表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/35

第16話 瞑想部屋

「...うぅ...」


酷い倦怠感と鈍い頭痛の中で目を開けると、目の前にはリーネが跪いてヒールをかけてくれている姿があった。彼女の手から温かな光が差し込むたび、身体の痛みや倦怠感が和らいでいく。


「リーネ...ありがとう...」


「お姉さま、大丈夫?」リーネの顔には心配の色が濃く浮かんでいた。


周りからざわめきが聞こえてきた。何事かと思い身を起こそうとすると、ヘンリー教官の低い声が耳に入る。


「素晴らしい...訓練生が初回でSTEP4をクリアしたのは実に5年ぶりだな。最後に成功したのは...たしかアーサーだったか」


その名前に私の思考が止まる。(アーサーさん!?あの人ってやっぱり只者じゃなかったんだ...爽やかで優しいだけじゃなく、こんな記録まで持ってたなんて...)


周りを見渡すと、他の訓練生たちが口々に賞賛を送っている。


「やったな!」

「すごいじゃないか!」


(恥ずかしい...でも、嬉しい)


心の中で複雑な気持ちが入り混じる。最後に気絶した姿も見られているのかと思うと、顔が熱くなる。


「次は私の番」

静かだが、決意に満ちた声が響く。リーネが立ち上がり、スタートラインへと向かっていく。


「リーネ、頑張って!」


私の声に振り向き、彼女は微笑んで小さく頷いた。







砂時計の砂が再び満ち、そして静かに落ち始める。


「はじめ!」


ヘンリー教官の合図と同時に、リーネは力強く駆け出した。


彼女の手には燃え上がる火の矢(ファイヤアロー)が生まれ、そのまま一直線に的を撃ち抜く。しかし、動きながらの精密な狙いは難しいのだろう。魔法が安定せず、時折放たれた矢が壁を擦って外れる。


「くっ...!」


眉をひそめながらも、リーネは何度も矢を生成し直し、的を一つずつ射抜いていく。だが、疲労と焦りの影響で、矢の生成が徐々に遅くなっていくのが見て取れた。


(リーネ、頑張ってる...でも、このままだと厳しいかもしれない)


進むごとに的は小さくなり、数も増えていく。彼女のペースは次第に落ち、砂時計の砂が残り少なくなる。


ついに、コースの中間地点で教官の声が響く。


「そこまで!」


砂時計の砂が完全に落ち切ったのだ。





「はぁ...はぁ...全然、お姉さまみたいにできない...」


肩で息をしながら、リーネは悔しそうに拳を握りしめた。その表情に胸が締め付けられる。


「いいや、それが普通だ」ヘンリー教官が静かに口を開く。「むしろ、その歳で、しかも初回で半分まで到達するのは十分すごいことだぞ。お前は間違いなく優秀だ」


その言葉に周りの訓練生たちが頷く。中には「俺より全然上手い」とぼそりと呟く者もいた。


(そうだ、リーネだってすごいんだ)


リーネを励まそうと声をかけようとしたその瞬間ーー


「もう一回...」


小さな声が漏れた。


「え?」思わず聞き返す。


「もう一回やる!」


リーネは立ち上がり、炎のような闘志を瞳に宿していた。


「少し休んでからにしたら?」

呼吸も整わないリーネを心配して声をかけるが、彼女は首を横に振る。


「ううん、今やりたいの。今度は絶対最後までいく!」


スタートラインに向かう彼女の背中には、迷いも揺るぎもなかった。


(リーネ...)


妹の姿を見つめながら、私は心の中で彼女を応援していた。





あれからリーネは再び2回ほどチャレンジしたものの、クリアには至らなかった。

全力を尽くした結果、魔力を使い果たしたリーネはその場に倒れ込んでしまう。


「リーネ、大丈夫?ヒールをかけるね」


私は妹に駆け寄り、魔力を込めて「ローヒール」と「バイタルヒール」をかける。

淡い光がリーネを包み込み、彼女の顔色が少し和らいだのを見てほっと胸を撫で下ろす。


「お姉さま、私...全然だめだった...」


リーネは涙を堪えるように唇を噛み、両手をぎゅっと握りしめている。


「ううん、そんなことないよ。リーネはすごいよ」


私は優しく彼女の頭を撫でると、リーネは少しだけ顔を上げた。だが、その目には決意の炎が宿っていた。


「よし、もう一回行ってくる!」


「いやいや、それはダメ!」


(この妹は何を言っているんだ!?さっき倒れたばかりじゃない!無理し過ぎは良くない!)


私は慌てて全力で妹を止める。すると、私たちのやり取りを見ていたヘンリー教官がゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。


「リリア君、リーネ君。魔力が切れたのなら、別の訓練メニューがある。ついてきてくれたまえ」


そう言うと、低い声で静かに指示を出しながら歩き出した。私たちは顔を見合わせてから、彼の後についていく。


(どこに行くんだろう...)


訓練場の一角を抜けると、通路の先にいくつかの小さな部屋が並んでいるのが見えた。


「ここだ」


ヘンリー教官が立ち止まり、一つの扉を開く。その瞬間、ひんやりとした空気と薄い魔力の波動が肌に触れる。


「ここは瞑想部屋だ」


部屋の中は、人が一人入るのがやっとの広さ。壁と床には緻密で複雑な魔法陣が刻まれており、淡い光を放っている。空気は静寂そのもので、何か神聖な雰囲気すら漂っていた。


「この部屋には『魔力回復』『集中力向上』『魔力感知向上』などの魔法陣が施されている。訓練で魔力を消耗した者がここで回復し、再び訓練に挑む仕組みだ」


(こんな施設があったなんて...!すごい...いや、これ家にも欲しい!)


と、心の中で妄想が膨らむ。けれどもそれを察したのか、ヘンリー教官の視線が鋭く向けられた気がして、慌てて気を引き締めた。


「ここで完全に魔力を回復させたら、また訓練に戻ってもらう。そのループを繰り返すことになる」


(なんて鬼畜な!)


一瞬そう思ったが、瞑想で身体と精神を休められる分、基礎訓練よりは幾分かマシだ。


簡単な説明を受けた後、私たちはそれぞれ別々の瞑想部屋に案内された。

扉が閉まると、周囲の音が完全に消えたような感覚になる。


(本当に静か...まるで世界から切り離されたみたい)


私は正座を崩し、座禅を組んで目を閉じた。呼吸を整え、意識を魔力に集中させると、部屋の魔法陣からじんわりと魔力の流れを感じる。


(あ、確かに魔力が...少しずつ戻ってきてる!)


魔力が体内に満たされていく感覚は新鮮で心地良い。疲労していた頭も少しずつ冴えてきた。


(でも...魔石ジュースを飲んだ方が早い気がするな)


一瞬そんな考えが頭をよぎったが、ヘンリー教官の厳しい顔が浮かび、慌てて振り払う。


(いけないいけない、ここで集中を乱してはいけない!)


深呼吸をして、意識をさらに研ぎ澄ませる。やがて私は魔力の回復に没頭し、まるで自分自身が魔法陣と一体化していくかのような感覚を味わうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ