20 あの国の末路
「ジェームズ様、この野菜っ……!」
「はい! 折角ですからお父様にこの野菜を召し上がっていただこうと思いまして」
「ありがとう、ございますっ……!」
父さんとレミーは、僕と家族水入らずの時間を過ごすために王宮へ泊ることになっている。そのため夕食も一緒に食べるのだけど、並べられた料理でジェームズ様の意図がわかった。当の本人である父さんはどういうことかと、僕とジェームズ様の顔を交互に伺っている。
「父さん、この野菜食べてみて。これ、僕が作った野菜だよ」
「おお、そうか! ラルフィーの作った野菜を食べるのは久しぶりだな! 喜んでいただこう!」
あの村では毎日のように食べていたけど、僕がいなくなってから数年経つ。久しぶりの僕が作った野菜だと知って、父さんはにこにこと一口食べた。すると段々とその笑顔は驚愕へと変わる。
「ラ、ラルフィー……? これは一体……」
「この野菜はね、種に聖属性の力を込めてから育てた野菜なんだ。足の痛みがなくなったんでしょう?」
「あ、ああっ……! なんだこれはっ……お前、こんなことが出来たのか!?」
父さんの右足は、昔狩りで動物に襲われ大怪我を負ってから不自由になった。もう二度と歩けないと言われていたが、僕の野菜を食べたことで少しずつよくなり、引きずりはするものの自分で歩くことが出来るようになった。でも完治することはなかった。
でも今、僕が力を与えた野菜を食べたことで、普段から感じていた痛みがなくなり完治した。
この野菜は魔物討伐に向かう騎士様に優先的に配られている。なのにジェームズ様は父さんの足が不自由なことを知って、わざわざ今日の夕食で僕の野菜を出してくれたんだ。
父さんは椅子から立ち上がると滑らかに動く足で、軽々と歩いている。引きずる様子も痛がる様子も全くない。だが父さんはいきなりしゃがみ込み、ボロボロと大泣きを始めてしまった。
「父さん!? どうしたの!?」
「うううっ……ラルフィーッ……今まで、本当に苦労をっ、かけて申し訳、なかったっ……!」
「え……? どういうこと?」
父さんはずっと、足が不自由になったことで満足に動けず、生活のほとんどを僕が担っていたことを不甲斐なく思っていたそうだ。狩りに行けなくなり、そうなれば肉を食べる機会は減る。毛皮を売ったりすることも出来ず、収入は減る。
レミーが大きくなってからは家事を手伝ってくれたし、僕一人がずっと大変だったわけじゃない。父さんだって座って出来る仕事を、といって不慣れな針仕事をしてくれた。
確かに裕福とは言えない生活だったけど、でも僕の野菜があったし食べ物に困ることはなかった。みんなで助けあって生活していたし、それに不満を覚えたことはない。
だけど父さんは、父親なのにまだ小さい僕たちに頼らざるを得なかったことをずっと悔やんでいたと話してくれた。
「父さん、僕もレミーも父さんのことを誇りに思ってるよ。不満だったことなんて何もなかった」
「そうよ。それに父さんだって私のために刺繍を覚えて、スカートに刺してくれたじゃない。私、ああいう細かい作業苦手だから父さんがいないと困るのよ」
「……レミーってば相変らず父さんにお願いしていたの?」
「えへ。だって父さんの方がずっと上手なんだもの」
レミーは料理や洗濯は出来るが、針仕事だけはどうしても無理だった。いつかは自分でやるかと思っていたけど、それは今も変わらず父さん任せのようだ。お嫁にいくつもりなら覚えておいた方がいいと言ったのに。
「そうか……ありがとう、二人共。俺の自慢の子供たちだ」
「うん。父さんも、僕たち兄妹の自慢の父親だよ」
僕が聖属性を持っているとわかったあの日。僕を連れて行こうとする役人に、連れて行かないでくれと一生懸命抵抗してくれた。そのせいで酷い暴行を受けてしまったけど、ああまでして僕を守ろうとしてくれたことは忘れていない。そんな父さんは僕の自慢だ。
それから気を取り直して、みんなで美味しい夕食をお腹いっぱい食べた。王宮での料理は本当に豪華で美味しくて、父さんたちはずっと興奮していた。
夜は眠くなるまで、みんなでずっと話をした。今まで会えなかった数年分を埋めるように僕たちの話は尽きることはなかった。久しぶりの家族の時間が楽しくて楽しくて。本当に幸せな一日だった。
◇
それから数日後。いつものように仕事を終わらせ、昼食時。エセルバード様とジェームズ様がいらっしゃると連絡があった。
「ラルフィー様。一つお伺いいたしますが、生まれ故郷であるサレルヴァ王国に思い入れはございますか?」
「え? どういう、ことでしょうか」
「……実は現在のサレルヴァ王国ですが、非常に芳しくない状況となっているんです」
以前、僕たちが話した聖女召喚。自然の調和がここまで大きく乱れた原因は、間違いなく聖女召喚にある。サレルヴァ王国は自分勝手にこの禁忌魔法に手を出し、各国を混乱に陥れた。
シンデア王国はこの件を周辺国へ通達。それにより、サレルヴァ王国は多くの国から抗議文が届くことになった。
「我々も黙っているつもりはありません。詳しい情報を得るため、間諜を忍び込ませたのですがそこでいろいろとわかったのです」
王太子は聖女召喚が禁忌魔法だと知っていた。そして世界がどうなるのかもわかっていたそうだ。でも真の聖女が召喚され、その力があれば簡単に調和を整えることが出来ると考えていたらしい。
実際、召喚された聖女、ミサキさんは膨大な魔力量を持ち、盛大に聖女の力を使って見せた。僕もあの力を間近で見ていたからどれだけ凄かったのかよくわかっている。
最初はミサキさんもバンバン聖女の力を惜しみなく使っていたそう。ちやほやともてはやされ、そしてとても綺麗な人だったというのもあり、見目のいい男性を片っ端から誘いふしだらな行為も多く行っていたそうだ。
だけど一ヶ月くらい経った頃、急に力を使うことをやめ、部屋に引き籠ったらしい。
「なんでも『毎日毎日力を使え使えって、もういい加減にして! この世界にスマホもネットもないなんて冗談でしょ!? 私を元の世界に返して! 早く返してよ!』と暴れたそうだ」
『すまほ』や『ねっと』とは何を指しているのかわからないけど、恐らくミサキさんの世界にあったものだろう。この世界に求めるものもなく、毎日力を使うことを強要される。しかも元の世界へと帰りたいと切望するもそれは出来ない。召喚は一方通行のもので、ミサキさんは二度と故郷に帰れないらしいのだ。
それを知ったミサキさんはますます荒れた。宥めるために王太子と婚約し王妃になれると言ったり、豪華な宝石やドレスをたくさん与えたりしたものの、ミサキさんが落ち着くことはなかったそうだ。
そしてミサキさんは妊娠する。しかも誰の子供かもわからないそうだ。妊娠したことでミサキさんは更に荒れた。
今もミサキさんの機嫌をとるために、あの国は必死になっているとのこと。
「召喚された聖女が力を使ったのはたったの一月。それでは世界の調和を戻すことなど不可能。今あの国はその責任を追及されているが、賠償など出来るはずもない」
それにより、周辺国が手を結び戦争を仕掛ける準備を行っているそうだ。そしてもうすぐ開戦するだろうと。そうなればサレルヴァ王国は間違いなく敗戦する。
「召喚された聖女が被害者であることは間違いない。勝手に召喚され、元の世界に戻れないのですから。恐らく戦争が終わり次第、聖女は大国のどこかが引き取ることになるでしょう。どこまで自由が許されるかはわかりませんが、そう悪い状況にはならないでしょうな」
そうか。僕を一目見て蔑んできたミサキさんは好きにはなれないが、もう故郷に帰れないことはただ可哀想だと思う。この先が少しでも幸せに過ごせたらいいと祈るばかりだ。
「今はまだ開戦していません。何かしたいことや取り戻したいもの、そういったものがあれば今しか時間は取れません。ラルフィー様、いかがされますか?」
「……教えてくれてありがとうございます。唯一の心残りは父さんと妹のことだけでした。でも二人がここへ移住してくれたことで、思い残すことは何もありません。あの国がなくなっても、僕は大丈夫です」
「わかりました」
そして二か月後、戦争が始まり、故郷サレルヴァ王国は地図上から消えた。