表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

正直なことはきっと恥ずかしいのです。

長くなったので前編、後編に分けます。

「あなたはどこに出しても恥ずかしくない自慢の娘なのよ」


何度も何度も小さい頃からそう言われてきた。

教育も、立ち振る舞いも、気遣いも、指先にさえ気をつけて、そう褒めてもらえるように頑張った。


いやそれ誰得〜


「恥ずかしくない」基準って何〜


褒めるなら


「あなたはとても可愛くて、びっくりするほど賢くて優しい、大切な大切な自慢の娘よ」


こう褒めて欲しいっつの。


どこに出しても恥ずかしくないって、誰基準なのよ。

人からの評価が自分たちにとって自慢できるものかどうか、だけじゃない。

もう、やさぐれちゃったもんね。非行に走る青少年の気持ちってこうなのね。


期待になんて応えてあげない。

怒りも通り越してむしろ凪いだわ。


「今日から『どこに出しても恥ずかしい令嬢』を目指してやるわ!!☆ただし人として恥ずかしくなりたいわけじゃないから!」


自分の部屋で鼻息荒く、天井に向かって拳を突き上げてそう決意した。


□  □


転生したことに気がついた。


なんでこんな窮屈なドレスを着させられているんだろうって、ふと思ったの。

友達ではあるけど少しわがままな王女様のお茶会で。


ものすごい違和感。うふふおほほと笑いあい、最新の流行を追いかけたデイドレスを見せびらかすためのカラフルなお茶会で、自分だけいきなり白黒の世界にいるような感覚に襲われた。


怖くなって、化粧室へと移動するふりをして、途中の中庭へと進み、奥の方の大きな木を回り込んでしゃがむ。


あれ?私って誰だっけ。何歳?ここどこ?

混乱で動悸とめまい、嫌な汗と鈍い頭痛。


脳裏に浮かぶ高層ビルの風景。美味しそうなスイーツの店に洋食屋に蕎麦屋。駅のエスカレーターに整然と並ぶ光景。夏はセミがうるさいのよね。


そうだ・・私は違う世界、もっと便利で自由な生活を営める世界にいた。


比べてここは、ドレスも中庭も綺麗だけれど、苦しいし自由も少ない。

これはきっと数ある私の人としての生のうちの一つ?


今生の私の名前はプリシラ。エリューメ侯爵家の娘で18歳。確か婚約者がいて・・そうそう!第3王子のシリル様。


いつのものかわからない人生の記憶と、今の私の個性とが重ならず、動悸と頭痛がなかなか治まらない。


ここで蹲るよりも帰宅したほうがいいと判断し、中庭の木陰で気合を入れて立ち上がり、流れる汗をハンカチで軽く抑えてからお茶会へ戻り、王宮の侍女に声をかけて王女スカーレットに許可を頂く。


帰りの馬車の中で少しプリシラとしての自分を取り戻したけれど、汗で冷えた体と鈍い頭痛をどうにかしたくて、帰宅後すぐに入浴した。


体が温まり、頭痛が少し落ち着いたので私の世話をしてくれている

リナに家族への伝言を頼んでそのままベッドに入る。


『あなた、紙のように白いわよ』


そう言ってすぐに帰ることを許可してくれた王女はいつもならなかなか帰らせてくれない。お茶会が終われば部屋に同行し、今日のお茶会の感想を聞かされたり質問されたりして、スカーレットの神経が落ち着くまで付き合うのが常だ。


今日のスカーレット様の神経は、私がいなくても落ち着くかしら?

落ち着くわよね。できることなら、今後1人で落ち着くようになってほしい。


寝転んだまま、今までの記憶を整理する。


前世だか来世だかの世界に比べて、どうしようもない選民意識と虚栄が根幹に流れるこの世界。私1人が逆らおうとしたところで、何も変わらない。きっと。


だったら今まで通り貴族令嬢らしく流されるように生きていくしかない。


心の奥の小さい小さい扉が少し開いて、『それでいいの?』っていう声と淡い光が見える気がしたけれど、そんなの幻だと思うことにした。


いいの、この世界で男女平等、人類みな平等!なんて叫んでも、誰にも届かないもの。


そう諦めて日々を過ごそうと思った。


それなのに、気が付かないうちにその扉は大きく開き、扉自体も大きくはっきり浮かび上がってくる。


日に日に


『あなたはどこに出しても恥ずかしくない自慢の娘よ』


という言葉にイライラするようになった。


□  □


「手始めに何しよう」


今まで守ってきた評価など、全て捨ててやる。

だけど、社会のルールに反するようなことはやらない。


誰かに迷惑をかけたり、犯罪になるようなことは絶対にしない。もちろん、人前で裸になって本当の意味の恥ずかしい人になったりしない。


だけど・・・雰囲気を壊さないようにオホホウフフと無意味な会話を続けるのはもう嫌だ。


「まずはこれね」


できることを書き出して、頭に叩き込んでいった。


□  □


「もう体調は良いのかしら?」


「はい。ご心配おかけしましたか?」


「それなりにね」


「それなりにありがとうございます」


「・・・え?」


「スカーレット様は『それなりに』心配してくださったのでしょう?」


「え、ええ。そうだけど」


「ですから『それなりに』感謝の言葉を」


「そ、そう・・」


「はい」


お茶が冷めない内に頂いて、その間の会話はなかったので


「では、私は失礼します」と腰を上げた。


「は?」


「何かご用事が?」見下ろす位置でしっかりと尋ねる。


「先日のお茶会について話を聞いてもらおうかと思っていたのよ」


「ではどうぞ」もう一度優雅に腰を下ろす。


驚いている様子はほんの少し。さすがに王族となると、感情を隠すのはお手のもの。ただし、自分のために誰かの時間を使うことになんのためらいもない。


薔薇の形のクッキーを頬張り、香りを楽しみながらスカーレット様が話すのを待つ。もうひと月以上経っているのに何の話なんだろう。


「お茶会でね、パメラが『王女殿下は何もかも素敵でいらっしゃるから』って言ったの。嫌味だと思わない?」


「思いません」


この形、一つ一つ絞り出して作っているのかしら。香りの良さといい、新しいパティシエが?同じ愚痴の繰り返しなので、私の神経はクッキーに集中している。


「・・・え?」


「ですから思いません」


「どういうこと?」


「どういうこともなにも。パメラ様はスカーレット様を褒めた。以上です」


「そんな単純なわけがないじゃない。あなた一体どうしちゃったのよ」


「どうもしませんよ。人生そんなに長くありませんからね。その場しのぎの対応や評価などいらないと決めただけです」


「・・・?」


「はっきり申し上げますね。スカーレット様のお茶会も、お茶会の後の愚痴を聞くのも。もうだるいので嫌なのです。大体いつもなんなのですか。人が好意で話すことも、例え悪意がまぶしてあろうとも、いちいち気にせず鷹揚に構えていればいいのです。あなたにはそれだけの価値も立場もあるのですから」


「っ!」


「褒められたわ、うふふ。そう笑っていればいいのです。それを毎回毎回私に『彼女は嫌味を言ったと思うの』なんて愚痴って、私がそんなことないと思いますっていうこのくだり。何回否定して慰めれば納得なさるのですか?」


「だって!」


「だってもヘチマもありません!ってこの世界にヘチマってありましたっけ?ていうか、だってもヘチマもないって言葉が急に降ってきたんですけどなんですかこれ」


「プ、プリシラ?」


「毎回毎回お茶会で一体何を確認したいのでしょう?褒められたいの?それともけなされたいの?もしくは単に愚痴りたいの?」


「それは・・・」


「集めておいて、褒められたら疑って、誰かの愚痴を言って、そんなことをして楽しいですか?」


「楽し・・くは」


「私はもう嫌です。お茶会で大して親しくもない方々と上っ面の会話をして腹を探り合うのも気持ちが悪いですし、誰とも仲良くなくてもボッチ最高ですし、誰にも会わずに家で本を読んだり、絵を描いたり、米粒に漢字を書けるか試したりしてるほうが楽しいんですよ!」


「ボッチ・・?米?」


「とにかく、これが最後なのでよく聞いてください。スカーレット様はお美しいですし、この無駄なお茶会以外は友達としてとても楽しい方だと思っています。みんな腹の探り合いはしていても、根幹にはスカーレット様への憧憬があると思います。ですので今後は堂々とスカーレット様らしくお過ごしください。あと、今後私はお茶会には参加しません。米粒探して漢字書くほうが楽しいので」


「プリシラ?」


「上手に書けたらみてくださいね」


「・・」返事の代わりにコクコクと頷いてくれた。


「さあ!ではこれで失礼しますね」


後は貴族としての礼を尽くすのみ。

華麗にカーテシーを披露して、王城を辞した。


□  □


「いや、米粒ないわー」


本気でやろうとしたのにこの世界に米がなかった。


パンくずに書こうとしたけど、物理的に無理だった。


しょうがないので、紙を用意して、ペンの代わりに針の先にインクをつけて、ひたすら小さく思い出せる漢字を書いていく。


熊、脳、味そ(噌が思い出せず)、汁、筑前煮、鶏肉(鶏ってこれで合ってるのかしら)、和食、砂糖、しょうゆ(醤油無理)、固い、硬い、堅い、柔軟、洗剤、頂点、攻撃(撃がギリ)、某流土、突然、胸肉、軟骨、唐揚げ、食べ物、食欲、菓子、渇望、清涼飲料水、人工甘味料、骨、溶ける、真偽、知らん


紙全体を埋めるのに1週間かかった。

出来上がった紙は写経か呪いのよう。


次は何しようかしら。

こけし?こけし彫ってみる?

伝統工芸や文化を片っ端から試してみるつもり。

気がつけば1週間ほとんど部屋から出ていない。


コンコン


ノックが聞こえた。


「今忙しいです」


そう答えたら


「プリシラ、あなたいったいどうしたの?」


扉を開けようとしても鍵を締めているので入っては来られない。


「どうもしません。やりたいことを集中してやっているだけてす」


「刺繍か何か?」


「いいえ」


「何か悩んでいるならお母様に言って」


「何も悩んでいませんし放っておいていただけると助かります」


「そんな!」


「そうですね・・1年ほど放っておいてください」


「い、1年!?」


「はい。では」


何か扉の向こうで必死に話しかけてきていたけれど、次に何をするかを真剣に考えていたので耳に入ってこなかった。


□  □


初心者にこけしはハードルが高いフォルムだと判断し、達磨を作ることにした。

暖炉用においてある木を夜中にとってきて、ナイフとやすりで削る。ナイフとやすりはリナに頼んだら怯えながら用意してくれた。


あちらを削ればこちらが膨らみ、こちらを削ればあちらが膨らんだように見え、出来上がった達磨はヒョロヒョロの何かになった。


それでもと顔を描いてみたら、うろ覚え過ぎて悲しそうな顔に。


貴族令嬢の割に、ナイフとヤスリの使い方が上手い!と謎に自信満々だったけれど、仕上がりはイマイチ。手の怪我も増えた。


仕方ない、次は焼き物か?なんて思ってもさすがに窯もないしどの土を焼けば有田焼や九谷焼になるかさっぱりわからず断念。


あとは・・和柄かな。


ぼんやりとしか思い出せないけれど、これなら絵の具や色鉛筆で再現できるし、うろ覚えな分オリジナリティが足されていい感じ。

こうなると和紙っぽい紙も欲しくなるなあ。でも紙漉きはやる気が起きないし。


なんてことをやっていたらいつの間にか1年も経っていた。

身だしなみにも気を使わず、婚約者にも会わず、家族にすら会わずに1年も。


やったった!


やってやったぞーー!


やりたいことしかやってないこの1年。最高である。


集中していたおかげで、やりたいことは結構試せた。


よし、久しぶりに社会に復帰しよう。


やりたいことに熱中していたため食事は最低限、リナが運んでくれるサンドイッチを食べる日々。たまにこっそり夜中に庭を歩いたりしてしていたので体力は落ちていないはず。元々貴族令嬢の体力なんて大したことなかったし。


昼間に外に出なかった分、肌が白くなった。

しかし1年もよく婚約者のシリルが何も言わなかったものね。


まあ政略だし?


婚約解消されたところで私にとっては「恥ずかしい」ことではない。寂しくて辛いかもしれないけれど。あ、でも世間から「恥ずかしいこと」だと評価されるのは願ったりかなったり。


春から始まって春に終わった引きこもり生活を終え、まずはリナを呼んで身なりを整えた。


「髪伸びたから適当に切っていい?」


「お嬢様?!」


「毛先を少し切るぐらいどってことないわ」


「ずいぶん野性的におなりに・・」


「そお?」


「・・・はい」


「では少し気をつけるわ」


久しぶりに窮屈なドレスを着ようとしたら、痩せたのかコルセット無しで着れた。

むしろコルセットがないほうが綺麗に体のラインが出ている気がする。

くたばれコルセット!

久しぶりにコルセットへの憎悪について考えながら居間へと移動した。


「皆さんお久しぶりです」


「!!」


あら、みんなびっくりね。面差しに少々陰があるような気もするけれど、テーブルのうえに並べられたご馳走を食べているのなら、大して悩んでもいないだろう。


「お前っ」

「ううっ」

「やっと出てきたか」


「はい。しばらくは社会復帰を心がけようかと」


「プリシラ!お母様が悪かったわ」


「何が悪かったのですか?」


「あなたに、無理をさせていたのよね?」


「無理?」


はて。


「どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘という謎の暗示にかけられてはいましたが、それにまつわる無理は自ら選んでやっていましたし」


「え?」


「まあそうですね、お母様に謝っていただくのなら『もうどこに出しても恥ずかしい娘で大丈夫だから!』なんて言ってほしいです」


「そ、それは・・・」


「なんですか?この1年で私の評判も地に落ちたのではないですか?」


「・・・お前は病気になったことになっている」


「あら。つまり私の評判は落ちていない、と?」


「おそらく」


「それはいけませんね」


「え?」


「わかりました。その評判、地に落として参ります」


「「プリシラ!?」」


「そういえば私の婚約はどうなりました?解消ですか?」


「い、いや。お待ち頂いている」


「あら、それもなんとかしますわね」


「「なんとかって?!」」


「あ、スカーレット様はお元気ですか?」


「手紙が山のように届いてるぞ」


「誰か読みました?」


「一応目を通したが」


「では、ざっくり要約していただけますか?」


「よ、読まないのか?」


「ええ。面倒なので」


「「面倒って!」」


「令嬢の愚痴ばかりを書いてきていたら、もう返事はいたしません」


「ええーー」


「どう変わったのかとか、何か新しい報告の内容でしたら会いに行ってきます」


「・・・」


「そうですね、愚痴は全体の何割でしたか?」


「さっ3割ぐらいか」お父様と目が合わない。


「では何か前向きな内容はありましたか?」


「お茶会をやめて勉強会を開いているそうだ」


「まあ、それなら良い変化かもしれませんね」


「いったい何があったんだ」眉間のシワが深いですわねお兄様。


「どこに出しても恥ずかしい令嬢になろうと決意しただけです」


「「は?」」


「破壊神と呼んでください」


「ひっ」

「神?!」


宣言だけして後は逃げた。まあお兄様やお母様たちに私の変化が理解できるようになるには時間も必要だろう。


自室に戻って、スカーレットに会いに行きたいと手紙をしたためて託けた。


□  □


「どうですか?」


この1年で作成した様々なものを全て持参した。


「あなた・・1年も引きこもって何を」


「はい、これが1年の成果です。この達磨は失敗作ですね」


「これ?」


「はい」


「干からびた悪魔みたい」すごい想像力だ。悪魔をみたこともないだろうし、ましてや干からびているなんて。


「いいですね、それ。魔除けとして売ろうかしら」


「・・売れないのじゃないかしら」


「では売れそうなものはありますか?」


「そうね・・・この綺麗な柄の紙やこの素朴な布なんていいかもしれないわ」


「あ、それはもう商品化を進めています」リナに頼んで、たまに屋台で販売してもらっている。


「あなた、何になろうと・・」


「本音で生きていくと決めたのです。誰かの意見に左右されたりせず、自分が心地よく楽しくいられるようにしようと。そのためには自分の得意不得意を見極めるのが最優先だったのです」


「そんなこと必要?あなたはシリル兄様に嫁ぐのだし」


「必要かどうかは私が決めます。あと、本音で生きていくということは貴族の基準からは大きく反れていくかと。そうなればシリル様との婚姻もなくなるでしょうし、平民としての生活に対応しなければなりませんし」


「聞き捨てならないな」


いつの間にやって来たのだろう、シリル様がツカツカと私のところへやってきた。


「お兄様!隣の部屋にいたのね!私が先だと言ったのに」


「私はプリシラの婚約者だぞ?」


「私はプリシラの友です」


「まあまあ落ち着いてくださいな」


「大体あなたが!」

「大体お前が!」


「うふふ」


なんだか二人がかりで叱られたけれど、愛情が伝わってくる叱り方だったので、落ち込むことも反省することもなく笑みだけがこぼれる。笑っていると隣にシリル様が座った。


「それにしてもシリル様。久しぶりに拝見すると、本当にかっこよくてドキドキします」


「なっ!」


「スカーレット様も、以前よりさらに美しくなられて」


「まっ!」


「とはいえ、これから私はどんどん恥ずかしい令嬢になっていくので、婚約は解消していただければと思います」


「「恥ずかしい令嬢って何!」」


「他人から良く思われるように自分を律するのをやめたのです」


「それは・・」


「思うままに、アホになって生きようと思います」


「あ・・・ほ?」


「阿呆万歳」


「え、ちょっとわからない」


「そうなんですよ、貴族にはわからないと思うんです。ですので、本当に早いうちに私を切り捨ててくださいね」


「切り捨てるものか」


「あら」


「とっとにかく!プリシラがどう変わったのかを確かめるためにも、来週の夜会に二人で参加してみたら?」


「夜会ですか」


「お兄様のエスコートでね」


それはシリル様の望みなのだろうか?と思って見つめると、そうだというように頷いたので、そういうことにしよう。


「では、最後に華やかな思い出を作ろうと思います」


「・・最後」


「お兄様、まだわかりませんわ!」


「では、シリル様の瞳の色に合わせて作ったとっておきの深いブルーのドレスを着ます」


「そ、そうか。では私はプリシラの瞳の淡い金色をどこかにまとおう」


「最後のお揃いですね」


「・・最後」


「お兄様!気をしっかり」


「では、私はこれで」


広げていた1年の成果を綺麗に集めて手作りの唐草模様の風呂敷で包む。


「なんとなく盗みを連想させる不思議な柄ね」


「うふふ。これは泥棒愛用柄なのです」


「プリシラ?」


「私は泥棒じゃないので安心してください」


「わかったわ・・・?」


なんだかすごく不思議そうなのに真剣に頷かれた。


「あ、それいりますか?」


シリル様が達磨を持っていたので尋ねると


「欲しい」と言われた。


なんだ需要があるじゃないかとスカーレット様を見やると


「お、お兄様はちょっと変わったものが好きなだけよ?」


と言われた。


□  □


社会のルールを破るのは違うと思う。


順番を守る、人を害さない。

こういう大切なものを破って恥ずかしい令嬢になりたいわけじゃない。


あの方ならきっと、そのような恥ずかしいことはなさらないでしょうというような漠然とした期待や押しつけが嫌なのだ。


ルールは守る(暗黙の了解は破る)、人を傷つけようとしない。これらは守りつつ、本当に心地よい状態を探す。


□  □


久しぶりの夜会は、色んな人に話しかけられた。


「プリシラ!もう体は大丈夫なの?」お茶会でよく話す令嬢。


「ええ。ただの引きこもりだったから。どこも体は悪くないの」


「・・え?」


「あなたも元気そうね」


「ええ。やっと婚約が決まったの」


「それはおめでとう!」


「式は秋を予定しているの。ぜひ新居に遊びに来てね」


「その頃に平民になっていなければぜひ。あ、それとも平民になっても仲良くしてくださる?」


「へい・・みん?」


「プリシラは最近平民に憧れているんだ、気にしないでくれ」後ろからそっと腰に手をまわして彼女に答えるシリル様。


「そうですわよね、嫌だわプリシラったら」


「飲み物を取りに行こう、プリシラ」


「はい」


シリル様に手を引かれて歩き出した傍からまた話しかけられた。


私をそっちのけで会話が進むので「なんて時間の無駄な・・」って思ってしまう。

これは私が参加する話でもないし、まだ終わりそうにもない。ここでぼんやり立っていなきゃいけないのかしら。


シリル様に「離れます」という意思表示をするため、少しずつ対面へと移動してシリル様に向かってジェスチャーで伝える。


「待て」と口が動いた気がしたけれど、嫌だわ。


優雅に微笑んでしれっと動く。


このやりとりで会話している人たちが私に気がつくようならまた別の方法を考えたけれど、誰も全く不審な私に気が付かない。


じゃあいいわよねー。


するすると人の間を抜けて、バルコニーから外へ出た。


あまり奥へ行くとおかしなものを目撃しかねないので、明かりが当たるけれど目立たない場所を探す。

今宵は満月。とても綺麗。満月っぽいお菓子があったような・・。この1年の間は自分の部屋でできる制作ばかりしていたので、お菓子作りには挑戦していない。まだまだ試せることはある。


それでも、ほんのりと自分がやりたいことが見えてきたような気もするし、違う気もする。

自分に集中するのって、意外と難しい。

他人と関わると、時間はどうしても減ってしまう。

だから引きこもったのだけれど。


満月から連想するお菓子の作り方を考えていて、いつの間にか奥へと来てしまっていることに気が付かなかった。


「ねえ、いいだろう?」


「嫌!だめです」


「お願いだから」


「お願いされても困ります」


うわあ。これって相思相愛の関係の会話じゃないわよね。


「本当にやめてください!」


声に焦りと嫌悪感を聞き取ったので、


「そこにいらっしゃるのはどなた?」


と声をかけた。


「っ!」


ガサゴソと誰かが立ち去る音が聞こえたので、


「出てきて大丈夫です。私1人しかいませんから」と再度声をかける。


「出られないの」


泣きそうな声に、


「近寄っても大丈夫ですか?」


「お願い」


そう小さく聞こえたので奥の木陰へと進む。


白いドレスが目に入り、目を顔へと上げる。


「マリアンヌ?」


「やっぱりプリシラだったのね」


「服を破かれたりはしていない?」


「わからない」


「待って、確認するわ」


背中のファスナーやずらされたショルダーなどは問題なく戻せたけれど、肩を強く掴まれたのか赤くなっているのが月明かりでもわかる。


「無理やり連れ込まれたのかしら?」


「ええ。でも・・ここまで疑いもせずノコノコとついてきてしまった私の責任もある」


「それは今後気をつければいいことであって、今のあなたのせいではないわ」


「でも・・」


「相手は誰だった?」


「ノルマン侯爵令息のアンドリュー様」


「確認させて。あなたはアンドリュー様に好意が?」


「多少の好意は否定できないけれど・・」


「ここでなし崩しに体を触らせてもいいと思えるほどに?」


「いいえ!」


「気持ち悪かった?」


「ええ。気持ち悪くてたまらなかった」


「その程度の好意ね」


「・・・」


「今までに自分から誘ったりしたことは?」


「ないわ!あるわけないじゃない」


「今までに彼から誘われたことは?」


「何度かあるわ。1度も誘いに乗ったことはなかったの」


「今日はどう誘われたの?」


「今日だけ咲く花がある、と。とても綺麗だから絶対に見たほうがいい、と」


「本当にその花はあった?」


「花も何も、ここまできたら茂みに連れ込まれたの」


「わかった」


「?」


「今日はもう帰りたい?」


「ええ」


「荷物は預けてる?」


「荷物はないわ」


「じゃあ車寄せまで一緒に行く」


「ありがとう」


「この件、私にしばらく預けてもらっても?」


「しばらくってどのくらい?」


「そうね・・2日かな」


「構わないわ。両親にだけは説明するけれど」


「わかったわ」


□  □


会場に戻り、アンドリューを探す。凝りもせず違う女性を口説いている様子。


「プリシラ!」


「あらシリル様。お話は終わったの?」


「どこに行ってた。探し回ったんだぞ」


「ねえ、アンドリュー様ってご存知?」


「ノルマン侯爵家の?」


「ええ、あちらにいる長い髪を編んでいて赤いコートを着ている方」


「知っているが親しくはない。あれはなかなか女癖が悪いと聞く」


「やはりそうなのね」


「奴がどうした。何かされたんじゃないだろうな」


優しい彼にしては珍しく怒気が混ざったような低い声。思わず体が震えてしまった。


「あの・・」


「まさか本当になにかされたのか?!」


「いえ。シリル様のさっきの低い声を耳元で聞かせてもらえたり・・・しません?」


「え」


「お願いします」


やば。私って声フェチだったのね。


「そんな恥ずかしいことできるか!」


「では、新しく気がついたこの声フェチを育てるために他の殿方の声を聞きに行ってきます」


「待て」


早速移動しようとしたのに手首を掴まれてしまった。


「では聞かせていただけるのですか?」


期待に胸が膨らんで、謎に涙が滲み始めた。


「う」


「では旅に出て参り」


「待て」


覚悟を決めたのか私の耳元に唇を寄せて


「どこにも行くな」


低くて少しだけ甘い声。腰が砕けそうになる。


「シリル様の声、好き」


うっとりと脳内再生しながら伝えた。


「っ!」


息を飲むシリル様。


「シリル様の声に夢中で何か大切なことを忘れているような・・」


「アンドリューのことじゃないか?」


「あ、そうでした」


「本当に何もされてないだろうな」


「はうん」


「待て待て待て」


「私、シリル様の低い声が好きすぎてなんかおかしくなるみたいです」


「そっ、そうか」


「あれ・・また何か忘れたような」


「だからアンドリューの」


「あ!そうでしたそうでした」


「本当に何も」


「はうん」


「いやこれ何度やるんだ」


「シリル様がいけないんです!」


「プリシラがおかしすぎるんだろう」


「はっ、また何か忘れて」


「もう言わんぞ」


「・・・」


「おい」


「もう低い声禁止です。今日は大事な見張り案件もあるので高い声で喋ってください」


「なんでそうなる」


「今のでギリです」


「ああ?」


「今の声より低くしないでくださいね」


「・・わかった」2トーン高くなった。


「二人きりのときは低い声でお願いします」


「・・わかった」1トーン低くなった。


また当初の目的を忘れそうになりながら、今日はアンドリューを見張りたいと伝えて協力してもらう。

しばらくすると異性関係がとても自由だと有名な御婦人とどこかへ消えた。短い時間で行動と人となりを把握できたので、スカーレットに明日の約束を取り付けて帰宅した。


□  □


録音機を開発したい。まじで。


□  □


翌朝、支度をして早めに王城へと向かい、スカーレットの部屋に入れてもらう。


「いったいどうしたの?」


「実はね・・」


昨日のアンドリューの件、ああいう男を野放しにして、何も知らない若い女性が痛い目に合わないようにしたいこと、何なら全員リストアップしてスカーレットのサロンで共有したいことを告げた。


「なるほどね。そうね、やりましょう」


「そう言ってくれると思ったわ」


「ただし、あなたが主導しなさい」


「わかりました。ところで、他国で録音機が開発されたと聞いたことはないかしら?」


「ああ、あるわよ。我が国でも制作中なの」


「なんですって!!」


「どうしたのよ。怖いわ、目が」


「出来上がったら見せてもらえないかしら」


「かまわないけど、その担当はシリル兄様よ」


「イエス!!」握りこぶしを力いっぱい握って肘から引く。


「プリシラ?!」


「あ、ごめんなさい。喜びが溢れてしまいました」


期待でソワソワしつつ次回の打ち合わせをして、王城を辞した。


1人になったスカーレットが、プリシラの真似をして小さく


「イエス!」と叫び、


「ちょっと喜びが増幅される気がする・・・」と困ったように呟いた。


□  □


「シリル様、録音機は完成しましたか?」


「ああ、ほぼ完成したものがここにある」


見せてもらったのはかなり大きくて重そうな箱。


「録音をしてみても?」


「ああ、これをこうして」


「あー」


私の声を録音して再生してみた。


「ぁー」


かなり小さくこもった音。

これではシリル様の声が味わいきれない!しかもでかい!

フェチパワーを全開にする。


あちこち開けて、仕組みを理解していく。リケジョという言葉が脳裏に浮かんだ。磁気を使って記録しているだけよね?傷をつけて振動を記録すればいいわけだし・・


これって磁気テープを開発できれば小型化音質向上できるんじゃないかしら。確か磁気の粉を使えば紙でもできたはず。その前にレコード盤を作るほうが早いかしら。


「これを開発しているところへ行ってもいいでしょうか?」


「すごい熱意だな」


「はい」


「・・構わんが」


「では明日行くと伝えておいてください」


「明日?!」


「はい。では私はこれで失礼します。今からスカーレット様のお茶会です」


「あ、ああ」


婚約解消される前に開発して声を録音させてもらわなければ!

熱い思いとオタク根性で短期間で成し遂げてみせるわ。


□  □


「お馬鹿撲滅委員会」


「お馬鹿撲滅委員会?」


「名前がスマートじゃないし、露骨ね」


「今日、ここに集まって頂いたのは、クソ野郎から身を守るための情報共有をするためです」


「ためらいなくおっしゃったわね」


「プリシラ様・・・」


「先日私はアンドリュー様が抵抗する令嬢に手を出そうとされている場面に遭遇いたしました」


「なんてこと」

「前から噂はありましたわね」

「本当だったのね」


「このようなクソ野郎を懲らしめてやりたいと思いましたが、そういう復讐のようなことは負の連鎖を生みます」


「そっ、そうなのかしら?」

「他人のためにそこまでお考えになるのですね」


「さあみなさん、噂レベルで構いません。このリストにある貴族男性を片っ端からチェックいたしましょう」


「千人近くいるのでは?!」


「アンソニー・マックランについて何かご存知の方」


「はい!メイドに手を出し、すでに子供が3人いると聞いたことがあります」


「確かまだ結婚なさってないわよね?」


「はい。子供の養育費なども払っていないと聞きました」


「クソね」


「んーですね」


「次、アンドリュー」


「ちょっと待って!進める前に、この露骨な名前とその『令嬢として口に出せない侮蔑用語』をなんとかしましょう?プリシラはものすごく自然に口に出してて怖いわ」


「そっそうですわね!」

「もうそこは無視して進めようかと思うほど自然に口にしてらっしゃったわ」


「リストを万が一殿方がご覧になったとしても、侮蔑している名称だとバレないほうがいいわ」


「では・・『ピー撲滅』なんていかが?」


「ピー・・・」


「ピーだとなんとなくわかるような」


「では、ぴよちゃん」


「クソにちゃんをつけるのですか?」


「とても評価が低いという意味でロウワーなんてどうでしょう?」


「ロウワーだと低いとわかってしまいますわ」


「少し縮めてウワーなんていが?」


「感情で伝わりそうですわね」


「では『ウワ』だけならわかりにくいのでは?」


「いいかもしれません。とりあえず『ウワ委員会』にいたしましょう」


「撲滅だとバレますものね」


「では話を戻してアンドリュー様の話を」


「私の知り合いに無体を働き、彼女は泣き寝入りしました」


「なんてこと・・・すでに被害者がいたのね」


「こんな話も聞いたことが」

「わたくしもこういう話を」


「キングオブ・ウワね」


「キング・・」スカーレット様眉根を寄せて呟いた。


□  □


「思っていたよりウワが少ない気がします」


「そうね、もっといるかと思ってました」


「意外と誠実な方も多いのですね」


「上手に隠してあるだけかも」


「「・・・」」


「それは男性の協力を得て、確認していきましょう」



その日だけでは20人ほどの情報で夕刻になってしまい、また後日集まることになり、帰りにシリル様の執務室へ顔を出し、男性の情報の真偽を確かめるにはどうしたらいいか相談してから帰宅した。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ