キチョウの成長と、一千万の敵の軍勢
~ギアルファ銀河ベータシア星系側の外縁部の更に外側(外宇宙)~
サンゴウは、艦長のジンの針路指示に従って航路のない宙域を突き進む。
生体宇宙船は、銀河の外側からベータシア星系に迫って来る何かの、大量の反応がある方向へと急いで向かっていたのだ。
キチョウの勘から飛び出したロウジュパパの危機を告げる言葉を信じ、行動した結果から成立している状況。
むろん、サンゴウたちが二隻の生体宇宙船と鉱物生命体の集団を相手に戦った時点からは、それなりの時が経過している。
では、フタゴウを取り逃がして帝都へ戻った時から、この状況に至るまでの流れを順に追いかけてみよう。
帝都にて、大元の宇宙獣駆除依頼に対しての報酬を受け取り、『キチョウを無断で連れ去り事件』でのお説教をされる案件もなんとか済ませたジン。
そんなジンに、帝都でのんびり落ち着いた生活をする日々が始まることはなかった。
成長をしたいキチョウの要望を受け入れ、サンゴウ内に滞在する時間を増やしたからだ。
それは、漫然と首都星の海上に浮かんで待機している状態のサンゴウの、内部でジンと生活するだけでもある程度事足りる話ではあったのだが。
まぁ、コトのついでで『どうせなら』とばかりに、お小遣いが勝手に近寄って来るパトロール航行を始めてしまうあたりは、ジンもサンゴウも貧乏性の面があったりするのだろう。
もちろんそれは、キチョウに戦闘経験を積ませる意味も含めてで、より効果が高い面も考慮しての行動だったのだけれど。
ふらふらとした、特に目的地があるワケでもない航行。
そんな最中に、ジン宛ての『帝国軍による鉱物生命体に対する分析結果』がサンゴウへと届くのであった。
「おー。この前の宇宙獣の判別方法が確立されたぞ。帝国軍もやるねぇ。サンゴウでも区別できなかったのに。まぁ拾った破片を運んでる時に、偶然気づいたことが判別できるようになったきっかけらしいけど」
ローラ経由で送られてきたデータを、サンゴウのモニター上で眺めていたジンの率直な感想はこれであった。
「偶然でもなんでも、有用な結果が出たのならばそれは『良いこと』です」
「だよなぁ」
「サンゴウにもできなかったことを、ギアルファ銀河帝国の技術で解決したのですから。優秀な味方がいる。『とても良いこと』ではないですか。フフフ」
サンゴウの音声には、絶対零度レベルの冷ややかさがあった。
良いことならば、喜びの感情のようなモノが声音に乗ってもおかしくないはずなのだ。
なのに、現実の生体宇宙船からジンに伝わる反応は真逆なのだった。
「(うわぁ。怖えぇ。久々に『フフフ』が出たよ。俺、何か地雷を踏んだ? サンゴウでも『嫉妬する』みたいのがあるんかね? 人工知能なのに?)」
サンゴウの返しを受けて、そんな思考が頭の中で流れたジン。
そんなジンには自覚がなかったとしても、この会話の流れの中で地雷を踏んでいるのは間違いない。
後知恵でしかないが、もっと簡素な感想だけで良かったのである。
「帝国軍、すごいね」
前述のような類の、短い称賛をする発言だけで済ませておけば、それで十分であったのだ。
余計だったのは、『サンゴウにもできなかった』のくだりである。
まぁ、そんなやらかした事後対応にはなるのだが、それでもポンコツ勇者は『やっちまった感』を取り繕う会話を続けることに、なんとか成功するのだけれど。
「これで、『帝国の支配宙域にこっそり入り込んで隠れていても、見つける手段ができた』ってことだな! あの宇宙獣は個々の戦闘能力が高くはないから、数的不利じゃなければ帝国軍で十分対処できる。俺らにお鉢が回ってくるのは大規模での襲撃か、フタゴウが出た時だけだな!」
「そうですね。『デルタニア星系におけるサンゴウの同型船は、サンゴウのロスト以降に造られた可能性がない』とは言えません。そもそも、他の開発計画もありましたしね。けれども、それがデルタニア軍や製造元とは縁もゆかりもないこの宇宙にいたのはおかしいのです」
「あー。それはそうだよなぁ(良し! 話題が逸らせた)」
サンゴウの指摘に納得して相槌を打ちつつも、ジンは話題を逸らすことに成功した事実が嬉しかったりする。
実のところ、そのあたりをサンゴウに見破られていたりもするのだけれど、世の中には知らない方が幸せなことがあるし、この案件に限って言えばそれは『些細なこと』でもあろう。
「そして、フタゴウはサンゴウの完成前に致命的な欠陥が判明していたので、二番船以降が製造される事態はあり得ないはずなのです。にもかかわらず、これまでにサンゴウはフタゴウタイプ二隻に遭遇しています。この調子ですとそう遠くない未来において、生体宇宙船がまだ何隻か出て来る可能性がありますね。まぁ艦長ならば、百や二百くらいだと仮に現れたとしても、平気かもしれませんが」
「それはそうかも。なんせ俺、『勇者』だもん!」
いざ、仮定の状況を提示されてみれば、だ。
勇者ジンは、サンゴウモドキなどの千隻程度に自身が囲まれた状態を想像してみることだってできる。
その状況下で戦っても、最後に立っていられるのは自分である自信がジンにはあった。
それ故に、肯定的な返答になってしまう。
もっとも、それは『純粋に真っ向勝負をした場合』でしかない事実には、目を背けた上での話でしかないけれども。
何故なら、ジンは一人しかいない。
そのため、場所や時間の制約から逃れられないのだから。
勝利条件の設定次第では、たとえ勇者だけが最後に生き残っていても、勝敗の判定自体は『敗北』となることはあり得るのである。
そして、そうしたことを悟っていても、だ。
サンゴウは、艦長の力量が自身と同じサンゴウタイプの生体宇宙船の百や二百を相手にガチンコで戦って、勝てるであろうこと自体は認めるしかなかった。
何故ならば、だ。
勇者のシールド魔法を貫ける攻撃手段がなく、逆に勇者の側にはサンゴウタイプを一撃で消滅させられる攻撃が可能。
また、勇者を敵として相対した場合に生体宇宙船側はエネルギーが有限であるのに対し、勇者の側のそれは無限なのだから。
サンゴウタイプ側の僅かな勝ち筋としては、超空間砲を使用して勇者が自力では戻って来ることが不可能な場所に吹き飛ばすことのみであろうか。
ただし、不意打ち以外でそれが成立する可能性はないに等しく、その不意打ちを成功させることそのものが絶望的に難しいのだけれど。
「またしても出ましたか。その何でもあり的な無敵の言葉が。ほんと、艦長はデタラメですよね」
話がここまで進んだ段階で、サンゴウ的には細かな話はどうでもよくなってしまっていた。
「(もう、敵対する生体宇宙船はこの先どれだけの数と遭遇したとしても、艦長が全部やっつける未来が確定しているのではありませんか?)」
そこまで考えた時点で、先を考えることが『無意味』と感じるだけに思考を停止してしまう。
本来ならば、突き詰めて考えたくなるはず事柄は存在するにもかかわらず、だ。
いわゆる、『どうしてこの宇宙に?』とか、『何故、造られた?』とかが、それに当たるワケなのだけれど。
要は、細かなことを考えるのは、時間の無駄に思えてきたサンゴウなのだった。
そのような相棒の考えが、以心伝心となったのであろうか?
勇者ジンが、反論を試みる事態へと発展する。
「全然『デタラメ』じゃないから! 勇者なら誰でも普通にできるから!」
こんなことを堂々と言い放つジンは、やはり鈍感なポンコツ勇者なのであろう。
これは仮定の話になってしまうが、もし、ルーブル帝国がある世界の勇者たちが『ジンのやったこと』と『発言内容』の二つを確認した場合、はたしてどうなるだろうか?
「そんなの絶対にできません! 勘弁してください!」
全力土下座で、このように完全否定すること間違いなしなのである。
もちろん、サンゴウはそれを知る由もない。
だが、それでも『勇者なら誰でも』の部分については、ジンの言葉を疑う。
それは、以前キチョウがシールド魔法を展開した際の言葉で、『同じ魔法でも行使者によって差が存在する事実を確認したこと』からの推測込みの疑いであった。
事実としてジン以外にはできないのだから、疑うことが正しい。
推測から導き出されたサンゴウの判断は、正解なのである。
ジンはジンで、サンゴウが『勇者なら誰でも普通にできる』の部分に疑念を持っていることを、沈黙の時間が流れたことでなんとなく察してしまう。
故に、形勢不利を悟って、話題を更に転換していくのであった。
「キチョウも育ったなぁ。あ、でも何かこう今の状態だとロウジュたちに怒られそうだからさ。サンゴウから下りる時に、元のサイズになったりできんか?」
「はい、マスター。身体に魔力を溜めておけばできますー」
いわゆる変身魔法の行使も、キチョウにはできる。
ただし、変身するのにも、変身後の姿を維持するのにも魔力は必要だ。
この世界には今のところジン由来以外の魔力は存在しないため、制限が掛かるのはやむを得ない話であった。
「そっか。ならそれで頼む」
「そうしますー。でも、もっと成長したいので、できるだけここにいたいですー」
竜族は種族的な特性として、『より強くなること』への欲求が非常に強い。
よって、キチョウの意見は出て来て当然の話となる。
むしろ、この件については『今までよく我慢していた』と褒められるまであるかもしれない。
「そうかそうか。そのうち龍になれるんだっけ? めっちゃ強くなるんだよな? 俺は老竜までしか戦ったことがないけど」
「強くなりますし、身体も強靭になりますー」
サンゴウの船内はジンから潤沢に供給され続ける魔力のせいで、濃密なそれが満ち溢れている空間である。
つまるところ、キチョウは通常ではあり得ない速度で成長することができてしまっていた。
それを悟っていて、しかも己の要求が通り易い状況に、キチョウがしがみつくことは自然な流れでもあった。
また、本能的に今の段階で可能な限り力を増すことの必要性を、強く感じ取ってもいた。
キチョウには、いずれ本格的に自身の力が必要とされる戦いや、危険な状況の発生する予感があったのだから。
まぁ、そんなことを知りもせず、深く考えもしないジンはのんきなモノであるのだが。
「そうかぁ。それは良いことだな」
「マスターから見たら、強くなっても誤差みたいな差かもしれないですがー」
キチョウの発言は謙遜でもなんでもなく、力量の差を本能によって悟ることができる竜族ならではのモノであり、事実でしかなかった。
少なくとも、あと何段階か進化して『龍』になったぐらいでは、ジンの力の足元にも及ばないのは確実となる。
キチョウは自身の現在の力量と未来の姿を、ちゃんと理解していた。
「いやいや期待してる。将来つーか、随分未来の話になるけど俺の寿命が尽きて以降は、俺の子孫の守護龍になってやってくれ。頼むな」
「はい。マスター。いつかは神龍になりたいです!」
龍脈の元が融合されていることが原因となる、膨大な魔力をその身に宿す勇者ジン。
その膨大な魔力の影響によって老化がものすごく遅くなり、実のところジンの寿命は滅茶滅茶伸びている。
その事実に、まだ気づいていないことが前述の発言からわかってしまう瞬間であった。
サンゴウとともにギアルファ銀河へやって来てから、既に結構な時間が経過しているのにもかかわらず、ジンの容姿は『加齢』と言う意味での変化を全くしていない。
この段階で、その部分の異常性にはっきりと気づいているのはサンゴウのみだったりする。
けれども、その肝心なサンゴウは『艦長が人間の枠を超えた存在だ』と、認識している。
故に、わざわざその点を指摘したり、確認をしようとは考えないのだった。
まぁ、そんな抜けている部分があるジンであっても、自分の子供たちの未来を考える親バカなところはちゃんとあるのだった。
さて、このような会話があった、お小遣い稼ぎを兼ねたパトロール航行。
それは、年単位の時間を消費して断続的に行われた。
キチョウが望む成長と進化。
それが順調に進んでいると同時に、ウミュー銀河の鉱物生命体の方にも、当然ながら動きはある。
では、そちらの状況にも少し目を向けてみよう。
ウミュー銀河では、粛々とギアルファ銀河に生息する相容れない有機生命体を滅ぼす準備が進められている。
それには、オリジナルのフタゴウから生み出された、四号機モドキが大車輪の活躍を果たしていた。
サンゴウより遥かに巨大な船体を持つその生体宇宙船は、『母船型』という特性を生かす。
要は、ギアルファ銀河への侵攻計画に基づいて、膨大な数の鉱物生命体をピストン輸送していたのだ。
最終的には五年後に、タイミングを見計らってギアルファ銀河へと攻め込めるように、突き進む慣性航行での速度や方向もきっちりと計算されている。
侵攻路を八本設定し、八つの軍勢でギアルファ銀河帝国に攻め入る計画。
尚、その八つの軍勢のうちで本隊となる一軍以外のそれぞれには、各一隻の生体宇宙船が同行する予定となっていた。
ここで除外された本隊には、一隻の生体宇宙船に加えて四号機モドキが加わる二隻体制であり、侵攻路それぞれ一本につき一千万の鉱物生命体が赴く。
まさに必勝の物量での、大攻勢なのだった。
ウミュー銀河側の陣営では、このように事態が推移していたのである。
密やかに迫りくる鉱物生命体の軍勢。
ギアルファ銀河帝国は、残念ながらその事実に気づくことがないまま、五年近くの歳月が流れた。
現状では、最初に戦端が開かれるまでの猶予は、受け身の状態のままだと三か月ほどしかない。
約三か月の時間が経過してしまえば、彼らは現在のギアルファ銀河帝国の支配宙域へと到達してしまうのだから。
順序として、先遣隊の扱いで陽動の役目も担う一つの軍勢は、大きくギアルファ銀河の星雲の外周部から回り込み、本命となる襲撃路の真反対となるベータシア星系側へ、真っ先に辿り着く。
この事態を先行して勘だけで察知したのが、種族特有の能力を発揮したキチョウだったりするのであった。
それはそれとして、キチョウがロウジュパパの危機を察知する前の段階で、サンゴウは疑問を感じていた。
二度も現れた生体宇宙船が、五年の時を経ても全く姿を現さなければ、疑問の一つも感じるのは当たり前ではあるけれど。
サンゴウがフタゴウを取り逃がして以降、全く姿を現さなくなった生体宇宙船。
その状態には不気味な印象しかなく、早急に取り逃がしたフタゴウを発見して消滅させたいのがサンゴウとしての本音であった。
さりとて、探しに行こうにも探す宙域の当てがない。
そのため、艦長のジンと成長を望むキチョウとともに、ギアルファ銀河の外縁部への哨戒航行へと赴くだけなのだった。
キチョウはサンゴウ内にほぼ住んでいる状態になり、『五年』という時を費やしたことでついに、神龍へと進化を果たす。
単なる魔物の竜から進化して、生物と精霊の特徴を併せ持つ神獣となる『神龍』へと至ったのだ。
その結果、キチョウは宇宙空間でもシールド魔法なしの生身のままで、活動可能な肉体的強靭さを手に入れる。
神龍になったことで知能はもちろん、戦闘能力も格段に高くなっている。
現在のキチョウの力量は、条件次第ではあるもののサンゴウと宇宙空間で一対一の模擬戦をして、稀にだが勝つこともある程なのだった。
ちなみに、キチョウが模擬戦で負けることが多いのは、単純な力量不足が原因ではない。
魔力の自然回復が全くない部分に原因があるので、魔力を使い切った時点で負けが確定してしまうのだから。
ただし、竜族から龍族になったことで基本能力の『勘』は更に強化されている。
それにより、キチョウは遠く離れたベータシア星系の危機を察知してしまった。
これが、前話の『マスター。マスターのお義父さんの星が危ないですー』の発言に繋がるのであった。
「うん? ベータシア星系に緊急事態が発生するのか?」
「ですです。危険です。ヤバイです。すぐに向かわなかったら手遅れになりますー」
ジンは過去に竜を相手に戦った経験が豊富にあるだけに、キチョウの勘を信じざるを得ない。
何故なら、ルーブル帝国で勇者をしていた時分に、竜を討伐するのはかなりの面倒事であったからだ。
ただしそれは、『相対した状態で戦って苦戦する』という意味ではない。
竜族は勘によって事前に危機を察知してしまうため、戦いが成立する前に逃げるが故の面倒さだったのである。
「わかった。すぐに向かおうか。サンゴウ。帝都に向けて、ベータシア星系へ向かう申請を出しておいてくれ。名目はなんでも良い」
「はい。休暇として申請しておきました。では、出発しますね。全速航行へと移行します」
「了解だ。さて、久々に大立ち回りとなるんかね? キチョウの勘が外れるワケがないから戦闘があるのは確実だろうな」
「『マスターがちゃんと対処すれば、何の問題もない』と勘が囁いていて、このままなら間に合いますー」
「なるほど。『ちゃんと』か。サンゴウ。ベータシア星系に着いたら、いや、その少し手前の段階から探知を全開にしてくれ。俺もそうする。それと、子機アーマーの装備も使う。準備しておいてくれ」
この段階で、毎回使うワケではない子機装備についてまで準備の指示を出すジン。
つまるところ、勇者としても『ガチでヤバイ』と感じ取っているのであろう。
「はい。いつでも使えます。格納庫からこちらへ運びますね」
このような経緯で、ベータシア星系に向かったジンたち。
現場へ近づき、いずれ接敵する相手の規模を、ジンが真っ先に探知できた時点で何が起こったか?
三者三様に、その結果には驚かされることとなったりするのであった。
とにもかくにも、冒頭の状況にはこのような流れから繋がって行く。
この五年間で、遠征の合間を縫ってロウジュを筆頭とする妻たちを相手にイチャコラと、アレやコレやをしていたのにもかかわらず、ジンが新たな子供を授からなかったのは些細なことなのである。
ジンとサンゴウはベータシア星系へ到着する少し前から、広範囲の探査を実施していた。
そして、キチョウの勘が働く方向に範囲を絞って、更に遠方へとジンはマップ魔法と探査魔法による探知を伸ばして行く。
その組み合わせで調べた結果、ようやく大量の超高速で接近してくる物体を探知したのだった。
ジンは即座にオレガへと緊急連絡を入れる。
敵の襲来とその規模を、そして、自らは迎撃に出ることを告げた。
また、皇帝と帝国軍へ向けた映像データを送り、その送信を命じたのだった。
オレガは自分より上位の侯爵になっている娘婿からの通告を受けて、ベータシア星系の領軍に防衛ラインの構築を命じる。
更に、ジンの撃ち漏らしや流れ弾の処理を想定して、領軍で対処を行うことを併せて命じたのだった。
もちろん、娘婿から預かった映像データは帝都に向けて送信している。
これらが、戦闘開始の前々段階の状況の推移であった。
「さて、どう戦うかなんだが。サンゴウには良い案があるか?」
「艦長が一人で特攻し」
「待てーい! 今、その手の冗談は要らないから!」
言い掛けたサンゴウに対して、即、言葉を被せるジン。
ジンからすれば不要なフラグは確実に折らねばならず、決して最後まで言わせはしないことが重要なのだから。
けれどもそうなると、サンゴウは必然的に次点案を披露する流れとなってしまうワケだが。
「次点の現実的な方法としては、有効射程ギリギリまで接近してから、後退しながら砲撃し続けるいわゆる『引き撃ち』ですね。『サンゴウの砲撃に、艦長とキチョウの魔法攻撃も加える』といったところでしょうか」
「ふむ。素人考えでアレなんだがなぁ。もし、実体弾を最速でサンゴウが撃ち出した場合、弾の生成時間込みでもエネルギー収束砲よりは連射速度が増すよな? それでな、この宙域には『目標までの間で、重力などの撃ち出した弾の弾道に、大きな影響を与えるものはない』と思うんだが。どうだ?」
「はい。連射に関しては材料があるのであれば、標準的な威力を出すエネルギーの収束時間と、同等の威力が見込めるサイズの弾の生成速度を比べると、艦長の想像通り実体弾を使用する方が早いですね。つまり、連射性に拘るのであればそこは正しいです。ただし、エネルギー収束砲より命中率はかなり低くなってしまいます。よって、資源の消費とエネルギー効率からお得な方法とは考えません。それはそれとして、弾道への影響については、艦長の考えで合っています」
適度なサイズにするだけで、特段に形を整える必要もない生産速度重視の量産型実体弾。
サンゴウの能力を以ってすれば、材料さえ豊富にあればそんな弾を造り出すことは容易い。
それでも、エネルギービームと実体弾では撃ってから目標に到達するまでの時間に差があり過ぎる。
射出速度を上げることで、いわゆる手数は増やせても、当たらない攻撃にどれほどの意味があろうか。
サンゴウの効率重視の見解は、『一定の条件下では正しい』と言える。
まぁ、サンゴウの『常識的見解』を覆すのが、勇者としてのジンのお約束的な流れなのかもしれないけれど。
「では、『俺の収納空間に入れてある小惑星を取り出して、それをサンゴウが曳航しつつ、弾に加工しながら順次撃ち出し続ける』ってのはどうだ? これならエネルギー収束砲の射程外からでもできるから、先制攻撃にもなって手数も増えると思うんだが。そんなことはできないだろうか?」
以前の惑星新造作業の際、余った小惑星を収納空間へとこっそり入れたままにしていたジンであった。
ちなみに、ジン以外の勇者は、『そんなモノを入れられるほどの、大きな収納空間を持っていない』のは最早言うまでもないであろう。
「艦長? 小惑星を今、持っているのですか? いつの間に? まぁそれは良いでしょう。ほんとデタラメですね。さて、弾の材料があるのならば、その作戦は可能です。そういった方法なら命中率が低くても、本来の攻撃開始予定地点のかなり手前から攻撃可能な点でメリットが大きいですね。また、作戦実行に必要なエネルギーについては、艦長からの供給さえあれば問題ないです(『命中しなかった流れ弾が、そのあとどうなるのか?』は知りませんけどね)」
言葉にはしない、やや物騒な思考がこの時のサンゴウには発生する。
しかし、『元々、宇宙空間にはそんなものはいっぱいある』と切り捨てるだけであったが。
外宇宙を飛び続けることになる流れ弾の末路は如何に?
それは、神のみぞ知る事象なのかもしれない。
「よし。ではそれで行こう。『小惑星を適度に刻んで砲弾ばら撒き作戦』だ! なーに、『命中率がどう』とか言っても、そんなモノは数を撃てば良いんだ。戦いは数なんだよ。材料はある!」
どこかのアニメの軍人さんの名言を思い出しながら、そう宣うジンなのだった。
まぁ、くだんの軍人さんが語った『数』とは兵力とか兵数のことであって、決して撃つ弾の数の話ではないはずなのだけれど、そんなことは些細なことであろう。
かくして、作戦は決定し、準備を済ませてから戦端は開かれた。
サンゴウによる、実体弾のばら撒き砲撃が開始される。
エネルギーと撃ち出す弾の材料に、不安要素がない生体宇宙船は、撃つ、撃つ、そして撃つ。
ジンの視点だと、それはまるで『地球の戦場で見られた、機関銃による面制圧の如く』となる。
広範囲の空間を制圧をするかのように、ただひたすらに膨大な量の弾が撃ち出されて行く。
当然、敵側にいるかもしれない、生体宇宙船の探知範囲外からの超遠距離攻撃であった。
ジンの膨大な魔力量に任せた探知範囲は、超科学の産物であるそれを遥かに上回っていたのである。
しかし、サンゴウは船体の内部にミスリルを所持しているため、実のところジンたちの接近自体は、鉱物生命体たちに気づかれていたりするのだけれど。
「なぁサンゴウ。これってどのくらいの数を撃ってるんだ?」
「はい。各砲門、毎分六百発。砲門数は八十四門。フル稼働で撃っています。つまり、毎秒八百四十発ですね。このペースのまま引き撃ちで三日撃ち続けると、二億発は楽に超えます。概ね、百に三つ程度は敵に命中することでしょう」
「ほうほう。まぁ命中率の悪さは想定内だから良いけど」
「ただし、『当たった一発のみで撃破する』というのは『なかなか厳しい』と推定されます。よって、破壊まで至るのは最少で百万、最大で二百万。事前予測としては、そんな感じになります」
敵の数はジンの探査魔法によって、一千万程度であることはこの段階で判明していた。
それ故に、ジンとサンゴウの間で成立した会話だ。
ちなみに、キチョウはジンにぴったりとくっついたままの姿勢で無言。
サンゴウの視点からすると、神龍は敵が存在する方向に視線を向けているだけであった。
「ふむ。六百万発以上は当たるけど撃破はグッと減るのか。敵の総数はざっくりとでだいたい一千万ってとこだから、今のやり方でそのうちの一割は少なくとも減らせるワケだ」
時間と距離、そして攻撃手段と補給面での余裕がある限り、アウトレンジ攻撃で敵の総数から一割を削れるならば、それはそれで十分な戦果であろう。
ジンとしては害虫駆除の感覚なだけに、安全第一の思考であった。
「はい。そのあたりの数でしょうね。敵の速度がこのままなら、三日後にはベータシア星系を攻撃可能になる距離まで十日の位置に到達します。それと艦長、どうやら敵の集団の中にモドキが一隻いるようです。明確に探知できたわけではないのですが、そんな感じがするのですよ」
「お、やっぱりまだいるかぁ。ところでさ、『モドキの射程外から攻撃を当てて潰す』ってのは無理だよな?」
「そうですね。仮に実体弾がまぐれ当たりしたとしても、モドキの防御フィールドを抜けないでしょうし、それを抜けるほどのエネルギー収束砲は、モドキの射程外から当てるのは困難でしょう。そもそも射程内でも簡単に当たるワケではないですしね」
「(ま、同型船同士で戦って一方的にワンパンキルは『できるほうがおかしい』のか)」
サンゴウの答えに、納得してしまうジンだった。
それはそれとして、ジンはサンゴウの引き撃ちを何もせずにただ見ていたワケではなかった。
それは、キチョウも同じだったりする。
たとえ、サンゴウの視点からは『艦長とキチョウは、船橋で戦況を眺めているだけ』に見えていたとしても、事実はそうではなかったのである。
「さて、そろそろ最初のに敵が引っ掛かるハズなんだが。はてさて、どんな結果が出るかな?」
「艦長? 今度は一体、何をしていたのですか?」
サンゴウによる、呆れと驚きの成分を多分に含んだ発言が船橋に響き渡った瞬間であった。
こうして、勇者ジンとサンゴウは、前話で成功させた鉱物生命体撃退作戦以降の約五年の時を、キチョウの成長を主目的とする活動によって帝国領内の賊を狩り、いわゆる治安の向上へと貢献することに成功した。
キチョウはそれによって神龍への進化を果たし、生物としての能力と存在の格が上がる。
ベータシア星系に迫る危険を龍族の勘で察知して、向かった先の戦場で待ち受けていた事態とは?
ジンがこっそりとしていた小細工とはどんなモノなのか?
また、その結果はどうなるのだろうか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
キチョウの言葉に従って、ギアルファ銀河の端から端へと超長距離を移動したにもかかわらず、遭遇したのは鉱物生命体の大軍と、おそらくは部隊の旗艦であろう生体宇宙船の存在に驚くしかない勇者さま。
敵の軍勢を発見してから、アウトレンジで一方的に撃ち続けるサンゴウの攻撃を見ているだけでは退屈なので、船橋にいてもできることをこそこそとしていたジンなのであった。




