12 気持ちの自覚
嫉妬って恨みとか妬みとか、いい感情じゃないことは僕にもわかる。でも今まで僕はそういった気持ちを抱いたことはなかった。だけどヴァンはこれが嫉妬じゃないのかと問う。
「俺があの女に抱き着かれて嫌だと思ったんだよな? 俺があの女と一緒にこの村からいなくなったらって考えたらどう思う?」
「え? そんなの嫌だよっ……でもヴァンが行きたいなら、僕は……」
ヴァンがいなくなったらと考えたら嫌だ。そんなの寂しい。ヴァンと一緒にいられる今が凄く楽しいから。でもそれは僕の我儘。ヴァンにやりたいことがあるなら、僕にそれを引き留める権利なんてない。
それをわかっているのに、どうしても嫌だという気持ちが止まらない。僕から離れないでほしい。ずっと一緒にいてほしい。そんな気持ちばかりが膨れ上がる。
「本当に? 俺がフィーから離れたいって言ったら、フィーはそれでいいのか?」
「……やだっ……本当は、凄く、嫌……でもっ……」
ヴァンに迷惑をかける気はない。ヴァンにはいっぱい助けてもらった。これからも助けてもらおうなんて思っちゃいけない。ヴァンの人生を、僕なんかで駄目にするのは本意じゃない。
「俺もフィーから離れるのは嫌だ。ずっと一緒にいたいと思ってる」
「え……ヴァンも……?」
ヴァンも一緒にいたいって思ってくれてる……? 嬉しい。凄く、凄く嬉しい。また心臓がドキドキと高鳴って苦しいくらいだ。
でもどうして……? 僕はお荷物じゃないの? 聖属性の力はあっても、それ以外何も誇れるものがない。聖属性の力も、結局僕一人の力じゃ何もならない。植物に力を貸してもらえなければ大きな力を得ることはない。
「フィー、どうしてそう思う? どうして俺と一緒にいたいと思うんだ? 俺はフィーのことが好きだ。だから一緒にいたい。離れたくない。こうして抱きしめていると胸が苦しくなるくらい幸せなんだ」
「え……?」
なんて? ヴァンは今、なんて言ったの……?
「俺の心臓の音が聞こえているだろ? フィーのことが好きだから、だからこうして抱きしめているだけでこんなにもドキドキするんだ。フィーも同じ気持ちじゃないのか?」
「同じ、気持ち……?」
「俺があの女に迫られた時、モヤモヤしたんだろう? 俺と離れたくないんだろう? それは、フィーも俺のことが好きだと、その証明だと、そううぬぼれてもいいか?」
僕がヴァンのことを好き。だからアンナさんにモヤモヤして、ヴァンと離れたくないって思って、ずっと一緒にいたいと思ったってこと……?
「あっ……」
うわぁっ! え、僕、ヴァンのことが好きだったんだ……! ヴァンにそう言われるまで全く気が付いていなかったけど、僕がヴァンのことが好きだとすんなりと理解した。してしまった。
その途端、さっきの比じゃない火照りが体全身を走り抜ける。心臓も、もう今にも破裂しそうなくらいに苦しいっ……!
「ははっ、耳まで真っ赤だな。可愛い」
「ひゃっ!?」
ヴァンは僕を更に強く抱きしめると、頭にちゅっとキスを落とす。今までこんなことされたことはない。初めての行為に体がビクンと跳ねた。
「体も凄く熱くなってる。恥ずかしがってるのか? そんなの、ただ可愛いだけだぞ」
「あ、あ、あっ……だって、だってっ……」
こんなのどうすればいいの!? 今まで誰かを好きになったこともないのに、こんないきなりっ……! 困るよ! 恥ずかしすぎて困るっ!
「フィー、好きだ。愛してる。俺とずっと、一緒にいよう」
「ヴァンッ……」
恥ずかしいのに、僕はその言葉が嬉しくて自然と目に涙が浮かんだ。嬉しくても人って泣くんだな。人生初めての経験が、ヴァンと出来たことがこんなにも嬉しい。
離れたくない。その気持ちが伝わるように、ヴァンの服をキュッと掴んだ。
「フィーの気持ちは? フィーの本当の気持ちを教えてくれ。俺の勘違いじゃないと言ってくれないか?」
「あ、僕はっ……僕も、ヴァンがっ……好き、ですっ……」
「フィー!」
最後は声が小さくなってしまった。それでもヴァンにはしっかりと届いたようで、更に強く抱きしめられる。息が出来ないくらい苦しいのに、嬉しくて、幸せで、もっとくっついていたいと僕もヴァンの背中に腕を回す。
ヴァンは僕の頭にまたキスを落とす。何度も、何度も。その度に僕の心臓は跳ね上がり、恥ずかしくて苦しい。でも嫌な気持ちなんて一切なくて、もっとしてほしいと願ってしまう。
この村に来た時は駆け落ちした恋人だと嘘を吐いたのに、その嘘が本当になってしまった。それもこんな素敵な人と。
ヴァンと出会うためだったのなら、僕が『能無し聖女』と罵られたあの時の辛さが報われる。
「フィー、顔を見せてくれ」
「あ……」
ヴァンが抱きしめていた腕を緩めると、僕の顔を覗き込んだ。恥ずかしくて顔を上げられないのに、ヴァンは容赦なく僕の顔を上へと上げた。そうすればヴァンと目が合ってしまう。ヴァンの目は今までにないくらい優しい目をしていた。煌めく紅い瞳に射抜かれて息が止まりそうだ。
「嬉しくて泣いたのか? もうフィーが可愛すぎておかしくなりそうだ。愛しい気持ちが止まらない。やっと、伝えることが出来た。好きだ、フィー。心から愛してる」
「んっ……」
ヴァンはそのまま顔を近づけて、唇と唇が触れあった。優しく触れたそれはすぐに離れるも、次は強く、深く重なった。僕はヴァンとキスしてる。初めてのキスは優しくて温かい。
「フィー、この先に進みたいが今日はここで我慢しておく。でも心の準備だけはしておいてくれ」
「え、あっ……それってっ……」
したことはないけれど、知識だけはある。それは男女のことについてだけど、男同士でも出来ることは知っている。どうやるのか詳しくないだけで。
ヴァンがそう望んでくれたことが恥ずかしいのに嬉しい。だけど恥ずかしすぎて混乱する。心の準備なんて出来るんだろうか。
「フィー、何を考えた? 俺に抱かれることを想像したか?」
「えっ!? あ、いやっ……だってっ!」
「ははは。あー、もう本当に可愛すぎだろ。俺の忍耐が保てるのか自信がない」
「うう~……」
もう堪らなく恥ずかしくて、ヴァンの胸で顔を隠した。僕の頭の上で、ヴァンのくすくすと笑う声がする。ヴァンのその余裕がちょっと憎たらしい。
「さ、明日も早いから寝ようか」
「……はっきりいってドキドキして寝られるかわかんないよ」
「ははは。それは俺も一緒だ。……おやすみ、フィー」
「……おやすみ、ヴァン」
またギュッと抱きしめられてヴァンの温もりと匂いに包まれる。どちらの心臓もドクドクと早い。ヴァンも同じ気持ちなんだとその音が証明してる。
まだ顔も体も熱いままだ。こんな状態で寝られるとは思えない。だけどこのままでいたいと、そう思う。離れたいと思わない。
その夜はそのまま、二人で抱きしめ合ってお互いの熱を感じていた。




