第12話 魔石ジュース
「リーネ、バイキングではいろんな種類のものを少しずつ取るといいよ」
「えー、好きなものを好きなだけ食べたい!」
バイキングには大きく分けて二つの楽しみ方がある。ひとつは少量ずついろいろな料理を取って、幅広い味や食感を楽しむ方法。もうひとつは、量重視で食べたいものだけを大量に取り、思う存分食欲を満たす方法だ。
リーネは後者のようで、肉類を皿に山盛りにして得意そうに笑っている。
(まぁ、どちらが正解とかはないし、楽しんだ者勝ちだよね)
「お姉さま、飲み物もあるよ」
リーネが指さした先には、ドリンクコーナーがずらりと並び、紅茶や果実ジュース、甘いドリンクが豊富に揃っていた。その中でもひときわ異様な存在感を放っているものがひとつだけあった。
「ま、魔石ジュースってなんだ?」
「おすすめ!」と貼られているものの、その赤黒い色合いと微かに輝く液体は飲み物の名前にしては怪しすぎる。よく見ると、そこにはこんな説明が書かれていた。
『魔力を回復・増幅させたい人におすすめ!魔石を粉末にしたものを果実ジュースで割った至高の一杯。ブラックヴァン学院長のイチオシ。※ただし、初めての方は副作用に注意!』
(えっ…これって本当に飲めるものなのか?)
聞いたことのない魔石というものを粉末にしてある上、「副作用に注意」などと書かれている。一瞬ためらったものの、魔力が回復し増幅するという説明がどうしても魅力的だった。
(とりあえず、一口だけ…試してみるか)
料理と魔石ジュースを取り終えて、私たちは空いているテーブルに着いた。リーネは肉に夢中でジュースには興味を示していないようだ。
「まずは…魔石ジュースからかな」
私は一瞬の覚悟を決めて、魔石ジュースを口に運んだ。
「ゴクッ!」
(んっ!?)
一口飲んだ瞬間、体中が燃えるように熱くなり、頭がぐらりと揺れる。吐き気、目眩、そして全身の痙攣が容赦なく襲いかかってきた。私は耐えきれず椅子からずり落ち、床に崩れ込んでしまう。
「お姉さま!?大丈夫!?しっかりして!」
リーネが持っていた肉を放り出し、慌てて駆け寄ってくる。
「み、水を…」
かろうじて声を絞り出すと、リーネが急いで水を差し出してくれた。
「ごくっ、ごくっ…」
冷たい水が喉を通ると、ようやく全身を襲っていた症状が少しずつ和らいでいく。
「お姉さま、大丈夫?ローヒール!」
リーネが治癒魔法をかけてくれて、さらに楽になった。
「ありがとう、リーネ…なんとか、大丈夫」
(でも…なんだろう?体内の魔力が少し回復している?さらに、身体が軽くなったような気がする…)
一口だけでも確かな効果を感じた。おそらく、書かれていた通りの効能があるのだろう。これが真実なら、短い苦痛を我慢することで強さが手に入るということだ。
(男だったら、目の前にある強さを掴み取るべきだろう)
私は決意を固め、震える手で魔石ジュースの入ったコップをもう一度手に取ると、そのまま口に流し込む
「ゴクッ!ゴクッ…おえっ!」
飲み込むたびに喉が焼けつくような痛みが走り、吐き気がこみ上げてくるが、歯を食いしばって飲み続ける。
「ゴクッ!ゴクッ…」
何度か吐きかけたが、気合で全部飲み干した。しかし、次の瞬間――
「うっ…!あがっ…!」
先ほど以上に激しい吐き気と痙攣が全身を襲い、私は再び床に倒れ込んだ。まるで全身が壊れたかのような痛みが容赦なく襲い、のたうち回る。
周囲の人たちが「どうしたんだ?」と集まってくるが、テーブルの上の魔石ジュースを見た瞬間、彼らの表情が一転して納得したように微笑む。
「おお…また魔石ジュースを試した子がいるのか。懲りないな」
「若い子はみんな一度は憧れるけど、あの副作用がきつすぎて誰も続けないんだよな」
周りの人たちは呆れたように見守っているが、逆に私は強く感じた。この一杯に秘められた力を。
*
食堂を後にした私たちは寮の部屋に戻り、ひと休みすることにした。
「もう何も食べられない…げぷ」
リーネはお腹を押さえながらベッドに倒れ込む。自分は魔石ジュースのせいで消化によさそうなサラダしか口にできなかったので、リーネの満腹そうな様子が少しうらやましい。
「リーネ、寝るならお風呂に入ってからだよ…」
と、そう言った私もベッドに腰を下ろすと、急激な睡魔に襲われた。昨日から色々ありすぎて、私もとっくに限界を超えていたらしい。そのまま意識が途切れ、泥のように眠りについた。
*
朝。
昨日はしっかり休めたおかげで、体も気分もすっきりしている。すると、ドアを「コンコン」とノックする音が響いた。
(もしかして、あの教官の人が来たのかな…?)
私は「はい!」と返事をし、急いで身支度を整えてドアを開ける。
すると、そこには驚くほどの威圧感を放つ女性が立っていた。鋭い眼光、ガッチリと鍛え上げられた筋肉質な体。まるでドーベルマンのように引き締まった顔立ちに、耳はピンと立ち、しっぽは動きを一切見せず静かに揺れている。そのただならぬ雰囲気に思わず息をのむ。
「おはよう。君たちが院長が招待したという子供か」
彼女の声は低く、しっかりとした響きがある。その一言だけで、並大抵の訓練ではないことを予感させる迫力があった。
「あ、はい!私が長女のリリア・ローゼンフェルトです。こちらが…」
私は妹に視線をやる。
「わ、私が妹のリーネ・ローゼンフェルトです」
二人でお辞儀をしながら名乗ると、教官は鋭い眼差しで私たちをじっと見据え、ふとわずかに口元を緩めた。
「うむ。小さいが、しっかりと覚悟が見える目をしているな」
まるで目の奥まで見透かされているようなその視線に、背筋がピンと伸びる。彼女は手を腰に当て、堂々とした立ち姿のまま続けた。
「私は君たちの教育を任されたレオナ・ヴォルフガングだ。これから地獄のような訓練が待っているが、耐えられる覚悟はあるか?」
「はい!よろしくお願いします!」
リーネもたどたどしく「よろしくお願いします」と言ったが、その声はやや震えている。
「うむ。ではさっそく訓練場へ案内する。ついてこい」
そう言うと、レオナ教官は長い足をすっと動かし、ゆっくりと歩き始めた。私たちは彼女の威圧的な背中を追う。後ろから見える短いが堂々と揺れる尾、それにピンと立つ耳。その姿は確かに可愛いが、同時に威厳も感じさせ、ただの厳しい教官ではないことを改めて思い知らされる。
(レオナ教官か…私達にいったいどんな厳しい教育が待ち受けてるんだろう...)
そんな不安が一瞬よぎったが、レオナ教官の背中を見ていると、逆に鼓舞されるような不思議な気持ちにもなったのだった。