3 男だとバレたのに……
「ん……」
ふと意識が浮上する。うっすら目を開けるといつもの天井が目に入った。相変らず薄暗い部屋。でもここ最近はこの部屋に閉じこもっている時が一番安心する。
「聖女様!? 気が付いたのですか!?」
「……ヴァーノン、様?」
ぼーっと天井を眺めていたらヴァーノン様が僕の顔を覗き込む。薄暗い部屋の中でもヴァーノン様の綺麗な紅い瞳がキラキラとしてよく見えた。
でもおかしいな。ヴァーノン様は僕が朝起きて、身支度が終わって声をかけない限り部屋に入ることはない。なのにどうして今ここにいるのだろうか。
水を飲みますか? そう問われて喉の渇きに気が付く。こくりと頷くと、ヴァーノン様は僕の背に手を当ててゆっくりと体を起こしてくれた。
ヴァーノン様にこうして世話をされるのは初めてだ。一体いきなりどうしたんだろうか。不思議に思いながらもヴァーノン様に差し出された水を有難くいただく。冷たい水が喉を通り、なんだか生き返った心地がした。
「……お体は辛くありませんか?」
「少し、だるく感じます」
魔力枯渇になっても一晩寝れば回復はする。だけど今日はしっかり寝たような気がするのに体のだるさは残っていた。
「……二日、寝ていたのですから無理はございません」
「二日!?」
「いつも以上に魔力を使われていたことと、伯爵夫人からの暴力、そして日々の疲れが出たのだろうと思います」
「あ……」
伯爵夫人、と言われてやっと思い出した。そうだ。あの日、僕は魔力枯渇で倒れたあとあの夫人に思いっきり蹴られたんだった。扇を投げられ切れた額に手を当てると、包帯が巻かれていることに気が付く。
「申し訳ございません。医師に聖女様を診ていただこうとしたのですが、断れてしまったため私が聖女様の治療を行いました」
「あ、ありがとうございます」
そうか。この怪我の治療はヴァーノン様がしてくれたのか。医師にすら見放されたというのにどうしてこの人は僕にここまで優しくしてくれるのだろう。
「……聖女様に一つ、お伺いしたいことがございます。聖女様は、男性、でございますね?」
「っ……!?」
その言葉に僕の体が凍り付く。この人に僕が男だとバレてしまった。その衝撃に僕の心臓はバクバクと煩いほどに鳴りだし、カタカタと体が震え出した。まずい……僕は、このままだと殺されるっ……!
「ご安心ください。私はこのことを誰にも言うつもりはありません。ですから、事情をお話しくださいませんか」
「あ……」
震え、上掛けを強く握りしめる僕の手に、ヴァーノン様の大きな手がそっと重ねられた。ヴァーノン様の顔も僕を蔑み責めるようなものではなく、心配してくれていると思えるような表情だ。
話してもいいのかわからずうろうろと視線を迷わせる。その時に僕の服が寝間着に変わっていることに気が付いた。おそらく伯爵家から僕を運び出し、蹴られた怪我の具合を確かめるためにヴァーノン様が服を脱がせたのだろう。その時に男だとバレてしまったのだと思う。
バレたのがヴァーノン様だけでよかった。もし本当に医師に診られていたら僕が男だとあっという間に広まっていたに違いない。そうなっていれば、僕はこの部屋でゆっくり寝ていられなかっただろう。牢屋に入れられるかすぐに殺されるか。どちらかのはずだから。
ということは本当にヴァーノン様は僕が男だとわかっても、誰にも言わずにいてくれたのだと思う。それにヴァーノン様だけは僕を蔑むことも罵倒することもなかった。こんな『能無し聖女』の僕に誠実に対応してくれた。
怪我の治療もしてくれ、僕が気が付くまで側にいてくれた。この人が優しい人だともう知っている。なら話しても大丈夫だろう。この人ならきっと言いふらしたりしないはず。
「……嘘を吐いていて申し訳ございません。僕は、ヴァーノン様が仰るように男です」
なぜこうなったのか。僕は辺境の村に国の役人たちが来たところから順に話をした。村での生活のことや、花や植物が好きなこと。そして男なのにどうして聖属性を持っているのかはわからないが、それで無理やりここへと連れてこられたこと。
男だとバレると殺されることも。だからヴァーノン様には本物の聖女様が見つかるまで黙っていて欲しいとお願いした。
「……そういうことだったのですね」
ヴァーノン様は僕が男だとバレると殺されると知ってぐっと眉間に皺を寄せた。憤ってくれているのか、労わるように僕の手を優しく撫でる。
「……あなたもあの人たちの被害者だったのですね。安心してください。このことを誰にも言わないと誓いましょう」
「ありがとう、ございますっ……ヴァーノン様っ……」
ヴァーノン様の手の温もりと優しい言葉。心も体もボロボロになった僕の中にすーっと沁み込んでいく。ヴァーノン様が優しい人なんだというのは知っていた。だけど今回男だとバレたことで、ヴァーノン様が本当の意味で僕の味方になってくれたのだとわかった。
家族と無理やり引き離され、王都で一人ぼっち。周りからは『能無し聖女』と罵られ、暴言を吐かれる毎日。本物の聖女様は未だ見つかっていない。聖女様が見つかるまでの我慢だと思っていても、先が見えずいつ殺されるかもわからない不安と恐怖は辛かった。
僕の味方は一人もいない。心細い状況だったのに、ヴァーノン様は事実を知った上で黙ってくれると約束してくれた。
そのことが嬉しくて、僕に味方が出来たことが嬉しくて、僕は初めて人前で涙を流してしまった。
そんな僕を嗤うこともせず、ただ黙って背中をさすってくれるヴァーノン様。その温かさにとても励まされた。