15 聖女召喚と魔物出現の関係性
聖女召喚とは、全世界で禁忌とされ封じられた魔法だそうだ。この召喚には膨大な魔力を使う。それは人間の力だけで賄えるものではない。だから魔素を大量に取り込み発動させるのだそう。
大量に魔素が失われると自然界の調和が大きく乱れる。そうなると瘴気が蔓延し魔物の出現数が極端に増えるのだそうだ。
魔物の出現を止めるためには乱れてしまった調和を整えること。それには聖女の力が必要不可欠。聖属性の力でなければ、乱れた自然界の調和を正しく調整することが出来ないのだそうだ。
このシンデア王国にも聖女様はいる。だけどこの国も希少な聖属性の魔力を持つ人は今のところ一人しかいないらしく、その聖女様がなんとか王都周辺の調和を整えたそうだ。
でも一人でこの国全ての調和を賄うのは無理がある。だけど乱れた調和を元に戻さない限り、魔物の大量出現は止まらない。
だからこの召喚魔法は全世界で禁忌とされ、封印されることになったそうだ。
そういうことだったのか。あの召喚の時、植物たちが「ダメ! いけない!」と大合唱していた理由はこれだったんだ。
「実は聖女様がいらっしゃる国はそう多くはありません。いたとしても一人、多くて二人。聖女様が国全域の調和を整えるなんて正直時間がかかります。何年かかるかわかりません。負担も大きく、先日、我が国の聖女様は力の使いすぎで倒れてしまいました」
この国の聖女様はきっと僕よりずっとずっと多い魔力量を持っているだろう。だけどその聖女様ですら倒れてしまった。それも王都周辺の調和をしただけで。
それだけ多くの力を使うということだ。でもまだ調和をしなければいけない地域はたくさんある。この国全域を回らなければならない。
「僕たちは魔物の出現が多くなったことで対魔物緊急組織を編成しました。それでこの国全域での目撃情報や被害状況などを確認していた時、この村周辺では全く被害がないことがわかったんです。ここに何かがある。そう思い僕たちは王都からやってきました。すると本当に不思議なことに、この村の手前辺りで魔物が一切姿を見せなくなったのです。それからあなたの作る野菜のことが噂になっていました。そこで野菜を販売している商人にあなたのことを聞いたのです」
僕の育てた野菜を食べてからなんだか体の調子がいい。痛いところがなくなった。病気が少しずつよくなった。そんな話を聞いて、まるで聖女の癒しの力のようだと思ったらしい。そしてあの商人のおじさんに僕のことを聞き、この村へとやってきた。
故郷の村ではここまで大きなことにならなかった。だから今回も大丈夫だと思ってた。だけど大量の魔物が発生したことで、僕の力のことがバレてしまったんだ。
「どうかお願いです。フィーさん、あなたの力を貸してくれませんか?」
「え……? そ、れはっ……」
また僕はあんな風に力を無理やり使わされるの? それで魔力量が少なくて『能無し聖女』だと罵られるの? ……嫌だ、もうあんなのやりたくない!
きっとヴァンは付いてきてくれると思う。でも僕が『能無し聖女』だと罵られたら、側にいるヴァンにまでまた嫌がらせされるかもしれない。それが一番嫌だっ……!
あの時の辛さを思い出していたら、ヴァンが思いっきりテーブルを叩いた。その音に全員が驚き、ヴァンへ視線を移す。
「フィーを連れて行くことは許さない。フィーの話を聞いて、フィーがあの国でどんな目に遭ったのかわかっただろう。俺は二度と、フィーをそんな目に遭わせるつもりは毛頭ない」
「ヴァンッ……!」
ヴァンは王都の役人相手に、そう強く抗議してくれた。僕の恋人はどんな時でも僕の味方でいてくれる。本当に嬉しい。だけどいくら強いヴァンでもこの人たちに手を出せばタダじゃすまない。
「わかっています。僕たちはフィーさんをそんな目に遭わせるつもりはありません」
「はっ。どうだかな。お前たち上役は貴族で構成されている。平民なんぞにかける優しさなんて欠片もないだろうが」
「あの国ではそうだったかもしれません。ですが僕たちは違います!」
「いきなり家に押しかけて、無理やり話を聞かされたお前たちのどこを信用しろと?」
「それはっ……」
ジェームズ様は押し黙った。それはそうだろう。この家に来た時、僕たちにはっきり「拒否権はない」と言ったんだから。貴族らしい、平民への対応そのものだ。
「それは私の落ち度だ。申し訳ない」
「……え?」
それまでずっと黙っていたエセルバード様が一人静かに頭を下げた。この人も絶対に貴族だ。それもかなり上の立場の人だろう。なのにその人が僕たち平民に頭を下げるなんて……
ヴァンも衝撃だったのか、何も言えずエセルバード様を凝視している。
「このジェームズによく、『その仏頂面をやめてほしい』と言われている。言葉もキツイらしくてな。だが長年の癖はそうそう直せるものではない。いい訳にしかならないが、決して君たちを力づくで抑えるつもりはない。あくまでも力を貸してほしいと望んでいるだけだ」
「……こちらのエセルバード様はこの国の宰相様です」
「え!? さ、宰相様!?」
役人は役人でも、宰相様だったの!? 宰相様がわざわざこの辺境までやってきたってこと!? え、びっくりしすぎて一瞬息が止まったんだけど……
「宰相様があなたたちに頭を下げたんです。こんなこと、普通ならあり得ません。ですがそれだけ僕たちの言葉が本当だという証明になるかと思います。ですからどうかお力をお貸しいただけませんか。お願いいたします」
そしてジェームズ様もテーブルに頭が付きそうなほど頭を下げた。それを受けて、思わずヴァンと顔を見合わせる。
あの国では平民に対して絶対に下手に出ることはなかった。希少な聖属性を持っていても、相手が平民だとわかればより都合よく使おうとした。
でもこの人たちは違うのかもしれない。宰相様という、国王と共に国を支える人が、僕に頭を下げてくれたんだから。
「……わかりました」
「フィー!?」
「きっと大丈夫だよ、ヴァン。この人たちなら信用してもいいと思う」
「……フィーがそう決めたのなら俺は何も言わない。だが俺も付いていくからな」
「うん! そうしてくれなきゃ困るよ」
僕が了承すると、ジェームズ様はあからさまにほっとした表情をした。エセルバード様はあまり表情が変わらなかったけど、ほんの少し口角が上がったような気がする。
「ただ僕の魔力量は本当に少なくて、そちらの聖女様のように力を使うことは難しいと思います。それをどうするかが問題で……」
「いや、フィーの力の真骨頂は植物との親和性が高いことだ。恐らくだが、この村周辺に魔物が近寄らなかったのはフィーが育てた野菜や花があったからだろう」
ヴァンの考察はこうだ。僕の聖属性の力を与えた野菜は異常な効果を見せた。わざわざ与えなくても勝手に漏れ出た聖属性で野菜や花には不思議な力が宿る。その植物があるだけで、自然の調和を整えたのだろうというのだ。
つまり、僕が直接力を使うのは植物に対してだけ。あとはその植物が育てば、その植物たちが調和をしてくれる。それに植物に力を与えるだけなら魔力の消費はかなり少なくて済む。しかも力を与えられた植物は異常な早さで育ってくれるのだ。自然の調和もすぐに行える。
「な、なんというっ……それが本当ならとんでもないことですよ!」
僕の力を確認するために、エセルバード様たちは一週間この村に滞在することになった。




