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2 偽りの聖女の仕事

「聖女様、到着しました。大丈夫ですか?」

「う゛っ……だ、大丈夫です」

 

 馬車に揺られたことで吐き気が強くなる。だがそれを堪えてなんとか返事を返した。だが僕に付いてくれているただ一人の騎士様、ヴァーノン様は心配そうな顔をする。

 どうしてだろうか。僕が『能無し聖女』だと言われ始めた頃には、最初に派遣された護衛の騎士様はみんな僕を蔑んでいた。だけどヴァーノン様だけは僕をそう扱うことはなかった。

 

「お手をどうぞ」

「……ありがとう、ございます」


 今回もだ。ヴァーノン様は馬車を降りる時、先に降りて僕に手を差し伸べてくれる。正直吐き気が凄くてふらふらするから支えてもらえるのは有難い。

 騎士様と特別仲がいいとかよく話をするとかそういったことはないけれど、こうしたさりげない優しさをもって接してくれる。それが今の僕には堪らなく嬉しいことだった。


 ヴァーノン様も本当は心の中で僕のことをどう思っているのかはわからない。他の人たち同様蔑んでいるのかもしれない。それでも僕にそういった面を見せず、ささやかな優しさを見せてくれる。ヴァーノン様の存在は、今の僕の心の拠り所になっていた。


 僕は毎日、こうして『聖女様』として力を使うために各所へ赴いている。ある時は貴族の屋敷へ向かい癒しの力を。ある時は領地へ向かい豊穣の力を。


 僕は最初、力の使い方なんてわからなかった。王宮へ入れられてから魔力の使い方を学んだのだ。

 この世界に魔法はあるが使える人は限られる。そもそも魔力量が多くなければいけないし、またその使い方を学ばなければ扱うことは出来ない。

 僕の住んでいた村に魔法を使える人なんて一人もいなかった。だから魔法をどうやって扱うのか、そんなことを学んだこともなかったのだ。


 魔力を使えるようになるまでに半年かかり、やっと聖女としての仕事を始めたものの、僕の魔力量は少なくてすぐに枯渇する。魔力が枯渇すれば体は重く、眩暈を起こし吐き気を催す。治すには魔力を回復させるしか方法はない。

 魔力を回復させる薬もあるが、希少な薬草を使っているためかなり高額。僕のような『能無し聖女』に与えられることはなかった。

 毎日毎日、ふらふらになりながらも言われた通りに力を使う。でもこんな日々も本物の聖女様が現れるまでだ。

 

「ではしばらくゆっくりお休みください。後ほどご夕食をお持ちいたします。何かありましたら隣の部屋におりますのでお声がけください」

「……ありがとうございます」


 ヴァーノン様に付き添われながら自室へと戻る。僕はすぐに硬いベッドへと横になった。それを見届けたヴァーノン様は隣の部屋へと入っていく。

 彼は護衛として側にいてくれるが、それ以外にも僕の世話をいろいろと焼いてくれる。僕は男だとバレてはいけないから付けられている使用人は元々一人もいない。ヴァーノン様がそれも兼任してくれているのだ。

 とはいっても、男だとバレる恐れがあるため身の回りのことは断っている。食事を持ってきてくれたり、仕事の予定管理をしてくれたり。本来なら騎士であるヴァーノン様がすることではないが、他に誰もいないからやらざるを得ないのだ。


 こんな僕に付けられて申し訳なく思う。本物の聖女様が見つかればこんな僕の世話係からも解放されるはずだ。

 早く聖女様が見つかりますように。そう願い、僕の意識は夢の中へと沈んでいった。



 偽りの聖女として生活をするようになって一年が経った。その間に僕も歳を取り十九歳になった。だけど背が伸びることもなく見た目の変化は何もない。

 相も変わらず女装をして偽りの聖女として仕事をする毎日だ。


「聖女様、本日はレーヴェット伯爵家にてご当主様の病の治療となっております」

「わかりました」


 いつものようにヴァーノン様が今日の予定を教えてくれる。今日は伯爵様のお屋敷へと向かうようだ。馬車に乗り目的地へ。到着すると執事の方が僕たちを出迎えてくれた。だがその表情は僕たちを歓迎するものではない。

 

「ふんっ。こちらだ。ついてこい」


 睨まれるような視線の後、口を開くの億劫と言わんばかりの言葉。それに小さく返事をして執事の後を付いていった。

 大きなお屋敷の中は正に豪華絢爛。あちこちに光り輝く壺や大きな絵画、目もくらむような輝きを持つシャンデリアなどが視界の端に映る。だけど僕はそれを見ないよう執事の足元だけを見つめていた。

 以前他のお屋敷でその光景に圧倒されいろいろと目線を巡らせていたら、「汚らしい目で見るな!」と怒られたことがある。それから僕はお屋敷の中へ入る時はなるべく下を見るようにしていた。


 ふいに執事の足が止まる。ここが目的地のようだ。執事が僕の到着を告げると中から入室の許可が出る。執事の後に続き静かに部屋の中へと入っていった。

 中には恰幅のいいおじさんがソファーでふんぞり返っていた。きっとあの方がここのご当主様なのだろう。


「……聖女のラルフィーと申します。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします」

「お前の名なぞ聞いておらん! 無駄口をたたかずさっさと仕事をしろ!」

「も、申し訳ございませんっ……」

 

 他の屋敷では名前を名乗らないことで怒られたが、ここでは名乗ったことで怒鳴られてしまった。以前はどうすればいいのか迷っていたものの、きっとどちらを選んでも僕は怒られるのだろう。最近はやっとそのことに気が付いた。何をやっても僕はこうして怒られる。平民出の『能無し聖女』だから仕方がない。


 早く仕事を済ませてしまおう。そう思い伯爵様の元へ。病は心臓の辺りだというので、そこへ手を当てて「よくなりますように」と願いを込めて力を流す。病というのは本当のようで、そこに癒しの力が吸い込まれていくのがわかる。

 癒しの力を吸い取った病は少しずつだが小さくなっていく。そのまま力を流しこんでいくと、小さくなった病はふっと消えた。これで治療が完了だ。


「ふぅ……終わり、ました」


 額から汗が流れ落ちる。一人の病を治すのに僕の魔力のほとんどがなくなった。枯渇とまではいかないものの、頭がガンガンと割れそうな程に痛み出した。


「おお! 確かに心臓の痛みがなくなったぞ! これでまたいろんなことが出来るわい!」


 伯爵様はガハガハと大きな声で笑っている。その声が頭に響くため痛みが増すものの、表情には出さず静かに礼をして下がる。これでここでの仕事は終わりだ。いつまでここにいる気だと罵られる前に、早くこの屋敷から辞してしまおう。そう思ったのだが。


「次はわたくしの番ですわ」


 伯爵様の隣にかけていたふくよかな女性に声をかけられた。伯爵様にしなだれかかっている様子から、恐らくこの女性は伯爵夫人なのだろう。


「さぁ、次はわたくしを癒しなさい」

「あ、あのっ……どこが、お悪いのでしょうか……」


 怒られる覚悟で夫人へ質問をする。どこが悪いのかわからなければ、力を使うことが難しい。ましてや僕の魔力はもう残り少ない。無駄に力を使えない。


「病気ではないわ。だけど年々老いを感じるの。それをお前の力で若返らせてほしいのよ。ついでにわたくしを痩せさせなさい」

「え……? お、恐れながら、癒しの力でそのお望みを叶えることは難しく――」

「つべこべ言わずにやりなさいッ! 旦那様の病気を治せたのなら、わたくしの望みも叶えられるでしょうッ!」

「痛っ……」


 夫人が手に持っていた扇を投げつけられる。運悪く、装飾の硬い部分が額に当たり切れたらしい。たらりと血が流れ落ちた。

 僕の血で屋敷を汚してはいけないと、慌てて袖で傷を抑える。ただでさえ頭が割れそうだというのに、ズキズキとした痛みまで加わった。


「早くしなさい! 一体いつまで待たせるつもりなの!」

「も、申し訳っ、ございません……」


 きっとこのままじゃ僕はここから帰れない。癒しの力で老いや痩せさせるといった効果は期待できない。僕は必ず失敗する。その後に訪れる僕への批難を想像すると泣きそうになるが、僕に断る資格はない。

 夫人の側で膝を突き、手をかざし夫人の体全体に力を流す。若返りますように、痩せますように。そう祈りながら力を使うも、僕の癒しの力はただ夫人の体の中を巡るだけ。

 あちこちにあった小さな病を治すことはあっても、夫人の望みを叶えることはやはり出来なかった。


「うぐっ……」


 もう魔力がない。目の前が霞みよく見えなくなってきた。強い吐き気も催し気分が悪い。頭痛は更に酷くなり今にも倒れこみそうだ。だけどまだ夫人は満足されていない。力を止めることは出来ない。

 だが僕はもう限界だった。ぐらりと体が傾ぎ床へ体を打ち付ける。それを見た夫人が「役立たずが!」と僕を足蹴にした。何度も蹴られ意識が朦朧とする。

 意識が沈む直前、「おやめください!」と叫ぶヴァーノン様の声が聞こえたような気がした。

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― 新着の感想 ―
何て身勝手な……。 無理難題過ぎるよ。なんでこの人たちが貴族になってるの? ラルフィーくんのご家族の方がよっぽど貴族に向いてると思うのは僕だけでしょうか……?
なんてヒドい…。゜(゜´Д`゜)゜。 そんな無理難題を… こんな人に、ラルフィーくんの大切な魔力を使わないといけないなんて… そんなことに効果があるわけないのに、その後の仕打ちも酷すぎます(>ω<) …
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