第17話 幻影戦闘場
魔法基礎の訓練を始めて3ヶ月。修行の聖地『聖王軍学院』に来てから早くも9ヶ月が経とうとしていた。
この3ヶ月間、私たちは魔力を使い切るまで訓練をし、魔力が枯渇すれば瞑想部屋で回復。その後、再び訓練を続けるという地獄のループをひたすら繰り返してきた。
その結果、双子の私たちは『魔法基礎』と呼ばれる5つの訓練すべてを達成することができた。
私は2ヶ月前に既に達成していたが、妹と離れるのが嫌だったこと、そしてこの整った環境で回復班の人に教えて貰った『バイタルヒール』等の魔法を練習したかったことから、ヘンリー教官に相談して特別に残らせてもらっていた。
「リーネ、最後のSTEPクリアおめでとう!魔法を全部完璧に撃ち落とせたのは本当にすごかったよ!」
私は、妹の成長を心から喜びながら、笑顔で声をかける。
最後のSTEPは、魔法装置から放たれる攻撃魔法を瞬時に見極め、対応する魔法で正確に相殺するという内容だ。
火、水、土など様々な属性の魔法がランダムに飛んでくるが、着弾まで1秒もない。その一瞬の間に属性を見極め、正しい魔法を練り、発動しなければならない。
『判断力』『魔法生成速度』『精度』の3つが要求され、どれか1つでも欠ければ失敗する苛烈な訓練だった。
「うん、頑張った!」
リーネは満面の笑みで誇らしげに胸を張る。この数ヶ月間、ひたむきに努力を重ねた成果がはっきりと現れていた。
「これで、敵と戦うことになっても逃げずに済みそうだね」
「これで、あの森の魔物に勝てるかな?」
リーネは少し物騒なことを口にする。あの森で私たちを襲った大蛇や鎧の熊への怒りが、彼女の胸の内で燃えているのだろう。
「どうだろう、まだわからないね。でも、私たちは確実に強くなってる」
「じゃあ、もっと強くなる!」
「うん、そうだね!」
私たちはお互いに頷き合い、次の試練に向けて一歩を踏み出した。
*
『基礎訓練』と『魔法基礎』の2つを終え、次に待っているのは最後の試練『戦闘訓練』だ。
歩みを進めていくと、やがて巨大な建物が視界に入ってきた。堂々たる佇まいの施設、それが『幻影戦闘場』だった。
「すごく大きいね…」
聖王軍学院の施設はどれも大規模だが、ここは特に圧倒的だ。周囲の建物を圧するその姿に、自然と足が止まる。
中に入ると、厳格な雰囲気が漂うロビーで受付の人に案内された。私たち特別訓練生は4階に向かうよう指示される。
「なんでも、昇降機ってものがあるんだって」
「昇降機? どんな仕掛けなんだろう…」
興味を抱きながら歩いている途中、ガラス越しにある部屋の中が目に入った。思わず立ち止まる。
そこでは聖王軍学院の正規生と思われる10人ほどが、幻影の魔物たちと戦っていた。見た目からして強そうな魔物たちが次々と襲いかかる。
訓練生たちは魔法や剣技、体術を駆使し、それに応戦している。魔法の光と剣戟の音が交錯し、部屋全体が戦場そのものだ。
「す、すごい…!」
私はその圧倒的な戦闘シーンに釘付けになった。
目の前で動き回る魔物たちは幻影だというが、本物と見分けがつかないほどのリアルさだ。鋭い爪、咆哮の響き、地を揺るがす重量感まで再現されている。さらに、彼らの攻撃は訓練生たちを確実に追い詰める。
「楽しそう」
リーネが隣で目を輝かせて呟く。その表情には好奇心と挑戦への意欲が満ちていた。
(こんな施設を造り出すなんて…聖王軍学院の技術力、恐るべしだね)
私は内心で呟きながらも、これから待ち受ける試練への覚悟を新たにする。
*
「これが昇降機...」
案内された先には、床に大きく精密な魔法陣が描かれていた。それを取り囲むように魔法文字が刻まれた柱が立ち並び、壁には行き先を示すように数字が浮き上がっている。
(これ、ほとんどエレベーターじゃん)
前世で慣れ親しんだエレベーターとよく似ている。だが、動力が電気ではなく魔法だと考えると、その技術の高さに驚かざるを得ない。
「どうやって使うの?」
リーネが魔法陣の中央にそっと足を乗せ、不安そうに私の手を握ってきた。
「多分、この壁のボタンを押せばいいんじゃないかな?」
私はそう言いながら、壁の「4」という数字を軽く押してみる。すると、魔法陣が淡い光を放ち始め、上から透明な安全柵のようなものが音もなく降りてきた。
「うわ…すごい」
リーネが息を呑む。次の瞬間、足元がふわりと持ち上がるような感覚とともに、床全体が滑らかに動き始めた。
「動いた!」
初めて体験する浮遊感に、リーネの手がぎゅっと強くなる。
「大丈夫だよ、怖くないから」
私は彼女を落ち着かせるように声をかけながらも、内心ではその滑らかな動きに感心していた。
(魔法でこんな精密な動きを実現するなんて...これ、もしかしてかなりの高級品なんじゃ?)
やがて「カチリ」と音がして床の動きが止まる。安全柵がスッと上昇し、魔法陣の光が収まった。
「着いたみたい。リーネ、行こうか」
「うん!」
リーネの顔には先ほどの不安はなく、期待に満ちた笑顔が浮かんでいた。
*
「たしかここだよね?」
受付で聞いた部屋の番号を確認しながら進んでいると、リーネが袖を引っ張って私に何かを知らせる。
「お姉さま、見て!」
彼女が指差した先には、部屋の窓からこちらを手招きする一人の女性がいた。特徴的な猫耳と尻尾を持つ、柔らかな雰囲気の女性だ。
(猫耳…これが猫族ってやつか。想像以上に可愛いな)
女性の仕草や表情が愛らしく、つい見入ってしまう。
「君たちがヘンリーから聞いてた特別訓練生にゃね!」
部屋に入ると、彼女は明るい声で私たちを迎えてくれた。
(語尾が『にゃ』だと!?)
実際に『にゃ』を使う人に会うと、思った以上に違和感がある。だが、それを愛らしく感じる自分もいて少し戸惑った。
「にゃ!?もしかして違ったかにゃ?」
私がぼんやりしていたせいで、女性が混乱したらしい。ピンと立った耳が動き、表情まで真剣だ。
「あっ、違わないです!私たちがヘンリー教官の所から来ました。リリアとリーネです!」
慌てて挨拶をすると、女性はホッとした表情を浮かべた。
「よかったにゃ~。私はルナ。教官とはちょっと違うけど、君たちのサポートを任されてるにゃ」
ルナはにっこり笑い、少し耳を垂らした。その仕草が妙に可愛らしい。
彼女は早速、ここ『幻影戦闘場』での訓練について説明を始めた。
・『幻影戦闘場』には初級、中級、上級のコースがあり、特別訓練生である私たちは初級のみが使用可能。
・幻影魔獣は魔法によって精巧に模倣されており、攻撃もしてくる。
・訓練の目的は、魔法や武器を駆使して幻影魔獣を倒すこと。
・万が一危険な状況になった場合は、ルナが訓練を中止して助けてくれる。
(まるで体験型のシミュレーションゲームみたいだな)
私は説明を聞きながら、心の中でワクワク感が膨らんでいく。
「だいたいこんな感じ。わかったかにゃ?」
「はい!なんとなくわかりました」
「それなら早速やってみるにゃ。どっちから先に挑戦するにゃ?」
ルナの質問に、リーネが即座に手を挙げた。
「私がやる!」
その目は輝いていて、やる気がみなぎっている。
「わかったにゃ。武器は入り口付近にあるから、好きなのを使うといいにゃ」
片手剣、両手剣、杖、盾などがずらりと並ぶ武器置き場を見て、リーネは普段使い慣れている片手剣を選んだ。
「リーネ、頑張ってね!」
私が応援すると、リーネは力強く頷き、訓練場の中へと歩みを進めていった。