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美人なエルフさんからのお願いを断るなんて、そんな奴はおらんだろ

~ギアルファ銀河ベータシア星系第十五惑星周辺宙域~


 サンゴウは輸送艦襲撃者たちを相手にワンサイドゲームの戦闘を終え、艦長ジンの意向に沿って初期の救助活動を済ませていた。


 それでも尚、サンゴウは当該宙域から大きく離れることなく、事案発生の現場付近に留まり続けている。


 生体宇宙船は、手近な宙域で『小惑星』とは呼べないサイズの小さな岩塊や、雑多なデブリを次々に捕獲し、エネルギーに変換して取り込む作業を繰り返す。


 そうすることで、少しでも船体に蓄えているエネルギー残量を増やそうとしていたのだ。


 むろん、それだけではなくサンゴウの船内においてで、並行して別の事柄の処置が進められていた。


 それは、賊の襲撃を受けて航行不能となった輸送艦ベータワンから回収された、生きてはいるものの休眠状態のままな、三名の女性たちの意識回復処置であった。


 救出時の彼女たちは、物語の眠り姫さながらに、身体の代謝機能を必要最小限の最低レベルで維持したまま眠り続けていた。


 そこから意識を覚醒させて、起きて自力で活動できるレベルへの代謝機能の復元措置を、サンゴウが慎重に施していたのだった。


 では、勇者ジンの主観においてで、『エルフ』と呼ばれる外観的特徴を持つ女性たちの状況の推移はどうなっているのか?


 女性エルフたちは未だ眠ったままではあるが、サンゴウによる診断と適切な処置が施されたことで生体反応のレベルがゆっくりと上昇し続けている。


 そのため、いわゆる『目覚めの時が近づいている状態』となっていた。


 モニター越しで、ジンは興味津々の視線を彼女たちへと向け続けている。


 彼女らは、それを感じ取ることができないハズだった。


 それでも、何らかの奇跡が作用でもしたのであろうか?


 ジンが見つめ続ける状況下で、三人は同時に目覚めの時を迎えたのであった。


 その瞬間まで全く飽きることなく、長時間船橋のモニターの前に陣取って、ガン見をし続けていたジン。


「(こいつ、動いたぞ!)」


 勇者は心の中で、どこかで聞いたようなネタ遊びを一人でしつつ、待っていた状況の変化を受けて歓声を上げる。


「やった! 起きてくれたぞ!」


「はい。無事に意識が覚醒したようですね。では、まずは音声のみで意思疎通を試みましょうか」


 ジンからすれば、「『いきなり映像付き』ってのも、それはそれでありなのだろう」と思えた。


 だが、なるべく相手に与えるショックが少ない方法で、意思疎通を始めたほうが良いのもまた事実であろう。


 サンゴウによって計算され尽くしたであろう配慮を感じ、ジンはなんとなく納得して了承する。


 かくして、ジンと三名のエルフ女性たちとの、初の会談の幕がここに上がったのである。


 ただし、その先陣を切るのがサンゴウなのは言うまでもない。


「私は有機人工知能搭載型生体宇宙船、サンゴウと申します。貴女たちは現在、宇宙船サンゴウの船内の一室に滞在中となっています。この会話は双方の使用言語が異なるため、言語解析による自動翻訳で行われております。サンゴウとしては『意思疎通には、十分な翻訳がなされている』と判断しておりますが、『理解不能な言葉や言い回し』があったり、『言葉の意味がおかしくないか?』などと感じることがあれば、遠慮なく申し出てください」


 サンゴウはここまでを一息に言い切った。


 そこから、少しばかりの間をおいて、三名の様子を細大漏らさず観察して行く。


 エルフ女性たちが浮かべた表情は、三者三様であった。


 それでも、表情から読み取れる情報に共通して含まれる成分として、『困惑』が見て取れる。


 ただし、サンゴウの発言に反発している様子だけはない。


「(三人のエルフ女性たちの方もまた、現在の状況の詳細を把握することを優先することができるレベルの高い知性を持つのだろう)」


 サンゴウの判断としては、そのように受け止められていた。


 サンゴウは、無言のままの女性陣を観察するだけで、それを悟ることができたのだった。


 そうした状況であるならば、ゆっくりと互いの理解を深めれば良い。


 かくして、生体宇宙船の人工知能は、『説明続行』を選択するのであった。


「まず、『ここはどこなのか?』とか、『何故、このような部屋に自分たちは閉じ込められているのか?』とか、疑問に思うことが多々おありかと存じます。ですが本船、有機人工知能のサンゴウ及び艦長であるジンには、貴女たち三人に対してなんら危害を加える意思を持ちません。それを前提とした上で、現在の状況をご理解いただくため、本船が持つ記録をこれからそちらにあるモニターにて、映像に音声付きで流します。その記録映像を見終えてから、質問を受け付けます。ですので、まずはご覧ください」


 三人が怯えているのもまた、確かなことである。


 そのせいか、未だ言葉は一言も発せず、ただ三人で身を寄せ合っている。


 サンゴウは、三人が『混乱の極致』にあると判断していた。


 それでも、そこへサンゴウは宣言通り、彼女らの視界に入るモニターへと映像と音声を流し始める。


 状況を改善できる方法は、それ以外にないのだから。


 流されている内容は、ベータワンが襲撃されている状況をおおまかに把握できるレーダー情報の推移と、ベータワンから発信された救助要請の受信から始まった。


 続いて、サンゴウからのベータワンへの通知がなされる。


 更なるベータワンからの返信を受信し、襲撃状況が光学映像に切り替わってから、サンゴウの攻撃による賊の排除。


 そんな内容の映像が途切れることなく流されて行った。


 そして最後は、サンゴウによるベータワンの強制停止と接舷が行われて、子機によるベータワン艦内への強行侵入が開始され、三人の搬送収容までとなる。


 三人は真剣な面持ちを保ち、ずっと無言のままで食い入るように、モニターに流されている映像を見ていた。


 映像の場面が、子機の手で開閉機構が死んでいる扉を強引にこじ開けたところまで来てしまった。


 そこに映った二人の遺体を見て、三人は静かに涙を流す。


 遺体が映し出されて以降は、三人のサンゴウ内への回収作業でしかなかった。


「映像はここまでです。ご自身の状況はご理解いただけましたでしょうか?」


「理解しました。助けてくださってありがとうございます」


 三人のうちの一人が気丈な面持ちへと表情を変化させ、サンゴウの問いにはっきりと返答する。


 エルフが、ついに言葉を発した。


 その音声をモニター越しに聞いていたジンは、想像の遥か上を行く美声に感動して目には涙を浮かべていた。


 むろん、見目麗しい容姿も加算されての感動なのであるが、そのような部分は些細なことであろう。


「今見ていただいた映像は、不要と思われる本船内部で行われたサンゴウと艦長の会話の音声部分をカットしているものの、それ以外は一切加工がされていません。それを、ここにはっきりと宣言しておきます。そして、貴女たちにはとりあえず食事を提供いたします。食後に落ち着かれてから、『モニター越しにて、艦長との面談を』という段取りを考えています。ここまでで、何か不都合な点はございますでしょうか? ああ、お名前だけでも教えていただけると助かります」


「ごめんなさい。まだ名乗ってもいなかったわね。私はベータシア伯爵家の長女ロウジュ・ハ・ベータシア。私の右手を握っているのが次女で、左手を握っているのが三女。それぞれ自分で名乗らせたほうが良いわね。私のことは『ロウジュ』と呼んでくださって構いません。この度の救出、本当に感謝しております。ほら二人ともちゃんと名乗ってご挨拶を」


「次女のリンジュ・ハ・ベータシアです。助けてくださってありがとうございます。『リンジュ』とお呼びください」


 長女のロウジュ、次女のリンジュに続いてもう一人が名乗りをあげる。


「三女のランジュ・ハ・ベータシア。助けてくれてありがとう。『ランジュ』呼びで良い」


 三人が名乗ったところで、出入り口のない室内の壁に突如生みだされた直径一メートルほどの穴を抜けて、ひょっこりと食事を運んで来た子機が姿を現す。


 サンゴウは生体宇宙船であり、自身の体内である船内構造における変形は自由自在であった。


 食事を提供する目的で室内に侵入した一機の子機は、ふよふよと飛んでロウジュの手前で空中停止する。


 続いて、停止した子機の球体部分の上部がパカッと開く。


 そこには、籠にどっさりと盛られたパンのようなモノと、湯気が立つ一目で温かいとわかるシチューのようなモノが入った器が三つ。


 大きめの三人分のグラスには、なみなみと水が注がれている。


 また、それとは別で中に水が入っていることが見ればわかる、真空断熱が施されているであろう透明な樹脂製のポットも一つ鎮座状態。


 覗き見状態のジンが思わず、「これ、量が多過ぎじゃない? 男性三人でも食べきれずに残しそう」と内心で呟いてしまったほどに十分な量が揃っていた。


 サンゴウから三人へ、「食べられそうか?」という確認だけはしっかりと入る。


 それを受けて、パンのようなものを小さくちぎり、シチューのようなものを一匙掬って、長女のロウジュが試食を行う。


 そうして、「問題なし」の返答がなされた。


 尚、明らかに過剰に思われる物量については、「分量的に足りないよりは、残されるほうが良い」というサンゴウの判断の結果だ。


 まぁ、仮に食べきれずに残ったとしても、サンゴウが再処理して有効に使用することになる。


 なので、実のところは『もったいない』という状態にはならないのだが、そんなことは些細なことであろう。


 三人のエルフ女性の食事が始まった。


 そこを監視のように眺めるのは、さすがに無粋であるだろう。


 その点に、今更ながらに気がついてしまうジン。


 女性との適切な距離感の保ち方、いわゆる『塩梅の良い接し方』が全くわかっていないのが『ジン』という勇者さまだ。


 それでも、この時のジンは遅ればせながら、サンゴウに三人の食事が終わるまで自身の眼前にあるモニターの映像を切ることを頼んでいる。


 むろん、緊急時は適用外であることを申し添えて。




「サンゴウさん。美味しくいただきました。ありがとうございます」


 長女のロウジュが代表して、モニターに向かってそう呼び掛ける。


「はい。どういたしまして。では、食器などを全て子機の中に戻してください。艦長との面談は行えそうですか? 食休みの時間が必要なら、もちろんお待ちします。遠慮なく申し出てください」


「いろいろとお気遣い、感謝致します。私を含めた三人全員に、ベータワンのクルーや連れて来ていた従者を失った事実に対する深い悲しみがあります。もし、『気持ちの整理が、完全についているか?』と問われればそれは『否』と答えざるを得ません。ですが、私たちは隣の星系との中間にある中立コロニーに向かわねばならないのです。時間が限られているのでのんびりとしているわけにも行かない。そのような事情もあるのです」


「そうですか。ご自身が抱えておられる事情も含め、諸々の全てを艦長との面談でお話されるのがよろしいかと存じます。では、艦長との面談を始めますね。画面を切り替えて艦長と繋ぎます」


 そうして、ついにジンは美人のエルフさんと初めてお話する事態を迎える。


 ジンにとっては、生きて動いているエルフさんとの、感動のご対面であった。


 この際、生身で直接ではなくモニター越しであるのは些細なことであろう。


 尚、当初の予定ではいきなり映像付きでの面談行うのは避ける話になっていたのだが、サンゴウがこの時点まで音声のみで会話を続けた結果、『問題はなさそう』と判断された。


 なので、モニター越しではあるものの、ジンの顔がロウジュたちにも見えている。


 もっとも、サンゴウのその判断は、短期的には失敗だったのかもしれないけれど。


 三姉妹の彼女らからすると、『ジンの顔と服装』という視覚で直接的に得られる情報から始まって、そこへ画面越しにであってもなんとなく伝わってしまう、『ジンが身に纏う雰囲気』まで加算された。


 その結果、最悪に限りなく近い第一印象を三人が抱いてしまう原因にも繋がってしまった。


 結果論でしかないものの、これでは少なくとも成功とはとても言えない。


 助けたことで上がっていたはずの好感度は、この時点でダダ下がり。


 ただしこれは、結局のところ遅いか早いかの違いでしかないのだろう。


 どのみち、いずれジンとロウジュたちが顔を合わせる事態の発生は避けられなかったのだ。


 であれば、その段階でエルフ女性たちが人族の男性であるジンへの嫌悪感を持つのは不可避であろうから、その意味では正誤の判定が非常に難しい事柄なのかもしれない。




 ここからは余談になるが、ジンはファンタジー世界で勇者をやっていたくせに、その世界の住人である『エルフさん』とか、『ドワーフさん』とか、『獣人さん』といったメジャーな種族の方々と接点を一切持ててはいなかった。


 と言うか、ジンに対して『召喚』という名の拉致を行ったルーブル帝国は、人族至上主義の帝国であったために、帝都ルーにおいてだとジンのような純粋な人族以外は、全て排斥と迫害をされていたのだ。


 ルーブル帝国においては、いわゆる『亜人枠』とされるエルフ族、ドワーフ族、獣人族などの人々が下手に帝都ルーへと入ろうものなら、即刻無条件に殺される危険すらある状況だったのである。

 

 そんな状態の帝都に亜人枠の種族の人々が寄り付くはずもなく、勇者時代のジンはそうした種族を見ることすらできずに、ただただ帝都に隣接していたの迷宮でひたすら魔物を狩って修行をする日々を延々と送り続けた。


 帝都に隣接していた迷宮のコアは、魔王城のある浮遊島へ人族が飛ぶことができるようになる唯一のキーアイテムであったこともあり、勇者ジンの行動は迷宮の攻略完了からの対魔王戦へと繋がって行く。


 そこからの流れは第一話の冒頭の場面に繋がってしまうので、ついに勇者時代のジンはエルフさんを直接目にすることがなかったのは必然だった。


「せっかく異世界ふぁんたじーしてたのに!」


 過去に思いを馳せれば、ジンは悔しい気持ちからそう言ってしまうのもやむを得ない。


 知識としてのエルフさんの存在は、もちろん知っていたのだが。




 余談はここまでにして本筋へと戻ろう。


「初めまして。艦長の朝田迅です。家名が朝田で名が迅ということになります。家名があるのは祖国の風習以外の何物でもなく、私の祖国の国民の全員が家名を持っています。ですから、家名があるので貴族であるとか、そういうことではありません。私のことは『艦長』あるいは『ジン』と呼んでいただいて構いません。では面談を始めたいと思います」


 ジンの中での常識、異世界あるあるの『家名を持っている人物は、全員貴族だろ!』という決めつけ問題。


 そんなアレを、自己紹介がてら一息に言い切って、早速潰しに掛かったジンであった。


 けれども、実はジンとサンゴウが迷い込むように入り込んだ宇宙、いわゆるこの世界においてだと、平民階級でも一部例外はあるものの、基本的にはちゃんと家名を持っている。


 少なくとも、ギアルファ銀河のベータシア伯爵家が所属するギアルファ銀河帝国では、それが一般的な事例となるのだった。


 よって、『家名持ち=貴族』が常識ではなかったりする。


 ジンの言葉を聞かされて、ロウジュたち三人はそれぞれにきょとんとした顔になってしまった。


 けれども、そんなことは実にどうでも良い些細なことであろう。


「初めまして。ベータシア伯爵家の長女、ロウジュ・ハ・ベータシアと申します。こちらが次女のリンジュ。そしてこちらが三女のランジュと申します。サンゴウさんより既に伝わっておられるかもしれませんが、改めてお礼申し上げます。この度の救助。本当にありがとうございました。そしてこの面談では、代表で私がお話させていただく形で良いでしょうか?」


「ああ、もちろん構いません。ただ、『リンジュさんやランジュさんに、どうしても直接確認したいことがある場合は、その限りではない』ということで了承いただきたいな」


「はい。それでお願いします」


 このような会話の流れで面談が始まったわけであるが、シンの内心は歓喜に溢れている。


 それを文章で明確に表現するのならば、『美人エルフさんとお話! 美人エルフさんとお話!』だったりするのだから、これが相手にバレれば不審者認定一直線であろう。


 ホントにヤバイ勇者である。


 もちろん、それを露骨に表情へと出すことはないので、一応問題が表面化することはないのであるが。


「さて、何から話すべきか。うん。まず、護衛艦もなしに輸送艦のみで単独航行していたのは何故だろうか? また輸送艦の目的は何だったのだろうか?」


 この時のジンの最大の目的は、本来すべき未知の宇宙についての情報を得ることそっちのけで、美人エルフさんとの会話をすることそのものにすり替わっていたりする。


 その事実は、誰にも明かせない秘密だ。


 目的がすり替わったことで、最初は当たり障りのなさそうな、どのような返事をされても大丈夫な話題を振ってしまう。


 むろん、ほんのちょっぴりだが情報収集も考えていたし、いざ話を始めれば徐々に大元の目的の方向へと、ジンの思考は切り替わっていくはずなのだが。


「はい。輸送艦のみでの伯爵領内星系の航行は普通のことです。まがりなりにも軍艦であるので最低限の武装はありますし、軍に喧嘩を売る馬鹿な賊は普通ならばあり得ない存在ですので。それと、輸送艦の目的ですが。今回は軍事行動が目的ではないので、軍機ではありませんから開示できます。目的は隣接星系との中間点にある中立コロニーへ私たち三人を運ぶことですね。もちろん交易品も積んではおりましたが」


 ロウジュの語った『軍に喧嘩を売る馬鹿な賊は普通ならばあり得ない存在』という部分には、それ相応の理由が存在する。


「軍と賊には所持している武装に雲泥の差があり、火力の面で超えられない壁が存在する」


 端的に言うと、前述のようになってしまう。


 ジンは当然知らないが、ギアルファ銀河帝国において、軍用の武装は軍以外に建前上は流通することがない。


 中古払い下げのような扱いでも厳格に管理されていて、財力の低い貴族の領内軍へと流れて行く。


 もしくは完全廃棄でスクラップである。


 従って、『通常の賊の武装』というのは民生品もしくはその改造品であって、軍の武装よりもかなり劣ってしまうのだ。


 けれども、通常は民間船のみを襲う賊にとってだと、それで十分であったりするのであった。


 ただし、だ。


 何事にも抜け道、裏稼業というのは存在するもの。


 これはあくまでも、極少数の賊に限られた話ではあるのだが、軍用の武装を非合法で手に入れていたりするケースだって出てくる。


 そうした『極少数の限られた賊』というのは、当然狙う獲物もそれなりの相手になるし、美味しい獲物の情報が入ってくるルートも確保されていたりする。


 また、闇で請け負う襲撃の仕事の質も、当然それなりのモノになるワケであり。


 今回のロウジュたちがお客さんとして乗艦していたベータワンを襲った賊は、『そのような部類であった』というだけの話である。


 まぁそれはそれとして、面談の会話はまだ続くのだけれど。


「そうなのか。そういうモノなのか。ところで、私とサンゴウが抱えている事情も少し話をしておこう。実は私たちは『原因が定かではない、超空間跳躍航行中の事故に遭った』と考えられる状況下にある。元々私たちがいたはずの宙域は、『それがどこにあるのか?』が全くわからないほどに遠い。そのような現在位置に迷い込んだようなんだ。なので、『この星系の事情』も、『この国の事情』も、『この銀河の事情』も、とにかく全てがわからないんだ」


 ジンが語った『自らの事情』とは、サンゴウが造り上げたそれっぽく聞こえる大嘘でしかない。


 いわゆる、『噓も方便』というヤツなのだった。


「それで納得がいきます。この船。このような船が配備されて運用、いえ、そもそも『開発されている』なんて聞いたことがありませんので。賊との戦闘時の映像からわかる戦闘能力もあり得ないくらいに高いですし。けれども、父のところへ全く情報が入らないような遠方で作られた船であれば、そういうこともあるのでしょうね。それに今。私が話しているギアルファ銀河共通語に対して、『言語体系が違うので翻訳を』と仰った時点で、『異なる文明を築き上げた場所からの来訪者だ』と察してしまいますしね」


「ああ、確かに。この船は特別製だよ。有機人工知能のサンゴウも含めて、な。そして、そうだな。間違いなく私もサンゴウもこの船も、ロウジュさんたちからすれば異文明の産物に当たるだろう。少なくともこの銀河においては、だがね」


 いくらジンでも、なかなか本題である『助けた対価として、この銀河の情報を。貴女たちが知る限りの全部をくれ』というのは、さすがに切り出しにくい。


 そもそも対話相手のロウジュはジンにお礼こそ述べるが、『具体的な謝礼について』とか、『対価についての話』を一切しないのである。


「さて、ですね。お互いの理解が若干なりとも進み、『少なくとも当方が、貴女たち三人に危害を加える気はない』という程度の信頼は『得られた』と思うのだが、どうだろうか?」


「そうですね。私たちを性的に襲うつもりであるのであれば、今現在の状況はあり得ません。それでも、『全面的に信頼している』とまでは言えないのですが、『信頼したい』と思っていますし、『信用してお願いをするしかない立場だ』とも思っておりますよ?」


「『お願い』ですか? それは、どんなお願いなのでしょう? それとそのお願いに対する対価はあるのですか?」


「当初からの目的地である中立コロニーへ私たち三人を送り届けていただくこと。それがお願いとなります。そして、そのお願いに対する対価についてですが。救出していただいた件の対価も含めてのお話になります。私たちは当主ではないため、自由になる財産はささやかなものですし、当主であり父であるベータシア伯爵に報酬の支払いをお願いすることまでしか権限を持ちません。その件の決定権は、あくまで当主にあるのです。ですから、この場で『対価はこれです!』というお約束はできかねるのです。どうしたら良いでしょうか?」


 ジンの立場からすると、今のロウジュの発言は絶好のチャンスが到来した瞬間となった。


 この会話の流れからであれば、ロウジュに知識を要求するのは可能であろう。


 よって、ジンはここぞとばかりに語る。


「そうですか。ではまず確認ですが。現在私たちが確保している『賊の艦』や『小型の機体』の所有権はどうなりますか? また、同じく確保している『ベータワン』についてはどうなるのでしょうか? その二点について教えていただきたい」


「賊由来の物資については、所有権が賊を討伐した者にあります。『ベータワン』については軍の所有艦ですので、もしも破壊された場合はその宙域を特定し、可能な限り回収をしてスクラップ処理までが軍の義務となります。これは軍用の武装を軍以外に利用されないための措置であり、帝国法で定められています。しかし、その、今回のケースでは、ですね。ベータワンの艦自体を確保なさっておられるのですよね? 大変申し上げにくいのですが。まず、確保している場所の情報を軍への通知することが求められ、次に艦の曳航と引き渡しが要求されます。金銭での謝礼は出るはずですが、『納得できる妥当な額か?』と問われたならばおそらく『否』となるでしょう」


 ベータワンの艦体については、ロウジュの説明を聴く限り、あまり気分の良い内容の結末にはなりそうもない。


 そうとしか考えられなくなってきたジンであった。


 しかしながら、『曳航』という言葉が出る時点で、おそらくこの銀河の住人にはジンが持つ収納空間のような技能はないことが推察できてしまう。


 となれば、『該当艦を持ったまま移動している』というのはギアルファ銀河帝国の人間の想像の範囲外のお話になるであろうし、引き渡しを要求する側は、『どこかに置いてある、あるいは隠してある』と考えるのが妥当であろう。


 それに加えて、だ。


 今現在収納空間に入っている艦体を、ジンが持っていると証明する手段。


 そんなモノは、ギアルファ銀河帝国の人間にはないハズなのであった。


 つまるところ、知らぬ存ぜぬで押し通して、持ったまま逃亡も可能。


 ジンの頭には、そのような案が過った。


 また、最悪でも証拠隠滅目的で、『サンゴウに全てエネルギーへと変換してもらって、吸収してもらう』という手段までもある。


「(さて、どうしたものか?)」


 ジンとしては、悩みどころであった。


「なるほど。ただ確保している場所に見張りがいるわけでもない場合、そこから盗み出されるなんて事案の発生もあり得ますよね? もしそうなった場合、『いわゆる二次被害への責任』というのはどうなるのですか?」


「そうですね。そのようなケースですと、前例から言えば、『軍からお小言』というか『嫌味』を言われながら、『本当に隠して確保していないか?』の厳重な取り調べを受けて、無罪であれば放免ですね」


 ロウジュの発言で、ジンの腹積もりは固まって行く。


 具体的に「どうなったのか?」と言えば?


「(おーけー! わかった! 軍の態度しだいで持ち逃げするかどうかを決めるとしよう)」


 ロウジュには伝えられない答えが出され、前述のようなとても不穏な方向へと思考が傾いたのである。


「鹵獲品に対する権利関係のお話はわかりました。さて、そろそろ『本題』というか艦長としての『対価の要求』を述べさせていただきます。先に申し上げた通り私たちは、この銀河の知識を『全く』と言って良いほどに持っていません。そんな事情ですから、可能な限りで構いませんので、情報提供をお願いします。もちろん、ベータシア家のご当主である伯爵さまからは、伯爵さまが妥当と判断される報酬を『別途、諸々の対価』として受け取りたく思います。それでいかがですか?」


「そのあたりが落としどころなのでしょうね。ただし、当家の機密事項とか、ギアルファ銀河帝国の対外的にオープンにしていない情報については、『私の判断でお伝えしないこともある』のをお許しいただけるのであれば。その条件付きで、可能な限り知識の提供に応じます」


「ええ。それで大丈夫です。良かった。情報提供していただけないと、これから向かわねばならない中立コロニーの場所さえわかりませんからね。本当に良かった」


 ジンは一応チクリと、『できるだけ多くの情報開示をしておくれよー』のアピールをしておく。


「(まぁホントにヤバイ情報は、逆に提供されると困るかもしれんがな!)」


 ただし、このような本音の部分はしっかりと隠す。


 こうした部分では、あまり危うきには近寄りたくないジンなのである。


 ちなみに、ジンはマップ魔法によって、次の目的地となるであろう中立コロニーらしきモノがある宙域を実のところ特定している。


 ロウジュからは、それの固有名詞を情報として引き出しさえすれば完全に確定できてしまうのだから、勇者の魔法はチート以外の何物でもなかった。


 こうして、勇者ジンは自分からは言い出しにくかった情報提供の要請を、話の流れに乗って上手くロウジュに呑ませることを成功させた。

 その代わりに、しっかりと三人のエルフ女性を中立コロニーへと送り届けるお願いを叶えることになったのだけれど。

 新たな目的地となった中立コロニーでは、どんな事態が待ち受けているのか?

 ロウジュらが中立コロニーへと行かねばならない理由とは何なのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 大して賢いわけでもないのに、君子を気取って『アブナイことには近づくのを避けたい』と思いながらも、実際には過去にいろいろと無意識な状態でやらかしている、召喚された異世界で魔王討伐を成した勇者さま。

 理由はともかくとして、これまでの人生においてでアブナイことにも首を突っ込んだ経験を、それなりに持っているジンなのであった。

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