第09話 初戦闘
突然、茂みから赤黒い影がぬっと姿を現した。
「!!」
(これは…大蛇!?しかも、かなり大きい!)
まだ体の一部しか見えていないが、頭部には鋭い角と牙が生え、その大きさだけで50センチを優に超えている。全長は10メートルを超えているだろうことが容易に想像できる。
「リーネ!逃げるよ、急いで!」
息を飲む間もなく、私たちは全力で森の奥へと駆け出した。木々や茂みを突っ切り、細かい枝が顔や腕をかすめて傷をつけるが、そんなことに構っている余裕はない。
それでも、大蛇は森の障害物をものともせず、うねりながら迫ってくる。
(速い!このままだと追いつかれる…!こうなったら魔法で牽制するしかない…!)
私は走りながらも手に魔力を集中させた。しかし、恐怖と焦りで思うように魔力が定まらない。
「アースアロー!」
無理やり放った土の矢は狙いからわずかに逸れ、蛇の胴体をかすめただけだ。
「くっ、もう一度…アースアロー!」
今度は狙い通り、蛇の頭部に向けて放たれた土の矢が直撃する。
(よし!)
しかし、大蛇はびくともしない。土の矢が直撃しても、大したダメージを負った様子はない。
「そ…そんな…」
(D級魔法じゃ、この魔物には効果が薄すぎる…!でも、火や氷なら…!)
私は次に火の矢を放とうと、必死で集中しようとするが——
「あっ!」
足元に気を取られる暇もなく、木の根に足が引っかかり、地面に倒れ込んだ。振り返ると、大蛇が大きく口を開けてこちらに迫ってきている。
「お姉さまっ!!…うっ!」
次の瞬間、リーネが私を庇って飛び出し、大蛇の鋭い牙が彼女の右腕に食い込む。
「リーネ!!くそっ、大蛇、よくも…!」
怒りと恐怖が入り混じり、私はありったけの魔力を両手に込めた。「ファイヤアロー!!」
制御などできないほど魔力を注ぎ込んだ炎の塊は、矢どころか火球と化して大蛇に炸裂する。
「シャーーッッ!!」
大蛇は苦しげな声をあげ、怯んだ隙にリーネの腕を解放した。
「リーネ、大丈夫!?痛みは…?」
彼女の腕には、牙が深々と刺さった跡があり、血がだらだらと流れている。
「だ、大丈夫…それより、逃げなきゃ…」
私たちが立ち上がると、大蛇は再び立て直し、こちらを狙って体勢をとっていた。だがその瞬間、茂みの陰から新たな影が突如として姿を現した。
「…あれは、熊…?」
現れたのは、5m以上の巨体を誇る熊のような魔物。爪は鋭く、全身が鈍い光を放つ鎧のような毛で覆われている。
(まさか、大蛇以外にもこんな恐ろしい魔物が…!?)
その熊は迷うことなく、大蛇の体を鋭い爪で抉り、二匹の魔物の間で凄絶な戦いが始まった。
「今のうちに、逃げよう!」
私はリーネの手を強く握り、息を殺しながらその場を後にした。
*
「ここまで…来れば…大丈夫…だよね……リーネ、腕の手当てするね。ローヒール!」
息を整えながら、震える手で回復魔法をかける。リーネの腕に手を置いた瞬間、あの大蛇の鋭い牙が襲いかかってきた記憶が蘇り、心臓が再び強く脈打つのがわかる。
「お姉さま、ごめん…私、何もできなくて…」
「そんなことない!リーネが助けてくれなかったら、私、今ここにいないかも。本当に、ありがとう」
そう。リーネがいなかったら、あの時きっとやられていた。背筋が凍り、あの蛇の赤黒い瞳がちらつくたび、全身が緊張でこわばっていく。
「これ…毒はないみたいだけど、傷が深いね。痛いけど、止血だけしておくね。ちゃんとした治療は、安全な場所に移動してから…」
この世界の治癒魔法は、ゲームみたいに瞬時に回復しない。かすり傷ひとつでも数十分かかるし、深い傷を治すには魔力も多く使う
(魔物が出るこの世界で生き抜くのは本当に厳しい..)
「よし、止血完了。布で軽く巻いておくから、少し痛いけど我慢してね。」
「お姉さま、ありがとう…うっ…」
リーネは唇を噛み、少し涙ぐむ。傷の痛みだけじゃなく、さっきの恐怖が蘇ってきたのかもしれない。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんがいるからね。さっきの川に戻ろうか。ここはあまりにも危険すぎる…」
あんな危険な目に遭ったのに、私が頼りないせいでまたリーネを不安にさせてしまっているかもしれない。悔しさがこみ上げる。
「うん…!」
太陽の位置からして、川はこの方角だったはず…冷や汗をかきながら、二人で森を抜けていく。
*
木々の隙間から差し込む薄い陽光を頼りに、しばらく歩いていくと、少し開けた場所が見えてきた。
「よかった…戻ってこれた…!」
道が合っているか自信がなかったけれど、無事に川のあった場所に戻れて、ようやく肩の力が抜ける。
「リーネ、傷の手当てを続けるね。ローヒール」
私はリーネの腕にそっと手を当て、回復を再開する。ゆっくりだけど、確かに癒しの力が流れ込んでいるのが分かる。
「お姉さまも、体中傷だらけだよ。治すね。ローヒール」
「え、ほんとだ…逃げるのに必死で気付かなかった。ありがとう」
お互いに魔法をかけ合う姿は、どこか滑稽だけど、今はそれだけで少し心が落ち着く。
「これで、ひとまず傷は大丈夫だね。少し休んでから、今夜のための拠点を作ろうか」
森の中はあまりにも危険すぎる。比較的に安全そうなこの場所に拠点を作り、夜をしのぐほうが賢明だろう。
「わかった。まず何からするの?」
「そうだね。少し休んで体力が戻ったら、私が土魔法で拠点の土台を作るから、リーネは燃えそうな枝とかを集めてきてくれる?」
「うん、わかった」
空を見ると、日が少しずつ傾き始めている。暗くなる前に拠点を完成させないといけないが、焦って魔力や体力を使い果たせば、この森の夜を乗り切れないかもしれない。まずは私達は少し休むことにした。
*
数十分後。
少し休んだら動けるだけの体力と魔力もなんとか戻ってきた。
「よし、始めようか。リーネ、あんまり遠くへは行かないで。何かあったら、すぐ戻ってきてね」
「わかった」
リーネはうなずき、手早く枝を集めに近くの木陰へ向かった。
(こっちも日没までに間に合うよう、急いで土台を作らないと…!)
拠点と言っても簡易なものだ。とりあえず、二人が身を寄せ合って休めるくらいの土の壁を作り、煙を逃すための換気穴をつけるくらいだ。
「アースウォール!」
防御用のD級土魔法だが、限られた魔力で少しでも強度を増すよう、集中力を研ぎ澄ませる。だが、疲労が重なっているのか、魔力を使うたび全身に倦怠感が広がる。
(う…さっきの戦いで魔力を使いすぎたかも…目眩もしてきた…)
少しだけ休もう…と思って森を見やると、リーネが両手いっぱいに枝や枯れ葉を抱え、こちらへ戻ってくるのが見えた。