クロエとヴィルジールの茶会時間 〜再会〜
ヴィルジールは昔を懐かしみながら、懐中時計に目を向けたままクロエに語りかける。
「あの時の君は、まさに春に訪れた妖精だった」
「妖精のような羽があれば、この広大な王宮内での仕事もだいぶ楽になりますね」
ふふ、とクロエはひと笑いしお茶をすする。
「結局それからクロエに会えたのは九年後。どんなに待ち焦がれたことか。でもまさか、使用人という立場で再会するとは思ってもいなかったよ」
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クロエは今から一年半ほど前に、年に一度行われる使用人採用試験を受けるために王宮の敷地内へ足を踏み入れていた。
試験期間は半年間、その期間中は使用人専用の寮で生活をする。日中は寮に併設されている施設でひたすら座学やマナー講習や実習など、クロエたち受験者は常に頭と身体を全力で使う日々を過ごしていた。
篩にかけるかのような厳しい試験を最後までやり遂げた者だけが、正式な使用人として王宮で働けるようになる。
クロエはその試験に合格し晴れて王宮勤務が出来るようになったのだが、未だに「あの試験より辛いものはない」と密かに思っている。
そして、ヴィルジールはクロエが王宮近辺まで来ていることを知らなかった。たかが使用人の情報、ましてや何十人と訪れたただの受験生の情報ともなれば、王族まで回るはずもなかった。
ヴィルジールとクロエが再会したのは、使用人就任式の日だった。
就任式は王宮の広間で行われた。クロエを含めた新人使用人が八人、広間の中央に横一列に整列させられた。
使用人たちの前に置かれた玉座ではヴィルジールの父である国王が腰掛けており、その左隣ではヴィルジールが姿勢正しく起立していたのだった。
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「ずらっと並んだ新人使用人の中に君がいるのを見つけた時の感動と言ったら……。本当なら、今すぐにでも目の前に駆けつけたかったよ」
実際にあの場で目の前まで飛び出していたら、あっという間にクロエは注目の的になっていただろう。同時に、クロエの存在が危うくなる可能性だって秘めていたかもしれない。
そうしなかった彼は、一応はいずれ国の王となる者としての自覚を持っていたようだ。
「忘れもしない。その琥珀色の髪、そしてアメシストより艶めく紫色の瞳……。成長したとは言え、一眼見てクロエだとわかった。やはり運命の赤い糸は断ち切れないものだと確信したよ」
「素敵ですね。でも私、あの日のスカートのように何かを切断するのは得意なんですよ」
クロエはテーブルに置いたティーカップを両手で包み、首を少し傾けてまた微笑んだ。
嫌味や皮肉で返されてもヴィルジールは引き下がらない。
彼女との会話が楽しかったからだ。クロエを愛する気持ちはもちろん、気負わず対等に話をしてくれる相手はとっくにいなくなっていたので、彼女のリアクションは新鮮であり望んでいたものでもあった。
「スカートと言えば……、あの時のスカートの切れ端を持ち『この切れ端にぴたりと合うスカートを履いたクロエという幼女はいないか』と街中の捜索を試みようとしたね。でも、さすがにそんな権力は持ち合わせていなくて」
「私はかぼちゃの馬車に乗ったお姫様ではありませんよ。それに、そんな権力でしたらない方がマシですね」
先ほどと同じ顔でふふっと微笑み、クロエも懐中時計に目を配った。
時刻は十五時四十五分。
ひと時のティータイムも残りあと数十分、ヴィルジールの自分語りはまだ止まらなそうだ。クロエもそれをわかっていたので、やはり精密機器のような笑顔を絶やさずにいた。
「あの日、スカートが切れてしまったことを俺のせいにしなかった。転んで破けてしまったと。それを知った時、俺はどんなに感銘を受けたことか」
「滅相もないことです。スカートを切ったのは私の意思ですし、あの時自身のせいにしたのも……、たぶん、気まぐれです」
また紅茶を一口飲んだ。
ふぅと小さなため息をつき、クロエもあの日のことを思い出す。