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惑星緑化と、艦籍コードの取得が済んだら、爵位をもらうために首都星へ行くしかないよね

~ベータシア星系第十三惑星衛星軌道上~


 サンゴウは艦長の指示に従って、ベータシア星系第十三惑星衛星軌道上に到着していた。


 ロウジュからの事前情報によれば、第十三惑星は食料生産に特化した惑星だったのだけれど。


 サンゴウが光学的に観測できる範囲に、その面影は欠片もなかった。


 星系内における穀倉地帯的場所のはずだったそこには、荒涼とした砂礫砂漠的な部分しかない。


 サンゴウから観測でき、船内のモニターに延々と映し出されている赤茶けた色だけの地表の映像には、植物の緑も水の存在を想起させる青も、影も形もないのであった。


「おいおい。アレを駆除した時は、宇宙空間で集めて殲滅したから、わざわざ惑星の地表の状態をチェックまではしてなかったが。これは酷いな」


 ジンは地表映像の感想を語ったあと、想像以上の酷さで呆れてそれ以上の言葉が出なくなってしまっていた。


 ちなみに、横で同じ映像を見ていたロウジュは、確認できた現状が酷すぎて絶句状態に陥っていた。


「(植物の種をガンガン蒔いて、成長促進魔法をぶち込みまくればそれで良いだろう)」


 ジンの事前の目論見としては、前述のように安直な考えであったのだが。


 淡水や海水すら全くない荒野が広がっており、サンゴウからは雲の存在も観測できない。


 これでは、雨が降ることもないのだろう。


 端的に言って、『水がない』の一言に尽きる。


 いくら成長促進魔法を使おうとも、それだけで緑豊かな惑星に戻せないことは一目瞭然であった。


 だがそれでも、だ。


 勇者であるジンには、手の打ちようがないわけではない。


 ジンは伊達に『勇者』の肩書を自称しているワケではないのだ。


「まぁ良いか。ロウジュ。元の状態がどんなだったかの資料ってのはあるのか?」


 ジンに問い掛けられたことで、ロウジュは絶句状態から脱する。


 ロウジュは、父親からいろいろな資料が入っているデータキューブを預かっており、それをサンゴウの船内に持ち込んでいた。


「惑星内全域地図、様々な動画映像記録、衛星軌道からの衛星写真データ。そういったものは一応用意してあります。それから種子の種類と、どの地域にどれを蒔くかを大まかに指定してある資料もありますよ。でも、データキューブなのですが」


「そのデータキューブはいただいてもよろしいですか?」


「ええ、もちろん。サンゴウなら活用できますよね?」


「はい。では子機の中へお願いします」


 ロウジュの前にふよふよと空中に浮かんでいる子機がやって来る。


 その子機の上部の蓋の部分が既にパカリと開いていて、そこに『データキューブを置け』と言わんばかりの状態だ。


 ロウジュはキューブをその子機へと渡したのだった。


 サンゴウはそのデータを受け取るとすぐに情報の取捨選択を始める。


 ジン自身は、サンゴウがモニターに表示してくれる情報に、一応ではあるが目だけは通す。


 ざっと目を通しはするのだが、そこはポンコツ勇者の面目躍如。


 あとで、サンゴウが良い感じに纏めたものを、感応波で直接頭に流し込んでもらう気満々だったりする。


 人は、一度楽を覚えると、その方向に流されるモノなのかもしれない。


 ジンは、以前にサンゴウの性能を知るためにその方法を選択したのだから。


 そして、サンゴウの側も艦長のジンから何も言われなくても、そうするつもりで準備を始めていた。


 勇者と生体宇宙船の人工知能の息はバッチリと合っている。


 これがまさに、『阿吽の呼吸』というものであろう。




 それはそれとして、だ。


 人の生活圏が宇宙に広がり、ギアルファ銀河帝国があるのが当たり前になっている時代。


 帝国内における植物への改良は、進んでいる。


 ジンの感覚だと植物だけを発芽から成長させても、生態系は整わない。


 植物が花を咲かせ、種を作り出すには受粉が必要なのだから。


 そしてそれは、風の力だけでは不十分であり、ジンの知る日本における多くのケースでは、様々な虫たちがその役を担っていた。


 しかし、現状の第十三惑星にそうした虫たちはおそらく存在しないのである。


 そこに思い至ったジンは、ロウジュに質問するのであった。


「なぁ、ロウジュ。託された種を蒔くのは良いんだけど、育ったあとの受粉とかって大丈夫なのか?」


「『受粉』ですか? それは一体何でしょう?」


「艦長。生活圏が宇宙空間に広がった段階で、そのあたりは品種改良により克服されているかと」


 サンゴウの指摘は、デルタニア星系における太古の歴史から推測されているモノだが、実際のところそれは正しい。


 勝手に突然変異やら進化やらをされては困るので、ベータシア伯爵家が用意した種子は、品種改良が施されたことで人工的に作られるクローンのように全く同じ遺伝子のままで、次世代の種が生み出される形の栽培が可能になっているのである。


 むろん、『受粉用の虫が必要』などという面倒な部分は、とっくの昔に品種改良により克服されていた。


 そして、有機物の扱いに関しては、サンゴウほどの万能に限りなく近い性能はないが、ギアルファ銀河帝国の技術レベルは、サンゴウ視点でもそれなりの技術進度となっている。


 具体的には、素材となる有機物からある程度成分を仕分けて抽出して、再合成ができるような工場が普通に存在するのであった。


 ただし、前述の『クローンのように全く同じ遺伝子のままで、次世代の種が生み出される形』には問題もある。


 もし、致命的な病気が作物に発生した場合、『その場のその種は全滅』というリスクが存在するのだ。


 もっとも、それに対して人は無策ではない。


 栽培する種類の分散、育成場所の分散といった手法で、リスク回避を行っているのだった。


 もちろん、局地的には全滅するような事態も過去には起きている。


 けれども、その都度、原因究明と耐性を獲得するような品種改良を行っており、そういった期間がギアルファ銀河では三千年以上の長期に渡って続いている。


 結果的に、『現在は、そう心配するようなことではなくなっている』という状況なのだ。


 水と必要な成分が含まれている空気に加えて、適度な肥料と光、もしくは光に代わるものを生み出すエネルギー。


 それらさえ豊富にあれば、作物は量産可能なのである。


 ジンが以降に行う種蒔きには、そのような背景がちゃんとあるのであった。




 サンゴウから感応波によって、流し込まれる形で必要なデータを受け取ったジン。


「(まずは、水源の回復からだな)」


 至極当たり前の手順を、モニターに映されている地表の映像を眺めながら、勇者は考える。


 故に、衛星軌道上に留まるサンゴウに滞在したままで、ジンは海と湖、川などの水場にする場所を選定する段階に入っていた。


 サンゴウの格納庫にある二十メートル級には、ベータシア星系の主星の地表を出発する前に、空港で種子の積み込みがされている。


 それは、『現在もそのまま』となっていた。


 ロウジュはそれを知っている。


 それ故に、だ。


「(これから、ジンは二十メートル級に乗って、第十三惑星の地表を目指すのでしょうね。水はあとで、どこかから運んでくるつもりなのかしら?)」


 そんなことを、ジンの婚約者は思っていた。


 しかし、それは間違いだったのである。


「さて、ある程度の場所の当たりは付け終えた。だから、まずは一度、水を元の状態っぽくしてくる。では行って来るので留守番よろしくな。サンゴウ、ロウジュ、ジルファ」


「はい。艦長。いってらっしゃい」


 そうして、ジンは子機アーマー装着状態で、短距離転移魔法を発動。


 ジンは姿を消した。


 ジンの発言内容が理解不能で、呆気にとられているロウジュとジルファを、サンゴウの船橋に置き去りにしたままで。


「(ジンが何を言ってるのかわからない)」


 姿を消す前のジンの言葉を受けて、前述の言葉がロウジュとジルファの二人の脳裏を過る。


 この時の二人の女性の思いは共通していた。


 しかし、そんなことはお構いなしに状況を進展させるのが、『勇者ジンクオリティー』なのである。


 船橋から姿を消したジンは、シールド魔法を展開したまま、短距離転移の連続で移動する。


 音もなく大気圏内に突入し、地表を見下ろす位置取りの空中から、勇者は水魔法を使用した。


 勇者ジンは無尽蔵の魔力をガンガン消費して膨大な量の水を生み出し、第十三惑星の地表の必要な場所にばら撒いたのである。


 むろん、それはジンだけの力では成し得ない。


 ジンは水をばら撒くに当たって、サンゴウに衛星軌道上から地表の様子を観測してもらい、通信で水量の確認と調整を行っていた。


 水を魔法で生み出し続けること二時間。


 少し前までは、赤茶けた色のみに染まっていた第十三惑星が、水の星へと変貌していた。


 勇者ジンの魔力量に任せた、水魔法無双の結果がコレである。


 ただし、海に当たる部分の塩分濃度はかなり低め。


 ぶっちゃけ、海水ではなく、淡水に限りなく近い。


 これは、宇宙獣が塩分をほぼ全て食べてしまったことが原因となる。


 いくら勇者であろうとも、この部分だけはいかんともし難い。


 魔法でも、できないことはあるのだった。


 よって、できることを終えたジンは、サンゴウへ一度戻るのだけれど。


「ただいま。サンゴウ。海の部分の塩分調整なんだが。そこらの小惑星から材料を調達して、調整できるよな?」


「はい。艦長。そうですね。ざっと二十四時間ほどかかりますが。それでよろしいですか?」


 ジンはサンゴウの性能についてある程度理解しているので、このような話が流れるように進んでいく。


 尚、この会話は隔離された部屋で、恒例の滅菌処理中に行われている。


 サンゴウの検疫関連の部分は平常運転であった。




 船橋に戻ったジンは、ロウジュとジルファの二人から、ジトっとした視線で出迎えられた。


「ジン。あんなことができるなんて、聞いていないのですけれど」


「えっ? ちゃんと言ったじゃん。俺、『勇者』だって」


「それって、冗談とか、比喩の話じゃなかったのね。まぁ良いです。時間が取れる時に全て全部まるっと、オール丸ごと『ジンに何ができるのか?』を教えてもらいますからね?」


 ちょっと混乱していて、言葉遣いがおかしくなっているロウジュなのであった。


「ここから先は、何をどうやるのですか?」


 ジルファがジトっとした目を保ったままで、ジンに問うた。


「んー。戻る直前に海だったと思われるところで海水を舐めてみたんだが、すっごく薄いんだよね。その、塩気がさ。だからサンゴウにちょちょいとやってもらうために戻ってきた。で、俺はサンゴウがその作業してる間に、持ってきた種子を蒔いて成長促進の魔法を」


「魔法! 『魔法』って言った! 魔法使いなんて、おとぎ話の世界にしかいませんよ?」


 ジンの言い掛けの言葉を遮るロウジュ。


 私、ちょっと怒ってるんだからね?


 ロウジュの浮かべた表情からは、そのような感情がジンには読み取れていた。


「(美人がやると可愛い)」


 婚約者の浮かべた表情を見て、前述のような口には出せない感想がジンの頭を過ったりもするのだけれど。


 それはそれとして、だ。


 ロウジュから『魔法』についてで、まるで存在そのものを問い質すかのような発言をされてしまうと、ジンとしても思うところがあるワケであり。


「(確かに水魔法を見せたことはないけど。でも、前に影魔法を使ったり、短距離転移やシールド魔法も披露自体はしているんだけどな。ロウジュが『魔法』を知らないハズがないんだけど)」


 ジンはロウジュと一緒だった時の、過去の状況について思いを馳せる。


 そうして、それっぽい理由に思い当たるのであった。


「(うん? よく考えると、そういえば『これは魔法だ』とロウジュたちに説明をした記憶がないな。俺とロウジュとの認識の違いはそのせいか?)」


 ジンの推測は正しい。


 ついでに付け加えておくと、勇者ジンにとっての常識は、サンゴウにもロウジュたちにもそのまま通用しない部分がそこそこ多い。


「説明していなかったかもしれないけど、見せたからわかるよね?」


 ジンとしては、前述のように主張したくなる魔法関連の話は、ベースになる常識の差異の問題が大きく影響しているのであった。


 では、それはそれとして、グレタからの脱出時をロウジュたちの視点で振り返るとどうなのか?


 ロウジュらはロウジュらで、当時のジンから移動手段と物資の輸送についてで、『俺に一任。それで良いか?』と言われている。


「(ジンは、特殊な技能を持っている。けれど、それについて何らかの事情から話せない。もしくは、話したくないのだろう)」


 ジンから『一任』を求められ、グレタから脱出するに当たって、ロウジュたちには他に有効な手段があるわけでもなかった。


 そんな状況下で、不思議な事象が発生したとしても、だ。


 ロウジュたちが、それぞれに前述のような考えを持ったのは『やむを得ない』と言えるだろう。


 端的に言って、『ロウジュたちの現在までの認識を作り出した原因は、ジンの発言内容と行動にある』のであった。


 しかし、そうしたロウジュたち側の事情を、『些細な行き違い』としてぶった切るのが、これまた『勇者ジンクオリティー』なのだ。


「まぁ、ともかく俺は『勇者』をやってて、いろんなことができる。魔法だって使える。そう理解してくれ」


 ジンはあっさりと状況を纏めて、言い切った。


「(ロウジュと結婚するんだし、もういろいろバレるのは時間の問題だろうし)」


 この時のジンは、既に開き直ってしまっていたりする。


 しかしながら、成し遂げねばならない第十三惑星の案件の重要性と比べれば、そんなことは些細なことであろう。


 また、持っている能力的な部分の話を論ずるのであれば、だ。


 今回の案件で、ジンが艦長としてサンゴウに任せた塩分濃度の調整の部分は、これまで秘匿していたサンゴウの能力の一部を、ロウジュたちに見せつけることに繋がる。


 サンゴウが主星では隠した大気圏降下能力や離脱能力、大気圏内での飛行能力も自重せずに披露せざるを得ない。


 そうしなければ、第十三惑星の海の塩分調整なんてできないのだから。


 艦長からサンゴウは任され、それについて否定的な意見を述べることなく受け入れた。


 そして、サンゴウの能力を知っているジンは、サンゴウのやり方を予測できる。


 その時点で、答えは出ているのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、サンゴウが任された仕事を終えるのに必要と見積もった二十四時間が経過する。


 サンゴウは予定通りに海水の塩分濃度の調整を完了した。


 ジンはジンで、イイ感じに緑化と農地化と農作物の成長促進を完了させる。


 成長促進魔法の効果で、農作物はなんと三日以上の時間が経過すれば収穫ができるレベルであった。


 尚、ジンはついでとばかりに土魔法も使いまくり、シャトルの離発着に使用できる空港用の平坦地を二か所と、今後必要となるであろう主要な部分の道路も、サービスで整備してしまっている。


 このジンのサービスの部分だけで、ベータシア伯爵家は地上設備の整備に必要だった十年程度の時間を省略することができる。


 まさに、ベータシア伯爵家にとっては、至れり尽くせりの状態であろう。


 かくして、第十三惑星における、ジンとサンゴウのコンビのお仕事はこれにて終了となる。


 サンゴウはベータシア星系の第三惑星、主星に針路を向けるのであった。

 



 そんな流れで帰路に就いたジンたちだが、主星に到着するまでの航程において、サンゴウ以外が惰眠を貪れるわけではなかった。


 ジンは、主星に到着する前の段階で、サンゴウ内において結納品の準備を始めて行く。


 具体的には、ロウジュたちを立ち入れなくしている格納庫部分で、高価格の希少な金属インゴットを収納空間から出しておいたのである。


 これは、結納金代わりで、ロウジュパパへのプレゼントとなる。


 むろん、事前に話が通っている第十二惑星の案件の代替分を、遥かに上回る分量をジンはサンゴウと相談の上で準備した。


 ロウジュの実家に財政破綻してもらっても困る。


 それ故の対応だ。


 ジンにもサンゴウにも、当面必要なモノでもなんでもないだけに、ここは大盤振る舞いが可能であったのもそうした理由としては大きいのだけれど。


 ちなみに、ベータシア伯爵の目の前でインゴットをポンと出すことを選択しないのは、収納空間魔法の存在を、いましばらくの間は秘匿したい気持ちがジンにあったから。


 ある程度、隠していたことがいろいろバレてしまう点について、もう開き直ったハズであるのに、だ。


「(それでも、収納空間魔法だけはまだ見せちゃいけない)」


 何故か、ジンはそのように感じていた。


 この点についてのジンの判断基準は謎であるが、おそらく『勇者の直感』的なコトであるのだろう。


 まぁ、永遠に隠し通せる事柄ではないので、いずれは明かすし、バレるであろうが、それを先延ばししただけの話である。


 ジンにとって、手の内を全て晒す必要はどこにもないのだから。


 ジンがそうした作業をしている時、ロウジュはサンゴウが作成した性能諸元申告書の添削へと従事。


 明らかに低めの性能で作成されたそれに、ロウジュはダメ出しをしまくった。


「省エネ運行時の定格出力、常用性能はこんなモノですよ」


 サンゴウとしては、大嘘であるが一応作成した内容についての根拠を述べる。


「いやいや。私が知っている部分だけでも、それ、無理があり過ぎるでしょう」


 サンゴウとロウジュがわちゃわちゃとやり合いながら、それでも最後はイイ感じの性能諸元申告書が完成する。


 少々未来の話で、結論から言えば、『それが提出されてから一日後、無事に審査が終了してサンゴウは固有のコードを取得できた』のである。


 ジンたちが主星に戻ってから、しばしの時を経てサンゴウが得られたのは、『船籍コード』ではなく、『艦籍コード』であった。


 ただし、サンゴウは軍艦として正式にどこかの軍に所属しているわけではない。


 よって、傭兵が運用する武装『艦』の扱いでの登録とされる。


 このあたりの処理については、オレガの事前予測通りなので特に問題とはされなかったのだった。


 艦長のジンが身分証目当てで傭兵ギルドに登録する運びとなり、サンゴウに『艦籍コード』が発行された段階では、その手続きが処理中であって完了はしていなかった。


 それでも、サンゴウが傭兵の運用艦として扱われたのは、傭兵ランクがどうなるかはさておき、ジンが傭兵ギルドのギルド員になれないことはあり得ないが故の措置であった。




 ここからは、少々余談的なお話になる。


 今更の話であるが、サンゴウは『有機人工知能搭載型生体宇宙船』であり、『試作三号機』である。


 サンゴウはあくまで試作船であり、製造された段階では軍に納入されるかどうかも不明な状態。


 ただし、最終的には軍艦の正式量産タイプを目指した船として試作されている。


 試作船として完成したサンゴウの試験航宙において、事前にその航路の情報を売り飛ばした裏切り者がいたことが、問題発生へと繋がるのだけれど。


 機密情報の流出が原因となり、サンゴウは試験航行中に攻撃を受けてしまう。


 その結果、ジンと出会ったあの場所で、大破漂流状態となっていたのだ。


 けれど、この余談的な話で重要なのは実のところそこではなく、『船』と『艦』の呼称へと関係する部分に纏わる事態の流れなのだった。


 試験航宙が行われることが決定した段階で、サンゴウにはデルタニア宇宙軍が艦長を送り込んで仮登録をしている。


 そうした事情から、試作『船』であって軍『艦』ではないサンゴウの認識だと、自身は生体宇宙『船』であるのだが。


 ところがどっこい。


 試験航宙時に最高責任者として仮登録がされたのは軍人であったが故に、その呼称が『船長』ではなく、『艦長』で固定されてしまう事態に。


 そのままの状態をずっと今も継続しているのだが、それを修正しようとするとサンゴウのシステム的にはかなり面倒なことが起こる。


 というか、本来は製造メーカーに戻さないと変更できない、ロックされている部分だったりするので、無理はしない方が良いのであろう。


 最高責任者の呼称の話はさておき、軍事利用を目指して造られたサンゴウは攻撃力的に見ると軍艦である。


 よって、ジンからすると心情としては『艦』の扱いなのであり、心の中でサンゴウのことを考えるときは、『艦』として考えてしまう。


 ただし、サンゴウが自らを称する時は一貫して『船』が使われていることも理解している。


 そもそも、ジンはサンゴウの呼称に纏わる部分についての経緯を、感応波で流し込まれた知識の一つとして知ってもいる。


 ジンは時と場合で、『船』と『艦』を使い分けているのだが、感覚的にそれを行っていて明確な線引きなどしていない。


 ジンが発言する時に、『船』と『艦』の両方が出て来るのはそのような事情からであった。


 もっとも、ジンが『船長』ではなく『艦長』と称されることも含めて、そんなことは些末な話でしかないであろう。


 故に、これに関係する部分は、余談でしかないのである。




 さて、余談から本筋へと戻ろう。


 サンゴウは、第十三惑星からベータシア星系の主星へと戻るに当たって、まず途中で同行艦と合流した。


 続いて、同行艦とともに主星の衛星軌道上にある宇宙港へ、一旦入港したのだった。


 そこでの手続きを経て、ついにサンゴウの艦籍コードが発行される。


 発行されたコードはBFF9999999Zが割り当てられた。


 最初のBは、ベータシア。


 次のFは軍を意味するフォース。


 最後のFが傭兵を意味するフリー。


 サンゴウは『先々において、所属が変わる可能性が高い』と判断されている。


 そのため、欠番登録に切り替わっても大丈夫な措置として、末尾の番号が与えられた。


 これらが、サンゴウの得た艦籍コードの意味と事情である。


 とにもかくにも、これを以って、ようやくサンゴウは同行艦なしの単船で、問題なく入出港が出来るようになったのだった。




 艦籍コードの発行待ち時の宇宙港では、ベータシア伯爵家への結納品である希少金属インゴットの引き渡しが滞りなく行われた。


 そして、初の完全正規な手順での出港を果たす。


 衛星軌道上で、サンゴウは待機に入ったのであった。


 ジンたちはサンゴウを離れて、二十メートル級子機にてシャトル用空港へと向かう。


「(面倒なので、伯爵邸の広い庭にでも直接着陸したいのだがなぁ)」


 ジンが不埒なことを考えていた事実は、誰にも知られない方が平和であることだろう。


 伯爵邸に到着してから、ジンの監視役を務めたことになっているロウジュが一連の報告を済ませる。


 先の見通しが明るくなったオレガが、感激し過ぎてジンに抱きつこうとしたのは些細なこと。


 ロウジュがそれを完璧にブロックし、ついでに肘打ちを入れていたのはもっと些細なことであろう。




 オレガは第十二惑星と第十三惑星の復興指示を次々と各所に出し、それに関連する政務を片付けるのに二日の時を必要とした。


 それとは別に処理された、ジンに対する叙爵推薦の申請手続きはとっくのとうに済んでおり、オレガは叙爵式へ参加するために、帝都へ向けた出発準備をしなくてはならない。


 そして、この二日が過ぎるまでに、ジンはベータシア伯爵からの勲章の受け取りと帝国傭兵ギルドへの登録が完了している。


 勲章の受け取りが急がれ、傭兵ギルドでの登録手続きが途中でいったん止められたのは、発行される免許を、見習いから始めず飛び級させるためであった。


 ランク分けは『見習い』、『初級』、『中級』、『上級』、『特級』の五つとなっており、中間の三つについては、更に上中下で分けられる。


 つまり、『見習い』の次は『初級の下』となり、『ランク初級下』といった具合になっている。


 ジンの場合は授与された勲章があるので、『退役軍人と同等の扱い』となり、勲章が最上級のモノであったために、『元高級軍人』と同じな『上級下』が発行された。


 サンゴウだけではなく、ジンもついに身分証を手に入れたのである。


 


 さて、ジンへの叙爵をする権威側の、『ギアルファ銀河帝国』とは、どのような国であろうか?


 簡単に言うと、『ギアルファ銀河の四割ほどの範囲を実効支配領域としている、巨大な銀河帝国』である。


 ちなみに、残り六割のうちの半分、約三割が『自由民主同盟』という星系国家の集合体となっている。


 字面通り政治形態で、それが異なるが故に仲が悪く、帝国と同盟はほぼ常時戦争状態。


 そして、もう半分の約三割が両国のどちらにも所属していない『未開拓の領域』となっている。


 オレガは推薦人であるので、叙爵式に立ち会う義務を課せられている。


 従って、ジンを伴って帝国の首都星系である、『ギアルファ星系』の首都星の『第四惑星』へと赴かねばならない。


 そこで問題は『どうやって行くか?』である。


 通常であれば、領軍から抽出した護衛の軍艦を伴って、伯爵専用艦、いわゆる旗艦で行く。


 航程として、帝都までは片道四十日となる。


 護衛の軍艦が、いわゆる『随伴艦』になるのだが、その『数』というか『規模』の部分が、貴族としての権勢を示すこととなり、平たく言うと『見栄の部分』になる。


 今回の案件だと、『日程の短縮』という観点で見れば、オレガはサンゴウに乗船させてもらう選択肢以外はない。


 ないのだが、それだと『見栄の部分が!』となるワケであり。


 ちなみに、ジンがサンゴウに確認したところによると、ベータシア星系から首都星までは『通常の人間が耐えられるレベルの全速』で七日が必要になる。


 これが、『なりふり構わない全速』ならその半分程度に短縮される。


 ジンはまだ気づいていないし、実験をせずには実行できないことではあるが、実のところジン以外を影魔法で影に放り込んだ場合、ジンのみが乗船している速度での移動が不可能ではない。


 ただし、ここで『可能』と表現しないのには理由がある。


 影の中で普通の人間の精神が耐えられる時間は、寝ている時間を除くと半日程度で限界に達するからだ。


 それ以上は、精神に異常が発生してしまう。


 睡眠魔法も併用すればそこをクリアできるのだが、この手の案件は『その発想に届くかどうか?』という問題が付いて回るのであった。


 結局、オレガは悩みに悩んだものの、最後はサンゴウに乗って行くことを決断して、ジンへと依頼を出した。


 最後は金。


 世の中の真理なんて、案外そんなものなのかもしれない。


 同行者はロウジュ、スチャン、アルラ、ジルファに決まる。


 ちなみに、メイドでジルファばかりが優先されるのは、グレタでの貧乏くじ的な件があったから。


 ミルファとキルファからも、同行の希望は提出されたのだが。


 今回、ロウジュが同行するのは、婚約がもう内定しているため、叙爵してからすぐに婚約登録を行うからだった。


 領地の留守をレンジュに任せての出発となる。


 サンゴウの快足に頼った、通常では考えられない短期間での往復スケジュール。


 そのため、当主代行でも気が楽なレンジュの表情は明るい。


 そして、当主代行を理由に残留できるため、面倒な帝都でのオレガへの同伴を免れたのもラッキーだったりする。


 レンジュの本音はそこにもあった。


 初乗船となったオレガとスチャンはサンゴウの快適さに驚愕し、オレガに至っては『俺の専用艦にもなんとかしてくれ!』と駄々っ子状態になるまであった。


 だが、サンゴウにも無理なことであるので諦めてもらうしかないのである。




 サンゴウは、ギアルファ銀河帝国の本拠地の星系であるギアルファ星系に到達する。


 超高性能な生体宇宙船サンゴウにとって、ベータシア星系からここへ到着するまでの航程は、いかほどのモノでもなく、道中には何の問題はなかった。


 ちょっと賊に襲われることが一回あろうとも。


 サンゴウとジンの両者が賊っぽい反応を探知してしまったので、その賊からの襲撃の実態は、いわゆる『誘い受け』であった。


 要は、『サンゴウが自ら襲われに行った』というのが真相であり、賊を瞬殺して『鹵獲品漁り』という名のお小遣い稼ぎが行われただけである。


 また、それとは別に、船内では、ロウジュとアレコレしようとしたジンが、オレガにバレて追い掛け回される一幕が発生。


 それで懲りたジンが、トレーニングに夢中になってしまったり。


 ロウジュが『構ってもらえない』と拗ねてしまったり。


 ジルファが『もう私を、サンゴウ専属の常駐メイドにしてください!』と、言いだしたりなんかして、メイド長のアルラと盛大にモメたり。


 それはもう、いろいろあったが、サンゴウの航行には問題がなかった。


 問題はなかったのである!




 時系列的には、超遠距離の通信連絡であった叙爵推薦の申請が、帝都に届いたのがちょうどサンゴウがギアルファ星系に到着する直前だったりした。


 本来であれば、ベータシア星系から伯爵家の旗艦でやって来ると、帝都までは四十日程度は掛かる。


「届いた申請の処理を完了させなくてはならない期限までには、二十日以上三十日未満の、処理日程に余裕がある」


 つまり、叙爵推薦の申請を受理し、そこから段取りをする文官が前述のように考えても、通常であれば間違いではなかった。


 故に忙しさを理由に他を優先させた結果、オレガが申請した叙爵推薦の処理を後回しにした文官はどうなったのか?


 その文官が、彼にとっての想定外に早い時期に、『帝都で』ベータシア伯爵が自らの申請である叙爵の日程を確認したことで大慌てになる。


 これは、サンゴウの足の速さに原因がなくもないが、オレガにもジンにも全く全然責任はない。


 担当の文官に、オレガは普通にめちゃめちゃ恨まれたけれど。


 完全な逆恨みでしかない案件だが、大きな失点の評価を受けた文官の側にだって同情の余地があるのかもしれない。


 こうして、勇者ジンとサンゴウは、第十三惑星の案件をこれ以上ないレベルで完了させることに成功し、ジンの傭兵ギルドへの登録による身分証の入手や、サンゴウの艦籍コードの取得も滞りなく終えた。

 また、それとは別で、ジンがギアルファ銀河帝国の皇帝から男爵の爵位を得て、ロウジュとの婚約を内定から決定へと変化させるための行動も起こす。

 サンゴウは帝国の首都星である第四惑星の宇宙港に到着し、ジンたちは自前の二十メートル級子機で首都星の地上に降り立ったのである。

 無事首都星に到着はしたものの、ここからすんなりとジンは男爵になれるのか?

 既に叙爵推薦の手続きの遅れが発生しているだけに、勇者が持つ運命力が作用しているのではないのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 乗客扱いなのか何なのか、よくわからないベータシア伯爵家の当主に長女と、その使用人たちとともに、ギアルファ銀河帝国の首都星へと、ついに足を踏み入れた勇者さま。

 サンゴウでの大気圏内への直接降下や、宇宙港を使用しない子機による降下は伯爵家の体面の問題と、許認可の問題が絡んだので、そのどちらの選択も保留せざるを得ず、その結果『サンゴウの宇宙港での係留費用がもったいない』などと、非常にセコいことを考えてしまうジンなのであった。

ブックマーク、↓にある☆をクリックする応援、感想、イチオシレビュー、それらの全てのうちどれかだけでも、読者様からいただけてしまうと、そんな奇跡が起こると作者が泣いて喜びます。


さて、この作品にて、冬蛍はなろうでの執筆活動で初のイチオシレビューをいただくことができました。

いろいろ書いてきましたが、なろうのサイトではこれまでにレビューをいただいたことがなかったのですよね。

それだけに感動しております。

嬉しさで舞い上がっております!

ほんとうにありがとうございました。

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