13 望まぬ来客
ふと意識が浮上する。そっと目を開けると、至近距離で安らかな寝顔を浮かべるヴァンがいた。それにビックリしたものの、なんとか大きな声を上げずに済んだ。
ヴァンと密着状態であることに気付き、そういえば昨日は告白されて本当の恋人になったんだと思い出す。その途端、カァッと全身に火が付いたように熱くなった。
「夢、じゃないんだよね……」
今だ現実味がなくて、昨夜のことは僕が見た夢なんじゃないのかと思う。だってこんな格好よくて優しい人が僕を好きになったなんて信じられない。
「……なんでヴァンは僕のことを好きになってくれたんだろう」
昨日はいきなりの告白でそこまで頭が回らなかった。一晩寝て多少冷静になったからか、ふとそんなことを考えた。
僕はヴァンにとってお荷物で間違いないし、男だしヴァンに家族を作ってあげられない。平凡な村で生まれ育ってこれといった特技があるわけでも、とびっきりの美人というわけでもない。
聖属性は確かにあるけど『能無し聖女』だと散々言われてきた。みんながうらやむような功績を残したわけでもない。なのに――
「……それはフィーが今まで出会った誰よりも純粋で、心が清らかだったからだ。こんな人がいるのかと、最初は驚いたくらいだ」
「え!? お、起きてたの!?」
「ああ、フィーが起きたのとほぼ同時にな。おはよう、フィー」
「お、おは、よっ……」
うわぁっ……! いつもの笑顔と全然違うっ……! なんか優しいを通り越して甘いというか、そんな顔で微笑まれて恥ずかしさが突き抜けた。
全身真っ赤になった僕を、ヴァンはくすくすと笑って強く抱きしめる。ヴァンの腕の中は温かくて気持ちがいい。
「フィーは周りからどんなに蔑まされても、苦しい思いをしても、誰かを責める言葉を吐かなかった。俺の周りには常に誰かの足を引っ張り、騙し、貶すような奴しかいなかったんだ。フィーと過ごしていて、こんな清らかな人がいたことが衝撃だったな。それからフィーのことが気になりだしたんだ。フィーが殺されるとわかった時、どんな手を使ってでもフィーを逃がす。そう決めた」
ヴァンは僕を抱きしめながら、僕がぽそりと呟いたことに返事を返してくれた。こんな風に褒められた経験はないから、嬉しいやら恥ずかしいやらで落ち着かない。
「この村に来るまでもフィーは弱音を吐かなかった。旅程は急ぎ足だったし、鍛えた俺とは違って絶対体は辛かったはずだ。なのに我儘一つ言わず、必死に付いてきてくれた。村に到着してからもフィーは変わらなかったし、一生懸命この村での生活に馴染もうとした。フィーのことを知れば知るほど、どんどん好きになった。……はっきりと自覚したのは村に到着する少し前だったが、きっと王都にいた時から好きになっていたんだと思う」
そんな前から僕のことを……その事実を知って僕の方が驚きを隠せなかった。
でもよく考えてみたら僕もきっと王都にいた時からヴァンのことが好きだったんだと思う。ヴァンがずっといてくれたから、あの辛い日々でもなんとかやって来れたんだから。
「あ、ありがとう……ヴァン。す、好きっ……」
「フィーッ……あー、可愛すぎて今日はこのままでいたいくらいだ」
「だ、駄目だよ! 庭の野菜に水をあげなきゃだし、野菜を収穫しなきゃだし、それをご近所さんに配らなきゃだしっ……」
「ははは、わかってる。でもあと少しだけこうさせてくれ」
ヴァンは抱きしめていた力を緩めると、僕に覆いかぶさるように態勢を変えた。そのまま頬をするりと撫でられて顔が近づく。朝から容赦なく深いキスをするヴァンの熱にうかされながら、それを止めることなく受け入れた。
◇
それからの毎日はもっともっと楽しくなった。ヴァンという素敵な恋人が出来て、毎日が今までにないくら幸せだと感じている。
家の修理も終わり、雨漏りしなくなったし隙間風も入らなくなった。欲しかった品物は商人のおじさんのお陰で全て揃ったし、毎日お腹いっぱい食べられて病気や怪我の心配もない。村の人たちとの関係も良好で、小さな村だけどとてもいい場所に来れたと思う。
ただ一つ気がかりなのは、故郷の村で別れたっきりの父さんと妹のことだ。ちゃんと届くかはわからないけど、一度商人のおじさんに家族に宛てた手紙を出してもらうようお願いした。
この村にいる限り、あの王太子殿下や聖女様のことを知る術はない。僕たちを探しているのかどうなのかすらも。だから故郷に帰ることは未だに出来ないけれど、僕は無事だということだけは知らせたかった。
そしてこの村に居ついてから一年が経った。僕の家には花も植えられ、とても華やかで賑やかになっている。今日も家の周りを囲むように咲いている花たちにお水をあげる。「おいしー!」と喜ぶ声で溢れて、僕の顔も綻ぶ。
だけどふいにその声は「誰かが来た。知らない人が来た」という声に変わった。この村はシンデア王国でもかなりの辺境にある。訪ねて来る人なんて商人のおじさんくらいだ。でも花たちはその商人のおじさんではない、初めての人が来たと言う。
誰が来たのかわからないけど、まずは村長さんのところを訪ねるだろう。もしかしたらこの辺り一帯を収めている領主様の遣いの人かもしれない。そう僕は呑気に考えていた。
ヴァンが狩りから帰って来たところでお昼ご飯に。竈に火をつけて料理に取り掛かっていた時だ。初めて聞く声と共に家の扉が叩かれた。
「失礼、私は王都から来た役人だ。少し聞きたいことがある。因みにそちらに拒否権はない」
王都から来た役人。まさかの来客に僕とヴァンは険しい顔で視線を送り合った。ここでごねたところでいいことはない。ヴァンは警戒を怠ることなく、ゆっくりと玄関の扉を開けた。
すると髪をきっちりと後ろへ撫でつけ、いかにも上級役人だと一目でわかる質のいい服を着た五十代くらいの男性が立っていた。かけている眼鏡を指でくいっと上げると、そっと家の中へと入って来る。その後ろに続き、剣を持った騎士が二人と役人だろう人がもう一人入って来た。それだけで狭い家だからあっという間に手狭になる。
眼鏡をかけた男性はヴァンの顔をしばらく凝視していた。一体何があったんだろうか。嫌な予感がしてヴァンの袖をギュッと握り締めた。
「……君たちがフィーとヴァン、間違いないな?」
「……そうだが、一体何の用だ?」
眼鏡をかけた人はそのことに返事をせず、「座っても?」とリビングに置かれているテーブルを指さした。断ることは出来ないため、「どうぞ」と椅子を勧める。眼鏡の男性は頷くと優雅な仕草で椅子に腰かけた。
「私はエセルバード・スターコットだ。二人共座ってくれ。ゆっくりと話をしよう」
一体なんの話があるのか。エセルバード様の鋭い眼光に慄き、ごくりと喉が鳴った。