新造惑星の完成と、シルクがいないアレフトリア公爵家の事情
~ベータシア星系第十六惑星二の周辺宙域~
サンゴウは、初期状態まで完成し、既に『惑星』と呼んで良い状態になったベータシア星系第十六惑星二の周辺宙域を遊弋しながら、あらゆる角度で『問題がないか?』の分析を行っていた。
その『ベータシア星系第十六惑星二』は、むろん、ジンとサンゴウの力で造り出されたものとなる。
恒星ベータシアを中心とする星系の第十六惑星の公転軌道上に、第十六惑星と同じサイズで、しかも同じ質量に調整されて造られたそれは、恒星ベータシアを真ん中に挟んで、ちょうど反対側に設置されていた。
ちなみに、一般的にはあまり馴染みがないであろう『公転軌道上』とは、『恒星を中心として惑星が周回する軌道の上』という意味の言葉だ。
たとえば、『ベータシア星系第十六惑星二』の件で『公転軌道』について別の言い方をするなら、『恒星ベータシア周回軌道』と表現することもできる。
それはそれとして、曲がりなりにも惑星としてのガワが整ったことで、この新造惑星はベータシア星系の『新惑星』として届け出がなされ、ギアルファ銀河帝国へ『ベータシア星系第十六惑星二』の名で既に登録がされている。
現在は食糧生産惑星としての試験稼働中の段階であり、ジンの魔法によって最終的な、大気圏内の環境整備の調整が、本日を以て完了する。
明日からはベータシア星系の新たな食糧生産惑星として、本格稼働する見込みであった。
この件でベータシア伯は、シルクとサンゴウの合作による『ギアルファ銀河帝国での、情報の扱われ方の推測』を参考にして届け出を行っており、くだんのソレは『新惑星』として届け出が提出されたのだ。
また、名前も故意に紛らわしい『二』が付けられたモノとされた。
あえて、『第十七惑星』とはしなかったのだった。
その届け出では、『新惑星』とした点が肝であり、『惑星を造った』とはどこにも書いていない。
本来、『新造』ならギアルファ銀河帝国の全土で大騒ぎになるような大ニュースとして扱われてもおかしくないのだが、『新惑星』なら、そうはならない。
「なんだ。惑星を新たに登録しただけか」
このように誤認されるため、ニュース性が低いのである。
むろん、騒ぎにならなかったのは、それだけが理由ではない。
帝都からは遥か遠い、『ベータシア星系』という名の星系は、『元々影が薄かった』という点と、社交嫌いな上に、しかも凡庸な領地経営をするオレガのお陰で、『輪をかけて注目され辛い』という点もあって、目立つことがなかったのだ。
意外なところで、意図しない貢献のあるオレガであった。
現状は、ジンとロウジュたちとの結婚式が済んでから、既に二年以上の時が過ぎ去っている。
オレガが届け出た『新惑星』の案件は、もし一年以上前ならば、ジンの皇帝直属の新設された立場の件で、目端の利く貴族たちには興味を持たれ、一時的に注目を集めていたため、『目立たずに済むこと』はならなかったかもしれない。
だが、この頃にはもう、そのような一件は忘れ去られていたのであった。
なにしろ、新惑星を登録しても、ベータシア星系は全く注目されないくらいの影の薄さだ。
ただし、その新造された惑星は、その軌道が当然の話だが第十六惑星と全く同じだったため、『第十六惑星二』として届け出されたことも注目されない理由の一つではある。
実際のところ、オレガから提出された届け出を受理した担当官の考えはどうだったのか?
「こんな星系あったか? しかも『新惑星』だと? どうせ元々あった『小惑星』って言うにはちょっとデカイような程度の微妙なモノを、惑星扱いにでも変えたんだろ?」
お役所仕事でことなかれ主義の担当者は、その程度にしか考えていなかった。
そんな役人の話はさておき、とにもかくにも、勇者ジンとサンゴウの働きにより、ベータシア星系第十六惑星二は完成したのであった。
それにより、ジンたちは新たな事態を迎えることになるのである。
さて、それはそれとして、時系列を過去へと戻そう。
話は別の場面へと飛ぶ。
何故なら、ジンたちの動きだけで、ギアルファ銀河全体の物事が進んでいるワケではないのだから。
シルクが帝都、首都星を出たあとの、ギアルファ銀河帝国のとしての動きはどうなっていたのだろうか?
その部分についても、流れをここからはっきりさせて行こう。
帝都にて、ローラは自身の息子である皇太子に対して激怒していた。
皇太子は、ローラが手塩に掛けて教育して来たシルクに対し、誰にも相談することさえなく、よりにもよってローラの不在時に『婚約破棄』を公言してしまったからである。
貴族が多数いる公の場ではっきり言い切ってしまった以上は、その発言をそう簡単に取り消すことなどできない。
そして取り消すことができなければ、皇太子自身にその発言の責任が重く圧し掛かることもまた自明であるのだ。
皇太子は、実父と実母である皇帝とローラに呼び出された。
かくして、『事情聴取』という名の皇太子の弁明の場、言い訳をすることが可能な機会が設けられる事態へと発展する。
しかし、張本人の皇太子は『最後のチャンス』とも言える、そのかけがえのない貴重な場においてで、蒙昧な言葉を言い放つのであるが。
「シルクの叔父は新しくアレフトリア公爵になった。つまり、そのアレフトリア公の娘は公爵令嬢であり、公爵令嬢を妃とすることに何ら変わりはない。妃として迎える対象となる公爵家にしても、アレフトリア公爵家で同じである。これの何がいけないのだ?」
皇太子は、自身に与えられたラストチャンスに気づくことはなかった。
何ら反省を見せることもないまま、『強弁するのみ』という愚行で、改めて己の愚かさを証明してしまった。
本人以外の視点だと、皇太子の発言は恥の上塗りでしかない。
我が子可愛さの気持ちがそれなりにある皇帝としては、ここで『皇太子が反省の色を見せ、善後策を話し合う姿勢を見せるのかどうか?』を試していた。
けれども、この強弁が出てしまったことで、全てを諦めざるを得なくなってしまう。
尚、元々激怒していたローラに至っては、『火に油状態』であったのは言うまでもないことであろう。
「残念だ。其方には大切なことが何もわかっていない。もう良い。その新しく公爵令嬢となった娘と其方との婚姻を今この時を以て、ギアルファ銀河帝国の皇帝の権限で、『有効』と認めよう」
悲しみに満ちた表情を隠しもしない皇帝は、実父の言葉に喜びの表情を見せた皇太子を哀れむ。
そして、『今この時を以て、有効』としたことの意味に気づかない皇太子を、目の当たりにして思う。
皇帝は、婚姻の許可を出して二人を正式な婚約状態としたのではなかった。
この時点で『既に婚姻が成立している』としたのである。
これには、非常に重い意味合いが含まれていた。
「(ギアルファ銀河帝国の未来を考えるなら、この段階で愚物の才覚の限界が露わになり、切り捨てることができるのは、何の咎もないシルク嬢には申し訳ないが、不幸中の幸いかもしれぬ)」
この期に及んでは、皇帝はもう引き返すことはできなかった。
それ故に、だ。
ギアルファ銀河帝国の最高権力者は、事態を正確に理解できていないであろう皇太子を、どん底に突き落とす言葉を紡ぐのであった。
「現皇太子の廃嫡を『決定』とする。そして『元皇太子』となる其方に対しては、先に有効とした婚姻により入り婿とし、アレフトリア公爵家の継承権第一位と認定する。他に、継承―」
「『廃嫡』ですって? 待ってください。父上は何を仰っているのです?」
「陛下のお言葉を遮るとは何事ですか! 最後まで黙っていなさい」
皇帝の発言の途中で、それを遮った皇太子の『問い掛け』は、その行為そのものを宰相によって一喝されてしまう。
「其方の言い分は、最早全てが『無価値』だ」
「待ってください。何故なのですか!」
叫ぶように発言した元皇太子は、周囲の人間に取り押さえられる。
ローラと宰相との、それぞれから発せられた視線の合図で、その意図を汲み取って動く人間がいたからだ。
今にも皇帝に、掴み掛らんとする元皇太子。
そのような動きを元皇太子が見せれば、それは当然の仕儀であろう。
また、既に『無価値』と断じた皇帝は、最早息子だった男の言葉には答えない。
「では、決定事項の通告を続ける。他に継承権所持者が不在であるため、其方を次期アレフトリア当主とする。元公爵令嬢シルクの叔父である現アレフトリア公に対し、『前アレフトリア公爵家夫妻への殺害教唆』と、既に冤罪で処刑されてしまっている者が出ている案件絡みでの『シルク嬢の当時の側近に対して行われた証拠捏造』の二つの罪を認定する。ただし、司法取引により、即時当主引退と生涯幽閉を以て死罪の代わりとする。この幽閉の対象には、その者の全ての夫人と実子を含むものとする。この決定の現アレフトリア公爵の即時引退により、次期当主がアレフトリア公爵となることを認める。そして、新たなアレフトリア公には、前々公爵夫妻の敵討ちのため、アレフトリア公爵領軍の編成と最前線での陣頭指揮を命じる。以上の全てを『皇帝決裁』として今この時より有効とする」
この皇帝の決定のうち、シルクの叔父の司法取引が成立したのには、当然ちゃんと相応の理由が存在する。
それは、二つの罪の疑惑で取り調べを受けた際に、当人から『帝国内に蔓延る自由民主同盟の工作員を一網打尽とできる情報』が、刑の減免の対価として出されたからだった。
シルクの叔父は、通常の捜査では絶対に不可能だったことを可能にする情報を対価に出したのだ。
その事実を以て、死罪だけは免れたのである。
そのような司法取引の件はさておき、元皇太子は想像もしなかった実父、皇帝の決定に衝撃を受け、無言のまま、他者から取り押さえられた状態で気絶した。
そして、宰相の指示を受けた者たちによって、皇帝陛下の御前から静かに運び出されて行ったのだけれど。
「良かったわね。アレは好きな娘と結婚できたのだから。次期皇帝はアレとは似ても似つかない優秀な弟が、立派に務めてくれるに違いないわ。でもどうしましょうか。今の婚約者をそのまま皇太子妃、そして将来の皇妃とするのは問題ね。ホントどうしましょう」
怒りの顔を見せたままのローラは、冷めた声で、誰に向けたともわからない言葉を口に出したのであった。
皇妃のすぐ横にいた皇帝には、それがしっかりと耳に届いてしまう。
「(実子であるのに、もう元皇太子への妃の認識は既に切り捨てた『他人』であって、『息子』ではなく『アレ』という扱いなのだな)」
自身で下した裁定を棚に上げ、皇帝は声には出さない呟きとともに、現状を寂しく思った。
それでも、それが聞こえてしまった以上は、知らぬ顔はできない。
皇帝には、いろいろな意味でローラの存在が必要なのだから。
「そうだな。その問題を考えねばならぬな。だが、今日はもう疲れた。新しい皇太子妃については、明日以降に案を持ち寄らせて検討の上、決定することとする」
このような流れで、帝都におけるシルク関連の事案については、一応の決着を見るのであった。
ちなみに、この決着以降で、ローラはロウジュを経由する形で、頻繁にジンへと連絡を入れることになる。
「シルクを返せ!」
それはもう、ことあるごとにジン宛ての私信を何度も飛ばすのだが、それは別のお話としておこう。
さて、場面をベータシア星系に戻し、ジンたちの話に戻ろう。
ジンとロウジュたちとの結婚式から二年以上の時が過ぎ、その間にロウジュは第一子の男児を生み、現在はなんと第二子を妊娠中であった。
第一子妊娠中の段階で、ロウジュは上手くヘタレ勇者のジンを手の平で転がす。
何の話かと言えば?
ロウジュはジンに対して、『自身が閨での相手をできなくなることを理由に、アレコレ致しても大丈夫な妻が他にもいること』を囁いただけだったりする。
エルフ族の女性の妊娠率は低めのはずなのだが、こんなところで勇者の持つ運命力が作用でもしたのであろうか?
結局ジンに手を出されたリンジュとランジュも順次妊娠し、リンジュが男児を、そしてランジュは女児を出産する事態へと繋がって行くのであった。
尚、リンジュの産んだ男児は、ベータシア伯爵家の養子となることがすぐに決定されたのは既定路線だったのだが、そんなことは些細なことであろう。
ジンとサンゴウの力のコラボで行われた、『惑星新造』という『ベータシア伯爵家の一大事業』とも言えるお仕事は、当初の予定を少し超える期間が掛かったものの無事完了し、この時点ではもう食料生産惑星として稼働していた。
ちなみに、予定期間をオーバーしたのは、サンゴウの作業工程に対する見積もりの計算に不備があったわけではない。
単にジンの我が儘な休日取得が何度か起こって、その分の日程はそのまま遅延に繋がっただけだった。
妻の妊娠と出産は、夫にも一大事だから仕方のない面はあろう。
もっとも、夫は妻の側にいても、何の役にも立たないのだけれど。
それはそれとして、だ。
新造された惑星が稼働するまで、サンゴウのオペレーターとしての職務を、立派にやり遂げたシルク。
そんなシルクは、今頃になって首都星から何度も『身分の復帰』の打診を受けていた。
それは何故か?
同盟との戦争の最前線に立っていたアレフトリア公爵家の当主が、遂に戦死してしまったからである。
シルクは『アレフトリア公爵家、当主戦死』の報を受けたのちに、アレフトリア公爵家の断絶を防ぐため、身分の復帰を何度も打診されたのだった。
シルクの身分を戻せば、婚姻相手を入り婿として新たなアレフトリア公爵家の当主にできる。
それは、シルク本人の心情を無視すれば、アレフトリア公爵家の断絶を防ぐには最も簡単で有効な手段なのだから。
しかし、この段階だと、シルクは既に生涯食べるに困ることのない個人財産、巨額の財貨を手に入れていた上に、身分を復帰させた場合『ジンの妻になることが不可能』となってしまう。
それ故に、シルクは帝都から届く要請の全てを、謝絶することとなる。
「(身分剥奪したのは、それを認めたのはギアルファ銀河帝国でしょう? 今更、何? わたくしは、もう『それらが既に失われたモノで、戻ることのないモノだ』と、認識しておりますよ? もう遅いのよ!)」
シルク自身は再三の復帰の打診に対し、それをして来る者に前述のような思いを直接叩きつけることはしなかった。
何事もなければ、未来の皇妃になっていたであろう女性なだけに、その程度の分別はあったのである。
それはそれとして、現在のシルクはロウジュ、リンジュ、ランジュの三人との間の仲を良好に保っている。
彼女は何と、実質的に既に四人目の妻として少し前より認められ、受け入れられていたのであった。
シルクには帝国貴族としての身分がない。
それは、叔父の手によって身分の剥奪手続きが行われたためであり、その手続きの結果、『家名なしの孤児』という扱いに書類上はなっていた。
そして、身分の復帰を謝辞し続けたため、書類上の変更がされることはなく、そのままになっている。
このため、今のシルクは貴族ではない扱いとして、アサダ子爵であるジンと結婚しようとすると、婚姻許可申請は『妾扱い』でしかできない。
だが、ギアルファ銀河帝国の貴族制度における、『妾扱い』には利点があったのだ。
それは、『婚姻許可申請が通信で処理可能な簡易申請となり、帝都へ出向いての手続きは一切必要ない』という点。
尚、許可が出てからの婚姻申請は、元の身分が貴族家の出身であろうとなかろうと、どちらも同じく通信での申請となる。
ロウジュの計らいで、『妾での申請』という利点を生かし、シルクの婚姻の一連の手続きは全て通信で行われた。
そして、すんなりと許可を得るに至り、アサダ子爵ジンとの婚姻申請も完了させたのであった。
このようにして、シルクは帝都で婚姻申請が受理されたことで、正式に『ジンの四人目の妻』の立場を手に入れたのだった。
さて、こうしたシルクの申請と許可と受理の流れに対し、ローラは何もしなかったのであろうか?
その答えは『否』となる。
ローラは『シルクのアレフトリア公爵令嬢への復帰と、その先の皇子との婚姻』を諦めていなかったのだ。
よって、事前にちゃんと関係各所に圧力を掛け、シルクが誰とも結婚することがないように妨害工作はしていた。
けれどもそれは、結果としては失敗に終わってしまう。
失敗に終わった原因は、『シルクの書類上の扱い』と、『『シルク』という名が平民階級にありふれた名であったこと』に原因がある。
その二つの要因が、書類審査における見逃しを、発生させ易い条件を作り出していたのだった。
そして、実際、許可担当官は『元アレフトリア公爵令嬢のシルク』であることには、申請データを確認した段階で気づかず、見逃しをしている。
その見逃しによって、本来は受理されないようにローラが動いていたにもかかわらず、ジンとの婚姻申請が受理されてしまったのである。
一連の流れで、シルクが既にジンの妾扱いの妻となっている事実を知った段階のローラ。
巨大な銀河帝国の『皇妃』の肩書を持つ女性はジンに対し、『自身への治療に対する感謝』と、『『シルクを奪われた』という思い』を同居させ、複雑な心境に陥ることとなったのだった。
全く預かり知らぬところで、ジンがローラからの無茶振りフラグを獲得していたのは、『些細なこと』として片付けると少々不味いのかもしれない。
「艦長。ロウジュさん経由で、ローラさまより記録映像が届いています」
帝都にいるローラとは、リアルタイムで直接会話が可能な通信回線が、距離の問題で開けない。
故に、今回のような、日本人で言えば『ビデオメール』の感覚の情報のやり取りとなる。
「またかよ。『シルクはもう俺のだ』って何度言えばわかるんだかな。なんかもうさ、見る気がしないから内容の要約だけ教えてくれるか?」
船橋の通信士用の席にいたシルクは、ジンのその言を聞いてしまったせいで、クスクスと笑っていた。
「はい。要点は、『『新惑星の視察をする』という名目で、ベータシア星系へ行くので迎えに来い』と、その他に、『もう『シルクを返せ』って言わないからシルクに会わせろ』の二つです。察するにシルクさんがサンゴウに乗っているとは思っていないようですね。『ベータシア星系へ自らが来ないとシルクさんに会えない』という感触の話し方です。尚、ローラさまの送迎は近衛遊撃の仕事として、皇帝陛下に命を出してもらうようですよ」
「はー。わかったよ。シルクはどうする? 首都星まで一緒に行くか? それとも俺だけで連れに行って、戻って来るのを家で待つか? 偶には家でゆっくり待つのも悪くはないと思うが」
「それでも良いですけれど、ローラさまはわたくしに、おそらくたくさんのお話があると思うのです。ですから、『移動中にお話をした方が無駄がない』と思いますわ。こちらへ到着されて、伯爵邸なり、アサダ子爵邸なりに滞在してから別途お話をするとなると、視察日程の全体日数が膨らみますわよ? それとね。えっと、その。一緒に行けば最短でも行きの航程の四日程度は、ジンをわたくしが独占できますよね? わたくしもそろそろ子が欲しいです」
サンゴウの全速航行に耐えられる実験も済んでおり、最短航程の時間が瞬時に脳内で算出できるオペレーターに成長したシルク。
ジンの四番目の妻になった女性は、少しばかり頬を赤く染めながらモジモジとそう言ったのだった。
だが、実のところ、サンゴウの全速航行中にその手の行為は無理なのだが。
この時のシルクの頭からは、それがすっぽり抜け落ちている。
もちろんポンコツ勇者のジンもそれは同様であった。
ちなみに、サンゴウはその部分に気づいていたが、『今は言わない方が良いのでしょうね』と考え、沈黙を保ったのは些細なことであろう。
「よし! わかった! 一緒に帝都だ! サンゴウ。とりあえず今から三時間程、俺とシルクは休息に入る」
ジンのそうした発言を受けて、サンゴウは休息明けに返信用の映像を作る予定を立てつつ、了解を返すのだった。
そんなこんなのなんやかんやで、皇帝の命が届き、ジンとシルクはサンゴウとともにギアルファ銀河帝国の首都星、帝都に向かった。
道中には何事もなく、無事に何の問題もなく四日の全速航行での航程を事前の予定通りに消化し、サンゴウは帝都に、首都星の衛星軌道上の宙域に到着したのだった。
そうした道中には、平穏が続いたのみで何事もない。
ナニゴトも、だ。
出発前は、ヤル気に満ちていたジンと、期待に胸を膨らませていたシルクだ。
二人が、全速航行の準備に入った時、航行中は会話くらいしかできないと気づいてガッカリしたとしても。
するつもりだった、アレコレが全くできなかったとしても。
全然全くオール丸っと丸ごと問題はなかったのである。
さて、ジンたちに次に必要なのは、首都星における大気圏内への降下であろう。
それについては、前例があるため、二十メートル級子機での後宮付近への乗りつけが行われた。
事前連絡で打ち合わせており、皇妃ローラの随伴員は最小限に絞られている。
随伴員の詳細内訳は、メイド二名と護衛女性騎士二名、視察記録員の女性一名。
これにローラ本人が加わる総勢六名が、視察に赴く人員の全容となる。
久々に帝都にやって来たジンは、宮廷にて皇帝陛下からの謁見が行われた。
その場にて、ジンは今回のローラの視察とその全行程への柔軟な対処を、皇帝陛下から直言で命じられたのだった。
そして、それとは別に密命があることも知らされる。
ただし、それについては記録映像で渡される形で済まされたのだが。
短い謁見が終了すると、すぐに出発準備となり、二十メートル級子機へのローラさまご一行の荷物の搬入が行われる。
「(さすがに皇妃ともなると、荷物が多いなぁ)」
積み込み作業自体はわらわらと出て来た子機が行っていたのだが、それを見ていたジンはわりとどうでも良い感想を抱いていた。
ちなみに、この時の帝都入りはジンのみであり、シルクは宇宙空間のサンゴウ内で待機をしている。
これは、下手に一緒に帝都入りして、万一物理的にシルクの身柄を押さえられるような面倒事の発生を、避けるための予防的措置なのだった。
まぁそもそも、そうした事案の発生を警戒して、シルクがサンゴウに乗って来ていること自体を帝都に伝わらないようする、細心の注意をジンは払っていたりするのだが。
荷物の搬入が滞りなく終わり、ローラ以下五名の総勢六名の二十メートル級子機への乗り込みも終わる。
いざ出発と、相成った。
サンゴウ特製の二十メートル級子機は、音も立てずにふわりと後宮の中庭で浮かび上がりそのまま上昇。
超科学由来の技術により構築されているそれは、首都星の重力から逃れるためだけの高速を必要としない。
乗っている人間に無駄な負荷を一切掛けることがない大気圏外への離脱は、ジン以外の全員の目を丸くさせた。
けれども、宇宙に在ってそれを操っているサンゴウにとって、そんなことは些事でしかなかったのである。
そんな流れで、ギアルファ星系第四惑星衛星軌道上の宙域に待機していたサンゴウは、シャトルの役を果たした子機の格納を完了。
そこからは、お約束の子機洗浄、滅菌、検疫関連とお荷物チェックタイムを経て、完全独立区画として作られた客室へと、旅客となる六人を子機で案内する。
尚、『ローラさまの護衛に、武器が一切ないのは問題だ』ということで、子機が剣に擬態したものを事前にサンゴウが作成しており、女性騎士二人には短剣と長剣が貸し出されることに。
もちろん、持ち込まれた武器については、サンゴウのお預かり保管へと直行。
そして、女性騎士の二人がサンゴウの準備した剣を気に入ってしまい、『買い取らせてくれ!』としつこく食い下がったのは、本筋には何の関係も影響もない別のお話となる。
ジンもサンゴウも、絶対に売ることはないのだけれど!
船橋に戻ったジンは、シルクに声を掛けてからローラの元へと送り出す。
「ローラさまへの挨拶と、ついでにゆっくりお話しておいで」
ジンがそうしたのは、ローラやシルクへの配慮の部分がないわけではなかった。
けれど、別の目的がしっかりあったりもする。
それは、皇帝陛下から預かった密命の記録映像をサンゴウと二人だけで確認することであった。
その密命とは何か?
くだんの記録映像の内容は、帝国と同盟との戦争状況のざっくりとした解説から始まって行く。
「現在の膠着状況を打開できるような、作戦案を何か出して欲しい。そして状況を打開するために、ジンとサンゴウを近々戦力として投入したい」
皇帝陛下の密命は、そう結ばれていたのだった。
ただし、ジンたちの投入については、今は命令ではなく『考えておいてくれ』の段階となっているのだけれど。
ちなみに、ジンへとこの話を持って行くように皇帝へと提案したのはローラ。
端的に言って、無茶振り以外のナニモノでもない。
しかしそれが皇帝の命として通ってしまったのは、それについて見解を問われた帝国軍の将官たちに、『ジンへの特別待遇が面白くはない』という意識が存在していたから。
故に、帝国軍の将官たちは、『ジンへ作戦案を求め、お手並み拝見』という立場と化し、『ローラさまの案に賛成する旨を、皇帝陛下への返答とした』のだった。
「なぁ、サンゴウ。この戦争状況。どう見る?」
「はい。『艦長が単身で特攻して、同盟の全星系を制圧すれば、それで終わりだ』と考えます」
「おい待て。それおかしい! そんな冗談は求めていない!」
サンゴウの明快な答えは、残念ながらあっさりと否決されてしまった。
となると、サンゴウとしては前提条件の詳細を確認してから、見解を述べるしかなくなるのだが。
「『冗談』ではないのですけれどね。『通常の戦争』という観点で最終目的は同盟の『降伏』か『消滅』か『制圧』のどれか。『それについて意見を述べる』ということでよろしいですか?」
「ああ。冗談は置いといて、それで頼む」
そうして、サンゴウ視点での戦術、戦略が語られ、なかなか結論が出ないままジンとの密談が続く。
これが、シルクを送り出したあとの船橋での出来事となる。
では、ローラとシルクの方はどうであろうか?
ローラはシルクが挨拶に現れ、驚いて一瞬固まってしまった。
「今更だけれど。バカ息子がやらかしてごめんなさい」
二人の会話は、ローラの謝罪から始まった。
長期に渡り『皇太子妃教育』という名目で、ローラはシルクと交流がある。
いや、あった。
そのため、ローラにとっては実子である皇女よりも、感覚としてはシルクのほうが『実の娘』という意識が強い。
つまるところ、ローラにはシルクに長く会うこともできなかった寂しさが、しっかりとあったのである。
「結果的に、今が幸せなので」
謝罪を受けたシルクは、短く言葉を返す。
これについては、『それしか言いようがなかった』とも言うけれど。
そして、シルクの側もまた、感覚としてはローラは『第二の母』とも言える存在であるので、『自身の挙式にも呼べず、申し訳ない』と頭を下げたのだった。
そこからは堰を切ったように、ベータシア星系に着くまでの七日間、血縁関係のない心理的な母娘の関係である二人は、会えなかった期間の心の空白を埋めるが如く、さまざまな話に花を咲かせるのであった。
サンゴウは七日の航程を無事に消化して、ベータシア星系に到着する。
ベータシア伯爵邸では、ローラの歓迎パーティが細やかな規模で行われた。
尚、規模についてはローラの意向であるのだが、『ローラはオレガの実態を知っているので無理はさせなかった』というのが裏事情であったりするのだが。
そして、視察が滞りなく終わり、帝都への帰還で送り出すパーティも終わって、ローラはサンゴウでの帰路に就く。
ちなみに、ローラの視察中にジンがうっかり、『サンゴウと俺で作りました』と漏らしてしまったのは、些細なことだ。
ローラが「『惑星を造った』ってどういうことよ?」と、ジンに詰め寄った場面があったとしても、そんなのは些細なことだったのである。
そのようなローラとシルクの関係改善の傍らで、ジンに出された皇帝の密命とは無関係の事態も、ギアルファ銀河帝国内では並行して発生していたりした。
「小惑星帯がなくなったことで、ベータシア星系での賊の活動が激減しておる。あの星系の最外部にあった小惑星帯を全てを撤去するなどと、一体全体どんな手を使いやがった? 忌々しい!」
こうして、勇者ジンとサンゴウはベータシア星系においてベータシア伯オレガの部下としての『新惑星を造り出す』という、比類のない巨大な実績を打ち立てることに成功した。
その副産物としてシルクの立場が強化され、彼女が作成した『教育プログラム』の有用性も相まって、シルクがエルフ三姉妹からジンの四番目の妻として受け入れられる事態も発生。
それも含めて、ヘタレ勇者は正妻に上手く誘導され、シルク以外の三人との間に子供まで授かってしまう。
それとは別で、ローラと皇帝の無茶振りには閉口するも、シルクとローラの関係改善は果たされる。
その傍らで、ジンの知らぬところで不穏な発言をする者もいるのだが、それは今後どう関係してくるのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
ローラを帝都に送り届ける帰りの航程の最中で、別れを惜しむ二人の女性の交流をそっちのけに、殺伐とした戦略、戦術の話をサンゴウと続けた勇者さま。
サンゴウとの密談の末にできあがった作戦案の文面を読み返しながら、『コレ、本当に良いのか?』と、思わず呟いてしまいつつも、今後、予想される戦争への参加に思いを馳せるジンなのであった。