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二対一の生体宇宙船同士の戦いと、鉱物生命体側の事情

~ギアルファ銀河旧同盟側支配宙域の外縁部(旧ギアルファ銀河帝国の支配宙域とは反対側)~


 サンゴウは旧同盟側支配宙域の外縁部にて、二隻の生体宇宙船を相手に交戦中となっていた。


 広い意味では同種となる相手。


 それらを相手に、二対一の数的不利を覆すには、どれほどの性能差が必要だろうか?


 残念ながら、サンゴウの現在の性能はそこに届いていなかった。


 それは、サンゴウがフタゴウと誤認していた生体宇宙船と、以前に戦った結果からしても明白である。


 ただし、防御面だけは相手が使えないシールド魔法の恩恵を受けられる。


 よって、被弾してもキチョウの展開する魔法がそれを無効化してくれている間ならば、船体を損傷することがない。


 それを頼りに、相手に隙ができるのを待ち続けられるのは、不利な状況下での有利な点であろう。


 回避に重点を置きながら反撃の機会を探す。


 現状のサンゴウにできることは、それだけであった。


 では、何故そのような事態に陥っているのか?


 では、そこまでの流れを、時系列順に整理してみよう。




 ギアルファ銀河から遥か遠方となる宙域、お隣の星雲でもあるウミュー銀河。


 その銀河で覇権を握っている鉱物生命体は、サンゴウが船内に研究用サンプルとして抱えているミスリルや、ジンの妻であるロウジュたちにロウジュママのレンジュを加えた総勢五人の女性が所持しているそれの存在を、種族特有の超感覚によって感知した。


 ジンが収納空間から取り出すまでは、ギアルファ銀河が在る世界には存在していなかった金属となる、ファンタジー世界特有の不思議金属ミスリル。


 ジンにとっては収納空間内に結構な量が死蔵されているモノであり、以前にいたルーブル帝国が在った世界だと、それは超高級アクセサリーの材料としてポピュラーなモノでもあった。


 ギアルファ銀河には、少なくとも『ミスリル』という金属がない。


 その事実を知ったジンは、ミスリルを妻へのプレゼントの材料とすることを思いつき、それを実行に移したのだ。


 そうした経緯で、ギアルファ銀河に突如出現したことになったミスリルの存在自体が、鉱物生命体にとって是が非でもそれを手に入れたい欲求を発生させ、動き出すような代物であるとは知らずに。


 鉱物生命体にとって未知の金属であるミスリルは、彼らの種族的な意味での進化のキーアイテムとなり得る。


 しかも、鉱物生命体たちは偶然からフタゴウを手に入れてしまい、銀河間を高速で移動できる新たな手段を得てしまっていた。


 そのような事情と経緯から、ギアルファ銀河へと偵察に出したフタゴウのコピーである一隻は、それに融合していた仲間の命とともに失われてしまっている。


 距離に関係なく知識を共有する不思議生物である鉱物生命体たちは、仲間の命が失われたことに怒りと悲しみを覚えた。


 かくして、ウミュー銀河ではサンゴウと相対する可能性を考慮した、強行偵察隊を編成することが決定される。


 二号機のコピーを一隻、三号機モドキを一隻の生体宇宙船二隻に、鉱物生命体五千が加わった部隊が派兵されることとなったのである。


 


 ウミュー銀河からやって来た強行偵察隊が、ギアルファ銀河帝国の宇宙軍に所属する、巡視の部隊と遭遇したのは、必然の事態であったのだろう。


 サンゴウと遭遇する可能性が想定された、鉱物生命体側の偵察行動。


 それは、生体宇宙船を探知範囲外の距離に置きつつ、少数の鉱物生命体のみで広い範囲を調べるモノであった。


 しかし、起こるべくして起きた第一次の遭遇において、帝国軍側は鉱物生命体の偵察隊をデブリや岩塊の類だと認識しており、何事もなく去って行く。


 だが、その状況下で帝国軍の宇宙艦を確認した鉱物生命体側は、『ギアルファ銀河では、金属を資源として利用している』と認識したのであった。


 これは、鉱物生命体側からすると、『共存して行くことが不可能であり、殲滅すべき敵である』と判断せざるを得ない。


 そのため、『ウミュー銀河からの派兵目的が、急遽変更となった大事件』と言うべきものなのだった。


 共存することが不可能な生命体。


 今はまだ、先方が鉱物生命体の支配している銀河へ到達していないので、生活圏を争う形での問題は起こっていない。


 けれども、それがいつまでも続く保証はどこにもなく、自分たちが別の銀河に到達できたことと、生体宇宙船の存在から類推すれば、いつかはその事態が発生し得る。


 座してその時を待った場合、相手側が有利になる可能性が高くなってしまう。


 そもそも、いざ戦うとなれば、攻め込む方が基本的にはいろいろと有利なのだ。


 ギアルファ銀河の覇権を握っている有機生命体とは相容れない以上、生存競争の戦争となるであろう。


 しかし、この時点では鉱物生命体の陣営には、ギアルファ銀河側の戦力が全く分からない。


 そういった事情から、今度はサンゴウとの遭遇戦も視野に入れた強行偵察隊が再編成される。


 派遣される生体宇宙船は二隻のままだったが、鉱物生命体は五千から二十万へと増強されたのであった。


 それと並行し、ウミュー銀河ではギアルファ銀河の有機生命体に対する、殲滅戦用の戦力の集結が行われていた。


 尚、生存競争戦争へと目的が変化したため、未知の金属の採取は『戦争に勝利してから』と順序が変更されたのだった。


 片や、通常配備で旧同盟側支配宙域の防備任務に就いていた帝国軍の三個軍は、突如現れた多数の岩塊の接近を察知し、それらに対して危険なデブリや小惑星などの排除をする感覚で半個軍を差し向ける。


 ことがそこへ至れば、当然のことながら帝国軍にとって未知の相手との戦闘が発生する事態へと繋がって行く。


「これは、岩石タイプの新種の宇宙獣か?」


 この時、帝国軍の認識ではそうなっていた。


 数的不利な帝国軍だったが、それでも自軍の戦力に一割の損害を出しただけのレベルで撤退に成功する。


 そして、帝都への緊急通信が行われたのであった。


 これが、前話のジンがサンゴウに出番を告げた事態に繋がる前段なのだった。




「出番なのは承知しています。今回の相手は『動く岩』とか『鉱物』の宇宙獣みたいですね。サンゴウのデータには類似の事例がありません。宇宙は広く、謎に満ちているのですね」


「そうだな。俺にとっては最高の相棒のサンゴウ自体が、不思議と謎の塊みたいなもんだけどな!」


 冗談っぽく笑い顔で、ジンはサンゴウに言葉を返した。


「デタラメの権化の艦長には負けます。ところで艦長。第一次攻撃隊は五個軍を投入する決定が出されましたよ」


「ほう。珍しく、初手から帝国軍が頑張る感じなのかな」


「どうなのでしょうね。それはさておき、『遊撃のサンゴウは艦長の準備が済んだら即刻発進し、命令系統は派遣軍と別扱い。戦闘行動に制限はなし』と、そのような内容で命令が出ています」


 これは要するに、ジンとサンゴウに対して、『自由に敵をやっつけて来てくれ』という皇帝からの丸投げなのだった。


「皇帝陛下からの信頼が厚い」


 そう受け止めて喜ぶべきか?


「てきとー過ぎて人使いが荒い」


 あるいはこう受け止めて悲しむべきか?


 そのあたりは、『ジンとしてもサンゴウとしても、微妙なところ』と言える。


 お互いに相手の立場を理解できるが故に、このようなことが成立してしまうのだった。


 そもそも、だ。


 敵に対する迎撃自体は『作戦目的』と言えるけれど、期間も終わり方も明示されない作戦など、ジンとサンゴウのコンビ以外には実行不可能なのである。


 システム的に、帝国軍の兵站とは完全に切り離されている、皇帝直属の単独遊撃艦にはこの手の無茶振りがし易い。


 通常なら掛かるハズの『武器弾薬、燃料、食糧、整備』といった面での制約。


 その全てから解放されているサンゴウのみの遊撃隊は、帝国軍の兵站を担う部署の者たちからすると、反則以外のナニモノでもなかった。


 まぁ、彼らの部署の仕事はその分だけ純粋に減るので、喜ばしいことではあるのだけれど。


 補給計画と整備計画とが無縁な『生体宇宙船』とは、帝国軍の軍人が持つ常識の外側の存在なのだった。


 尚、今回の出撃では、キチョウがジンにしがみ付き、『連れてって』のおねだりがされていた。


「(子供であっても『竜』なら、サンゴウ内にいても戦闘機動の負荷に耐えられるだろ)」


 そう考えたジンは、キチョウの自由にさせることにした。


 ちなみに、ジンの子供たちも歳を重ねてそれなりに大きくなり、キチョウは既に子供の遊び相手として必須の存在ではなくなっていたことも、そうした判断をジンが下した理由の一つだ。


 ただし、ロウジュを筆頭とする家族の面々に、ポンコツうっかり勇者は子竜を一緒に連れて行く点を、ちゃんと説明せずに実行に移してしまう。


 そのため、しばらくしてからジンの自宅では『キチョウがいなくなった』と騒ぎが起こる事態が発生する。


 けれども、それはまた別の話であり、些細なことでもあろう。


 後日、嫁たちと子供たちのそれぞれから、ジンはしっかり怒られることになる。


 だが、そんなことは本筋には何の影響もないのだ。




 とにもかくにも、首都星から緊急発進し、くだんの戦闘宙域へ急行して到着したサンゴウは、索敵と戦闘を開始する。


 当初は敵と小惑星などとの区別がつかずに苦労したのだが、だんだんと敵の識別は楽になっていた。


 そうなった理由は、帝国軍の被害艦が敵に融合侵食され、再利用されていたからである。


 そうして、鉱物生命体相手に無双し続けていたサンゴウは、急速に接近してくる二つの反応を察知して驚くと同時に、戦況は新たな局面へと突入するのであった。


「艦長。急速に接近してくる二つの反応を感知しています。ただ、これはおかしいですね。先日消滅させたハズの『フタゴウ』と『サンゴウ』と思われる反応です」


「はっ? 『フタゴウ』って試作機だろ? 何隻も作られたのか? それとさ、『サンゴウ』ってなんだよ。姉妹船なのか? そんなのってあったの?」


「サンゴウの持つデータの中には、そういったモノの存在を肯定するモノはありません。ですが、現実に接近して来ている反応がある以上は、存在するのでしょう」


 サンゴウが記録から知る限り、自身の同型船はともかくとして、フタゴウについてで二番船以降が製造される事態の発生はあり得ない。


 フタゴウは、完全な欠陥品としての結論がサンゴウの完成段階で出てしまっていた上に、その時点で製造中のフタゴウタイプは存在していなかったのだから。


「ま、いるもんはいる。理由理屈は敵を片付けてからで良いか。ところでサンゴウ、二隻を相手にして勝てそうか?」


「性能がフタゴウ、サンゴウと『同じだ』と仮定した計算では、『艦長が乗船している』という条件下で勝率は約三十五パーセントです。つまり、ちょっと厳しいですね。ただし、相手のエネルギー切れを待つ持久戦ならば、負けはありません。けれど、その手段だと勝つこともできないでしょう」


「キチョウが来たがったのはコレか? 竜族は勘が鋭いからなぁ。キチョウ、サンゴウから魔力を分けてもらえば、シールド魔法の展開はできるな?」


「はい。マスター。マスターほどの強力なものは張れません。それでも、相手からの攻撃には耐えてみせますー」


 サンゴウ内ならば、キチョウは魔力が使える。


 そのため、魔法による音声の言語化が可能なキチョウであった。


 加えて、竜だから魔力さえあれば魔法だって当然使えるのだ。


 ついでに言えば、『ここまでの航程も含めた時間の経過により、キチョウは身体がちょっと成長もしている』のだけれど。


「サンゴウ。倒せなくても良い。キチョウがいればフタゴウの相手を頼めるな? 俺はサンゴウの、ええい! 区別しにくいからアレはモドキだ。俺は外に出てそのモドキを潰してくる」


「はい。艦長が戻るまでは、フタゴウをおちょくって逃げ回るとしましょう」


 迎撃の作戦は決まった。


 勇者ジンは、珍しくサンゴウの船橋で事前に聖剣を収納空間から取り出した。


 そして、シールド魔法を展開し、相手の虚をつくことができるであろう秘策を言い置いてから、短距離転移で飛び出して行くのだった。


 敵の二隻は前回の状態異常付与で懲りたのか?


 残念なことに、麻痺が付与できるほどの距離には近寄ってこない。


 遠巻きにしたままで、サンゴウへの砲撃を仕掛けて来ていた。


 また、おまけとばかりに、鉱物生命体も体当たり攻撃をしようとサンゴウへ接近して来るし、破壊された帝国軍の再利用艦からも別枠で砲撃が飛んで来る状況。


 このような経緯から、ジンVSサンゴウ(モドキ)とサンゴウとキチョウのコンビVSフタゴウの戦いが始まろうとしていた。


 少なくとも、ジンたちはそのつもりで動いていたのだ。


 もちろん、敵側がジンたちの目論見通りに動くとは限らないけれど。


「(見た目が丸っきり『サンゴウ』な相手を消滅させる勢いで攻撃せにゃならんとかはなぁ、正直なところ気分悪いなー。魔力の有無があるから、誤認攻撃をするはずがないのだけは救いか?)」


 宇宙空間に飛び出したジンは、そんなことを考えてしまいながらも、『苦戦しそう』とか『負けそう』とかは、全く全然欠片もからっきしも頭にない。


 そしてここから、冒頭の状況に繋がって行くのである。




 サンゴウの外に出て、モドキを倒そうとしたジンの行動。


 宇宙空間へと飛び出した、ちっぽけな人間一人。


 それは、ジンの敵となっている二隻の生体宇宙船からすれば、判定が脅威でもなんでもない。


 実際はともかくとして、勇者ジンの実力を知らない二隻からすると、それは無理からぬことであった。


 ジンはモドキを潰すために、短距離転移を繰り返す。


 しかし、敵である二隻はたかが『人間一人』が、転移を繰り返そうがどうしようが『脅威になる』と判断するはずはなかった。


 故に、ちっぽけな人間の存在を気に掛けることもなく、サンゴウの捕獲を目指して攻撃を繰り返していたのであった。


 前回の遭遇時にジンが消滅させた二号機のコピーであった一隻は、『消滅』という形で殺される断末魔の瞬間までの記憶を、他の鉱物生命体と共有していた。


 しかし、状態異常付与の魔法で麻痺させられていたために、思考はできても外部からの視覚情報が遮断されていたのだ。


 よって、フタゴウが麻痺させられた瞬間に、魔法の行使者であるジンはサンゴウの船橋にいたままであったのでそもそも姿を見られていないし、それ以降のとどめの一撃を放つ際にも見られていない。


 つまるところ、鉱物生命体はフタゴウを消滅させ、そこに融合していた同胞を殺したのは『サンゴウだ』と認識しているのだった。


 もちろん、これは誤認以外のナニモノでもない。


 けれども、この誤認は『ジンが脅威になると判断されない理由の一つ』だったりするのであった。




 片や、勇者ジンの側は戦闘面での自己評価が低いはずはなかった。


 それ故に、だ。


 ジンがサンゴウから飛び出し、自分とサンゴウの二手に分かれたからには、相手も攻撃対象を分散すると考えてしまう。


 しかし、現実はその予想を裏切った。


「(当てが外れたか。けれど、俺が速やかにモドキを潰しさえすれば、何も問題はないよね)」


 ジンはさっさと思考を切り替えたのであった。


 そんな状況下で、サンゴウはジンが考えた二隻の虚をつくための作戦を実行するべく、タイミングを合わせるために感応波でカウントダウンをしていた。


 ただし、感応波を使えば、襲って来ている二隻にも傍受はされてしまう。


 けれども、傍受自体はされたとしても、受信した情報の意味がわからなければ、それは雑音でしかない。


 傍受への対策として、ジンはなんとミウたち獣人族の言葉でのカウントダウンを指示し、それが忠実に行われていたのである。


 サンゴウのカウントが進み、遂にゼロとなる。


 そうなった時、サンゴウは船外の光学的な観測ができる感覚器を一瞬だけ全て遮断した。


 それと同時に、勇者の相棒の全身はジンの光魔法に包まれる。


 持続時間一マイクロ秒(百万分の一秒)の光量最大の光球を、ジンはサンゴウを中心にして出現させたのであった。


 これは、どこかの盗賊大好き女魔導士さんと、まるで同じ手口なのだった。


 光球の魔法により、視覚を一瞬で潰された二隻。


 だがしかし、だ。


 それでも他の感覚器に頼り、二隻の生体宇宙船はサンゴウの位置を見失うことはない。

 

 ただし、この目晦ましの目的は、サンゴウの位置を誤魔化すことではなかった。


 外に出ているジンの攻撃を、敵側の二隻と周囲にいる鉱物生命体たちに視認させないことが目的であったのだ。


 短距離転移で自身の位置を変化させ続けていたジンは、目晦ましによって最初の目的を達成する。


 続いて、即座に必殺の一撃を放つ。


「毎度お馴染みの~。全消滅スラーッシュ!」


 昭和の回収車のような、必要のないアホな掛け声付きで技名を叫びながら攻撃を繰り出す勇者ジン。


 その叫びは、宇宙空間なので誰にも聞こえない。


 それがわかっていながら、ついついボケを入れてしまうヤバイ勇者である。


 まぁ、サンゴウはそれを含めて記録していたりするが、その事実にジンは気づいていないので些細なことでしかない。


 また、そうしたおふざけが入っていても、全消滅スラッシュの威力に変わりはないのだ。


 なので、全く問題はないけれども。


 モドキは出どころのわからない勇者の一撃の直撃を受けて、あっさりと消滅してしまう。


 モドキの素の防御力では、残念ながら今のジンが聖剣を手にして繰り出すこの最強の攻撃に、耐えることなど不可能なのであった。


 モドキが殺られた瞬間、その情報は一瞬の間を置くことすらなく、全ての鉱物生命体に共有された。


 二号機のコピーは即刻、全力逃走に入る。


 そして、強行偵察部隊に参加している鉱物生命体たちは、二号機のコピーの貴重性を理解しているため、逃がすための殿軍となり死兵と化す。


 ジンもサンゴウもいきなりのフタゴウの逃げは想定しておらず、完全に不意を突かれてしまった。


 加えて、死兵と化した鉱物生命体たちの猛攻によって、フタゴウを仕留めるには必要になる貴重な時間を浪費させられた。


 そうした事態の流れで、フタゴウにはまんまと逃げられてしまうのだった。




「艦長。フタゴウには逃げられました。すみません」


 サンゴウの声はやや沈んでいる。


 このあたりが人間っぽく寄せられているのは、サンゴウの人工知能の開発者の好みが原因だったりするが、サンゴウを相棒とする側のジンに言わせれば『有り難い限り』となってしまう。


 故に、フォロー的な発言はしても、責めるようなことにはならない。


「攻めて来た岩石っぽい宇宙獣のほとんどは、きちんと駆除したワケだしなぁ。現状が『完全な失敗』とはならないだろう。というか、そもそも『敵の完全殲滅』が作戦目標じゃなかったよな?」


「そうですね。作戦目標自体は『敵と戦って倒すこと』でしかなく、曖昧で細かな部分の明言はされていません。ですが、意図するところは『敵の侵攻阻止と撃退』でしょう。で、あるならば『問題なく達成されている』と考えます。将来の禍根が残っただけですね」


 サンゴウの推測と結論は正しい。


 皇帝やローラの立場からすると、ジンとサンゴウのコンビには明確な作戦目標を与え辛いケースがあり、今回の案件はまさにそれに該当していた。


「与えられた目標は達成したから。他は知らないよ」


 こう言えるだけの最低限の範囲のみで働いて、『できるけどしない』をされても困るのだ。


 そのあたりの匙加減も含めた話は、皇帝とローラ、ジンとサンゴウの四者の良心と感覚に任せる方が良いことを全員が理解しているが故に成立する曖昧さ。


 なんだかんだと、お互いに相手の立場と利害を理解した上で、相手を尊重する関係だったりするのである。


「『将来の禍根』かぁ。ま、問題ないだろ」


「ですね。今回襲来した二隻が『同種の敵の全て』だとは考えられませんし、宇宙獣にしても『あの場の数で全部』とは考え辛いです。故に、『あまり差はない』とも言えますから」


「だな。帝国軍のお仕事は外敵からの防衛なんだし、今回はこれで良いだろ。また出たら、その時に殺れば良いさ」


 サンゴウとの意見交換をし終えたジンは、まず近隣の宙域にいる帝国軍への状況報告を指示する。


 そうしてから、帝都への帰還の指示を出すのだった。


「(ゴキブリの完全駆除とかさ。そんなの無理無理! これってそれと似たようなもんじゃね?)」


 尚、サンゴウに告げなかった内心で、今回の宇宙獣をゴキブリ扱いしていたのはジンだけの秘密なのであった。




 ところは変わって、ジンたちの敵側はどのようになっているのだろうか?


 まず、ウミュー銀河の鉱物生命体にとって、強行偵察部隊から得られた情報は有益なモノとなる。


 帝国軍の艦船との交戦時に一部を破壊して、鉱物生命体が融合侵食できた艦から得たモノ。


 それは、ギアルファ銀河全体の状況と、『サンゴウが一隻しかない』という情報面が非常に大きい。


 むろん、引き出せた情報はそれだけではなく、帝国軍の規模、艦の性能、ギアルファ銀河内の利用星系、星図や航路などの情報が得られた。


 そして、鉱物生命体が存在しておらず、攻撃を仕掛けない限り、帝国軍には岩塊などと鉱物生命体との区別ができない点や、鉱物生命体が『宇宙獣の一種だ』と考えられている事実も判明した。


 また、得られた艦の性能の情報から、『ギアルファ銀河から、ウミュー銀河へ帝国軍が侵攻してくる』という可能性が完全に否定されたのも大きい。


 早急に全面戦争をせずとも、準備に時間が掛けられるからである。


 相手側にサンゴウタイプの生体宇宙船が一隻しかない以上、多方面から同時に侵攻すれば物量で勝負ができ、勝てる戦いに持ち込めるであろう。


 同胞の鉱物生命体と岩塊との区別がつかないのであれば、危険を感じさせないコースを選定した上で接近速度を上手く調整して侵攻したり、時間を掛けて少数での潜入を繰り返し、待機で帝国の支配宙域内に数が揃うのを待つ戦略も有効だろう。


 つまるところ、鉱物生命体側がしっかりと時間を掛けて準備しさえすれば、勝ち筋しかなさそうに考えられるのである。


 少なくとも、得られた情報から導き出される結論はそうなってしまう。


 ただし、だ。


 一つだけ大きな問題がある。


 それは、『サンゴウをどう撃沈するか?』なのだった。


 今回の強行偵察において、サンゴウの同型船の三号機モドキの一隻が、いくら『人工知能を搭載していない』とはいえ、だ。


 サンゴウとの戦闘で、あまりにもあっさりと沈められている。


 それも一対一ではなく、サンゴウ一隻に対して二隻と多数の鉱物生命体が同時に襲い掛かる形で戦っての結果なのだ。


 これは、オリジナルのフタゴウから得た開発計画案にある、汎用型三号機の仕様から予想されるサンゴウの性能からすれば、あり得ないことであった。


 砲撃精度や戦闘機動については、経験による嵩上げがあり得るとしても、だ。


 同型船であるはずの三号機モドキと比較すると、攻撃方法と火力と防御力、持久戦への対応能力が明らかにおかしい。


 つまりは、『対サンゴウ戦は、『同型船』という考えを捨てて、戦術を考えねばならない』という結論になってしまうのだった。


 しかしながら、今すぐにでもサンゴウを撃沈しなければならないワケではない。


 そのため、この問題は『一時棚上げ』とされたのである。


 とにもかくにも、ウミュー銀河側の陣営は必要な情報をしっかりと手に入れることができてしまったために、確実に勝てる計画の立案と準備に邁進することが決定となった。


 通常配備のままで、生存競争レベルの絶滅戦争を仕掛けられるとは露ほどにも考えていないギアルファ銀河帝国の側とは、雲泥の差であろうことは想像に難くないのだけれど。




 では、サンゴウが帝都に戻って以降のギアルファ銀河帝国側の動きはどうであろうか?


 帝国軍総司令官は、ジンから上がってきた報告書の写しを見て、諦めの表情を浮かべていた。


 今回、サンゴウが取り逃がしたフタゴウと帝国軍が遭遇した場合、勝ち目が全くないからである。


 むろん、その報告書を作ったのはジンではなくサンゴウなのだが、そんなことは些細なことであろう。


「フタゴウと遭遇したら即逃げろ!」


 司令部作戦室から出された結論は、実に情けない。


「逃げる際に、遊撃隊のサンゴウを呼んでフタゴウに当たらせろ!」


 対処できるのが、サンゴウのみであること。


 その事実が、帝国軍総司令官としては、なんともはや本当に情けなくなる。


 しかしながら、『サンゴウが戦った場合は二度の撃沈実績がある以上、一応対処法はある』とも言えた。


「(是非もない。そこはもう諦めて開き直ろう)」


 よって、思考を切り替えることにしたのだった。


 まぁそれはそれとして、ジンからではない報告書に朗報の部分もあった。


 帝国軍が持ち帰った、宇宙獣の破片を研究した結果がそれだ。


 原理は全くわからないものの、それを微細な粉末状にして水で満たされた透明カプセルに入れると、くだんの宇宙獣が近くにいる場合、水中の粉に不自然な動きがあるのが判明した。


 この発見により、単なる岩塊などと宇宙獣との判別ができるようになる。


 そのため、今回の戦闘宙域から破片の採取を至急行う指示が出された。


 帝国軍としてできることはそれぐらいでしかなく、宇宙獣の襲来はそもそも時期や規模を予測できるようなモノではない。


 できる範囲の準備は行うが、結局は時の流れとともに緊張感が薄れ、平時における通常の軍の任務へと移行して行くのが現実なのだった。




 帝都に戻ったジンは、必要な報告書を提出してしまえば、そこからは報酬の受け取り関係のアレコレを除外すると基本的に自由時間だ。


 特に今回の案件は大規模戦闘と判定される規模の戦いがあっただけに、よほどの緊急事態でも発生しない限り、他に回せる仕事は全てそちらへ回される形となる。


 また、報酬面では、爵位が既に上限に達してしまっているため、褒美としては勲章と金銭が与えられることに合意する。


 一応、軍の昇進も打診はあったのだが、今回はフタゴウを取り逃がしたので辞退している。


 ちなみに、キチョウを連れて自宅へ一度帰った時に、正座で三時間のお説教をちゃんと受けているのだった。


 まぁ、そんな状況からの、ちょっとした休暇のような時間が流れるのだが、ウミュー銀河の連中が諦めない以上それが長く続くはずもない。


「マスター。マスターのお義父さんの星が危ないですー」


 キチョウの緊急事態を告げる声が、ジンの耳に届く事態が発生するのであった。


 こうして、勇者ジンとサンゴウは、ウミュー銀河からやって来た強行偵察隊の撃退を成功させた。

 その際に、フタゴウタイプとサンゴウタイプの二種類の生体宇宙船の登場には驚かされるも、戦う以外の選択肢はない。

 サンゴウタイプの撃沈と、フタゴウタイプを逃がすために身体を張った鉱物生命体たちの多くを撃破することはできたが、フタゴウタイプの一隻は取り逃がしてしまう。

 鉱物生命体は、共存が不可能なギアルファ銀河の知的生命体の根絶と、ミスリルの入手を目指して、手段を選ばない。

 キチョウが告げた危機とはどのようなモノなのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 倒したはずのフタゴウと、サンゴウの姉妹船と思われる生体宇宙船の登場に、倒さねばならない敵だと知りつつも、外観が似すぎていて嫌な気分を味わうことが避けられなかった勇者さま。

 サンゴウに同乗して戦場に出たキチョウが、竜であるだけに結構良い感じで働いてくれることが想定外の良い意味での誤算となり、驚いたジンなのであった。

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