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決定的な一言と、婚約内定の成立

~ベータシア星系第三惑星衛星軌道上の宇宙港~


 サンゴウはベータシア星系第三惑星の衛星軌道上にある宇宙港のバースにて、係留されたままの待機状態を継続していた。


 むろん、何もしていないわけではない。


 ベータシア星系第三惑星は、伯爵領の主星であるだけのことはあり、行き交う宇宙船やシャトルは結構な数に上る。


 サンゴウが係留されているのは地表とのシャトル便のある宇宙船用の港だが、他に軍事施設と思しき衛星、軍艦専用の宇宙港などだって存在していた。


 そのような状況下だと、音声通信を含む情報伝達のための通信波だって、サンゴウ視点だと膨大な量が垂れ流されていることとなる。


 サンゴウには、それらの全てが感知され続けていた。


 つまるところ、サンゴウの感覚としては『騒がしい宙域』なのである。


 そんな状態のサンゴウは、宇宙船用の港のバースにて、何気にロウジュがしている話へと特に注意を払っており、それをガッツリと聴いていたりした。


 端的に言って『盗聴』をしていたのだ。


 絶対にバレることはないから犯罪にはならないが、犯罪行為ではある。


 ただし、これはサンゴウが興味本位を理由として、そうしていたわけではない。


 ロウジュの存在が、サンゴウのとって最も重要な人物、『艦長のジンの今後の人生に影響が大』と判断されたが故の行動なのであった。


 ちなみに、その盗聴はジンがロウジュたち三姉妹へと以前プレゼントした、イヤリング型の超ミニマム子機が今もロウジュの身に着けられていることで、成立していたりする。


 けれども、そんなことは些細なことであろう。


 まぁ、サンゴウのそうした行為はさておき。


 盗聴行為に使用されている『イヤリング型の超ミニマム子機』とはどんなものであろうか?


 まず、中立コロニーグレタにおいて、保険的意味合いで独自の通信手段の確保を目的としてそれは造られ、艦長の手を介してロウジュたちに支給された貸与品であることは間違いない。


 少なくとも、サンゴウ側の認識ではそうなっている。


 そして、実は、ジンもロウジュたちも関係者全員が、サンゴウからその子機の機能についての詳細な説明をされてはいなかったりする。


 四人が知っているのは、グレタ側から通信妨害を受けずに通信が可能だが、それが可能な範囲は『せいぜいグレタの周辺宙域』ということだけであった。


 そのため、贈った側も贈られた側も、『イヤリング型の超ミニマム子機は、呼び掛けられたら応答できるし、発信もできる。この世界の技術では妨害されない、便利な通信機だ』と思い込んでいる。


 だが、実際は単なる便利な通信機ではない。


 サンゴウの造り出した『極小の子機』というのは、通信の情報伝達に使っているのが他者の扱うことのできない『感応波』なのである。


 サイズが極小なだけあって、内部に蓄えられるエネルギーは少ない。


 感応波を音声に変換して出力するには、変換にエネルギーをどうしてもそれなりに使ってしまう。


 そのため、連続通話状態だと、最大稼働時間が無補給であれば、二十四時間程度に限られる。


 だが、単に感応波を垂れ流すだけなら十日ほどは無補給で稼働できたりする。


 機能を絞っているため、子機同士での通信すらできず、単体でエネルギー補給すらできないシロモノ。


 自慢できるような性能を持たないため、『サンゴウ艦内に戻らない限りエネルギーの補給ができない』とか、『完全無補給状態であるとエネルギー切れとなってから、約一週間で自壊消滅する』とかも、わざわざ説明しなかったのである。


 これは、前述されているように、グレタにおいての通信手段確保の保険の意味合いで、応急処置としてサンゴウが造ったモノであるからだ。


 しかも、サンゴウにとっては、『あくまで貸与の支給品』という認識でしかないため、『長期使用を前提にして造られていなかった』というのが、詳細な説明を省いた理由となっている。


 つまるところ、所有権の認識からして違うのであった。


 けれども、ロウジュとリンジュ、ランジュの三人にとっては、そうではない。


 ジンからのアクセサリーとして贈られたプレゼントであり、『相手先がサンゴウ限定だが、電話みたいな機能もある便利なモノ』という認識。


 そうである以上、『貸与されている』という認識ではないのである。


 ここらあたりの認識の違いには、ジンは残念ポンコツ勇者なので気づかないし、気づけない。


 ちょっとばかり大人の階段を上っても、そう簡単に人は変われないのが現実なのだろう。


 これは、某アニメで赤い人の妹さんも、似たようなことを言っていたのだから間違いない。


 ジンのそれはさておき、サンゴウは艦長がロウジュたちをグレタから連れ出して戻った段階で、その部分の認識の違いには気づいていた。


 愛おしそうにそれを見て、指で触れているロウジュの姿を確認すれば、サンゴウがそこに気づくのは当然であった。


 だがしかし、だ。


 その点を、『特に改めて指摘する必要性はない』とサンゴウは判断している。


 そのため、放置していただけなのだった。


 それが偶々、『ベータシア伯爵の執務室』という場で、有効に活用できる状況が生じただけの話なのである。


 結果的には、『放置して正解だった』と言えるのかもしれない。


 もっとも、この件については少々未来にとある事案が発生してしまうので、『この時点において』という条件付きの正解だったりするけれども。




 とにもかくにも、サンゴウは状況の推移を、盗聴によって把握し続ける。


「(さてさて、どんな話になるのだろうか?)」


 そんなことを考えながらも、サンゴウは艦籍コード取得のための準備を並行して行っていた。


 ベータシア伯爵から届けられた、性能諸元申告書のひな型。


 それを見て、サンゴウは検討する。


 どこまで手の内を明かすべきか?


 単純だが難しい問題であった。




 場面を、ベータシア伯爵の執務室へと移そう。


 前話で、ロウジュは『グレタを出発して以降から、父の執務室へ到着するまでの部分』をまだ語っていない。


 それを承知の上で、しれっと『確認したいことがある』と、切り出した。


 それが、『最善手である』と信じて。


「ふむ。どういったことが知りたいのだ?」


 ロウジュの言葉に、まだ、全てを聞いてはいないことは、伯爵も気づいた。


「(グレタを出て以降は、特に何も報告するようなことがないのであろうか?)」


 そのような考えが頭を過ったこともあり、つい、前述のように答えてしまった。


 親子だと脇が甘くなるのであろうか?


 ベータシア伯爵は、貴族としてはお人好しの部類に入るのかもしれない。


「はい。まず、ジンへの報酬の確認がしたいです。その、当家には出せるお金があまりありませんよね?」


「ああ、話が済んでいるのはグレタまで無事に送ってもらったところまでだ。救出と護衛に対する報酬だな。正直苦しい財政状況だが、一応相場の範囲内と思われる五十億エンで合意しておる。ま、『範囲内』と言っても下のほうに近いのだがな」


「そうですか。今の当家では、それは仕方がないですし、ジンが納得して合意している以上、特に問題にするべきところでもないように思います。では、父上。話が済んでいない部分はどうなさいますか? ここでの話が済んでからジンと改めてお話をするに当たって、『腹案がないわけでもない』かと思うのですが」


「そうだな。第十二惑星と第十三惑星の事後処理と、繋ぎの部分をもジンが『保証する』と断言したのを、宇宙獣の駆除実績を元に信用した。だから、あの男爵からの資金援助の話を蹴っている。それだけに、ジンの機嫌を損ねて、これからの部分で手を抜かれたり、放棄されても困る。だが、今すぐに用意できるものは、ない」


「では、どうするのです?」


「恥を忍んで長期分割の金銭での支払い。金銭の総額については相談、だな。その他には『勲章』と『領内での各種許可証での優遇』も与える。希望があれば、『この星の邸宅や宇宙港での邸宅の支給』といったところだろうか。もちろん、不足であろうがな」


「父上。ジンはギアルファ銀河帝国の人間ではありません。『長期分割払い』だと、『支払う気がない』と同義になりかねません」


「言われてみれば確かにそうだ。そこは失念しておったな。となると、だ。どうしたものか」


 ベータシア伯爵、オレガは考え込んでしまい、ちょっとした間をおいて妻であるレンジュに目を向ける。


 困ったが故に、目線でついつい助けを求めてしまったのであった。


「オレガ、私の案を聞きますか? まだ完全に固まってはいませんが」


 レンジュは、オレガの苦悩を和らげるべく、言葉を紡いだのである。


「ああ、レンジュ。まだ内輪の話だ。頼む」


「では。『与えるべき報酬の原資がなく、帝国の人間ではないから分割払いが不可能』というのであれば、話は単純。ジンを帝国の人間にしてしまえば良いのではありませんか?」


「そうか! その手があったか。『軍への入隊』は、無理筋であろうな。だとすると、とりあえず代官として第十五惑星あたりを任せて、男爵へ推薦する手段が妥当か。ただ、そのようなこちらにだけ都合の良い話を提案しても、『果たしてジンが受け入れられるのか?』という問題が残る手法でもあるな。元々ギアルファ銀河の人間ではなく、迷い込んできたのが本当だとすると、『自らの銀河へ、故郷へ帰りたい』と思う可能性は高いのではないだろうか? 繋ぎ止めるにはちと足らぬ気がする」


「はい。ですから、まだ固まっていない不完全さが残るのです。足りない部分を、どうしましょうね? そこの部分を何かで補えれば良いのですが」


 オレガの疑問に答えつつも、レンジュは娘であるロウジュへ視線を向けていた。


「(ロウジュ、ここから先は、貴女自身が頑張りなさい!)」


 母親は、いろいろと察してしまうものなのであろう。


 事実、レンジュは娘たちと再会して以降に、ロウジュが時折指で見たことのないデザインのイヤリングに触れている仕種を見せることが気になっていた。


 レンジュも貴族女性であるから、装飾品の類には敏感となる。


 グレタに向かう前のロウジュの所持品の中に、それがなかったことは百パーセント断言できるのだ。


 総合的に判断して、それは『『ジン』という人族の男性から贈られたモノ』と解釈するのが妥当であろう。


 そして、ロウジュの微妙な変化に男親であるオレガは気づけなくとも、女親のレンジュは気づいてしまう。


 ただし、ロウジュ以外の二人の娘も、同じモノを着けているのがレンジュ的にちょっと気になりはするのだけれど。


 まぁ、それはそれとして、ロウジュはロウジュで母親の視線に込められた意味に気づく。


 ロウジュとしても、ここからが正念場であった。


「父上。ジンの今回の宇宙獣駆除の実績。これは帝国で叙爵が認められる要件には十分すぎる功績ですよね? 当家からの推薦があれば『よほどのことがない限り、皇帝陛下から認められる案件』ですよね?」


「ああ、そうだな」


「で、あるならば。私が。愛するジンの元に嫁ぎます」


 ロウジュの発言の最後の部分が原因で、話し合いの場に静寂が訪れた。


 これは、『場が凍り付いた』と表現する方が正しいのかもしれない。


 もっとも、そのような状況が長く続くはずもなかった。


 娘の衝撃的な発言で、一旦は絶句状態で思考が止まったオレガ。


 ベータシア伯爵家の当主は、娘から飛び出した理解したくない発言内容を、暫定的に受け止める。


 そして、思考を回し、なんとか言葉を絞り出すのであった。


「待て。どうしてそうなる? そうなった? せっかく、屈辱的な男爵家との政略結婚を回避できたのだぞ? なのに、また『政略結婚を』などと、これでは相手が変わっただけではないか! いや、待て。ロウジュは今『愛する』と言ったな? 『愛があれば政略結婚ではない』のか? しかし、相手は人族だぞ? 自己犠牲の精神に、酔っているワケではあるまいな? それに、だ。そもそもジンがそんなことを受け入れるのか?」


 いきなり過ぎる展開の話に、オレガは混乱の極致に達していた。


 そして、『その状況で、リンジュとランジュは?』と言えば。


「(あー。ついに言ったー)」


 それぞれに、そのような言葉を口に出さないように呑み込んでいた。


 二人はこの先の展開に興味津々となる。


 では、母親のレンジュはどうであろうか?


「(やはりそうですか)」


 こちらも本音は呑み込むが、納得の表情を見せるのであった。


「父上。自己犠牲などではありません。私は、ジンを愛しています。彼が『人族』であっても、です。そして、ジンも私を受け入れてくれています。私も貴族の子女ですので、『家としての利害を第一に』と考慮せざるを得ません。それでも、私自身の望みは『ジンに嫁ぐこと』です。それは、『当家の利益に繋がる』とも考えています」


「いやしかし。そうは言っても、だな」


「父上。この案件は『今』決断をしなければ不味いのです。今回の宇宙獣駆除の件が、他所に知れ渡ったらどうなりますか? 『ジンとサンゴウを手に入れたい』と考える者たちが続々と出て来るに決まっています。そうなれば、必ずジンの取り込みに動きますよ? 他家はもとより、ひょっとしたら皇族も」


 ロウジュの予測は、他の貴族家や皇族についてだと正しい。


 だが、抜け落ちている視点もある。


 ロウジュは男子の後継ぎがいない、ベータシア伯爵家の長女。


 次女以降の娘と比べると、『責任』というか『立場』というかが重い。


 しかし、次女と三女のリンジュとランジュは条件が違う。


 これは、『何の話か?』と言えば、だ。


 ロウジュがジンに嫁げない場合、ジンの確保へと最も先に動くのはリンジュとランジュの二人なのである。


 もちろん、そのケースでそれが『成功するかどうか?』は全く別のお話になるのだけれども。


 衝撃的な話の内容に、憮然とした表情で押し黙ったオレガ。


 そのような状態の父親を前にして、ロウジュはついに最強最大の切り札を切る。


 とどめの一撃。


 爆弾発言。


 ロウジュが内輪での話し合いの場に、それをぶち込む。


 ジンにガチ惚れした彼女はもう止まれない。


 ジンの運命は、この段階で決まったのかもしれない。


「私はもう、他の殿方へ嫁げる身ではないので。ご決断ください。父上」


 これは、先に飛び出した『ロウジュがジンに嫁ぐ』で受けた父親としての驚きを、遥かに上回る衝撃の発言となった。


 その言葉の意味を正確に悟ったオレガ。


 この時のベータシア伯爵家の当主は、完全に貴族家の当主の立場を忘れており、一人の男親でしかなかったのであろう。


 オレガの表情から、スッと感情が消える。


 そしてそのまま、つかつかと扉へ向かって歩き出した。


「ちょっと一発、ぶん殴ってくる!」


 扉に手を掛けると同時に、そう言い放ったオレガ。


 この時、娘も妻も、その言葉と意外な行動に対して、決して反応が遅れたわけではなかった。


 尋常ではない素早い行動だっただけに、本人以外の全員が止める間もない状況が成立してしまう。


 オレガは走り出すのであった。


 このような事態の推移があった上で、ロウジュの目論見は見事達成される。


 しかも、ベータシア伯爵家の当主の怒りを躱すことにも成功した。


 ただし、『怒りの矛先がジンにスリ変わっただけ』とも言えたりするが、そのような部分は些末な話なのである。




 ジンは、憤怒の表情で荒々しく扉を開けたオレガを見た。


 その一瞬で、身に覚えがありまくるジンは、美形のエルフ男性が怒りで表情を歪めている理由を察することができてしまった。


 だからこそ、絶対に反撃しないように意識を集中させ、素の肉体の強度を限界まで下げる。


 そうして、飛んでくるロウジュパパの拳を、全く躱すことなくきっちり顔面で受け止めた。


 ジンはオレガの気持ちがわからなくはないので、ちゃんと殴られたのであった。


 もっとも、殴られたあとで即座に治療魔法を使い、綺麗さっぱりと治してしまったけれど。


 このあたりの残念勇者的対応が、見る人によっては意見が分かれるところかもしれない。




 そんなこんなのなんやかんやで、ジンはベータシア伯爵家の面々と、席を同じくして夕食をいただく事態を迎えた。


 オレガの怒りはまだ継続している。


「(俺はまだ許していないし、納得してはいないぞ!)」


 オレガの表情からは、そうした考えが丸わかりであった。


 それとは対照的に、妻のレンジュはニコニコ顔。


 ロウジュたち三姉妹も母親のそれに倣う。


 居心地が良い状況ではないジンは、場の雰囲気を変えるべく雑談としてジン視点でのこれまでのアレコレをちょこちょこと語った。


 ただし、その話の中に、ベータシア伯爵家としては聞き流せない部分が含まれていたのは、少々問題であったのだろう。


 ジンはしれっと『小惑星帯で賊を残らず殲滅しちゃった! テヘッ!』なんてのを紛れ込ませたのであった。


 それを受けて、オレガとレンジュは当然のように、『えっ? 何を軽く言っちゃってんの?』となる。


 また、三姉妹は三姉妹で、『いつの間にそんなことをしていたの?』という状態になってしまう。


 三姉妹側の言い分として、『乗ってる艦が戦闘状態だったのに、それを『全く気づかせない』とかなんなの!』という思いは、至極ごもっともであろう。


 それでも、驚きと呆れが混じって、場の空気は変化した。


 雰囲気を良い方向へ変えることには、成功したのだ。


 それを察知したジンは、ここぞとばかりに真面目な話を切り出すのである。


「お義父さん。ロウジュさんを私にください」


 決定的な一言。


 これでもう後戻りはできない。


 男の側から言うべき発言を、ジンはちゃんと言い切ったのであった。


「やりたくない! ロウジュがジンと結婚するとか、許したくない! だが、そんなことをすればロウジュに何をされるか知れたものではないのも事実でな。だから認める。認めるぞ。ただし、だ。それには条件がある」


 ジンからの婚姻の申し込みの言葉で、天にも昇る気持ちになったロウジュは、ベータシア伯爵家当主の言葉の最初の部分で、実父をギロリと睨みつけた。


 それを瞬時に察知した父親が、続く言葉を肯定的な文言に切り替えたのは英断であろう。


「ありがとうございます。それで、『条件』とはなんでしょうか?」


「無位無官の平民へ、伯爵家の娘であるロウジュを嫁がせるわけにはいかん。なので、ジンにはギアルファ銀河帝国の男爵への叙爵推薦を当家として行う。男爵の爵位、受けてもらうぞ! それが成れば、婚姻を認める。また、先に決めていた報酬に加えて、それらを以て、今日までの全てと、今後の第十二惑星と第十三惑星の件をひっくるめての報酬の扱いとさせてもらう。それで良いな? ジンの叙爵が決まるまでは、婚約の内定であって結婚ではないぞ!」


 オレガの提示した条件とは、ロウジュを娶るに足る最低限の爵位をジンが持つことであった。


 しかし、いきなり『貴族になれ』などという話を、ジンの側が想定しているはずもない。


 また、ほぼ諦めてはいるものの、ジンの心の奥底には『日本に帰りたい』という気持ちがないわけでもなかった。


 だがしかし、だ。


 実際のところ、『帰れるかどうかわからない。というか、帰れる可能性など絶望的なレベルでない』と思える日本への帰還と、比べるのは超絶美人のエルフ女性のロウジュとの婚姻。


 どっちを選ぶのが良いのか?


 そのようなこと、考えるまでもなく瞬時に答えが出てしまう。


 そして、日本へ帰れないのであれば、『どこかに落ち着く』という選択は決して悪いものではない。


 ただし、ジンはロウジュの魅力に完全陥落していても、だ。


 それでも尚、僅かにブレーキは掛かる。


「(貴族の義務の確認だけはしないとな)」


 ジンとしては、不安材料を減らしておきたいのが本音であった。


 なので、ジンはその部分だけはしっかりと問う。


「さすがに、男爵になった場合の義務についての知識がない状態では、即答をしかねます。ただ、『お話を受けたい』という気持ちはあります。なので、義務や権利などを教えていただけますか?」


 ジンのこの発言で、ロウジュはやや凹む。


 父からの一連の提案について、ジンに肯定の即答を求めること。


 それが『無茶振りだ』とは、ロウジュも頭では理解している。


 だが、それでも。


「(そこは、快諾で即答して欲しかった)」


 そのように思ってしまう部分もまた、女心としては当然あるのだから。




 ジンはロウジュパパからざっくりと、ギアルファ銀河帝国における男爵の義務や権利についてを教わってゆく。


 その話の流れの中で、『法衣』と『領地持ち』の二つの選択肢があることに気づく。


 まぁ、オレガの意向としては『惑星の所有者が望ましい』となっているのだけれど。


「ジンが『法衣』を選択した上で、『ベータシア伯爵家内の、文官か武官として働く』という方法でも良い」


 オレガとしては、ジンにロウジュを連れてベータシア星系外へ行かれては困るだけに、次点案も告げるのだった。


 ちなみに『法衣』だと年金の部分に『領地持ち』との差はないが、身分の上下として同じ爵位だと『領地持ち』の貴族より『法衣』の貴族は一段下の扱いになるのが一般的である。


 ジンとしては、極力義務が軽い方を選びたい。


 従って、法衣一択となる。


 法衣男爵の義務や権利は、ロウジュの存在と天秤にかければ、十分にジンの許容範囲に収まるモノであった。


 かくして、ファンタジー世界から追放された勇者は、ギアルファ銀河帝国で叙爵推薦を受けることが決まる。


 もちろん、脳筋ポンコツ勇者に文官なんて務まるはずもないので、武官決定となったのは当然の帰結なのだった。


 このような事態の推移を経て、ようやく実質婚約が決定となる。


 となれば、収納空間にあるアレの出番であろう。


 ジンはロウジュに自身の側に来てもらい、ミスリルの指輪を渡すのであった。


「これ、俺がいたところでは、婚約者に渡す風習なんだ。こちらの銀河ではそんな感じの風習はないようだが、俺の方の流儀に合わせて贈らせてもらうよ」


「ありがとう。ジン、愛しています」


 包装がなく、裸のままの指輪。


 けれども、この世界に存在しないミスリルで造られた指輪は、金銀プラチナのどれと比べても一線を画す、不思議且つ魅惑的な輝きを放っている。


 そして、裸のままの指輪であっても、ジンがロウジュの指へ直接嵌めることで、包装のない不自然さが誤魔化せてしまった。


 残念勇者のくせに、このような部分の運だけは強いジンであった。


 片や、レンジュ、リンジュ、ランジュのロウジュ以外の女性陣三人は、その光景に目を奪われる。


 今まで目にしたことのない、ミスリルの不思議な輝き。


 それに三人は、完全に目を奪われてしまっていた。


「(良いなぁ、素敵だなぁ。私もああいうの欲しいなぁ)」


 三人はそれぞれに、それでも全く同じ言葉を、胸の内で呟いていた。


 どこの世界でも、女性が宝飾品を欲しがるのは共通しているのかもしれない。




 翌朝、ジンは第十三惑星の案件を済ませるべく、伯爵邸を発った。


 そこに同行するのは、ロウジュとジルファの二人である。


 同行者の決定については、いろいろとあった。


 それはもう盛大にアレコレとモメたのであるが、最終的にはこの二人となった。


 ジンだけの出立は認められず、第十三惑星へのジンの対処の結果確認が必要であり、それが行える者の同行は必須とされた。


 かと言って、ジンとしてはサンゴウへなるべく知らない人を乗せたくない。


 他にもなんやかんやといろいろあって、二人に決まった次第である。


 尚、目的地から第十二惑星が省かれているのは、鉱物資源についてロウジュのイヤリング経由でサンゴウに確認を取り、ジンが現在収納している三兆エン相当の資源のうちの一割を、ベータシア伯爵家に供出することが決まったからだ。


 ぶっちゃけてしまうと、『結納金代わり』とも言う。


 ジンが提供するそれを、ベータシア伯爵家の財政の立て直しに役立ててもらう。


 そうすることで、第十二惑星の深部からジンが金属資源を取り出し、鉱山の操業再開までの繋ぎにする案が必要なくなったせいである。


 一連の報酬については、ざっくりとではあるが、『男爵への叙爵』と『勲章の授与』だけが確定し、金銭部分は実質なし。


 この『実質なし』は、『一旦は受け取るが、結納金の一部として同額を戻す』という形。


 もちろん、『ジンが男爵へ叙爵されてから、ロウジュがジンへと嫁ぐ』のも確定した。


 ちなみに、ジンは前述の資源の一割を供出する以外にも、結納の品として更になんらかの援助を出すつもりがあったりする。


 けれども、それはサンゴウとゆっくり相談してからにするつもりであるので、この段階では何も言わないのだった。


 一見、ジンの側の持ち出しが過ぎるように、他者の目からは映るかもしれない。


 しかし、ジンに言わせれば異なる答えが返される案件となってしまう。


「超絶美女のロウジュ。美人エルフさんが俺の嫁なんて幸せ過ぎるだろ! 有り金の三兆エン全部出しても惜しくないぞ? てか、三兆エンを出しさえすれば買えるのか? そんなワケないだろ」


 このような言葉で言い返されることは必定である。


 価値観は人それぞれ。


 それで良いのかもしれない。




 地上のシャトル用空港から子機に乗りこみ、ジンたち三人を乗せたそれはするりと発進する。


「おい、あの機体、ブースターもなしにどうするんだ」


「あの超小型シャトル、降りてから誰か整備をしたか? 何の整備もなしに宇宙へ戻れるわけがないだろ」


 前述の二つ以外にもいろいろ言われていたが、空港職員がどれだけ騒いでいたところで、子機を運行管理するサンゴウにとっては些細なことでしかないのである。


 まるで垂直上昇機のように、一直線に空へと上がっていく。


 そのような状態の二十メートル級子機。


 それを見て、「アレはなんだ!」と叫んでいた人間が大勢いようが、サンゴウにとってそれも些細なことなのであった。


 二十メートル級子機で宇宙空間へ出て、シャトル便の宇宙船用の港へ入港。


 そのまま、子機はサンゴウの格納庫に入り込む。


 そこまでした時、ジンは気づいてしまった。


「(地表に降りるために、シャトル代わりの子機で出る時。サンゴウを宇宙港から出しておいて、宇宙空間から子機で降りたら楽だったんじゃね?)」


 今更で、気づいてしまったわけだが。


 帰りの航程までの、諸々の手間を考えたらその通りであろう。


 なんなら、『サンゴウの宇宙港での係留費用が無駄だった』まである。


 まぁそれについては、費用がロウジュパパ持ちだから良いのだけれど。


 また、今のところジンは気づいていないが、『サンゴウの大気圏内での性能がバレても良いのであれば、十分な水深のある海の真ん中にサンゴウが降りて、そこから子機を使って飛行で伯爵邸へ往復する』という手段もあったりするのだけれど。


 こうして、勇者ジンはなんとか無事にロウジュを嫁にもらう内諾をベータシア伯爵夫妻から得ることに成功した。

 一連の案件についての報酬の話も概ね纏まり、お金など賊を襲えばいくらでも稼げること知ってしまったジンは、お金には代えられない価値をロウジュに見出したことで本来なら拘るべきところをかなり譲ってしまった。

 それだけ高く評価されてしまったことで、未来の妻からの愛情が激増したのは、決して些細なことではないのであろう。

 なんらかの事情でジンが男爵になれなかった場合についてを、誰も考えていないけれど本当に大丈夫なのか?

 第十三惑星の復興作業は、すんなりと終えられるのだろうか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 ロウジュとイチャイチャできないように、ロウジュパパから『ジルファ』という監視役をしっかりと付けられてしまった勇者さま。

 やることをやってしまったことがある、嫁内定のロウジュが一緒にいると、『今の俺の状況は『食べたことがある美味しい食べものを目の前に置かれて、でも食べちゃダメ』ってことなんだよな。これってある意味拷問じゃね?』と愚痴をこぼしたくなるジンなのであった。

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