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獣人さんとの出会いと、生存者全員の保護

~ギアルファ銀河未開拓宙域(とある未登録星系の第四惑星)~


 サンゴウは人目を全く気にすることなく、ギアルファ銀河帝国にとっては辺境の地となる未開拓宙域に存在する惑星の地表に着陸して、そこでそのまま待機していた。


 ちなみに、その宙域は帝国側から見ると、旧同盟側の支配領域の更に奥に位置する。


 待機中のサンゴウの周囲には、荒涼とした大地のみが広がっている。


 植物の緑も、水の存在を示す青も存在しない、大地の茶色一色の光景。


 大気圏内に突入して、何故そのような場所にサンゴウは着陸し、待機することとなったのか?


 時系列順に、そこまでの経緯を追いかけてみよう。




 まず、ジンとサンゴウは、サンゴウの知識欲的なモノを満たそうとするべく、ギアルファ銀河帝国が星図データも航路データも保有していない、いわゆる未開拓宙域を航行していた。


 そうして、冒頭の場所、とある宙域にやって来たワケなのだが、そこでサンゴウが惑星の地表に生命体が存在することを感知するに至る。


 宇宙空間での常識として、自然発生した生物や植物は非常に珍しい存在だ。


 むろん、旧同盟の支配領域だったところから足を延ばした宙域であるために、もう国としての体を成していないギアルファ銀河自由民主同盟が、過去に入植をして開発途上だった惑星の可能性が僅かながらにでもなくはない。


 けれども、サンゴウの判定によると、それにしては様子がおかしかった。


 惑星の周辺にも、光学的観測ができる範囲の惑星の外観的にも、科学技術の片鱗が微塵もないのだから。


 そもそも、自由民主同盟から提供されているデータにおいて、現在位置の星系や惑星について『方面』という広い括りで探しても、情報は皆無なのである。


 故に、植物の存在どころか、水の存在すら観測できない惑星上に、動物と思われる動きのある生命反応が感知できたのは、それだけでもサンゴウ的には興味深い話となろう。


 しかも、惑星全体から感じ取れる人間サイズ以上の生命反応の数は、総数で十万には届いていない。


 その数は、宇宙空間に進出できる状況にはなくとも、一定以上の知能を持った生命体が存在する可能性を感じさせた。


 これでは、サンゴウが興味を惹かれて、艦長であるジンに状況を報告するのも無理はない状況であった。


 このような前提から、前話のラスト付近でのサンゴウがジンに状況を告げた事態へと繋がって行く。


 そこから更に、サンゴウは情報収集に努め、ジンに追加情報を報告することになるのである。




「艦長。宇宙獣が惑星の地表で確認できました。あれは外観と行動特性からして、デルタニア軍で『宇宙バッタ』と呼ばれていた種と考えられます。現在は獲物となる生物を追っていますね。駆除されますか?」


 サンゴウが艦長に語った『宇宙バッタ』という宇宙獣は、植物を好んで食べる習性を持つ存在だ。


 だが、それを食い尽くせば生き物も食べるし、水も食べ物扱いで摂取する。


 食性としては、いわゆる『雑食』と呼ばれる類となるのであろうか。


 人類にとっては、害虫でしかない存在なのだけれど。


 そのため、駆除が推奨される宇宙獣だ。


 よって、サンゴウの問いはさほどおかしなモノではなかった。


 また、事前にサンゴウが感じていた疑問の一部が、ソレの発見により解消されもする。


 この害虫が確認されたことで、サンゴウは惑星内から感じられる生命反応のほとんど全てが同種であることを把握し、それらが惑星上の植物と水を食いつくしたであろうことが、推測されたからだ。


 もっとも、現状では宇宙バッタの群れとしての行動は、サンゴウが感知できる数から判断するとおそらく移動済み。


 つまりは、現在も惑星上に残っている宇宙バッタは、おそらく群れの移動に付いて行き損ねた少数の存在であろう。


 ただし、だ。


 それでも、万単位の五桁に登る数を『少数』と言って良いのか?


 その点は議論の余地があるのかもしれない。


 少々話が逸れてしまったが、それはそれとして、ジンはサンゴウの問いにちゃんと答える。


「ああ。害獣なんだよな? なら、大気圏内に降下しつつ殺ってくれ。サンゴウなら大丈夫だと思うが、追われて逃げている生き物には攻撃を当てないようにな」


「はい。もちろんです」


 サンゴウの攻撃により、あっさりとくだんの宇宙バッタの駆除は終わった。


 だからと言って、それで『全てが終わり』とはならない。


 勇者の運命力を持つジンが出くわした事象で、そうなるはずがないのは当然なのだけれど。


「大気成分の分析が終わりました。二酸化炭素の割合が若干少なく、窒素の割合が多めですね。酸素の割合は、現在のサンゴウ内と同じくらいです。有毒成分は特にありません。ですので、『艦長が呼吸することには、問題がない』と思われます」


「そうか。じゃ、あのへばって倒れてる獣っぽい生物の様子を、直接見て来るわ」


 ジンはサンゴウの船橋でモニターに映し出されている生物を、肉眼で、間近にて直接確認がしたくなったのだった。


 そして、サンゴウはそれを止めたりはしない。


 このあたりは、サンゴウの艦長のジンに対する、戦力的な意味での評価がそのまま影響している形となる。


 本来ならば、生体宇宙船は艦長の安全を優先するのだが、ジンの勇者としての力の一端を知るサンゴウからすると、『安全を優先? 誰の?』となるレベルで信頼があるのだから。


 少なくとも、周囲に外敵が感知できない地表に降りる程度のことは、何の問題もない。


 それ故に、だ。


 サンゴウが艦長の意思表示に対して掛ける言葉は、決まっているのだった。


「はい。いってらっしゃい」


 ジンは魔法による短距離転移と飛行を駆使し、目標の直近の大地へと降り立つ。


 サンゴウが対象の生命反応を感知してから、ジンがその場所に来るまでの時間の経過は、三分を下回っていた。




 ゼイゼイと苦しそうな息遣いの様子が見て取れる獣に、ジンは近寄ってみる。


「(大型の猫科の動物だろうか?)」


 くだんの生き物の外観から、ジンはそんな感想を持つ。


 獣の側は、ジンが接近している事実を感じ取っていないはずはない。


 その証拠に、耳が音に反応した動きを見せている。


 それでも、疲労的な意味で動ける状況にはないのだろう。


 山猫を想起して近づくジンに対して、獣の側が逃げたり威嚇したりしようとする様子はなかった。


「(動き出す様子はない。苦しそうだし、ここは一つ、水でも飲ませるか?)」


 ジンはそんな考えから、まず収納空間に入れてあった木製の深皿を取り出す。


 続いて、水魔法で飲み水を造り出し、それをその深皿に入れてそっと差し出してみる。


「(ミルクのほうが良かっただろうか?)」


 善意の塊になった男は、そのようなことを考えながら様子を見る。


 すると、何とか目を開けた獣が、目の前にある水の入った皿の存在を知ったように思えた。


 そこから、ジンは驚くしかない光景を目にすることになる。


 くだんの獣は、なんと体全体がゆっくりと変化しだしたのだ。


 だんだんと人型へと変化して行くその様子を眺めつつ、一応の警戒をジンは怠らない。


 けれども、勇者の心の中は歓喜の声で溢れていた。


 では、実際に言葉として口に出さなかったのが不思議なレベルの、『歓喜の声』とは一体どんなモノだったのか?


「(おお! 女性の猫耳獣人だ! しかも美人さん。美人の獣人さん! 美人獣人さんですよ!)」


 コレである。


 ジンの着ている服の左胸には サンゴウの子機が張り付いている。


 よって、サンゴウに聴かれてしまえば呆れられるような発言を、この時のジンが心の中だけで済ませたのは、正解ではあった。


 それはそれとして、ジンの心の中の叫びとは関係なく、事態は動いて行く。


 山猫っぽい獣の姿から人型への変貌を遂げた猫耳の女性は、当然ながら着衣の用意があるはずもなく裸のまま。


 それが、恥ずかしいのか?


 ジンの主観だと若い成人女性に見える猫耳の女性は、手で胸周りを隠しつつ、ペタンとした女座りの状態で言葉を発したのであった。


「あの、この水は飲ませてもらっても良いのだろうか?」


「もちろんだ。遠慮なく飲んでくれ。それと目のやり場に困るんでこれを」


 ジンは収納空間から取り出した大きめのマントを、思わずガン見したくなるレベルの、素晴らしく女性らしい体つきの持ち主である獣人女性に渡す。


 ジンが収納空間内に入れていたそれは、ルーブル帝国での勇者としての活動中に迷宮内での休息時に重宝した品なのだった。


 スタイル抜群の猫獣人の美女が、一糸まとわぬ姿をジンの渡したマントで覆い隠し、提供した水を飲み干す。


 危険な宇宙獣を排除して、現状をお膳立てして黙って待つ男の絵面。


 それは、控え目に言ってもヒーローそのものかもしれない。


 まぁそれはそれとして、子機から二人の会話の音声を拾えているサンゴウは、普通に会話が成立してしまっていて、今の事案の問題点の一つに気づかないジンとは違うのだけれど。


 獣人が話している言葉は、サンゴウの知るどの言語とも異なっている。


 つまるところ、サンゴウには獣人女性の発言内容が理解できないのだ。


 むろん、続いた艦長の言葉で、置かれた器の水を飲む許可を女性が求めたであろうことは推測できるのだけれど。


 そのようなサンゴウ側の思考とは関係なく、ジンの側の事態は動いて行くワケなのだが。


「君が追われていたのを見たので、あのバッタを駆除した。もう大丈夫か? これも何かの縁だ。俺にできることはするので、何かして欲しいことがあれば、遠慮なく言ってくれ」


 周囲をざっと見渡しただけで、獣人の女性が詰んでいる状況であろうことは想像に難くない。


 そして、猫耳の美女を根本から助けることをせずに、『彼女を襲っていた宇宙獣は排除したし、水を与えたからもう十分、あとは放置』などという行為は、はたして許される所業であろうか?


 その問いに対するジンの出す答えは、誰が何と言おうとも、だ。


 日本男児のオタクの矜持にかけて、『許されない』と決まっていた。


 故に、『縁』というあやふやな理屈をつけてでも、ジンは猫耳の美女に救いの手を差し伸べるのであった。


「貴方は猿人族の方だろうか? このあたりでは見かけぬ顔だが。貴方が追われていた私を助けてくれたのだな? ありがとう。とりあえず一息ついたよ。私は猫族のミウ。水と食料を探しに出て来たんだが、その途中であれに見つかってしまったんだ」


「そうか。見たところ、この周辺は荒野でしかない。だから、ミウさんの探しものはなさそうに思うんだが。ああ、まだ名乗ってなかった。俺は『ジン』って言うんだ。よろしく。それと俺は『猿人族』ではないと思う。宇宙から来たんだ」


 結果的に、ミウへ厳しい現実を突き付けることになったジンの言葉。


 ジンの周囲の光景に対する感想めいたそれで、猫耳の美女は一気にショボンとした表情へと変化する。


 だがそれでも、だ。


 ミウはジンに対して状況を語るのを止めなかった。


「そうなのだ。もう、何もないのだ。あの虫の大きなのが一か月ほど前に突然沢山現れて、草木を全部食べてしまったんだ。水源もあれらに吸い尽くされたのか、水が枯れてしまった」


「それはまた。なんとも状況が酷いな」


「うん。ところで、ジンは『猿人族ではない』のか? では、私の知らない種族なのだろうか? あと『宇宙』って何だろうか? 隣の大陸か何かの名前かな?」


 ジンはミウの言葉から、現在訪れている未開拓星域の惑星の技術進度が、まだ宇宙に出られるところまで到達していないことを悟る。


 となると、どこまで介入して良いのか?


 むろん、ジンの側に助けたい気持ちはありすぎるほどにあるのだけれど。


 そんな気持ちはあるのだが、自力で宇宙に進出できていない人類への介入は、サンゴウから流し込まれたデルタニア星系の知識によれば、『禁止事項』となっている。


 もちろん、ギアルファ銀河帝国のルールはデルタニア星系とは違うだけに、話は変わって来る。


 実のところ、帝国ではまだそれについての前例がないため、特に決まりはないのだが。


 頭に『禁止事項』が過ってしまったジンは、一時のことではあったが『どうするか?』の判断で困ってしまう。


 しかし、自身の知らない場所で失われる命についてはともかくとして、だ。


 目の前で意思疎通が可能な命を見捨てることなど、今のジンにはできない。


 まして、その相手は待望の『獣人さん』なのである。


 ルーブル帝国でジンが活動していた時にはずっと『一目で良いから見たい』と、欲してやまなかった獣人さんなのだ。


 しかも、猫耳の美人女性。


 少し前にした決断の時より情勢は少々変化してしまったが、それでも獣人さんを『ここで助けない選択肢』などあるだろうか?


 いや、ない。


 断固として、だ。


 断じて、そんな選択肢はあり得ない。


 日本男児の、オタクを自負する者ならば、だ。


 当然持っている価値観からして、そんなことを許すはずがない。


 それだけに、ジンの口から出る言葉は、優しさに溢れたモノとなる。


「ミウには理解できないかも知れないけれど、俺はあの空の向こうから来たんだ。だが、それは今はどうでも良い。必要なのは食料と水だな? どのくらいの量が必要なんだ? 俺が助けられるかもしれない。いや、絶対助ける」


「本当か? 本当に助けてくれるのか? 集落の皆で逃げた洞窟には、私以外に三十人の猫族がいるんだ。大人数なんだが、それでも平気か?」


「平気だ。『これは食べられない』って類のものがあれば、先に教えてくれ。最悪でも水だけは出せる。量については大丈夫だ。三十人なら任せてもらって良い。で、その洞窟ってのはどこだ? サンゴウ。聴いているな? 今のうちに、そっちで駆除できるバッタは全部駆除を頼む」


「はい。もう行っています。地表で確認できたバッタについては、既に駆除を完了しています。あとは生命反応だけだと区別が難しいので、姿が確認できない場所にいるものについては保留となっています。ただ、もうあまり生命反応の数自体がないのですが」


 サンゴウは艦長を送り出したあと、指示が出る前の段階から宇宙バッタの駆除を開始していた。


 サンゴウは害虫や害獣の駆除についてや、勝手に近寄って来るお小遣いなどについては、艦長から指示がない状態での攻撃判断の権限を最初からもらっている。


 そもそも、ジンはサンゴウの船内に常時いるワケではないし、常に連絡が取れてどのような状況下でも的確な指示が出せるとは限らない。


 よって、これはジン視点だと、必要な権限の移譲でもあった。


「了解だ! では引き続き頼む。俺はこの娘とその仲間をちょっと助けてくる」


「はい。ではまたのちほど」


 ミウは虚空に向かって喋っているジンと、それらしい姿が見えないのに、ジンの左胸の部分から聞こえてくる、『何を言っているのか?』が理解できないサンゴウの音声に恐怖を覚えた。


 しかし、『助ける』と言ったジンの言葉を信じる以外に、ミウには道がない。


 ジンに頼るしかない猫族の女性は、無理やり恐怖の感情を押さえつけていたのだった。


 そこから、ジンはミウの先導でくだんの洞窟へと辿り着く。


 その洞窟にいた三十人の内訳は、若い女性と子供ばかりであり、成人男性と思われる者と老人は一人もいなかった。


「(おそらく、成人男性と老人を含む年長の者たちは、バッタと戦うことや女子供を逃がすためにの足止めの囮の役目を担ったのだろう。そうして犠牲となり、亡くなったのだろうな)」


 現状をちらりと見ただけで容易に想像がついてしまい、ジンは痛ましい気持ちになる。


 だが、そんなことを考えているよりも、優先されるべきは目の前の人々の窮状を解決することだった。


 そこに気づいたジンは、収納空間に入れてあった食料を大量に取り出す。


 そして、食べて大丈夫そうかを確認しながら、それらを提供した。


 もちろん、コップを人数分出した上で、ピッチャーサイズの複数の器に魔法で水を満たし、飲み水を提供することを忘れない。


 どこからともなく物資を出したジンの行動に、ミウは驚きはしたものの、最後は泣きながら感謝の言葉を繰り返していた。


「ミウ。俺は一度、ここを離れる。他にもまだ生きている者がいれば、助けたいから。当面の食料と水は今出した分で賄ってくれ。一日以内に必ずここへ戻って来るから。それと、安全のためにここにはバッタが入って来られないようにしておく。君らが外に出ることもできなくなるが、一日以内に戻るのでその間だけは我慢して欲しい。なに、早ければほんの数時間の話だ」


「はい。待ちます。必ず戻って来てください」


 ミウがジンに向けたこの時の眼差しは、神的なモノに向けるソレに等しくなっていた。


 故に、言葉遣いが変化し、ジンの言葉に従う意思を見せたのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、ジンはミウたちのいる洞窟を持続時間が二十四時間に設定されたシールド魔法で防備を万全にしたあと、一旦サンゴウへと帰還した。


 そこからは、時間との戦いとなる。


 サンゴウが生命反応を探知し、ジンがそこに出向いての救助活動を行ったワケなのだが、隠れて生き残っていた獣人たちはミウたち猫族と同様に、『生存』という意味での限界が限りなく近い状態に例外なく陥っていた。


 最初の段階で他の場所も同じようにヤバイと気づけたのは、僥倖以外のナニモノでもないのであろう。


 一か所に時間を掛けることができないため、ジンは『魔法で眠らせての拉致』という強引極まりない方法を選択している。


 悠長に話し合って説得し、獣人たちに納得してもらえるまで説明する時間がないのだからこれはやむを得ない話ではあった。


 付け加えると、ジンが出向いた先には、まだ生き残っていた宇宙バッタがいるケースもあった。


 それらの駆除も必須だっただけに、ジンの負担は事前の想定以上に大きなモノとなってしまう。

 

 それでも、ジンが持つ『勇者』の肩書に偽りのない英雄的行動は、サンゴウの全面的な協力のもとに実現された。


 大気圏内でのサンゴウの活動は、この流れの中で必然となる。


 これが、最終的には冒頭のサンゴウの状態に繋がって行くのであった。


 尚、ジンはミウと別れてから、狼族の女子供を八人と熊族の女子供を十一人、更に狸族の女子供を九人の総勢二十八人を救出している。


 救助した総勢二十八名が、眠ったままの状態でサンゴウによって運ばれ、彼女らとともにジンがミウのところへと戻ったのは一時の離別から僅か六時間後の出来事であった。




 冒頭のサンゴウが鎮座する場所の近くで、ジンは五十九名の獣人たちの当面の生活のために土魔法を行使した。


 そうして短期的にではあっても、五十九名の使用に耐えられる、彼女らの必要とする分だけの住居を作り出していた。


「お兄ちゃん、凄い!」


 ジンは獣人の子供たちから、尊敬の眼差しを向けられて少々気恥ずかしくはなったものの、魔法による住環境の整備に邁進する。


 しかし、素直にジンの存在を受け入れた子供たちとは裏腹に、ミウを除く大人の女性陣がジンに向けるそれは、畏怖によるモノでしかない。


 近くに鎮座している、彼女らからすれば異質な存在でしかないサンゴウが、『それを後押ししている』のは、言うまでもないであろう。


 幸いなことに、ポンコツな面もあるが故の鈍感力を発揮している勇者はそれに気づくことなく、巨大な貯水タンクを造り上げてその内部を水で満たす。


 続いて、水道となる水路と下水道を整備してから、共同の炊事場、食堂、風呂、トイレなどを魔法で造り上げて行く。


「(とりあえずは、こんなところか?)」


 ジンはようやく作業をストップし、ジッと事態の推移を見つめていた若い成人の女性陣に声を掛けることになるのだった。


「晩飯はこれから食堂で振舞う。好きなだけ食ってくれ。それが済んだら、全員風呂に入って身綺麗にして欲しい。今のままでは、衛生上の問題があるから。で、風呂から出たら、子供たちはすぐに寝ること。なんだかんだと疲労が溜まっているはずだから。ただし、年長の者は疲れているところ申し訳ないが、今後の相談をするので再度食堂に集まってくれ」


 まだ明るい時間帯だが、それでもあと二時間もすれば日が沈む。


 夕食にはやや早いかもしれないのだが、入浴の時間も加味すればジンの発言はさほどおかしな提案でもない。


 まぁここでの問題は、『若い成人女性に対する言い方の配慮』が足りなかったことであろうか。


 ジンのこの言い様に、年長の者たちは恥ずかしさで顔を赤くしていたのだから。


 身体を拭くことも儘ならないほどに、水が足りていなかった。


 それが事実であっても、彼女らは若い女性であるので当然の反応である。


 けれども、修行が足りない鈍感残念勇者には、それに気づくデリカシーなんてモノはなかったのだった。


 幸い、子供たちは無邪気に『ご飯とお風呂!』と喜んでいただけだったけれど。


 ちなみに、ミウを含む年長の女性陣は十三名であり、子供たちは四十六名。


 子供の男女の内訳は男十一に対して女三十五となっており、圧倒的に女性の数が多い。


 まぁ、獣人は元々女性が多く生まれて来る種族であるので、このあたりは特異な数字というワケでもないのだが。


 尚、この時のジンは、収納空間内にあった布地をサンゴウに渡し、とりあえずの間に合わせで貫頭衣を量産してもらって支給している。


 魔法でいろいろなことができる勇者であっても、さすがに衣服は門外漢。


 これに関しては、それに対応できる生体宇宙船の万能さが際立つエピソードなのかもしれない。


 体臭や身体の汚れ的な部分に対しての配慮はできなくとも、ジンは清潔な着替えを用意する程度には頭が回ったのだった。


 そんな流れで、年長者のみが集まる場面へと話は移る。


 獣人たちの行く末を決める大事な会合は、これからであった。


「さてと、今後の話なんだが。今の状況では『この地で君らが生きて行くのは、このままだと不可能だ』と俺は思う。だから、『移住』をお勧めしたい。もちろん、移住先と移住後の生活手段の確立についても、俺が支援させてもらうつもりだ。だが、これは俺の考えの押し付けになりかねない。よって、『君らの意見』というか『考え』が知りたい」


 ジンの発言に対し、各人は顔を見合わせて困惑の表情を隠せない。


 そんな中で、ミウは泣きそうな顔で言葉を紡いだ。


「『移住』ってどこに? それはどんな場所なの? 『今後ここにいられない』のは私たちもわかってる。水も食料もなしで生きていけるはずがないもの。狩りの獲物だってもう何もいないんだ! でもね。行先のことを教えてもらわないと安心なんてできないよ。ジンに頼るしか方法がないのは、たぶん皆わかってる。でも『安心』が欲しいんだ。少しの安心で良いから」


 不安な気持ちを叩きつけるような、心の叫びのような、ミウの言葉。


 それは、おそらくその場にいたミウ以外の十二人全員に、共通する思いだったことだろう。


 少なくともジンにはそう感じられたのだった。


 だからこそ、勇者は丁寧に説明しようとする。


「そうか。わかった。安心してもらえるように説明する。夜空に星が見えるよな? あの星々の中には、そこに行けば草木が生えていて、動物もいて、もちろん人間だっているような星がいくつもあるんだ。そのうちの一つに君らを連れて行くつもりだ。ただし、人間については君らとは種族が違う。使っている言葉だって違うし、きっと風習だって違う。だから、一緒に生活するのはひょっとしたら苦痛かもしれない」


 ジンは一旦言葉を切って、女性陣全員の表情を確認した。


 幸いなことに、話の理解ができていなさそうな顔はない。


 それが確認できたジンは、更に説明を続けた。


「まずは、君たちをあそこの宇宙船に乗せて、『俺の義理の父が所有している、ある星へと連れて行く』という方法を考えている。そこには、殆ど人がいないから問題が起きにくい。だが、今はまだ許可を得ているワケじゃない。もしも、その星がダメだったら、こことは違う外の世界に君たちが慣れるまで、俺の家に滞在してもらうこともあるかもしれない。その時はまたその時で、そこから先のことをじっくり考える。今は、そんな答えしか言えないんだが、これで判断をしてくれないだろうか?」


 ジンの説明には誤りがあり、実際に夜空に見えるのは大概が恒星であって、居住可能惑星ではなかったりする。


 けれども、そんなことを詳しく説明して理解してもらう必要はない。


 少なくとも、ミウたちにとってそんな誤りなど些細なことでしかないのだ。


 このケースにおいては、たとえ細部が間違っていたとしても、ざっくりとイメージできるような解説でありさえすればそれで良いのである。


 語る側のジンは、そう割り切っていた。


「あそこにある、あれに私たちは乗って、空にある星の世界に行くんだな? 行った先には、私たちが安心して暮らせる場所があるんだな?」


「ああ、あそこの宇宙船で行く。暮らせる場所も必ず俺がなんとかする」


「ありがとう。『ジンの考えに賭けて良い』と私は思う。どのみちこのままだと私たちは死んでしまうんだ。皆の考えはどうだ?」


 じっと聴いて考え込んでいたミウ以外の十二人は、問われたことで意を決した顔つきとなり、肯定となる『行く』とのみ、全員が短く同じ返事をしたのだった。


 決めるべきことが決まり、解散となる。


 ミウたちは個々に住居へ戻って眠りに就くが、ジンとサンゴウは別だ。


 ジンはサンゴウの内部に戻り、『明日の朝出発』といういきなりな段取りを前提として、話し合いをしていた。


「サンゴウ。言葉の問題があるんだが、帝国へ着くまでに少しでも教えられるか?」


「はい。彼女たち獣人族の言語解析は、艦長との会話内容の録音を解説していただければ、おそらく出発までには終わります。翻訳が可能になれば、逆翻訳した知識を、彼女たち全員に流し込めますから、すぐにでも帝国の共通語が話せるようになるでしょう。帝国の文字の読みや意味、文法なんかも同時に流し込みますから、読み書きも可能になると考えます」


「そうか、忘れていたよ。その手があったんだったな。では言語解析ができるように、録音の会話内容を聴きながら言葉の意味を解説して行く。今からやろうか」


「はい。ではそのように」


「(サンゴウが有能過ぎる件について)」


 素直にそう思えてしまうジンは、相棒の持つ能力と高い知性に感謝の念しかなかった。




 翌朝になり、ジンの収納空間から出された朝食を全員で済ませたら、そのままサンゴウへと乗り込んでもらう。


 その状況で、結局一度も使うことがなかった炊事場を眺めたジン。


「(炊事場、作ったのは無駄だったなぁ)」


 そんなことを思いながらも、これについては、『『たった一晩』とはいえ『生活設備が整っていた』という安心を提供したのだ』と考えれば、まるっきり無意味でもない。


 それに考えが及ぶと、ジンは納得してそれを考えるのを止める。


 後悔したところで、どのみち何かが変わるワケでもないのだ。


 かくして、サンゴウは大気圏を離脱し、とりあえず帝都へ向かって航行を開始する。


 航行開始後、サンゴウは獣人たちに対して、すぐに感応波を利用した知識の流し込みを始めた。


 それが恙なく終わると、ミウたちの言語の問題は解決したのである。


 むろん、それだけでこの案件が終わるはずもない。


 サンゴウが獣人相手に流し込んだ知識は、多岐にわたる。


 これは、比喩的表現をすると『縄文時代の人間が、令和の時代にいきなり適応したのと同じレベルの変革』となってしまう。


 では、そうした知識を身に着けた獣人たちは、ジンとサンゴウが造ったベータシア星系にある惑星で、のんびりとした田舎暮らしを望むだろうか?


 この点に、ジンもサンゴウも想像力が及ばなかったのを、責めるのは酷であるのかもしれない。


 少々未来の話になってしまうが、彼女たちはジンがお義父さんとの話を纏めるまでの間、一時的に帝都のアサダ侯爵邸で生活することになる。


 その結果、そこでの生活に慣れてしまった全員が、帝都レベルの文明的な生活を望むことになってしまったのは、些細なことなのである。


 それはそれとして、サンゴウが帝都に向かう道中において、ジンとミウの間にはちょっとした事案が発生することになる。


 それは、以下の発言が関与する案件だ。


「ミウ。一つ教えて欲しい。とても。とても大事なことなんだ」


 また、ミウたちの惑星を生物が住めない死の星にしてしまった宇宙バッタの群れは、どこに行ったのか?


 勇者の運命力は、さまざまな事案を引き寄せるのであろう。


 こうして、勇者ジンとサンゴウは、旧自由民主同盟領側の未開拓宙域において、原始的な狩猟と採集で生活していた文明レベルの獣人たちが、宇宙バッタの襲撃によって完全に滅ぶ寸前だったところからの救出に成功した。

 サンゴウが感応波で知識を流し込んだ結果、一般的なギアルファ銀河帝国の人族とは一線を画する驚異的な身体能力を有する文明人が生まれてしまった。

 獣人たちには、その優れた身体能力を活用して身を立てて行く未来があるが、それはもう少し先の話となる。

 ただし、成人女性十三人を含む団体を、アサダ侯爵邸に迎え入れて何も問題が起こらないはずもない。

 ロウジュたちにとっては初見となる獣人族の女性たちや子供たちを、ジンが自宅に連れて行くことでどんな事態が発生するのか?

 ジンがミウに教えを請うた内容はどのようなモノなのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 過去、ルーブル帝国にいた時から、ずっと抱えていた獣人を相手にモフり倒したい衝動を、いざリアルに遭遇してしまうと何とか理性で強引にねじ伏せるしかない勇者さま。

 その衝動から、「大人の女性はアウトだろうけど、獣人の子供の背中とか頭を撫でるくらいならば、いや許されるなら、耳と尻尾もついでに」と、不穏でしかないことを呟いてしまうジンなのであった。

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