒してしまっても構わんのだろう? 敵を倒し過ぎることが問題にはならんよな)」


 そのような不遜な考えが、頭を過ったジンであった。


 濃密に魔法トラップをばら撒き、これ以上は望むべくもないレベルで、機雷原さながらの宙域を瞬く間に造り出す。


 また、それとは別で、発動するタイミングを調整した範囲攻撃の雷撃魔法を、敵の未来位置の四方八方三百六十度ぐるりと取り囲むように設置して行く。


 仕上げは敵のど真ん中に光球の魔法を発動させ、光学的な視覚情報を奪っての、魔法トラップのその場でのばら撒き。


 これは、何の慈悲もない、殲滅のみを目的とした、まさに凶悪極まりない攻撃でしかなかった。


 全て事前の計算通りに行い、戦場の事態を推移させたジン。


 ちっぽけな人間一人が転移魔法での逃走を選択したと同時に、敵の軍勢には定めたタイミング通りに発動した雷撃魔法が降り注いで行く。


 先に放った光球の輝きに続き、宇宙空間に出現したのは花火の如くの閃光の連続だった。


 その一つ一つの光が、無数の鉱物生命体を屠って行く。


 片や、攻撃を受けた鉱物生命体の側には、ジンに対する反撃の手段が何もない。


 圧倒的多数の軍勢に対して、たった一人で立ち向かった側が『一方的にボコる』という、ワケのわからない光景が発生した瞬間であった。


 それはそれとして、ジンはサンゴウから『最優先目標』と設定されている生体宇宙船っぽい反応を、探査魔法を用いて探す。


 けれども、結局はそれらしい反応を見つけることができなかったのだった。


 むろん、『必ずいる』という話ではないので、生体宇宙船が見つからない可能性も十分にあり得たのだけれど。


 ジンはそれなりに気合を入れて探しても見つからなかったことで、『ここにはいない』と判断し、探すのを止めた。


 時間は有限であり、現在の戦場だけに時間を割き続けるワケにも行かない。


 また、この宙域の鉱物生命体は、ざっくりとしたジンの感覚として八割程度を殲滅できている。


 既に、『五割以上』という戦術目標は達成されているのだった。


 つまり、残りは帝国軍の戦う相手として保全するべきであろう。


 更なる殲滅攻撃に着手することは、時間効率の面から考えると悪手でしかない。


 そうした事情に加えて、生体宇宙船が敵の複数の軍勢のどれかに潜んでいるとしても、ジンたちが雑魚を倒し続けていれば、いずれは出張って来るに違いないのである。


 これまでに何度も戦いを仕掛けられている以上は、敵側の生体宇宙船にサンゴウを沈めねばならない理由がありそうなのだから。


 そこまで思考を進めてから、ジンはふとサンゴウとの合流予定時間を確認する。


 時間的な余裕は、まだ七時間以上が残されていた。


 続いて、この場に到着してからの時間の経過に思いを馳せる。


「(うん? まだ一時間も経ってないよな? 残りの軍勢は六だったか? これ、先に全部殺ってしまっても構わんのだろう?)」


 サンゴウの基本的な戦略の骨子とは、『長距離転移魔法が使える勇者が、距離を無視した瞬間移動を可能とすることで、単身攻撃による敵の漸減』なのである。


 で、あるならば、だ。


 ジンは己に求められているであろう役割を、忠実に消化するのみ。


 最も効率の良い漸減作戦は、どのようなモノであろうか?


 そう考えてしまったジンが、最も遠くにいる敵の軍勢へと向かったのは、最早必然の事象であったのかもしれない。


 敵の退路を断つべく、最後方にいる敵から襲う。


 戦闘中に後続と合流されて、増援状態になるのも避けたい。


 ジンの考えは極めて妥当であった。


 もっとも、それが実現できる者は、通常存在しないのだけれど。


 かくして、ジンはサンゴウとの合流時間を迎える前に、遠い宙域の順で鉱物生命体の侵攻軍に次々と攻撃を加えて行くこととなる。


 ベータシア星系で試した魔法トラップが、鉱物生命体への効果的な攻撃手段と判明していたこと。


 初回の攻撃で、敵の軍勢の周囲を取り囲むように配置する、魔法トラップの設置方法が見事にハマったこと。


 それらにより、短時間での効果的な攻撃が可能となってしまったのだった。


 結局のところ、単騎駆け状態の勇者は、サンゴウと合流するまでの時間を有効に活用する。


 本来の計画では、サンゴウとの合流後に攻撃予定だった侵攻軍への殲滅攻撃を開始した。


 そして、全ての侵攻軍への攻撃が終わった頃になって、ようやくサンゴウとキチョウが予定の宙域へ到着したのであった。


 これが、冒頭の状況に繋がって行くまでの流れの全てである。


 ジンの独断による先制攻撃によって、七千万規模の鉱物生命体の軍勢は、その総数を既に激減させられていた。


 残存兵力の合計は実のところ、千五百万に届かないレベルと化している。


 艦長と予定通りのタイミングで合流を果たし、現在の状況を把握したサンゴウからは、単純に呆れられた。


 更なる成長を目指して戦う気満々であったキチョウからは、ガッツリと恨みがましい視線を向けられ、それにジンがわりと長い時間晒され続けたのは、些細なことであろう。


「(ちょっとやり過ぎだったか?)」


 ジンはサンゴウとキチョウの反応を受けて、そのような考えに至る。


 そこから、ジンはサンゴウに対して、この宙域の残存している敵の探知をお願いした。


 この時、命令ではなくかなり控え目な感じのお願いになったのは、自身のやり過ぎに対しての引け目を感じていたからなのかもしれない。


 それでは、恒星の内部に潜んでいた生体宇宙船をジンがあっさりと撃破したところからの、続きに場面を戻すとしよう。




 ジンは帝国軍が最初に戦う予定の敵の八割を殲滅しており、そこからサンゴウたちと合流して戦うはずだった一軍に対しても、合流前に殲滅攻撃を開始してしまっていた。


 サンゴウたちが合流できた段階で、その宙域にいた鉱物生命体の大半は粉砕されており、敵側の生体宇宙船が反撃の機会を探している状態だったのだ。


 そこから状況は更に進み、その生体宇宙船も撃破済みとなる。


 大元の作戦とは良い意味で状況が違うため、サンゴウは何気に新たな作戦を立案する必要に迫られていたりするのだけれど。


 ここからどのように動くのか?


 それは、サンゴウの作戦次第となった瞬間であった。


「時間的に帝国軍はまだ最初の戦場に到達していないはずです。艦長。もう一度確認させてください。生体宇宙船は何隻潰しましたか? その答え次第で『この先の対応が変わる』と考えます」


「ああ。それなぁ。俺が確認できているのは、さっきの恒星に飲み込まれたモドキだけなんだよな」


「そうですか。『帝国軍が敵側の生体宇宙船と接敵しないこと』を優先するべきですが、まだ時間に余裕があります。なので、この場の完全殲滅をしてから、帝国軍が担当する予定の戦場へ向かいましょう」


 ジンが最初に漸減をした戦場に、まだ生体宇宙船が残っている可能性。


 それを考慮してしまうサンゴウは、そう結論を出すのだった。


「なるほどな。じゃ、キチョウ。掃討戦、行くか?」


「はい。マスター」


 そうして、またもや龍騎兵ジンの無双が始まった。


 たった小一時間の戦闘。


 キチョウによるブレスの連打で、この宙域の完全殲滅が成されたのだった。


 なんだかんだ言っても、龍のブレスは強いのである。


「残るは六か所の戦場か。次は帝国軍の第一目標のところだな?」


「そうですね。では、向かいます」


「うん。よろしく。あそこも八割は潰したはずだから、残存兵力は二百万かそこいらのはずだ」


「そうですか。帝国軍の到着予定の日時までには、まだ四十八時間以上あります。なので、現場へ到着後、最優先目標の生体宇宙船をじっくりと探します。それで見つからない場合は、次へ急ぎましょう」


「だな。サンゴウがここから全速で向かうと、到着まではどのくらいの時間が掛かる?」


「ざっと六時間ってところでしょうね」


「そうか。そこまでのエネルギーは足りるな? 俺、ちょっと休ませてもらうわ」


「はい。艦長へは、到着の一時間前に声を掛けますね」


「いや、その時間には自分で船橋に戻るから、声掛けは不要だよ」


「はい。ではそのように」


 サンゴウが『艦長との会話を終えた』と認識した瞬間、またもやジンの姿が消える。


 長距離転移魔法が使用されたのは、魔法の残滓に反応しているキチョウの様子から一目瞭然であった。


 では、艦長が『ちょっと休む』と言い置いて向かう場所で、サンゴウの船内にある私室以外となるとそれはどこであるのか?


 サンゴウに導き出せる答えとは、ロウジュのところ以外にない。


 そして、そうであるならば、特に何も心配する必要などないのは明白であった。


「(戦闘の、任務中なのですけれど。艦長の行動は自由過ぎませんかね?)」


 この時のサンゴウがそんなことを考えてしまったのは、おそらく些細なことであろう。


 それはそれとして、サンゴウが予測した艦長の転移先は正解であった。




「ジン? 何故そこに貴方がいるの? 戦地へサンゴウで向かったはずよね? 敵の殲滅を請け負ったはずなのに、どうしてシルクのところにいるのよ!」


 皇妃のローラに繋がれた、シルクのプライベート用の回線を使用した通信。


 そのビデオ通話的な通信の場において、だ。


 シルクの私室に、スピーカー越しのローラの怒りを滲ませた声が響き渡る。


 帝都にいるはずのない、この状況下で帝都にいてはならないジンの姿。


 それを見てしまったローラが驚愕すると同時に、怒りを感じるのは至極当然の話であった。 


 こうして、勇者ジンとサンゴウは、皇帝陛下に直通回線の通信で述べた作戦案以上の戦果を、途中経過の段階で叩き出すことに成功した。

 魔法の存在を知らぬが故に、間抜けを晒した敵側の生体宇宙船を一隻、沈めることもできた。

 しかし、だからこそ『それだけで、本当に残存している生体宇宙船が他にはないのか?』という疑念も湧いて来てしまう。

 勇者の魔法による移動能力と戦闘能力は、サンゴウの推定を上回った。

 それでも、大挙して押し寄せた岩石タイプの宇宙獣が危険な存在であることに変わりはない。

 まだ他にもいるかもしれない、生体宇宙船の存在も然りであろう。

 ローラとの途中経過の話し合いは事態にどのような影響を与えるのか?

 ジン一人が大量に撃破スコアを稼いだ状況に、帝国軍のプライド的な部分は大丈夫であるのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 岩石的な宇宙獣の軍勢を相手に、いざ単身で実際に戦ってみると、意外と簡単に壊滅的な損害を与えることができてしまって少々拍子抜けした勇者さま。

 より厄介なはずの生体宇宙船は、本来の性能を十全に発揮する前の段階で倒してしまったので、「アレ? 生体宇宙船って実はそんなに強くないのでは?」とサンゴウが知ったらブチ切れそうなことまで考えてしまうジンなのであった。

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