傭兵ギルドからの問い合わせと、皇妃の治療依頼
~ギアルファ星系第四惑星周辺宙域(首都星周辺の宇宙船待機専用宙域)~
サンゴウは、首都星における地上連絡シャトルの発着用宇宙港を出て、領地持ち貴族の随伴艦が多く待機している宙域へと移動し、そこに居座っていた。
艦長のジンが男爵に叙爵される式典の日程が未定、そもそも『叙爵申請自体に許可が出るか?』が不明であった。
そのため、サンゴウの無駄な係留費用の発生を避けるべく、宇宙港を出たのが現状に繋がっている。
首都星周辺の宙域だけのことはあり、サンゴウの現在位置から探知できる艦船は非常に多い。
その上、サンゴウの周囲には、帝都に一時的に滞在中である領地持ち貴族の随伴艦が多く存在していた。
サンゴウがいる現宙域は、貴族の随伴艦の艦種と数の規模により、見栄と見栄がぶつかり合う場でもあったのである。
そんな中、見栄よりも自家の懐具合を優先したベータシア伯のオレガ。
オレガは、サンゴウで来た自分の決断を自ら称えていた。
何故なら、以下に列挙するような理由があるからだ。
サンゴウが提供してくれる飯は美味い。
船内設備は自身の所持する専用艦と雲泥の差があり、サンゴウの快適さが勝る。
領地から遠く離れ、妻のレンジュに領主代行を任せて来たので、当面はやらなければならない執務がない。
「(サンゴウより良い艦なんてない! 見栄を張らなくて良かった)」
見栄も大事な帝国の貴族であるはずなのに、オレガは本気でそう思っていたのであった。
サンゴウは高性能であるが故に、ある種の人間にとっては『ダメ人間製造機』の側面も持ち合わせているのかもしれない。
むろん、それは『利用者次第』であるのは言うまでもないけれど。
では、そんな男の娘のロウジュはどうしていたか?
ロウジュはジンを捕まえて、ゆっくりとお話をしようとしていた。
ただしそれは、『お話』という名目の、実態は『尋問』なのだけれど。
しかし、『間が悪い』というかなんというか、はたまたジンの側の『悪運的なモノが強い』のか?
ちょうどそのタイミングで外部からジンへと通信が入り、それが開始されるのは今ではなくなってしまう。
ロウジュは大人しく、ジンの側で事態の成り行きの観客状態にならざるを得なかったのであった。
尚、途中から『自分が聞いていては不味い話だ』と察知して、ロウジュは静かに船橋から離れている。
それは、少々未来の出来事であり、些細なことであるけれども。
「艦長。傭兵ギルドから通信です。繋いでよろしいですか?」
「ああ。繋いでくれ。一体なんだろうな?」
「(このタイミングで連絡をしてきた相手が傭兵ギルド? だとしたら、『一体なんだろうな?』はないでしょうに)」
この時のロウジュの心の声は、もしそれが聞こえていれば、サンゴウも全面的に支持することは間違いない。
ジンの察しが悪過ぎるだけであろう。
まぁ、だからこそ、ジンは『ポンコツ勇者』なのかもしれないが。
「帝都傭兵ギルドのギルドマスター、マスギル・ドルギルだ。初めまして。よろしくな。では、早速だが連絡を入れた理由を伝える。ギルドに『今まで見たこともないような、見慣れないシャトルと艦を持った傭兵と『指名依頼前提』の話し合いがしたい』という話が来てな。さらっと調べたら『該当するのがお前さんくらいだった』ので連絡をした」
「初めまして。ジンです。よろしくお願いします。そうですか。話し合いについてはお断りしたいと思います。断ることはできるのですよね?」
ジンからすれば、相手が誰だかわからない状態。
そんな状態で、だ。
「今まで見たこともないような、見慣れないシャトルと艦を持った人物と直接話がしたい」
このような発言を聞かされたらどうなるか?
「了解! なら、話し合おうじゃないか」
聞かされたのがジンでなくとも、前述のような肯定的な返事が飛び出すワケがない。
また、もし仮にそんな人間がいたとしたら、その人間は周囲から頭を疑われるであろう。
ジンがした拒否の返答は、むしろ常識的な対応であった。
まして、ジンはルーブル帝国での勇者時代に、理不尽に晒されまくった男。
王族やら貴族やらからはもちろんのこと、駆け出しの頃には横暴なベテランの迷宮探索者たちを相手に、似たような事例を多数経験しているのであった。
「特殊な効果を持つ装備やアイテム、あるいは、高性能なそれを持ってる人物を紹介してくれ。話があるから」
こんな感じの要求と同じであり、そのような発言をする側は、大概がそれら狙いの人間となる。
そんな彼らの、品物を入手する際の手段についてはいくつかの種類があるので、以下に実例を挙げてみよう。
まず、穏便な相手であれば買取。
そうでない相手だと、権力などを振りかざしての自主的に差し出せ系。
それら以外だと、強奪系。
大別すると、この三種になる。
相手側の選ぶ手段には差があるのは事実だが、話を持って来られる側が前述のようなモノのどれかに遭遇すると、どうなるであろうか?
「どれでも不快であり、大差はない」
そう言えてしまう。
つまるところ、どう転んでも良い話し合いになるハズがない。
よって、ジンは『お断り一択』なのである。
むろん、今回の話をジンへと振った側もそんなことは理解している。
マスギルは、ジンの答えに動じることはなかった。
「もちろんだ。傭兵ギルドには『強制依頼』などというモノはないからな。では、この話は断っておく」
「よろしくお願いします」
「了解だ。ところで、ジン。言葉遣いは普段の感じで良いぞ。そう丁寧になることもないさ。傭兵なんてそんなもんだ。ああ、今の話とは関係ないが、せっかく帝都に来たんだ。帝都のギルドの仕事を少しはやってくれよ。もちろんこれも強制じゃない。単なるお願いだ」
用件を済ませたマスギルとしては、ついでにそれ以外の話もしておく。
ジンのような、上級以上の傭兵ランクでしか受けられない依頼が存在し、上位のランクにいる傭兵の数は少ない。
マスギルの立場だと、『上位のランクのギルド員と、繋がりが太いに越したことはない』ため、当然の話題が出されただけである。
「あー。じゃあ言葉遣いはそうさせてもらう。で、その『帝都のギルドの仕事』はねぇ。実はさっきまで『稼ぎが良いのはないか?』と依頼の一覧を見て物色をしてたんだ」
「ほう。めぼしいモノはあったのかな? 上級指定の依頼をどれか一つでも受けてくれると嬉しい」
「いや、今は暇があるから、そうしたいのはやまやまなんだが。でもな、得意な賊を狩る系のが全然なくてね。先の予定はあるから、護衛や運搬を受けられるほどの時間がないんだよ。それらは拘束時間が長くなるからな」
「そうか。それは残念だ」
ギルドとして、無理強いはできない。
なので、マスギルはあっさりと引く。
だが、そうしたギルドマスターの態度が、ジンの目には好ましいモノに映るのであった。
故に、ジンの口が軽くもなる。
「ああ、そうだ。目に留まったのに『病気の治療』ってのがあったな。概略だけで詳細がないから『こんなの受けるヤツいるのかね?』なんて思ったが」
「お? アレに興味あるのか? アレは『『多少なりとも、やれそうな自信がある傭兵』か、ギルド側で『こいつなら大丈夫だろ』って判断した傭兵にしか詳細は明かさない』って条件が付いている特別な依頼だ。興味があるなら、ジンにだったら詳細情報を開示しても良いぞ」
マスギルはジンの発言に対してそう言いながらも、頭の中では全く別のことを考えていた。
「(さっきの話し合い相手も『病気の治療』の件の相手なんだが。こいつ、わかってんのかね?)」
むろん、マスギルは考えたことをそのままジンに伝えることはない。
依頼を出した側との、信頼関係の問題で守秘義務があるのだから。
それだけに、『本音を言わないし、言えない』のが現実なのだけれど。
また、傭兵ギルドとしては逆に、ジンについての情報を依頼を出した側へと渡してはいない。
このあたりの情報の管理は、ちゃんとしているのである。
「いや。情報は要らない。『珍しくて目に留まった』ってだけだからな」
「そうか。『新規登録時に、いきなり上級にランク付けされるような実力の傭兵さんなら、この依頼みたいな特殊なのでもできるんじゃないか?』とも思ってしまったんだが。ま、普通はできないよな。すまんすまん」
話の流れに乗って、マスギルはジンをちょっと煽ってみた。
それで、依頼が受諾されれば、いろいろと角が立たないのもまた、事実であるのだから。
「おっと。『煽ってやらせよう』ってか。小細工するねぇ」
「バレたか。ま、最終的には依頼を受ける受けないは傭兵の側の判断。自己責任だからな。仕事の消化が目的のギルドとしては、『なんとか受けてもらえんか?』くらいの小細工はするさ」
「なるほどねぇ。そりゃ立場から行けばそうなるよな。『傭兵の側にだってメリットはあるから持ちつ持たれつ』ってとこか」
わかりやすい話と、これまた目的がわかりやすい態度。
ジンのマスギルに対する好感度は、更に上がっていた。
「ま、そういうこったな」
「ところでな、俺が昔いた場所にあった娯楽の物語の話なんだが。そこに、『俺が真似してみたいセリフ』ってのがあったのを思い出したわ。煽った相手に上手く乗せられてしまってな、『で、できらぁ』って言わされちゃうやつなんだが」
マスギルとの会話の中で、ジンの考えは変化していたが故に飛び出した前述の発言であった。
「(ちょっと乗っかってやっても良いか? 『強制する姿勢が一切なくて、『受けてもらえないかなー』な感じで話をされると、俺で何とかできるモノなら、やってやろうかな?』って気分にもなるんだよな)」
むろん、ジンには皇族案件に関わりたくない気持ちがある。
それが、ものすごくあるのは動かしようがない事実だ。
けれども、仲介相手が低姿勢を貫き、依頼自体はやろうと思えばたぶん簡単にできてしまいそう。
そんな風に思えると、状況に流されてしまいやすくなるのである。
ジンは結局、流され系巻き込まれ体質であり、発生している事案が目に入ってしまえば、首を突っ込みたくなる、勇者らしい習性の持ち主なのかもしれない。
「『真似してみたいセリフ』って、お前。ちょっとばかり話が飛びすぎだろ。結局、ジンは何が言いたいんだ?」
「なーに。簡単な話だ。というワケで、言わせてもらおう。『で、できらぁ!』」
「おいおい。良いのか?」
マスギルは一変した話に驚く。
そして、案件的に『やらせてみたけど失敗でした』はギルドの立場がかなり悪くなるため、ジンの自信のほどを『受ける意思を改めて『良いのか?』と問うこと』で、マスギルは判別をしようとしたのであった。
「おう! ってことで、とっととその依頼の詳細情報の開示をしてくれや」
「面白いヤツだな。けれど、すごく助かるよ。で、詳細だな?」
「ああ。わかりやすく説明を頼むぜ」
話がここまで来ると、マスギルはジンを疑う気持ちは薄れて来る。
「(少なくとも、ジンに皇妃を治すだけの、何らかの当ては確実にある。そうでなければ、こんな要求はされない)」
マスギルは自身の考えに対して、『願望の成分がそれなりに含まれていること』を否定できないのを自覚はしていた。
何故なら、ジンはこの段階では『皇妃がどのような状態なのか?』の詳細を知っているはずがないのだから。
それでも、他に皇妃を治せる手立てが全くないからこそ、傭兵ギルドに依頼が持ち込まれたのをマスギルは理解している。
そして、自身が住む国の皇妃を、助けられるのならば助けたいのも事実だ。
そうである以上、マスギルは前向きにならざるを得ず、ジンへと詳細を説明するしかないのであった。
「手と足の先からな、だんだん黒く染まって変質して行くんだ。しかも、黒くなった部分が一定以上大きくなると、変質する速度が上がるようでな。その速度を遅くするために、染まったらすぐにその部分を切り落としているらしい」
「ほー」
「まだ話は終わりじゃない。切り落とした部分が人体に直接付着すると、癒着して同じ症状なるようでな。最初に癒着された者は手首から先を切り落としたそうだ。今は全て超高温で焼却処分されている。あとは報酬について。基本的に必要経費については全額負担する気はあるが青天井でも困る。だからその点は相談で決定。成功報酬は別で一千億エンだ」
ここまでにマスギルが語った内容で、ジンは最低限の、知りたい情報は得られた気がした。
その上で、聞かされた病自体は、ジンがこれまで生きてきた中で『見たことも聞いたこともない奇病』であった。
だがしかし、だ。
今のジンは己の知識だけで物事を判断する必要などない。
ジンには、頼れる相棒のサンゴウがいるのだから。
「ギルドマスター。ちょっとこのまま通信を切らずに待っていて欲しい。数分で済むけれど確認したいことがあるんだ。内輪の話なんで、こちら側の音声を切らせてもらうけどな」
「わかった。待たせてもらおう」
「サンゴウ。全部聞いていたよな? どうだ? 何かわかるか?」
「はい。『先日、艦長が殲滅させて駆除したアレの、卵に寄生された状態の症状と酷似している』と判断しました。心臓の部分に擬態して卵が癒着し、寄生先の肉体の末端から乗っ取る形で成長するのです。寄生先からできるだけ長く『栄養』というか、『エネルギー』を得るための習性のようですね。『長く生かして搾り取る』ってことです。アレは通常分裂で増えるため、滅多に卵を産むことはないのですけれど、稀にそういう個体が出現するのです。でも、おかしいですね。アレの卵を経口摂取でもしない限り、寄生されるようなことはないハズなのですが。それはそれとして、治療については、デルタニア軍において成功例が一例あります。手足を完全切断して、それと同時に心臓へと繋がる血管を遮断。人工心肺に切り替えて血液は体外循環させます。そうしておいて、心臓を大出力レーザーで吹き飛ばし、人工心臓へ置換。後日、再生した心臓を移植しました。手足については義手義足です。ある意味では、『超乱暴な人工心臓移植手術』と言えるでしょうか」
サンゴウが語った成功例の結末は、手足を失った達磨状態での生存であった。
これは、『なかなかに衝撃的な、刺激の強い事例』と言えよう。
ジンとしては、『その状態が、成功例として治療したことになるのか?』と疑問に思ったりもする。
まぁ、『生きてるから良いじゃん』と言われてしまえば、それまでの話なのだけれど。
「なんとも悲惨な成功例だな。で、だ。サンゴウなら可能なのか?」
「はい。できなくはないですね。ただし、義手と義足はサンゴウには用意できません。手足については、船内で再生治療を施すことができなくはないです。ですが、お勧めはしません。過去の成功例では『義手義足』と、言いましたよね。一か月ほどかけて良いのであれば再生治療自体は可能なのですけれど、対象者の意識がある状態でないと再生が上手くいかないのです。しかし、意識がある状態で手足の再生を行うと対象者の精神に異常が出るのです。それでも、指くらいならなんとかなるのですけどね。あと心臓の再生移植は対象者自身の細胞を培養して造り出した心臓を使っても、一割くらいの成功率でした。移植失敗なら人工心臓生活ですね。尚、手足については再生移植の成功例はありません」
もし、デルタニア星系における成功例の手順に従うのであれば、だ。
実のところ、最低でも一時的に必要となるはずの、移植用の人工心臓をサンゴウには用意することだってできない。
しかし、そこについてはあえて言及しなかった。
何故なら、ジンに説明をしている段階で、それが必要になる事態がサンゴウには全く想定できなかったのだから。
「つまり、『心臓だけは人工心臓で、確実に生かすとこまではできる』ってことで良いか? 手足の再生の部分は無視で」
「はい。そうです。ですが、艦長の能力ならできますよね? 以前サンゴウを修理していただいた時に使用された『治癒魔法』が、デタラメな再生が可能な魔法が、ありますものね」
「だな。だけど、『デタラメ』って言うな! 魔法はちゃんとした技術なの! まぁ今、サンゴウの話を聞いた限りでは、心臓の部分だけが問題なんだが。全部吹き飛ばすのはなぁ。もしその時点で死亡扱いなってしまうと、魔法じゃ生き返らせることはできないからな。サンゴウなら擬態部分を特定できたりしないか? そうすれば、そこだけ切除すれば済む」
人工心肺で体外循環により血液を脳に送り届け続ければ、死亡判定とはならない可能性も十分ある。
そして、その医療機器の代わりを、サンゴウが務めること自体はできる。
しかし、試してみたことがない部分については、『石橋を叩いて渡る』くらいのつもりでなければならない。
むろん、他に手段が全くないケースならば、ギャンブルに手を出すのも吝かではない。
皇妃の治療については、ジンとサンゴウが手を出さずに放置してしまえば、絶対に助からないのだから。
尚、ジンたちは知らないが、ギアルファ銀河帝国の宮廷医たちの見解は、『皇妃の余命は最長で三日』と意見が一致していた。
そして、この時のジンは、己の魔法だけに頼る気はなかった。
ジンには、超科学が生み出したサンゴウが、頼れる優秀な相棒が、いてくれるのだから。
「やってみないとわかりませんが、できる可能性はあります。『『幸い』と言って良いのか?』が困りますが、元がアレなだけに『サンゴウが判別できる可能性は高い』でしょうね。ですが、艦長。今までのお話は、サンゴウに皇妃を連れて来なければ成立しません。そのあたりはどうされるのですか?」
「あー。皇妃の搬送方法はこれから先方と相談しないとダメだろうな。だが、治療方法を見せる気も、教える気もない。状況次第だけれど、最悪心臓を一度吹き飛ばすこともあり得るからなぁ」
仮にジンが魔法で、もしくはサンゴウがエネルギー収束砲をイイ感じに調整することで、皇妃の心臓を吹き飛ばす、すなわち、胸部にぽっかりと大穴を開けるところを皇妃の関係者に見られた場合、どうなるか?
皇妃の命が『助かったか?』それとも、『助からなかったか?』の結果に関係なく、治療に携わったジンたちにはロクでもない未来が待ち受けていることだろう。
ジンにとって、その程度のことは事前に確信できてしまうのだ。
そしてそれは、後述される別の切り口でも、皇妃の治療の案件について考えているサンゴウも同意見なのだった。
「つまり、『治療方法の情報を渡さない』という方針ですね? その点にサンゴウは賛同します。おそらくですが、ギアルファ銀河帝国の医療機器と似通ったモノがないことを知られると、『非常に不味いことになる』と考えられます。従って、患者だけをサンゴウの船内に受け入れ、その他の人員についてはサンゴウへの乗船を拒否したいですね」
「だなぁ。向こうの出方次第だけど、『皇妃だけしか乗船させないぞ』は最初から治療するに当たっての必須条件にしておかないとダメだな。もちろん、治療方法の非開示もだけど」
「そうですね。その部分は絶対に譲れません」
かくして、方向性は決まった。
いろいろと条件を付けなければならなくとも、ジンが『で、できらぁ!』と言うことは可能である。
まぁ、既に一度言っているのだが、そんなことは些細なことでしかないのであろう。
ただし、それをもう一度聞かされる側が、何を思うのか?
その部分をジンはガン無視する気満々であった。
そうして、一旦はオフにされていた音声が、マスギルに聞こえる状態へと戻されたのだった。
依頼についての打ち合わせが、再開されたのはそのような流れからだ。
「待たせたな。結論から言う。『で、できらぁ!』って、これを言うと気分がスッキリするなぁ。さて、症状から『コレ』と思われるモノの特定はした。だが、実際に患者の身体を調べてみないことには、『確定情報』とはならない。そして現時点で特定したモノと、調べた結果が合致した場合には、治療方法があって完治させられる可能性が高い」
「おお!」
「まだ続きがあるから、最後まで聞いてくれ。合致しなかった場合は『完治させられる』と確約することはできない。けれども、こちらでやれることは試す。どのみち、『百パーセント治せる』とは言えないので、患者の命が失われる可能性があることはある。そこは覚悟しておいてもらわねばならない。むろん、この依頼は前払いなしの成功報酬だから、失敗するつもりはない。条件付きだが、もちろん治す自信がある」
「『絶対』がないのはわかる。依頼主も、そこは理解してくれるだろうさ。だが、ジンが依頼を受けなければ、皇妃さまがお亡くなりになるのは確実だろうな。で、『条件付き』ってのは何だ?」
マスギルには、ギアルファ銀河帝国を想う気持ちがある。
よって、皇妃が助かる目が出てきたことは喜ばしい。
だが、現時点ではまだ『目』でしかないのも事実。
ジンからは条件提示がある旨の話を受けて、傭兵ギルドの長は改めて気を引き締めていた。
「条件は、まず、治療行為をする場所を、サンゴウの艦内に限定するのが一点」
「それはまた、厳しい条件だな」
予想外の条件で、『まず、一点』であるにもかかわらず、マスギルは思わず口を挟んでしまった。
「驚くのは別に構わんが。でも、条件はまだ他にもあるんだぞ」
「拝聴しよう」
逸る気持ちを懸命に抑え、マスギルは『ジンの言葉を一言も聞き逃すまい』という姿勢になっていた。
何故なら、他の条件も厳しいモノになることがこの時点で予測できてしまったのだから。
まぁ、マスギルの姿勢は立派ではあるが、実のところジンとの会話はサンゴウ側はもちろんのこと、傭兵ギルド側でも記録されているので、仮に聴き洩らしがあったとしても、あとで確認が可能となっている。
「患者以外の乗艦は不可。ただの一人も、乗艦は認めない。それに加えて、治療方法の説明はしない。これは、事前だけでなく事後でも、だ。こちらが提示した条件が守られるならば、この依頼を俺が受ける。あ、患者の身体を調べるのもサンゴウの艦内でしかできないから、そこんとこもよろしく」
「そうか。では依頼主にそのように伝える。ただなぁ、ジン。それ、『お前の艦、サンゴウまでな、今の状態の皇妃さまが単身で行けるのか?』って、俺は考えてしまうんだが。そのあたりをどう思う?」
「ああ。なるほど。その問題があるのか。なら、それについてはこちらでサービスしよう。患者が今いるのは後宮か?」
「その情報を俺は持っていないが、まぁ、そうだろうな」
「では、後宮付近で二十メートル級子機、あ、いや、俺のシャトルが駐機できる二十メートル四方のスペースを確保してくれ。それさえあれば迎えもこちらでやる。俺のシャトルは垂直離着するから、本当に二十メートル四方のスペースだけあれば良い。ただし、その時点から患者のみだ。同行者は一切お断りする」
「それはまた、すごい性能のシャトル持っているもんだな。では、それも合わせて依頼主に伝える。ああ、ついでだ。シャトルでの迎えは、時間的にはいつ以降ならできるんだ? あと治療の経費は、どのくらい掛かる見込みだ? (もう、皇妃さま側の治療団は丸呑みするしかないだろうからなぁ)」
この段階で、ジンを相手に条件の詰めまで確認するマスギルは、ギルドマスターとして有能であった。
「時間は、駐機スペースの場所の連絡をもらってから。その時点を起点として、こちらの準備と後宮周辺への到着までで余裕を見ても二時間だ。実際はもう少しばかり早くなると思う。経費は最大でも一千億エンは超えない。最大値で覚悟してもらえばその範囲内で必ず納める。それで、良いか? あと万一治療が不可能だった場合は、移動費用の相場分だけで良い」
「艦長、二十メートル級で患者を迎えに行くには、サンゴウから発進して首都星への降下と、帰りの地上からの発進離脱の許可が必要です。今後のこともあるので、事前に許可証をもらうべきかと。それと、検疫は事前通信による申告制にしてもらわねば、無駄な時間が生じます」
「って、サンゴウが言ってるので、ギルドマスターさん。そのあたりの許可も合わせてもらってくれるか?」
「わかった。『先方が判断するのに必要な材料は、今望める範囲では全て揃った』と思う。たぶん、許可の件も合わせて、先方は丸呑みで受けるしかないだろう。だからな、もう準備に入ってくれ。では、先方との話が済んだらもう一度連絡する」
傭兵ギルドからジンへ向けた通信は、このような流れで一旦終了したのであった。
「(『関与するとロクなことがない』ってわかってたハズなのに、ついついノリと勢いで依頼を受けちまったな)」
ジンは脳内で独り反省会を始めていた。
「(でも、今回の依頼を受けるのを強要されたわけじゃない。俺自身が『受ける』と決めたのだからまぁ良いか。サンゴウには、余計な仕事を増やした形になるけれど、二十メートル級子機での『首都星の大気圏への突入』と、『首都星の大気圏内での飛行』と、『首都星の地上から大気圏外への離脱』の全てが許される許可証がもらえるのなら『プラス』ってことになるだろう)」
ジンが考えている許可証は自由度が高過ぎるほどに高く、むろん、そのような限りなく何でもありに近い許可証が発行されるはずはない。
けれども、今回の案件に限っての地上と宇宙空間の行き来については例外で、『実質無制限』と言って過言ではない。
そして、今回の案件で実績が作られるので、通信できちんと申告すれば大概は許可が下りる形の許可証に、事後は化ける予定である。
なので、ジンの考えは『完全に間違い』ではなかった。
まぁ、サンゴウ的には『ないよりは、あったほうが便利』という評価になるのだが、そんなことは些細なことであろう。
それはそれとして、ジンは実のところ、最悪のケース、『皇妃の命が失われる事態になった場合、どうするか?』についても考えを纏めていた。
「(『いざどうしても』となれば、ロウジュだけでも掻っ攫ってサンゴウで逃げるとしよう。お義父さんには悪いがな)」
このようなジンの内心は、誰にも知られない方が平和であろう。
それだけは、間違いのない事実であった。
ジンは、マスギルとの会話が始まって、少し時間が過ぎた時点で、そっと船橋を離れてしまったロウジュに声を掛けて船橋に戻ってもらい、それとは別でオレガ、スチャン、アルラ、ジルファの四人にも声を掛けて船橋に集めた。
そうして、皇妃をサンゴウへと連れて来て、病の治療をすることを伝えたのである。
特に、アルラとジルファには、頭を下げてお願いする。
「こちらの都合で、患者本人だけの受け入れになる。つまり、皇妃さまには侍女などの随伴が一切いない。だから負担があると思うがよろしく頼む」
また、それだけではなく、オレガに向かってもジンは頭を下げた。
「必要になったら、アルラとジルファの二人の手をお借りします」
二人のメイドの主はオレガであるため、ジンの言動は当然のモノであった。
そして、一連の全てを聞いていたサンゴウは、格納庫に鎮座している二十メートル級子機のすぐ近くに、皇妃の検疫と治療が行える部屋と、必要になるであろう治療用の設備を整えていた。
ジンから特に指示が出されなくても、さっさと準備ができるサンゴウ。
時に抜けてるところがあるのを露呈するジンにとって、サンゴウは必要であり、最高の相棒なのであろう。
こうして、勇者ジンとサンゴウは、傭兵ギルドのギルドマスターからの通信を発端とし、『皇妃さまが患っている謎の奇病を治療する』という、傭兵ギルドに出されていた依頼を『ジンの側から提示した条件が、依頼主から了承されれば』という条件付きで受けることになった。
ジンと依頼主の間に立って仲介役に徹するマスギルが、依頼主から怒鳴りつけられたり、ジンから突き付けられた平時であれば絶対に呑むことができない厳し過ぎる条件に、文官のトップの宰相と宮廷医師長の二人が裁量内での判断を放棄して、皇帝陛下に話を持ち込んでしまったのは、決して些細な話ではないであろう。
いざ皇妃をサンゴウの船内に迎え入れる話の細部を詰め始めると、ジンを含む男性陣は下手なことをすれば皇妃との間にあってはならないコトがあった疑いが掛けられる可能性に気づいてしまい、サンゴウだけではなく、乗船している全員に協力を求めることになってしまうのだけれど。
二十メートル級子機の移動に纏わる許可を含む、皇妃の治療をするに当たってで突き付けたジンたちの厳しい条件は、本当に通るのか?
また、皇妃の治療は無事に終えられるのだろうか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
皇妃さまのお名前が『ローラ』であることがロウジュとの会話で判明し、日本のとある懐かしいRPGについて思い出してしまう勇者さま。
名前が全く同じなだけに、「姫じゃないんかい!」と、心の中でツッコミを入れてしまうジンなのであった。