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ベータシア星系への帰還と、元公爵令嬢な皇太子の元婚約者

~ベータシア星系第三惑星(ベータシア伯爵領主星)大気圏内の海上~


 サンゴウはギアルファ星系第四惑星周辺宙域(待機専用宙域)から待機を取りやめて発進したあと、特に何も問題が起こらない航程を順調に消化して、ベータシア伯爵領、ベータシア星系の第三惑星へと戻って来ていた。


 生体宇宙船はベータシア伯オレガに許可を得て、そのまま大気圏内に降下。


 現状のサンゴウは海上へと静かに着水したあと、海に浮かんでいる状態なのだった。


 ちなみに、サンゴウが着水して待機しているその場所は、地球で言えば『海溝』と呼ばれる場所の真上となっている。


 そこは、五百メートル級の生体宇宙船が着水して、巨大な船体の一部が海面下に沈んでいる状態で海に浮かんでいても、何ら問題のない十分な水深がある場所なのであった。


 尚、サンゴウは巨体かつ大質量の自身の船体を着水させた際に、津波被害などの災害を惑星内のどこにも一切発生させていない。


 このあたりは超科学文明由来の技術と、サンゴウ自身の経験によって成せた業。


「さすが、サンゴウ」


 相棒が実現させた事象の難易度に気づいていないジンであったが、本来であればそのように褒めるべきところなのかもしれない。


 そんな感じで、当該海域に生体宇宙船が無事に着水して以降。


 サンゴウは、二十メートル級子機に総勢七名を乗せて送り出している。


 その七名の内訳はジン、ロウジュ、オレガ、スチャン、アルラ、ジルファの六名と、首都星で新たに加わったシルクであった。


 では、そのような事態に至る前の、『前話のラスト付近でのシルクとの出会いの部分』から、『ここまでの経緯』を、ついでに描写が前話で端折られたローラの手術の様子も交えて、振り返ってみよう。 




 まず、ローラの手術についての詳細な流れはどうであったのか?


 その話の始まりは、『サンゴウがローラの迎えとして出した子機に纏わる部分から』とすべきであろう。


 サンゴウの二十メートル級子機の運行管理は完璧であった。


 無人操縦であるにもかかわらず、着陸場所に指定された首都星の後宮の中庭に、『ほんのわずかな損傷』すらも与えることなく着陸を果たしたのだから。


 ギアルファ銀河帝国の医療技術の粋が集められた、生命維持装置付きの移動可能なベッドに寝かされているローラの身柄はそこで受け渡される。


 具体的には、二十メートル級から出て来たミニサンゴウ、複数の子機によってその内部へと移送。


 続いて、ローラへの滅菌処理を開始しつつ、音もなく空へと舞い上がった二十メートル級子機は、宇宙空間で待機中のサンゴウの元へ二十分の時間を掛けて移動する。


 そんな流れで、サンゴウの格納庫内には、シャトル扱いとして使用された二十メートル級子機が鎮座していた。


 格納庫の中では、まず二十メートル級そのものの船体の洗浄が入念に行われることとなる。


 これは、中庭での着陸時に何らかの細菌やウイルスの類が船体へと付着した可能性が、ゼロではないが故の措置であった。


 それが済んで、ようやくローラが寝かされた移動キャスター付きのベッドがサンゴウの船内の床へと触れる。


 そこから、サンゴウとジンが待っている手術室へと、子機たちがそれを運び込んで行く。


 初めてローラの現在の肉体の状態を肉眼で見たこの時のジンが、絶句するしかないレベルで精神面に衝撃を受けたのは些細なことなのである。


 ローラの両腕は右も左も肩から肘までの部分が半分弱残され、そこから先は切断されていて存在しなかった。


 両足は左右共通で、大腿部の半ばまでが残されている。


 そして、四か所の切断面は、止血をするためと思われる焼かれた形跡があった。


 付け加えると、残されている手足の部分は、その先端部分から僅かに黒く染まり始めている。


 その事象は、寄生体によるローラの肉体への侵食が今も尚、継続中の証なのだった。


 ジン視点だと、皇妃には実子の皇太子がいるはずなので、『実年齢はいくら若くとも四十代に差し掛かったあたり』と予測したのだけれど、本人を見る限りでは二十代後半から三十代前半程度には若く見える。


 しかも、表情にありありと苦悶が浮かんでいても、それでも尚、飛び抜けた美貌の持ち主であることが一目でわかってしまう。


 ロウジュたちとは一線を画す、『標準的な大きさの、マスクメロン以上のサイズは確実』と思われる胸部装甲は、胸筋の発達具合が良いのか?


 仰向けの姿勢で寝かされていて尚、ソレは綺麗な姿を保ち続けていた。


 重力に負けて、形が崩れて潰れているようなことは一切ないその光景は、そこだけを切り取れば『圧巻』の一言であろう。


 もちろん、実家の家格も当人が持つ才覚も皇妃になれるだけのモノがあるのだろうが、ローラは容姿だけに着目しても、皇妃に選ばれているのがジンとしても納得のレベルであった。


 それだけに、無残な四肢の部分の状態が、より一層際立ってしまう。


「(エルフではないのにこれだけの美貌を持つ女性。今は手足がないからアレだが、五体満足の健康体であればおそらくスタイルも極上なんだろうな。この人を失うのは人類としての損失だろう。ノリと勢いで受けた感もある仕事だけど、俺が勇者だからこその『運命の導き』みたいなモノもあったのかもなぁ)」


 この時のジンは請け負った仕事としてではなく、目の前の一人の女性を純粋に救いたい気持ちになっていた。


 むろん、モテないオタク男の日本代表のジンとしては、たとえモニター越しや写真などであっても、己の目を楽しませてくれる美女の存在そのものの、価値を重視する面があるのは確かなことなのだけれど。


「艦長。全身のスキャンを完了しました。寄生部分が感応波に反応したので患者の心臓への癒着範囲が確定できました」


「ふぅ。そうか。なら事前に想定したパターンの中の、最良の方法で行けそうだな。患者を見た瞬間は、驚きで固まってしまって言葉も出なかった。いろんな意味で、本当にこれは酷い。現状はまさに『死を待つだけなのに、無理矢理に生かされている』って感じだな」


「現在のギアルファ銀河帝国が持つ稚拙な医療技術では、所詮この程度が限界なのでしょう。ですが、『できる範囲で頑張ったのだろう』とは言えます」


 サンゴウの言い分は辛辣ではあるものの、サンゴウ視点だとそれは完全に事実であった。


 もちろん、ジンにはギアルファ銀河帝国の医療技術を、推し量ることができるような知識はない。


 この件に関してはサンゴウのそれが勝り、優れていることさえ知っていればそれで十分な事柄でしかないので、ジンは今のままで良いのだろう。


 まして、ジン自身にも魔法の力に加えて、収納空間内の在庫のポーション類もあるのだから。


「そのあたり、俺にはよくわからんが。ま、そんなことはどうでも良い。サンゴウは予定通りに開胸を頼む。俺の方は聖剣で残された手足を付け根の部分から五センチほど残して切り取って、小ヒールで一旦大まかに止血する。動脈部分からサンゴウ謹製の医療用子機に繋げてもらって、血流の確保は任せる。まずは魔法による麻酔の処置からだ。では行くぞ」


「ええ。どうぞ。こちらも麻酔から開始します」


 サンゴウは科学の分野における技術由来の麻酔を施したあと、あっさりと出力を調整したエネルギー収束砲を巧みに使い、ローラの豊満な乳房と乳房の間の部分を縦に切り開く。


 そうしておいて、心臓の部分だけを血流が迂回できるように、代替血管をバイパスとして接続。


 その接続を終えたら、迂回側だけに血流が行くように、元の経路は遮断する。


 また、並行して医療用子機の接続をし、それによってローラの心臓の機能の代わりを担う。


 ジンはジンで『神技』や、『神速』のレベルで自身の担当範囲を済ませている。


 けれど、サンゴウが行っているマルチタスクもまた、『神技』や『神速』と表現して過言ではない。


 前提となる準備が、ここまでで終わる。


 超科学とファンタジー世界の魔法の、両者が力を合わせなければ、こうは簡単に行かなかったであろう。


 しかし現実には、短時間で準備が完了したのである。


「では本番だ。サンゴウのカウントダウンに合わせて、俺は余分なモノを全て切り飛ばして再生のためのパーフェクトヒールを使う。事前の打ち合わせ通り、寄生されていて癒着している部分の処置はサンゴウに任せるぞ」


「了解です。では行きますよ。三、二、一、今!」


 サンゴウがエネルギー収束砲を使用して、擬態したまま癒着していて孵る寸前の状態の、寄生している卵を完璧に消滅させる。


 減衰霧散するまでの有効射程を僅か二十センチの距離に調節しつつ、それでも対象の消滅に必要な威力が出せるそれは、まさに超科学によってのみ成せる業であるのかもしれない。


 ジンはジンで、魔法による欠損部位の再生と、ローラの身体に傷跡が残らないように、丁寧な肉体の修復を行う。


 この時、元からあったローラの肉体の様々な問題も、ジンの魔法によって同時に解決されてしまっているのだが。


 そんなことは、些細なことなのである。


 こうした一連の流れが、前話で割愛されたローラの手術の全容であった。




 では、結果的にジンたちとともにベータシア伯爵領へとやって来た、『シルク』なる人物とジンとの出会いからサンゴウに乗り込むまでの部分の詳細はどうであろうか?


 ギアルファ銀河帝国の首都星における伯爵邸で、ジンと伯爵らの不在時の留守番的な役割をしていたスチャン。


 首都星のベータシア伯爵邸の臨時執事に対して、シルクが『ジンに会わせて欲しい』と交渉している場面。


 そこに、皇帝陛下たちとの話し合いを終えて、戻って来たジンたちがちょうど出くわしたのは、それこそ運命であったのだろう。


 ジンたち一行には、シルクが交渉のために発した言葉がはっきり聞こえていた。


 そうして、勇者ジンはアレフトリア公爵家の紋章入りの短剣を持つ少女に出会ったのだった。


「(『シャトルを寄越せ』って話じゃないだろうな?)」


 尚、この時のジンが警戒モードに移行していたのは、些細なことなのである。


「俺があのシャトルの持ち主だが。そんな俺に何か用か? もし、『シャトルを譲れ』って話ならお断りだぞ!」


「ああ、お会いできた。いえ。そのような話ではありません。このわたくしを、シルク・コウ・アレフトリアを貴方たちが出国する際にあのシャトルへと同乗させていただき、そこから更にベータシア星系の主星へと同行させていただきたいだけです。料金はこのペンダントをお渡しすることでそれに代えたいのです」


「そうか。断る(これは『子爵としてのジン』に対する依頼ではなく、『傭兵のジン』に対する依頼だな。ならば、この対応で良い)」


 サンゴウにはできるだけ他人を乗せたくないジンにとって、シルクの要求は了承する理由がない。


 ジンとしては、しっかり考えた上での、明確な拒絶の返答だったワケであり。


 まぁ、その考えは、ジンの言葉を受けてシルクが見せた反応で一変することになるのだけれど。


「そうですか。そうですよね。押しかけて申し訳ありませんでした」


 シルクは一礼して去ろうとした。


 シルクが即座に諦めと絶望の色を表情へと浮かべたのを、ジンは見せられるハメになったのだった。


「(やべぇ。せめて、理由くらいは聞いてあげるべきだったか?)」


 相手が爵位を振りかざすことをせず、簡単に引き下がったことで拍子抜けさせられたジン。


 勇者の力と運命力を持つ男は、意図せずに見せられた少女の表情でちょっと罪悪感を感じてしまう。


 そして、横にいたロウジュは、ジンのそれを感じ取っていた。


 故に彼女は、口を挟むのであった。


「あの、シルクさま。何故お一人でここに? どうもワケありのようですし、一度我が家で詳しくお話を伺ってもよろしいですか? 父上、良いですよね? (ジンの感情面の動きも気になるけれど、公爵家令嬢が一人、徒歩で帰ろうとするのをそのままにしては。そんなの、どう考えてもマズイ。せめて公爵邸まで送るだけでも、しなくてはならない)」


 ロウジュは言葉にはしない考えの部分を胸に秘め、公爵令嬢のシルクが今の状況になっている理由を聞いてみることにしたのであった。


 こうして、ジンはシルクとの関りを持つこととなる。


「(ロウジュ! ナイスフォロー!)」


 この時のジンが心の中でそう叫び、ちょっと罪悪感が軽くなっていたのは些細なことなのである。

   

 


 ロウジュの機転によって、ジンは首都星のベータシア伯爵邸の応接室にて、アレフトリア公爵家の令嬢、シルクの事情を知った。


 その結果、ジンは結局シルクをサンゴウに同乗させ、ベータシア星系の主星まで戻って来ることになったのであった。


 シルクの実父であるアレフトリア公爵とその正妻は、十四日前に自由民主同盟との戦闘地域において、公務として慰問を行っていた。


 その時に、二人は戦闘に巻き込まれ、亡くなっている。


 そして、一人娘であったシルクは、女性であるが故に爵位の継承権がなかった。


 ギアルファ銀河帝国の爵位は、男性のみに継承権があるからだ。


 そのため、シルクの父の弟である叔父が『アレフトリア公爵家』を継承することになり、通常であればシルクは『養子』という形で『叔父の養女』になるはずであった。


 しかし、実際の事態の推移はそうならなかった。


 何故なら、『シルクの側近である従者の一人が自由民主同盟と内通し、シルクの両親の慰問の情報を流した』という証拠が見つかってしまったのだから。


 その敵に内通したとされた従者は、シルクの叔父の手の者により即座に捕えられてしまい、その場で処刑された。


 この事案を理由として、叔父は『シルク自身を信用できない』とし、『養女として受け入れない』と主張したのである。


 シルクは皇太子妃として相応しくあるよう、幼少の頃より厳格に教育を施されてきた淑女だ。


 ちなみに、教師役のメインは皇妃のローラだったりする。


 もちろん、シルクはローラの息子の皇太子との間に、婚約が成立していた。


 なので、シルクの叔父が彼女を養女として受け入れなくとも、他の公爵家の養女となり、皇太子の婚約者のままでいることも可能であったはずなのだ。


 けれども、現実はそうならなかった。


 その原因は、なんと婚約者の皇太子の側にある。


「あのような従者を持った、新たなアレフトリア公から養女としての受け入れを拒否されるような、元公爵令嬢との婚約を続けることはできない。そして現アレフトリア公の娘を代わりに妃としたい」


 あろうことか、他の貴族が多数いる公の場で、だ。


 皇太子はこのような宣言をしてしまったのであった。


 つまるところ、シルクは身分を失ったことで婚約破棄が『皇太子の独断で』通告されたのである。


 ジンたちの前に現れた時のシルクは、新たなアレフトリア公による身分剥奪の申請手続きが行われている最中の状態であり、叔父からは『星系外追放』を言い渡されていた。


 シルクは既に実質の身分上は、公爵令嬢ではなくなっていたのである。


 そして、少女が持っている財産は、身に着けているモノだけの状態であった。


 皇太子妃教育に携わっていたローラが健在であれば、このような事態にはなるハズもなかった。


 だが、現実にはローラが死病に侵された状態であり、皇帝の関心も妃を助けることにその多くが向いていた。


 アレフトリア公爵家夫妻が亡くなった報告を皇帝は受けていたのだが、『事後処理は前例のある通常の処理がされる』と、思い込んでしまう。


 けれども、結果として間の悪い時に独断で皇太子が暴走し、それを止められなかったのだった。


 ちなみに、皇帝もローラもジンたちがシルクに会った段階で、皇太子や新たなアレフトリア公が行ったことを把握してはいなかった。


 これについては、皇帝がジンの男爵への叙爵式を急がせたことと、叙爵に続いてその場で子爵へ陞爵させる案件の手続きをねじ込んで、宰相を始めとする文官たちがそちらに奔走し、気を取られていたことも影響している。


 少々未来の話になるが、皇帝と皇妃がシルクに纏わる事態を正確に把握した時には、もう手遅れの状態だったのである。


 それはそれとして、眼前のシルク本人が語った内容で事情を知ることができたジンは、考える。


「(この娘自体は悪さをしてないけど、悪役令嬢の断罪追放モノじゃん。コレ)」


 そんな風にしかジンには思えなかったワケだが、日本人のラノベオタクであれば皆が皆きっとそう思うハズである。


「(このケースだと、シルクはギアルファ星系に身の置き場はないんだろうな)」


 直感的に、ジンはそう理解してしまっていた。


 おそらくは、数日程度同じ服のまま過ごしていたであろうことが見て取れるだけに、現状のシルクに手を差し伸べる者が存在しているかは、ポンコツ勇者のジンの視点からですら怪しい。


 しかも、推測はそれだけで止まらず、捗る。


「(証拠はない。ないんだが。この話はその『叔父』ってのが、裏で糸を引いてシルクとその両親をハメたに違いない)」


 事実を知ることはないジンだが、勇者の直感が含まれる勝手な妄想は、シルクにとっては残念なことに正しい。


 叔父が兄を暗殺してアレフトリア公の立場を乗っ取り、たまたま、皇太子がその状況に便乗してやらかしたのがことの真相であった。


 むろん、『叔父の娘、シルクの従妹も自ら皇太子に接近することで、それに加担している』のは言うまでもない。


 ぼっちで異世界で五年戦い続けた末に、ハメられて追放された経験を持つジン。


 悪いことをしたわけでもないのに追放された経験を持つジンには、この案件、決して許せる話ではなかったのである。


「金なんて要らねぇ! 俺がこの星系から連れ出してやらぁ! シルクが安心して暮らせる場所を探してやるぅ!」


 怒りで頭が沸騰していたこともあって、思わず大声で叫んでしまっていたジンであった。


 それはそれとして、今のシルクの名を敬称も何もなしで、呼び捨てにして叫んでしまったのはちとやばいのだが。


 幸いにも、呼び捨てにされた本人を含め、そこに気づいて咎めるような面々は誰もいなかったのでセーフだった。


 邸内ではなく、外で話をしていたら、かなり不味いことも起こり得たかもしれないけれど。


 そんな小さなやらかしはさておき、状況は停滞せずに進む。


「(俺にはサンゴウがいてくれた。もしあの時、あのまま、あの超空間に閉じ込められたままだったなら? では、このシルクには誰がいる? 今、彼女はここにいる。そのこと自体が、彼女は『孤独』であり、『孤立無援だ』ということを証明しているようなものだ)」


 そう一瞬で考えてしまったジンは、シルクを見捨てることができなくなった。


 むろん、そこには、だ。


 先に感じた罪悪感による、埋め合わせの成分があることも否めない。


 全ては繋がっているのだろう。


「(俺に『全ての人を救う』などということはできない)」


 ジンは自身にできないことについて、理解をきちんとしていた。


 だがしかし、だ。


「(でもな、目の前の俺に手が届くモノくらいは、俺の判断で救ったって良いじゃないか! 自己満足? それで救われる人がいるのなら、大いに結構!)」


 ジンの考えは単純であった。


「(これは、仕方ないわね)」


 そのジンの婚約者であるロウジュは、自身もジンに助けられた身であるので、未来の夫の言動を黙って受け入れていた。


 片や、シルクは思いもよらないジンの発言を受けて、一瞬きょとんとした表情へと変化した。


 それでも、シルクの頭の回転は速く、凛とした状態へと瞬時に移行する。


「すまない。恩に着させてもらうし、アサダ子爵の言葉に甘えさせてもらう。わたくしには、もう行くところがない。今は頼らせてもらう」


 このような経緯で、シルクはベータシア伯爵邸にて、その日のうちに惑星外退去の手続きを済ませる。


 元公爵令嬢は翌朝、ジンたちとともに帝都を発ったのであった。


 以降は、冒頭の状況に繋がって行くサンゴウの航行中の話となる。




 ベータシア星系に向かうサンゴウの航程は特に何事もなかった。


 お小遣いを三回程もらっただけの、至極穏やかな航程だった。


 そんな中で、ジンについてはロウジュとの挙式に向けて、サンゴウへと衣装の合成、制作を頼んだくらいしか特筆するような出来事はなかった。


 ちなみに、衣装の材料はもちろん、ジンの収納空間から出された、勇者時代に入手した魔物由来の素材である。


 ただし、この時のジンは深く考えずにいくつかある素材の候補の中から、色だけを優先して選んだモノをサンゴウに渡した。


 素材の格ではなく色に拘ったことが、後日ちょっとした事態を引き起こすのであるが、それはこの時点だと些細なことであろう。


 それはそれとして、だ。


 では、ジンの婚約者のロウジュと客人のシルクは何をしていたのか?


 ベータシア伯爵領へ向かう道中、ロウジュはシルクの会話相手を務めていた。


 けれども、今のシルクは身分もなく、傭兵ジン、アサダ子爵個人の客人でしかない立場である。


 故に元公爵令嬢は遠慮が多く、暫定的に与えられた自室で一人で過ごすことが基本となっていた。


「挙式に参列はする。けれど、それ以外はサンゴウに留まって過ごしたい」


 シルクはロウジュとの会話の中で、はっきりとそう申し出ている。


 ロウジュとしては、シルクにそう言われると取り付く島もなく、少しばかり困惑してしまう。


 けれども、本人の意思が固くてどうにもならないことは、存在するのであった。


 残りの四人については、オレガ以外には何ら珍しいことがない。


 ベータシア伯爵家の使用人としての仕事を全うしていただけなのだ。


 ただし、サンゴウが大半のことをやってしまうので、暇を持てあましてサンゴウに提供されていた娯楽映像をのんびりと見ていることも多かったりしたけれど。


 けれども、オレガだけは違う。


「もうじきこの生活が終わってしまう! 今を満喫しよう!」


 誰に憚ることなくそう宣言し、サンゴウが航行している間ずっと、絶賛引き籠りを継続していた。


 オレガはローラの一件の時の監禁生活で、ちょっとヤバイ方向に目覚めてしまった感はある。


 だが、そんなことには、ジンもサンゴウも何ら責任を持てないのであった。


 なにしろ、発端となった監視映像記録付き監禁生活は、オレガ本人が望んだことなのだから。


 そうこうして、サンゴウはベータシア星系主星に到着する。


 宇宙港と地上のシャトル用空港に連絡を入れ、サンゴウに乗船中のベータシア伯オレガからの許可だって得ている。


 もう自重をする必要がなくなっているサンゴウは、遂に大気圏突入を敢行したのであった。


 着水予定の位置の周辺海域には、島も海上船舶用の主要航路もない。


 そのため、サンゴウが人目に触れることはないのだった。


 かくして、サンゴウは冒頭の着水状態となったのである。




 静かに着水したサンゴウは、当然の手順として主星の地上設備であるシャトル用空港へと連絡を入れた。


 通信による入国手続きが行われ、検疫についても健康診断データの申告により許可が出される。


 そこまでして、ようやくお馴染みの二十メートル級子機の出番となる。


 ジンを始めとする全員を乗せた二十メートル級子機。


 それが着水中のサンゴウの底部からから発進し、海中を少しばかり進んだのちに海面を突き破って空へと向かう。


 二十メートル級子機は高度三千メートルを保って大気圏内を飛行し、最終的にはベータシア伯爵邸への直接乗りつけが敢行された。


 もちろん、事前に連絡はしているが。


 そんな流れで、ジンが伯爵邸に着くと、リンジュとランジュに出迎えを受ける。


 そこで二人が見せた、イヤリングの紛失案件によって凹んだ表情は、決して些細なこととして片付くはずもない。


 泣き叫ぶ妹二人の事情を知ったロウジュが、自らが持つ健在なイヤリングの機能を使って、すぐさまサンゴウに連絡を入れる。


 イヤリングの仕様が発覚することで、ジンは着いて早々に、泣き止んで責めの姿勢に切り替わった二人の機嫌をとる行動が必要となったのだった。


 その時にチャッカリとレンジュが便乗しており、『女性の宝飾品にかける情熱』というか『執念』というかを、思い知らされてしまうジンなのであったが、そんなことは事態の大勢には影響がない些細な話であろう。


 むろん、ジン個人の話は全く別であるけれども。




 ベータシア伯オレガは、自身の領地に戻った以上、伯爵家の当主の仕事に戻らねばならない。


 サンゴウの船内での、半ば休暇のような状態は終わりを告げたのである。


 オレガはまず、レンジュが娘二人に便乗してジンを相手にアクセサリーの話を纏めるのを待った。


 レンジュが自分の分を要求する部分にモノ申したい気分にはなったのだが、そこで口を挟めば自分には用意できないモノを要求される未来が容易く想像できる。


 それだけに、オレガは事態の鎮静化を待つのみに徹したのだった。


 本来であれば、すぐに執務室へ向かって、二人だけの情報交換、執務の引継ぎが行われるべきなのであるが。


 レンジュが動き出す前にそれを行おうとしたオレガは、妻から向けられた一睨みで待ちの姿勢へと変化したのは、彼だけの秘密である。


 イヤリング事変が終了し、オレガとレンジュの情報交換と執務の引継ぎが滞りなく終わる。


 レンジュはリンジュとランジュの二人がジンへ嫁ぐ案をオレガから示されても、全く動揺しなかった。


 ベータシア伯爵家の影の権力者でもある女性は、『当主の専権事項に口を挟まない』という建前を武器に、自分が口出しをしないことで他の関係者からの口出しを封じる手段を選択したからだ。


 レンジュの英断により、リンジュとランジュの案件は当事者以外、誰も表立って反対はできなくなったのである。


 続いて、オレガはリンジュとランジュを呼び出し、ジンとの婚姻についての意思確認を行う。


 このあたりは、オレガ個人の自己満足が理由の行動。


 当主としての命令ができることであり、皇帝陛下の意思も絡んでいる案件。


 それでも、オレガは今回の場合『娘たちへの命令での強制』をしたくなかったのであった。


 既に婚姻申請の許可は出ているが、今の段階なら二人の意思次第で撤回も可能だったのだ。


 もちろん、二人が婚姻許可の撤回を望むことはなかったけれども。


 そんなこんなのなんやかんやで、ジンとロウジュ、リンジュ、ランジュの婚約が決まり、領内へとその旨の情報がばら撒かれる。


 近々に結婚式が行われることが、領内全域に知らされた。


 ちなみに、『『宇宙獣の件』と『第十三惑星での援助の件』がアサダ子爵の英雄的行動である』として広報されるおまけ付きであった。


 ジンが結婚式の準備で追われる中、シルクはジンにお願いしてサンゴウに留まったままの日々を過ごしていた。


 客人としてベータシア伯爵邸にずっと滞在するワケにも行かず。


 かと言って、ベータシア伯爵領の主星の都市内で、シルクは自身の力のみで生活して行く自信がまるでなかった。


 故に、今のシルクの状況がある。


 現状でもっとも頼りやすいジンとサンゴウに、シルクが寄りかかってしまうのは必然であり、仕方のないことだったのかもしれない。


 シルクは自分一人用のサンゴウの船室で、『自身の今後をどうするか?』について思い悩み、考え込んでいた。


 そして、頼りになるジンの顔を思い浮かべた時、『サンゴウ内に自身の居場所を求める』というすべに思い至る。


「通常サンゴウは、艦長の俺一人で運用されている」


 シルクはジンからそう聞かされている。


 故に、次のような考えが出て来るのであった。


「(常駐員として、わたくしがサンゴウに滞在すれば、何かしらできる仕事があるのでは?)」


 シルクの考えは安直なモノであったが、あながち『間違い』とは言えなかったりするのである。


「サンゴウ。教えて欲しいことがあるの。わたくしがこの艦に『今後の滞在場所』としての『居場所』を求めること。つまり、『わたくしにできる何らかの仕事をする常駐員になる』という望みを叶えることは可能かしら?」


 こうして、勇者ジンとサンゴウは元公爵令嬢のシルクを連れて、ベータシア伯爵領の主星に戻って来ることに成功した。

 出発時の目的だったジンの叙爵とロウジュとの婚約登録は完遂され、ローラ案件が重なったせいで爵位が子爵とされたり、リンジュとランジュをロウジュと同時に娶ることが関係者全員の同意を以て確定となっている。

 にもかかわらず、頼る先がジンとサンゴウしかないシルクが、密かにサンゴウの乗組員を目指す事態が発生。

 日常的にサンゴウで動き回る生活を続けるのが確定的なジンに、シルクという婚約者でもなんでもない女性が常時一隻の船内に一緒にいて大丈夫なのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 ロウジュたちとの結婚式の準備に追われている間に、預かり知らぬところでシルクが『今後の身の振り方を『ジンの側にいること』で少しでも役に立とう』と決めただけに、それを現時点では知る由もない勇者さま。

 前話のラストで『お祓いを受けるかどうか?』を悩んでいたが、わりと本気でそれを検討する未来が待っていることには気づいていないジンなのであった。

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