16 ヴァーノンの深紅の瞳は
次の日から早速僕の力の確認をすることになった。種に聖属性の力を注ぎ、それを蒔いて水をあげる。そして二日後にはわっさーと大きな実を付けた。
それを見たエセルバード様たちは口をあんぐり開けてしばらく呆然としていた。うん。僕も最初見た時は同じだったからその気持ちはよくわかる。
その野菜を収穫して調理。僕の手料理を貴族の人に出すのは憚られたけど仕方がない。生で食べられるものと火を通したものと両方出した。
「な、なんですかこの野菜はっ!?」
「あ、ありえん……」
野菜を食べたエセルバード様たちは揃って驚愕の声を上げた。同行していた騎士様も同じく驚いている。
特にエセルバード様は歳のせいか、腰や膝が痛くなっていたらしい。でもそれがスッキリと治ってしまった。そして全員が共通していたのはここまでの長旅での疲れが全てなくなったそう。
ジェームズ様は「凄い! 凄いぞ! あははははは!」とずっと笑っていてちょっと怖かった。
「今ある怪我や病気だけじゃなく、昔の傷跡すら全部消える。何か古傷があるなら確認してみるといい」
ヴァンがそう言うと、騎士の一人が服を脱ぎ肩を出した。そこは数年前に傷を負った場所らしく跡がくっきり残っていたらしい。でも今そこには傷跡など一つもない綺麗な肌だけが見えている。
これで植物によって僕の力が高まった証明が出来た。
「フィーさんは紛れもなく聖女です! しかも、今現在いらっしゃる聖女様より、数段も強い力をお持ちです!」
「これほどまでとは……これからあなたを『緑の聖女様』とお呼びすることにいたしましょう。今までの非礼をお詫びいたします」
「えっ!? ちょ、や、やめてください!」
宰相様が僕への口調を改め、しかも跪いてしまった。そしてその場にいたヴァン以外の全員が、同じように僕に跪く。
これはちょっと想定していなかった。あの国のように横暴な態度でなければそれでいいと思っていたのに、僕よりもずっと貴い人が僕なんかにここまで敬意を払ってくれるなんて……
「いいえ、あなたこそ真の聖女様であらせられる。あの国は本当に愚かなことをしたと後悔するでしょう。今後が非常に楽しみです」
エセルバード様は「くくく」と非常に怖い顔で笑っていた。それを見たジェームズ様も同じ顔で同調していた。どういうことかわからなかったけど、たぶんあの国にとって望ましくないことが起こるんだろうなという想像は出来た。
そして僕はエセルバード様たちと共に王都へ向かうことになった。この村ともお別れになる。
「は!? お前たちが王都に行く!?」
「はい。恐らくもうここへは戻って来ないと思います。今までよくしてくれて、本当にありがとうございました」
「そうか……寂しくなるなぁ。お前さんたちが来てくれてこの村はかなり元気になった。きっとみんな別れを惜しむだろうよ」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
村長さんにこの村を離れることを説明すると、とても残念がってくれた。その話を知った村人たちも同じく「寂しくなる」と言ってくれて、あまつさえ泣いてくれた人もいた。それだけ僕がこの村に受け入れられていたことを感じて、僕も一緒に泣いてしまった。
ここの人たちはみんな高齢者ばかりだったけど、孫のように可愛がってくれたから。
商人のおじさんもちょうどこの村に来てくれたから事情を説明すると、しょんぼりと肩を落としてしまった。僕の野菜が好評すぎて次はいつ入るのかと問い合わせが多かったらしい。
僕の畑に実った野菜は全て収穫し、村人全員と商人のおじさんに配った。
◇
そして明日、とうとうこの村とお別れになる。寂しい気持ちを抱えながら、持っていく荷物を選別していた時だ。玄関の扉が叩かれ、エセルバード様とジェームズ様がいらっしゃった。
「夜分遅くに申し訳ありません、フィー様。少々確認したいことがありまして……」
エセルバード様とジェームズ様に椅子を勧めると、エセルバード様が口を開いた。その視線はヴァンへと向けられる。
「ヴァンよ。そなたはサレルヴァ王国の王子ではないのか?」
「は……? え? ヴァンが、王子様……?」
エセルバード様が何を言っているのか全くわからない。だってヴァンがあの国の王子様だなんて……張本人であるヴァンを見ると、観念したかのように大きくため息を吐いた。
「……王子、ではないが、国王の血を引いていることは間違いない」
「え……? 本当、なの……?」
「……ああ、今まで隠していてすまない。順を追って説明しよう」
ヴァンは、今まで黙っていたことを全て話してくれた。
ヴァンの母親、エミリーさんは王宮で働く下女だった。本来なら王族の目に触れることのない場所で働いていたのだが、国王が仕事を抜け出しふらふらと彷徨っていた時に出会ったそうだ。
エミリーさんは平民とは思えないくらい可愛らしい容姿をしていたそう。その姿を見た国王は、エミリーさんを無理やり襲い手籠めにした。そしてエミリーさんは妊娠してしまう。
お手付きとなり、国王の子供を身籠ったエミリーさんは妾として迎え入れられることになった。だがそれを不服と反発したのが王妃様だ。
それでエミリーさんはヴァンを産んだ後、王宮の古い離れに追いやられた。そしてヴァンも国王の血を引いているものの、王位継承権はなく、まともな教育すらも受けさせてもらえなかったらしい。
そんな状態であっても、国王はエミリーさんを度々自分の寝室へとよんだ。エミリーさんはそれが苦痛だったらしく、離宮へ帰ってくるたびに泣いていたそうだ。
エミリーさんは大それたことをするつもりもなく、王妃様に盾突くようなことはしなかった。だけどエミリーさんの存在そのものを邪魔だと思っていた王妃様は、エミリーさんを毒殺した。
「なんてことをっ……」
「犯人は王妃で間違いなかったが、それを処罰することはない。それどころかまともな調査すらされなかった」
エミリーさんの遺体はそのまま王都の教会へと運ばれ埋葬されたそうだ。そして残されたヴァンはそのまま王宮に残るも、王妃様、王子様たちに日々暴力にさらされていたそうだ。あの体に付いていた無数の傷跡はこの時のものだそう。
あの傷跡はとてつもない数だった。それだけ日々傷を付けられていたということだ。死にそうになったことも何度かあったらしく、はっきり言って今生きていることが奇跡だとヴァンは語る。
だけど殺されることはなかった。ここまでする王妃様や王子様にとって、ヴァンは邪魔以外の何者でもない。それなら追い出したってかまわないはず。でも追い出すことも殺すことも出来なかった。それはなぜか。
「俺の目の色が、王家にだけ伝わる深紅の目を持っていたからだ」
生まれが卑しくとも、その紅い目は紛れもなく王族の証。そして不思議なことに王妃様から生まれた王子には、その目の色は受け継がれることはなかった。
だから国王はヴァンを追い出すことも殺すことも禁じた。この目の色を持っていたことで、ヴァンはその命を永らえることが出来たのだ。ヴァンへの当たりが強かったのも、ヴァンだけがこの色を持っていたから。
ヴァンが騎士となったのは自分の意思ではなかったそうだ。王妃様によって無理やり騎士団へと入れられたのだそう。そして王妃様はヴァンが苦しむように「殺さなければ何をしてもいい」と騎士団に言ったそうだ。
騎士たちからも暴力を振るわれる毎日だったが、ヴァンもただやられたわけじゃない。騎士の技を見て盗み、修練を重ね、強くなっていった。そこからは直接暴力を振るわれそうになっても、しっかり対処出来るようになったらしい。
だけどその代わり嫌がらせは段々と酷くなったそうだ。
「それからフィーが『能無し聖女』だと言われるようになり、俺がフィーに付くことになった。誰もフィーの護衛なんぞやりたくないと押し付けられた結果だ。だがあの時から俺は過ごしやすくなったことは間違いない」
それから異世界から聖女が召喚され、僕の処刑が決まる。僕を助けてから王宮を出るまで誰にも会わなかったのは、ヴァンが嫌がらせされないために逃げていた時に見つけた通路だったそう。
騎士団から馬を一頭用意し、それに乗って逃走。そしてこの村へと辿り着いた。




