第02話 初めての魔法
1年が経ち、私とリーネは4歳になった。
私たちは侍女に教わりながら文字の読み書きを習得した。そして、日々の基礎体力作りも続けた結果、腕立て伏せや腹筋、背筋、スクワットをそれぞれ100回こなせるようになった。
最初は腕立て伏せが1回もできなくて焦ったけれど、この身体の優秀さのおかげか、翌日は1回、その次の日は2回と順調に記録を伸ばしていった。
(よし、これで書庫に入れる!)
私はすぐに父に報告した。普段からの努力が侍女を通じて伝わっていたのか、父はすんなりと許可をくれた。
ただし「書庫内で絶対に魔法を発動しないように」と厳しく釘を刺された。
(お父上よ、もちろんわかってますとも。自分にとっても大切な書庫が燃えたりしたら困るしね)
侍女のマヤに案内してもらい書庫に入ると、想像以上に広い空間が広がっていた。高い天井まで続く本棚が並び、5,000冊以上はあるように見える。
「リーネ、まほうの本をさがすよ」
「わかった!おねえさま」
そういえば、文字の読み書きを始めてからリーネは私を「おねえさま」と呼ぶようになった。決して私がそう呼ぶよう強要したわけではないけれど、少し不思議な気持ちになる。
本棚を見渡すと、歴史や経済、政治、法律、軍事関係など、難しそうな本ばかりが並んでいる。
「リリアお嬢様、魔法に関する本はこちらにございますよ」
マヤが案内してくれたのは書庫の奥。そこには魔法の本が集められているようだった。
「ありがとう、マヤさん」
「魔法の本はこちらの最上段にございます」
「え、これだけ…」
広大な書庫に対して魔法の本がわずか数冊しかないのが少し残念だった。そんな私の気持ちを察したのか、マヤが補足する。
「旦那様から伺っていますが、鍵付きの部屋の奥に魔法の本がさらにいくつかあるそうです。ただ、それを読むにはいくつか条件があると…」
「じょうけんって?」
「申し訳ありませんが、詳しくは旦那様に直接お尋ねください」
「わかった。教えてくれてありがとう、マヤさん」
「いえ、それと、私たちのことは呼び捨てで構いません」
「うん、わかった」
そう答えて本棚を見上げる。数は少ないとはいえ、ここにある魔法関連の本は10〜20冊ほどありそうだ。とりあえず、目の前の本を読破してから父に条件を聞こうと決めた。
「こちらの本はいかがでしょう?」
マヤが取り出してくれた本のタイトルは次の通りだった。
- 【E級火属性魔法】
- 【E級魔法入門】
- 【生活魔法のすすめ】
- 【魔法陣基礎入門】
どれも興味深い内容だが、一番気になったのは【E級火属性魔法】だ。
(地獄の業火に焼かれて消えろ、ヘルファイア!…とかやってみたいし、男心をくすぐるやん?)
そう思いながら、私は【E級火属性魔法】を選んだ。ページをめくると、火属性魔法の理論やイメージの作り方、詠唱方法が丁寧に図解付きで解説されていた。
横で見ているリーネが「うんうん」と頷いているのが気になる。まさか理解しているわけじゃないよね?そうだったらお姉ちゃんびっくりだよ?
「なになに、いーきゅう火ぞくせいまほう…ファイヤ?」
E級ということもあり、このファイヤは火の魔法の中でも初歩中の初歩らしい。
私は興味津々で本を声に出して読み始めた。
「ゆびさきに火がともるのをイメージして、次のようにえいしょうしてください。火のせいれいよ…」
そのとき、マヤが「あっ」と小さな声を漏らした気がしたが、私は気にせず読み続けた。
「火をともせ、ファイヤ!」
その瞬間、全身の力が抜けるような感覚に襲われ、指先から小さな火が飛び出した。
「うわっ!」
本当に火が出ると思っていなかった私は驚きのあまり火を振り払った。だが、その火が本棚に燃え移ってしまった。
「わっ!わっ!」
私は慌てて近くの本で火を叩き消そうとするが、逆に火が広がってしまう。マヤも消火活動を始めてくれるが、燃え広がる勢いが勝っていた。
その間、リーネは手を叩きながら「おおー!」と感心しているが、こっちはそれどころではない!
(やばいやばいやばい!書庫で魔法を使うなってあれだけ言われてたのに…!)
焦りながら火を消そうと必死になっていると、突然天井から「ピー!ピー!」という大きな警報音が鳴り響いた。
「なんの音!?」
「これは非常事態を知らせる魔導具です!もうすぐで水が降ってくるはずです。こちらへ避難しましょう!」
マヤの言葉通り、数秒後には天井からシャワーのように水が降り注ぎ、火は瞬く間に消し止められた。
(火が消えた…よかった…)
ほっとしたのも束の間、血相を変えた父と侍従が書庫に駆け込んできた。
「大丈夫か!何があった!?」
「だ、旦那様!実は…」
マヤがことの経緯を説明してくれる。父は話を聞きながら何か考え込むような表情をしていた。
「リリアよ。マヤの言ったことは本当か?」
「はい、本当です。わたしがまほうで火をつけてしまいました…ごめんなさい」
私は正直に謝った。火は消えたものの、書庫を水浸しにしてしまった罪は重いはずだ。(はぁ…これからどれだけ叱られるんだろう…)
そんな私を見かねたのか、父は怒るどころか、驚いた顔で私の手を握りしめた。
「リリア、お前には魔法の才能があったんだな!まさか4歳で魔法を使えるとは…すぐにマリアンヌを呼んでくれ!」
驚いている私をよそに、侍従が返事をして走り去る。
「え?」
怒られると思っていたのに、まさか喜ばれるなんて思わなかった。
「普通、魔法は何年も修練を積まないと使えない。それを初日で、しかも4歳で使えるなんて信じられん…おお、来たかマリアンヌ!」
息を切らしながら駆けつけた母に父が状況を説明する。
「あらまあ、やっぱりリリアちゃんは天才だったのね!私、ずっとそう思ってたわ!」
母は親バカ全開で喜んでいる。
「10歳になる頃にはアストリア王立学園への入学も夢じゃないな…いや、それどころか飛び級で…!」
父が目を輝かせると、母も「明日から早速訓練を始めましょう!」と意気込む。
こうして、私は両親によって次のような超スパルタメニューを組まれることになった。
- 早朝:騎士団の訓練所で剣術
- 午前:魔法の訓練
- 午後:辺境伯令嬢としての礼儀作法や学問
これからの生活が恐ろしくて仕方ない…。