7 隣国へ到着したら
それからヴァーノン様改め、ヴァンと共に隣国へ逃亡すること約一ヶ月。かなり無茶な旅程だったが、なんとか隣国、シンデア王国にたどり着いた。
野営もいっぱいしたし、ヴァンともたくさん話をした。その中でいろいろとわかったこともある。
野営は基本森の中で行っている。当然危険な野生動物も多くいるのに、なぜか一度たりとも襲われることはなかった。植物たちに動物が近くにいたら教えてと言っていたのだけど、どうやら植物たちが動物が近寄らないようにしているようだった。
それでももちろん見張りは交代でしていたけど、びくびくする必要がなかったから精神的に凄く楽だった。
そしてヴァンは僕とたったの二つしか年齢が変わらなかった。今の僕は十九歳、ヴァンは二十一歳。背も高いし鍛えた体は逞しい。いつも冷静沈着だったからもっと年上なのかと思っていた。
ヴァンも僕の背が低くて女顔というのもあってか、かなり年下だと思っていたらしい。お互いの年齢がわかった時はおかしくて二人共しばらく笑いが止まらなかった。
その時のヴァンの笑顔はいつもより幼く見えた。とってもいい笑顔で、こうして笑ってくれたのは僕に心を許してくれたからなのかなと思っている。ヴァンともっと仲良くなれた気がして凄く嬉しかった。
そしてヴァンの人生もとても過酷なものだった。ヴァンは子供の頃に親を亡くしているそうだ。そこで生きていくために子供でも見習いとして入れる騎士団に入団。強くなれれば騎士を辞めた後でも身を立てる方法はあるからと、訓練をとても頑張ったそうだ。だけどメキメキ強くなるヴァンを疎ましく思う人も多く、嫌がらせを受ける日々だったそう。
そんな中『能無し聖女』の護衛としてヴァンが付けられた。護衛というが、本来は僕の見張り役だったそうだ。そしてヴァンが僕に付けられた理由は『能無し聖女』に付く仕事なんて誰もやりたがらなかったから。ヴァンも周りから嫌われていたから、嫌われている者同士くっつけたのだそう。
「ごめんなさい……僕が『能無し聖女』だったから」
「いや、逆だ。フィー付きになったことで騎士団の通常任務から外れることが出来た。他の騎士と関わることもなくなり、快適になったくらいだ」
「そっか……それならよかった」
『能無し聖女』の自分でも誰かの役に立てていたんだと知れて、ちょっと気持ちが楽になった。それが優しいヴァンだったのだから僕にとってもいいことだったのは間違いない。
そしてヴァンがどうして僕と一緒に逃げることを選んだのか。その一つが、僕が殺されるとわかったから。
どうやら王太子は聖女というとても重要な役職に、平民の僕が嘘を吐いて居座ったことが許せなかったそうだ。「その罪は重い。さっさと処刑する必要がある」と召喚されたあの聖女と話しているのを聞いたらしい。
そしてヴァンはあの聖女に気に入られたことで、それを見ていた人から「調子に乗るなよ」と警告されたそうだ。このままここにいてはまた嫌がらせをされる。それなら僕と一緒に逃亡してしまえばいいと、あの夜簡単に荷造りをして僕を助けに来てくれたそうだ。
「ヴァンだって見つかったら危なかったのに、そんな危険を冒してでも僕を助けに来てくれてありがとう」
「いや、礼を言うのは俺の方だ。フィーと過ごしていた時間は、久しぶりに穏やかな気持ちになれたからな」
僕が王宮に行ってから二年と少し。その間は本当に辛かった。だけどヴァンはもっと長い時間、周りから嫌な目に遭い続けてきたんだ。味方なんていない状況でずっと一人で耐えてきた。僕なんて二年という、ヴァンに比べれば短い時間だったのに何度心が折れそうになったことか。
でも僕と一緒にいた時間がヴァンを少しでも癒せたのなら嬉しいと思う。僕もヴァンの存在は本当に心強くて安心出来たから。
ヴァンは本当に強い。体だけじゃなくて心も。なんて素敵な人なんだろうか。そんなヴァンに一生懸命恩を返さなきゃな。僕が今こうして生きていられるのはヴァンのお陰だから。
そして森を抜けて隣国、シンデア王国のとある村に到着。本当に小さな村で、住んでいるのはほとんどがお年寄りばかりだった。若い人は大きな街へ移り住む人が多いのだそう。この村で一番若くて四十代の人だった。その人が村長さんだ。
「なに? この村に住みたい? ……まぁ若いもんがいてくれるのはこっちとしてもありがてぇが……もしやあれか? 駆け落ちでもしたのか?」
「へっ!? 駆け落ち!?」
なんでそんな風に見えたの!? 想像もしていない言葉に声も裏返る。だけどそんな僕を見た村長さんは「そうだろうそうだろう」としたり顔で頷いていた。
「そっちの背の高い兄ちゃんはお貴族様だろう? 平民にこんなお綺麗な顔の奴なんざいねぇし、佇まいも平民のそれじゃねぇ。きっと身分違いの恋ってやつで、駆け落ちしてきたんだろ? こんな辺鄙な村に住みたいなんざ、それくらいしか思いつかねぇからな」
ま、まぁ、『能無し聖女』が殺されないために逃げてきたというより、そっちの方があり得そうな理由ではある。だけどそれじゃあ僕とヴァンが恋人ってことになってしまう。こんな僕と恋人だなんて、例えこの場を乗り切るための嘘だったとしてもヴァンが可哀想だ。
「そうだ。だから人があまりいないここへ逃げてきたんだ」
「ちょっ、ヴァン!?」
駆け落ちじゃないと否定しようとしたら、なんとヴァンが認めてしまった。なんで!? 僕と恋人だなんて誤解は解いた方がいいと思うけど!?
「俺と引き離すために、フィーは無理やり奴隷として売られそうになった。売られる先は俺よりも上位の貴族で、フィーを守るためには駆け落ちするしか方法がなく……この村の外れで構わない。二人でひっそりと生活させてほしい」
「ひゃっ!?」
え!? ちょっとヴァン!? そんな風に抱きしめられたらドキドキするから困るんだけど!? っていうかいつの間にそんな設定出来上がったの!?
「そうかそうか! そりゃ災難だったな! いいぜ、ちょうど空いてる家もあるからな。そこに二人で住めばいいさ」
「感謝する」
うそぉ……村長さん、すんなり信じちゃったよ……まぁ、とりあえず定住できる場所が見つかったしよかったんだけど……
でもこれから僕とヴァンは恋人ってことになるんだよね? もちろんそれは嘘なんだけど、この村じゃそういう関係だと思われるってことで……
どうしよう。嘘だとわかってるのになんでこんなにもドキドキするんだろう……嘘だとわかっていても嬉しいって思うなんて……