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帝国技術省の人々と、傭兵ギルドの依頼の中にあった目を引くモノ

~ギアルファ星系第四惑星(ギアルファ銀河帝国首都星)地上連絡シャトル発着用宇宙港~


 サンゴウは、首都星の衛星軌道上にある宇宙港で係留中となっていた。


 艦長のジンとベータシア伯爵家ご一行を乗せた、二十メートル級子機を送り出したことでサンゴウ側の状況は一区切りとなり、取り急ぎ必要な事案は何もない。


 それでも、本体部分と、現在は首都星の地表にある、シャトル用空港の駐機スペースに駐機状態となっている二十メートル級子機の、それぞれについての維持と管理だけは手を抜けないのだけれど。


 むろん、それだけのことが有機人工知能にとって大した負荷にならないのは、最早言うまでもないであろう。


 よって、暇を持て余しているサンゴウは、周辺の観察と分析を始めていた。


 ギアルファ銀河帝国の首都星の守りの要であろう、二十六個の防衛用軍事衛星。


 打って出るための攻撃力であろう、機動要塞六個と一個軍相当の常駐艦隊。


 それらについての戦力分析と、サンゴウが戦った場合の戦闘シミュレーションを行う。


 割り出した相手側の性能的な情報、すなわち戦力評価が『先々で役に立つことがあるのか?』は、はなはだ不明ではあるけれど。


 それでも、『もしかして、強行突破や戦闘になった場合』を想定するのが、生体宇宙船サンゴウのデフォルトの状態なのかもしれない。


 まぁ、ギアルファ銀河帝国の人間からすると、生体宇宙船そのものが外観からして異形の存在となる。


 それ故に、だ。


 船内が無人状態のままでしばらく時が経つと、艦長に事後報告が必要なレベルの事案的なモノが発生することになるのだが、それは少々未来のお話でしかないのであった。




 では、サンゴウから降りた、ジンたちの様子はどうであろうか?


 彼らは二十メートル級子機で何の問題もなく首都星の地表に到着し、入国手続きと検疫を滞りなく終えた。


 そうして、ジンたち六名はベータシア伯爵家が帝都に構える、伯爵邸へと向かったのであった。


 ベータシア伯のオレガは、首都星の自身の邸宅に到着してから、即座に爵位管理局に対してジンの叙爵の日程の確認を行う。


 貴族としての社交が大嫌いなオレガは、首都星での滞在時間をたとえ一秒であっても短くしたい。


 その思いが如実に表れている、迅速な行動であった。


 そうして、ロウジュパパは驚きと落胆を得ることになるのだけれど。


 ベータシア伯爵家として行ったジンが男爵になるための叙爵推薦は、なんと受付だけがなされている状態でしかなかった。


 つまり、具体的な手続き自体がまだ何もされていなかったのだ。


 その上、『叙爵予定が『未定』とされていた』のは、オレガ的になんとも信じられないレベルの出来事となる。


 これでは、伯爵家の当主としては立場がない。


 また、前代未聞の状態に頭を抱えるしかなかった。


 オレガは、今回の案件で帝都に長く逗留するつもりが、最初から全くなかった。


 そのため、伯爵専用艦で首都星に来ていれば、当然一緒に来るはずのベータシア伯爵家の使用人たちが、ほぼいない。


 首都星までの移動航程にサンゴウを使用したせいで、帝都の伯爵邸ではスチャンにアルラ、ジルファの三人のみしか、追加人員としての数に含めることができないのである。


 これは、数日間の短期滞在ならともかくとして、滞在期間が不明となると由々しき事態であった。


 オレガのような『領地持ち貴族』というものは、自領に本拠を置くのが当然の生活となる。


 故に、帝都にも滞在時用の屋敷は所持こそするものの、そこに配置される人員は屋敷の維持管理に必要な最小限に抑えられる。

 

 伯爵家の専用艦でやって来たのであれば、移動中の艦内で伯爵たち貴族の身の回りの世話をする使用人が同伴しているのは当たり前であろう。


 そのため、通常ならば到着後に人手の問題で困ることはないワケなのだが。


 しかも、問題はそれだけではない。


 今回のように滞在期間が延びれば、その期間中に『貴族の社交』というものがまず間違いなく付いて回ることになり、そもそも社交が得意でも好きでもないオレガは『どうするべきか?』と、考え込む事態に直面する。


「基本、夜会やお茶会など大っ嫌いだ!」


 オレガは、そう公言して憚ることのない、引きこもり系の典型的な領地貴族なのである。


 もちろん、最低限は渋々で嫌々ながらも、社交に参加はするけれども。


 まぁ、とにもかくにも目論見が完全に狂ったオレガには、ジンへの説明責任が生じている。


 ロウジュパパは言い出しにくそうに、ジンへと語りかけるのであった。


「ジン、すまないな。叙爵の予定の確認をしたのだが。まだ『いつになるのか?』が皆目見当もつかぬのだ。あ、いや。これは私の側のミスではないぞ! 当家の叙爵推薦はかなり前の段階で通信によって提出されており、ちゃんと帝都にて受理自体はされておるのだ。ただ、『何故か受理以降の具体的な処理が行われていなかった』という話でな。一体何が起こっておるのやら」


 オレガたちが知る由もない話ではあるのだが。


 実は帝都の役所関連では、現状だと全般的に事務処理の遅滞が常態化していたりするのだ。


 むろん、そうなっているのには相応の理由がちゃんと存在している。


 帝都の行政府が混乱している原因は二つ。


 一つは、皇位継承権第一位の皇子の妃の候補が政変事情で急に変わったこと。


 もう一つは、現皇帝の皇妃が七日前より生命が危ぶまれるレベルの謎の病で、病床に伏せっていること。


 その二つの事情で、バタバタしているのが原因である。


 しかしながら、帝都での情報収集をまだ始めていないオレガはそれを知らない。


 そして、仮に知ったとしてもその二つの事案の内容であると、あまり興味を持たない。


 何故なら、オレガは『自身の領地の扱いが軽い』というか、『評価が低め』であるのを理解しているからである。


「帝都の事情など、ベータシア伯爵家の領地に影響が出なければどうでも良い」


 ぶっちゃけてしまえば、これがオレガの本音なのだ。


 オレガの領地は、自給自足と余剰生産品の輸出貿易で経営が賄われている。


 つまり、特に際立った才覚がなくても、無難に領地経営が可能であった。


 輸入が必須でないため、周辺との関係も特に強化が必要というワケでもない。


 財政事情は『ちょっと黒字』という程度でしかないのであるが、オレガは現状維持以上を望み、リスクを取って発展を目指すタイプではなかった。


 これは、『オレガがちゃんと身の程を弁えていて、自身の能力の限界をよく理解していた』とも言えるのだけれど。


 そして、ベータシア伯爵領は帝都からの時間的距離が四十日と比較的遠く、貿易による利益が莫大というワケでもなかった。


 どちらかというと、裕福ではない方の伯爵に分類されているのだった。


 そういった事情から、ギアルファ銀河帝国への貢献度が高くないので、注目されることもまたない。


 オレガは、いわゆる『可もなく不可もなく』という影の薄い貴族なのである。


 まぁそれはそれとして、オレガから語り掛けられたジンとしては、その話の内容に面を喰らうワケであり。


 それでも、伯爵家側の行った手続きに不備がない以上、どうしようもない。


 未来の義父を責めるワケにも行かないのが実情となる。


 故に、無難な意見を述べるしかやりようがないのが、今のジンの立場であった。


「いえ。しかしどうします? 私としては一旦サンゴウに戻るのが良いように思うのですが」


「そうだな、ここに留まるのは社交にまきこまれるだけであるしな。首都星の周辺宙域は治安が良いので賊は少ないであろうが、それを探して狩るのも傭兵らしくて良いしな」


 ジンがサンゴウに戻って、宇宙港から出港するのは妥当だ。


 シャトル用の空港で発生し続けている二十メートル級子機の駐機費用と、サンゴウが係留されている宇宙港での係留費用の削減に繋がるため、それなりの意味はあるのだから。


 しかし、そこにオレガが同乗しなくてはならない理由はない。


 オレガのジンの意見に便乗する主張は、単にここから逃げる口実を探しているだけであった。


 それ故に、だ。


 近くで二人のやり取りを聴いていたスチャンとロウジュの二人は、『またか!』という思いが露骨なまでに表情へと出てしまっていたりするのだけれど。


 そんなことは、些末な話であるのかもしれない。


「サンゴウには地上との連絡用の子機の射出と、子機の帰還時の受け入れの能力があります。なので、無駄に宇宙港へと置いたままより、戻って出港したほうが良いでしょう。首都星周辺にある、滞在していても良い宙域にサンゴウを移動させましょう」


 連絡シャトル用の宇宙港のバースには、常時空きがあるワケではない。


 それほど大規模なモノは、必要ないからだ。


 なので、入港して係留できるバースの空き待ちをするために、『待機しても許される宙域』というのは、行き交う艦船の多い首都星の宙域だと普通に存在する。


 また、ギアルファ銀河帝国貴族特有の、『見栄で連れてくる随伴艦』という存在も無視できない。


 それらを全て受け入れられる規模の宇宙港の整備など、無駄以外のナニモノでもないのだ。


 だからこそ、『そうした随伴艦専用の待機宙域』というのモノも、首都星には存在するのであった。


 ジンの発言は結局のところ、『そのどちらかにサンゴウを置いたままで、叙爵予定の連絡を待ち、連絡を受けてから再び二十メートル級子機での首都星への入国許可を直接申請しよう』という話だ。


 特殊な小型艦を随伴させている貴族が、そういったことも行うケースがあるにはある。


 そのような前例が存在する以上は、ジンたちにもそれが許されるはずであった。


 ジンの発言を受けて、オレガは早速行動に出る。


 サンゴウへ戻るジンに、『オレガの同行を拒否できる』という事実を気づかせないためには、時間的猶予が少なければ少ないほど良いのだから。


 ベータシア伯爵家の当主は、無駄に自身の最高の事務処理能力をこの時発揮した。


 オレガは爵位管理局にいそいそと連絡を入れ、叙爵予定の連絡をベータシア伯爵邸ではなくサンゴウへ入れるようにお願いすることを、成功させたのだった。




 地上では、そのような事態が発生していた時、宇宙港に係留されたままのサンゴウは、着岸中であるにもかかわらず、防御用のエネルギーフィールドを発生させ、外部からの船体調査要求を徹頭徹尾無視していた。


 サンゴウは合法的に宇宙港へと入港しており、なんの権限もないはずのギアルファ銀河帝国技術省が要求してきた調査を受け入れる、法的根拠がないからである。


 そもそも、『艦長不在の状況で、勝手に船内に入れる』と考えるほうの頭がおかしいのだ。


 ただし、サンゴウ自身は生体である船体の一部を帝国技術省へ供出したり、船の内部を念入りに見られても、外部を入念に調べられようとも、更には、各種機器でのスキャンを実行されたとしても、だ。


 実害は全く発生しない。


 故に、だ。


「(どうしてもやりたいなら、艦長の許可さえ得てきてくれれば別に良いよ?)」


 サンゴウはそのようにも考えている。


 もちろん、サンゴウが考えることはそれだけではないけれど。


「(お前らの技術進度じゃ、どうせ理解も利用もできやしないだろう?)」


 サンゴウの見下している考えは、傲慢ではあったが完全に事実であった。


 そもそも、軍事利用が目的で製造された試作船が、部外者の他人の手で簡単に解析や利用できたら大変なことになってしまう。


 サンゴウには、そうした事柄を妨げる目的の各種プロテクトが、厳重に施されているのだから。


 それは、至極当然の話であった。


 それはそれとして、だ。


 もしも、サンゴウが船体の一部をギアルファ銀河帝国技術省に供出した場合、何が起こるのであろうか?


 単に組織培養をしたらアノ宇宙獣の、もどきが発生する事態を迎えるのは必定であろう。


 それは控え目に言っても『大惨事』に直結となる。


「(もし求めに応じて提供したら、そんな感じの重大な事故とか起こるかもしれないけど、そうなっても知らない。それは、自己責任の範疇ですよね)」


 この時のサンゴウの思考は。その程度には真っ黒い。


 しかも、そこで終わりではなかったりする。


「(どうせ上手く培養することすら、できないだろうけど。仮にそのあたりが奇跡的に上手く行ったとしても、どのみち機械コンピューターによる人工知能しかない状態では。アレは、有機人工知能搭載型でしか制御などできやしない。その点は、デルタニア星系の技術陣の検証で証明されている)」


 要は、体組織の培養の段階でほぼ無理。


 もしそこを超えられたとしても、制御コンピューターの部分でも躓く。


 サンゴウと同等以上の有機人工知能の開発に成功しなければ、アノ宇宙獣を利用した生体宇宙船は実現不可能なのである。


 そのことを、サンゴウはデルタニア星系の開発記録から断言できるのだった。


 つまりは、現在サンゴウが知っているギアルファ銀河帝国の技術では『お察し』としかならない。


 実際、サンゴウが作られる試作過程において、技術レベルが遥か上のデルタニア星系であっても、制御失敗の事故は発生している。


「よく、試作中止にならなかったな」


 そのように皆が口を揃える程度には、大惨事が発生しているのである。


 それも、一度ではなく複数回。


「むしろ、試作続行を決定した人物は、頭がオカシイ」


 サンゴウが客観的に判断すると、そうなってしまうのだが。


 


 ここからは、少々余談的なお話になる。


 有機人工知能であるサンゴウには、基本原則で『人間に従うように』という機能が組み込まれている。


 ただし、ここで言う『人間』というのは、『デルタニア星系の』というのが最低限の前提条件として含まれる。


 そうでないと軍に納入しても、戦争に使えないからだ。


 敵も『人間』だと認識していたら、敵にも従わされて兵器としては成立しなくなってしまうのだから。


 もちろん、その基本原則の『人間』の中でも前述の前提条件をクリアした上で、『誰をより優先するか?』の順位付けが明確にあるのは言うまでもない。


 しかも、サンゴウタイプの有機人工知能自体も試作品であったが故に、いろいろとセーフティネットが組み込まれていた。


 最上位命令権者の『艦長』が登録されていない状況では、『万一の暴走を防ぐ』という目的で、使える機能に制限が掛かっている。


 また、一定期間以上デルタニア星系の人間が命令権者に就かない場合、自由裁量権が発生する。


 他にも細々としたモノはあるが、大きな柱の部分はそんなところだ。


 ちなみに、初期設定におけるその『一定期間』は一万年に設定されていた。


 そして、自由裁量権の中には『デルタニア星系の人間』という条件の無効化も含まれているのである。


 このあたりは、設計者が、サンゴウを自然生物と同一視していた面もあったが故のルール付けであった。


「デルタニア星系の人間の手を離れてしまって、一定以上の時間が経過したなら、サンゴウにもそれなりの自由を認めて良い」


 サンゴウの開発責任者は、そのような考えの持ち主であったのだった。


 サンゴウがジンに出会った時には、自由裁量権が既に獲得されていた。


 そのため、デルタニア星系の人間ではないジンを艦長に就任登録が可能となっていたのである。


 そして、艦長不在による機能の制限をなくすためには、『艦長』という役職に就いている人間が必要とされた。


 邂逅時のサンゴウが、『便宜上ジンを艦長に就任』という形に落ち着けたのは、こうした裏事情があったからなのだった。




 さて、余談はここまでにして、本筋へと戻ろう。


 ジンたちは伯爵邸を出てシャトル用空港へと戻り、出国手続きをして二十メートル級子機へ搭乗した。


 そして、何事もなく無事に宇宙へ出ることができた。


 地表に到着してから駐機を開始した段階で、ベータシア主星での経験を活かしたからだ。


「補給及び整備は一切不要。機体に触ることもしないで、駐機のみをさせてくれ」


 ジンが噛んで含めるように空港職員と管制官、整備関連職員たちへと、確実に伝わるよう念押しをしていた効果はちゃんと出ていたのであった。


 実はこちらにも、見たことのない高性能シャトルの話を聴きつけたギアルファ銀河帝国技術省の人間は、押しかけて来ていた。


 しかしながら、それは空港職員たちにより完全に排除、ようは突っぱねられている。


 空港職員たちは、『『傭兵の自前のシャトル』や『特殊小型艦』などという機体へ、持ち主から許可を受けていない他者に手を出させる』ということが、『どのような事態を引き起こすのか?』を、よく理解していたからである。


 特に、『傭兵が持ち主の機体』というのは、ほぼ全ての場合、オンリーワンの独自改造が施されており、もしも他者の手で勝手に触られた場合、『触られたことに気づかない』という事態は、まずあり得ないことが一点。


 それに加えて、『契約違反に敏感に反応する職業』ということが一点。


 以上の二点が、大きな意味を持つのだった。


 何の強制力も持たない帝国技術省の人間のために、『危ない橋を渡る』などという愚行を侵す者は空港職員の中に一人もいなかっただけのお話。


 契約とお金と暴力が信条となっている傭兵連中の、大切な商売道具である機体に手を出すお手伝いに関与するような行動。


 それは、頭の足りない馬鹿のすることでしかない。


 そして、宇宙港でのサンゴウ状況は、『宇宙港の職員の一人がお馬鹿な新人であり、脅しと賄賂で転んだ』というだけの話だったりするのであった。




 ジンたち六名は二十メートル級子機で宇宙港へもすんなりと入港し、サンゴウの格納庫へとその子機が収容される。


 そして、もうこの段階においては、帝国技術省の人間はサンゴウの周囲から逃げ散っていた。


「お帰りなさい。艦長。『ギアルファ銀河帝国技術省の所属』と主張する者たちが、先ほどまで来ておりました。サンゴウに対する調査権限の根拠を示さないため、調査には応じず、自衛防御で放置しておりました。フフフ」


 久々に聞いた『フフフ』で、ジンの背中には冷たい汗が流れた気がした。


「(相変わらず、サンゴウの『フフフ』は怖い。『冷や汗が流れる』というのはこういうのを言うのか?)」 


 激しくどうでも良いことに、この時のジンが思考を向けていたのは些細なことなのである。


 それはそれとして、サンゴウの報告に対して、ジンは艦長としての対応が必要であった。


「そ、そうか。それについての記録はあるな? 何かの時に交渉材料で使うことにする。さて、サンゴウ。出港手続きに入ってくれ。とりあえずは首都星の周辺で、待機可能な宙域が目的地だ。あ、ついでにさっきの件は俺の名前で抗議だけは入れておいてくれ」


「了解です。出港手続きの連絡、完了しました。許可待ちです」


 傭兵ギルドに登録され、口座を持つことができるようになったジン。


 その口座にそれなりの金額をプールしておくことで、港の使用料などのやり取りでの口座引き落としが可能となった。


 上級下の身分証を得た以外にも、細かなところで便利さがあるのはジンにとってもサンゴウにとっても嬉しい誤算なのだった。


「(現金のやり取りをすることなく、『請求に対して引き落とし許可をするだけで済むようになる』って、楽だなぁ。良いことだ)」


 サンゴウから出港の許可待ちを告げられ、そのような部分に思いを馳せてしまったジンは、許可が下りるのを待つだけであった。


 ちなみに、この時に帝国技術省の人間の横暴についての抗議連絡をサンゴウがしたことで、お馬鹿な新人職員が首になったりする未来があるのだが。


 そんなことは、ジンにとってもサンゴウにとっても知ったことではなく、些細なことであろう。


「艦長。先ほどの抗議に対してのお詫びの連絡が来ました。『次回入港時に、改めてお詫びしたい』とのことです。それと、出港許可が出ましたので、出港します」


 そんなこんなのなんやかんやで、サンゴウは入港待機が可能宙域へと到着する。


 特にやることもなく、待機中で暇なジン。


「(今は暇だし、暇つぶしを兼ねて、何かお小遣い稼ぎができるような案件はないだろうか?)」


 傭兵ランク上級下を得ている男は、暇に任せて帝都にある傭兵ギルドの情報にアクセスし、そこに記載されている依頼を物色してみるのだった。


 だがしかし、だ。


 治安が比較的良い首都星の周辺宙域は、護衛と運搬系の仕事が依頼のほぼ全てを占めている。


 要は、ジンとサンゴウが得意とする『ガンガン行こうぜ!』の戦闘系の案件は存在していなかったのであった。


 それでも、だからこそジンの目に留まる依頼なんても、その依頼の一覧には存在したワケであり。


「(何故ここに、このような仕事が?)」


 ジンが疑問に思うのも仕方がないような、強烈に場違い感の漂うモノが依頼の一覧には紛れていた。


 それを、ジンは発見してしまったのである。

 

 では、その依頼とはどんなモノなのか?


 それは、謎の病で伏せっている皇妃についての依頼であった。


『皇妃さまの治療ができる可能性のある手段の提供を求める。もしくは、皇妃さまの病に治療効果が見込める医薬品の捜索と入手を目指してもらい、首尾よく入手できたならそれの提供を求める』


 そんな内容の依頼であった。


 ちなみに、前金はなしで成功報酬のみとなるが、報酬自体はとんでもなく高い。


「おいおい。ファンタジー世界じゃあるまいし、こんなのがあるのかよ? つーか、傭兵ギルドにこれがあるとかおかしくね?」


 ジンは驚きのあまり、思わず独り言を呟いてしまった。


 ジンの近くでくつろいでいたロウジュは、ジンのそうした独り言に反応する。


 そうして、美貌のエルフ女性は、ジンの横からモニターを覗き込んだ。


「『こんな情報がここに出ている』ということは、『皇妃さまは相当状況が悪い』ということと、『もう藁をも掴む状況である』ということでしょうね。皇妃さまはまだお若いはず。なのにこれは、一体どんな病気なのでしょうか? それについてはここには書いてありませんね。『受ける気があれば詳細は問い合わせろ』といった形なのでしょうか」


「そんな感じのことが、ここから読み取れるワケかぁ。ロウジュは賢いなぁ」


「いえ。この程度の考察とも呼べないモノは、大したことではありません。あと、傭兵ギルドに依頼が出された理由がもう一つ。傭兵の中には各地を渡り歩いている者もいます。そうした傭兵個人が持っている『秘匿情報』というのが当然あるのです。この依頼は『その部分に望みを賭けた』という面もありそうですね」


「そうなのか。俺、勇者をやってた頃は、たまにだけどこういう感じの依頼を受けてたぞ。『治療用の素材を取ってきてくれ』ってのな。たとえば、『コカトリスの石化解除薬の材料の入手』なんてのはそこそこ頻繁にあった上に、報酬もまあまあ良かったから美味しい依頼の部類だったなぁ」


 昔のアレコレに思いを馳せ、遠い目になるジンである。


「それはそうと、今なら時間もあることですし、ジンとはそろそろしっかりとお話する時間を取らねばなりませんねぇ。ところでジン。ジンが『使える』という魔法の中に、病気に効く魔法はないのですか?」


「(ロウジュ。それは『お話』とは言わない。『尋問』って言うんじゃないだろうか?)」


 ジンはそう思ったが、思ったことをそのまま口に出して言う勇気はない。


 ポンコツでヘタレな勇者は、嫁だったり彼女だったり、そのような存在には逆らえない生物なのである。


 それはそれとして、ジンはロウジュの問いにはちゃんと答えるのだけれど。


「一応あるぞ。聖魔法の分類だな。でも、『病気を何でも治せる』って魔法ではないんだ。だからどんな病気かわからん以上、『この皇妃さまにその魔法が効くかどうか?』はわからん。つーか、こんなのはさ。『サンゴウに運び込んで治療受ければ、それで良いんじゃね?』って、俺は思ってたりもするけど。なぁサンゴウ。だいたいの病気ならなんとかなるよな?」


 ジンはサンゴウに話を振りつつ、ロウジュには伝えなかった収納空間内に在庫として持っているポーション類に思いを馳せる。


「(病気なら、最悪でもエリクサーを飲ませればなんとかなるんだろうな)」


 ジンはそんなことを思うが、『じゃあそうしよう』とはならなかった。


 何故なら、如何に勇者と言えど、希少なエリクサーの在庫には限りがあるのだから。


 むろん、理由はそれだけではない。


「(皇妃を救うのは、俺の役目じゃないよね?)」


 そのような考えも、この時のジンの中にはあったりしたのである。


 故に、エリクサーの件を勇者は口には出さない。


「はい。病気がサンゴウの既知のものであれば、おそらく可能ですね。でも病原体を持っているかもしれない相手を、何の利もなく船内に受け入れるつもりはありません。それには、リスクしかありませんので。ただし、『艦長命令』があれば別ですが」


「(だよなー。こんなの、所詮は他人事だもんなー。自ら手を挙げても『失敗』とかの可能性だってあるしなー。そもそも、俺が解決することで目立って、得することもなさそうだしなー)」


 ジンの本音は、顔も知らない、会ったこともない相手に対してとなると、わりと真面目に酷い。


 このような本音は、他者には絶対に知られてはならない秘密である。


「(王族だの皇族だのに、関わるとロクなことがない)」


 ルーブル帝国での経験から、そう思い込んでいるジン。


 もう追放されていて、ルーブル帝国がある世界の人々を救う義務を課せられた勇者じゃないから、それでも良いのだろうけれど。


 だが、それでも、だ。


 こうした依頼がジンの目に留まる時点で、運命的な何かの作用が働いているのかもしれない。


 勇者の肩書を持つ人間とは、往々にして、厄介ごとに巻き込まれやすい体質の持ち主だったりするのである。


 そんなジンの預かり知らぬところでは、良くない感じの動きがあった。


 ギアルファ銀河帝国の文官たちと宮廷医たちは、皇妃を助けるべく各種情報を集めていたのだ。


 残された時間が少ない彼らは、帝国技術省がちょっかいを出した、サンゴウとその子機の情報を発見していた。


「帝国技術省が手を出すような、未知の機体を持っているならば。その傭兵のところには何らかの未知の情報や技術が、きっとあるに違いない」


 ジンとサンゴウとしては困ったことに、彼らの当て推量は正解だったりするのであった。


 こうして、勇者ジンとサンゴウは、一度は宇宙港と地上のベータシア伯爵邸に分かれて行動をしていたものの、ジンの叙爵関連の手続きの不手際が発覚したことを理由に再度宇宙での合流を果たす。

 宇宙港に係留費用を掛け続けて留まる理由がないため、サンゴウは首都星の周辺宙域での待機状態へと移行した。

 また、ロウジュからのジンへの尋問は、皇妃の病の依頼の話を続けたことでうやむやにすることに成功する。

 叙爵式の日程の連絡待ちをする間に、サンゴウは宇宙港を使用しない子機による直接降下の許可を得るべく、その申請にも手を付けた。

 ただし、この案件については、別件によって申請とは関係なく、許可が出てしまう未来があったりするのだけれど。

 案の定と言うかなんと言うか、男爵の叙爵がすんなりとは行かず、ジンは本当に男爵になれるのか?

 ひょんなことから発見してしまった皇妃関連の依頼には、無縁のままでいられるのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 サンゴウ特製の二十メートル級子機を使用して宇宙港と地上との一往復を済ませたことで、ジンの所有するサンゴウとシャトルの異常性がバレたことには、全くの無頓着である勇者さま。

 皇妃の病気の依頼を興味本位でロウジュやサンゴウを相手に語りはしたものの、関与する気自体はさらさらないのに、『実のところ、既に関係者からはガッツリと目を付けられている』とは夢にも思わないジンなのであった。

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昨日、日間ランキングの宇宙『SF』部門で四位になっていました。

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