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停戦からの終戦と、同盟の実質消滅に等しい衰退

~ギアルファ星系第四惑星(ギアルファ銀河帝国の首都星)大気圏内の海上~


 サンゴウは帝国の首都星の大気圏内に降下し、一般的な海上を航行する船舶に比べれば巨体である自船が着水していても、何ら問題のない水深がある海域でひっそりと海上に浮かんでいた。


 ギアルファ銀河帝国とギアルファ銀河自由民主同盟との戦争は、サンゴウを砲に仕立て上げる作戦の実行で一つの節目を迎えた。


 超巨大要塞を一つ、完全に無力化して帝国軍がそれを占拠したことに端を発した同盟側からの停戦交渉。


 それは、なんとそこから紆余曲折を経て、終戦条約へと発展する未来へと繋がって行く。


 そのような停戦開始から五年が過ぎている現在、終戦条約が四年ほど前に締結されてしまい、二国間の戦争はとうの昔に終結してしまっていた。


 では、サンゴウが堂々と帝国軍に大気圏降下能力、大気圏内飛行能力、大気圏離脱能力の三つがある事実を見せつける、海上への着水をしているのは何故なのか?


 そこに至るまでの経緯を振り返ってみよう。

 

 ギアルファ銀河自由民主同盟側の、超巨大要塞からの撤退当時より、現在に至るまでの動きがどうであったのか?


 まずはそこから、時系列順に起こった事象を整理して行こう。




 サンゴウが超巨大要塞への最初の砲撃を成功させた段階で、同盟側の要塞内にいた現地の最高司令官は即刻、抵抗が無意味であることに気づいてしまう。


 完全なアウトレンジから、超巨大要塞が誇る堅牢なシールドをあっさり貫通して甚大な被害を受けるような砲撃をされたのでは、有効な対抗手段など何もないからだ。


 しかも、今回のケースでは、初撃で要塞の最重要設備がある、いわゆる急所の部分を正確に撃ち抜かれている。


 司令官としては、最初から致命傷となるような急所の部分に当たったのは、『偶然』と考えることができなくもない。


 けれども、その初撃で反撃に使うための主砲を撃てなくされ、シールドの維持すらも覚束ない状態にされてしまったのでは、『要塞に留まって抵抗を続けること、そのもの』が、『嬲り殺しにされる』のと同じ意味となってしまうことに嫌でも気づかされる。


 敵側の視点に立てば、安全な位置からの砲撃が可能である以上、こちらの要塞の完全破壊が成立するまで、それを続けても良いはずなのだから。


 同盟軍において、最前線の司令官に抜擢されるだけのことはある、優れた能力を持つ初老の男。


 そんな男は、瞬時に導き出された己の判断に従って、何の迷いもなく即座に『総員撤退』の命令を出したのだった。


 これが、サンゴウの観測していた、同盟側の艦艇の動きとなる。


 砲撃を受けてから、僅か数分以内で撤退行動がサンゴウに観測される形で開始されていた事実。


 この事実は、『同盟側の軍人の練度も、なかなかのモノ』という証左となる。


 むろん、同盟側の撤退行動が完了するまでには相応の時間を必要とし、その間に超巨大要塞はサンゴウによる二撃目の直撃も受ける流れとなる。


 その二撃目も、要塞の重要部分が正確に撃ち抜かれていたのを、くだんの司令官は知る立場にあった。


 初撃を受けた段階で即刻撤退の指示を出した司令官は、己の命令が間違ってなどいなかったことをその事実を以て確信する。


 だが、それはジンやサンゴウには何の関係もない、些細なことでしかない。


 総員撤退を決断した司令官は、ギアルファ銀河自由民主同盟の民主的手続きによって選出された最高権力者に向けた、緊急報告の通信を行う。


 もちろん、距離の問題で直通回線が開けるはずもない。


 故に、記録映像を送る形の報告なのだが、事態が事態なだけにそれは最速で届けられるよう努力される。


 そのような緊急報告を受けて、大慌てとなった同盟の政治家たち。


 安全な場所から軍人に命令するだけの彼らは、戦争の継続が不可能になった事実を認めざるを得なかった。


 いくら政治家たちが『やれ』と命令したところで、不可能なモノは不可能でしかないのだから。


 既に、帝国の勢力圏と同盟の勢力圏の間を繋ぐ二つのルートのうち、一つを掌握されたも同然の事態。


 最早戦争の継続が不可能なのは、軍事には明るくない政治家たちであろうとも、当然の判断となる。


 まして、戦力としての自信を持っていた超巨大要塞の一つが、こうも短期間であっさりと撃破されたのでは、だ。


 軍事の専門家ではない政治家たちでも、戦う力の同盟側と帝国側との差を悟らざるを得なかった。


 また、未だ健在のもう一つの要塞も、同じ方法で破壊される可能性に考えが至ればどうなるか?


 戦争の継続を断念する以外の道がないのは、同盟領内の市民レベルの目にすら明らかであった。


 それ故に、ギアルファ銀河自由民主同盟の政府は動く。


 ここで問題となったのは、選択肢が大きく二つに分かれたこと。


 恒久的な戦争の断念なのか?


 それとも、一時的な停戦で、停戦期間を設定するのか?


 議論は当然のように紛糾したが、なにぶんにもチンタラと議論を続けて結論を出さなかったら、再び同盟領が帝国軍によって蹂躙される可能性がある。


 過去の経緯と、これまでに失われた人、モノ、金のことを思えば、同盟側の政治家たちにとって、恒久的に帝国との戦争を放棄する終戦は、政治家生命的な意味で自殺に等しい。


 そうして出された結論は、二十年の停戦期間を設定する代わりに、帝国にそれなりの金を支払うことを骨子とする一時的な停戦であった。


 この時に『政府決定』とされたこととは、政治家たちが過ちを認めず、保身に走っただけの『酷い結論』であるのは、最早言うまでもないであろう。


 かくして、ギアルファ銀河自由民主同盟は停戦交渉のための急使を、ギアルファ銀河帝国の首都星に向けて、最速の移動手段を以てで送り出す。


 これが発端となり、紆余曲折の事態を経て、前話のサンゴウや帝国軍に対するギアルファ銀河帝国の皇帝から出された攻撃中止命令へと繋がるのである。




 ところ変わって、自由民主同盟側の急使が到着したギアルファ銀河帝国の帝都。


 皇帝の御膝元では、その使者が強気の弁舌を披露し、帝国側の宰相と上級文官たちが反論する、激しい舌戦が繰り広げられた。


 けれども、結局のところ自由民主同盟側の軍事的な意味合いにおける、戦力的不利は明らか。


 どれだけ使者が強気の弁舌を振るったところで、その事実を覆すことはできなかった。


 最終的には、鷹揚に構えていたギアルファ銀河帝国の皇帝の、嘲笑を伴う慈悲的な決裁が発動。


 実質、『自由民主同盟の降伏』とも取れる内容の条件で、使者は停戦交渉を終えることとなったのである。


 尚、この停戦交渉終了後の条約締結時において、超巨大要塞二個の所有権が正式に同盟側から帝国側へと変更されることになるのは、まだ少し未来の話となるのだが、それは大勢に影響がない。


 このような経緯で停戦が実現し、長きに渡り続いた二国間の戦争はついに終了へと向かうのであった。




 では、攻撃中止命令を受けて以降のジンとサンゴウはどうしていたか?


 次の命令が届くまでの待機で、それでも攻撃態勢を保持し続けている二人には、会話以外にやることが特にないのが現実だった。


「艦長。良かったですね。『艦長一人で特攻してこい』をさせられなくても、戦争が帝国の勝ちで終わりそうですよ」


「ああ。良かったよ。って、俺はワンマンアーミーじゃないから! そういうの、俺は求めてないからね? サンゴウ、フラグを立てに行くのはやめて?」


 まぁ、サンゴウがフラグを立てようが立てまいが、無慈悲な現実はそんなこととは関係なく訪れるモノでしかないのだけれど。


 つまるところ、ジンの持つ勇者の運命力的な何かがガッツリと作用し、その手の出番はいつかきっと必ず『ある』のであろう。


 それをそこはかとなく、勇者の直感的な部分で感じてしまう。


 ならばジンとしては、自身が能動的に発することのできる言霊的なモノを、たとえ気休めにでも信じるしかないのだ。


 とにもかくにもそんなワケで、せめて言葉でだけでもジンがサンゴウの発言の一部に抵抗するのは、当然なのであった。


 それはそれとして、三十日を超える待機の末に、サンゴウへ届いた命令は『帝都への帰還』となる。


 ただし、帰還命令が出ても、要塞攻略に出撃してきた帝国軍の全てが撤収するワケではない。


 停戦交渉の終了後、帝国軍は部隊の一部を無傷の超巨大要塞への占領部隊として残し、撤収する。


 その占領部隊以外の帝国軍とサンゴウが首都星に帰還してから、帝都では論功行賞が行われることとなるのだった。




 そんな事態の推移で行われた論功行賞の結果、ジンはまたしても陞爵をすることになる。


 かくして、ギアルファ銀河帝国では前例がない、『法衣侯爵』の誕生となってしまう。


 これは、以前にカイデロン伯が予想した未来の実現であったりするが、もちろん偶然のなせる業である。


 尚、形式上はこれまでにあっても不思議ではなかった、ソレに前例がなかった理由とは、通常の法衣伯爵は宮廷に出仕していることがほとんどであり、陞爵するような手柄を立てる例が過去に全く存在しなかったせいであった。


 そもそも、人は陞爵を伴うような手柄を立てられる可能性がある事案に、一生のうちで何度も関与できるどころか、一度も機会がないのが普通であるのだから。


 この陞爵で、ジンは爵位でお義父さんであるベータシア伯オレガを上回ってしまう事態となる。


 よって、ジンのベータシア星系でのお義父さんの部下としての働きや、領軍への与力的な活動は、皇帝から停止の命令が出された。


 これは、ギアルファ銀河帝国の制度上やむを得ない話であるため、ジンもオレガも受け入れざるを得ない。


 まぁ、オレガへの補填として、帝国軍の軍艦が格安で払い下げをされたりはしているのだけれど。


 また、ベータシア星系にて生活基盤を維持しなければならない理由が消失したジンには、費用を皇家持ちで帝都に邸宅が用意されることとなり、アサダ侯爵はベータシア星系の自前の邸宅を別荘的な扱いへと変更する、強制お引越しが決定になったのだった。


 このあたりのアレコレの実現には、ジンの陞爵も含めて、実のところ裏でローラが暗躍しており、彼女が夫である皇帝や、各所にさまざまな有形無形の圧力を掛けまくった結果成立した事象なのだが、それについてジンには全く全然欠片も責任はない。


 特に何事も主張せず、流れに身を任せたジンは、一時的に皇家の所有となっていた帝都にある旧アレフトリア公爵邸を押し付けられることとなる。


 もっとも、ジンはその邸宅が、旧アレフトリア公爵邸だとは知らなかったりするのだが。


 こうした一連の流れで、シルクを自身の近くに置きたい、ローラの目論見は実現しつつあった。


 ちなみに、旧アレフトリア公爵家の領地については、第四皇子が新たな公爵家を立ち上げることで受け継がれている。


 ただし、第四皇子がザマルガルト公爵家を立ち上げる条件の一つに、現皇帝の妹を家に引き取ることが決められていたのは、一部の少数関係者のみが知る秘密事項とされた。


 何気に尾を引く問題となっていた皇妹案件は、これによりひっそりと幕引きが成されたのである。




 論功行賞の結果、『ベータシア伯爵家の武官』という立場がなくなったジンは、日常の公的な仕事が全くない立場になってしまう。


 この時のジンは、毎日が休日みたいなものであるので、皇帝陛下に直接申請を出した上で引っ越しのためにベータシア星系へと向かった。


 そうして、ベータシア星系主星に到着したジンは、以前と同様に海上へとサンゴウを着水させる。


 サンゴウには、海面に浮かんだままで待機してもらう形だ。


 続いて、二十メートル級子機で自宅へと向かい、邸宅に横付けで着陸する。


 事前連絡により、荷造りが終了していたため、ロウジュら一同はすぐに二十メートル級へと乗り込む。


 ジンはその間に荷物を影魔法に入れるように見せかけながら、さっさと収納空間に放り込んだのだった。


 そして、見送りに来ていたベータシア伯爵夫妻、執事のスチャン、養子に出された我が子に別れの挨拶をして、一同を乗せた二十メートル級子機は静かに飛び立つのであった。


 シルクが身重であるため、サンゴウは通常よりも速度を控えめにしてギアルファ星系へと向かう。


 サンゴウが航行速度を下げたことで、道中にてもらえるお小遣いが増えたのは些細なことであろうか。


 お小遣いの方が勝手に近寄って来るのだから、もしくはサンゴウの探知に引っ掛かるような宙域に、わざわざお小遣いが居座っているのだから、これは仕方がないことであるのだ。




「なぁ、サンゴウ。俺の子供たちと一緒になって遊んでいる、あの子竜は何処から出てきたんだ?」


 ジンは胡散臭いモノを眺めるような視線を子竜に向けつつ、サンゴウに問うた。


「はい。艦長から以前にいただいた、ドラゴンの中から出てきた石のようなモノを解析し続けていたのですが、それが今日の朝方になってあのように変化しました。こちらの言葉が理解できるようであり、従順な姿勢を見せています。なので、子供の相手をしてもらっています」


「はっ?」


「今日になって、石のようなモノがあのように変化しました」


「いや待て。サンゴウが何を言ってるのか、わからない」


 ジンは詳細を知らないが、勇者をしていたルーブル帝国がある世界には、『魔物が生まれる条件』というモノがある。


 その条件とは、核となりえる物質が長期間高濃度の魔力に晒されること。


 これは迷宮内では起こりやすく、迷宮の外でも人が住まない場所ではそれなりに起こる現象となる。


 逆に、人が住んでいる場所は、元々魔力がすごく濃い場所は選ばれることが少ない上に、魔法の使用でその場に在る魔力が使われることが多いため、高濃度を保ち難い。


 故に、そのような場所では魔物が生まれ難いのだった。


 もちろん、その場所で魔物が生まれないのと、別の場所で生まれた魔物がそうした場所へとやって来るのは話が別であるけれど。


 そして、サンゴウは今、ほぼ常時ジンの魔力供給を受けている。


 そのサンゴウが『解析をしている』という事実は、『魔石に触れている』という現象の継続であり、すなわちそれは、『魔石が高濃度の魔力に晒され続けたのと同じ』となってしまう。


 今回のケースでは、核となったのがドラゴンの魔石であったため、子竜となって生まれてしまう事態へと移行したのだった。


 そのような事情から、サンゴウの船内で唐突に生まれてしまった子竜。


 子竜の種族である竜族は、元々の知能が高い上に勘が鋭い。


 そして、本能的に実力差を感じ取ることができる生物であるため、膨大な魔力があるのがわかるジンとサンゴウを、生まれてから即座に上位者として認めた。


 そのことで、上位者のジンの関係者を襲うようなこともなく、サンゴウの指示に従って子供たちと遊んでいるのが現状だったりする。


 サンゴウ側としても、無抵抗で従う意思を見せた子竜に対して『問答無用で殺処分にするよりは、観察対象としつつ、利用するほうがマシ』という柔軟な判断もあったのだ。


 結果的に、敵意も叛意も感じられない従順な子竜は可愛いものであり、万一の危険ですら到底起こせそうにないサンゴウの厳重な監視下にある。


 それ故に、『まぁ良いか』とジンは子竜の存在を受け入れてしまう。 


 そして、子竜の存在をペット扱いで受け入れてしまったジンは、思う。


「(帝国では所有ペットの登録とかの必要はあるのか? それをロウジュかシルクにを確認しないといけない。でも、もしその必要があったとしたら、ドラゴンの登録なんてできるのかな?)」


 遊んでいる子竜と子供たちを眺めながら、そのようなわりとどうでも良いことを考えていたジンなのだった。

  

 このような経緯でアサダ侯爵家は新たな家族としてペットを得つつ、のんびりと帝都へ向かう。


「(子竜に名前を付けなければなぁ。どんなのにしようか?)」


 サンゴウの指示に従って、撃破済みでお小遣いになる物資を収納空間に放り込みながら、ジンの思考がそこへ向いていたのは些細なことでしかない。


 サンゴウは身重のシルクの身体に、負担らしい負担を掛けない帝都までの航行を恙なく終える。


 ギアルファ銀河帝国への貢献の実績がモノを言い、ついでにローラの暗躍もあって、遂にサンゴウは首都星の大気圏内への直接降下を許されてしまった。


 その際に、帝国技術省の人間がサンゴウの降下の様子を凝視しながらデータをとっていたのは、些細なことであろう。


 ここからしばらくの間は、新たな邸宅での生活を始めたアサダ侯爵家の面々に、特筆するような事案発生がない穏やかな時間が五年ほど流れる。


 冒頭のサンゴウの状況の出来上がりだ。


 むろん、サンゴウがその間、ずっと海上に浮かんだままだったワケではない。


 皇帝陛下から『コレ』といった命令が出そうもない雰囲気を感じ取ったジンは、この五年の間に何をしていたのか?


 その答えは、ジンとサンゴウの最強コンビによる、広がり続ける帝国版図の新しい部分を、『実地調査』という名目での見物航行。


 両者の趣味と実益を兼ねた、お仕事モドキをしていたのであった。


 もちろん、時折首都星の自宅へ戻り、休息もする。


 そのような生活のサイクルを、ジンは繰り返していたのだった。


 尚、この仕事のついでのお小遣い稼ぎにより、ジンの傭兵のランクは上級上まで上がっているのだが、それもまた大勢に影響のない、些細なことでしかないのかもしれない。




 以降の話は、冒頭部分での状況から一部の結果がわかってしまう話だが、停戦後の同盟領の変遷についても触れておこう。


 五年前に期間限定の停戦が決定とされてから、帝国と同盟の間には暫しの時を経て、結局終戦条約が結ばれた。


 実質、同盟側の敗北で終わった戦争の影響で、自由民主同盟大統領は国民投票により罷免され、同盟内の各星系指導者たちは軒並み総退陣の事態を迎える。


 同盟国民には帝国への賠償金の負担が重く圧し掛かっており、軍縮が行われたことで軍備への負担分は軽減されたものの、個々の国民への総負担としては当然ながらかなりの増加となっていた。


 そんな中、終戦の約一年後、帝国との航路に最も近い星系の選挙で『事件』と言って良いことが起こった。


 その『事件』とは何か?


 その星系の選挙で指導者に選ばれた人物が、選挙公約に掲げた内容。


 それが非常に問題であったのだ。


「自星系の所属を同盟から離脱させ、帝国への鞍替えをし、帝国から派遣されるであろう貴族の統治を受け入れる代わりに、賠償金負担の棒引きを求める」


 公約内容として、選挙期間中に民衆へと訴え続けたことが、なんと前述のモノだったのである。


 ちなみに、この星系の国民への負担は、戦時中が五公五民であった。


 しかしながら、戦後は九公一民の超重税となっており、しかも百年間それが続く予定とされてしまった。


 重税に喘ぐ国民は食うや食わずの状況下にあり、武力による鎮圧が即座に行われるものの、暴動も頻発している。


 そこから逃れる希望へと縋ったことが、圧倒的な選挙結果に反映されてしまったのだった。


 そして、新たな指導者の当選後、彼が掲げた公約内容を実現するため、帝国へと交渉の使節団がその星系から派遣される事態へと繋がって行く。


 そのような使節団の来訪を受けたギアルファ銀河帝国の皇帝は、複雑な心境となっていた。


「(戦争を起こすまでに至った主義主張を、金のために捨てるのか?)」


 皇帝は内心で嘲笑ったものの、領地持ちの貴族になりたい者が帝国内に多く存在している現実を無視できない。


 そのため、使節団の要求を受け入れた。


 かくして、ギアルファ銀河自由民主同盟の、一角が民主的手続きによって崩れたのである。


 この星系の事例ができたことで、そこから先は一つ、また一つと追随する星系が頻出し、停戦から五年が経過している現在、『自由民主同盟は、ほぼ消滅』と言って良い状況になっていた。


 ジンとサンゴウが物見遊山に限りなく近い実地調査をしていたのは、新たに帝国の版図に加わった旧同盟領の星系だったのであった。




「俺が前にいたところではな。『アホ貴族』というのがホントにびっくりするほど多かったんだ。でも、ここ数年で新たに領地持ち貴族になった伯爵で、悪い話は全然聞かない。で、それに対して『単に上手く隠れているだけなのか?』と、『ホントに問題なく統治してるのか?』と、俺は疑問を持ってる。これについてはどう思う? ロウジュ、シルク」


 どうしても、過去にルーブル帝国で目にした貴族たちの、数々の悪行の記憶が頭を過るジンだった。


「えっと。それは当たり前だと思います。新規で星系を与えられた伯爵だと、初期はお試し期間みたいなものですから。統治に失敗すればすぐ改易になってしまいますよ」


 ロウジュは、あっさりと答えた。


 続いて、シルクはそこに情報を追加する形の発言をすることとなる。


「そうですわね。それと、今回の場合は賠償金を棒引きしているので、棒引き分の穴埋めを全てではないですが、赴任した元法衣伯爵が負担、いわゆる持ち出しをしているはずです。せっかく領地持ち貴族の伯爵になったのに、バカなことをしてその投資分を無駄にするような愚か者は、皇帝陛下やローラさまがそもそも選ばないと思いますわよ? 『帝国として賠償金相当の全額を回収する』までは考えていないにしろ、長期で安定した収益がちゃんと出せそうな者を任じているのは、当然ですわね」


 これは、シルクの見解が正しく、『版図が増えるメリット』というのは無視できないものとなる。


 よって、ギアルファ銀河帝国としては、全額回収ができなくても良い。


 シルクの発言は、『さすが、皇太子妃教育を受けていただけのことはある見識』と言える。


「なるほどな。少なくとも初代が腐ることは普通ならあり得ないワケか。モヤってた疑問が解けてスッキリしたわ! どの星系に実地調査に行っても、領民は『良い伯爵さまで嬉しい』ってな話ばかりだったからな。『洗脳でもされてるのか?』と疑ってしまったよ」


 元日本人のジンとしては、『民主主義が『万能』でも『至高』でもない』と思ってはいる。


 だがそれでも尚、『好みとしては、専制政治より民主政治寄り』なのである。


 なので思わず、だ。


 実地調査中に、こっそりとバレないように、解呪と状態異常回復の魔法を掛けてみたことがあるジンなのだった。


 無意味だったけれど。


 それはそれとして、シルクの発言には言及されていない裏側の事情となる、やや黒い部分もある。


 二代目以降の当主になると、増長してやらかすのは当然ながら一定の割合で出てくるのだ。


 そういった者を摘発して改易できれば、別の者に褒美としてその領地を与えることができる。


 そのため、ギアルファ銀河帝国としても皇帝としても、『愚かな二代目以降が出現する現象』に困りはしない。


 けれども、そのケースだと、その星系の民たちは一時的に苦しむことになってしまう。


 そうした、生々しい裏の事情には気づかないジンには、日本に住んでいた頃のお人好しな部分がロウジュたちと暮らすことで復活してきているのかもしれない。


 穏やかな時間の中で、話題が尽きない夫婦の会話はまだ続く。


「ところで、ノブナガの婚約相手は決まったのか?」


 ノブナガとは、ロウジュが生んだ第一子の男児の名だ。


 ジンがなんとなくの思い付きで、日本の歴史上の人物のお名前を拝借したのが命名時の事情なのは、勇者が墓まで持って行く秘密のうちの一つとなる。


 決して、子供に魔王を目指してもらう意図があるワケではない。


 ついでに付け加えると、敦盛を教え込んだりする予定はないのだ。


「ええ。第八皇女と皇太子の長女とで、どちらになるか。かなり揉めてはいましたが、『第八皇女が降嫁』ということになりました。ノブナガはちょっと頼りないところもありますから、三つ年上でも丁度良いのではないでしょうか」


 エルフのノブナガが人族の皇女を娶る。


 ここで問題になるのは、種族的な寿命の違いであろうか。


 ロウジュが息子の相手に拘らないのは、端的に言うと『必ず、お相手が先に寿命を迎えるから』だったりするのだけれど。


 尚、この世界は子供が必ず母親の種族で生まれてくるため、種族的な意味でのハーフは存在しない。


 どうしてそうなるのか?


 それについては、この世界の学者たちがいくら研究しても、答えが出ない問題だったりする。


 これは、『世界の理がそうなっている』としか考えようがない事象として、現実を受け入れるしかない事柄なのかもしれない。


「そうか。まぁ生まれたばかりの子に婚約者とかならなくて、皇太子も良かったんじゃないか?」


「そこのところは、よくわかりません」


 残念だが、ジンの見解は間違っている。


 ノブナガに娘を送り込むのは、現皇帝と次期皇帝によるジンへの関係強化手段の奪い合いであり、皇太子側からすると『次期皇帝の椅子を盤石にする』という意味まである。


 この件に関しては、ジンの予想は的外れだった。


 それはさておき、だ。


 現時点で、ジンにはノブナガ以外の子供として五人がいる。


 ロウジュが生んだ第二子の次女チャチャ。


 リンジュが生んだ第二子の四女ゴウ。


 ランジュが生んだ第一子の長女イチと、第二子の次男ノブユキ。


 シルクが産んだ第一子の三女ハツ。


 養子に出されたリンジュ第一子の子については、書類上ベータシア伯爵家の子と既になっているためここでは含んでいない。


 あと、ついでであるが、子竜(雌)の名前はキチョウ。


 子供たちの命名は、全て当主権限でジンが行った。


 歴史オタク丸出しの命名かもしれないが、それを非難できる人物はジンの周囲にはいない。


 種族が人族だけではない世界なだけに、いろいろな名前がある。


 よって、ジンが付けた名前は特に問題視されることはなかったのだった。


 それはそれとして、長男の婚約が決まったので、他の子供たちについても今後、順次婚約者が決まっていくハズ。


 特にシルクの子であるハツについては、ローラが当然のようにロックオンしているのだが、この時点でそれをジンが知らないことは幸せなことであろう。


 むろん、シルクは悟っているけれども。


 勇者ジンにも、このような穏やかな家族との時間が、ちゃんと存在しているのであった。


 ただし、勇者の運命力は、そのような時間をぶっ壊すこともある。


 勇者が稀有なはずの事案を何故か、次から次へと引き寄せてしまうのも、また事実なのであろう。


 粗方、帝国の新版図の見物を終えたジンは、サンゴウから出されたギアルファ銀河の星図データの補完の要求があったことで、旧同盟領の未開拓宙域へも足を延ばしていた。


 そうして、とある星系のとある惑星がある宙域に差し掛かった時、サンゴウがそれなりに大きな、人間サイズと同等と思われる生命反応と、それを追っていると思われる、更に大きなサイズの生命反応を感知したことを、艦長のジンに告げるのであった。


 こうして、勇者ジンとサンゴウは、皇帝陛下の命令によって二つ目の超巨大要塞と戦うことなく、対要塞攻略作戦の終了を迎えた。

 侯爵への陞爵とシルクが昔住んでいた家を、対同盟戦の報酬として与えられる。

 シルクは元の家に戻れることを素直に喜んだが、ジンは長男への皇女の降嫁が決まったこともあって、確実にギアルファ銀河帝国に絡めとられた気がしなくもない。

 まぁ、それと美女四人に子供たちが加わる家庭が持てたことを天秤に掛けると、ジン的には帳尻が合っているどころか、お釣りが来そうではある。

 魔物であるはずの竜族の子がペットとして家族の一員に加わり、アサダ家の未来は明るい。

 長男の婚約が決まったことで、他の子供たちへの縁談が押し寄せるのが確実なのは面倒だが、上がった爵位と後ろ盾が強力なことで、気に入らなければ断りやすいので気楽な面もある。

 家のことはロウジュとシルクにお任せでも問題が起きないため、趣味と仕事の境界がわからないような活動をしていると、事案発生の場面に出くわしてしまうのは勇者が持つ運命力の成せる業なのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 サンゴウの活躍をほぼ見ていただけで、自身では仕事らしい仕事をした気にはならないのに、『超巨大要塞撃破の功績あり』として、陞爵と帝都の一等地にある元公爵家の邸宅をその褒美で受け取る流れになったことについて、釈然としない気分になった勇者さま。

 皇帝が同盟の自滅的な消滅の経緯を嘲笑していることは知らなくとも、「自分たちから吹っ掛けた戦争で、国を失うとか馬鹿じゃね?」と思ったし、貴族の支配を受け入れた、専制政治を憎悪していたはずの元同盟領の人々が、「生活が楽になって良い為政者で嬉しい」と言っているのを知って、「民主主義が悪いワケじゃないはずなんだが、こんなケースもあるのか」と、驚きながら呟いてしまうジンなのであった。

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