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ロウジュたちとの結婚と、元公爵令嬢の肩書を持つ平民女性の身の振り方

~ベータシア星系第三惑星(ベータシア伯爵領主星)大気圏内の海上~


 サンゴウはベータシア伯爵領の主星、大気圏内の海水に船体の下部を浸して海面に浮かんでいた。


 その状態で、風と潮流の影響で大きく自船の位置が変化しないよう、微調整の移動を繰り返していたのである。


 当該海域の海面に留まること以外には、現状のサンゴウに『今』どうしてもやらなければならない仕事はない。


「サンゴウには、何もすることがないのか?」


 もし誰かからそう問われたならば、それは『否』なのだけれど。


 サンゴウには以前に艦長のジンから受け取った、玩具があるのだから。


 生体宇宙船は、ジンが収納空間から出した巨大なドラゴンの死体を有機物として利用し、二十メートル級子機を建造した際に未利用で残ってしまった、不思議物体であるドラゴンの魔石の解析を興味津々で行っていた。


 まぁ、これについては玩具なだけに、『理解不能の物質であるが故に、サンゴウがさまざまなアプローチを繰り返して遊んでいる』とも言うが。


 その結果、未来にはとある事象が発生するのだが、それについては別の機会のお話とする。


 また、ジンからの依頼で再度サンゴウの船内に滞在をすることになった、シルクを客人として遇するのも、現在のサンゴウの仕事だ。


 ただし、こちらはこちらで一口に『仕事』と言っても、サンゴウに大した負荷が発生するようなものでもなかった。


 つまるところ、今のサンゴウは、持っている能力のほとんどを有益に使用することがない、いわゆる休息状態だったのである。


 だからこそ、客人であるシルクから想定外の要望が出されても、それに応じる余裕が生体宇宙船に搭載された有機人工知能にはあったのだが。


「サンゴウ。シルクが快適に過ごせるよう、配慮してやってくれな」


 艦長からもそう『お願い』をされている。


 そうであるからには、サンゴウにとって大した負担とはならない範囲の事柄であれば、だ。


 シルクの望みを叶えることはむしろ、有機人工知能にとっての絶好の退屈しのぎだったのかもしれない。


 故に、シルクから彼女自身の今後の身の振り方の選択肢として、『サンゴウの乗組員となることが可能か?』という内容の問いが出された時、それにサンゴウは真摯に答えることとなる。


「質問にお答えします。『シルクさまが本船を今後の居住地としたいこと』についてを、『本船の常駐クルーになりたい』という解釈で回答させていただきますね。まず、『船内への『今後ずっと』という滞在の是非について』は艦長の権限であるため、サンゴウにはお答えしかねます。『常駐クルーになる件』に関しましては、艦長から『滞在が是』とされた場合には、オペレーターの仕事があります。ここまでは良いですか?」


「ええ、理解しました。続きをお願い」


「現状ではサンゴウが全てを行っておりますが、それは『有人のオペレーターが、必要ない』ということを意味しません。具体的には、『通信士及び各種モニターの監視員を兼ねる』という仕事になります。ただし、一つ問題があります。それは、『艦長以外に誰もいない状態ならば可能な、本船の全力戦闘機動時と全速航行時の負荷にシルクさまが耐えられるのか?』という問題です。その点も加味し、『艦長が許可を出すかどうか?』になります。質問の回答としてはこれでよろしいでしょうか?」


「わかったわ。ありがとう。サンゴウ。つまりは、『ジンと話し合えば良い』ってことね。ところでサンゴウ。そのクルーのお仕事、『オペレーターの職責に耐えられるようになれる訓練』を、ここでわたくしが受けること可能なのかしら? わたくし、暇なのよ」


「可能です。ではお部屋に、疑似船橋の設備と訓練用のメニューをすぐに用意致します」


「ありがとう。よろしくね」


 このような流れで、シルクはサンゴウのクルーに成るべく訓練を開始。


 訓練を受けながら、ジンと話し合いができる時間を待つこととなった。


 暫しの時を経て、二人にサンゴウを交えた三者の話し合いは成立する。


 その結果、シルクがサンゴウのクルー、いわゆるオペレーターに就任したのは、彼女がそれを思いついた時から、最早既定路線だったのかもしれない。




 ジンは、シルクがサンゴウの常駐オペレーターを務める、クルーになることを認めた。


 そうなると傭兵としてのジンは立場上、傭兵ギルドでその旨の手続きが必要となって来る。


 それ故に、だ。


 ジンは主星にある傭兵ギルドの支部へ、シルクを伴って自ら出向いた。


 こうした手続きは、実のところ通信だけでできなくもない。


 それでも、傭兵ギルドの受付嬢を相手にして対面での手続きを選んでしまうあたりは、まだまだファンタジー世界での勇者をしていた時代の感覚が、しっかり残っているせいもあるのだろう。


 続いて、そこで『シルクがオペレーターとしてサンゴウに乗り込む』という登録を行う。


 その際に、傭兵ギルドでは雇用条件を明確にせねばならなかった。


 そこで、雇用される側のシルクの同意を得て、標準的な雇用条件を参考にその場でそれを決めてしまったのは些細なことなのである。


 シルクのオペレーターとしての基本給は、日給制で七千エン。


 それとは別で、サンゴウ内の個人用の一室を含む設備利用は全てが無料となり、二十四時間につき三食の食事付き。


 以上の二点が基本条件となるが、むろんその他に手当的な部分も定められる。


 シルクの場合は、ジンが請け負った仕事に対しての依頼報酬、賞金や鹵獲品の売却などが発生したケースにおいて、特別手当が出される仕組み。


 具体的には、それらの総額から経費を引いた利益に対して一パーセントが、特別手当として支給されることに決まったのである。


 ただし、『勤務時間はサンゴウ内での滞在時間の全て』であり、二十四時間を一区切りとして、一応実務はそのうちの八時間以内、残りの時間は全て『待機扱い』とされるのだが、見かけ上は超ブラックとなっていた。


 もっとも実際の待遇は、『必要な時だけ仕事してね。あとは呼び出すまでは『待機』という名の自由時間ね』となるので仕事としてはきつくなどないけれど。


 まして、シルクが乗るのは超高性能の生体宇宙船であるサンゴウなのだ。


 傍から見ればひたすらにブラックな雇用条件であっても、『シルクに掛かる実際の負荷は、大したことがない』のは確定であろう。


 とにもかくにも、傭兵ギルドでの手続きを済ませて、シルクの身の振り方は確定された。


 そうなると、次に彼女は、サンゴウ内で生活するのに必要なモノを揃える必要が出て来る。


 ジンはシルクに就任祝いとして、観光も兼ねた買い出しを提案。


 主星の都市部に、ジルファを伴っての買い出しに行ってもらった。


 買い出し品の内容は、シルクの生活に必要な細々とした品物を主体とするが、嗜好品の類もむろん含まれる。


 女性の買い物に付き合える技能を持たないことに自覚があるこの時のジンは、その手のお願いがし易いジルファをあっさりと担ぎ出したのだった。


 できないことに対する自覚があるのは結構なことではあるのだが、このあたりはジンの残念な部分でもあろう。


 それはそれとして、就任祝いなのでもちろん、シルクの買い物代金は全てジン持ちである。




 ジンたちがそうした動きをしている時、サンゴウはシルクに割り当てる部屋の位置変更を行っていた。


 客室区画から船橋に近く、ジンの私室にも近い乗組員用の区画へと、シルクの部屋を移動させたのであった。


 それがちょうど済んだところへ、ジンだけがサンゴウに戻って来る。


 転移魔法が使えるジンは自身だけの移動なら、二十メートル級子機での移動を必要としない。


 ただし、外部から直接サンゴウ内に入るだけに、サンゴウとの取り決めで転移先には必ず滅菌専用の個室が選ばれるのだけれど。


 ところで、買い物に行くシルクたちと別れたジンが、一人でサンゴウに戻ったのは何故か?


 むろん、そこにはちゃんとした理由があるのだ。


「サンゴウ。コレを材料にして、シルクが俺とロウジュたちとの結婚式に参列する時に着用するドレスの制作を頼む。デザインは任せるけど、主役を食わない程度に華美さを抑えたモノでお願いしたい」


 何のことはない。


 先に戻ったジンの目的は、就任祝いの名目でシルクにドレスもプレゼントすることであった。


 むろん、材料として提供されたのは、ジンの収納空間の中にあったファンタジー世界産の素材であるのは、最早言うまでもないであろう。


 もっとも、この素材が原因で、少し先の未来において事案が発生することになるのだが、この時点でそんなことを予見できる者は誰もいないのだった。




「ところで艦長。シルクさんの負荷対応はどうされるおつもりなのですか?」


 サンゴウは、懸念事項の確認をする。


 サンゴウの今後の戦闘機動や航行速度に直接影響する話なので、この問いは当然であった。


「ああ。それな。試してみないとわからないが、『俺が収納空間に持っている耐性向上の指輪を装備してもらえば、イケルんじゃないか?』と思ってる。別の手段としては、在庫に限りがあるからあまり使いたくはないが、『魔法薬を飲ませる』って選択もある。他には、俺用の七体の子機のアレな。サンゴウにシルク用で作ってもらって装着させれば。『それだけでもイケルんじゃないか?』とも思ってる」


 サンゴウの性能を知っているジンの側もこれについて無策ではなかったのは、今後の活動に掛かる制限が少なくなるので、単純に良いことであろう。


「なるほど。そうきますか。了解です。それでは、シルクさん用の子機を作っておきましょう」


「頼むな。俺はまだいろいろと準備があるから、一度伯爵邸に戻るよ。二十メートル級子機はシルクが戻ってから、伯爵邸の側に戻しておいてくれ」


 サンゴウとの打ち合わせを終え、必要なお願いを済ませたジンは転移魔法で伯爵邸へと戻る。


 就任祝いの名目でドレスの制作を頼んでおきながら、シルクへの手渡しを全く考えることもなく、全てをサンゴウに投げてしまうところ。


 それはやはり、ジンが『女性側の心理を理解できない残念勇者』である証なのかもしれない。


 ちなみに、この部分の残念さにサンゴウが気づいていても、艦長に向けて何も言わなかったのは、嫁になるロウジュたちの気持ちを考えたからであった。


 もちろん、『経験によって成長を期待した側面がある』のは言うまでもない。


 人は、痛い目を見た方がいろいろと身に付きやすい生き物なのだから。




 ベータシア伯爵家にとっての一大イベントとなる、三人の息女全員が同時に一人の男に嫁ぐ案件。


 他の貴族家からの横槍を避けたいだけに、その実行は急がれていた。


 そんな事情もあって、伯爵邸からさほど遠くない場所にジンたちの新居となる邸宅が用意される。


 グレタから着いてきたアルラ、ミルファ、キルファ、ジルファの四人が所属をアサダ子爵家へと移し、メイドとして仕事をすることも決まった。


 当面、料理人と執事については『雇う予定をなし』とし、たとえ法衣であっても子爵家の使用人規模としてはあり得ないレベルで慎ましく行く予定である。


 もちろん、そうなったのには理由があり、特別その手の人員が必要時には、ベータシア伯爵邸から人材を派遣してもらえば良いので、この措置はロウジュたちの実家との強固な繋がりの証明にもなる点を勘案すると、むしろ良策の類であった。


 むろん、サンゴウが造り出した自立型子機の存在が、ロウジュたちの子爵邸での生活をサポートすることも、それを成立させる助けとなっているのだけれど。


 かくして、ベータシア伯爵領の主星における、器の部分の準備は滞りなく済まされたのであった。




 それはそれとして、だ。


 ハーレム野郎化する予定の、ジンの側の内心の問題に目を向けてみよう。


 ジンは元が日本人であるから、夫婦関係における倫理観の根底の部分は『一夫一妻制』となっている。


 なし崩し的に、美貌のエルフ三姉妹をジンは全員娶ることになってしまったワケだが、元がポンコツでヘタレなのを証明するかのように、結婚後のアレコレを上手くやって行ける自信なんてモノは全くなかった。


 なので、イロイロな部分についてで、ロウジュ、リンジュ、ランジュの三人とのお話し合いの場を持つことが急がれた。


 この期に及んで何を言い出すのか?


 そんな話ではあるのだが、ジンはきちんと話をする場を設け、正直に自身の持っている倫理観の部分を三姉妹に伝えたのである。


 では、そんな内心を吐露するような話を聴かされた側の反応は?


 ロウジュは正妻の座が確約されているだけに、微塵も動じることはなかった。


 ただし、『リンジュとランジュのことを、今更拒否はしないで欲しい』という考えだけはしっかりとあったけれど。


 そして、この時のリンジュとランジュの考えは、物事を単純化する方向にしか動かなかった。


 二人は、『ジンの倫理観の本質を見破っていた』とも言える。


 だからこそ、未来の夫となる男を、包み込むことができたのだろう。


 ヘタレ勇者には、初めての相手であるロウジュ以外の女性へ『閨での営み』的な意味合いにおいてで、手を出すことに否定的な考えがあったのだから。


 現状のリンジュとランジュの二人にとって、最も重要視しなければならないことはなんであろうか?


 その答えは、『第二夫人』と『第三夫人』という立場で『ジンに守られること』なのである。


 それが最も重要であり、その点が守られる限り、子供ができるかもしれない行為の面の話は急ぐ必要がない。


 究極を言えば、『全くなくても構わない』のである。


 むろん、それは女性として寂しいことであるし、『姉としてのロウジュがそれを許し続けることはないであろう』と、理解しているけれど。


 とにもかくにも、リンジュとランジュの二人はその点について、はっきり語るのであった。


「ジンがその気になるまで待つ」


 なんともはや、ジンには都合が良過ぎる意思を示してくれたのだった。


「ただし、子供は欲しいからそのうちにはお願いね!」


「あと、姉さんとのイチャイチャを目の前で見せつけるのは控えてね!」


 このように二人から可愛く言われてしまうと、ジンとしては黙って頷きつつ白旗を上げるしかない。


 エルフ三姉妹側のここらあたりの寛容さは、『一夫多妻制』が常識とされる世界における『女性の意識の違い』というモノであったのかもしれない。


 しかも、彼女らはエルフ族なだけに、子を成せる期間が人族の女性とは比較にならないほどに長いのだから。


 そんな流れでイイ感じに話が纏まったあと、それだけで終わらないのが『勇者ジンクオリティー』であり、『残念勇者の面目躍如』なのである。


 勇者ジンは、シルクをサンゴウにオペレーターとして常駐させることを、三姉妹に伝えた。


 おそらくは最悪のタイミングで、それを伝えてしまったのだ。


 そんなことをすれば、どうなるのか?


 それを考えるよりも、ジン的には別の考えがあったのは事実であった。


「(やばそうなことは、一刻も早く自主的に白状しておくに限る)」


 これがはたして正解であったのか?


 他のルートを試したわけではないので、真実はわからない。


 確実なのは、この時のロウジュたちの表情が瞬時に鬼と化したことだけだった。


「絶対に手を出したらダメなんだからね!」


 三人の表情はさておき、詰め寄られて言われたことだけなら『大惨事ではない』と言えるのかもしれない。


 決まり切らないのは残念勇者だから。


 こうなるのは仕方がない。


 異世界だったら?


 それでも、簡単に軽い感じで『それでおけ~』とはならないのである。




 いろいろあったが、結婚式は盛大に行われ、無事に終了した。


 その際に、だ。


 シルクが身に纏っていたサンゴウ謹製のドレスが、洒落にならないレベルで注目を集めようとも、無事に終了したのだ。


 くだんのドレスは、デザインについて言及すると華美でもなんでもなかった。


 ジンがサンゴウに要望した通りで、主役を食わないレベルのかなりの地味さで仕上がっていたのだけれど。


 しかしながら、問題はドレスを構成している、その素材そのものであった。


 一目で明らかに『素材の格が違う』とわかってしまうシルクのドレス。


 それを見て、『アレは何だ?』と挙式のあとに、ジンが嫁三人に詰め寄られる事案があったとしても、結婚式自体は無事に終わったのである。




 さて、めでたくベータシア伯爵家の令嬢たち全員を娶ってしまった男は、早急にベータシア伯オレガの部下としての実績作りが必要な状況となっていた。


 それを踏まえたジンがサンゴウで向かったのは、ベータシア星系第十六惑星周辺宙域。


 むろん、そこにはオペレーターのシルクも同行している。


 以前に立ち寄ったことがあるその宙域は、賊の巣窟になりかねないそれなりの規模を誇る小惑星帯であり、大量の小惑星とデブリが散乱している宙域だ。


 ジンたちは何故、そのような宙域へ行ったのか?


 その経緯を明らかにして行こう。


 まず、ジンはベータシア伯オレガの命に従う武官であるが、通常なら組み込まれるはずの領内軍の編成内に、組み込むことはされなかった。


 されたのは、サンゴウ単独艦の遊撃編成。


 そうなったのには、いろいろ理由があるのだった。


 以下に、その理由を列挙しておこう。


 一つ、ギアルファ銀河帝国の帝国軍近衛艦隊の所属も兼ねているため、『いつ皇帝命令の任務に引き抜かれるかわからない』という点。


 二つ、領内の軍の艦とサンゴウの性能がかけ離れているため、『艦隊として行動することが実質不可能だ』という点。


 三つ、ジンには英雄としての看板が必要とされるので、『通常の領内の軍ではできない』か、『かなり難しい』というレベルの仕事を、しているように見せたい点(ただし、『サンゴウにとって難しい』とは言っていない)


 四つ、領内の軍と同様に行動させると、『長期間家を空けることが少なくない』という点(ロウジュ、リンジュ、ランジュの三人がぶちキレる)


 上記の四つの理由と、オレガの独断と偏見と私情により、ジンにサンゴウ単独艦でのお仕事を押し付けるために、『遊撃編成』とされた次第である。


 むろん、四つ目の理由は、客観的に完全なアウトでしかない。


 よって、その部分が『公表されていない』のは言うまでもないのだけれど。


 それはそれとして、実際にジンに振られたお仕事は、ジン以外のベータシア伯の配下の軍人の視点からすると確実に『無理ゲー』と言えるようなモノだった。


 故に、領主による特別扱いが、軍人たちから不満に思われることはなかった。


 下手に不満を持とうものなら、『ではお前、代わりにアレをやって来るか?』となるのが明白だったのだから。


 そうした事情で絶賛単艦行動中である、ジンが艦長を務めるサンゴウは今、前述の宙域でお仕事をしていた。


 そのお仕事の内容とは何か?


 お仕事の内容の名目は、『賊の巣窟になりかねない、小惑星やデブリのお掃除』とされている。


 ついでに『もし賊が出たら狩ってね!』のおまけ付きであった。


 ただし、だ。


 たとえ名目はそうであっても、実際にやっていることがそれだけとは限らない。


 そもそも、小惑星やデブリを綺麗に片付けたところで、『武官としての実績と見られるかどうか?』は微妙であろう。


 実のところ、ジンとサンゴウは、撤去するそれらを材料にして『新しい惑星を造り出そう』としていたのであった。


 小惑星帯の小惑星などを第十六惑星の軌道上、ベータシアの名を持つ恒星を挟んでその惑星の位置の反対側に集めて、『同じ規模の惑星に仕立て上げよう』という途方もないお仕事。


 この作業に『一泊二日で従事して、一日休み』というスケジュールで専念していたのだ。


「質量の帳尻を合わせて集めただけで、そんなことできるの?」


 前述のような至極ごもっともな疑問が、どこかしらから出て来そうな話である。


 だがしかし、だ。


 そこは仕上げに、サンゴウの能力とジンの能力でゴニョゴニョしちゃうと、なんとびっくり、できてしまうのであった。


 新惑星の完成予定は一年先とされており、『完成後は、食料生産用の惑星改造を施してから本格稼働』という壮大な計画になっている。


 尚、決定ではないが『アサダ子爵であるジンが、管理する領地としての候補の惑星』という側面もあったりした。


 このようなスケールの大きな仕事に、ジンとサンゴウの補助として参加しているシルク。


 シルクには、以前にサンゴウの用意した訓練メニューの成果があったのだろう。


 オペレーターの役割として、各種モニターの警告監視を適切に行い、主星の入出港の手続きもしっかりと任されるようになっていた。


 そして、シルクはサンゴウの異常性に気づくことになる。


 通常であれば行われるはずの、燃料補給や整備が一切行われないのだから、それも当然であろう。


 それでも、最初の十日程はその点に全く気づかなかったシルクだ。


 だが、ジンが休みの日にも船内から出ることがないシルクは、『自身の知らないところで、わたくしのお休み中とかに補給をしてるのね?』と自らの良いように解釈して思い込み、『誤魔化される』ということがなかった。


 そうしてシルクはサンゴウに対して、自身が感じた疑問を率直に投げ掛けたのであった。


「サンゴウは、『生体宇宙船』だからです」


 身も蓋もない、あっさりした一言でサンゴウから返答されてしまう。


 元婚約者の立場が皇太子だったので、皇太子妃としての教育を受けており、未来の皇妃になるハズであったシルク。


 少し前までは、アレフトリア公爵家の令嬢でもあった女性は、その身に叩きこまれた教育から得た知識により、『サンゴウの価値が途轍もなく高いモノだ』と、その『補給の有無』という一点のみからで気づいたのである。


 それは『ジンの価値が途轍もなく高いことと同義』となる。


 現実を知ったシルクは、自身に与えられた休日の範囲で暇を見つけては、ジンの嫁であるロウジュたち三人への教育プログラムを作成するようになった。


 シルク視点だと、自身が持っている知識を元に判断すれば、ジンの将来の陞爵はもう確実であり、その陞爵が『伯爵で止まる』とはとても考えられなかったからである。


 シルクは『教育プログラムの作成』という行為に対して、喜びに満ち溢れ、幸せを感じていた。


 しかも、『他人に教える』という行為は『深く本質の理解が必要』であるため、『シルク自身の理解度がより深まり、既に持っていた技量も更に磨きがかかる』という副産物も生み出していくのだから、好循環以外のナニモノでもないであろう。


「(わたくしが皇太子妃になるべく、厳しい教育訓練に費やした膨大な時間は決して無駄ではなかった。わたくしのこれまでに得た知識と技量を、役に立てることができる)」


 教育プログラムを作成しながら、シルクはやる気に満ちており、遣り甲斐があり過ぎて嬉しい悲鳴を上げたい気持ちになっていたのだった。


 本来、『皇太子妃になるための知識や技量』などというモノや、『高位貴族である公爵家令嬢が受ける教育』は、いくら大金を積んでもその立場にない者は得ることが叶わない。


 いわゆる成り上がり者が、苦労するゆえんだ。


 それは、家格が釣り合わない相手との婚姻を成立させた場合にも起こるけれど。


 だがしかし、だ。


 シルクによって自主的に行われたこの行為は、ジンの嫁であるロウジュたち三人の未来の立場に対し、本来得られるハズがなかった知識と技量などを事前に身に着けさせ、しかも『元公爵令嬢でもある『シルク』という得難い味方も付く』という素晴らしい結果を生み出すことに繋がったのである。


 そうした、シルクのように特殊なことができる人間が、その特殊なことで生み出す結果については、本来だとそれ相応の対価が必要なハズ。


 しかし、現在のシルクのオペレーターの仕事は、それに対して特別な手当が出るようなことはない。


 よって、シルクが過ごす日々で得るのは、基本給の日給七千エンのみとなっていた。


「これでは、全く賃金が見合っていない」


 そう断言できてしまう。


 だが、それを指摘する者はこの段階だと誰もいなかった。


 休日を使って自主的に行われていることであるので、ジンが気づくこともなかったのだ。


 サンゴウはサンゴウで、シルクが教育プログラムを作っていることは自体は知っていた。


 けれども、サンゴウ視点だとその作成目的は不明でしかなかった。


 他者への害があるようなことでもないため、『特に艦長へと報告するようなことではない』と、サンゴウは判断していたのである。


 それでも、全てのことが露見してしまえば、ジンが黙っているはずもない。


 そして、ちゃんとシルクの労力に報われる結末は、実のところ最初から用意されていたりする。


 シルク自身は全く気づくことがなかったし、それは結果的に、報酬額を事後に提示され、知らされるまでは想像もしていなかったことではあるのだけれど。


 シルクは潜在的に、もう既に莫大な報酬を約束されているのであった。


 何故なら、新造される惑星一個のお値段の一パーセントが、将来の得られる報酬として確約されているのだから。


 ただし、受け取りの段階で『五十年の分割払い』というオチがしっかりと付くのだけれど。


 シルクは、オペレーターとしての仕事の負担が軽かったこともあって、いざその『莫大』とも言える額を知らされた時、『とても受け取ることはできない』と自ら固辞しようとする事態が発生する。


 しかし、ロウジュたちに向けた教育プログラムを作成済みであったことが、『シルクが成した仕事の成果である』との価値判断がされることとなったし、今後のロウジュたち三人への実地指導を行うことができるのは彼女しかいない。


「全部ひっくるめて、仕事の評価として対価を支払う」


 ジンはそのような理屈を捻り出し、こじ付けることによって、なんとか報酬の受け取りを呑み込ませたのであった。


 こうした一連の流れで、未来のシルクは、金銭面での自由とロウジュたち三人からの全面的な感謝と信頼を得ることになるのである。


 金銭面での自由を得て、一切お金に悩まされない現実は、元公爵令嬢の人生を豊かに彩ることであろう。


 しかしながら、本来なら近い将来に皇太子妃になるはずであったのと、元公爵令嬢でもあるシルクが首都星を出た経緯を鑑みると、ベータシア星系における物事だけで済むはずがない。


 手塩にかけて育てて来たシルクを理不尽な形で失ったローラが、動かずにいるはずはなかった。


 それは、皇太子や、新アレフトリア公をそのまま放置することができない皇帝も同じである。


 では、その動かざるを得ないローラたちの動きはどうであったのか?


「何故、陛下やわたくしに、事前に話をしなかった? いえ、わたくしたちでなくとも、相手が宰相殿でも構わなかった。事前に誰かに相談することなく、公の場での取り返しのつかない発言をしたのは何故ですか?」


 ローラの鋭い視線が、彼女自身の息子である皇太子に突き刺さるのを、遠方にいるジンやシルクが見ることはないのであった。


 こうして、勇者ジンとサンゴウはジンとロウジュたちとの結婚式を完了させ、シルクの今後についても過去のジンの宣言通りに、有言実行を果たす。

 ジンはベータシア星系の主星に持ち家を持つ身分となり、オレガの部下の武官として働くこととなった。

 また、とあるファンタジー世界が生み出してしまった勇者と、超科学の申し子である生体宇宙船が力を合わせ、惑星を新造する事業にも着手する。

 その一連の流れで、シルクが文字通りの自由を手に入れる未来へ導くことを成功させた。

 シルクが自らの居場所を確立すべく奮闘していた間に、シルクと無関係のままで放置することができない帝都側の事案発生が今後どう関係してくるのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 ベータシア星系の主星に在った神社っぽいところにこっそりと一人で向かい、お祓いのようなモノを受けてはみたけれど、残念ながらそれで何かが変わった気は全くしない勇者さま。

 それでも、自分の持ち家と美しい嫁たちを得たことで、まだ子供がいないにもかかわらず、『俺もついにマイホームパパかぁ』などと、少々ズレたことを考えてしまうジンなのであった。

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