終章 〜君と誓う〜
前話のプロポーズ後すぐの話になります
「ヴィルジール殿下……。お伺いしたいことがあるのですが……」
「うん」
「どうして何も言わず急にアリスに来なくなってしまったんですか?」
「ああ、それか。クロエを驚かせようと思って」
またそう子供らしい無邪気な笑顔で言うが、意外すぎる答えにクロエは返す言葉がすぐに見つからなかった。
「……えと、まあ十分には驚きましたけど」
「実は、少し前から紅茶の試作をしていたんだ。もうすぐ理想に近づけそうだと思った時にアンナが来訪してきてね」
「隣国の王女様ですね」
「そう。それで、『愛おしい人へプレゼントを渡したいんだけど、アンナはどういう風に渡されたら一番嬉しい?』って試しに聞いてみたんだ」
「それで……?」
「『サプライズが良いです』って。『普通に渡されるより驚きと感動が大きいですもん』って言ってたから、女性はそういう方が好みなのかと思って」
微笑み続けているヴィルジールに、悪気は全く見当たらなかった。なるほど、とクロエは少し納得した表情をしてみせた。
「……ありがとうございます、確かにアンナ様の言うこともごもっともかと思います」
「そうか、良かった。やはりアンナに聞いておいて正解だったよ」
「……が!」
クロエは眉を吊り上げ、ぎらりと双眸を光らせる。
「そういうのは、恋人同士だから成り立つんです。私たちのような不安定で不確実な関係で、急に黙っていなくなられてしまったら……、それはさっき申し上げた通りでして。……殿下のお気持ちはとても嬉しいですが、この四日間……どんなに長く感じたことか」
「それは……申し訳ないことをした。クロエの喜ぶ顔が見たい一心でクロエの気持ちを考えず……、浅はかだった」
しおらしくなっていくクロエを見て、いかに愚策だったかと実感したヴィルジールは同調するようにしおらしくなった。
「あ、でも……!」
気まずい空気を察したクロエはあえて弾んだ声を出す。
「サプライズは本当に嬉しいんですよ。アンナ様もきっとお慕いしている人にされて嬉しかったんじゃないでしょうか、だからそうおっしゃったんですよ」
「……そういえば、恋人がいるとか言っていたかな。なるほど、それなら合点がいく」
ヴィルジールはあごに手を添えながらうんうんと頷いた。
「……クロエ」
「はい?」
「不安にさせて申し訳なかった」
そう言ったヴィルジールの金髪がさらりと垂れる。
「そんな、全然気にしてませんから頭を上げてください!」
「もう不安にさせるようなことはしない。誓うよ」
「……殿下はたくさん誓いを立てますね。でも、その誓いだってもう成就してますよ」
「どうして?」
「だって、もう不安定で不確実な関係じゃないですもん」
目を細めて明るく笑うクロエに、ヴィルジールは昔のクロエと重ねた。
「ありがとう。クロエは昔から変わらないね。その明るさと無邪気で無垢なクロエに俺は惚れたんだ。再会してからの、凛とした花のように狂いのない微笑みも素敵だったけど、やはり今夜みたいに花の周りを飛び舞う蝶のように自由に笑うクロエが一番素敵だよ」
「……っ! 殿下は本当に恥ずかしげもなくキザなことをおっしゃいますね」
「そう? 俺はいつも本当のことを言っているだけだよ」
言われたこちらの方が恥ずかしいと、クロエは頬を赤らめて視線を逸らした。そして、一度大きな深呼吸をする。
「……私がいつもクールに装っていたのは、殿下に気持ちが伝わらないよう必死に隠していたからです。本当はもっと笑ってお話がしたかったですし、お茶だって一緒にしたかったですし……、私もずっと好きですって…………」
クロエの顔がより一層熱くなった。
「知ってるよ。天邪鬼なクロエも可愛いなって、俺は楽しかった」
「…… っ!!」
「そうする理由が明確にわかったのはさっきだけどね。身分差とか世間体とかいろいろ考えているんじゃないかとは思っていたけど……、でもクロエの性格的に、俺のことが嫌いだったら何も言わずしれっとアリスに来なくなりそうだから、まあ嫌われてはいないんじゃないかって」
「……まあ、そうかもしれませんが」
クロエは横目になりながら頬を膨らませ照れくさく言った。その膨らんだ頬をヴィルジールはつんと意地悪そうにつつく。
「……殿下っ!」
「やっぱり自然体のクロエが一番可愛い」
ははっといつものように笑う彼の姿がクロエの顔を綻ばせる。
「まったく、殿下には敵いませんね」
「俺はこの国の王になる男だからね。
……だから、落ち込んだり挫けそうになった時は支えてほしい。昔みたいに明るい笑顔で俺を照らして立ち上がらせてくれ。クロエが隣にいてくれたら、俺はどんな王にも負けない立派な王になれる」
優しい表情をしながらも、その顔は自信と確信に満ちていた。
「殿下ならきっと、立派な王になりますね」
「クロエがいてくれたらね」
「……私からも、一つよろしいですか?」
「うん」
「私は……、殿下が好きです。そして、使用人という仕事にやりがいや誇りを持っています。誰よりも頑張って、認められて、異例と言われる速さで翡翠色のブローチをいただきました。それでもやっぱりまだ、私は殿下と釣り合う人間だと胸を張れる自信がありません」
クロエは胸元のブローチに手を当て目を落とす。
「だから、隣にいてもいいという自信がつくまで……、せめてこのブローチがサファイア色に変わるまでご結婚はお待ちいただけませんでしょうか?」
渾身の思いだった。身分差を覆すのは天地がひっくり返るようなことでも起きなければ不可能である。ならばせめて、その差を少しでも埋めるために、皆に認めてもらうために、自分が納得するために、そう思っての懇請だった。
それがクロエが身分差というしがらみから解放される唯一の手立てなのかもしれない。
あまりにも身勝手な申し出だと重々承知していたクロエは、拒否されるか、最悪結婚自体なかったことにされるかもしれないという一抹の不安を隠せなかった。
「もちろん」
ヴィルジールはそれを一蹴するように、にこりとさらりとわかりきっていた答えを言った。
「……本当にいいんですか?」
「俺はクロエの味方だからね。それに、ただ待ち続けたあの九年間とは違ってクロエはそばにいてくれる。だったらクロエの気持ちを尊重したい」
「……すみません」
またクロエは涙ぐむ。
「謝らなくていいから。でもクロエならすぐにサファイアのブローチをもらえそうだね、そんなに待たなそうだよ」
「……はい、頑張ります! 殿下、ありがとうございます」
「とんでもない。じゃあ、これはクロエの誓いだね」
「私の誓い……。そうですね、サファイアのブローチを授かるため日々邁進します」
クロエは胸に手を当て、ヴィルジールとまっすぐ目を合わせる。
「それから、健やかなる時も病める時も……、この命ある限り、殿下に真心を尽くすことを誓います」
紫色の瞳に宿った力強くも澄みきった美しい輝きにヴィルジールは見惚れてしまった。そして、気がついたらクロエの頬に優しくキスをしていた。
「殿下! またそんな……!」
クロエはキスされた方の頬に手を当ててふためく。
「クロエはずるいね。どんどん好きになっていくよ」
無邪気に笑う顔に、クロエはやっぱり敵わないなと眉を落とし全身の力を抜いた。
「俺も。健やかなる時も病める時も、この命ある限りクロエに真心を尽くすことを誓います」
「……はい」
「クロエ、愛してる」
「……はい、私も。愛しています」
月の光さす庭で、二人は誓いのキスを交わした。
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