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賊を排除するけれど、下心が満載でした

~通常の宇宙空間(ギアルファ銀河ベータシア星系外縁部の更に遠方の外側)~


 サンゴウは跳躍航行用の超空間を抜け出し、通常の宇宙空間へとやってきていた。


 勇者ジンの助力を得て大破状態の船体を修復できたことで宇宙船としての機能を回復し、単なる移動だけでは絶対に抜け出せない超空間からの脱出に成功したのである。


 そうして飛び出した場所は、どことも知れぬ宇宙空間。


 そこには、星の輝きくらいしか見えるモノはなかった。


 銀河に近い、それでも銀河の外側となる宙域。


 いわゆる『外宇宙』と呼ばれるようなその場所には、幸いかどうかはさておいて、サンゴウに衝突するような小惑星やデブリなどが直近に存在してはいない。


 いきなり緊急事態とならなかったのは、どちらかと言えば良いことであろうけれど。


「通常空間へ帰還しました。これより現在位置の特定に入ります」


 サンゴウの船橋でアナウンスを聞きながら、ジンはマップ魔法を発動する。


 現在使用できる全ての魔力を使い切るつもりで、『最大領域だ!』とばかりに魔力を込めた渾身のマップ魔法は、ジンに一応有用な情報をもたらすのであった。


 ジンは『ギアルファ銀河外縁部、ベータシア星系に近い』という情報を、マップ魔法から認識することに成功する。


 しかしながら、銀河や星系の名称と、その名称を持つ場所がわかっただけでもある。


 よって、『で、ここはどこだよ?』に変わりはないのも現実なのだった。


「該当情報なし。サンゴウが所有するデータとは、恒星の配置情報などが一致するモノは一切ありません。よって現在位置はサンゴウにとって『未知の宇宙』であると推測されます」


 あくまで推測であって断定とならないのは、サンゴウが持っているデータの古さが原因となる。


 恒星の位置は、万年単位で時間が経過すれば変化することもあり得るのだ。


 もっとも、この時のサンゴウの推測は、限りなく断定に近いモノであるのだけれど。


「俺のマップ魔法によると、『ギアルファ銀河外縁部、ベータシア星系に近い』と出ている。サンゴウ。最も近い星系と銀河名を、とりあえずその名称で登録しておいてくれないか。あと、これから先に得られるであろう新たな情報を随時追加して、この銀河のデータを作っていくことは可能だろうか?」


「可能です。名称登録及び現在確認できる恒星配置をデータとして登録致します。ですが、艦長。それはそれとして、航行用のエネルギー確保を行わなければ、今後の活動に制限が出ます」


 サンゴウは、船内に残されているエネルギー残量と、それで移動できる範囲を算出してざっくりとジンに伝えていった。


 むろん、現在の宙域から遠く離れた場所にある恒星などから届く、微弱なエネルギーを利用することもその計算に入っていることは、言うまでもないであろう。


 また、それはそれとして、だ。


 通常の宇宙空間へと無事に出られた以上、サンゴウには艦長に伝えなければならないことがそれこそ山のようにある。


 その話も並行して進める時は、まさに今であった。


「『艦長が今後艦長としての責務を果たすに当たって、まずは船内設備や船の装備の説明を行い、理解していただきたい』と考えます。『サンゴウが最初に艦長へと呼び掛けた時の方法で、データとして艦長の頭脳へ流し込む形がお互いにとって最も無駄がない』と考えられますが、現在のように『音声での説明』も可能です。どちらになさいますか?」


 ジンとしては、『特に大急ぎで何か』という喫緊に解決すべき問題があるわけでもない。


 けれども、サンゴウの発言を受けて、必要な知識を得るのに無駄な手間を掛けたいような理由もない。


 よって、サンゴウお勧めのジンにはよくわからない方法で、データとして流し込まれることを選択する。


 以前にされて、何も問題がない方法なのだから、それを拒否する理由などそもそもないのだ。


 そうして、ジンはサンゴウの船内設備や機能についての理解を深め、よくわからなかった知識の伝達手段が精神感応的な何かであり、『感応波』と呼ぶモノであることを知ったのは些細なことであろう。


 その段階を経て、『ジンが展開したままだったシールド魔法を解いても、船内活動が可能なのか?』をようやく検討することになるのであった。


 尚、シールド魔法の恩恵なしの船内活動については、運命的な何かが働いたのであろうか?


 ジンが生存可能な空気成分の構成は、サンゴウの船内の生体部分で製造と調整の対応が可能であった。


 いや、そもそもサンゴウが製造されたデルタニア星系の人々が必要としたそれと、ほぼ同じであったのだ。


 また、重力についてもそのあたりは同様であったので、サンゴウ的には不自然さを感じはしたものの問題はないことを理由にスルーした。


 とにもかくにも、艦長の生体に合わせた船内環境の調整が行われ、おっかなびっくりとシールド魔法を解除して、ようやくサンゴウの船内の床にジンは足を着けられたのだった。




 ここからは、ちょっとした余談になる。


 魔王を倒してからのジンは、休息した時間も含めた浮遊島の探索に数時間を費やしている。


 それ以降に起きた諸々のアレコレを含めても、魔王討伐が成ってからサンゴウが船内環境をジンに会わせて調整を終えるまでの時間の経過は、約一日でしかない。


「たったの一日に、イベントを盛り込み過ぎじゃね?」


 ジンとしては、そう言いたくなるくらいには、事態が激しく動き続けていた。


 もしジンが普通の人間であるなら、この二十四時間を超える時の流れの間には、それなりに長い纏まった睡眠時間が必要とされて然るべきであろう。


 だが、現実はそうではなかった。


 ことがぼっち力の高い勇者ジン限定だと、話が変わって来るのだ。


 ジンは勇者としての活動をするに当たって、常に一人で戦い続けて来た。


 魔王の討伐には、迷宮の攻略が必須事項となっている。


 魔王の本拠地の浮遊島に足を踏み入れるには、迷宮を完全攻略せねばならなかったのがその理由となる。


 しかし、それはパーティーを組むことなく、一人で可能であろうか?


 ジン以外の過去の勇者たちの活動を紐解いてみても、『普通のやり方では、ソロ攻略なんて不可能』と断言できるような話でしかないのが実情である。


 迷宮内には、見張りなしで長時間休息可能な場所など存在しない。


 そして、迷宮の完全攻略には相応の時間が必要であり、最低でも数日の迷宮内での泊まり込みは必須となる。


 そのような状況下で、ジンは不可能を可能にするために、『脳の活動を分割して機能させる』という荒業的な能力を身に着けてしまった。


 ジンは『任意に脳の半分や四分の一を睡眠状態にする』などという、器用極まりないことができてしまう。


 睡眠を取るに越したことはないのであるが、『睡眠なしでも問題なく活動できてしまう』というのが現実だったりもするのであった。


 これが、前述の『勇者ジン限定だと、話が変わって来る』のくだりの理由である。


 ジンにとって、迷宮内で睡眠時間が確保できないことは些事でしかないのだった。


 ただし、睡眠を全く必要としないわけでもないので、絶対の安全地帯だと思い込んでいた場所で油断して眠ってしまい、転移のトラップには引っ掛かってしまったのだけれど。


 まぁ、このあたりは、確実にジンの隙を突けるような時と場所を選定した側が上手だったのであろう。




 さて、余談はこのくらいにして、本筋へと戻ろう。


 ジンはサンゴウと話し合った末に、情報収集を第一の目的として、航行エネルギーの確保を兼ねてベータシア星系内へと針路を向けることを決めた。


 向かう先は、二人にとって未知の場所である。


 そのため、ジンはサンゴウに最大限の警戒を頼むとともに、自身も探査魔法を最大範囲で尚且つ常時展開することとした。


 ルーブル帝国で活動していた勇者時代であれば、こんなことをすれば魔力的な問題からかなりきつい状態になる。


 しかし、今のジンには、魔力の面で全く問題が起きていない。


「(説明らしきモノを受けた時は、怒りで聞き流してしまって細かな内容をはっきりと覚えていない。だが、この世界へと飛ばされる寸前に行われた『レベル上限の解放』だったかが、魔力量に余裕がある原因なのではないか?」


 ジンは通常空間へ到着した時に使用したマップ魔法の感触から、そう考えるに至る。


 ジンのレベルは魔王討伐の遥か以前の段階で、上昇限界に達していた。


 しかし、レベルは上限に達していても、経験値的なモノは溜まり続けていたのである。


 よって、レベルの上限が解放されたことで、溜まっていた経験値によりレベルアップして魔力量がふえていたとしても何らおかしいことはないのだ。


 むろん、事実は別の要因によるのだが、この時のジンはそれに気づくことはなかった。


 また、ジンの考えも完全な間違いでもない。


 レベルは確かに上がっていて、それによる最大魔力量の増加は確実にあったのだから。


 とにもかくにも、ジンの探査魔法に『人工的な動きだ』と思われる物体が探知されたのは、ジンが魔法の使用を開始してから、約一時間の時が経過した頃となる。


 幸いにも、ベータシア星系へ向かう途中でサンゴウは航行用のエネルギーに変換可能な小惑星を捕獲できていた。


 ジンが魔法で異変を探知したのは、サンゴウが小惑星を捕食しながら慣性航行している最中の出来事なのだった。


「サンゴウさんや。エネルギーの補充状況はどんなだい?」


「はい。現在緊急用の最低確保分を除く部分で、一割五分を少々超えたところです」


「ふむ。得た知識から行くと『一度の戦闘、三十分くらいの砲撃と戦闘機動をしたら、ギリギリ足りるかな?』って感じだろうか?」


「そうですね。戦闘を想定する何かがございましたか?」


 サンゴウ的には、せっかく補充したエネルギーを無駄に消費するのは避けたい。


 それ故の問いであった。


 もちろん、エネルギーを消費するに足る事由がある事案が発生しているのならば、話は別なのだが。


「ああ、探査魔法で感知できた事象なんだが。今向かっている星系の第十五惑星付近に、ちょっと気になる人工的な動きをする物体が複数あるんだ」


「それでしたか。こちらでも検知していました。『追うもの』と『追われるもの』といった関係が推測される動きをしていますね。介入をお考えなのですか?」


「情報を得る対価として、だな。『危機を救って恩人になる』ってのが定番だと俺は思うんだ。サンゴウはそのあたりをどう考える? もっとも、この案件は『サンゴウに危機を救うことが可能なら』ではあるんだが(ま、この程度の危機を救うだけなら、俺の魔法でなんとかならんこともないかもしれんがな)」


 サンゴウに対してはそう言いながらも、ジンは言葉にはしない最後の部分のような考えも持っていたりする。


 ファンタジー世界で盗賊の襲撃を受けている馬車を救うのとは難易度が全く異なるはずなのに、ジンには根拠のない謎の自信があったりするのは、ジンが勇者だからなのかもしれない。


「情報を得る目的ならそれもありかもしれませんね。ただし、『善悪』というか『正義』というか、要は『どちらを助けるべきなのか?』という判断をするに当たって、現時点では材料がありません。いかがなさいますか?」


 サンゴウの問題提起で、ジンは『通信的なモノの傍受は無理なんだろうか?』をまず考えてしまう。


 続いて『あっ! 仮に傍受できても、『理解できる言語を使ってる』と考えるほうがそもそもおかしいのか』と、妙に納得してしまう答えに自問自答で辿り着く。


 けれども、そこで終わったりはしないのが、勇者が勇者である存在理由、あるいは運命力なのかもしれない。


 異なる文明から生み出されたはずのサンゴウとの邂逅において、ジンには『言葉の問題は生じていなかった』という立派な前例があるのだ。


 この時のジンは、『おぼろげながらに覚えている、自身に付与されたような気がする、異言語理解の技能を試そう』と決めたのである。


「(サンゴウの時も言葉が理解できたわけだし、俺がその通信を聴くことさえできれば、異言語理解の技能を持っているっぽいからワンチャンあるんじゃね? ダメで元々だろ)」 


 単に、こんな感じで「開き直った」とも言えるが。


「サンゴウ。いわゆる通信波のようなモノとかさ、救助信号的なモノを何か発信していたりしないか? できるなら、音声としてそれを聴いてみたいんだが」


「『通信波』と考えられるモノは発信されております。ですが、未知の言語のため内容はわかりません。それでも、艦長に望んでいるであろう形の音声出力自体は可能です」


「ではそれを頼む。俺が聴けばなんとかなるかもしれんのでな」


 そうして、サンゴウが通信内容を傍受し、それを船橋にそのままイイ感じな音へと変換して垂れ流した。


 その結果、ジンには『追われているように見える側が、『賊に追われている状況で助けを求めている』という事情が理解できた』のであった。


「(これ、なんてテンプレ?)」


 ジンはまず、そんなことを考えてしまっていた。


「(この場面はきっと、襲撃に遭うお姫さまとか、貴族の令嬢とかがテンプレだよな)」


 内心で呟き、それを期待してしまうのはジンだけの秘密だ。


 続いて、サンゴウへ翻訳した内容を説明することで、ジンは状況を共有する。


 サンゴウはサンゴウで、ジンの翻訳結果を得て、傍受した音声データとの比較を速やかに開始した。


 要は、優秀な生体宇宙船の人工知能は、即座に言語の解析を始めたのだった。


 超科学文明が生み出した有機人工知能の、サンゴウの能力は伊達ではない。


 僅か数分で言語の解析を終了させ、サンゴウは自動翻訳が可能な状況を成立させたのである。


「(『有機人工知能』ってすごいのね)」


 その報告を受けたジンが、サンゴウ的にどうでも良い感想を言葉にはせずに呑み込んだのは些細なことであろう。


「よし、では『目標』というか『目的』は、『追われている側を救助して、その対価で情報を得よう作戦』だ。ただし、俺たちに可能な範囲に限る。『無理はしない』ってことで行こうか」


 何よりもまず、自分の命が大切。


 今のジンにとって、実のところ見知らぬ他人の命はそれほどに軽い。


 付け加えると、現状での判断材料は傍受できた音声データと、探知で得られる対象の動きくらいしか情報がないのだ。


「(意思疎通は可能かもしれん。だが、『相手がどんな形状の生き物なのか?』はわからん。俺が『化け物』と感じるような外見をしている可能性は捨てきれない)」


 ぶっちゃけてしまえば、このようになる。


 ジンとしては、救助を目的としていても、非道な内容の考えを同時に持ってもいたのだった。


 それでも、『出たとこ勝負』とばかりに、ジンとサンゴウは救助対象へと向かう。


「できることはやっておく」


 ジンとしてはこのくらいの感覚の話なのだった。


 他人が全く信用ならん異世界で過ごした、五年に及ぶジンの勇者生活。


 最後には何の報酬ももらえず、ランダム転移のトラップアイテムでサンゴウがいた空間に放り出されている。


 そのような経験をしているジンが、ちょっと荒んだ思考に流れやすくなったのは仕方のない面もあろう。


 とにもかくにも、ジンとサンゴウはテンプレな展開を目指して、宇宙空間を突き進んで行ったのであった。




 宇宙船同士の追走劇が繰り広げられている現場に、サンゴウが接近する。


 その現場は、ギアルファ銀河におけるベータシア星系の惑星軌道のうちで、外側から数えて二番目に位置する、第十五惑星の周辺宙域であった。


 ジンは、サンゴウの船橋のモニターに映し出されている、リアルタイムの光学映像を注視しつつ考える。


 どこかのアニメで見たような宇宙船?


 いや、これは宇宙艦なのか?


 ジンがそんな印象を受ける、五隻の宇宙船と小型の人型兵器と思われる複数の機体に、一隻の船が追い回されている。


 その様子が、サンゴウのメインモニターの映像からジンには確認できていた。


「介入可能距離まであと六十秒です」


「こちらからの連絡は可能か? 『賊と同類』と思われて、救助対象から攻撃されたらつまらんしな」


「はい。言語解析は終わっておりますのでサンゴウとしての通信も可能ですし、艦長の映像と音声を先方が使っていると推測される通信方式での送信が可能です。しかしながら、『映像データの再現』や『そもそも再現できるような機器が先方に存在するのか?』については判断しかねます」


 ここまでの状況分析や推測をジンに提示できていることからして、この『サンゴウ』という有機人工知能は、相当に優秀なのであろうことをジンは容易に想像できた。


 サンゴウの報告の仕方から察するに、『ジンとしての音声通信が望ましい』と考えてはいるが、『最終判断はジンに委ねる』といったところなのだろう。


 そうであるならば、だ。


 勇者ジンは決断を下すだけで済む。


「了解だ! では俺の音声を送り付けてやってくれ」


「こちら宇宙船サンゴウ。緊急と思われる通信を傍受し、救援に駆け付けました。これより、本船の艦長からの音声による通信を行います。尚、言語体系が異なるため翻訳して音声を送信しています。翻訳ミスによる若干の問題の発生があったとしてもお許しください」


 そんな感じのサンゴウの宣言の最中に、ジンの目の前には『ここへよろしく!』と言わんばかりにマイクのようなものが足元から生えてきた。


 その状況に驚くものの、時間の猶予はない。


 ジンはとっとと、マイクに向かって話しかけるのだった。


「えー。艦長のジンだ。困ってる感じなので助けに来た。これより当艦は戦闘行動に入り、襲撃側と思われる賊らしきモノを排除する。何か排除以外の希望があるなら、助けを求める時に出した通信の方法を以って、当艦サンゴウに呼び掛けてくれ。ただし、必ずしも希望通りにこちらが行動できるわけではない。だが、できる範囲のことは対応したいと思う。では通信終わり」


 不要になったマイクがさくっと足元へ沈んで行くのを、なんとも言えない気分で眺める。


 続いてジンは、サンゴウに問い掛けた。


「あー。サンゴウに確認せずに『排除する』って言い切ってしまった。でも、俺が理解しているサンゴウの性能であれば、見た感じ、あれらくらいの賊の排除は可能だよな?」


「はい。もちろん可能です。ところで、賊らしき側から返信がありました。『俺らと獲物に手を出すんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ。黙って消えとけ!』だそうです。面白いですね。映像から得られた情報で賊側の艦の性能を推し量ると、あの程度の戦闘艦ではサンゴウの所持データと比較すると三十世代以上遅れた性能しかありませんのに。『惑星内の地べたを這いずる蟻が、宇宙に在る戦艦に喧嘩を売っているのと同じだ』と、理解する知能がないようですね。フフフ」


 サンゴウがジンに語った『三十世代以上』という差。


 それが、『どの程度の年月の差や性能差を生み出すモノなのか?』をジンには判断できるはずもなかった。


 それは、当然の話である。


 しかし、ジンはそんなことよりも、最後の冷笑のようなサンゴウの『フフフ』の部分にそこはかとない恐怖を感じていた。


 何故か単純にとても怖いのだ。


 まぁこうしたことで、「『勇者にも怖いものがある』のが証明された」と言えよう。


 よって、恐怖を感じたその部分には何も突っ込まず、無言を貫くジンなのであった。


「逃走側の通信波を受信。音声による出力を行います」


『こちらベータシア伯爵軍所属、輸送艦ベータワン。貴艦の救援に感謝する。うわぁ被弾した! とにかくこいつらの排除をお願いしたい。頼む、助けてくれ!』


「『襲撃側を殺すな』とかの、妙な条件の要望がなくて良かった。じゃあサンゴウ。賊の排除を任せて良いか?」


「はい。ターゲットロック完了。物資の無駄を避けるため恒星からのエネルギーを利用するエネルギー収束砲を使用します。発射」


 アニメのビーム砲のような光を、ジンはモニター越しの映像で見ることができた。


 もちろん、それはサンゴウから発射されたエネルギー収束砲のモノである。


 複数、一気に発射されたそれは、水平方向への光のシャワーであった。


 着弾時、『派手に爆発でもするのか?』と思っていたジンは肩透かしを喰らい、賊の艦や小型の機体を光が貫いただけ。


 賊の艦には一隻に対して複数着弾しており、到底中の人間が無事じゃ済まないであろうことは容易に想像できる。


「(ここは様式美として、派手派手の爆散の花火が欲しい!)」


 賊が艦内で死亡したであろうと想像はできるのだが、ジン的には前述のような不謹慎な考えに至ってしまう。


 ジンは攻撃をしたサンゴウの艦長であり、攻撃の責任者であるはず。


 そのはずなのだが、やっていることとこの時の思考は見物人さながらであった。


 あっさりと賊は片付いた。


 だが、救助を求めていたベータワンは止まる気配がない。


「(賊の攻撃で被弾して、エンジン部かスラスターあたりが故障したのであろうか?)」


 ジンの目には、ベータワンが慣性で航行しているだけに見えた。


「(このままだと、第十五惑星の重力圏に捕まるのでは?)」


 そんな想像をしたジンが、『さて、どうしたもんかな?』と思ったところに、サンゴウから声が掛かる。


「艦長。ベータワンの艦の表面温度が急激に下がっています。おそらくですが、『深刻な故障が発生している』のでしょう。こちらからの通信での呼び掛けへの返信もありません。いかがなさいますか?」


「えーと。サンゴウの性能ならば、あの艦を強引に一度停止させてから、牽引することも可能だよな? だが、内部の生命体のみをサンゴウの艦内への収容を行うのはともかくとして、あの輸送艦丸ごとを収容したり、修理したりは『不可能』ってことで良いか?」


 ベータワンは『輸送艦』とは言っても、その大きさはサンゴウの六割程度の全長の艦でしかなかった。


 しかし、それだけの大きさであれば、サンゴウの船内に収容などできないのは当たり前である。


 けれども、収納空間を持つ勇者ジンならばそうではない。


 結果的に妙な感じの確認になってしまったのは、一応サンゴウの性能を頭に詰め込まれたはずのジンが、ついつい『自分にはできることなのだから、サンゴウにもできるかも?』と、無意識に考えてしまっていただけの話であった。


「はい。そうです。今のところ内部の生命体の反応はあります。ただし、その反応は微弱ですね。現在の状況から推測するに、『このままでは長くない』のではないでしょうか?」


「わかった。とりあえず横付けして強引に停止させてくれ。重力波を発生させて内部の生命体が、慣性で激突して死亡なんてことがないように上手いこと調整してやってくれるか? サンゴウがそうしてくれれば、俺のシールド魔法でとりあえず生命に支障が出ない空間を作り出すよ」


「あの特殊フィールドを使われるのですね? ですが、アレで包み込んでも内部の環境は現状維持なのではありませんか?」


「ああ。(しばらくの間は)そうだな。だが、勇者だった俺には範囲回復の持続魔法があるんだ。魔力でごり押ししてやるから問題ない。そのハズだ!」


 確信も自信も。


 この時のジンには、あったわけではない。


 それでも、そこは言い切ってしまうのが勇者ジンなのである。


「(仮に助からなかったとしても、悪いのは襲撃をしていた賊であって、俺のせいじゃないしな!)」


 サンゴウにはあえて伝えないが、『そんなので良いのか?』的な考えまであったりするのは、公言しない方が波風は立たないのであろう。


 ちなみに、シールド魔法にベータワン全体が包まれれば、その内部はジンが生存できる環境へと変化して行く。


 ただし、瞬時に切り替わるわけではなく、内部空間の広さ次第で変化には相応の時間が必要になるけれど。


「それでは、ベータワンの捕獲停止作業及び重力波調整を行います。作業完了まであと約十秒です」


「さすがだな。では十秒経つのを待ってっと。シールド魔法発動。範囲回復の持続魔法を発動」


 あっさりと捕獲には成功し、現状維持は完了する。


 そこまでは素早く完了できたのだが、『さて、ここからどうするのか?』が問題であった。


 当初の予定では、『救助を恩に着せて情報を引き出そう』だったわけである。


 しかし、現状は助けた生命体が会話のできる状態にはない。


 付け加えると、『生きている状態で会えるのか?』を心配しなければならないレベルなのだ。


「ところで艦長。先ほど排除した賊なのですが。生命反応の確認がてら近づいた時に機体、艦体が次々に消滅しております。『優先順位が低い』と判断したことと、『艦長がなんらかの行為を行った』との判断で、これまで報告しておりませんでした」


 サンゴウの言葉を受けて、『さすがにそりゃあ気づくよなぁ』という体で、ジンはポリポリ頬を掻く。


 この期に及んで誤魔化しても、何の意味もない。


 よって、『正直に語ることが必要な場面』なのは言うまでもないであろう。


「おう! 俺の収納空間へ全部放り込んだ! 伝えてなくてすまんかった」


「『収納空間』ですか? そのようなモノが存在するのですか? どのような原理でどのようなモノなのでしょうか? 非常に興味をそそられますね」


 原理なぞ聞かれても、ジンに答えられるわけもない。


 ジンからしてみれば、ただ使えるから使うだけなのだから。


 そうである以上、わかっていることのみをサンゴウに簡潔に伝える。


「今のところ、収納容量に上限を感じたことはない。そして非生命体のみが収納可能だ」


 ジンはそれだけの説明で『他はわからん』として済ませたのだった。


 それ以上を求められても、ない袖は振れないのである。


「なるほど。原理は謎だけれど便利に使える技能なのですね。サンゴウならば、原理が謎な時点で『入れたモノが出せなくなるかも?』という可能性も考慮して、使うのを躊躇いそうです」


 サンゴウの言い分は、それはそれで妥当ではあるのかもしれない。


 しかし、ジンは日本出身の勇者なのである。


 彼の国は、アニメや漫画、ラノベの天国であり、『某ネコのロボットのアレを知ってる』という前提さえあればどうなるのか?


 ジンはサンゴウとは異なる見解を持つ。


 収納空間を使用することへの躊躇いなど、微塵もない。


 ないったらないのだ。


 付け加えるなら、ジンが勇者となる前において、日本では身の回りに原理がわからない文明の利器など山のようにあり、それらを使って生活していたのだから『何をかいわんや』の話でもあろう。


「というわけで、だな。賊の死体と思われるモノも、今は俺の収納空間に当然入っている。だが、『艦』やら『小型の機体』やらという認識で収納しているため、『死体のみ』を出して『検分する』ということはできない。それをすれば、少なくとも『どのような外観の生き物なのか?』だけはわかるのだがなぁ」


 この時点でのジンには、『サンゴウの内部において小型機だけでも収納空間から出して検分する』という発想がなかった。


 サンゴウはその点に気づいていたが、『優先順位としては、検分するより輸送艦における救助活動が優先』と考えていたため、あえて指摘はしなかったのである。


「そういうものなのですね。賊の小型の機体は艦長の外観特徴である二足歩行と一対の手、頭部がある機体でした。ですので、推測になりますが、『形状としてはそのような知的生命体である』と考えます。よって『艦長と近似した外観特徴である』と考えて良いのではないでしょうか?」


 言語化して説明されてみれば、『これまた、なんともごもっとも』と感心する推測であった。


 ジンとしても人間(地球人)と同類のような生命体だと気が楽であるので、ちょっと期待もしてしまう。


「(お姫さまか貴族の令嬢で頼むぜ!)」


 そんな心の叫びは、絶対に口に出しては言わないけれど。


 それでも、ジンは自身のオタク脳の発動自体は止められていなかった。


「お、おう。そうだな。で、あの輸送艦なんだがな。俺が自前の魔法でシールドを纏って調査に行く方法と、サンゴウの子機を内部に送り込む方法の二択しか思いつかない。サンゴウには何か良い案はないか?」


「はい。方法としてはその二つだけになろうかと。ですが艦長がわざわざ出向くよりは、『子機による調査、可能であればいるであろう人型生命体の運搬及び本船への収容』がサンゴウとしてはベストと判断致します」


「そうか。やはりそんな感じだよな。では、子機でよろしく頼む。俺はモニター表示で見てることにする」


「はい。では最優先で生命反応がある地点を子機にて調査致しますね。現時点での反応は三つです」


 三百メートルほどもある全長の艦に対して、たった三名の生存者。


 これはジンの感覚的なものではあるが、乗組員がそんな少数であるはずはないであろう。


 つまりは『ほとんどが死亡してしまっている』という事実を、サンゴウは告げていた。


 できる範囲でやった結果であるので、ジンはその部分への責任を感じるわけではないが。


「生命反応が三つ。一か所に固まっているところの付近に到着しました。扉と思しきものがありますが開閉機構は破損していて、稼働不可能。子機による強制開放を試みます」


 外観からして、『ミニサンゴウ』と言えるような、サンゴウをそのまま小さくした姿形を持つ三機の子機。


 それらのうち二機が、羽部分を腕のように利用して強引に入り口の扉をこじ開けているのを、別の子機からの視点でモニターする。


 ちなみに、別視点で見られるのは三つの生命体を運ぶ可能性を考慮して、三機が同時に調査に向かったからであった。


「開放完了。部屋内部の空気の流出を確認。温度も急速に低下。生命体はなんらかの機械内に眠るようにいます。艦長、映像を確認してください」


「おお! えるふ? 『エルフ』か、これ!」


 テンション爆上がりのジン。


 そして部屋の中には、残念ながらお亡くなりになったっぽい遺体が二つ。


 子機がいそいそと遺体から体細胞の採取及び分析を行う。


「遺体からの遺伝子分析結果が出ました。艦長と大部分の遺伝子が、一致か近似しております。あくまで推測になりますが、流出してきた空気の成分分析結果からも、呼吸可能な空気の成分は同じもので大丈夫と思われます。標準と思われる筋力、体格などから重力調整も個別の特別扱いは不要と判断致します」


 なんという好都合極まりない結果であろうか。


 いや、ジンとしてはその結果に、不都合など全くないのだけども!


 むしろ、大歓迎まであるのだけれど!


「そうか。位置は確認できた。そのカプセルポッドみたいのをシールド魔法で囲うからシールドごと持ち上げて運ぶのは可能だろうか?」


「はい。では艦長のシールド魔法で作り出す特殊フィールドを確認したら、子機に運ばせます。ただし、収容してから一旦船内で隔離して、滅菌処理と健康診断を行います。それらを終えて何も問題がなければ、『艦長がモニター越しに対話をして、今後の対応を判断する』という流れでよろしいでしょうか?」


 検疫処理相当もちゃんと行われることに、ジンは驚かされた。


 そのような部分にまで気が回らないジンは、サンゴウの提案にただただ感心する。


 ある意味、ジンは脳筋ゴリ押しポンコツ勇者なのだから仕方がない面はあろう。


 当然ながら代案はないし、補足すべき点も思いつかない。


 かくして、ジンは全面的な了承をサンゴウに伝えるのみであった。


「子機による収容、完了しました。収容室の空気成分の調整及び重力の調整完了しました。これより生命体が収容されている機器の開放作業を開始します。開放後は、即滅菌処理に入ります。よろしいでしょうか?」


「ああ。予定通りやってくれ」


 女性の寝顔をまじまじと見たこともない、その手の経験が全くない人生を送って来た男は、サンゴウに返答をしながらも目はモニターに釘付けとなっていた。


 そのような状態でありながらも、ベータワンの艦体はチャッカリと自身の収納空間へ放り込んでいる。


 ただし、ジンの頭の中は『美人エルフが三人! 美人エルフが三人!』の大興奮状態を維持。


 ここだけを切り取ると、『ホントにただのヤバイ奴』という評価に異論を唱える者は存在しないであろう。




 サンゴウによる検疫を兼ねた健康診断が始まったので、ジンは行使し続けていた範囲回復の持続魔法を止める。


「三人の身体の状態に、異常は認められませんでした」


 サンゴウからの健康状態についての報告は、あっさりとしていた。


 ただし、三人が収容されていたカプセルポッドのような機器については、別である。


「『強制的に代謝機能を低下させるものであり、最低限の生命維持をさせることを少ないエネルギーで長時間行いつつ、救難信号を発信する』という、技術レベルの視点だと見るべきモノがある品でした」


 サンゴウの視点だと、艦自体はデルタニア星系のそれと比較をすると、三十世代以上前の技術で製造されている。


 しかし、この収容機器は、『生存に重点を置く』という点のみにおいて『かなり優秀』というか技術が進んでいた。


 でも、それを知ったジンからすると、『それって今回みたいなケースだと、賊が即見つけて捕まる危険満載だよなぁ』などと、わりとどうでも良い方向に思考を向けてしまう。


 だがしかし、だ。


 そのような思考とは関係なく、ジンの視線は相変わらずモニターに釘付けのままであった。


「生体反応レベル上昇中。おそらく『数時間以内には会話可能な状態まで回復する』と判断します。状況に変化があるまで第十五惑星付近にある小惑星を航行エネルギーに変換してよろしいですか?」


「ああ。そういえばエネルギーがまだ十分ではなかったんだな。おう! どんどんエネルギーを蓄えちゃってくれや! ついでに俺の飯の用意もよろぴく!」


 こうして、勇者ジンとサンゴウのコンビは賊の襲撃を受けていた輸送艦に救援介入を試み、休眠状態で生き残った三名のエルフ女性をサンゴウ内へと運び込むことに成功した。

 覚醒の時を待つだけとなっているエルフ女性たちが目覚めた時、保護者であり救助者であるジンとサンゴウに対してどんな反応を見せるのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 未だ目覚めないエルフ女性の美し過ぎる寝顔を、思わずガン見しながら興奮してしまう、召喚された異世界で魔王討伐を成した勇者さま。

 あまりの事態に興奮して、サンゴウへの言葉使いがちょっとおかしくなりかけているジンなのであった。

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