18 緑の聖女として
「フィー、大丈夫か?」
「……大丈夫、と言いたいところだけど、大丈夫じゃない……」
謁見の間での拝謁が終わり自室に戻ってきたものの、ずっと緊張を強いられていたから疲れ果ててしまった。自室のソファーでぐったりと倒れこむ。するとヴァンがすっと膝枕をしてくれ、「お疲れ様。頑張ったな」って頭を撫でてくれた。もうそれだけで元気になっちゃうんだから、僕ってもの凄く単純だよね。
「陛下を始め、他の貴族の対応も悪くなかった。よかったな、フィー」
「うん。ちょっとびっくりしたけど安心した」
謁見の間ではエセルバード様が僕を紹介してくれた。ただ「類まれなる緑の使い手であり、歴代の聖女様の誰よりも尊い力を持っていらっしゃる」って言われた時は、ひえっ!? って跳び上がりそうになった……
最後は僕の力で自然の調和をすることを伝えられると、王族の方以外全員僕に跪いてしまった。平民の僕にそこまでしてくれるなんて思っていなかったから、しばらく口が開きっぱなしだったと思う。みっともない……
そしてヴァンも正式に僕の専属護衛となることが発表された。これでヴァンと離れずにずっと一緒にいられる。他にも護衛がつけられるけど、僕の一番近くにいるのはヴァンだ。
そして「そなたが力を貸してくれること、誠に感謝する。何かあれば遠慮なく申し付けるといい」と、陛下直々にお言葉も賜り拝謁は終了した。
たぶん時間としてはそこまで長くはなかったと思う。だけど終わったんだとほっとした途端、体から力が抜けてしまい、ヴァンに抱きかかえられて部屋へと戻ってきた。それを見たジェームズ様はくすくすと笑っていて、ここでもまた恥ずかしい思いをすることなった。
「フィー、しばらく眠るといい。エセルバード様たちが来るまで少し時間がある」
「うん……そうする……」
ヴァンの手が気持ちよくて眠くなる。この後はエセルバード様とジェームズ様が来て、今後について打ち合わせをすることになっている。でもその前にお言葉に甘えて少し眠ろう。
ヴァンの温かさを感じながら目を瞑ると、僕はすぐに夢の中へと落ちていった。
◇
「ラルフィー様、起きられますか?」
「ん……」
呼ばれた気がしてそっと目を開けると、目の前にはエセルバード様とジェームズ様の姿が。え!? もうそんな時間!?
「すみません、ラルフィー様。本当はこのままお休みいただきたいところですが、どうしてもお話しなければならないことがありまして……」
「い、いえっ! 僕の方こそすみません!」
まさか寝顔を見られていたなんてっ……! 今日は恥ずかしいところばっかり見られている……
どうやらヴァンはずっと僕を起こそうとしてくれたらしいのだが、僕が全然起きずとうとうエセルバード様たちが来てしまった。そこで何度も声をかけてやっと起きたらしい。
「ラルフィー様、お疲れのところ申し訳ありません。ですがあまり時間もないため、ご協力をお願いいたします」
「い、いえ! エセルバード様のお気持ちはわかりますから謝らないでください!」
元々、拝謁の後は打ち合わせがあるって聞いていたのに、ぐうぐう寝てしまった僕が悪い。本当にごめんなさい。
「まずは先に倒れてしまった聖女様のことをお話ししましょう」
この国の倒れてしまった聖女様、アリシア様は僕が持ってきた野菜を食べて回復したそうだ。僕が現れたことを聞いて嫌がられるかと思ったが、「心強い方が来てくれて安心しました」と喜んでくれたらしい。是非一度お茶会でもしましょうと招待ももらった。
とりあえずアリシア様が元気になってくれてよかった。
それから僕は明日から畑で野菜を育てることになった。この野菜は魔物討伐に向かっている騎士の方々に優先的に配られることになる。
あとは苗木に僕の力を注ぎ、それを各地へ植えることになった。そうすれば聖女が各地へ訪問する必要はないし、時間短縮にもなる。その分、たくさんの苗木に力を注ぐ必要があるけど、そこは僕の魔力量を見ながら行うようだ。倒れるまでやらなくていいと知ってほっとした。
「ただ恐らく各国からラルフィー様へ苗木を分けて欲しいと要請があるでしょう。その際もお力を貸していただけますか?」
「はい。時間はかかるかもしれませんが、やれるだけやるつもりです」
窓口はエセルバード様の直属の部下の方が担当してくれるそうだ。だから僕の仕事はただ苗木に力を与えるだけだから簡単だ。
だけどどこの国からどれだけの要請があったのか、その詳細はきちんと教えてくれるそう。そしてそれに関しての報酬もちゃんと支払われるそうだ。
あの国では衣食住は保証されても報酬なんて一切なかった。途中から食事も減らされてしまったくらいだ。
この国ではきちんと、内容を明らかにして報酬まで与えてくれる。かなり恵まれていると言えるだろう。
「それから今後、ラルフィー様に拝謁したいと申し出る貴族も出てくることと思います。その辺りも侍従が間に入りますのでご安心ください。もちろん会いたくなければお断りいただいて結構です。……むしろそうなさった方がよさそうですが」
ジェームズ様曰く、貴族の中には僕を取り込もうとする人もいるとのこと。縁談を持ち込む人もいるだろうし気を付けてほしいと言われた。僕にはヴァンがいるし、ヴァン以外は考えられない。そういった面倒くさいことにならないよう、基本的には全部断った方がよさそうだ。
「あと、この国にも頭の悪いどうしようもない貴族もいます。ラルフィー様が平民の出だと知って悪しざまに言う人もいるでしょう。その際は是非、その方のお名前を教えてくださいね。僕たちがきっちりお礼をさせていただきますので」
「ラルフィー様はどの貴族より貴い存在だとわからない輩がいるのです。不快な思いをなされた場合、我慢はせず必ずご報告を。まぁヴァン殿がいれば問題ないとは思いますがね」
ふふふ、と黒い笑顔のジェームズ様に続き、ギラリと目が光ったエセルバード様。その姿がちょっと怖いものの、僕のことを守ってくれるその気持ちは十分に伝わった。この国なら、もし罵られたとしてもきっと大丈夫だろう。
◇
翌日早朝、早速僕は王宮の一角に作られた僕専用の畑へと来ていた。かなり広く作られていて、僕一人で出来るのかなと不安になったが、そこはちゃんとお手伝いしてくれる庭師の方々が控えてくれていた。
みなさんに挨拶をして早速種まきを始めることに。
「みんな、大きく育ってね」
用意された野菜の種に聖属性の力を注ぐ。そしてその種を庭師のみなさんと一緒に蒔いていった。広大な畑でちょっと大変だったけど、一仕事終わった後は気分爽快だった。
そして案の定、二日後には僕の予想通りわっさーとたくさんの野菜が実る。初めて見た庭師の方々は口をあんぐりあけてしばらく動けなくなっていた。
収穫した野菜は騎士団へと運ばれる。これが各地で魔物討伐をしてくれている騎士様たちの助けになるといいな。
そして小さな苗木もたくさん届き、僕は順番に聖属性の力を注ぐ。大きくなるのは地面に植えられてからだよ、と言うと小さいながらも「任せて! 頑張るよ!」と口々に言ってくれた。この子たちならきっと、すぐに根付いて大きく成長してくれるだろう。そうなれば乱れた自然の調和もすぐに整うはずだ。僕も「よろしくね」とお願いしておいた。
野菜や植物に聖属性の力を注ぐのに大した魔力量は必要ないけれど、やっぱり数が多いと枯渇してしまう。僕の様子を見ているヴァンに「今日はここまでだ」と止められ作業はお終い。夢中になって力を注いでいたから気付かなかったけど、確かに体が少ししんどい。
ヴァンとお昼ご飯を食べたらお昼寝させてもらうことにした。
それにしても凄いな、今の生活。
王宮に来て、豪華な部屋に住まわせてもらって、綺麗で上等な服も用意してくれて、美味しいご飯をお腹いっぱい食べてお昼寝まで出来る。
すぐ側には大好きなヴァンもいて、周りには僕に親切にしてくれる優しい人たちがたくさんいる。
まさかこんなことになるなんて、故郷の村で属性検査を受けた時には夢にも思わなかった。