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2/2

機械は正直ですの

2話完結。ラストです。

月に1度程度だった勉強会が、皆の熱量が大きくて頻度上げることになり、毎日のように集まっている。


おほほ、うふふとドレスの色や流行りの髪型について話しているのとは違い、みんなが仕入れてきた話を我先にと話したがり、どこからも「うふふ」などと聞こえなくなった。


「最低ですわね」

「ちょん切ってやりたいですわ」

「気持ちは同じですが、聞かなかったことにしますわね」

「まさか父上がこんなエロじじいだったなんて!」

「落ち込まないでください。私の父もひどいものですから」

「うちなんて両親ともですのよ?」

「兄様の性癖なんて知りたくなかった・・」

「・・せめて私達だけは誠実でいましょうね」

「不誠実な世界を楽しみたい方にはそのままその世界にいていだだきましょう?」

「知ってしまった性癖はそっとしておきましょう・・ね」

「そうね。復讐ではなく、これからの未来のために」


集めた情報はリストにしてシリル様を中心に、令嬢達の兄弟で頼りにできる男性に協力を要請した。

※性癖問わず


「うちの兄はとても遊び人なのですが、きちんと節度を守っているのが矜持のようなのです。紳士のクラブにもいくつか出入りしておりますし、簡単に情報を集めることができると思います」


「あなたのお兄様って、あのユリウス様ですわよね?!」


「はい」


「ユリウス様?」


「すでに殿下と婚約なさっているプリシラ様はご存知ないかもしれませんが、ユリウス様といえば貴族の令嬢の多くが憧れる方ですのよ」


「あの黒髪に強い眼差しだけでもうっとり見惚れてしまうのに、優しくて紳士的で・・」


話していた令嬢たちが思い浮かべているのかうっとりとした表情になる。


「そうなの・・遊んでいるのね」


スカーレットが小さく呟いたのが隣にいる私に聞こえた。

あら?と思い、スカーレットを見る。私の視線に気づいて


「では、力になってくれそうな方はシリル兄様のもとへ」すっと話を進められた。


「集まるまでにも情報の真偽は確認するように頼んでおきます」


「・・お願いするわ」なんだかスカーレットの声が低くてかすれていた気がする。


□  □


報告をかねてシリル様と二人きり


「隠す気がないような遊び方をしている男は全て確認が取れた」


「ありがとうございます」


「ちなみにシリル様は夜遊びなさっているのですか?」


「気になるか?」


「・・まあいいです」


「いいですってなんだ?」


「『ちなみに』と申しましたように、この話の流れのついでで尋ねたものの、『気になるか?』と尋ねられると、まあ聞かなくても困らないなという結論に達しました」


「悪かった」


「はい?」


「なんとなく・・質問を質問で返した上に、少し甘い言葉を期待してしまういやらしさがにじみ出ているのを目の前で皿にのせて『どうだ?』と出された気分だ」


「なるほど。私からの甘い言葉が欲しかった・・と?」


「繰り返さないでくれ」


「シリル様」


「なんだ」手で顔覆ってしまっているので表情は見えない。


「シリル様がもし夜遊びされていたとしたら、私はショックを受けます。ですが、浮気をするような不誠実な方ではないと信じてもいます。他に好きな方ができたら、それを正直に私に話して婚約を解消しようとされるでしょうから。ですので、夜遊びをしているかどうかなどは『聞かなくても困らない』という結論になりました」


少し間を置いてからシリル様が少し揺れた。


「それから甘い言葉の方ですが、私は恥ずかしい令嬢を目指しているので、こう言うことは不適切かもしれません。それでも」


「・・・」


「シリル様のことすっごく好きです。王族のシリル様には、この古い慣習やマナーから遠ざかろうとしている私などこの先いらなくなるだろうとは思うのですが、ずっと顔を見て声を聞いていたいし、こうやっていつも私の力になってくれようとする優しさが好きすぎて泣きそうになるぐらいですし、寝る前にいつもシリル様と結婚したら一緒に手を握って眠れるのかな?なんて考えたら幸せで毎晩想像しちゃうくらいには大好きです」


「!!」


ビクンビクンと体が跳ねるので、聞いているのだろう。


「ほんと、こんなことを口に出すのもはしたないですし、令嬢として失格なんですよね・・わかってるんですけど」


「結婚しよう」


「へ?」


「今すぐ結婚して添い寝しよう」


「結婚は無理ですが、添い寝はしてみましょう」


「おい」


スタスタと隣室へのドアへ向かう。確かこのドアの向こうにシリル様の寝室があるはずだ。


「こらこら待て」


「添い寝だけですよ?何もしないんで安心してください」


「なんか違う」


「何が違うのですか」


「どっちかっていうと俺が言うんじゃないの?それ」


「気にしないでください。私は自分に正直なだけで、『こういうのは殿方から』とか思ってませんから」


「いやそうじゃない」


「じゃあソファで添い寝しましょう」


「いや場所じゃない」


「まさか、横になるのではなく縦ですか?」


「縦ってなんだ?」


「シリル様の上に乗って添い寝かと」


「縦・・か?」


「斜めがいいのですか?」


「いや、角度の話か?」


「では膝枕しますか?」


「・・いいのか?」


「はい、喜んで!」


「なんか勢いとか雰囲気が違う、その返事」


「まあいいじゃないですか」


寝室のドアの前からソファへと戻り、膝枕の準備をする。スカートのシワを伸ばしただけだ。


「シリル様、どうぞ」


「・・・」


無言でするするとやってきて、私の膝に頭を乗せた。


「意外と重いものですね」


「痛いか?」


「少し動かしますね」


できるだけお互いの骨に当たらなくてベストな位置を探す。


「あ、ここ楽です。シリル様は?」


「最高だ」


「うふふ」


「・・・プリシラ」


「なんですか?」


「私は、お前がどんなに恥ずかしい令嬢になったとしてもお前がいい」


「本当に?」


「ああ」


「では、気合をいれて恥ずかしさに磨きをかけますね」


「なんでそうなるんだ」


「シリル様の愛情がどれほどのものかと思いまして」


「わかった。思い知るがいい」


「うふふ」


「楽しみだな」


「はい!少しは甘くなりましたか?」


「もっと」


「もっとですか。うーん」


「ふはっ」何を笑ったのだろうと思いつつ


「夜遊びなら私が付き合います」


「お前としかしない」


「ふふっ」今度は私が笑う。


「なんだ?」


「シリル様があまーくなりました」


「もっとか?」


「・・期待しておきます」


胸に桃色の柔らかい幸せが満ちていくようで、破棄されるかもしれないという思いは押し流されていく。


□  □


「呆れてものが言えない」シリルの元を訪ねたユリウスが疲れたようにため息をついた。


「そんなにか」


「ええ。動物のほうがスマートで愛がある」


「動物・・」


「駆け引きを楽しむなら簡単に体の関係など持たないのが紳士だろう?」


「君は体の関係を持たず、相手の気持ちも傷つけていないと?」


「肉体関係を持っても構わないという素振りをされたら、離れるようにしているよ」


「待て。散々浮名を流しているのに、その女性たちと関係したことはないと?」


「無いね」


「嘘だろ」


「簡単に手に入るものを手に入れて何が楽しいんだ?」


「では、手に入れるのが難しい場合なら楽しいと?」


「未だにどうしても手に入れたいと思ったことはない。それに簡単に手に入る」


「そうか。君はまだ恋や愛の経験がないんだな」


「は?」


「一緒にいるだけでこの上なく幸せだと思える相手もいるってことだ」


「殿下はお幸せなようだ」


「ああ。そして、その相手が幸せだと感じて欲しいとも思っている」


「相手の幸せね・・・」


「たくさんの女性と恋愛ゲームするのが幸せだと言う人間もいるだろう。1人の人間を愛し続けるというのは、難しくてやりがいがある。そういう恋をしたくないならそれでいいが、令嬢から恋をする権利を奪うような男は許せんな」


「それは私のことですか?」


「君は権利を奪っていないか?」


「・・権利を奪う・・」


「どうやらそうでもないらしいな」


「・・」


「まずは証拠がある非道な行いは白日のもとにさらす」


「はい」


「その上で、女性を守るための法を女性の視点で作らないとこの国は進化しない」


「・・承知いたしました」


□  □


「信憑性のあるリストが完成しました!」


あれから驚くほどの短時間で噂の事実確認ができた。不実な色男に憧れの令嬢をかっさらわれたくない真面目な青年たちが、争うように協力してくれた。やっかみの入った報告は意外と少ない。


これをデビュタントの令嬢や子息と共有するのだ。

デビュー前に王都へやってきた令嬢を集め、このリストに乗っている殿方には気をつけるようにと。

油断しない、誘われたら断る。そして、そういう危ない恋をしたいというのならご自由に、と。


浮ついた男性からもてはやされることが幸せだと感じる女性もいるのだ。それが悪いことでも良いことでもない。右も左もわからない女性が慣れるまで身を守れたらそれでいい。

男性側への影響がどんなものになるのかは未知だ。


人目につかないところへ出られないように制限をかけても、また新たな場所や機会で同じようなことになるだろう。騎士団とも情報を共有したものの、騎士団にもウワはいた。


□  □


「ふう」


「お疲れ様です」


「以前あなたに叱られたときから随分変わったわ」


「そうでしょうね」


「もう、褒められても嘘をついているのでしょう?などと疑う暇もない」


「情報の共有、身の守り方、新たにリストに加えるべき人物について、そして・・誠実な方が色情多めの御婦人の歯牙にかからないためのリストの作成。すべて人のために動いていますからね」


「やることが多いし、安全な休憩室の準備も警備も整ってきたし、充実していてくだらないことを考える暇がないの」


「でもやはり見目の良い手慣れた殿方に惹かれる女性は多いですね」


「そうね」


「本当は色んな恋を経験して、見る目を養ってから婚約や結婚をできれば良いのですが、貴族社会でそれをできるのはまだまだ先でしょう」


「誰でも自分を律していないと、崩れてしまうのだと実感しているわ」


「何かお崩れに?」


「お崩れになってません!そういう人が多いと思い知らされたのよ」


「そうですね。恋愛は特殊だなと思います。・・スカーレット様?」


「なあに?」


「遊び人と言われる殿方全てに問題があるわけではなく、そういう方と関わっていく場合はお腹の奥の方の強い覚悟が必要だというだけかと」


「・・・」


「この先不実になるかもしれないのは、どんなに今誠実な殿方も同じ。私達が今回リストにしたのは、女性の体や意思をコケにしたような犯罪行為に限りなく近い理念を持った人に気をつけるためであり、遊び方の派手な方を断罪するためではありません」


「そう・・ね」


「ある程度ご自分を守れるのであれば、どうしたいのか、どうなりたいのかを大事になさってくださいね」


「どうしたい・・のか」


「はい、それが私の理想の『どこに出しても恥ずかしい令嬢』です」


「そう・・なのね」


「ついでにぶっちゃけると、この国の王女さまであるスカーレット様がご自身の気持ちに正直な恋愛結婚を成し遂げられれば、女性の意識はかなり前進すると思います」


「ぶ、ぶっちゃ?」


「ぶっちゃけです」


「なんだか可愛らしい言葉ね」


「はい!意味は『正直に恋せよ乙女』です」


「そう・・。ではこのお茶会を『ぶっちゃけ会』と名付けましょう」


「う」嘘をついたと今更言えない。


「う?」


「・・いえ。最高ですね」


「ふふ。ぶっちゃけ〜」


「どんだけ〜」


語尾を伸ばしているだけなのに、なんだか楽しい合言葉のようで二人でクスクスと笑いあった。


□  □


「いいですか皆さん。大事なのはそのリストそのものではなく、自分の身の守り方です。簡単に体を差し出せば、次からも簡単に体を求められるようになってしまいます。つまり、扱いも軽くなるのです。だってそうでしょう?自分が自分を大切に扱っていないのですから。そして、体も心も傷つくのは女性なのです。結婚などしなくても良い時代がいつか来ると思います。女性は強くてしなやかなのですから。時代を切り開いて行くのは女性です。誠実な男性がモテる流行を作るのも女性なのだと考えれば、とても楽しいと思いませんか?」


お茶会の冒頭で毅然と語るスカーレット様に、初々しいデビュー間近の令嬢がしっかり女性の美しさと強さとはどういうことなのかを心に刻んでいく。


知る機会は作った。後はそれぞれの自由だ。


□  □


「なぜ、私の名が」


「え?載らないと思ってたのか?」


「ちゃんと言いましたよね?誰も傷つけず、節度ある遊び方をしていると」


「ああ。周りも、女性でさえもそう評価していると聞いてる」


「ならばなぜ」


「じゃあ訊くが、節度ある遊び方をしていて誰も傷つけていないとする。それは『誰とも真剣に向き合わない』のとは違うのか?」


「・・・」


「スカーレットやプリシラの目的は、女性が強く自分を守れるようになること。君のやり方が『真剣に愛せる人を探している女性』を傷つけないと言えるのは、君を真剣に愛そうとして諦めた女性だけだろう」


「それは」


「君に真剣に結婚を考えてほしいという女性とは付き合わない、束の間の恋で構わないという女性としか付き合わないというのは、君の側の意見でしかない」


「・・」


「デビュタントの若い女性にとっては酷な面もある。だから載ってる」


「・・」


「いいじゃないか。遊んでいることが、もてていることがかっこいいとされる時代じゃなくなってきたんだよ。1人と向き合って誠実でいられる恋人の時代なんだよ」


□  □


ある夜会


「お美しいレディ、私にあなたと踊る機会をください」


「ご、ごめんなさい」


ひらひらとダンスカードをはためかせて去っていく初々しい女性。

あちこちでこの光景が繰り広げられる。


「高位貴族からの誘いだからと断れないと思い込まないで、思い切り断ってください。これが今宵の夜会のルールです」


夜会の冒頭にそう高らかに挨拶したのは今夜の夜会の主催のご令嬢で、第3王子の婚約者。


「恥ずかしがらずに堂々と断るのです。これがこれからの優雅で気品あるスタンダードになります。お兄様?」


「踊っていただけますか?」隣にいつの間にか現れた男性が物腰柔らかく彼女を誘う。


『ごめんあそばせ。私、あなたとダンスしたくないの』


そう冷たい目で宣言した。


「これが無理なら」もう一度男性を見て頷く。


「踊っていただけますか?」また男性がお手本のように彼女を誘った。


『お名前をお聞きしても?』


「クリフ・エリューメだ」


『まあ!とても華やかな方だとお聞きしております。私などお相手になりませんので遠慮させてくださいませ』


「これでも構いませんが、おすすめは『あなたとダンスしたくない』と伝えることです。普段なら無作法だと罵られるかもしれませんが、今宵のルールは「正直に断ること」。このように含みを持たせずまっすぐ断るのが雅とします。皆さん、ファイッ!」


小さく手を握りしめてほんの少し膝を折ったプリシラ様は、独特の可愛らしさと優雅さをお持ちで、ウワ委員会で見て以来憧れの人だ。時々変なことをおっしゃるのに、下品にならずとても魅力的だと思う。


「そして参加いただいている紳士にお願いいたします。今宵は不慣れな女性のサポートだと思い、できるだけ声をかけて断られてくださいませ。たくさん断られた方にはプレゼントをご用意しましたの」


年代物のワインをそろえて渡せるように用意してあるテーブルを手を羽のように動かして紹介する。


「それでは、新しい時代のために素晴らしい紳士のご協力をお願いいたします」


にっこり笑って隣にやってきた第三王子の顔を見る。嬉しそうに笑いあう姿にこちらの気持ちも温かくなった。


□  □


この後に続く夜会でもこのような趣向が続き、いつの間にか「今日は10回断られたよ」「まだまだだな。私は30回だ」と断られた回数を自慢しあうのが流行りになった。


その陰で


実はデビューして3年程度の男性で、リストに載っていない人とは積極的に踊る流行りもできていた。

決して洗練された見た目ではなくても、会話に困るような無口な男性でも、女性と知り合うチャンスが広がっている。


□  □


「まだリストのことはバレていないようですの?」


「良識ある人々には認識が広がっているようだよ」


「そうなのね・・・」


シリルの執務室に集まったスカーレットとユリウスとプリシラ。


「ユリウス様はダンスを断られますか?」純粋な好奇心で尋ねた。


「誘うことがなくなったからなんとも。誘われることは逆に増えたが」


「・・増えた?」

 

「それは初々しい令嬢からですか?」


「そうだね」


「やはりユリウス様は人気ですのね」


「リストに載っているのにな」


「例え今遊ばれていても、いつか自分のことを好きになってくれるかもしれないという希望を見出して頑張りますもの」


「手に入らないのにね」スカーレットが呟いた。


「手に入れてみませんか?」ユリウスが片眉を上げて問う。


「・・・」


スカーレットが黙ってしまい、会話が止まってしまった。


「プリシラ」


「はい、スカーレット様?」


「こんなとき、恥ずかしい令嬢ならなんと?」


「私なら心のままに答えます」


「例えば?」


「そうですね・・」


「ちょっと待った。プリシラはユリウスに向けてじゃなく、私に向かって言ってくれ」


「では、シリル様が『手に入れてみませんか?』とおっしゃったとして」


「・・・」

「・・・」


「いや、無理!だってシリル様はそんなこと言わないもの。『私の心は全てプリシラのものだよ』とか、『プリシラならなんでもいい』とか『私以外見ないでくれ』とか、そういう私が嬉しくて震えるようなことばかりおっしゃるもの!『手に入れてみませんか』なんて生ぬるいことを言うわけがないもの。なんなのその気取った相手任せの台詞!そんなこと言われたら『遠慮しておきます、うふふ』って答えます!私の甘い言葉や返事はシリル様のためだけに存在するんです。もしこの先シリル様が私をいらないと判断されたなら、録音したお声だけを繰り返し聞きながらゆるゆると1人で生きていく所存ですわ!」


「プリシラ!」


嬉しそうにぎゅーっと抱きしめてくるシリル様の腕の中。


「なんなのこれ」

「さりげなくこき下ろされた・・」


「シリル様に使ってほしいセリフをリストにしてきたんです」


「わかったよ、後で全部録音しよう。だけどそんなの録音しなくてもいつでも耳元で言うから」


「寝るときにはシリル様がいないですし」


「結婚しよう、今すぐ」


「無理なので録音しましょう」


「・・わかったよ」


「うふふ」


「なんだか正直でないことがバカバカしくなってきたわ。ユリウス」


「はい」


「私はあなたの心が欲しい。しばらく頑張ってみて、手に入らないならきっぱり諦めるからちょっと付き合いなさい」


「お望み通りに」


どうやら話はまとまったらしい。


□  □


社交シーズンの最後を飾る最大の王宮夜会が始まった。


最低最悪の倫理観しか持ち合わせないアンドリューのような男性には見張りが付いている。

そして、録音機も。改良を重ねて小型化と高音質を実現した録音機を用意。


せいぜい1時間程度の録音。そして手動。録音も再生もハンドルを回さないといけないので、オイルをさしまくってできるだけ音を立てないようにし、今宵の宮廷音楽隊に途切れない演奏の手配をしてもらった。今宵はあえて庭も半分ほど開放されている。


そして


□  □


「わたくしと踊って」


スカーレット様が声をかけたのは、


ノルマン侯爵令息アンドリュー


「ありがたき幸せ」


僅かな驚きの間を埋める流麗な動き。

それを合図に私とシリル様、ユリウス様とマリアンヌがさり気なくダンスの輪に加わる。


マリアンヌには少し我慢をしてもらうことになるけれど・・と思ったら、ユリウス様に見惚れてあまり気にしていなかった。


手を取りダンスが始まると


「あなたは婚約者がいないと聞きます。どうしてですか?」


「蝶がひらひらと美しい花へと舞うように、たくさんの花を愛でたいと」


「では影で泣く女性も多そうですわね」


「泣くとは?」ステップが乱れた。


「さあ、どうしてでしょうね」


「・・・」


「私は恋の痛みを知りませんの。まだまだですわ」スカーレットが寂しそうにふわりと笑う。


「恋を知りたい、と?」


「・・・」返事はせず長いまつげを伏せる。


かかったようだ。


ダンスが終わるとスカーレット様の手を取り庭へ出る。

飾りに見えるドレープ豊かな布で仕切った植え込みの前にある東屋へと進んだ。

スカーレットを座らせた後、アンドリューが自身の肩がつくほど近くに座り、スカーレットの頬を手袋をした手で撫でる。


「私が恋を教えて差し上げましょう。あなたのように美しく高貴な女性の近くにいられる幸せにこの胸が震えています」


「本当に?」


「触れて確かめてください」


「・・・」


「どうかこの高まりに触れて」


「・・・ねえ、もういいかしら?」



『触れて確かめてください。どうかこの高まりに触れて。触れて確かめてください。どうかこの高まりに触れて。触れて確かめてください』



「ばっちりです!」


黒い布の後ろから人影が三つ。


「最高ね、このセリフ」


「なっ!なにを」


「我が国の女性を守るために、法案ができたことを知っているか?」


「せ、成立するだろうとは聞きましたが」


「女性たちの後押しで昨日可決された。そしてなんと、過去の罪も遡って裁けることになった」


「!!」


「心当たりが多そうだな」


「今後、証拠が残るようにあちこちに警備員と録音機を配置する予定だ。今夜はその実験」


「とても綺麗に録音できてますわね」


「ああ。うってつけの教本だな」


「教本?」


「手慣れた男性がどんな風に口説くのか、毎回お手本を見せるのも大変でね。教本を作成中なんだ、音声のね。きっちり講師として名前も記載するから安心してくれ」


「なっ」


「今まで愛ある行動をしてきていたなら、ちゃんと愛が返ってくるさ。そうじゃないのなら、そうじゃないものが返ってくる」


「そうじゃないもの・・?」


「禁固刑、爵位はく奪、吊し上げ、女性からの断罪あたりかな」


アンドリューの顔が白くなった。目に浮かぶのは憎しみではなく、後悔や反省だといいけれど。


「時代は変わっていく。せいぜい遅れないよう気を付けるんだな」


少しふらつきながら去って行くアンドリューの背中を見送る。


「ユリウス。私の頬を触って」


「御意」


念のため黒幕に潜んでいたユリウスがスカーレットに並んだ。


手を上げかけてふと気づいたように手袋を外す。

大きな掌でスカーレットがアンドリューに触られた頬を包む。


「あったかい」


「よく頑張られましたね」


「ええ」


これ以上はお邪魔になるだろうとシリル様を見ると、そうだねというように頷いて私の手を取った。

あの二人が今後どうなるのかはわからないけれど、強く、さらに美しくしなやかになったスカーレット様ならきっと。


□  □


後年行われた男女共同の勉強会で


『触れて確かめてください。どうかこの高まりに触れて。触れて確かめてください。どうかこの高まりに触れて。触れて確かめてください』


と流される度に若き紳士淑女が一斉に「うわあ」と嫌そうな顔をするのが恒例になった。

教本になることを恐れた若い紳士は「誠実って大事」と肝に銘じたとか。


時代は「正直であること」がスタンダードになり、プリシラは「恥ずかしい令嬢になる」ことに失敗したけれど、録音機の革命を起こしたことで名を残したが、録音機の名前が「KOKESHI」「達磨」「千代紙」「ぶっちゃけ」と理解不能な文字で残っているのも解読不明の謎として残った。


□  □


『あまり煽らないでくれ』


『この世界の果てまでともに』


『俺じゃ・・ダメか?』



「ダメじゃないですぅ」涙目になりながら繰り返し聞いていると


「プリシラ・・私の目の前で私の音声を聞くのはやめようか、ね?」とシリル様が言った。


読んでいただきありがとうございます。


また書き上げたら現れます。(^^)/


※誤字脱字報告ありがとうございますm(_ _)m

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