10 やっぱり僕はお荷物
「ヴァンー! お疲れ様ー! ご飯にしよー!」
「ああ、今戻る!」
屋根の修理をしていたヴァンにご飯が出来たことを伝える。修理道具をそこに置くとヴァンは身軽にスタッと降りてきた。相変らず身のこなしが素晴らしい。
あれから四か月程が経ち、僕たちもここでの生活にすっかり慣れた。
最初に聖属性の力を与えて育てた野菜は僕たちだけで食べているのだけど、なんと大量に収穫したあの野菜は腐ることはなく全部綺麗に食べることが出来た。
おまけにその野菜を食べたヴァンは体の調子がかなりよくなったおかげか、狩りでも毎回大きな成果を上げている。
たくさん獲物が獲れた時はお肉を干し肉に加工したり、僕が普通に育てた野菜と一緒に村の人に配ったりしている。そのおかげで村の人たちとも仲良くなれて、料理をおすそ分けしてもらったり服を作ってもらったりと交流も増えた。
商人のおじさんにも狩りで得た毛皮や僕の野菜を売っている。状態がいいみたいでいつも高値で買い取ってくれるから凄く助かっている。僕の育てた野菜は特に好評で、味がよくて大きな街で売るとすぐになくなるそうだ。だから商人のおじさんは月に一度来村していたのに今では週に一度来てくれるようになった。
村の人も買い物がしやすくなったと喜んでくれ、なんだか嬉しい。
それに僕の野菜を食べた後は村の人も商人のおじさんも「なんだか体の調子がいい」と言っていた。僕の力のことがバレないかなとちょっとヒヤヒヤしてるけど、今のところ特に大きな問題もないからたぶん今後も大丈夫だろう。
「確か今日はあの商人が来る日だったな」
「そうだよ。ご飯食べたら行こうと思ってる」
食事をしながらヴァンが思い出したようにそう聞いた。午前中にあのおじさんに売れるものをしっかり纏めてある。調味料類が少し足りなくなってきたから今日はそれを買わなきゃ。
週に一度来てくれるおかげで必要なものもほとんどが揃った。今は少しずつ家の修理をしているし、かなり快適な生活を送れている。ただ相変らずベッドは一台しかないんだけどね……
食事も終わり片付けも済ませると、おじさんに売るための品を持って広場へと向かう。すると既に到着していたようで、みんなそこに集まっていた。
「こんにちは」
「よぉ、フィーにヴァン。前回もお前さんの野菜は大好評だったぜ。毛皮も状態がいいからあっちもあっという間に売れたな。いつもありがとよ」
「こちらこそ。おじさんのお陰で生活が充実してるから僕たちも助かってるよ」
今日の品物をおじさんに渡す。するとおじさんは「ちょっと待ってな」と品物の確認を始めた。その間に僕たちは並べられた商品を眺めることに。補充したい調味料類をいくつか選んでいると、「あー! あなたね!」と甲高い女性の声が響く。
何だろうと声のする方を見てみると、少し離れたところで品物を見ていたヴァンに知らない若い女性が抱き着いていた。
「あなたがヴァンね! 話に聞いていた通り、本当に素敵な人ね! こんなに格好いい人初めて見たわ!」
「……悪いが触らないでくれ」
「やだ! そのちょっと冷たい感じも素敵! 私はアンナっていうの! よろしくね!」
ヴァンは冷たくあしらい、女性から距離を取る。だが女性は全くめげずにぐいぐいと迫り、ヴァンの腕に自分の腕を絡ませていた。……なに、あれ。ヴァンは嫌がってるのにどうしてそんなことするの。なんだか凄くモヤモヤする。
「あー、悪いな。あれは俺の娘なんだ」
「え? おじさんの娘さん?」
「お前たちのことを話したらヴァンに興味が出たらしくてな。お前という恋人がいるからやめておけって言ったんだが、勝手に馬車に乗って付いてきたんだ」
アンナさんはとても可愛らしい女性だ。年のころはたぶん僕の妹と同じくらいじゃないだろうか。
「ねぇ、よかったら私の住んでる街に引っ越してこない? ここより大きいし、ずっと住みやすいはずよ」
「……断る。いい加減離れてくれ」
「え~……つれないなぁ。絶対こんなさびれた村にいるよりいいのに」
アンナさんの言葉を聞いて、眉をひそめた村の人。さびれた村かもしれないが、この村に愛着があって住んでいる人にとって失礼な言葉だ。
僕もまだ四か月ほどしかこの村に住んでいないが、人は優しいしここがとても好きになった。なのにそんなことを言われて僕もちょっと面白くない。
ヴァンは本当に格好いいし、アンナさんがヴァンと親密になりたい気持ちはわかる。だけどヴァンが嫌がってるのにお構いなしに迫るのはどうなのだろうか。
「街に行けばあなたによく似合う服だってたくさんあるし、お金だって稼げるわ! なんなら私がいろいろと――」
「ヴァン! 何かいいものあった?」
アンナさんがヴァンに話しかけているところをわざと割って入った。僕が声をかけたことで、ヴァンはほっとした表情をする。
「ちょっと。あなた何よ? 邪魔しないでくれる?」
ぎろりと睨まれて体がびくりと震えた。僕は争いごとは好まない。出来ればあまり関わりたくはないけど、ヴァンが迷惑に思っているのにただ見ているだけなんて出来なかった。
「ぼ、僕はヴァンのこ、恋人です!」
「は? ……あ~、父さんが言ってた恋人ってあなたなのね? ふ~ん……」
駆け落ちした恋人という嘘の設定だけど、自分が恋人だと声を上げるのは勇気が必要だった。でもここで逃げるなんて出来ない。ヴァンの力になりたいと思ったんだから。
アンナさんは僕を上から下までじろじろと眺める。その様子があの召喚された聖女様とよく似ていて、不快に思った気持ちが蘇った。
「ねぇ、ヴァン。この人が恋人なんて嘘なんじゃないの? この人より私の方がずっと可愛いしあなたに相応しいわ。あの人はやめて、私と街に行きましょうよ!」
「や、やめてください! ヴァンは僕のです!」
「フィー……」
僕は勢いに任せてヴァンに抱き着いた。しっかりと鍛えられた逞しい筋肉を感じる。僕とは全然違う体にこんな時なのに思わずドキッとした。
「はぁ? 大体あんた男でしょ? ヴァンに子供を生んであげられないじゃない。それじゃヴァンは自分の子供を持てないのよ。可哀想だと思わないの? どれだけ自己中心的なのよ。あり得ないわ」
「あっ……」
同性婚は別に珍しくないとはいえ、子供を生めるのは女性だけだ。僕とヴァンは偽の恋人だけど、ヴァンは僕のためにこうして一緒にいてくれる。それってヴァンが本当にやりたいことを諦めさせているってことになるんじゃ……
本当は可愛い女性の恋人を作りたいと思っているかもしれないし、いずれは結婚して子供を持ちたいと思っているかもしれない。でも今僕がいることでヴァンの夢を邪魔しているのは間違いない。
状況が状況だったとはいえ、僕はヴァンにとっていつまでもお荷物なんだ……自己中心的だと言われてその通りだと思ってしまい、それ以上言葉が出なくなった。




