全滅レベルの損害と論功行賞、そしてカイデロン星系での退場と惨事と
~ギアルファ星系第四惑星周辺宙域(ギアルファ銀河帝国首都星周辺宙域)~
サンゴウは、部隊再編中の軍艦の様子、ギアルファ銀河帝国の宇宙軍のソレを暇に任せて観察していた。
サンゴウが眺めている多数の艦艇は、ギアルファ銀河自由民主同盟に対して実施された、迂回侵攻作戦に参加して帰還することができた部隊のモノだ。
出発時と比較すると、純減として約三割を失った迂回侵攻軍。
帝国軍は、残存艦艇を有効な戦力として運用できるようにするための再編成を急いでおり、特にやることがない手持ち無沙汰のサンゴウは、それを見物していたのであった。
ちなみに、元々首都星が抱えていた戦力だった機動要塞は二個が失われて、戻って来ることができた三個も無傷とは言い難い損傷状態だったが、一旦は元の配置へと戻されている。
そこで、順次損傷の修復が行われる段取りであり、失われた二個については、新造する計画が既に動き出していた。
もちろん、修復や新造の件はサンゴウに知らされることはないのだけれど。
現状のサンゴウは、艦長のジンを二十メートル級子機に乗せて帝都へ送り出した状態であり、船内で留守番のシルクとともにジンの帰還を待っている。
では、このような状況に至るまでの、過去を少々振り返ってみよう。
まず、侵攻軍が出発してから約三か月が経過した段階で、サンゴウの元へは最新の戦況の情報が入って来た。
むろん、それは遥か彼方に遠征した侵攻軍のモノではない。
帝国軍の最前線、すなわち侵攻軍がギアルファ銀河自由民主同盟の無防備な後方を襲撃するのに、敵を引き付ける役目をしている場所の最新の情報が入って来たのだ。
「二つの前線の両方で、同盟からの攻撃圧力が急激に弱まっている」
この報で、帝都の帝国軍は歓声に沸いた。
この現象の意味するところは、同盟側が最前線に構っている場合ではなくなったことであろう。
つまりは、迂回侵攻軍による同盟側の後方での攻撃が始まり、それが有効に作用している兆候であった。
そこから更に時は過ぎ、迂回侵攻軍は帰還してくる。
二つの最前線で行われている戦闘は、その時点で既に激しいモノではなくなっていた。
ただし、帝国軍がそこで更なる攻勢に出ることはなかったのだけれど。
それは何故か?
遂に帰還した迂回侵攻軍の受けた損害が、事前の想定を遥かに超えて大きかったからである。
帰還できた迂回侵攻軍は、遠征先の戦闘で一個軍相当に近い数の艦艇と、機動要塞二個を失っていた。
しかも、帰還できた二個軍相当をやや上回る数の艦艇と機動要塞三個は、そのほとんどが小破以上の損傷をしており、決して無傷な状態ではない。
更に付け加えると、迂回侵攻軍の総大将、すなわち三個軍のうちの第一軍の大将は退却時の殿を務めた際に戦死している。
受けた損害についての判定に対する考え方はいろいろあろうが、サンゴウやジンの知識からすると、損害の情報が事実なら『全滅』の判定となってしまう。
ちなみに、サンゴウとジンのそれぞれの損害に対する軍事的判定基準は全く同じであり、損害率三十パーセントで『全滅』、損害率五十パーセントで『壊滅』、損害率百パーセントで『殲滅』となるので、その基準を今回の案件に当てはめると、『全滅』になるのだった。
サンゴウ経由でジンが知った初期情報の時点で、帰還できたのが出発時と比較して約七割、すなわち三割を超える戦力を失った全滅レベルの結果となっていた。
その事実に、ジンは一時茫然となる。
むろん、それが長く続きはしない。
暫しの時が流れれば、ジンの頭は回り出す。
そうして、必然的にサンゴウと話し合う事態へと変化するのだけれど。
「なぁ、サンゴウ。プランAって、こんなに損害を受ける想定だったか?」
「いえ。事前の予測と結果の乖離は著しいですね。『同盟側の後方』と言える場所に置いていた戦力を『帝国の内情と同等』で算出すれば、今回の規模の戦力を投入した場合、純損失は『一割未満』と予測しておりました。最悪でも『二割に届くかどうか?』のレベルでした。個々の艦艇の、艦隊運用ができるレベルで航行可能な範囲に収まった損傷にしても。全体として失った数から推測すると、事前予測の倍以上は確実と考えられます。『同盟側の後方』に予想以上の防衛戦力があったのでしょうか? 詳細は帰還後の最終報告が上がらないとわかりませんね」
以降は、ジンもサンゴウもこの時点では知る由もない話なのだが。
本来であれば、今回の迂回侵攻作戦は、順当に常識の範囲で侵攻軍が軍事行動を行っていさえすれば、かなり遊びがあるサンゴウの事前予測の範囲よりも、少ない損害で作戦を終えることができたはずだった。
だがしかし、だ。
現実はそうなっていない。
では、そうならなかった原因とは一体何だろうか?
「総大将、いわゆる軍の現地総司令官が、やり過ぎた」
簡単に言うと、これに尽きる。
迂回侵攻軍は、同盟領側が無防備宣言を出した惑星についても、問答無用で攻撃していたのだ。
これがもし、軍需物資や兵器を生産しているとか、鉱物資源を供給している惑星であったなら、やられる側も諦めがつく話であったのかもしれない。
けれども、その種の惑星や、そのような惑星がある星系には、当然ながらそこそこの規模の防衛軍が駐留している。
つまるところ、無防備宣言を出したような惑星とは、いわゆる開発中の発展途上惑星であり、ハッキリ言えば、『どちらかと言うと、ギアルファ銀河自由民主同盟にとってはお荷物に近い存在』だったりする。
だからこそ、賊に対抗できる最低限のレベルの戦力しか持っていなかった。
賊を遥かに超える戦力の帝国軍を相手に、戦える力を持ってなどいなかったのだ。
攻め込んだ側からしても、そのような惑星に戦略的価値などないはずであり、なんならそこで時間と物資を無駄に消費するのは愚行ですらあったはず。
けれども、この時の現地総司令官は、いちいち攻撃対象を選別する手間を惜しんでしまう。
その結果、近場から順に、片っ端から殲滅戦を行ったのである。
いくら『お荷物の惑星』と言えど、同盟側はその状況で見殺しになどできない。
また、襲われているのは、そうした惑星だけではなく、資源や生産力の面で価値が高い星系、惑星だって含まれている。
慌てた同盟側は、最前線から本来抽出できる物量の限界を越える数の艦艇を強引に退却させ、帝国の迂回侵攻軍に全力で叩きつけた。
そうした流れで、迂回侵攻軍は約三割の戦力を失ったのだった。
これは、『たられば』の話になってしまうが、もし、現地総司令官が攻撃対象を選別し、時間効率を考えた作戦行動をしていれば、ここまでの損害を受けることはなかったはずである。
そもそも、初期段階で同盟側の防衛戦力が少ないのを確認した時点で、部隊を分散させたのも不味かった。
同盟側の怒り狂った反撃を受ける際、各個撃破されるケースが少なからずあったのだから。
まぁ、帝国軍が受けた被害だけを論じると、惨憺たる結果でしかない。
けれども、迂回侵攻軍は同盟支配領域全体の五割を超える部分に攻撃し、敵に与えた損害は計り知れない。
要するに、だ。
迂回侵攻軍は、戦略目標を達成してはいるのであった。
ただし、自軍への被害が無視できないレベルで、非常に大きなモノになってしまったけれど。
以上が、サンゴウとジンの知らない、この事案の情報となっている。
そして、それを知らなくとも、二人の話は続く。
「ま、戦争なんだし、『損害ゼロに死者ゼロ』ってワケにはいかんよな」
「そうですね。艦長が単身特攻する以外なら、そうなりますね」
サンゴウは『自身が単艦での攻撃をした場合の予測』を棚に上げて、あっさりと考えを述べた。
しかも、もし本当にジンが単身特攻を実行したら、その通りになりそうな考えなだけに始末が悪い。
まぁ、ジンはそれをしないし、そもそもそんな考えに対して全力で不要論を主張するのだけれど。
「おい、こら待て! その発想はおかしい。俺はそういうの、求めてないから!」
「安心してください。サンゴウの艦長に対する戦力評価が高過ぎるだけですし、帝国はそんなことを艦長にさせませんよ。たぶん、きっと、おそらく」
サンゴウが断定できないのは、人は合理的な話を感情によって覆すケースがあるのを知っているからであった。
今回の案件には関与している人間の数が多く、感情による合理的ではない結論が出る可能性は、否定できないのである。
ただし、そうなるには『ジン個人が生身の単独でそれを成せる力を持っている』という、常識的には信じがたい事実を受け入れて理解しなければならず、実のところその点のハードルは死ぬほど高いのだけれど。
それでも、確率としてはゼロではないが故に、『たぶん』となるのだ。
「最後の部分の言葉に、めっちゃ不安を覚えるんだが! まぁそれはそれとして、そのうち俺が呼び出されて何かあるだろうな。だから、今はそれを待つだけか」
「そうですね」
「(俺が提出したプランAの実行結果について、『損害が大きかったのはアサダ准将のせい』とか、責められないと良いけどなぁ)」
プランA関連の、『迂回侵攻軍帰還の報』が流れるまでの事態は、このように推移した。
迂回侵攻作戦は終了の形で一区切りとなり、次の段階の論功行賞へと場面は移って行くこととなる。
ジンの予想通り、しばらくしてから帝都への呼び出しの通信をサンゴウが受信するのだった。
「帝国軍近衛艦隊所属、独立遊撃隊、単独遊撃艦サンゴウが艦長。ジン・シ・アサダ。功績一位とする。今回の功により、法衣伯爵へ陞爵、軍の階級を少将へと一階級昇進。そして、進銀勲章を授与する」
「は! ありがとうございます」
ジンは陞爵、昇進を同時に受けた。
続いて、戦死した三名の司令官である、第一軍の大将、第二機動要塞の大将、第四機動要塞の大将の三人が功績二位とされた。
故人の三人は全員が名誉元帥へと陞爵し、撃金勲章を与えられる。
功績五位(二位が三名いたので次点は五位になる)は迂回侵攻軍の第二軍の大将とされ、途中から総司令代行を務めたその人物へと続いたのが、これ以降の人間についてはここでは割愛する。
戦闘には参加していないジンが功績一位。
この評価に不満を持つ者は、中将以下の階級層にそれなりの数が存在していた。
しかし、ジンは迂回侵攻軍によって戦略目的が達成できたプランAを提出しており、他の誰にも成し得なかったはずの、作戦の肝の部分の新航路のデータを提供した人物である事実は動かない。
それらが正当に評価された結果、功績順位が定められたのである。
それはそれとして、帝国軍の総司令官は幕僚たちとともに、今回の作戦結果の総括を改めて行っていた。
「ふむ、戦闘推移報告書によると、この無防備宣言をした惑星二つを攻撃した以降の戦闘について損害が激増している。つまり『これは、やらないほうが良かった』ということだな」
「そうなります」
データ上でハッキリしている部分は、誰にも否定できない。
帝国軍の総司令官の言は、前提認識の確認でしかなかった。
「ただし、最前線から戦力が引き抜かれているのと関連性が認められるのも事実。よって、『そちらで出るはずだった損害がこちらへ付け替わった』という側面はあるだろう。それ以外では、特に司令部作戦室で事前予測していたモノを超えている部分はないな」
「そうですね。後方で同盟の兵站の支えとなっていたと思われる惑星は、軒並み潰しましたし、生産力として機能回復をさせるには相当の時間を要するでしょう」
「つまり、今回の作戦は戦略目的の達成を以て成功とする。ただし、損害は予定より多く出た。『損害が多くなった責は迂回侵攻軍総司令にあり、その理由は無防備惑星への攻撃許可』という総括で良いな? 彼は、自らの命をその責に対する対価とした。そして、戦略目標が達成されているのは、彼の功績だ」
帝国軍の総司令官が、殿を務めて戦死した迂回侵攻軍総司令の責と、それに対する対価を支払い済みの部分をここで改めて確認したのは、万が一にも皇帝陛下への責任を問う愚か者が出てこないようにするためであった。
ついでに言えば、そうしたのには『司令部作戦室の保身』も含まれる。
もし皇帝陛下へと責を問おうとすると、何が起こるのか?
帝国軍として、迂回侵攻軍へのサンゴウの随伴を頑強に拒否した点を追及されかねないのだ。
その拒否した理由を、苦しいこじ付けではない合理的な説明を以て、明確にすることはできない。
そもそも、拒否が押し通せたのは、『超高性能艦であろうサンゴウを連れて行かなくても、楽に勝てる戦いだ』という共通認識が帝国軍の各人にあったから。
皇帝のみはそこに懐疑的ではあったが、帝国軍の強い主張によって、最後は機動要塞を当初の編成予定に追加するだけで済ませてしまっていた。
よって、『皇帝陛下に、全滅レベルの損害が出た責任が全くない』とは言えないのだが、帝国軍が恥を晒すことにもなるのでそれを言いたくないのである。
「最終決断をしたのは陛下だ。だから陛下に責任がある」
こう主張することは不可能ではないだろう。
だがしかし、だ。
実際にそれを行えばどうなるか?
「前例がある以上、お前らの意見は聞かないし、意見など要らない。もし仮にお前らの意見を入れた場合に、悪い結果となったらどうなる? どうせ悪い結果が出たら責任逃れをするのだろう?」
こう言われて、今なら軍部が持っている権限を失う未来しかないのだ。
また、サンゴウが随伴していた場合の被害軽減予測を、ベータシア星系での対宇宙獣戦の実績を元に出されると非常に不味い。
それが、厳然たる事実なのだった。
「戦死された迂回侵攻軍総司令の責任部分と功績は、それでよろしいでしょう。ただですね、プランAにあった『投入できる最大戦力で』の部分が戦果予測と合わせてもっと具体的であれば、より多くの戦力を投入し、この戦争自体が終わっていた可能性があります」
「それはその通りかもしれん」
「しかし、そこを問うと『司令部作戦室でその程度の戦果予測が、何故できなかったのか?』という話になります。特に初期段階では三個軍のみの投入予定でしたので。もし三個軍のみで作戦実施されていたら、『同盟の一割、良くても二割程度しか攻撃できなかった』と推測されます。もちろん、それでも『最低限の戦略目標は達成』となっていたハズですが」
実のところこの予測は甘く、もし三個軍だけで攻撃していたら、同じ司令官が同じ判断を下したケースなら『全滅』や『壊滅』ではなく『殲滅』の判定となっていた。
それでも、後方の蹂躙だけは成功となるので、『最低限の戦略目標は達成』の部分だけは同じかもしれないが。
まぁ、このあたりのもしもの話は真実を知ることができないので、それはそれで幸せなのかもしれない。
「プランAに、言及が足りない部分はあったのかもしれん。だが、このケースだと『それを読み解く司令部作戦室の責』がより多く問われるな。あえて指摘すべきところではあるまい」
このような帝国軍内部での話により、ジンは公然と責められることはなかった。
けれども、だ。
「もうちょっと投入戦力について、プランAに具体的に言及が欲しかった」
このような恨み節的な愚痴は零され、ジンの耳に届くことになる。
「(お前らの能力の問題だ! 俺のせいじゃねぇ!)」
ジンは心の中ではそう罵倒しつつも、この作戦で死んでいった者が多数いる事実が頭を過る。
それ故に、黙って頭を下げることはしたのであった。
さて、では国内の安全地帯と見なしていた後方を奇襲され、ズタボロにされたギアルファ銀河自由民主同盟側は、やられたままで黙っていられるだろうか?
むろん、そんなはずはなかった。
しかし、喫緊の問題として、艦隊戦力も資源も生産力も、その全てが足りないのが現実である。
それでも、同盟側には、まだ有効な手札があった。
この段階で完成目前だった、二つの秘密兵器が存在したのだから。
戦局を好転させるにはその二つを完成させ、前線に送り込むしかない。
そのようなロジックで、同盟側は、かねてから建造に着手していた超巨大要塞二個を遂に完成させたのである。
ギアルファ銀河帝国とギアルファ銀河自由民主同盟の間には、航路となり得る宙域が二つしか存在しない。
そして、二国間の戦争の最前線は、その航路の帝国側の出口付近の二か所となっている。
今の同盟にとって、そこをできる限り少数の戦力で死守することが至上命題であった。
そのため、完成したばかりの超巨大要塞は、その最前線へ向けて移動を開始。
ロクにテストもしないまま、実戦投入が決定とされたのだった。
この二つの超巨大要塞は、移動能力を犠牲にし、攻撃力と防御力を極限まで高めたモノ。
そして、それぞれ一つに帝国軍の一個軍相当の艦隊収容能力と整備補給能力を備えたシロモノだったりする。
それだけに、大きさは半端なくデカイ。
なんと、直径六百キロの球体構造。
二十万隻からの艦艇の運用基地でもあるのだから、『さもありなん』の大きさではあるのだけれど。
ただし、それだけの巨大構造物を簡単に動かせるはずもなく。
移動能力が皆無のそれを動かすのに、移動用のこれまた巨大な外付け推進器がいくつも取り付けられる。
そうして、二つの要塞は最前線へ向けてゆっくりと進み始める。
同盟側は言葉では言い表せないほどの苦難を乗り越え、四か月の時間を掛けて要塞を二つの最前線に設置することに成功するのであった。
尚、この超巨大要塞は帝国側から同盟側へ抜けようとする艦艇が通過できる空間の全てを射程距離内としている。
つまり、要塞の横をすり抜けて通過することが、不可能になるような長距離射程の砲を装備しており、同盟側は少なくとも二つの航路から、自前の勢力圏内に一隻たりとも帝国軍の艦艇を侵入させる気はない。
そのような要塞を置いたことで、前線に張り付けておく必要がなくなった艦艇たちを、同盟は蹂躙された後方の防衛と復興の支援に回して行く。
もう、あとがないギアルファ銀河自由民主同盟は、二つの要塞の拠点確保戦闘能力に全てを賭けたのだった。
ギアルファ銀河帝国側に同盟を蹂躙した部隊が帰還し、論功行賞を終えて諸々の事態が落ち着くまでの間に、同盟側ではこのような動きがあったのである。
論功行賞が終わったジンは冒頭の状態のサンゴウへと戻り、そこからベータシア星系へと帰還していた。
到着直前にシルクの懐妊が発覚し、彼女はベータシア伯伯爵領の主星にあるアサダ伯爵邸への長期滞在が決定される。
それはそれとして、ジンも久々に休暇として自宅での時間を楽しむ。
そんな中で、ロウジュからなかなかに衝撃的な話を聴かされたのは、決して些細なことではなかったのかもしれない。
「食料輸出にグレタへ行って帰ってきた者たちが、仕入れた情報なのですけれど。私たちとお見合いをするハズだった男爵家が、『取り潰し』になったそうですよ。お見合い自体がなくなって本当に良かった(もしも、お見合いが成立していたら、どんな目に遭っていたかわかったものではない)」
ロウジュは身震いしながら、ジンに語ったのであった。
「ほうほう。そんな話があったのか。それってよくあるような話なのか?」
「いえ。そんな。取り潰しがよくある話であるワケがないじゃないですか! ママワガ男爵家がいろいろと不正行為をしていて、それが発覚しただけですよ。ああ。カイデロン伯爵家から父へ連絡が来たそうで。私には詳細が知らされていないけれど、父から何か、ジンにお仕事の依頼があるそうですよ」
「(えっ? よくあるんじゃないの? 別件でも取り潰しがあったじゃん。シルクの実家。あっ、いやあれは、まだ決定じゃないのか?)」
シルクの手前口には出さないが、異議は唱えたくなったジンである。
「そうか。休暇のつもりだったけど。では、もう少ししたらお義父さんのところに顔を出してくるとしよう。シルクのこと、よろしく頼むな」
「はい。任せてください」
そうして、ジンはオレガに会い、ざっくりとした説明を受ける。
オレガからの依頼で、ジンはサンゴウでカイデロン星系第十五惑星へと向かうことになったのだった。
尚、お仕事内容は、非合法でママワガ元男爵邸に囚われていたエルフの女性たちを迎えに行くこと。
そんな話なだけに、行きはともかく帰りの道中はジン一人だと対処しきれないことが明白だった。
故に、サンゴウへは、アルラ、ミルファ、キルファ、ジルファの四人が乗り込んで、ジンに同行することが決まる。
手が足りなくなるアサダ伯爵邸には、ベータシア伯爵家からメイドが数人、ロウジュの元へ一時的に貸し出し派遣されることとなったのであった。
そんなこんなのなんやかんやで、カイデロン星系第十五惑星周辺宙域に到着したサンゴウは、衛星軌道上で待機状態を維持する。
ジンとメイド四人は、その状態のサンゴウから二十メートル級子機で発進し、地表のシャトル用空港へと向かう。
ジンたちが到着した空港では、既に待機していたカイデロン伯爵自らが出迎えてくれたことに驚かされた。
続いてカイデロン伯自らの案内の元、今回ベータシア星系に連れて行く予定のエルフ女性八名のところに到着したジン。
勇者は己が目を疑う光景に遭遇して、絶句することになる。
それでも、数秒も経てば、いつまでも驚きで固まってなどいられない。
そのことに気づき、ジンは動き出すのだけれど。
「おい、これは一体!」
カイデロン伯を問い詰めるかのように声を発したジンだったが、視線はエルフ女性の身体に釘付け。
何故なら、手足は肘と膝から先が切り落とされており、残った腕や太ももの部分には生々しい火傷のあとと思われるモノがいくつもあったのだから。
囚われの身で、おそらくは虐待とか拷問に類するモノを、その身に受け続けていたと考えられるエルフの女性たち。
彼女たちの顔に感情の色はなく、その瞳は『何も見てはいない』と言って過言ではない。
ジンたちの声は届いているはずなのに、何も反応がないのだ。
その時点で、聴力を奪われている可能性すらあった。
それでも、加害者は彼女たちの美貌を損なうのだけは嫌だったのだろうか?
顔にだけは傷らしい傷はない。
ただし、『それが救いであるかどうか?』は話が別であるけれども。
「こちらで、できる限りの治療は施しました。彼女たちは身体的欠損も酷いのですが、心がもう死んでいるような状態でしてね。これ以上は手の施しようがないのです。我が領の男爵家がしでかしたことなので、ベータシア伯爵家へは改めて、お詫びとなんらかの形で賠償をさせていただくことをお伝えする予定です」
「そうか。ああそうだ。俺、陞爵して伯爵になったんだったわ。同じ爵位だから素の言葉で話して良いよな?(カイデロン伯自らがこの星系の主星ではない第十五惑星にいて、シャトル用の空港へと俺らをわざわざ出迎えにきた理由はコレか)」
怒りで丁寧な対応をする気が失せたジンは、話を早く進めようと布石を打つ。
以降の話は、我を通すのみになりそうだからだ。
「ええっと。公の場では領地持ちの方が法衣の一段上の扱いになるのですが、アサダ伯爵なら構いませんよ(この人、侯爵になられるのもそう遠くない気がしますからね)」
「わかった。では彼女たちの身柄はこちらで引き取らせてもらう。俺たちの乗って来たシャトルを、この館の庭に移動させるけど良いな?」
「あの。無茶を仰らないでください。どうやって着陸させるのですか? シャトル用の滑走路なんてモノ、ここにはありませんよ」
「俺のシャトルは垂直離着陸機だから問題ない。ま、庭の草花や樹木には損害が多少出るかもしれんが。それぐらいは許してくれるよな?」
ジンから掛けられるプレッシャーに、耐え切れなくなったカイデロン伯爵。
ジンより遥かに年上の男は、首を縦に振るのみであった。
子機の移動を待つまでの間、勇者ジンは片時も視線を廃人化している女性たちから離すことはなかった。
何故なら、ジンの心は激しく揺さぶられており、女性たちの姿によってルーブル帝国で奴隷に貴族が行っていたことを思い出してしまっていたのだから。
「(あの時の俺には何もできなかった。だが、今は違うぞ! 目の前のこの女性たちは絶対に俺がなんとかする!)」
ジンが決意を固めていた時、子機が到着したことで被害者の搬送が可能となる。
二十メートル級の底部からわらわらと飛び出してくる子機の頼もしさは、そのまま相棒のサンゴウへの信頼の証であった。
そうして場面はサンゴウ船内、治療用に設けられた部屋へと移る。
「サンゴウ。全員一度に治療するのは無理だから順にやる。個室を七つ別で用意してくれ。あと助手の子機も追加を頼む。アルラたちは呼ぶまで待機していてくれ。ここから先は俺がやる」
この案件でのジンは、あまり似合わないシリアス調で動いている。
残念勇者でもやるときゃやるのだ。
どんなに顔がせいぜいフツメン程度であろうとも、やる時はやるのであった。
この時、アルラたちに『治療をしてるのはジンだ』とバレかねないうっかり発言をしてしまっているのは、些細なことなのである。
まずは患者を魔法で眠らせ、麻痺の状態異常の付与を行ったジン。
そこから、部位欠損の中途半端に治ってしまっている部分や火傷の跡、刃物類による傷跡などを聖剣で抉り取る。
続いて、パーフェクトヒールを掛け部位欠損と傷跡の全てを治す。
「問題はここからだ。心がぶっ壊れた人間の治療経験なんざ、俺にはないからな」
サンゴウに伝わる独り言を呟きながら、ジンはとりあえず状態異常を除去するための回復魔法を施してみた。
しかし、全く焦点の合っていない視線で虚空を見つめたままの女性は、それによって『意識を覚醒させた』とは言えない。
「くそ! やはり、状態異常回復じゃダメか。となると、闇系の精神魔法か?」
「艦長。サンゴウならば、感応波で患者に対して、強制的に呼び掛けることができます。ただし、心を閉ざしている理由の排除材料がなければ患者の心は反応しないでしょう。デタラメな艦長になら、記憶の都合の悪い部分を消すような、そんな感じの魔法があるのではありませんか?」
「『デタラメ』って言うな! そして、あるぞ! 『忘却魔法』が。ただし、アレは時間でしか消す範囲が設定できない」
「やっぱりあるのですね。魔法の条件はわかりました。幸い、艦長が持ち帰った資料の中に各人の身体特徴と、同じく各人を攫ってきた日時の記録がありますので、そこまでを『記憶忘却の範囲』として交渉材料とします。なんらかの意思表示と思われる身体的動きがあれば、それを合意として、その時間まで遡る忘却魔法を掛けてください」
またしても、サンゴウとジンの最強コンビによる治療が開始された。
どちらが欠けても、ジンが連れて来た被害者が助かることはなかったはず。
けれども、そのような鬱展開を、だ。
勇者が持つ運命力とファンタジー世界由来の実力と、サンゴウが持っている卓越した思考能力と超科学由来の実行力が合わさることで、全て吹き飛ばすのである。
サンゴウはジンに患者のエルフ女性の攫われた日時を伝えてから、女性の心に感応波で直接働きかける。
サンゴウの扱う感応波は、一方的に伝えることしかできないけれど、強引にねじ込むことはできるのであった。
エルフ女性の唇が、声を発しようとするかのように僅かに動く。
ジンはそれを確認してから、忘却魔法を発動するのだった。
忘却魔法を受けた対象者は、直後から混乱状態になってしまう。
経験上、ジンにはそれがわかっていた。
よって、即座に睡眠魔法を重ね掛けする。
こうすることで、ファンタジー世界の魔法は、目覚めた時の知らない天井を演出するのであった。
一度治療方法さえ確立してしまえば、ジンとサンゴウは、同じことの繰り返しで残りの七名のエルフ女性も同じように、あっさりと回復させてしまう。
続いて、全員を一室へと移し、アルラたちを呼んであとの世話を任せる。
このあたりは、ジンの対女性スキルの低さの自覚も手伝っての、いわゆるヘタレ対応なのだが、人族の男性は基本的に初対面だとエルフ女性から嫌悪感を持たれる可能性が高い。
それ故に、結果的には正解の対応なのである。
ベータシア星系の主星に戻り、ジンはオレガに報告を行う。
そして、ジンはカイデロン星系から連れて来た、八名の身柄をオレガに任せようとしたのだ。
しかし、全員がそれには難色を示す。
八名のエルフ女性たちは、自分たちの処遇が決まるまでの間の滞在先に、ベータシア伯爵邸ではなく、ジンの邸宅を希望したのである。
それを受けて、拒否をし辛いジンは仕方なく了承した。
自宅に総勢十三人で戻ったのちに、ロウジュに状況を詳しく説明して事後処理は丸投げとなる。
かくして、オレガからの依頼で始まった事案は、ひとまず決着となった。
しかし、それで一息つく余裕ができたのか?
それに対する答えは『否』となる。
「ええい、アレを何とかする手はないのか!」
帝国軍が手を焼く事案発生で、ジンの元へは帝都からの緊急呼び出しの記録映像が届くのだった。
こうして、勇者ジンとサンゴウは、ジンが帝都で伯爵と少将の肩書を褒美にもらったあと、ベータシア星系に無事戻ることに成功する。
その戻る道中、到着寸前にシルクの妊娠が発覚した。
到着後に、裏で暗躍していたことさえジンは知らなかったのに、ママワガ男爵が捕まって処刑されていたり、その男爵領で拉致監禁されて酷い目に逢わされていたエルフ女性たちが解放され、引き渡しされる案件で動いたついでに治療したりといろいろあった。
概ね全部片付いたところに、帝都側で不穏な事態発生によるお呼び出し。
新たな事案がジンとサンゴウの今後にどう関係してくるのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
妊婦を乗せての全速航行や、戦闘機動が必要になる可能性を考慮して、シルクを彼女が出産を終えるまでの間ベータシア星系に在るアサダ伯爵邸で生活させることを決めた勇者さま。
帝都からの呼び出しに応じて、久々に独りだけの航行となったのは別に良いものの、シルクを連れて来なかったことを理由にローラから怒られる未来があるのは、想像もしないジンなのであった。




