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21 最終話

「ラルフィー様、本当に王宮から出られるのですか? 今後もずっとこちらにいてもよろしいんですよ?」

「ありがとうございます、ジェームズ様。十年間お世話になりましたが、やっぱり僕は平民としての生活が合っていると思います」

「そうですか……寂しくなりますね」


 あれから十年の時が流れ、僕の『緑の聖女』としての大仕事は終わった。

 僕が力を与えた苗木は各地へと運ばれ、根を生やし成長し、世界の調和の乱れは元に戻った。魔物の出現も止まり、ようやく世界に平穏が訪れたのだ。


 この十年間、この王宮でお世話になっていたけど本当によくしてもらった。この国の聖女であるアリシア様ともとっても仲良くなれて、僕を本当の弟のように可愛がってくれた。

 ジェームズ様やエセルバード様ともすっかり打ち解けたし、王族の方々とも恐れ多いながらも食事やお茶を何度もご一緒させていただいた。


 ヴァンは騎士団に入り、更に剣術の腕を磨いた。それ以外にもいろんなことを勉強したいと貪欲にいろいろなことを吸収してた。

 ヴァンと結婚して九年になる。なのに周りからは「いつまで新婚なんですか?」と呆れた顔で言われるほど、ずっと仲がいい。


 結婚式は世界が大変な時だからと二人だけでひっそりと行うつもりだった。だけど「国の慶事だ!」と陛下が国を挙げての結婚式にしてしまった。

 平民の僕たちには分不相応だと言ったのだけど、「世界が大変な時期だからこそ明るい話題が必要なのだよ」と諭された。


 そして僕の力は既に周辺国を中心に広まっていて、平民のままにすることは出来ないと言われてしまった。そこで一代限りではあるが、『緑の聖女』に相応しい爵位として『翠聖公(すいせいこう)』の位をいただくことになってしまった。

 貴族階級としては公爵に並ぶ地位だ。恐れ多すぎて陛下に考え直してほしいと言ったのだけど、エセルバード様もこれに賛成していて僕の意見は聞き入れえもらえなかった。


 なんでも僕の力が絶大過ぎてこれくらいしなければおかしいのだとか。そんなこと言われても僕は植物や野菜にちょっと力を分け与えているだけだ。植物たちが頑張ってくれるから自然の調和が整えらえる。

 僕がそう言っても、「植物に力を与えられるのはラルフィー様以外出来ることではないのですよ」と言われてしまい、僕の立場は一気に上へと昇り詰めてしまった……


 一度、聖女アリシア様も野菜や花に力を与えてみたのだけど、僕のように育つことはなく、普通の野菜や花と同じ育ち方だった。特別な力を持つこともなく、聖女であれば誰でも出来ることではないようだ。


 そして自然の調和を整えるその早さも尋常じゃない。聖女が各地へ赴いて一か所ずつ調和を行うのは、聖女への負担も時間も相当かかる。だけど植物であれば一度にいろんなところへと運べるし、一気に成長した後はその地に根付き、植物が生きている間調和をし続ける。

 おかげで各地の魔物の被害は急速に収まり、脅威にさらされることがなくなった。この短期間でこれだけの功績を残した聖女は、僕以外にいないのだそう。

 

 そんなこともあって、僕は仰々しい『翠聖公』となるしかなかったのだ。そうなった僕の結婚式を粗末には出来ないというのもあって、平民育ちの僕では考えられない盛大な結婚式となった。

 王族の方々を始め、聖女アリシア様やエセルバード様たち官僚の方々、各貴族家の当主様方、それから親交のある周辺国の王族の方々まで、とてつもない顔ぶれの方々にご臨席いただくことに。

 僕の父さんと妹ももちろん出席したのだけど、こんな凄い方々が一度に集まって、しかも挨拶までされてしまって顔色がとてつもなく悪くなっていた。父さん、レミー、あの時はごめんね。


 まぁそんなことがあったけど、僕はこれから王宮を出て王都の隅っこで平民として暮らしていく。王宮での生活はとても居心地がよかったし、みんなに親切にしてもらった。だけど人にお世話をされることをずっと申し訳なく思っていたのだ。

 みんなとは毎日のように顔を合わせていたし、それがなくなると思うと寂しいけれど、平民という身軽な生活が送れるようになるんだと思うと楽しみでもある。


「それじゃあみなさん、今までありがとうございました」

「ラルフィー様、こちらこそあなたのご尽力のお陰で、我が国だけではなく世界の国々が平穏を取り戻せました。あなた様の献身に心よりの感謝を申し上げます」


 馬車に乗り込み、窓から笑顔で手を振る。軽やかに走り出した馬車は、用意してくれた新居へと向かっていく。

 僕がこうして王宮を離れて生活するつもりがあることを、以前からエセルバード様には伝えてあった。それならば、と僕とヴァンの新居は国で用意してくれることになり、家を買う方法もわからない僕たちはお任せすることにした。

 エセルバード様から新居が見つかったことと、そこには畑も用意されていると聞いているから楽しみだ。どんな家なんだろう。

 

 馬車を走らせていると、王都の綺麗な街並みがどんどん流れていく。僕が何度も訪れた孤児院も通り過ぎ、外観がとても綺麗になっていたことに嬉しくなった。


 僕が『緑の聖女』として仕事をしていたことで報酬をいただいていた。その額は平民が一生かけても稼げるものではなく、こんなにお金があっても使い方を知らない僕はとても困ってしまった。

 そこでヴァンから、孤児院や魔物の被害を受けた地域への寄付をしたらどうかと提案があった。それはいいと僕はすぐジェームズ様に相談。それで各地方へ伺うことは出来なかったけど、孤児院へは何度もお邪魔させてもらって楽しい時間を過ごさせてもらった。


 僕が平民で男なのに聖属性の力を持っていたことで、この国では平民も無償で属性検査が受けられるようになった。そしてなんとこの孤児院の一人の男の子が聖属性の力を持っていることがわかったのだ。

 平民の中からも聖属性持ちがいるとわかったとしても、不当な扱いだけはしないでほしいとお願いした。エセルバード様は「もちろんです」と言ってくれたから、きっと大丈夫だろう。

 

 しかも平民から聖女が誕生する事例は各国でも増えているようで、個々の魔力量は様々ながらも聖女がいなくて困るという国はなくなりそうだ。


 僕たちを乗せた馬車が止まる。どうやら新居に到着したようだ。御者の人が扉を開けてくれ馬車から下りたものの、目の前に建つとんでもなく立派な豪邸を前に僕は固まってしまった。


「あの……ここはどこですか?」

「こちらがラルフィー様のご新居でございます」

「え!? 何かの間違いでは!?」

「いえいえ、何も間違っておりませんよ。それから、どうぞこちらをお受け取り下さい」


 御者の人に手渡されたのは一通の手紙。綺麗な封筒に収められていて、封蠟まできっちりと施されている。なんだか嫌な予感がしつつも中を検めてみると――


『親愛なる緑の聖女ラルフィー様。新居はいかがでしょうか。『翠聖公』の名に相応しい家をご用意させていただきました。ただ慎ましいラルフィー様はあまり大きな家は好まれないかと思い、小さめの家をご用意しております。もしお気に召さなければ新たにご用意させていただきますので、ご遠慮なくお申し付けくださいませ。また使用人に関しましても一流の者を付けております。警備の面も問題ございませんので、どうぞ新生活をお楽しみください。エセルバード・スターコット』


 エセルバード様ぁ!? 僕言いましたよね!? 平民になって生活したいって! ヴァンと二人で小さな家で暮らすんだって! 畑仕事を続けたいって! これはどこをどう見ても名のある貴族の家ですよね!? 平民の家何軒分ですか!? なんでこんな立派な豪邸にしたんですか!?


「う、嘘でしょ……?」

「フィー、諦めろ。これでもかなり譲歩したそうだぞ」

「え? ヴァンは知ってたの!?」

「……ああ、そうだ。すまない」

「うそぉ……」


 こんな豪邸になったことの理由はいくつかあり、一つは『翠聖公』の家を粗末には出来ないから。もし平民のような家を本当に用意したとして、僕がよくてもこの国が困る。どういうことかというと、周辺国から見たシンデア王国が非道だと見られるから。

 つまり「あれだけ世話になっておきながら、用済みになった途端こんな扱いをするなど許せん!」と周りは見るということだ。例え僕が望んだことだとしても。


 そして二つ目は警備のこと。僕はあまり人前に出ることはなかったが、全く出なかったわけではない。何度かパーティーに出席したことがある。あまり華々しいところは苦手だったから必要最低限のものだけに。

 だから僕の顔は知られているところは知られている。

 そして王宮から出れば僕への接触はよりしやすくなる。他国から僕を勧誘、最悪の場合は拉致しようとする人が出て来てもなんらおかしくないのだそう。そういったことから守るためにも警備の件は最重要事項だったらしい。そのため人員の配置なども踏まえると、平民のような家では賄えないと教えられた。


「それでエセルバード様はこの家の倍の大きさのものを建てる予定だったんだぞ。そこをなんとか説明してこの大きさにまでしてもらったんだ」

「そうだったんだ……ヴァンは僕の希望を叶えようとしてくれたんだね」

「……ここが限界だったがな。だがエセルバード様たちの気持ちもわかる。それにいくら俺が側にいるからといっても、多対一になればフィーを守り切れる自信がない」


 そう言ったヴァンはそっと僕の手を取り、指先に小さくキスを落とす。


「俺はフィーをどんなことからも守ると誓ったんだ。そのためなら使えるものは何でも使う。だからフィーも平民の小さな家は諦めて、この家で一緒に暮していこう」

「ヴァン……」


 ヴァンもそこまで考えてくれていたんだ。エセルバード様たちが用意してくれた家は、僕の想像を遥かに超えるとてつもない豪邸だったけど、でもそうならざるを得ない理由はちゃんと理解出来た。

 僕はもう、普通の平民に戻れないことをしっかりと受け入れないといけないんだ。これ以上ごねればただの我儘。エセルバード様たちの気持ちを無下にしてしまうし、僕も周りに迷惑をかけることは本意じゃない。


「そうだね。ありがとう、ヴァン」


 それに王宮から出たのだから父さんたちにも会いやすくなる。父さんたちが王宮に入るためにはいろいろな手続きが必要になるため、会える頻度は多くはなかった。今後はそんな煩わしいこともなく、会いたい時に会えるんだ。ちょっと家が大きくてもいっか。

 父さんたちにこの家に一緒に住むか聞いてみてもいいな。レミーも結婚して子供もいるけど、部屋数ならたくさんありそうだし問題ないだろう。

 ……ただ父さんたちは「こんな家じゃ落ち着かない!」と言って断りそうだけど。


「早速中を見てみないか?」

「そうだね! そうしよう!」

 

 ヴァンと手を繋いで新居の中へ。

 ここから僕とヴァンの思い出がまた作られていくんだ。そう考えたら楽しみすぎてにんまりと笑ってしまう。ヴァンも同じ気持ちなのか、綺麗な深紅の瞳は優しい弧を描いていた。

 




 ~Fin~




最後までおよみいただきありがとうございました!

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一気読みしました! もともと生まれた国が良くなかったふたりですね。 冷遇されてきた2人が逃げ延びた先で心を通わせ、才能を花開かせる…夢ある素敵なお話でした。
あれから10年も、世界の調和のために頑張ってくださったのですね。 フィー様・ヴァン様、本当にお疲れ様でした。 お陰さまで、皆さまにも平和が訪れてよかったです。 そして、やっと平民の暮らしに戻れたかと…
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