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主星への到着とベータワンの引き渡し、ロウジュパパと勇者の顔合わせ

~ベータシア星系第三惑星(主星)周辺宙域~


 サンゴウは、ベータシア伯爵領の主星であるベータシア星系の第三惑星を目的地として、制約が多い中での可能な範囲の最大速度にて、航行中であった。


 目的地が星系内の主星であるので、そこに近づくにつれてサンゴウの探知には艦船と思われる反応がいくつも引っ掛かってくる。


 現在のサンゴウは艦船の所属を確認できるコードを持たないため、このままの状態で主星に接近し過ぎれば、騒動になるのは必然であろう。

 

 故に、艦長のジンはサンゴウに促され、ベータシア伯爵へと通信を入れた。


 ジンはサンゴウの現在位置を、大まかに知らせたのである。


 伯爵と直で話し合った結果、主星へ接近する際に問題が発生しないように、伯爵家側の手配で対処されることが決まる。


 具体的には、伯爵領軍の一部に命じて艦を派遣し、航行中のサンゴウと合流。


 そこから、主星までサンゴウに領軍の艦が同行する形で、問題が発生しないように逐一お世話をしてもらうことになったのであった。


 加えて、ついでに曳航中のベータワンも合流時に引き渡すこととなり、引き渡しを受けるための艦艇もサンゴウへと向かう指示が出されていた。


 偶々サンゴウの現在位置の近くにいた領軍の艦が先に到着し、それは事前連絡通りであったのですんなりと引き渡し作業が行われる。


 それにより、ジンたちが抱えていた案件の一つが完了する。


 ただし、引き渡し時の必要な情報のやり取りは、そのほぼ全てをサンゴウに任せて聞いていただけのジン。


 勇者はサンゴウに任せるべきを任せ、引き渡し作業中のベータワンの行く末について、艦橋で思いを馳せていたりしたのだけれど。


 サンゴウは何気に、ベータシア伯爵家の領軍の通信を傍受したりもしている。

 

 そしてそれには、ベータワンの回収作業に従事している軍人の発言なんかがしっかりと混じっているワケであり。


「これだけの破損状態だと、バラして再利用できる部分が少な過ぎるから、手間を考えると完全破壊処分決定だろうな」


 誰ともわからない軍人の言葉が、モニター備え付けのスピーカー越しにジンの耳へと届く。


 ジンとしては、サンゴウが傍受して垂れ流している前述のような発言を聞いてしまうと、思うところが出てきたりもするのであった。


「(どうせ破壊処分するのなら、サンゴウに捕食してもらえば良いのに!)」


 ジンが知るサンゴウの性能ならば、ベータワンを捕食した場合、その船体に含まれている指定した希少金属をインゴットに加工して取り出すことができる。

 

 そのため、希少金属を資源として再利用できるので、完全破壊処分に比べれば無駄がないのは確実だった。


 また、サンゴウはサンゴウで、ジンと同様に『そのような事情ならば、条件付きでベータワンを捕食しても良い』という判断もあったのである。


 しかしながら、もしもサンゴウ側から『捕食させてくれ』と申し出た場合どうなるか?


「ジンという人物の所有する宇宙船が、軍用武装を取り込んで隠匿した」


 あとあとになってから、このような難癖を付けられる可能性があることを想定せざるを得ない。


 サンゴウとしては、ベータシア伯爵が自由に差配できる領内の軍に対して、この段階で全幅の信頼を寄せることはあり得なかった。


 よって、難癖を付けられかねない危うきを避けるために、サンゴウが自ら捕食を申し出ることはなかったのであった。


 まぁそれはそれとして、仮に、伯爵側がサンゴウの『捕食』という能力を理解していたとしても、その捕食を映像記録で残し、破壊証明の代替手段として選択するには少しばかり問題がある。


 伯爵家が捕食した時の映像記録を、ギアルファ銀河帝国の武装管理の管轄局に処分を終えた証拠としてちゃんと提出したとしても、だ。


 それを確認する側がはたして、『破壊と同じことである』と認められるのか?


 その点が、怪しいモノとなってしまうのだから。


 そもそも、サンゴウの能力を理解していなかったので、結果的にベータシア伯爵は危うい選択肢を選ぶことはなかった。


 よって、武装管理の管轄局と揉める可能性はなくなったのだが、そんなことは些細なことであろう。




 引き渡しを終えたサンゴウは、主星まで同行する艦と無事に合流し、主星の衛星軌道上にある宇宙港へと向かった。


 サンゴウが入港して係留状態となり、艦長のジンと七名の旅客の全員が『シャトルでの降下』という手順を踏まねば、主星での伯爵と対面が叶わないからである。


 この時のサンゴウの、宇宙港への係留までの手続きにおいて、グレタで港の管制官が混乱したのと同様の事象は一切起こらなかった。


 それは、サンゴウが事前にベータワンからチャッカリと抜き取った情報を元にして、入出港時にギアルファ銀河帝国の普通の艦船と、全く同じことができるシステムの構築を済ませていたからだ。


 ただし、船籍コードや艦籍コードだけはない。


 そのための特別対応として、同行してくれた艦からも管制官へと念押ししてもらっているサンゴウ。


 優秀過ぎる生体宇宙船に、手抜かりはなかったのだった。


 けれども、サンゴウは優秀であるだけに、入港してから近くに駐機されていたシャトルを視認したことで、急遽予定を変更してしまう。


 当初の予定では、ベータシア伯爵家が宇宙港に用意したシャトルを使用して大気圏内に突入し、ジンたちが地上に降り立つことになっていた。


 だがしかし、だ。


 サンゴウは用意されたシャトルを一瞥してから、サンゴウ側でそれに代わるモノを用意し、艦長たちにはそれを使用してもらうことを、瞬時に決めたのである。


 何故、急に別の方法を選んだのか?


「ベータシア伯爵が用意したシャトルは、旧式過ぎる」


 サンゴウの本音を端的に言ってしまうと、これに尽きてしまう。


 旧式過ぎるが故に、サンゴウとしては安全性を疑ってしまったのだった。


 要は、大気圏突入から地上にあるシャトル用の空港に着陸するまでの間に、事故が発生する可能性が高く感じられ、許容できないのであった。


 むろん、それはサンゴウの持つ判断基準に照らし合わせると、そうなってしまうだけのお話。


 ベータシア伯爵が用意したシャトルは、普通にギアルファ銀河帝国で使用されているモノ。


 稼働実績がしっかりしており、事故など滅多に発生しない。


 それでも、さすがに『事故など皆無』とは言えない。


 ただ、皆無ではなくとも、だ。


 広い帝国内で数多くの機体が長期間使用されているにもかかわらず、重大な事故は『三十年に一件あるかないか』のレベルとなる。


 これで、『事故が発生する確率が高い』と言われてしまうと、伯爵側は困惑するしかないであろう。


 けれども、サンゴウからすれば、艦長を無用な危険に晒す必要を認めない。


 より正確にサンゴウの状況認識を語るならば、『事故があっても艦長は助かるだろうが、女性陣はそうとは限らない。そして女性陣、特にロウジュの生命が失われるようなことがあった場合、艦長が受ける精神的なダメージは測り知れない』となっていたりする。


 結果として、サンゴウはジンに許可を取り、シャトルの代替として子機を新造することにしたのである。


 更に、その旨を伯爵へと通信で知らせたサンゴウは、代替の子機に必要な情報の提供を求めた。


 その際に提示した具体的な手段は二つ。


 シャトルの運航制御関連の情報をデータとしてもらうか?


 使用予定だったシャトルに子機を送り込んでの、サンゴウ自前でのデータ収集をさせてもらうか?


 どちらか可能な方の実現を、サンゴウは要請したのだった。


 とにもかくにも、サンゴウが現物を確認した地表との往復用シャトルと比べると遥かに小さい、二十メートル級子機の構築にこの時のサンゴウは着手していた。


 ちなみに、元々宇宙港に用意されていたシャトルの全長は五十メートルを少し超えるので、新たに用意されるモノは半分以下の大きさで、その性能を上回っていることになる。


 つまるところ、サンゴウは宇宙港に在ったそれを確認した時点で、艦長たちを旧式に見える機体に任せる気はさらさらなくなっていたのであった。


 サンゴウは、要請したデータ入手の件で伯爵側と若干は揉めたものの、なんとか通信連絡方式や、港湾での入出港時の自動制御に、問題のないシステムを構築することに成功する。


 そして、新造した二十メートル級に組み込み、製造完了と相成った。


 そうした製造工程が完了して、ジンとロウジュを筆頭とするご一行、総勢八名は二十メートル級の子機に搭乗し、主星の地表に向けて降下を開始していた。


 これが、サンゴウが宇宙港へ入港してから、僅か九十分後の出来事である。




 ここからは、やや余談的な話になる。


 実際のところ、サンゴウには大気圏内の航行能力も当たり前のように備わっている。


 大気圏への突入、地上から大気圏外へ離脱する能力も然りだ。


 むろん、それらがサンゴウ単体で可能であり、ブースターなどの追加装備は不要である。


 しかしながら、仮にサンゴウが『可能であるから』と、宇宙空間から大気圏内にそのまま降下したとして、だ。


 五百メートル級の宇宙船であるサンゴウを受け入れられる、航空機用の空港とか海上船舶用の港などは、存在しないであろう。


 それが、サンゴウには容易に予測できた。


 また、宇宙船専用の港が地表に在ることは、最初から望むべくもなかった。


 そもそも、シャトルの使用を前提とする行動予定の連絡を受けた時点で、事前に予測できたことはあったのだ。


 サンゴウは、『ギアルファ銀河帝国における、民生用宇宙船や軍所有の宇宙艦には、『大気圏への降下能力』と、『大気圏からの離脱能力』がないか、あったとしても相当に能力が低い』と判断を下していたのであった。


 そうでなければ、宇宙船に比べると小型のシャトルが常用される理由として、資源消費の節約くらいしか理由が見当たらない。


 たかが数人の人間を移動させるのに、『巨大な宇宙船は必要ない』という考え方自体を『間違いだ』とは言えないのだから。


 ただし、それは『他の条件が全く同じだったら』のお話でもある。


 少なくとも、サンゴウが造られたデルタニア星系においては、宇宙船のままでの地表と宇宙空間との間の移動をすることが、常態化していた。


 むろん、そうなっていたのには、相応の歴史的背景がある。


 宇宙船は、人が住んでいて、あらゆる部分が便利に整備されている惑星のみに行くわけではないのだ。


 未開発の惑星に行けば、シャトルの運用は宇宙港も地上の施設も存在しないので非効率極まりなくなってしまう。


 結果として、宇宙船に標準装備される機能としての選択が、そうした事情を踏まえて確定したのだった。


 そうなると、その機能がある以上は常用される状態になるだけ。


「(宇宙船を製造する技術も思想も遅れていて、話にならない)」


 サンゴウに言わせると、シャトル関連の部分からだけで辛辣な考えが飛び出すことになる。


「(無意味に、サンゴウ本体の大気圏内への降下能力や大気圏離脱能力を見せつける必要はない)」


 今回の案件では、サンゴウの最終判断はこうなり、子機新造へと舵が切られたのであった。


 ただし、二十メートル級の子機にて、性能の格差を見せつける気が満々であったりはするけれど。


 それはそれとして、サンゴウが知らない部分もついでに述べておこう。


 ギアルファ銀河の宇宙船は、『特殊な小型艦』という例外はあるものの、大気圏内航行能力を持つモノが基本的にはない。


 そして、一度地表へ着いてしまえば、先の特殊な小型艦ですら使い捨てのブースターを装着状態にしなければ、宇宙には戻れないのが常識となる。


 サンゴウが以前にジンへと語った、『三十世代は性能が違う』というのは、このような部分にも当然差が出るのであった。


 ちなみに、マスドライバーや軌道エレベーターはギアルファ銀河帝国の技術的に構築が可能だったりする。


 だが、歴史的背景からそれらが採用されることはない。


 そうした設備は何度もテロでの破壊活動の標的とされ、破壊と再建築が繰り返された時代があり、防衛コストと建築コストが増大し過ぎて維持と運用を諦めざるを得なかったのだ。


 その歴史的事実は、ギアルファ銀河帝国にとって決して些細なことではないのであろう。


 


 さて、余談的な話はここまでにして、本筋へと戻ろう。


 サンゴウは、二十メートル級の子機を新造するための原材料の一環として、艦長に有機物をおねだりしていた。


 そのおねだりにより、サンゴウはジンの収納空間に入っていたファンタジー世界産のドラゴンを丸々一体をせしめていたりする。


 尚、これには相応のサイズの魔石が含まれており、サンゴウの新しい玩具として解析が開始されたのは別のお話である。




 大気圏の降下方法に大気圏内の飛行方法、そしてこの世界の技術では未だ到達していない重力操作を含む運航は、二十メートル級の子機の内部にいる人間には快適であり、外部から見ていた人間には理解不能の運航そのものとなる。


 しかも無人の自動運転で、いわゆるパイロットが存在しない。


 もしも、ギアルファ銀河帝国のシャトルや宇宙船、宇宙艦を製造しているメーカーの人間が、リアルタイムでサンゴウによって造られた『シャトルに準じた仕様の子機』の運行状態を見ていたら、発狂していたことであろう。


 そんなこんなのなんやかんやで、『ジン、大地に立つ!』が成立するのである。


 ジンたちは地上のシャトル用空港にて、検疫を済ませることになるのだった。




「お迎えに上がりました。執事のスチャンと申します」


「ジンです。よろしく」


 セバスに似ている容姿を持つ、エルフ男性の執事がジンたちの前に現れ、移動用の車へと案内した。


 「(もうちょっとで、二人合わせてセバスチャンなのに『ス』が多いわ!)」


 この時のジンが頭の中で叫んでいた内容は、誰にも知られない方が平和であるのだろう。


 続いて、心の中で勝手に、執事二人の名前についてのアリやナシや会議が始まっていたりしたのは、同じく誰にも知られない方が平和であることは間違いなく、些細なことでもあろう。


「ジンさま。お嬢さま方の救出、誠にありがとうございました」


「ああ。うん」


 これ以上ない完璧な所作で頭を下げたスチャンのお礼の言葉に、ジンはどう返事をしたものか?


 戸惑い、短く曖昧な感じの返事をしてしまうしかないジンなのだった。


 そんな流れで居心地の悪さしか感じないジンとしては、状況を打開すべく知恵を絞るワケであり。


「あの、大変申し訳ないが、到着まで眠っても良いだろうか? ちょっと疲れが出ていて」


「はい。到着前にお声かけします」


 ジンは寝たふり作戦を敢行した。


 それによって、『上手く話題を振る煩わしさ』というか、『車内での会話に参加すること』を避けたのであった。


 ただし、あくまで寝たふりでしかないので、ジンの思考が止まることはない。


「(これ、目的地を地図で教えてもらって、全員を短距離転移の連続で運んだら怒られるのかなぁ)」


 ジンがそのような益体もないことを考えながら目を閉じていたのは、些細なことであろう。


 ちなみに、それをやったら大騒ぎ確定である。


 約一時間を要した車での移動は終わり、ベータシア伯爵邸へと到着する。


 遂に、ロウジュパパとそれに寄り添う美人エルフ女性が、ジンとの生身でのご対面タイムを成立させたのであった。


 改めてお礼の言葉が述べられ、ジンも型通りの挨拶を済ませる。


 しかし、ジンの視線はロウジュによく似た美人女性に釘付け。


 唯一ロウジュと全く違うのは、輝くような金髪が腰のあたりまで届いているところである。


「(綺麗なお姉さんだなぁ)」


 ジンが本音を口に出さなかったことで、ロウジュから首を絞められる事態の発生を避けたのは、単なる偶然の産物であった。


 むろん、その女性の正体はロウジュママである。


 ベータシア伯爵夫妻は、ジンたちを邸内に招き入れると、そのまま応接室へと向かった。


 豪奢な作りの部屋に、ジンは圧倒されるしかなかったのだけれど。




「ジン殿。大変申し訳ないのだが、先に娘たちと内輪の話をしたい。ここで待っていてもらえないだろうか?」


 ロウジュパパの申し出を、ジンは快く受け入れる。

 

 勇者としても、自身の緊張をほぐす時間が得られるのは望むところであったのだから。


 伯爵夫妻とロウジュたち一行が部屋を去り、ジンのみが応接室に残された。


 一人になっていくらも経たないところに、軽食とお茶が提供される。


「よろしければ入浴も可能ですが、いかがでしょうか?」


 その際に、メイドから掛けられた言葉。


 想定外過ぎるそれに、ジンは己の耳を疑ってしまったのだった。


「(えっ? 入浴? それって風呂だよな? なんで風呂? 今の状況で風呂ってどうなんだ?)」


 理解不能な状況でパニックになりかけたジンであったが、微笑みを絶やさないエルフメイドの姿を見てやや落ち着きを取り戻す。


「あ、入浴はなしで(オタクの男に、美女は毒でもあるけど、特効薬でもあるんだよな。どちらも『効果覿面』ってか)」


「わかりました。では、何か御用があれば卓上にあるベルでお呼びください」


 メイドさんが一礼をして去って行く。


 再び一人の時間を得たジンは、『今後、何をするべきか?』に考えを向けたのであった。


 ちなみに、ベータシア伯爵家のメイドがジンに入浴の準備がしてあることを告げたのは、これまたギアルファ銀河帝国独自の慣習が原因だったりする。


 ギアルファ銀河帝国の宇宙船や宇宙艦には、お風呂なんて付いていないのだ。

 

 そして、伯爵家で宇宙港を経て迎える来客となれば、最低数日は入浴と無縁の生活を送って来たことになる。


 つまるところ、『(宇宙船から戻ったのであれば)お風呂でゆっくりしませんか?』は、おもてなしの一環となり得るのであった。


 ジンがその点に全く気づかないのは、船内で地上と同じように生活できてしまう、サンゴウの高性能な部分が遺憾なく発揮されている船内環境のみしか知らないから。


 この点においては、この世界の住人からすればサンゴウの方が異常なだけで、それを想像できなくとも仕方がないのである。




 ジンが入浴を提案されてそれを辞退して、孤独に今後の展望についてを考え込んでいた時。


 ベータシア伯爵は、自身の執務室へ夫人と娘三人を伴って入室した。


 それ以外の人員は、伯爵家の人間が呼ばない限り何人たりともその場には近づけさせないことを厳命。


 そこまでしてから、ガチの内輪話が開始となったのであった。


 ちなみに、伯爵の執務室が内輪話の会場に選ばれたのは、防音性能の高さが理由となる。


「まずは、報告を聞こう。ロウジュ」


「はい。ことの経緯は、ベータワンへの賊の襲撃から始まりました。艦が被弾し、早期に私たち三人が避難カプセルに押し込まれました。その結果、私たちのみが生存することに繋がりました。『クルーも従者も、最善を尽くした』と断言しておきます」


「うむ。そこに異論はない。続けてくれ」


 死者が出た部分に触れたため、しんみりとした空気が漂う。


 しかし、それに浸っていられない立場の伯爵はロウジュの言葉を肯定しつつ先を促した。


「襲撃時にベータワンが発した救難通信の傍受範囲内にいた、艦長ジンが個人所有している超高性能艦サンゴウが救援に駆け付けてくれました。そのサンゴウの攻撃により賊を完全撃破」


「そこだ。ベータワンは『輸送艦』とはいえ、軍艦だ。防御力も火力も、民間船とは比べものにならん。そのベータワンを沈めた相手を、サンゴウが単艦で撃破したのは本当なのか? 根拠はあるのか?」


「根拠としては、サンゴウの攻撃時の映像記録を確認しています。ただし、それが未加工の本物である保証はありません。けれど、それ以降から現在に至るまでのジンとサンゴウの成したことを考えれば。『答えは出ている』と思われますがいかがでしょうか?」


「それは、そうだな」


「報告を続けますね。さて、『どうやったのか?』は不明ながらも、ベータワンを鹵獲し、私たち三人が入っていたカプセルをベータワンから搬出、そのままサンゴウへと移送し、艦体そのものは隠匿。あの艦には。サンゴウにはジン一人しか乗っておりません。艦の運行は信じられないほど優秀な人工知能サンゴウが、艦長ジンの決定に従って行っているようです」


 ここで、一旦言葉を止めたロウジュは、父に視線を向けて問う。


「まずは、ここまでについて何か疑問点などありますでしょうか?」


「ふむ。個人運用の五百メートル級戦闘艦の存在自体が信じ難い。本当に他の乗組員はいないのか?」


 伯爵の疑問は、ギアルファ銀河帝国の常識からすれば当然であった。


 何故なら、一人で運用できる星系間の長距離航行が可能な宇宙船は存在しないのだから。


 一人で運用が可能な小型の宇宙船がないではないが、燃料の搭載量その他の問題から、運用できる範囲はせいぜいが星系内に留まる。


 そして、ここで言う『小型艦』とは、全長が概ね五十メートル未満のモノを指すのである。


 サンゴウのような五百メートル級は中型から大型の範囲に分類され、操舵手や火器管制者にレーダー担当者といった船橋に詰める人員はもちろん、機関長と機関士も運航するには必要となる。


 飯は長期保存が可能なレーションの類で賄えば料理人は不要となるが、それでも五百メートル級戦闘艦ならば最低限、前述の人員は必要なハズ。


 また、『交代要員なし』は運用上考えられないので、実際はもっと人員が多くなるハズなのだ。


「間違いなく、艦長のジン一人しかサンゴウには乗っていません。艦長室以外は、立ち入りが禁止されていなかったのがその証左となります。そうよね? リンジュ、ランジュ」


「ですね。暇な時に運動も兼ねて船内を結構うろついたけど、誰とも会ったことがないもの」


「だね。食堂的なところは一か所だったけど、そこでも他の誰かを見たことがない。あと、お姉ちゃん、船橋でもジン以外に会ってないんでしょ?」


「そうね。会っていないわ」


「(『船橋への立ち入り自由』って。やばいだろうが)」


 ベータシア伯爵はあり得ないやばさの部分に気づいたが、それを指摘する言葉は呑み込む。


 そして同時に、だ。


 船橋にすら人がいない事実から、ジン一人でのサンゴウの運用が成されていることをとりあえず信用することにする。


 ちなみに、ロウジュはここで小さな嘘を吐いているのだが、そんなことは些細なことであろう。


 彼女だけは、あの日の夜以降、艦長室にも入ることができているのだから。


「そうか。では、『そこはそうだ』と受け止めよう。あとは、ベータワンの戦闘状況についてなのだが」


「賊とベータワンの直接の戦闘状況は、カプセルに押し込まれた時期が早く、把握してはおりません。ですが、サンゴウが提供してくれた映像を見た限りでは、『賊は数の力でベータワンを押し切ったのではないか?』と考えました」


「引き渡しを受けてから、ベータワンのレコーダ類とブラックボックスを回収しておる。その情報を精査した限り、並みの賊の攻撃力ではなさそうだ。軍用武装クラスの可能性があるのだが」


「そうですか。ではジンに当時の賊の鹵獲品の提出を求めるのですか?」


「いや、そこを求める気はない。疑いはあるが、武装の出どころが当家ではないのだけは確定だからな。確実な証拠もなく、恩人であるジンの不快感をわざわざ買いに行くつもりはない。それに、だ。万一調べて軍用だと確定した場合、当家の領域内で起こった事案である以上、調査責任が発生する。その余裕は今、当家にないのだ。藪をつついて蛇を出すこともあるまいよ」


 そう言い切った伯爵は、ロウジュに話の続きを目で促す。


「ジン及びサンゴウの言によれば、『ギアルファ銀河以外の場所から、事故で飛ばされて迷い込んできた』とのことです。サンゴウは『別の銀河で製造された』というのが本人の言です。人工知能を『本人』と呼んで良いのであれば、ですが。そして彼らは、ギアルファ銀河についての基本的な情報を全く持っていませんでした。それどころか言語体系も完全に別物だったようで、初期には『翻訳ミスがあったら指摘を』と申し出ていたほどです。『銀河系外から迷い込んできた』という点はこれまでの話から、『信用して良い』と判断されるのが妥当だと思われます。いかがですか?」


「うむ。『サンゴウ』という艦は帝国内のどんな技術を以ってしても造ることが可能とは思えぬ性能だ。その上、『言語まで違っていた』となればもう別の文明からやって来た異邦人で確定であろうな。報告を続けてくれ」


「救出された時点では、『私たちの最優先事項は、グレタでのお見合いを成立させることだ』と判断致しました。グレタへ送り届けてもらうことをジンにお願いし、彼は当面の見返りに、可能な限りの情報提供を私に求め、それを条件に了承してもらいました」


「その、なんだ、人族の男性であるジンは見返りに身体の要求はしなかったのか?」


 父親としては聴き辛いことに、それでもベータシア伯爵は切り込む。


 伯爵のこの考えは、エルフと人族の関係において極めて普通のことであり、人族の男性はエルフの女性を好むのは事実なので避けては通れないのだ。


「はい。その覚悟もあり、もしもの時は私一人で引き受ける覚悟でいました。ですが、そういった事案は一切ありませんでした。ジンは実に紳士的であり、『ほぼ全て』と言って良いほどモニター越しでの会話に拘り、『ほとんど直接会うことがない』という徹底ぶりでした」


 後々の布石のため。


 ジンの紳士アピールは、ロウジュにとって重要であった。


 事実はジンが紳士なわけではなく、ヘタレ勇者なだけだったりするのだが、そんなことはこの際関係ないのである。


「グレタへ到着してから、上陸前の検疫待機の期間に、ジンとの対面で直接会って話をする時間を得ました。その時、お見合いが済んでから帰還する二名について、ベータワン引き渡しでの航行に同乗させてもらうお願いをしました。ただ、その際に当家の内情をジンに話してしまいました。その点については、申し訳ございませんでした。それ以降のことは父上もご存じだと思うのですが」


「いや、確認の意味もある。ここへ来るまでの全てを、だ」


「はい。ジンは私の説明で、『私たち三人のうち一人が、男爵家からの金銭援助の見返りで、実質妾として差し出される、政略結婚前提のお見合い』という点に激怒され、大元の原因である宇宙獣の駆除を宣言し、僅か一日以内という短い時間でそれを完了させて、グレタへ戻りました。また、激怒された際、彼が鹵獲した賊の機体の内部は人族男性だった点から、『証拠はない推測だ』との前置きはありましたが、『ベータワンを襲ったのは男爵の息がかかった者の可能性がある』とのことです。グレタでは、原因不明の通信状況の悪化で父上との連絡も全く取れませんでしたが、ジンが父上の指示を運んで来てくれたため、脱出を決断。ジンが特殊能力である『影の中に人を入れる』という能力を明かし、私たち三人とメイド長ら四人、荷物の全てと自身を、屋敷の使用人の影を利用して脱出しました。影から影を渡り歩き、グレタから出港する宇宙船の影に入り、宇宙へ出ることに成功しました。そこからもジンの特殊能力によって保護膜のようなものでくるまれたのちに、私たちは気づいたら、サンゴウの内部へと運ばれていました。ジンは『勇者』なのだそうです」


 長い話になり、ここで一旦言葉を切るロウジュ。


 母は一切口を挟むことはなく、ただただ、じっとロウジュの話を聴いている。


 妹二人は神妙な顔をしていた。


「『勇者』だと? そのような荒唐無稽な話は、さすがに信じられん。グレタからの脱出が成った以上は、そこの部分の経過は問うまい。が、『ジンには特殊な能力がある』ということだな? 『何らかの道具の使用で』という可能性はないか?」


「わかりません。私は『ジンの能力だ』という認識です。ですが、私が気づかぬように何らかの道具を使っていたのかもしれません。しかしながら、仮に道具だとするなら、あのようなことが可能な道具の存在を、私は知りません」


 ここまでにロウジュが父へ話し終えた部分の、更に先の出来事。


 ジンと過ごしたあの夜の出来事を、そのまま話してしまうか否か?


 話すにしても、その部分の伝え方次第で、ロウジュの個人的な目論見を達成させるためのハードルが少々あがってしまうかもしれない。


 なので、ここから如何に上手く話を持って行くか?


 それが、重要となる。


 失敗は許されない。


 ロウジュの頭は、今、フル回転していた。


「父上、私も確認したいことがいくつかあります。お聞きしても?」


 こうして、勇者ジンはベータワンの引き渡しを無事に済ませ、ロウジュたちをベータシア伯爵家へと送り届けるミッションも成功させた。

 サンゴウ特製の子機をシャトル代わりに運用して、地上のシャトル用空港にいた人々をその性能で驚かせたのは些細なことであろう。

 ここまでは上手くことを運んだロウジュの目論見は、最後まで成功するのか?

 ジンはロウジュを嫁にできるのだろうか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 ロウジュの話の行方次第で、この先の運命が決まってしまうのには、今の段階で全く気づいていない勇者さま。

 応接室で一人、思考の海に沈むくらいしかやることがなくて、『ロウジュパパと執事のスチャン以外に、男性のエルフはこの館にはいないのか?』と、非常にどうでも良いことを考え始めてしまうジンなのであった。

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― 新着の感想 ―
ここ迄読んでストーリー自体は面白いと思う。 ただ少々地の文の押しが強く、くどい所がある。 大事な事なんで二度言いました〜程度ならまだしも、三度四度と念押しといた〜はやり過ぎ。 あと、一言多いと感じる…
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