ベータシア星系方面での完勝と、ギアルファ銀河帝国必敗レベルの敵の大攻勢
~ギアルファ星系第四惑星(首都星)周辺宙域へ向かって航行中(到着まで残り半日)~
サンゴウは、ベータシア星系の危機を救う戦いを終えたあと、ベータシア星系の主星に立ち寄り、そこから改めて針路を首都星へ向けて航行を開始していた。
その航程は形振り構わない、サンゴウの全速力を以ってして既に八割以上が消化されつつある。
そうなってしまった理由は、ジンがお義父さんに挨拶をしている真っ最中に、帝都からの『至急ジンとサンゴウに帰還を求める記録映像』が届いたから。
ただし、緊急事態になる可能性が高い帰還要請には、詳細な情報がなかった。
まぁそれも無理はない話で、帝都からベータシア星系に最速で届けられる情報であっても、それはリアルタイムとはほど遠い。
今回の場合は、帝都側でも詳細な情報がない段階での見切り発車的な発信であったからだ。
いかにサンゴウが他とは一線を画す『超快足』を誇る生体宇宙船であっても、辺境の星系から首都星に戻るにはそれなりの時間を必要とするワケであり。
本当にサンゴウが必要な、決定的な事態となってから呼び出しを掛けたのでは手遅れになってしまう。
そして、少なくともこの事案での見切り発車は正解であった。
これは、ギアルファ銀河帝国の皇帝とローラのコンビの判断力と決断力が優れており、決して無能ではない証左でもあろう。
とにもかくにも、現在のサンゴウは帝都へ向けて驀進中であり、残りの航程がようやく半日を切った段階で、帝国軍の怒号のような通信が乱れ飛んでいるのを知ったのである。
むろん、それは通信波が減衰しまくっていて、ギアルファ銀河帝国の技術レベルで造り出せる受信機では拾うことすらできない代物。
また、サンゴウの現在位置にそれらが届くまでの時間を考慮すれば、古い情報であることは間違いない。
それでも、だ。
垂れ流されているそれらから、判明することがあるのも事実であった。
ジンとサンゴウにキチョウも加わった、ギアルファ銀河帝国の最強戦力が鉱物生命体の侵略軍の一軍と戦っている間に、他の七つの侵攻路からギアルファ銀河帝国の版図は蹂躙され始めていたのだった。
ジンたちが殲滅に成功したのとは別の一軍が、最初に接敵してしまった星系。
そこには、常駐の帝国軍の守備隊が存在していた。
襲い掛かって来た鉱物生命体を宇宙獣と判断した守備隊は、その数に驚きつつも決死の覚悟で足止めに徹し、結果としては一兵たりとも生きて帰ることのない『部隊丸ごとの完全消滅』となった。
敵の侵攻路からほど近い星系の全てに避難指示が出され、『該当星系における、味方の守備隊が完全消滅した』と思われる情報が出たことも相まって、てんやわんやの大騒ぎとなっている。
サンゴウが受信した通信波の通信内容は、それだったのである。
まぁ、それはそれとして、この状況に至る前のサンゴウたちの『ベータシア星系の外側での戦い』の詳細はどうであったのか?
では、サンゴウが戦闘中に、艦長のしていた何かを問うたところから、現在に至るまでの流れを順に追い掛けてみよう。
「『何をしていたのですか?』って言われてもなぁ。そりゃあ、敵に対する攻撃に決まってるワケだが」
「もちろんそれは承知しています。サンゴウが確認したいのは、『その攻撃がどのようなモノなのか?』でしかありません。情報の開示をお願いします」
サンゴウはジンの的を外した答えに対し、怒ることなく受け流す。
その上で求める答えを引き出すべく、問いを重ねた。
優先順位を間違えず、効率を重視する生体宇宙船。
人工知能の思考は、感情を有する人とは異なるのである。
そして、自身が求められていない内容を伝えてしまった事実に気づかされたジンの側は、さっさと説明に入るのだった。
「俺がサンゴウと出会う前。要は、俺が勇者の役目をしてた時の場所では、よくあった魔法由来のトラップを、だな。この戦場でサンゴウが引き撃ち始めた時から、俺の能力でのできる限界まで、広範囲にばら撒いていたんだわ。で、『敵がそれに引っ掛かり出すのが、そろそろかな』って話」
「なるほど。罠を仕掛けたワケですか。しかし艦長。敵が全ての罠を踏んでくれれば良いですが、この宙域にそれらが残されたら先々において危険なのでは? サンゴウに探知できない罠ですので、『ギアルファ銀河帝国の艦船にも探知は不可能』と考えられます」
「そこは問題ない。もし、不発のままで残ってしまうと危ないから、万一に備えてちゃんと七日後には消滅するようにしてある!」
ぶっちゃけ、設定した消滅までの期間の七日とは、単に感覚的に決めたモノでしかなく、危険回避に対しては実のところ何の根拠もなかったりする。
だが、そもそも星雲の外側となる現在の宙域に、ギアルファ銀河帝国の艦船が侵入してくることは想定し辛い。
特にそうしなければならない事案など、通常ならばないはずなのだから。
また、ジンの味方であるお義父さんへ、この件についての注意喚起をきっちりしておけば、安全対策としては事足りるはずであった。
サンゴウの現在位置付近の宙域に、ベータシア伯爵が発布する危険宙域の情報を無視して侵入するような艦船がもし存在したならば、それはほぼベータシア伯にとっての敵対勢力のモノでしかない。
まぁ、何気に『ジンとサンゴウ』という特殊な前例もあったりはするのだが、そのような極小の確率の事象については、このケースだと目を瞑って然るべきであろう。
それはそれとして、今回ジンが採用した魔法トラップを大量設置するやり方。
これは、大元の発想が地球の戦争の歴史にある、『機雷』とか、『地雷』などのばら撒きと同じだ。
違いは、それが魔法であり『いわゆる物理的実体が存在しない』という部分だけとなる。
尚、サンゴウの放った弾には反応しないようにするため、『対象の大きさで判別し、作動の有無がある』という作動条件付けをする芸の細かさ。
魔法トラップの効果自体は未だ未知数でしかないものの、ジンとしてはやらないよりはマシであり、『敵を少しでも減らすことができたらラッキー』という程度の認識の話でしかなかった。
そして、同じ船橋にいたキチョウはジンがそれをしていたことで発生した、不自然な魔力の流れを敏感に察知してしまう。
神龍はすぐにジンのしている行為の中身に気づき、気づいてしまったからにはくっついて魔力を渡してもらうことで、その魔法トラップの設置に協力していた。
神龍に進化したことで、できることが格段に増えているキチョウ。
このときのキチョウは、少し前のジンの発言に従って自身の姿を子竜時代のモノにしていたが、能力自体は本来の神龍のモノとそれほど違いはない。
姿を偽っているキチョウが『可愛いペット枠』を誰にも譲らないつもりでいたのは、戦闘とは何の関係もない些細なことなのである。
一人と一匹の魔法の使い手が、何の遠慮もなくガンガン設置しているそれは、ルーブル帝国がある世界ではありふれたトラップであり、ありふれているだけに対処方法も確立されている。
けれども、魔力や魔法が基本的に存在しないこの世界では、『発見も解除も、ジンとキチョウ以外ではできない』という極めてアブナイモノに変化してしまう。
更に、魔法トラップの仕組み自体は同じでも、『そこに注ぎ込まれている魔力量が全く違う』という、激しい差があったりもする。
実のところ、ファンタジー世界でのそれに比べると、破壊力も有効範囲も比較するのが馬鹿らしくなるくらいに異なっているのだけれど。
しかしながら、ジンもキチョウもそのあたりには無頓着で、微塵も気にもしていなかった。
これは、『トラップで確実に敵を仕留める』という考えがなかったが故に成立し得た状態なのだが、そんなこともまた些細なことであろう。
それはそれとして、過去の地球の戦争において、ばら撒かれた地雷によって作り出された地雷原が、戦後にどんな悲劇をもたらしたのか?
その部分の知識をちゃんと持っていたジンは、後日の安全性について前述のように一応ちゃんと配慮をしている。
尚、キチョウはジンの魔法を理解して、同じように消滅期間を設定をしていたのであった。
非人道的な兵器である『地雷』や『機雷』のばら撒きは、地球でも(一部条約批准していない国による例外はある)、ルーブル帝国がある世界でも、この世界の帝国軍でも、当然禁止だ。
けれども、今回の場合は場所が場所であり、相手も相手である。
ついでに付け加えておくと、帝国軍がそれらの設置やばら撒きを禁止している範囲に、星雲の外側の宙域、いわゆる『外宇宙』の部分は含まれていない。
そして、それを決断したジン自体の思考が「フハハッ! どんなド汚い手を使っても勝てば良かろうなのだ!」を地で行く状態であり、精神的には全く主人公とかヒーローをしてないのであった。
サンゴウの砲撃が着弾し始め、密集状態での移動から散開と回避行動を絡めた行軍へと変更を始めた鉱物生命体たちとモドキ。
彼らは、それが落ち着いて被弾が減少したところで、突如として謎の爆発攻撃に晒される事態に直面する。
もちろん、それはジンとキチョウがガンガン設置しまくった、魔法トラップに引っ掛かっただけ。
だがしかし、だ。
鉱物生命体たちとモドキからすれば、『何もない空間において、敵からの攻撃の予兆が何もなく、それでいて、いきなり爆発による攻撃をされている状態』ということでしかない。
よって、パニック状態で動き回った鉱物生命体たち。
その行動は、さほどおかしな対応ではなかった。
ただし、そうした敵側にとっての当然の行動自体は『ジンとキチョウによる『魔法トラップ攻撃』との相性が、最悪であった』と言える。
鉱物生命体たちの軍勢には、『更に追加で、魔法トラップによる被害が出る』という悪循環までもが発生してしまい、しかもなんという偶然か、初撃のそれにモドキが巻き込まれて撃沈してしまっていたのであった。
思考が悪辣なジンは、想定される彼らの行軍の進路に対し、特に厚くそれをばら撒いているゾーンと空白で何もないゾーンを交互に置いている。
「やっと危険地帯を抜けた」
敵側から前述のような『安心した感想が飛び出すであろうところで、もう一回』というのが、この時のジンのやり口にとっての第一の狙いとなっていた。
更には『相手が進撃を止めた場合に、サンゴウが近寄れなくなるのを防ぐため』という要素も加味してのトラップ敷設を行っているのだ。
もっとも、その場合は『ばら撒いたトラップを自爆させる方法を以って、撤去することで対処しても良い』のだけれど。
とにもかくにも、そんな一方的な攻撃の流れで、鉱物生命体側の受ける被害は瞬く間に積み上がってしまう。
この方面にいる敵の数が、五割以上も減少したのを確認した時点で、砲撃を続けながら事態の推移を注視していたサンゴウは艦長に声を掛ける。
「艦長。最初の魔法トラップが発動した時点でモドキの反応は消失しました。指揮官と思われるモドキがいなくなり、現在、戦力も半減しているのに敵は一向に撤退する気配がありません。この行動は異常です。やはり、当初の予想通り、別動隊がいるのではないでしょうか? こちらは陽動でしょうね」
実のところ、ベータシア星系に到着し、敵を探知した時点で、別動隊の存在を予見していたジンとサンゴウ。
ジンは、それを皇帝と帝国軍へ向けて、『あくまで予想』と前置きした上で作成した映像データの送信をオレガに託している。
その予想が、敵の行動により裏付けられた格好なのだった。
「だな。キチョウ。勘はどうだ? ここが終わって以降のことについて、何かを感じたらすぐに教えてくれ」
「はい。マスター。今のところ何も感じませんが、その時はすぐにお伝えしますですー。ところで、マスター。少しお外に出ても良いですか? まだブレスを試したことがないので、一度やってみたいですー」
「おう! 良いぞ! そうだなぁ。ベータシア星系まで残り十日の地点まで行ったら俺と一緒に出るか。あ、その時にサンゴウには少し下がりながら俺らの撃ち漏らしの処理を頼む。モドキ以外なら特に危険はないよな?」
「はい。エネルギーの問題だけはありますが、もし不足しそうなら小惑星を食いつぶして対処します。それでも尚、足らなくなりそうなら艦長に呼び掛けますがよろしいですか?」
「うん、それで良い。その時は即、魔力供給に戻って来るさ。あっ! キチョウと一緒に出るってことは、俺ってひょっとして、『竜騎兵』になれるのか? いや待てよ。この場合は『竜』じゃないから『龍騎兵』になるのか? そんなの胸熱展開じゃねぇか!」
ルーブル帝国における『竜騎兵』とは伝説の存在であり、ジンとしてもそれは憧れの存在であった。
まして、その上位となる『龍騎兵』となると、そもそも過去に存在例がなかったりする。
つまり、史上初の存在となるのでジンの胸が熱くなるのは当然であり、無理もない話であった。
そうこうして、ついに出撃の時がやって来る。
龍騎兵ジンはサンゴウ謹製の子機装備も身に纏い、厨二パワーが全開である。
何事も形から入る気があるジンはこの時、攻撃用の武器にいつもの剣ではなく槍を選択する。
それは、龍騎兵のイメージになり切ろうとしたが故の選択なのだった。
手に入れてから一度も使ったことがないにもかかわらず、収納空間の肥やしになっていた聖槍を取り出して装備までしていたのは、それが理由だったりしたのだけれど。
「(子機装備はアレの感じに近いし、これもうアレじゃね? 第六感を余裕で通り越えて、その次の感覚に目覚めちゃってるまであるんじゃね?)」
胸が熱くなってそんな思考に陥っていたのは、ジンが墓まで持って行く秘密の一つである。
むろん、この時の勇者が新たな領域の感覚に目覚めた事実はない。
それらは全てジンの妄想の中だけのことであり、全然全く微塵もないのが現実なのだった。
とにもかくにも、そのような流れから龍騎兵状態のジンとキチョウのコンビの無双が始まる。
兵力差は『約三百万の鉱物生命体VS龍騎兵一騎のみ』という、戦場としてはあり得ない数の差。
しかし、いざ戦闘が開始されてみれば、戦況は圧倒的な数の差に反して一方的なモノとなる。
短時間で敵の数のみが激減し、殲滅されて行くのだ。
尚、初期の段階で『あれ? 俺って槍の技、習得してないじゃん!』と気づいてしまった勇者がこっそりと聖槍を収納空間へと戻し、聖剣に持ち替えたのはジンとキチョウだけが知る秘密である。
付け加えると、戦闘中のジンは心に誓ったことがある。
「(俺、この戦闘を終えて帝都に戻ったら、槍の技の修練をするんだ!)」
無駄に死亡フラグっぽい思考に走ったりもしてしまったわけだが、これについては『戦闘中にもかかわらず、そんなことを考えている余裕すらあった』とも言えてしまう。
もちろん、この戦闘は問題なく敵の全てを殲滅して終わる結末を迎えるのだが。
いかに数が多くとも『敵として、絶対に逃げない相手』というのはある意味で楽なのであった。
そうして、龍騎兵はサンゴウに無傷での帰還を果たすのだった。
「マスター。ブレス無制限はめっちゃ楽しいですー」
魔法で子竜の姿に戻ったキチョウはサンゴウの船橋で、楽し気にジンへと戦闘の感想めいたモノを述べる。
「そっか。それはなによりだったなぁ」
「また別の機会にやらせてくださいー。それと『この方面の危険はなくなった』と勘が知らせていますー。お家に帰りましょう」
キチョウのブレスは、魔法とは別物。
あくまで別物ではあるのだけれど、魔力を激しく消費する攻撃方法ではある。
よって、本来であると三発も放てば魔力が枯渇して一旦終了となり、そこからは魔力の回復次第での次発となってしまう。
つまるところ、数時間に一回撃てれば良いレベルの、高出力な範囲攻撃なのだ。
そのような切り札的な攻撃が、ジンを背に乗せて魔力を供給され続けることによって使用制約から解き放たれる。
ブレスを連打しまくったキチョウは、今回の戦闘でそれはもうガッツリと経験値を稼いでいた。
それらの事情から楽しくないわけがなく、キチョウの発言はそれを如実に示している。
まぁそれはそれとして、ジンとサンゴウの探知範囲から敵が消滅し、キチョウからも安全宣言モドキの発言が出た時点で、ベータシア星系付近の宙域にもう用はない。
ならば、ジンの次の行動は決まっているのであった。
「そうか。じゃ、お義父さんに挨拶の通信だけ入れて、帝都へ戻るか。サンゴウよろしく」
「はい。艦長。まずはベータシア星系の主星に向かいますね。それはそうと、宇宙バッタの時より艦長の戦闘能力が上がっていませんか?」
倒した敵から得られる経験値によって、ジンもまたレベルアップしてるからサンゴウの感じた疑問は当然のモノとなる。
もっとも、ジンには自身のレベルを知る術がない。
それ故に、気にしていないだけだったりするが、そんなことは些細なことでしかないのだ。
「そうか? ま、身体動かしてるからだんだん鍛えられて強くなるんじゃね?」
ジンのテキトー過ぎる返答。
サンゴウ視点だと、『身体能力の向上』と、『戦闘経験による最適化』などの、艦長が語る『身体を動かすことでの成長』だけでは、『客観的な戦闘能力の増加の事象』とどう考えても釣り合わない。
「(それは、違うのではないでしょうか?)」
そう考えはしたものの、さりとてサンゴウには艦長の戦闘能力が強化された原因を、明確な根拠で指摘することなどできない。
そうであるからには、だ。
「(もう『艦長デタラメだから!』で、良いことにしよう)」
サンゴウは諦めの境地へと至る。
そこで試合は終了であった。
一体、何の試合か?
その点が謎であるけれど。
かくして、ジンたちはお義父さんの危機を無事に防ぎ切った。
型通りの挨拶を済ませ、ベータシア星系を発つことになるのだが、そこでそれだけでは済まないのが、勇者の持つ運命力なのだろうか?
ジンは最速で帝都へ向かうようにサンゴウへ指示を出す。
状況はこのような流れから、冒頭の場面へと繋がって行くのである。
「艦長。約二時間で帝都とのリアルタイム通信が可能な距離に到達します。先行して皇帝陛下からの記録映像データが受信できました」
「了解。あとでちゃんと見るけど、とりあえず内容は?」
先に記録映像の内容を、サンゴウから要約で聴こうとするジンであった。
これは、文字通りの手抜きではあるのだが、合理的でもあるだけに何とも評価し辛い対応となる。
まぁ、この手の話は、結果さえちゃんと出せれば問題ないのだけれど。
「はい。自由民主同盟の勢力範囲は全て消滅。帝国軍の戦力から五個軍が迎撃に出て、その分は既に殲滅状態、敗北しています。敵の規模は七つの侵攻軍で、その一つ一つが一千万隻相当。敵の侵攻速度が速くないため、一般国民の避難は問題なく進捗。ただし、当面は問題ないが年単位で放棄した星系を機能させられないと、数年後には深刻な食料問題が出る。迎撃軍は五十五個軍と機動要塞百個で限界まで動員。内容としては以上ですね。状況の連絡だけで特に指示、命令、お願いなどはありません。控え目に言っても『ギアルファ銀河帝国存亡の危機』です」
サンゴウが語った帝国軍の動員兵力は、対同盟戦における超巨大要塞を相手にした時より、増えている。
これは、単純に旧同盟側の戦力を帝国軍に編入した純増分があるからだ。
ただし、ギアルファ銀河帝国にとっては、明確な外国の敵対勢力は消滅している状況でもあったため、若干軍縮が進んでいる。
まぁ、このあたりは旧式の艦艇を退役させる方法での数の削減でしかないため、艦艇の総数は減らしても総合的な戦力の減少は極力抑えているのだけれど。
「えっと。同数で互角のやり合いができるとしても、だ。『帝国軍の動員兵力じゃ一つの侵攻軍の相手が精々』ってことか?」
「兵力で行けばそうなりますね。いるかもしれない、いえ、まず間違いなくいるであろう『生体宇宙船』の戦闘能力が加味されていなくてその状態です。普通の戦争ならば、降伏以外の選択肢がないでしょうね。宇宙獣が相手では、降伏なんてできませんけれど」
「(これ、完全に詰んでるんじゃね?)」
ジンは瞬時にそう思ってしまった。
だが、諦めれば全てを失うだけなのは確実である。
また、ジンたちは知らないが敵の目的にはミスリルの奪取が含まれている。
それ故に、だ。
仮に戦うことを諦め、ギアルファ銀河帝国としての勝利を放棄して、ジンが個人的に助けたい人員のみを掻っ攫って逃げたとしても、どこまでも追われることになるのは確定であった。
そもそも、敵側の戦争目的はギアルファ銀河の人間の根絶やしなのだから、逃げても一時しのぎでしかない。
もっとも、そのような知らない部分の有無に関係なく、ジンとしては簡単に諦められる案件ではないのが現実だろう。
よって、『何とか方法を捻り出さなければ』と、サンゴウに声を掛けたのは既定路線となる。
「サンゴウ。この事案の勝利条件を『俺たちが生き残って、最悪でもギアルファ帝国が問題なく存続する』に設定した場合、達成できる手段はあるだろうか?」
「はい。敵の侵攻速度から計算すると、勝利条件を『首都星の在るギアルファ星系が無傷で残る』とするのであれば、各個撃破が不可能ではありません。ただし、もちろん簡単な話ではなく『手段を選ばず』になりますが」
「はっ? 手段あるの?」
予想外のサンゴウからの返答で、間抜けな感じの言葉がジンの口からこぼれた。
「(いや、方法あるんかい! 『存亡の危機』ってのはどこ行った?)」
そのような言葉が続いてジンの頭を過る。
続いて、そこまで考えた時点でサンゴウが語った『手段を選ばず』の部分に、いやーな予感がヒシヒシとしてきたのは、決して些事として片付けてはならない事柄であろう。
「確認するのが怖いけど、それを避けては通れないか。で、その『手段を選ばず』ってのはさ、一体どんな方法か教えてくれるか?」
「はい。まず帝国軍には一番近い侵攻軍へ全軍を向けてもらって、そこで戦ってもらいます。それで勝てれば良し。もし勝てなくても、できる限りの時間稼ぎはしてもらいます。で、残りは全部、艦長頼りですね」
そこまで内容を知った時点で、ジンが『既に遠い目の状態になっていた』のは、最早言うまでもないであろう。
「(簡単に『艦長頼り』って言うけどさ、どうする気だ、おい! サンゴウは俺に何をさせる気なんだよ!)」
ジンの心の中での呟きは、妥当なモノであったかもしれない。
少なくとも本人の心情としては、そうなっても仕方がないのは紛れもない事実であろう。
ただし、それをなんとなく悟ってはいても、スルーするサンゴウの言葉は続く。
何故なら、サンゴウは最初から『手段を選ばず』と宣言しているのだから。
「一番目に近い侵攻軍に向けて、艦長は転移で接近して潰しに行ってもらいます。むろん、これは帝国軍の皆さんが現場へ到着する前の話です。もし、そこに生体宇宙船がいた場合は、それを最優先目標として潰していただき、それとは別で『敵の総数に対しての五割以上の殲滅』を目標として攻撃を実行してもらいます。その間にサンゴウはキチョウと二番目に近い侵攻軍に向けて航行し、接敵次第、全力攻撃を以ての遅滞戦術に移行。その状態で艦長の合流を待ちます。艦長は最初の戦闘の目標を達成したら、残りを帝国軍に任せて二番目に近い侵攻軍、サンゴウとキチョウのいる戦場へと転移で向かってもらいます」
「なぁ。話の途中で悪いんだが」
ジンはサンゴウの話がまだ終わっていないことを承知の上で、切りの良さそうなところに口を挟んだ。
「はい。何でしょうか?」
「それってつまり、『転移して俺一人で特攻して頭を潰して、ついでにできるだけ雑魚も掃除してね』ってことだよな? で、『残りの雑魚は帝国軍に押し付けて次に行こうね』の繰り返しか?」
「はい。その通りです。これだけの戦力差をひっくり返せる方法は、それ以外にはありません」
サンゴウによる、勇者ジンへの移動能力も含めた総合的な意味での戦力評価が妥当かどうかはさておき、敵への戦力評価は正しい。
このケースは、結局のところ『物量と質』と『時間と距離』の問題であった。
もし、敵の軍勢が鉱物生命体のみで構成されていたのなら、『ギアルファ銀河帝国の支配下領域にかなり深刻な被害を受けても構わない』という条件ならば、艦長からエネルギー供給を受け続けることができるサンゴウ単艦でも勝ち筋はある。
もちろん、それでも『勝ちが確定』ではなく、あくまでも『勝てる可能性があるにはある』のレベルだ。
しかし、そこに複数の生体宇宙船が加わったのならもうお手上げ。
最終的に敵を殲滅すること『だけ』ならば、時間を掛けさえすればおそらく可能であろう。
けれども、それをサンゴウ単艦で成し終えた時には、ギアルファ銀河帝国は消滅しているであろうことが想像に難くないのだから。
まぁそれでも、だ。
サンゴウの計算がどれだけ正しくとも、『ジンがどう思うか?』については全く別の話である。
「(あのー。それ、俺が死んじゃいませんか?)」
率直に出て来たジンの最初の考えはコレだった。
まぁ、それだけで終わらないのが『勇者ジン』なのだけれど。
「(でも待てよ? 相手はベータシア星系で戦ったのと同じっぽい。あれらの個々の戦闘能力は知れてる。となると、『やれ』と言われればできてしまいそうな気もしなくもない。でも、やりたくない! すごくやりたくないんだけれど!)」
そんな考えのジンは、黙ったままだった。
故に、サンゴウは更に作戦の先を続けて語って行く。
「艦長が最初に五百万くらい敵を潰してくだされば、帝国軍は三倍以上の兵力で敵に当たることができます。そうなると、受ける被害が少なくて敵を殲滅できる可能性が高くなります。一戦ごとに補給と戦力の再編成を行い、移動して同じことを繰り返しても、艦長が二番目以降の殲滅量を増やして、常に帝国軍優位な数的戦力差を作り出せば良いのです」
サンゴウの説明を耳に入れながらも、この時のジンは既に『敵の殲滅方法』を具体的に考える段階へと移行していた。
「(魔力量最大で持続時間十秒の光球を、敵のど真ん中に作り出す。光学的な意味での視界を一時的に奪って、その間にばら撒けるだけ魔法トラップをばら撒いてから逃げる。あるいは超遠距離から広範囲攻撃魔法ぶち込むか? 超長距離転移直後のところに攻撃を受けさえしなければ問題なさそう。それすらも、子機装備を纏って魔法でシールドを張っていれば、まず危険はないだろう。あれ? よく考えてみたら、これはイケるんじゃね? 完全殲滅が必須となれば話は違って来るけど、大幅に数を減らせば良いだけなら余裕じゃね?)」
敵への適切な攻撃方法を思い付き、心に少しばかり余裕が出て来たジン。
ファンタジー世界からこの世界へやって来た勇者は、サンゴウに問い掛ける。
「その方法を採用したとして、予想できる被害ってどのくらいだ?」
「艦長の殲滅速度次第ですけれども、ベータシア星系での殲滅速度から判断するならば、このデータにあった既存の被害に『十五から二十星系前後が壊滅する形で上乗せ』といったところでしょうか。ただし、『避難が順調であれば、人的被害は帝国軍だけに限られる』と考えます。帝国軍の被害の合計は『約四割』と予測しているのですけれど。ただ、大きな問題が一つ。艦長個人の戦闘能力がバレます」
「俺の戦闘力は五十三万です。本気を出せば百万以上は確実か!」
「艦長? 何ですか? それは」
ついついネタを言って見たかっただけの、言い切ったことで笑顔を浮かべるジンなのだった。
「ああ、すまん。さっきのは、ちょっと言ってみたくなる定番の台詞なだけで、特に意味はないんだ」
「そうなのですか。で、バレてしまうのは良いのですか?」
「そこはもう、どうしようもないだろう? 誤魔化せる方法なんて、そんな都合の良いモノはないよな?」
「はい。すみません。サンゴウには考えつきません」
「なら、仕方がないさ(なるようにしかならんだろう。けれど、『事後に恐れられて追放』とかはなしでお願いしたいもんだな)」
サンゴウへは諦めの言葉を返しつつも、辛い前例を経験しているだけに、言葉にはしない形でそう切に願ってしまうジンなのだった。
そうこうしているうちに、サンゴウは帝都とリアルタイム通信が可能な宙域へと到達する。
帝国軍からは即座に通信が入り、合流しての戦闘への参加要請が来た。
それは、ジンが驚愕するしかない、懇願レベルの腰の低さだったりする。
だがしかし、だ。
命令系統が違うので、どれだけ懇願されても、ジンとしては『皇帝陛下へ要請してくれ』と返答するしかない。
このレベルの案件になると、勝手に仕事を受けてはダメなのである。
まぁ、それに続いて、その皇帝張本人からの通信が入ったりするワケなのだが。
「戻って来るのを待っていた。状況は先に送ったデータの通りだ。帝国軍の動員可能な戦力全てでも対処は無理だ。頼ってばかりですまないが、それでも『ジンとサンゴウなら』と期待してしまう。さて、何とかできるか?」
憔悴しきった表情を隠しもしない皇帝からの、これが初めてではない、直の無茶振りが出た瞬間であった。
こうして、勇者ジンとサンゴウは、ベータシア星系に迫っていた危機をさらっと解決した。
けれども、それは鉱物生命体側の陽動作戦に、見事に引っ掛かった形でもある。
ただし、この件については、ベータシア星系が被害担当となる事象をジンたちには受け入れられないため、『なるべくしてなった案件』であろう。
キチョウの龍族としての勘で、皇帝案件のやばそうな危機を察知できなかったのは何故なのか?
また、皇帝からの無茶振りに、ジンはどのように応じるのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
岩石的な宇宙獣を相手に、『たかが『宇宙獣』と言えど生体宇宙船が指揮を執って、戦術と戦略がある軍勢化すると、こうも厄介な相手になるモンなのかねぇ』などと思わず呟きたくなる勇者さま。
たとえ皇帝側の自覚としては無茶振りであっても、それを受け止める側にとっては既に敵を倒す算段がイメージできている案件だったりしたので、非常に心配な部分が別にあるジンなのであった。




