第06話 推薦入学の条件
魔法に関する論文を王立学園へ送ってから1ヶ月後、ようやく一人の来訪者がやってきた。
「リリアお嬢様、リーネお嬢様。王立学園より使者がいらっしゃいました。こちらです」
(とうとうこの日が来た…!推薦が貰えるかはわからないけど、やっぱり緊張する)
「リーネ、行こうか」
私が手を握ると、リーネは小さく頷いた。冷たくなった彼女の手から緊張が伝わってくる。
応接間に案内され、数回ノックして中へ入ると、そこには父エドワードと母マリアンヌ、そして知的な雰囲気を纏ったメガネの男性が座っていた。40代くらいだろうか、どこか学者然とした雰囲気をまとっている。
「初めまして、私はアストリア王立学園の魔法教師、トーマス・アシュフォードです」
トーマスと名乗る男性はスッと立ち上がり、丁寧に頭を下げる。私たちもそれに合わせて挨拶し、自己紹介を済ませて席についた。
(トーマスさんか。機関車みたいで覚えやすいな。…そのうちゴードンさんとかも来たりして?)
などと一瞬くだらない考えがよぎったところで、トーマスさんが真剣な顔つきで口を開く。
「無礼を承知でお伺いしますが、この論文、本当にリリアさんが書かれたもので間違いありませんか?」
テーブルの上には、私が書いた論文が置かれていた。
「はい、リーネや他数人に手伝ってもらいましたが、基本的には私が書いたものです」
トーマスの目が驚きで大きく見開かれる。しばらく私と論文を交互に見た後、信じられないといった表情で両親に視線を送る。父も母も静かに頷き、彼の疑念を払拭した。
「リリアさんは魔法の理論だけでなく、実技にも優れていると伺っております。確認の意味も含め、無詠唱魔法をいくつか見せていただけませんか?」
「はい、かまいません。でも、私ではなく妹のリーネが実演しますね」
事前にリーネと話し合い、彼女の実力も見てもらうことにしていた。推薦が私だけに限られないように、リーネと一緒に認められるためだ。
「わかりました。では、リーネさん、お願いします」
トーマスの視線がリーネに向けられ、私たちは訓練場に移動した。
訓練場に立つと、リーネの表情が少し引き締まる。訓練場中央に並ぶ4つの的に向かい、両手を構えた彼女の全身から、徐々に張り詰めた気配が伝わってきた。
「リーネ、大丈夫?」私は小声で尋ねる。
「うん、大丈夫…見ててね」リーネは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をして精神を集中させた。
やがて、周囲の空気がピリピリと震え始め、リーネの両手に魔力が集まっているのが感じられた。見守るトーマスも息を飲み、その場の空気が一層張り詰める。
「はっ!」
リーネが鋭く声を上げた瞬間、凄まじい速度で水の矢が放たれ、最初の的を一瞬で粉砕した。鋭く響く破裂音と共に水滴が飛び散り、私たちの頬にまで冷たさが届いた。
トーマスが驚きで目を見開く。「これは…!D級魔術ウォーターアローだが、この精度と威力…しかも無詠唱!」
だが、リーネはその反応には目もくれず、再び魔力を集中させる。そして、次の瞬間には火の矢が発せられ、燃え盛る炎の塊が2つ目の的を貫いて消し炭に変えた。
その後、土の矢、風の矢が続けざまに放たれ、残りの的も一瞬で粉々に吹き飛ばされる。すべてが無詠唱で、リーネの動きには全く無駄がなかった。
「まさかこれほどの…!それに4属性もマスターしているとは…!」トーマスは震える手で眼鏡を外し、息を呑んだ。「素晴らしい…!これほどの才能を目にすることができるとは…」
リーネは深呼吸して振り返ると、少し照れたように私を見た。私は思わず拍手をして、「リーネ、すごいよ!完璧だった!」と声をかける。
トーマスは懐から20センチほどの黒い四角い物体を取り出し、ポチポチと操作を始めた。どうやら魔導具らしい。「これは…すぐにでも学園長に報告しなければ。この才能、我々も全力でサポートする義務があります」
その様子を見て私は、(よし…これで私たち、リーネと一緒に学園への道が開けるかもしれない!)と密かに拳を握り締めた。
*
1時間ほど経ったころ、客間でトーマスから学園についての話を聞いていた最中だった。部屋の空気が一瞬ゆがんだかと思うと、突然、目の前に一人の人物が現れた。
「うわっ!!」
驚きのあまり私は椅子から転げ落ちる。
(え!?今何もない空間からいきなり現れたよね!?何が起きたの?)
目の前に立っているのは、圧倒的な存在感を放つ、見たこともない老人だった。
「あ、貴方様は…聖王軍学院の…!ヴァルド・ブラックヴァン院長!」
トーマスがさっと立ち上がり、深々とお辞儀をする。
(聖王軍学院ってあの世界最高峰の...?)
聖王軍学院については父や母から聞いたことがある。世界各国の学園から主席で卒業した15歳以上のエリートのみしか入る事が許されないという、精鋭中の精鋭のみで構成される世界最強の軍事学院だ。
(それに院長ってことは...この人があの伝説の学院長ってこと…?)
「突然の来訪、失礼した。…お主たちがリリアとリーネじゃな。うむ。見どころのある素質をもっておる」
ブラックヴァン院長と呼ばれるその人物は、深いしわが刻まれた顔に、白髪と鋭い瞳。高齢と見て取れるが、その体は信じられないほど筋骨隆々としている。金と白の法衣に身を包み、指輪、腕輪、ネックレスなどの宝石が煌びやかに飾られている。その数はざっと見ただけで50を超えるだろうか。一歩前に踏み出すだけで、部屋全体に圧倒的な威圧感が満ちる。
「さて、わしの権限で二人のアストリア学園への推薦入学を認めるとしよう」
「「やった!」」
私たちは手を取り合い、喜びに小さく跳ね上がる。しかし次の瞬間、院長は低い声で「ただし…」と続けた。
「一つ、わしの出す課題をクリアできたらじゃ」
その一言で場の空気が凍りつく。父も母も、トーマスまでもが固唾を飲んで見守る。
「…そ、それで課題というのは?」父が慎重に尋ねる。
「なぁに、簡単なことじゃよ。親元を離れ、1年間、わしのもとで修行をするだけじゃ。それができれば、特別に3年前倒しでの入学を許可しよう」
(おっ!?ということはメイと同級生になれるかもしれないってこと!?)
そう考えると、自然と顔がにやけてくる。だが、隣で母が立ち上がり、険しい表情で院長を見つめた。
「ダメです!リリアもリーネもまだ6歳。しかも、貴族令嬢としての教育もまだ途中です」
「マリアンヌ、落ち着いてくれ。6歳とはいえ、リリアもリーネもよくやっている。礼儀作法なら成長してからでも遅くない」
「そんな…」
母は悔しそうに拳を握りしめる。
「それに、3年も早くアストリア学園に入学すれば、本人たちの成長だけでなく、我がローズフェルト領の名声も高まる。得られる支援や物資も増えるだろう」
父の言葉に私も思い出す。最近、領内に魔物が増え始めていて、物資や人材が不足していると聞いていた。つまり、この推薦はまさに渡りに船…!
「リリア、リーネ。二人で1年の修行に耐えられると思うか?」
私たちは互いに目を合わせて大きくうなずいた。「うん!」
「どうやら話は決まったようじゃな。明日の朝、準備ができたらこの魔導具で連絡をくれ。迎えの者をよこすからの」
ブラックヴァン院長は空中に手を差し入れると、そこから小さな指輪を取り出した。その動きはまるで別の空間から物を取り出したかのようだった。
(な、なんだ今の…?まさか異空間収納!?)
院長から受け取った指輪を見つめていると、彼が使い方を教えてくれた。
「使い方は簡単じゃ。指輪をはめ、魔力を流し込むだけじゃよ。うまくいけば、指輪の色が青から赤に変わる。それでは、また会おう」
そう言い残し、ブラックヴァン院長は空間がゆがんだかと思うと、一瞬にして姿を消した。
…理解が追いつかない。さっきまでの出来事がまるで夢のようだ。
部屋にはただ、嵐の去ったあとの静けさだけが残っていた。