1 能無し聖女
※こちらの作品はBLです。
ネトコンに参加するためにこちらに掲載させていただきました。BLが苦手な方はこのままプラウザバックしてくださいm(__)m
――いつものなんてことの無い日常が、とても貴重で尊いんだともっと早くに知るべきだった。だったら僕はこんなにも後悔することはなかっただろうに。
今の僕はやりたくもない女装をさせられ、『聖女様』と崇められている。大好きな家族とも無理やり引き裂かれ王都に一人ぼっちだ。最初に与えられた部屋は、辺境の田舎育ちの僕が目にしたことのない広くて綺麗で豪華な部屋だった。だけどこれは僕に与えられるべき部屋じゃない。
僕は一時しのぎの『聖女様』。本当の聖女が見つかるまでのただの繋ぎ。男だとバレたら僕の命はそこで終わる。
いつバレるかもわからない。いつ殺されるかもわからない。そんな毎日にびくびくとしながらも『聖女様』として力を使う。でも僕の魔力は少なくて、求められている働きが出来ていない。
「ちっ。もう魔力枯渇かよ。相変らず使えねぇな」
「……も、申し訳、ございませんっ……」
魔力枯渇による吐き気を堪えながらも精一杯謝罪をする。だがその返答に舌打ちだけが返された。なぜこんな仕打ちを受けなければいけないのか。悔しく思いながらも、何も言えない僕はただ口を引き結ぶ。
「ふん。やはり平民出の聖女など使えんな」
「こんな聖女と婚約をされた王太子殿下のなんと不憫なこと」
「あんな能無しでも聖属性を持っていることに変わりはない。能無しだがな」
魔力が少ない僕はこうして『能無し聖女』と呼ばれるようになった。
聖女とは聖属性を持つ女性のことだ。歴代の聖女様は豊富な魔力量を持ち、この国に豊穣と癒しを与えてこられた。だけど先代の聖女様が亡くなって五十年。次代の聖女様は現れていない。
今まで聖女様によって実り豊かだったこの国は、少しずつ衰退の一途を辿っている。一度豊かさを知ってしまうとそこからは逃れられない。人間は欲深い生き物だから。
「おい、早くこいつを連れて行け。目障りだ」
「……かしこまりました」
僕に付けられた一人の騎士様。その人に支えられるようにして、僕は馬車へと乗り込んだ。
◇
ガタガタと揺られる馬車の中でどうしてこうなったのかと思い返す。全てはこの国の役人が村に来たことから始まった。
今までは貴族の中から聖女が現れていたが、聖属性を持つ人がなかなか現れず早くも五十年の月日が流れる。このままにしてはおけないと、国王は国の隅々にまで聖女を見つけるために役人を派遣した。
そしてとうとう僕が住む辺境に役人がやってきた。村の女性全員集められ強制的に属性検査を行ったのだ。
僕は二つ下の妹の付き添いだった。心細いと泣きそうな妹のためにと、僕もその場に向かったのが運の尽き。僕の顔を見た役人は僕を女だと勘違いし、僕が男だと訂正する暇もなく属性検査をさせられた。
そこで僕が聖属性を持っていることがわかってしまう。
何かの間違いだと思った。だって聖女様は聖属性を持つ女性。僕は女じゃない。れっきとした男だ。
だが役人は「聖女様が見つかったぞ!」と騒ぎ立て、誰も僕の話を聞いてはくれなかった。そのまま僕は何も言わせてもらえないまま王都へ行くことが決まってしまう。
家族には聖女を育てた功績として金貨十枚が支払われた。平民なのだからこれで十分だろうと。平民で贅沢もしなければ三年くらいは生活できるくらいの金額だ。決して多くはない。
僕の価値は金貨十枚しかないと突き付けられたのだ。
父さんも妹も僕を連れて行かないでくれと泣いて縋ってくれた。だが国の役人は手を伸ばした妹を叩きつけ、父さんの不自由となった足を蹴り飛ばした。それを見て僕は「王都に行くからやめてほしい」と泣いて懇願した。
そして着の身着のまま、僕は王都へと無理やり連れてこられたのだ。
王都へ向かう馬車の中で僕が男だとやっと伝わった。そこで「嘘つきめ!」と罵られ殴られたが、男だとわかってもらえたことで家に帰れると思った。だけどそうはならなかった。
やっと見つけた聖属性持ち。その事実に僕が男かどうかは関係なかったのだ。女装をさせて口数を減らす。男だとバレなければ大丈夫だと。
辺境の田舎育ちであまり肉を食べられなかった。野菜ばかりを食べてきたせいか、僕の背は低く体も細い。顔は死んだ母親に似て女顔だ。それが災いした。
途中に立ち寄った街で女装をさせられると、僕は男に見えなかった。街を歩けば「お嬢さん」と声をかけられる。それを見た役人は満足そうに笑っていた。
違う。僕は男だ。そう声高々に言えたらどんなによかったか。
王都に到着してすぐに王宮へ。一生お目にかかることはないと思っていた国王陛下に王妃殿下、そして王太子殿下に紹介される。最初はよかった。『聖女よ、これからよろしく頼む』と陛下に優しく手を握られた。
でもその後、僕の魔力量が少なく大した働きが出来ないとわかるなり掌を返された。部屋も質素で暗くて狭い部屋へと移された。最初に付けられていた護衛は全ていなくなり、一人の騎士様が付くことになった。
そんな僕だったが王太子殿下と婚約することに。聖属性を持っているのは僕以外いない。大した働きが出来ずとも、希少な属性を持つ僕を手放すことは出来ないとこうなったのだ。
「そんなっ……だって僕はっ――」
「黙れ! 誰が聞いているかもわからないのだぞ!」
王太子との婚約はいくらなんでもまずい。だって僕は男なのだから。それについて取りやめて欲しいと願い出るも、僕が男だと知っている役人は取り合ってくれなかった。
お前のような能無しが結婚出来るわけがない。本物の聖女が見つかるまでだ。それまで男だとバレるな。そう言われた。
言い方にムッとしたものの、それならそれでいい。そうでなければ困る。
「……本物の聖女様が見つかったら、僕は村に帰れるんですよね?」
「そうだ。お前の役目はそこで終りだ。その後はとっととあの何もない田舎へ帰るがいい」
その言葉を聞いてほっとした。今がどんなに惨めで辛くても、本物の聖女様が見つかれば僕は解放される。それまでの繋ぎ。
だったら僕は頑張れる。どんなに辛くても父さんと妹のところへ帰れるんだ。
絶対に、何が何でも絶対に僕はあの村に帰ってやる。そう心に強く誓った。